探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 宝塚記念の件を気に、世間では認知されていない異変に気付きつつある面々は増えてきているようであった。他ならぬ、宝塚記念にてゲストとして呼ばれていたメイショウドトウ、そして彼女から相談を受けたテイエムオペラオーもまた、去年と全く同じことを繰り返していた実況、そしてレース展開に違和感を抱いている。元凶も、解消策もまるで掴めぬままなれど、現時点での不審点を互いに共有し洗い出すための“学会”が、アグネスタキオンによって招集された面々の元で開かれた。


捉え難き不穏の仮説は“学会”の中へ

 宝塚記念を過ぎれば、7月は目前である。

 

 今年も例年通り、いつの間にか鳴き始めた蝉たちの大合唱がトレセン学園を包んでいる。毎年同じことを繰り返しても、いっさい違和感を抱かれない現象である。

 

 現状、ウマ娘レースに起きている異常についても、世間一般の観客たちが全く違和感を抱いていないことは、毎年同じように蝉の鳴き声が響くのと同じような感覚でとらえられているためかもしれない……。

 

「俺たちトレーナーやウマ娘は、ひとつひとつのレースが真剣勝負なんだが、一般の観客はそれほど真剣に見ているわけでもない、ってことか?」

 

 暑さのあまりか、ボンヤリとした思考を巡らせていた鷹木。が、そこまで独り言を呟くに至り、自ら首を横に振って意識をハッキリさせた。

 

 ウマ娘レースのファンたちとて、幾万人も存在する観客の一人に過ぎずとも、各々が推すウマ娘へと本気で声援を送り、その勝敗に心の底から喜び、あるいは悔しがっている。

 

 やはり、明らかな異常なのだ。現実に対する認識が歪んでいる。

 

 毎年同じ展開を繰り返すレースの存在に、熱心な観客たちが気づかないことはあり得ない。

 

「タキオンやネオユニヴァースのように、変わり者として見られがちなウマ娘ばかりが気づいている現象じゃない、ってのもハッキリしたことだしな……。」

 

 鷹木のスマホには、一件のメッセージが届いていた。

 

 送信元は、テイエムオペラオー。一昨年の引退以降、鷹木の側から連絡を取ること自体がほぼ無かったため、オペラオーから接触があったのは初のことであった。

 

 鷹木が今担当しているウマ娘の指導に専念できるように、とオペラオーの側も連絡は控えていた。

 

 だからこそ、何の予兆もなく唐突に送られて来たメッセージが重大な内容を含んでいるだろうことを、鷹木は本文を読む前から十分に察していた。

 

『聡明なる理髪師よ、ご機嫌いかがかな?突然の連絡すまないね、実はドトウから相談を持ち掛けられたんだ。あるいはキミ自身も気づいているかもしれないが―――先日の宝塚記念、明らかに異常だったという旨の内容さ。出走メンバーは去年と全員同じだったし、実況アナウンサーの言葉選びも一字一句違わない。結果もほぼ同じ……エアシャカールくんの順位だけは、二着へと上がったけれどね。たしかにボクも奇妙だとは感じているんだ、我が最大の好敵手の不安を少しでも和らげられる材料を、キミの担当ウマ娘なら何か知っていないかい?返答は急がなくていいよ、ではまた会おう、ボクの最も神聖な誇り。』

 

 スマホに送られるメッセージは大抵が仕事上必要最低限の文言ばかりであるため、これほどまでにオペラオー流に整えられた文面が送られてくる経験は鷹木にとって初めてのことであった。

 

 現在の鷹木の担当ウマ娘、すなわちアグネスタキオンがスマホ画面を横から覗きこんだ際も、さしもの頭の回転が速い彼女ですら要点を呑み込むのに時間を少々要していた。

 

「さすがはオペラオー先輩だねぇ。いや皮肉ではなくてだね、冗長な文章を最後まで読ませる手腕には素直に感心させられるねぇ。」

 

