探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 唐突な出会い方をしたウマ娘の名は、アグネスタキオン。彼女の喋る内容をほとんど理解しきれぬままの鷹木トレーナーと、同じくトレーナーとしての道を歩みだしたキングヘイローに対し、タキオンは強烈な印象だけを残して去っていく。おそらく、四月の新年度から彼女がトレセン学園へと入学してくるだろうこと、かの騒々しさはまたもたらされるだろうことを予見しつつも、練習場へと戻っていった鷹木らはアグネスデジタルからもタキオンについての話を聞かされることとなる。本番レースの舞台を目指すウマ娘たちが、普通の枠に収まっていられる子ばかりではないことを、改めて認識するのであった。


頂きへの登攀を、並みなる脚は請けず

 奇天烈に過ぎる言動を前に、唖然としていたのは鷹木のみならず、キングヘイローも同様であった。

 

 鷹木から声を掛けられて立ち上がった白衣のウマ娘は、その手に蹄鉄を握ったまま、こちらへと一歩踏み出す。一足先に我に返ったキングヘイローは、鷹木を庇うように前に出て謎のウマ娘の接近を遮った。

 

 ウマ娘の身体能力が活かされるのは、走るための脚や心肺機能ばかりではない。単純な腕力や、体当たりの威力、反射神経に至るまで、人間のそれを大幅に凌駕している。

 

 金属製の蹄鉄を持ったウマ娘が、何を考えているとも知れぬ気味の悪い笑みとともに近づいてくることは、そのままに対面した相手へ脅威を感じさせる振る舞いであった。キングヘイローは鋭い声で牽制する。

 

「そこで止まりなさい!あなたは何者なの、自分の素性も知らせずに近づいてこないで!」

 

「おっと、これは失礼。しばしば忘れてしまっていけないね、好奇心が警戒の対極にあることを。」

 

 その異様な振る舞いに案じられたほど非常識ではないらしく、白衣のウマ娘は素直にキングヘイローからの要請通りに立ち止まった。

 

 制止を促すキングヘイローの語調が厳しいものとなったのは、ウマ娘同士でも自身らの身体能力についての認識が、初等教育から徹底されているためである。下手に荒事を起こそうものなら、易々と相手に大怪我をさせてしまいかねない。

 

 時には諍いを起こすこともあるだろう彼女らが、よほどのことが無い限り直接的に手や足を出そうとはしない理由は、いざその身体能力をもって凶器が振るわれた際の威力のほどが十全に認識されていたためでもあった。

 

 相手が立ち止まったのを確認したキングヘイローが、相手が未だに手にしている蹄鉄を手放させようとしたのも当然のことであった。

 

「その蹄鉄も、元の位置にもどしていただけるかしら。打ち損じであったとしても、勝手に持って行って構わないものではないはずよ。」

 

「分かっているさ、持ち去っては窃盗になってしまうからねぇ。しかし、この場で見惚れるだけであれば構わないだろう?これがトレセン学園の、それも一線級のウマ娘たちのためにオーダーメイドされた蹄鉄なのだから。」

 

 言いながら、彼女は蹄鉄を自分の顔の上に掲げて、そのどれひとつとして同じではない形状にじっくりと見とれている。

 

 つい先ほどは鷹木に向かって熱烈な言葉を投げかけたのに、今は再び興味の先が蹄鉄へと向かっている。この白衣のウマ娘と対面して1分足らずだったが、言動も関心の方向も掴みどころなく、ますますその内面の理解から遠ざかっていくばかりであった。

 

 彼女は不思議な目をしていた。興味のある対象を前に、目を輝かせるというよりも、内なる昂揚が湧き上がるかのように赤熱するかのごとき光を帯びていた。

 

「美しく、そして不思議だ、そうだろう?走りのために最適化された機能美を備えていながら、特定の規則性や退屈な配列に与していない。やがて芝や泥にまみれ、カオスへ埋没してもなお、独自の理念に従って地面を抉り、最適な角度で蹴り出すのだからね。」

