探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 夏合宿を続ける面々から離れ、8月に入って早々に札幌レース場で行われる富良野特別へと出走するマンハッタンカフェ。遠方への移動が苦手な彼女が、上半期の不調を乗り越えてどこまで実力を発揮できるものか不安視する要素はなくはなかったものの、彼女を傍で見てきていたタキオンは不安要素を見出すことなどなかった。やがて、中央のGⅠでの活躍が前々から期待されていたマンハッタンカフェ、その本領が見せつけられることとなる。


蜃気は既に、摩天に聳えて

 マンハッタンカフェが合宿所を発って札幌へと向かったのは、酷暑のますます極まる8月頭のことであった。

 

 彼女が出発する前夜、アグネスタキオンはマンハッタンカフェから呼び出しを受けた。いつもの通り遠慮のないタキオンは、カフェが合流条件を詳細に決めていないのを知るや否や自分に都合の良い時間と場所をすかさず指定した。

 

「ならばさっそく今夜、グラウンドで会おう!私も天体観測の本番に備え、機材の定期チェックを行いたいからねぇ。夜涼みついでに、心置きなく語りあかそうじゃないか。」

 

「いえ、そんな長話をするほどでは……。」

 

「だがこの場で喋るようなことではなく、時と場所をあらためて私と語りたい内容なのだろう?邪魔は入れさせないとも、総額数百万はする天体観測機材一式の近くで騒ぐ者が居たら、薬品をぶっかけてでも退散させてやるからねぇ。」

 

 合宿期間中における観測機材の保存状態を定期的に確認するためという名目で、夜のグラウンドにて組み立てた天体望遠鏡をいじくりまわしているタキオンに付き合わされるのは、鷹木も同様であった。

 

 アグネスタキオンの担当トレーナーとなったのが運の尽き、数百万はするという機材の組み立てに毎度付き合わされ、毎度のごとく冷や汗に額を湿らすことを繰り返すのが鷹木であった。

 

 望遠鏡のセッティングを終えたらしいタキオンの背後で、やれやれと折り畳み椅子に腰を下ろした鷹木は、宵闇の中から掛けられたマンハッタンカフェの声に再び飛びあがることとなった。

 

「あの……お邪魔して、よろしいでしょうか……。」

 

「うあぁわぁ!?あっ……マンハッタンカフェ、か……い、いらっしゃい……。」

 

「お邪魔も何も、前もって私が指定した通りの待ち合わせに来てくれたんだから、何も遠慮する必要はないじゃないかカフェ。それよりも、私とふたりきりで話がしたいのならば、むしろトレーナーくんが邪魔かもしれないねぇ。もう望遠鏡を組み立てるための用は済んだわけだし、今すぐ追い払おうか?」

 

 当の鷹木は、逢魔が時に現れた亡霊の如くゆらりと姿を見せたカフェの前で動悸を抑えるのに必死だったため、タキオンから受ける扱いの理不尽さに抗議する余裕など無かった。

 

 幸いながらに、マンハッタンカフェはゆっくりと首を横に振りながら、鷹木の隣に用意された折り畳み椅子に腰かける。

 

「いえ、鷹木トレーナーにも聞いていただければ、と……そんなに、深刻な話でもありませんから。私は札幌への遠征を終えたら、また合宿所に戻ってくるつもりです。タキオンさんの天体観測に……参加させてもらえるでしょうか?」

 

「おぉ!カフェも興味を持ってくれるとはねぇ!参加させても何も、この合宿所に居る面々ならばいちいち事前に許可など要らないとも!いや、カフェが心配しているのは、日程の問題かねぇ?」

 

「はい……私が出走予定なのは、8月4日の富良野特別だけではなく……8月26日の阿寒湖特別も、ですから……8月のほとんどを、皆さんから離れて過ごすことになります……。」

 

 ウマ娘にとって、本番レースは限定戦やオープン戦であろうとも、全力を尽くして真剣に勝ちを狙いに行く走りをすべき場である。

 