「現役時代からずっとそうだった、付き合いに慣れてる面々はテキトーに聞き流す習慣が身に着いてるんだがな。」

 

 オペラオーの書いた文面についての評はさておき、やはりあの日、宝塚記念の実況席にゲストとして呼ばれたメイショウドトウもまた異常な事態の発生に感づいているのだ。

 

 2年前ではなく昨年度の宝塚記念覇者として自分が紹介されたことも、ネオユニヴァースが連覇ではなく初制覇として読み上げられたことも、おかしいと気づいているのだろう。ドジばかりが目立つウマ娘ながら、本質を見抜けぬドトウではない。

 

 鷹木は念のため、レース後にURA公式が公開している中継番組のアーカイブを閲覧した。

 

 が……レース開始からゴールする瞬間まではきっちり保存されていたものの、その前後のやり取りはカットされており、確認できなかった。一年前とほぼ同じ展開を繰り返している、と客観的に判断する材料は、やはり世間からは消失してしまうらしい。

 

 一方で、阪神レース場の現地にてアグネスタキオンがPCに保存した映像記録、および鷹木がスマホとメモ帳で記録した内容については、さすがに魔法のごとく勝手に消え去ることはなかった。

 

 データ内部には、実況アナウンサーや解説のスペシャルウィークが喋っている内容と、レースの一部始終が記録されている。2年前に引退したはずのドトウを、昨年の宝塚記念覇者として紹介する文言もしっかり録音されている。

 

 ……が、これも事態を大きく打開する手段たりえない。

 

「我々が有している宝塚記念の映像記録を、世間に公表したら大騒ぎになるだろうかねぇ?あるいは、相変わらず現実にあり得ない現象を世間は認知しない、かねぇ?」

 

「現代は一般人でも映像や音声の編集技術に触れやすい時代だ、フェイク動画だとでも思われて終わりだろう。」

 

 タキオンはわざわざ同意を口にするまでもないとばかりに、細かく頷いただけであった、現実に起こりえないと認識される現象には、いかようにでも後付けで説明をこじつけられる。

 

 鷹木とタキオンが有している記録はあくまでも、今回の異変が実際に起きていると認識している面々の内で活用され得るデータであった。

 

「さて、ドトウ先輩やオペラオー先輩からの要請もあったことだ。早急に探求の方針を見出すため、我らの学会へ向かおうじゃないか。」

 

「ただ憶測を語り合うだけだろ。」

 

「十分に科学だとも、何しろ未だかつて観測されたことのない異常現象なのだからねぇ、正解と断定できるアプローチは存在しない。科学は仮説が十全に検証されるところから始まるのさ。」

 

 タキオンの大言壮語はさておき、これから集まる面々は確かに、近い世代のウマ娘たちの中でも今回の件については頼もしい意見を出せそうなウマ娘ばかりである。

 

 ウマ娘レースの大舞台が連続するシーズンがひと段落したおかげで、GⅠレースに出走する面々も集まりやすくなっていたのが幸いした。

 

 ……とはいえ、話し合う場所はタキオンが勝手に占拠している実験室、という体の理科準備室である。鷹木が使用許可を申請すれば会議室を借りることも可能ではあったが、用途を問われれば返答に窮する。

 

 まさか、「この世界の摂理が歪んでいる件について話し合うため」とは言えないし、「今年の上半期シーズンを走り抜いた慰労会」と言っては他のウマ娘を誘わぬことが不自然になる。

 

 埃臭い理科準備室の扉をガラリと開ければ、先に待っていたのはエアシャカールであった。

 

 愛用のノートPCからタイピング音を立てつつ、ギロリと上目遣いでこちらへ視線を向ける。いつも通りに鋭い目つきは向けられた側を委縮させる類のものであったが、付き合いの長い面々にはそれが芝居がかったものだと知れた。

 