 

「あの……俺に用があるのなら、先に話を聞くけれど……。」

 

 キングヘイローに庇ってもらいつつも、鷹木はこの場をいかにすれば脱せるか、いつも通りの及び腰になりつつ考えていた。

 

 以前までテイエムオペラオーを担当していたおかげで、この手のウマ娘の前で黙っていても延々と一方的な喋りが続くだろうことは充分に予測できていた。キングヘイローも表情を困惑の一色に染め、この謎のウマ娘と鷹木の顔を交互にチラチラと見比べている。

 

 自分が用件を聞けば済む話なら、さっさと済ませ、キングヘイローをも巻き込み続けることはない。鷹木はそう考えたのだが、相手からの反応は想定通りとはいかなかった。

 

「何を言う、私がキミに用があるのではない、キミが私に話しかけてきたのだろう?そうでなければならなかったのだがね、私が関わられる必要があった!」

 

「……?」

 

「あ、あなたね、こちらは積まれている蹄鉄を勝手に取ったり、使ったりしないようにとお伝えしただけですのよ?出来れば、まだ手にしているそれを元の場所に戻して、素直に立ち去ってもらえるかしら?この場所は職人さんの仕事場、遊び場ではないわ。」

 

 ひとつやり取りをするごとに思考回路をフリーズさせられて沈黙する鷹木の代わりに、キングヘイローがとりあえずこの状況に収拾をつけるべく先ほどの要請を繰り返す。

 

 白衣のウマ娘はようやく彼女からの言葉に従い、蹄鉄を積まれていた場所へ返した。

 

 そして、何も手にしていない今ならば構わないだろうとばかりに、視線を真っすぐ鷹木に向けながらぐいぐいと距離を詰めてきた。キングヘイローが耳を後ろに絞って表情を引きつらせると同時に、至近距離で彼女は足を止めたが。

 

 白衣の長すぎる袖が彼女自身の首元に添えられていたが、おそらく袖の内側では指先で顎の先を支える形を作っているのだろう。

 

「ほうほう、思ったよりも普通だねぇ。いや、無垢と評すべきか。なるほど、もとより色も音も単調ゆえに、無茶な発注主の伴奏、いや伴走者となり得たのだね。まるでカンバスだ、何とも贅沢な、無何有の余白が奔放なる自己偶像の歩みを許すわけだ。」

 

「え?……え?」

 

「何を、言ってるのか……私には分からないけれど、鷹木トレーナーも困惑してしまっているでしょう?あなた、初対面の相手にはきちんと挨拶するところからお始めなさいよ。」

 

 やはり言葉に詰まる鷹木の代わりをキングヘイローが務め、この場を取り仕切ろうと懸命に言葉を紡ぎ続けている。

 

 一方で、鷹木は既に現状の把握をほぼ放棄してしまっていたが、そのおかげかトレーナーとしての本質的な思考が他の些末な関心事を押しのけて表層へと浮かびつつあった。

 

 裾の余った白衣で身を纏っているウマ娘は、身長こそキングヘイローと大差ないが、その体格は随分と華奢に見える。

 

 ウマ娘の成長期は人間よりも早く訪れる場合が多く、トレセン学園中等部に入学した時点で十分に発育を遂げている子も珍しくはなかったが、しかしトレーニングを積み重ねて鍛えているか否かは、十分にトレーナーの目が判別し得るところであった。

 

 この白衣のウマ娘は、まだ十分な筋肉がつききっていない。トレセン学園入学を控えたウマ娘であることは確実だった。

 

「ほう!鷹木トレーナーという名なのか!ますます、そちらから私への関連を深めてくれるのだね!」

 

「つい喋ってしまったわ……。」

 

 鷹木が脳内で様々に考えを巡らせている傍ら、キングヘイローは謎のウマ娘に彼の個人情報をひとつ渡してしまっていた。

 

