探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 クラシック級の年の夏合宿は、前年度の夏にも増して重い意義を有している。今年のダービーウマ娘となったジャングルポケットも、秋以降の再起を目指すマンハッタンカフェも、さらにはクラシックの冠に手を届かせようとするダンツフレームも、皆がトレーニングへと懸命に打ち込む意思を胸に参加していく。レース復帰を目指すアグネスタキオンもむろん同じ思いが無いわけではなかったはずだが、集合場所に現れた彼女は担当トレーナーも驚かずにいられないほどの大荷物を抱えていた。


夏は時を折り曲げ、命運も

 参加するたび、その豪華さによって参加者たちの度肝を抜くのが、結城トレーナーの個人合宿所への移動手段である。

 

 ある時は個人所有するヘリコプター、別の年は海上を行くクルーザー、果ては結城トレーナー専用の臨時列車。ウマ娘を中心に回る社会において、URAのレジェンドトレーナーは財力も桁違いであった。

 

 当の結城トレーナー自身は、あくまでウマ娘たちが快適に移動できる手段を選択しているに過ぎなかった。ウマ娘のために全てを捧げるトレーナーの模範として、私財を惜しまぬ人間であった。

 

 今年は流石に参加するウマ娘の数も多かったためか、約束の待ち合わせ場所には大型バスが待っていた。

 

「……二台分が連結されてるバスなんて、存在するんですね。」

 

「バブル期の観光地ではよく見かけたんだけれどね。ウマ娘たちに空間をゆったり使ってもらうには二階建てバスでもよかったんだが、あれは上階の揺れが気になってしまう子もいるだろうから。」

 

 アグネスタキオンにまつわるあらゆる懸念に備えて早めに到着した鷹木は、結城トレーナーとの挨拶を兼ねて、いかに自分の知識外の存在が目の前にあるか伝えていた。この車両が結城トレーナーの個人所有であるかなど、もはやわざわざ聞くまでも無かった。

 

 長距離移動用の大型サイズのバスが、幌で覆われた連結部を挟んで二台繋がっている。

 

 結城トレーナーに促されるままに車内へと上がった鷹木は、ホテルの一室同様に快適そうなソファが並ぶ空間を目の前にして、再び面食らうこととなった。

 

「床下にも荷物を入れておくトランクはあるけれど、室内からも見える位置で荷物保管の専用スペースがある。破損を避けたい貴重な物品は、ここに運び入れてもらってもいい。アドマイヤベガからも事情は聴いているからね。」

 

「えぇ、ですね、タキオンもきっと天体観測用の機材を持ち込むでしょうから……。」

 

 おそらく、アドマイヤベガが天体観測を行う予定であるとの旨を伝え、それに最適な移動手段を結城トレーナーは用意したのだろう。

 

 アドマイヤベガがこの現実にあり得ない現象を観測する可能性についてトレーナーに伝えたか否かについては、結城トレーナーの表情からは読み取れない。鷹木は、当たり障りのない返答だけに留めていた。

 

 やがて、結城トレーナーから招待された、他のトレーナー達やウマ娘たちも集合し始める。

 

 鷹木とほぼ変わらぬタイミングで姿を現したのは、キングヘイローとジャングルポケットである。桂崎トレーナーのサブとしてトレーナー業を開始して一年超、キングヘイローはもはや新米の雰囲気など皆無、名実ともにベテランの域に踏み入れているかのような雰囲気を纏っていた。

 

 身体のみならず精神面でも人間を易々と超えるウマ娘の成長の早さを、キングのテキパキとした振る舞いを目の前にしつつ鷹木は実感していた。

 

「おはようございます、結城トレーナーに鷹木トレーナー。この度は合宿へと招待いただき心から感謝いたしますわ。荷物の積み込みを初めてもよろしいかしら?長時間の移動に備えて、ジャングルポケットさんのストレッチ時間を早めに取りたいのですけれど。」

 

「ストレッチ用の空間ならバスの中にも用意されているよ、後部連結車両の中に。ウマ娘が体を動かすには手狭かもしれないが、ストレッチをするだけなら十分だろう。」

 

「あら、何から何まで……出発に先んじて見せていただけますか?」

 