 入って来たのがタキオンと鷹木トレーナーであると知って、シャカールの目つきは急激に鋭さを和らげた。もしも無関係のウマ娘が覗きに来たのであれば、威圧して追い返すつもりだったのだろう。

 

 シャカールの視線を受け取ったタキオンもまた、芝居がかった振る舞いで大袈裟に驚くそぶりを見せつつ口を開く。

 

「おや!シャカール先輩を待たせてしまうとはねぇ!もしかして、この場所に勝手に入り浸る者が居ないように番をしていてくれたのかい?」

 

「気になって仕方ねェんだよ、お前が実験室よばわりしているこの部屋、ずっと鍵をかけてねェんだから。今日の集まりの時も、勝手に他所のウマ娘が入りこんでたむろしてたらどうすンだ。」

 

「興味深い実験対象が現れたものとして扱うとも!相談場所に困るのならばトレーナーくんが別に用意してくれるさ!そうだろう!」

 

「いや、すぐに用意できるわけないだろ。」

 

 鷹木は心底から、シャカールの心遣いに感謝していた。タキオンの縄張りにわざわざ踏み込むという、面倒な真似をするウマ娘はまず居ないのが実情であったが。

 

 やがて、今回の主賓とも言える存在、すなわちネオユニヴァースもまた現れた。ワープして部屋の中に直接入ってくるなどせず、普通に廊下から扉を開けて入ってきた……当たり前のことであったが。

 

 本番のレース場では、この世ならざる存在かとも思わせるほどの雰囲気を纏っているネオユニヴァースも、今こうして目の前にすれば、独りのウマ娘にすぎなかった。それもごく当然のことであるが。

 

「“EVEU”、やっと……時間軸について、語れるね。皆で、ここに集まれたことが、“SISR”だよ。」

 

「私も、ユニヴァースくんの論考にいずれ触れたくてウズウズし続けていたからねぇ、まったく夢のような会合だねぇ!けれど、もう少し待ってくれないか、あと一名、ここに来る予定なんだ。あぁ、シャカール先輩が既に睨んで追い返してしまっていなければ、の話だがねぇ。」

 

「無差別に他の連中を追い返すとでも思ってンのか、俺も用件ぐらいは聞く……そもそも、この場に居る面々以外の誰もまだ来てねェよ。」

 

 タキオンとシャカールの言葉にネオユニヴァースは頷き、鷹木が並べておいたパイプ椅子に腰かける。

 

 待ち合わせ時間に最も遅れそうなアグネスタキオンがここに居る時点で、さほど待たされる心配はない。果たして間もなく、タキオンが呼んだ最後の一名、マンハッタンカフェが部屋を覗き込んだ。

 

 タキオンによって急に呼びつけられたことが一番影響していただろうが、カフェはこの場に集まっている顔ぶれを確認するまで、自分が呼ばれた会合について安心しきれなかったようであった。

 

「この場所で……間違い、なさそうですね……。タキオンさんが独りで待ち構えていたら、即座に帰るつもりでしたが……。」

 

「何故だいカフェ!私とは幾度も興味深い考察を語り合った仲じゃないか、あんまりだねぇ!」

 

「それが面倒くせェ、ってンじゃねェのか。」

 

 少なくともタキオンに対する抑えが利くシャカールが同席しているならば、マンハッタンカフェとしても安心なのだろう。

 

 タキオンは自分の隣に椅子を並べてワクワクしながら待っていたが、カフェはシャカールを挟むようにタキオンから離れて座り、タキオンの耳はペタリと折れた。

 

 会合の予定されていた全員が列席したものの、すぐに話し合いが開始されるわけではない。

 

 問題意識は共有されていたものの、議題自体が非現実的に過ぎるため、方針そのものは明確になっていないのだ。暫くの沈黙のなか、シャカールが立てるPCのタイピング音だけが響いていた。

 

 いち早く考えをまとめ終えたのか、率先して口を開いたのはやはりアグネスタキオンであった。

 