 とはいえ、テイエムオペラオーと共に写真に載っている鷹木の姿はマスコミにも既に流れている所だったため、調べれば知れる情報ではあったが。

 

 彼女なりに十分な邂逅を果たしたと判断したのか、初対面時の感激がウソだったかのようにスタスタと歩き去っていく白衣のウマ娘の背に、キングヘイローは焦燥を隠せぬ声色で呼びかける。

 

「ちょ……ちょっと!こちらの名前だけを教えさせるだけで、あなたは名乗る気も無いの!?別れの言葉も無しに、去っていくだなんてお行儀がなっていないわ!」

 

「おや、そちらから一方的に関わって来たうえに、名前も勝手に伝えてきたというに、行儀にまで言及されるとはね。名前など、呼ぶ必要がある時にのみ知れば済む話じゃないのかい?」

 

「そういう問題ではないのよー!知り合った以上は、礼儀をもって接するのが本来でしょう……けれども、そうね、私も名前をお伝えしていなかったわ、私は……」

 

「キングヘイロー。知らないはずがないだろう?キングヘイロー先輩、と呼ぶことになるのも、もうじきだけどね。」

 

 相手の振る舞いを注意しつつ、自分自身の非礼も棚に上げないのがキングヘイローらしさであった。

 

 白衣のウマ娘から先んじて名を告げられてしまった際、虚を突かれて絶句すると同時に、自分の名を知ってくれていたことへの照れで頬が赤らみ始めるのも同じくキングヘイローらしさだった。

 

 黄金世代の強力なライバルたちに囲まれ、もがきながら決して折れぬ心で駆け続け、遂に悲願を達成した高松宮記念での勝利は、もはや全国のウマ娘に共通して知れ渡るストーリーとなっていたのだ。

 

 とはいえ、怯みっぱなしのキングヘイローではない。息を整えるように小さく咳ばらいをし、相手の言葉を訂正する。

 

「先輩、ではないわ。キングヘイロートレーナー、とお呼びなさい。ご存知ないかもしれないけれど、私はトレーナーとして活動することを決めたの。」

 

「ほう!やはり、ここに来てよかった!トレセン学園は常に白紙へ鏤刻を続けているんだねぇ!私はいずれ、いや、まもなくお世話になるだろう、鷹木トレーナー、キングヘイロートレーナー!」

 

「あっ、ちょっと……」

 

 ようやく口を開いた鷹木は、喉に引っ掛かったような言葉を断片的に吐いただけであったが、嚠喨たる楽し気な声を響かせ、白衣を翻しながら軽やかに駆け去っていくウマ娘を呼び止めるには到底声量が足りない。

 

 キングヘイローも改めて呼び止めようとしかけたが、まるで掴みどころのない相手を効果的に留める言葉は見つからなかったのか、肩をすくめて見送るばかりである。

 

 呆れたような表情を浮かべたキングヘイローと鷹木が顔を見合わせていると、思いもよらぬ大声が遠くから響いてきた。

 

「私は、アグネスタキオン!一大実験を、この世に開始するウマ娘さ!心待ちにも、覚悟もして待っていたまえ、アッハッハ!!」

 

 呆然と見送るキングと鷹木の視界から、走りづらそうな白衣を再び翻し、そのウマ娘……アグネスタキオンは器用にも狭い路地を駆け抜けていった。

 

 その走りは、言動に似合わず繊細であった。実際のレースではあり得ない細かな曲がり角でありながら、一切の無駄を生まない足取りで攻略し、ほとんどスピードを落とさず視界から消えていく。

 

 彼女が今度こそこの場から去った後は、まるで先ほどまで幻視でも見ていたかのような静寂が訪れた。あんぐりと口を開けて見送っていたキングヘイローは、ハッと我に返り、しかし先ほどまでのやり取りが現実であったことを確認するように鷹木へ話しかけた。

 

「……まるで嵐が過ぎ去ったような感覚よ……。あの子が、次の年度、入学してくるんですのね……。」

 

「みたいだな。」

 