 鷹木の心配事が別にあったためでもあるが、キングヘイローは的確にウマ娘トレーナーとして気に掛けるべき要点を見出していた。

 

 キングを案内してバスの車内に乗り込んでいく結城トレーナーの背を見送っている鷹木に、自分の荷物をバスのトランクへ載せ終えたジャングルポケットが話しかける。

 

「タキオンは、いつレースに帰って来れんだよ。昨日は、アイツがトレーニング室のランニングマシンで走ってたのを見たが、秋には間に合うのか?」

 

「あれは、あくまでジョギング程度の負荷だ。状態を管理しながらであれば走れる程度にはなったが、本番レースに耐えうるほどの状態に戻れる見込みは、まだ何とも……。」

 

 皐月賞にて、鷹木の指示通り、タキオンが全力を出さず僅差での勝利へと調整した走りを行ったことの恩恵は、確かに目に見える形となっていた。

 

 レースで脚に負荷がかかった結果として骨折や腱の断裂などを起こしてしまった場合、引退を余儀なくされたり、復帰するにしても一年以上を要したりと、ダメージは小さくない。

 

 あれから3ヵ月そこそこで、負荷を軽くしつつも走ることが可能になるまでに回復したのは、皐月賞での脚の損傷を抑えたおかげである。とはいえ、鷹木は歯切れの悪い返答しか口に出来なかった。

 

「一度、脚の故障を発生させてしまうと、同じ症状も再発しやすくなってしまう。せっかく復帰したレースを、一度走っただけでまた怪我をさせるわけにもいかない。タキオンを安心してレースへ送り出すには、相当に慎重な判断が必要なんだ。」

 

「アンタの言ってることは分からんでもないけどよ……永遠に俺が届かねェライバルが近くに居るってのは、嫌な夢を延々見させられてるような感じだぜ。」

 

 ジャングルポケットが日本ダービーを勝利した時、観客席に向けてあげた雄叫びの意味を、鷹木はようやく掴めつつあった。

 

 あの時は鷹木と並んでアグネスタキオン、そしてタニノギムレットも画面越しの観戦を行っていたが、彼女らはその場でジャングルポケットの真意を見通していた。相変わらずタキオンは直接的な言い方をせず、ギムレットは無駄に難解な言い回しであったが。

 

 皐月賞でタキオンに悠然と先着されたまま、競い合う機会を失ったジャングルポケットにとって、日本ダービーで得られた栄冠は苦さも相俟ったものとなったのではあるまいか。

 

「すまない。タキオンも、去年とは見違えてトレーニングには真面目に取り組むようになったんだ。タキオンが秋からのレースには復帰できるよう、俺もトレーナーとして全力を……」

 

「鷹木トレーナーを困らせてはダメよ、ジャングルポケットさん。」

 

 早くもバス車内の設備を見終えたのだろう、キングヘイローがバスから降りつつジャングルポケットへ言葉を投げかける。

 

 担当ウマ娘の身体を常に気遣わねばならない立場はいずれのトレーナーにとっても等しいものであり、トレーナーとしてのみならず自らがレースに出走していたキングヘイローにはなおさら、レース復帰タイミングを慎重に判断する重要性が理解できるところだろう。

 

 言っても仕方がないこと、とはいえ腹の中に抱え込み続けるのも難儀な思いを、つい吐き出したという自覚はジャングルポケットにもあるらしく、キングからの注意を受けてすぐさま引き下がった。

 

「悪ィな、鷹木トレーナー。タキオンには、ちゃんと脚治してからレースに来い、つっといてくれ。」

 

「心配しなくても、トレセン学園で一二を争うほど慎重なトレーナーさんなんですから。偶に用事で医務室を覗けば、たいてい鷹木トレーナーがタキオンさんの診断依頼を出されておられますし。」

 

「確かに、俺が医務室に通う頻度は多いかもしれないが、ちょっと覗いただけでそんなの分かるのか?」

 

「いつ診断結果を取りに来られてもすぐ渡せるように、でしょうね。ほぼ常に、書類の山の一番上にタキオンさんの診断結果が置かれてますもの。」

 

 それは鷹木の小心さの表れでもあったが、キングヘイローの話を聞いたジャングルポケットはタキオンを気にかけ続ける鷹木の心労のほどに思い至ったかのように、後ろめたい表情を浮かべた。