「さて、私の持論を早々に披露したい思いで山々ではあるのだが、それは常にロジカルであることを求めるシャカール先輩の好まぬ振る舞いだろうからねぇ。まずは現時点で、我々が確認しているケースを具体的に挙げていこうじゃないか。」

 

「正式なミーティングなら、前もって資料を準備しとくべきなンだろうけどよ。」

 

「私とてヒマではないのさ、この“現実”で為すべきトレーニングが優先されるものだからねぇ。さて、一年前と全く同じ出走者が揃い、全く同じレース展開が確認されたのは、2月の京都記念、3月の阪神大賞典、そして5月の金鯱賞、だねぇ。6月の宝塚記念でも同様の展開となりかけたが、唯一我らが敬愛するシャカール先輩だけ、去年とは異なる着順でゴールを果たしたねぇ。」

 

「特異的“ACTI”……ネオユニヴァースも、『驚く』をしたよ。」

 

 シャカールは黙ったまま、相変わらずPCのタイピング音を続けていたが、ネオユニヴァースからの賞賛の言葉には微かに耳の先をピクリと動かした。

 

 この場にお喋りなウマ娘はタキオンだけであったため、沈黙が概ね賛同の代わりとなっている。

 

 マンハッタンカフェも、2月の時点から異変が起きていることに気づいていたのだろう。タキオンが語る言葉に小さく頷きを返しながら静かに聞いている。

 

 一同を見回し、タキオンはますます彼女なりの“学会”を進行している満足感を味わっているのか、得意げに言葉を継いだ。

 

「さて、むろん、一年前と全く同じ展開を繰り返すという異変が、今挙げたレースだけにしか起きていないという断言は出来ないねぇ。世間一般の観客をはじめ、実際に出走したウマ娘にも異常性を認識できないという事実が確認されている。世間が気づいていれば、今ごろ大騒ぎになっているはずだからねぇ。我々自身もまた、異常性を認識できなかったレースを見過ごしているのかもしれない。」

 

「そもそも、中央だけじゃねェ、地方開催のレースまで全部確認とンのはほぼ無理だ。」

 

「あぁ、URA公式のデータベースを参照しようにも、既に去年のレース記録が一昨年のものに上書きされてしまっている。すなわち、去年のレースが無かったことにされている、というわけだねぇ。公式のデータベースに拠らず、個人で全国のウマ娘レースを年間全て記録している奇特な存在があれば客観的な確認は可能だろうけれど、まず居ないだろうねぇ。」

 

 URA公式のデータが書き換えられている、という現象だけを取り出せば、ハッキングされたという懸念の方が先に立つのが現実的であったが、それもまた世間的なニュースになっていないのが非現実的であった。

 

 誰しもが閲覧できる情報の中に、ファンの皆の記憶に刻まれているはずの去年のレースデータが存在しないことに、誰もが気づいていないのだ。

 

「だが、去年のデータが消えたり、去年と全く同じレース展開になったりしてねェ、って断言できるレースはある。クラシック級のウマ娘しか参戦出来ねェレースだ。」

 

「あぁ、それは確かだねぇ。毎年、トレセン学園に新たなウマ娘が入学してくることが確実であるのだから、クラシック路線のレースが毎年異なる出走者、毎年異なる展開になることは保証されているというわけだねぇ。」

 

「“REEN”は『断たれる』が無いよ。新しいPATHが“メネラオス谷”を越える。」

 

 ネオユニヴァースが口を開くたび、その発言内容を理解して深く頷くのはタキオンだけであったが、他の面々もなんとなくではあるものの言わんとするところは掴めていた。

 

 新たなウマ娘がトレセン学園に入学し、活躍の期間を終えたウマ娘が引退していく。その流れは間違いなく時間が未来へと進んでいる証であり、今年が去年の完全なる繰り返しではないと確証させる根拠でもあった。

 

 であるならば、一部のレースにて起きている異常、出走ウマ娘がどれだけ懸命に走っても、結局決まった結果にしか行き着かない現象は、何故起きているのか?