「担当される方は、並みならぬ負担になりそうですね。」

 

「あぁ、たぶん。」

 

 テイエムオペラオーの担当を決められた時も、個性的に過ぎるウマ娘がチームの平穏を乱すことなく、そしてトレーナーと衝突を起こすようなこともない選択として、押しの弱い鷹木があてがわれたのだ。

 

 おそらく、ほぼ全てのトレーナーから持て余されるだろう問題児が、鷹木にあてがわれることはほぼ確実であるかのように思われた。

 

 かの変わり者という表現では収まり切らないウマ娘の存在については、意外にも練習場に戻った後まもなく詳細を知ることとなった。

 

 別々のレースに出走する予定のため、互いの走法を知ってしまう状況を避ける必要もなく、同じ練習場内の芝コースとダートコースにおける走り込みをそれぞれ済ませたナリタトップロードとアグネスデジタル。

 

 休憩のため戻ってきた両者は、先ほど蹄鉄を受け取りに行った先での出来事をキングヘイローが喋っているのを聞いていたが、すかさずデジタルは口を開いた。

 

「あ、タキオンちゃんに会ったんですか?私も知ってますよ、かなり変わった子ですよね。」

 

「他ならぬあなたからそう評価されるだなんて、よっぽどなのね……。」

 

 キングがそう言う傍ら、鷹木は黙しつつも頷いていた。

 

 定期的に奇声を発し、推しウマ娘やレースの熱狂を目の当たりにしては鼻血を出して卒倒していた頃と比べれば、現在のデジタルはかなり落ち着いてはいたものの。

 

「いやいや、別に私は普通の地味なウマ娘でしょ、ただちょっとこだわりがあるだけで。」

 

「それが芝ダートの両方でGⅠを獲って、海外レースにまで行ってしまうのなら相当なこだわりだよ。にしても、デジタルには国内に姉妹や親戚もいなかったはずだけれど。」

 

 慌ててキングヘイローからの言葉を否定しているアグネスデジタルに対し、ナリタトップロードが質問を投げかける。

 

 確かに、例えば同期のエアシャカールとたびたび競り合っているアグネスフライトの名が挙がったときも、アグネスデジタルは彼女とは近縁ではない旨を説明していた。

 

 そも、デジタル自身がアメリカ出身であり、まるで諸々のしがらみを断つかのように、独りふらりとトレセン学園へやってきた存在であった。

 

「ですよ、私はただ偶然、冠名が同じだっただけでして……タキオンちゃんはアグネスフライトさんの妹さんですね。」

 

「フライトの妹、となればサンデーサイレンスの血筋を受け継ぐウマ娘か。血筋ばかりが全てではないとはいえ、あの狭隘な路地をスムーズに駆け抜けていった足取りは本物だった。」

 

 嵐のごとく去っていった後ろ姿を思い出しながら、鷹木は言う。変わり者とはいえ十分すぎるポテンシャルを秘めた彼女がトレセン学園への入学を控え、いずれウマ娘レースの舞台に姿を現すだろうことは、部外者であれば楽しみに出来る事実だったろう。

 

 既に立っている憶測通り、問題児を押し付けられる可能性の高いトレーナーたる鷹木自身にとっては、決してその限りではなかったものの。キングヘイローがデジタルへと尋ねる。

 

「デジタルさんのもとにも、タキオンさんは現れたのかしら?」

 

「さすがに、無理やり押しかけてくるような真似はしませんよ、あの子も。あれは……そう、去年の大阪杯のあと、シャカールくんとフライトさん、一緒にあのレースのことを喋ってるところにタキオンちゃんも居たんです。」

 

 去年の大阪杯といえば、テイエムオペラオーがトーホウドリームにほとんど敗れるかと思われた、あのレースである。

 

 担当ウマ娘の走りを信じ続けるのがトレーナーの務めとはいえ、あの展開は鷹木も完全にオペラオーが敗れた、とゴール直前までほとんど確信していた。最後の最後で、オペラオーは信じられないような末脚を加速して僅かに抜け出し、一着となったのだが。