 

 ジャングルポケットを連れてキングヘイローがバスへ乗り込んでいった後、続いて現れたのは片桐トレーナーと桂崎トレーナーである。

 

 彼らの背後では、それぞれの担当ウマ娘たち……すなわちタップダンスシチー、アグネスデジタル、そしてナリタトップロードらが既に快活なお喋りの声を響かせていた。

 

 片桐トレーナーは、その鋭敏な感覚で鷹木の胸中を読み取ったのだろう、ニィと口角を上げて話しかけてくる。

 

「いつにもまして気まずそうですね、鷹木さん。おおかた、タキオンさんのライバルの子から、アグネスタキオンがいつ復帰するのかと問い詰められたってとこでしょうか。」

 

「えぇまぁ。」

 

 それはキングヘイローが先んじて合宿行きの待ち合わせに向かった、と桂崎トレーナーから聞いたため、片桐に可能な推理だったのだろう。

 

 鷹木にとって数年来の付き合いである同期トレーナーであったが、相も変わらず人の心を見透かす策略家、気心知れた相手である一方で心を許せる相手ではなかった。

 

 そんな片桐の担当ウマ娘たるタップダンスシチーはと言えば、まだまだ復帰の目処は立たない様子であったが。今も、自力で歩けはすれど、杖は手放せないらしい。

 

 他のウマ娘より1年遅れて入学し、さらに長期休養が必要な怪我を負ったうえでなお、彼女のいつも変わらぬ快活さが余計に眩しかった。

 

「Ey、鷹木トレーナー!Tachyonは今年、わたしよりも先に復帰しちまいそうだな!わたしも、今年の冬にはレース本番で走りたいんだけどな!」

 

「まだ、こちらも何とも言えない、タキオンも秋のシーズン内に復帰が間に合わないかもしれないし……」

 

「同じトレーナーとして見るところ、秋には間に合いそうですよタキオンさん。菊花賞に間に合うか、間に合わないか、といったところでしょうか。鷹木さん自身も、そう考えてるでしょ?」

 

 先ほどジャングルポケットに対して伝えたのと同様の返答を言いかけた鷹木に対し、口を挟む片桐。

 

 さすがに自分の担当以外のウマ娘を観察する目に長けている片桐は、鷹木が公言を差し控えていた内容まで言い当てていた。根拠のない期待や予定を周囲に伝えるわけにはいかない、と表立って口にすることを鷹木は避けていたのだが……。

 

 確かに、鷹木の内心においても、タキオンは菊花賞の時期に復帰が間に合うか、間に合わぬかといったところだろうとの目処は立っていた。

 

「まぁその、回復が上手くいけば、の見込みではありますけど。」

 

「Woo!そうと分かりゃあ張り合いが出るじゃないか!片桐トレーナー!わたしも張り切って秋までに脚を治すからな!」

 

「いくら張り切っても治癒は早まりませんよ。」

 

 ハイテンションなタップダンスシチーと、冷めた物言いの片桐が言葉を交わしながらバスに乗り込んでいくのも見送る鷹木。

 

 間もなく結城トレーナーの担当するウマ娘たち、アドマイヤベガ、エアシャカール、マンハッタンカフェ、そしてダンツフレームも待ち合わせ場所に到着する。

 

 アドマイヤベガは事前の宣言通り、天体観測機材が入っているのだろう硬質の大型ケースも抱えていた。

 

「……タキオンさんが到着するまで、あなたはずっとここで待ちぼうけを食らっているわけね、鷹木トレーナー。」

 

「あぁ、そろそろ許可を取ってウマ娘寮のアイツの部屋にまで迎えに行こうかと考えつつあるんだが。」

 

 寝坊しているのでなければ、おそらくタキオンはアドマイヤベガ同様、天体観測用の備えを整えるのに時間をかけているのだろう。

 

 先日の話を鑑みれば、それは単なる趣味としてではなく、この世界の摂理に狂いが生じていることへの検証でもある。

 

 自分の探求のためならば想定以上の行動力を発揮するタキオンが、どんな大荷物を抱えてくるつもりか、待たされる時間が長引くほどに鷹木の不安は募っていった。

 