 

 ネオユニヴァースが、彼女なりにその答えを述べた……相変わらず、簡単には理解の及ばぬ表現ではあったが。

 

「PABL……“ビッグ・バン”な“特異点”が、“NOBS”を『消耗しすぎる』したんだ。“磁気嵐”は“STST”しかけているよ。」

 

「あー、かなり考え抜いたことを言ってくれてンのは分かンだけどよ、もうちっと分かりやすい言い方をしてくれねェと……」

 

「ユニヴァースくん。それは、テイエムオペラオーの事かい?」

 

 シャカールから尤もな意見を言われて小さく俯いたネオユニヴァースであったが、直後、タキオンから重ねられた問いかけにはハタと顔を上げる。

 

 そして、言葉を出さぬままにハッキリと強く頷いた。ネオユニヴァースにとっては今の言い方以外に表現のしようが無い内容を、アグネスタキオンだけが明確に理解したのであった。

 

 怪訝そうに見つめるシャカールからの視線を受けながら、タキオンの側もますます嬉しそうに喋りはじめた。

 

「やはりそうだ、テイエムオペラオーは特異点として強烈すぎた!以前、私は語っただろう、かの世紀末覇王が居る間、我々の世代は舞台に上がれなかったのだと!だから、可能性世界では既にデビューしているはずの年代に、我々はまだトレセン学園に入学する年齢にも到達していなかった、という説をだねぇ!だから、昨年の天皇賞春、自分自身が走っている姿を“視た”のだろう、カフェ!!」

 

「はい……まだジュニア級の私が、昨年の天皇賞で走るなど、有り得ないことだと考えていましたが……。」

 

「それが可能性世界ではあり得たのだよ!ことによっては、引退前のオペラオー先輩やドトウ先輩と、我々の世代、ポッケくんも競っているという現実が存在したのかもしれない!そして、あぁ、シャカール先輩だねぇ!そんな特異点の時代を終わらせた、2年前のジャパンカップでの勝利を飾ったエアシャカール先輩もまた、特異点に干渉しうる存在ということだ!」

 

 いつものトンデモ理論へと入っていくタキオンであったが、彼女の語りを横目で眺めているカフェの目の色は、あながち呆れた雰囲気ばかりではなかった。

 

 マンハッタンカフェ自身、思い当たるところはいくつもあったのだ。

 

 自分にそっくりな姿の“お友だち”が走っている様だけではない、ジャングルポケットそのものな姿の“お友だち”がアドマイヤベガにとり憑いていた様についても、本来は自分たちの世代が走っているべきレースであったためだ、とのタキオンの説に合致する。

 

 いずれにせよ突拍子もない説には違いないし、シャカールはハッキリと呆れ顔であったが、タキオンの中では一つの見解を見出したらしい。

 

「ならば、そんな我々の世代が可能性世界よりも2年遅れてデビューしている以上、その間は空白の期間となってしまうねぇ。むろんクラシック級においては毎年新たな世代が走ることになるが、シニア級においてはそうもいかない、可能性世界の参照が繰り返されてしまうということだねぇ……!」

 

「未来への“抵抗”は、『勝つこと』を“OBTN”するため。けれど、『勝ったこと』は“わたしたち”とは“KERB”だよ。」

 

「その通りだ、例えばナリタトップロード先輩は、間違いなく実際に毎年の京都記念や阪神大賞典を勝利するだけの実力を有しているからねぇ。生半可な実力ではその勝利をひっくり返すことは不可能、結果として可能性が新たに切り拓かれない空白の期間にて、『ナリタトップロードが勝利する』以外の可能性が開かれなかったのだろうねぇ!」

 

 金鯱賞の場合は、ツルマルボーイが勝利する以外の可能性が観測されず、そして宝塚記念においてはネオユニヴァースが勝利する以外の可能性が観測されなかった。

 