 

「あの大阪杯の熱狂、もちろんこのデジたんも負けず劣らず興奮していたつもりだったんですけれどね、タキオンちゃんには上回られましたよ。目がギラッギラした状態で、とめどなく喋り続けて……姉のフライトさんでも制止できない感じでしたね。」

 

「血のつながりはなくとも、デジタルさん同様にレースへ掛ける思いのたけは相当な物なのね。」

 

「いやぁ、私とはだいぶ趣が違う感じでしたけれどね。レース展開そのものよりも、理屈で計れないところに感動してたみたいな……なんか色々難しい言葉が飛び出してきてました。もう去年の春のことだから、流石に具体的に何を喋ってたかまでは覚えてませんけどね。」

 

 オペラオーと会うたびに、どこぞの歌劇から引用した言い回しを多用して独特なやり取りを繰り広げる博識なアグネスデジタルでも、タキオン特有の難解な表現は呑み込めないのだ。

 

 白衣を着こんだ姿、ノイズの走ったような目。普段から研究者の姿を意識して模しているのだろうアグネスタキオンの奇天烈な振る舞いは、会って来たばかりの鷹木やキングヘイローの印象にももちろんしっかりと刻まれていた。

 

「しかしどれだけ変わり者だったとしても、確実に頭が良い子だってのは分かります、きっと走りでも活躍できますよ。やっぱりサンデーサイレンスの血を引くウマ娘ちゃんたちは優駿ぞろいですね!」

 

「かく言うデジタルだって、たしかアメリカではかなりの名門の出だったんじゃなかったっけ?」

 

 そろそろ休息時間も終わりに近づき、ウォーミングアップに備えて立ち上がりながらナリタトップロードが言う。

 

 その瞬間のデジタルの反応はといえば、表情を僅かにこわばらせていた。

 

 自分が迂闊に口走った内容に対する後悔が、多少なりとそこには現れていた。……それに気づいていたのは、走りのデータを確認しながらもチラと視線を上げた桂崎トレーナーだけであったが。

 

 気づかぬ鷹木は、データベース上でのみ目にした名前を口にしていた。

 

「たしか、ミスタープロスペクターの血筋、だったか。」

 

「えぇ、アメリカで、いえ世界的に有名なウマ娘の血統ですね。海外ではノーザンダンサーの血筋と並び、全ウマ娘の血統を二分しているとも言われるほどの名門ですのよ。」

 

 鷹木の言葉を引き継ぎ、サラサラと言ってのけたキングヘイロー。

 

 以前、アグネスデジタルが出走した香港カップの中継を観戦している際、片桐トレーナーから言われた内容が鷹木の中で呼び起こされた。国内ではサンデーサイレンス系のウマ娘が主流となっていたが、海外においては状況は異なっている。

 

 そこに意識が向いていなかった鷹木は、「ミスタープロスペクター」の名は知っていても詳細はキングに語ってもらう他なかったのだ。

 

「……本来は、俺も分かってるべきだった。まだまだ俺も勉強不足だな、これじゃ国内のレースに目を向けてばかりで、世界へと視野を広げられない……。」

 

「いやいやいや!URAのキラキラは世界の中でも唯一無二ですよ!そこは誇ってください、トレセン学園はもはや国宝です!最近は海外でもウイニングライブや華やかな勝負服は真似されるようになってきましたけれど、文化の発信源はここ、トレセン学園なんです!」

 

 鷹木の言葉を聞いたアグネスデジタルが、即座に言葉を挟む。彼女はその考えをもって、そのまま居れば名門の令嬢として扱われたはずのアメリカを去り、トレセン学園へと来たのだから。

 

 それは自らの生まれと決別し、自らのあこがれを形にするための選択だった。キングヘイローもまた、彼女の言葉を引き継ぐ。

 