 それゆえ、一度のレースにおいては心身ともに相当な負担が蓄積することになる。本番レースへの短期間での連続出走は避け、少なくとも間に1ヵ月はスパンを設けるべき、というのがトレーナー間においても定石となっていた。

 

 しかしマンハッタンカフェは、8月中に2度も本番へ出走することとなる。当然ながら体を充分に休めるためにも、調子を崩さぬためにも、いちいち札幌と合宿所を往復するわけにもいかない。

 

 カフェが札幌遠征を終えて戻ってくるとなれば、もはや8月は数日しか残っていない。そんなカフェの心配を、タキオンは即座に覆した。

 

「問題ないとも!もとより、今回予定している天体観測の対象は大接近するはずの火星だからねぇ。夏休み期間中見ることが出来るが、厳密な大接近が発生する日時は8月27日の19時ごろだ。月齢もほぼ新月、観測を邪魔する眩しい光もない。すなわち、ちょうどカフェが阿寒湖特別を終えた翌日が、観測の機会となるねぇ!」

 

「よかった……では、結城トレーナーには、阿寒湖特別を走り終えた翌日には皆と合流したい、と伝えますね……。」

 

「私もカフェが観測現場に同席してくれるとなれば嬉しいねぇ!私にとっての観測対象が増えることにもなる、キミ自身や、キミの“お友だち”にはいかに認識されるのか……この、本来は現実でありえない天体運行が。」

 

 去年も起きた火星大接近が、今年も全く同じように発生することなど、あるはずがない。

 

 地球と火星の公転周期はズレており、さらに公転軌道も完全な円形ではないため、接近自体は2年2か月ごと、大接近は約15年ごとにしか発生しないはずである。ついでに、月齢までちょうど1年前と同じになることもまた、本来ありえない。

 

 ……という内容を、合宿前にタキオンとアドマイヤベガが話し合っていた場にマンハッタンカフェは居合わせていなかったが、カフェも特有の勘で今回の天体観測の対象が尋常ならざる存在であることは理解していたらしい。

 

「お友だちも、強く興味を抱いて……そして、懸念しています。この世界が……嘘くさい、と。」

 

「嘘くさい、か!カフェが普段使う物言いではないが、しかし言い得て妙だねぇ。確かにそうだ、この世界を創り出した神がいるとすれば、その存在は我々ウマ娘の手が届かない天体運行にまで現実の物理法則を行きわたらせることが叶わなかった、ともいえようか!」

 

 確かに、ウマ娘、そして彼女らの担当トレーナーが、仮に星空を見上げることはあっても、アグネスタキオンやアドマイヤベガのごとく、惑星の運行まで含めて現実的に観測する存在はそうそう居なかっただろう。

 

 タキオンと鷹木は、普通のウマ娘やトレーナーが滅多に気づかぬことに、気づいてしまったのだ。

 

「では、私はそろそろ、明日の出発に備えなければなりませんので、お先に……」

 

「あぁ、観測の日を楽しみにしておきたまえ!札幌レース場での健闘を祈るよ!」

 

 マンハッタンカフェが合宿所を発ったのは、翌朝のことである。

 

 そしてその3日後、すなわち富良野特別が行われる8月4日、発走時刻が迫る頃……合宿所では、レース中継番組が映し出されたテレビ画面前が押し合いへし合いの混雑状態となっていた。

 

 結城トレーナーの個人合宿所は、備品もひとつひとつ高価なもので揃えられている。

 

 ロビーに備え付けられたテレビ画面も、75インチもの大型ディスプレイであった。そのままパブリックビューイングに使えそうなほどの視聴環境であったが、我の強いウマ娘たちが集まればひと悶着は避け難い。

 