 テイエムオペラオーという巨大な特異点がウマ娘レースの歴史を大きく揺るがしてからのち、この世界の時間軸は強烈な存在感を放つウマ娘の走りに非現実的なまでの影響を受けるようになってしまったのかもしれない。

 

 話しかけられない限りじっと黙っていたマンハッタンカフェであったが、流石に不安そうに口を開く。

 

 5月以降、休養を続けていたカフェは、そろそろ夏以降はレースに復帰する目処が立つ頃合いである。

 

「タキオンさん……その、可能性が開かれない“空白の期間”とやらは……いつ、終わるのでしょう。」

 

「さて、未来のことなど断言は出来ないねぇ、本来のウマ娘レースの結果が誰にも確信をもって予見できないのと同じように。ただ、前回と全く同じレース展開を繰り返してしまう異変は、特異点たる素質を持ったウマ娘の活躍で阻止できることが既にハッキリしているねぇ。今年の春の天皇賞はネオユニヴァースくんの参戦によって去年と異なる展開になり、そしてシャカール先輩も去年とは異なる順位で宝塚記念に結果を残したからねぇ。」

 

 一年前と全く同じウマ娘が出走し得るシニア級以上のレース。

 

 春の天皇賞に昨年とは違って参戦し、そして昨年とは異なるレース展開を引き起こし、勝利したネオユニヴァース。宝塚記念にてエアシャカールも、昨年は四着だったところを、二着という順位へ結果を変えた。

 

 “可能性世界”にて既に決まっている結果しかウマ娘レースが行き着かないのではないか、という不穏な予感は、多少なりと崩されつつあったのだ。

 

「相変わらず“特異点の素質”ってのが何なのか分かんねェけどよ、こっから先、そういうウマ娘がきちんと現れ続けンのか?」

 

「心当たりは充分にあるねぇ!今年入学してきた後輩たちの中にも、タニノギムレットくんやシンボリクリスエスくんのような有望な子がいる。そして、そもそも今年のクラシック路線は我々の世代だ!ポッケくんにダンツくん、そしてカフェ!さらにこの私が!可能性世界の定めによる閉塞を打ち破り、開かれた可能性を見せてやれるとも!」

 

「“KELT”だね。タキオンたちの“ランデブー”なら“NPB”だよ。」

 

 いつも通り、特に根拠が無いままに自分の仮説を堂々と述べて悦に入っているタキオン。

 

 シャカールとは対照的に、ネオユニヴァースは表情こそ変えぬままであったが、手元で小さな拍手をして、この未来を楽観視する探求者のメンタルを讃えていた。

 

 明確な異常の解決が見えたわけではなかったが、新たなる世代の活躍に期待が出来る以上、可能性が閉じてしまう現象を恐れることはない……と、明るい結論はとりあえず出たところで、この会合は幕引きとなった。

 

 ネオユニヴァースも、エアシャカールも、夏以降のレースを見据えてヒマをしていられる立場ではない。

 

 が、ネオユニヴァースは立ち去り際、少々神妙な雰囲気をさほど動かさぬ表情に湛えてタキオンの元へ寄ってきた。

 

「今年も“MARS”が“CAPR”―――デコヒーレンス、だよ。」

 

「……そんなはずは……。」

 

 恍惚と興奮を抱きながら“学会”を終了したタキオンの紅潮した頬は、そのネオユニヴァースの囁きと共に急激に血の気を引かせていった。

 

 傍らで聞いていた鷹木には、いかなる意味のやり取りであったかは分からなかったが、タキオンをよほど動揺させる内容であったらしい。早くもタキオンは俯いて考え込んでいたため、彼女に話しかけられる状態になるのには時間を待たねばならない。

 

 ユニヴァースは、担当トレーナーである鷹木にも視線を向け、タキオンのことを気に掛けるようにと目で伝えながら去っていった。

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