「そうよね、アグネスデジタルさんは自身の憧憬の赴くままに、ここに来られたんですもの。」

 

 ほかならぬキングヘイロー自身が、名門の出身であることへの拘泥から脱却し、自らの実力のみで栄冠を手にするという信念を貫いたウマ娘であった。

 

「……そしてあなた自身の想いが本物であることを、今なお証明し続けてらっしゃるわ。」

 

 キングヘイローからの言葉で、アグネスデジタルの表情は一気にほぐれ、淀みなく滑り出す言葉、柔らかに緩む頬の上で瞳が輝いた。

 

「はい!やっぱりトレセン学園のウマ娘ちゃんたちのキラキラは、世界に誇る至宝だと今なお堅く信じておりますので!サンデーサイレンス系の子達のことを口にしたのは、どうしてもURAで活躍する姿と重なり合うところでしたので、つい……。」

 

 要するに、デジタルの発言は名門であることそのものに価値を見出す内容ではないということだ。アメリカから見たトレセン学園への憧憬と、日本ウマ娘界のサンデーサイレンス系の躍進が強く繋がりを有するが故の言及であった。

 

 とはいえ鷹木の視野が、狭いことには変わりなかった。彼は自らの知識不足にトレーナーとしての焦りを見出すばかりで、ウマ娘たちが各々抱く思いをやはり汲み取りきれていなかった。担当のいない今の時期、そのことに気づかされたのはまだ幸いであったが。

 

 変わらず口を噤み続ける鷹木の前で、アグネスデジタルと共に練習コースへ戻っていくナリタトップロードが会話を継ぐ。

 

「その通りだね、今年度から入学してくる子達も、各々どんな想いを抱えてレースに挑んでいくのか、今から楽しみだよ。」

 

「いやぁ、タキオンちゃんはこだわりが凄そうですから、ホントにどういう走りを披露してくれるやら……全ッ然予測がつかなくてワクワクです!ささ、桂崎トレーナー、練習再開しましょ!」

 

「あぁ、午後からの併走練習はトップロード、デジタルの順番に練習相手を頼んでいる。今のうちに段取りを確認しておこう。」

 

 デジタルからの朗らかな声で呼ばれ、彼女の身体もメンタルも差し支えない状態となったことを確認しつつ、桂崎も椅子から立ち上がった。

 

 一方で、未だに表情を硬くしたままの鷹木に気づいたのか、キングヘイローは彼へ少々低めた声を掛けた。

 

「入学してきたタキオンさんの担当が自分になるのではないかと、まだ心配ばかりしておられますの?そうと決まったわけではないでしょうに、結城トレーナーが担当なさる可能性だって十分にありますわ。」

 

「あ、あぁ、確かに。サ……元より素質があるウマ娘は、あの人の指導が相応しいだろうし……。」

 

 サンデーサイレンス系のウマ娘は、たいてい結城トレーナーのもとに集まっているから、という言い方を鷹木は辛うじて避けた。

 

「それにもしも担当することとなったとしても、トレセン学園へと入学してくる以上、心意気は本物ですわ。なにせ、あんなにも普通ではないウマ娘なんですもの。」

 

「それもそうだ、無難な選択をするウマ娘にはとても見えなかった。」

 

 テイエムオペラオーの駆け抜けた軌跡を間近で見てきた鷹木には、流石に十分に理解できる部分であった。

 

 自らと拮抗するウマ娘たちと競い合うことが前提の世界で、並みの存在の中に収まらないでいること。それはすなわち、抜きん出ることなくしては、置いて行かれるか……あるいは迷走して忘れ去られるかの二択が残るばかりだということである。

 

 定まった枠の中に収まっていられないウマ娘は、自らの進路を貫き通すための独自の軸を有している。難路、悪路の中でも折れない軸を。既存に古びた道理に従わないことが、まさに彼女らの意思である。

 

 だからこそ、本来の想定通りの方針に従わないウマ娘に追随するだけの覚悟が、トレーナー側に必要であったこともまた事実であった。

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