 当然のことながら、騒ぎの中心にあったのはアグネスタキオンだったが。先輩ウマ娘たちを差しおいてディスプレイの真ん前、距離も最も見易い位置に座っていたタキオンは、ディスプレイとの間に割り込むように座ってきたジャングルポケットに食って掛かっていた。

 

「私の前に入るのは止したまえジャングルポケットくん、出来れば多少離れてもらうと助かるねぇ、どうせ君はやかましく騒ぐのだろうからねぇ、せっかくカフェが走る様を鑑賞できるというに耳を痛めたくはないねぇ。」

 

「真っ先に一番見易い位置を取っといて何を言ってやがる、俺も19日には札幌で走るんだから、レース場の状態を見極めておかなきゃならねーんだよ。」

 

「何をそう心配することがあるのかねぇ、どうせキミが勝つのだから神経質になることもないじゃないか。この私もまた札幌記念に出走してジャングルポケットくんと競うとなれば、話は違っていただろうけれどねぇ。」

 

「ンだとテメェ!」

 

 こういった場で、真っ先にタキオンを止めに掛かるべきなのは、むろんタキオンの担当トレーナーである鷹木だったはずなのだが……なにぶん彼女らの周囲にも合宿に参加しているウマ娘たちが詰めかけているだけに、易々と近寄れない。

 

 そもそも、会話や集まりの場に強引に割って入ること自体を大いに苦手としている鷹木には極たる難題であった。そんな中、場に入り込んでいってあっさりと片付けたのはキングヘイローである。

 

「同世代のウマ娘さんの耳を痛めさせるわけにはいかないし、タキオンさんとジャングルポケットさんの間に私が座ろうかしら。それから、ダンツフレームさん、タキオンさんの隣にいらっしゃい。」

 

「わっ、私が、そちらに座っていいんですか?先輩方が後ろになってしまいますが……。」

 

「あなたもマンハッタンカフェさんと同世代、今年のクラシック路線を競う相手なのでしょう?ライバルの走り、一番見やすい場所に居なくてどうするの。」

 

 流石の存在感で場を取り仕切るキングヘイローと、先ほどまで遠慮しつつ様子を窺っていたダンツフレームに挟まれ、タキオンはようやっとおとなしくなった。

 

 後輩ウマ娘たちにディスプレイ前を譲り、アドマイヤベガやナリタトップロード、エアシャカールにアグネスデジタルらはめいめいに運んできた椅子に腰かけている。

 

 遅れて到着したタップダンスシチーが、杖を突きつつも片桐トレーナーの手を借りて慎重に席につく頃には、既に中継画面内では地下バ道から出てきたウマ娘たちがゲートへと向かっていくところであった。

 

 富良野特別は1勝クラスの条件戦ゆえ、アナウンサーの口調も響く歓声も少々控えめである。

 

〈全てのウマ娘が出揃いました、富良野特別。天候は晴れ、バ場状態は良となっております。先月のレースでは惜しくも二着となったエドノマツオー、そしてデビュー戦から既に2勝を挙げているディプロマティストにも注目が集まるところでありますが、やはりトレセン学園における期待の星、マンハッタンカフェがどこまで調子を取り戻したかも見どころとなるでしょう。いよいよ発走時刻を迎えます。〉

 

 レース観戦の場では真っ先に口を開くであろうアグネスタキオンは、真隣りに座ったキングヘイローのオーラに当てられてか、暫し口を閉ざしている。

 

 おかげで、いつも結城トレーナーの下で共に指導を受けているエアシャカールの言葉を鷹木は聞くことが出来た。

 

「“調子を取り戻した”どころじゃねェよ、カフェは春のレースの頃と比べりゃかなり進化してる。不安も吹っ切ったみたいだしよ。」

 

「Phew、シャカール先輩がそこまで言うんなら、マジで凄いレースを見せてもらえそうだな!」

 

 いつもよく喋るタキオンが静かになっている今、必然的に響く頻度が増えるのはタップダンスシチーの声であった。

 