 バスのトランクや社内の荷物置きスペースが埋まっていくのを見るにつけても、ある意味タキオンが遅れてくることは有難かった。先んじてタキオンの大荷物がスペースを占拠してしまっていては、他の面々の荷物を詰め込めなかったろう。

 

 鷹木の懸念は、アドマイヤベガも共有するところであった。自分の荷物を積み終えた彼女は改めてバスの車外へ出て、そしてトレセン学園から遅れてやってくる影を指さした。

 

「来たわ。」

 

「えっ、何だアレ……。」

 

 もはや小山のように盛り上がった荷物を背負い、その倍はある荷物を積んだ台車を引っぱってくるのは、間違いなくアグネスタキオンであった。

 

 ウマ娘の力であれば重量に問題は無いためスタスタと歩いてくるが、その量を準備するのに今まで時間がかかったのだろう。

 

 それでも鷹木は、大荷物の運搬で余計な負荷がタキオンの脚に掛からぬよう、慌てて駆け寄っていって荷物の一部を抱えた。

 

「タキオン!なんだこの大荷物は、何に使うんだこれ……。」

 

「決まっているじゃないか、今世紀最大の、そして天体の運行上はあり得ない現象を、万全の態勢で観測するための備えさ。望遠鏡や高精度のカメラだけではない、その場で画像分析を行うためのパソコン、一晩中機械類を稼働させるためのバッテリーも完備している、むろん不意の雨露を防ぐために即座展開可能なドーム状テントも必要だからねぇ。」

 

 タキオンの荷物量が膨れ上がった理由は、単に彼女の気合が入っているためだけではなかったろう。

 

 デビューして以来無敗で皐月賞まで連勝した、その賞金が入っていたためだ。むろん莫大な額になるそれが全て、まだ学生であるタキオンの懐に収まったわけではなく、あくまで彼女の保護者に管理が任されているのだが……。

 

 これまでずっと奔放に、そして興味の赴くままに、タキオンの意思を尊重してきた彼女の保護者が、必要な機材類をあれこれと買い求めようとするタキオンの意志を拒むはずもなかった。

 

「先んじて俺に連絡して、持っていく荷物の整理を手伝わせてくれればよかったのに……。」

 

「そんなことをしたらトレーナーくん、私が合宿に持参しようとしている物品の全てを持ち込むことをきっと許可しないだろう?さて、ここまで運んできてしまったことだし、結城トレーナーも素敵な移動手段を準備してくれた。これらを全て積み込もうじゃないか。」

 

 時計を見れば、出発予定時刻は間近である。今から不要な荷物を吟味し、寮まで持ち帰らせている暇は無い。

 

 去年のように、タキオンに敢えて本来の予定より早い時刻を教えておかなかったことを鷹木は後悔した……彼女に同じ手が二度通用するとは思えなかったのも事実だが。

 

 床下のトランクスペースを完全に使い切ってもなお収まらない大荷物を抱え、タキオンはバスの車内へと乗り込んでいく。

 

「やぁ諸君、待たせてすまないねぇ、これは精密な観測機材だから車両の揺れの影響が少ない場所を優先的に空けてくれたまえ、こっちは防寒具やテント類だからさほど気を遣わずとも良いが場所はかさばるねぇ、荷物置きスペースが埋まってしまうじゃないか。座席上の棚に押し込んでおこうかねぇ。」

 

「おいタキオン、俺の真上に入れんじゃねぇ。バスが揺れた時に落ちてきたらどうすんだ。」

 

「そうなる前に押し込み直しておいてくれたまえ、ジャングルポケットくん。キミは上を見あげるのに慣れているだろうからねぇ。」

 

「てめェ……!」

 

 タキオンの復帰時期についての心配や、ウマ娘レースならびにこの現実世界で見えつつある異変への不安を、ずっと抱え続ける鷹木であった。が、少なくともタキオンの振る舞いを前にしている限り、それらを一時的にとはいえ忘れることが出来た。

 

 不安こそ、未来を思うときに伴う当然の感情であり、それを味わったうえで探求と備えに全力を注ぐ。だからタキオンは、暗い感情の全てを探求心で置き換えてしまえるのだ。

 

 全員が席に着いた後もやいやいとやかましい声々を車内に響かせながら、今年の夏合宿へと向かうバスは発進していった。

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