 とはいえ、タキオンの口数が減っていたのはひとえにキングヘイローの存在ゆえばかりではなく、実際にマンハッタンカフェがどれほどの走りを見せつけてくるのかと、常に似合わず緊張していたためかもしれない。

 

〈全ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました!さぁ、集団を抜け出して真っ先にハナを取ったのはモリノワールド、ウチ側からシュプリンゲンも上がっていって現在2番手、さらにタヤスタモツ、並んでツジツヨシ、とこのあたりは早くも固まって最初のコーナーへと差し掛かっていきます。1番人気マンハッタンカフェはぐっと下げて最後方、ジェントルウインドと並ぶ形となっています。〉

 

 スタートしてから、わずか160mで最初のコーナーへと入っていく札幌レース場、芝2600m。

 

 その短時間において、少しでも有利な位置でコーナーを回ろうとして位置取り争いは激化する。殊に、1番人気マンハッタンカフェはマークを受けやすいため、下手に集団に巻き込まれるわけにはいかなかった。

 

 じっと中継画面を見つめながら、アドマイヤベガは小さく頷きつつ呟く。

 

「まずは自分の走りを手堅く、ね。あの子なら、一番後ろからでも十分に先頭を狙えるわ。」

 

「けれど、札幌レース場はゴール前直線も短い。最終コーナーに差し掛かるまでに、どこまで上がれるかだね。」

 

 ナリタトップロードも、アドマイヤベガの言葉に返しながら頷いている。マンハッタンカフェの追い込みは同世代の中でも随一の加速力を誇っていたが、直線の短いコースでどこまで通用するかは未知数であった。

 

〈4コーナーを抜けて一周目の直線へと入っていきます、先頭は変わらずモリノワールド。2番手シュプリンゲン、タヤスタモツが続く3番手、この辺り未だ動きはありません。2番人気エドノマツオーがじわっと上がって4番手、その後にダリカラノテガミ、ダンツオーシャン、そして3番人気ディプロマティストが並んで中団を形成しています。中団ウチ側にマウンテンターオー、そしてアマラバーチが後ろ目につけて前から9番手といったところであります。〉

 

 直線コースは約260mと、全国のレース場の中でも短い部類に入る札幌レース場。

 

 現に今、中継画面を見るにつけても、カメラが最後方に居るマンハッタンカフェを捉えた頃には先頭のウマ娘は既に直線を抜けており、1コーナーへと差し掛かっていた。腕を組んで真剣な表情のキングヘイローが口を開く。

 

「焦りはなさそうね、マンハッタンカフェさん。けれど、仕掛けどころに遅れたら、最終直線で届く前に先行にゴールされてしまうわ。」

 

「俺も気ぃつけておかねーとな、東京レース場で走った癖が残っちまってたら、直線で勝負つけようとしちまう。」

 

 ジャングルポケットはますます画面に向かって前のめりとなり、マンハッタンカフェの位置取りを凝視し続けていた。

 

 ポッケにとって、常に仮想上とて勝つべき相手として存在するアグネスタキオンなどは、こういったコースを得意としていただろう。先ほどから黙りつづけているが、タキオンはポッケと対照的に、ゆったりと背筋を伸ばして微笑みながら観戦していた。

 

〈1コーナーから2コーナーへと差し掛かります、モリノワールドが全体を引っ張り続けていますが、ここで大外に出したマンハッタンカフェがじわっと上がりはじめた!最後方からあがって10番手、いや9番手、マウンテンターオーに並んでいます。アマラバーチは少し速度を緩めて下がっていく、中団前方のエドノマツオーも脚を緩めたか、2コーナーから早くも動いたマンハッタンカフェ!〉

 

「おやおや周囲が軒並み動揺しているねぇ!そりゃあそうだろう、残り1000mもあるというのに、ここで仕掛けるウマ娘が居るとは夢にも思うまい!」

 

 遂に我慢できなくなったのか、タキオンが唐突に大声を上げた。真隣りにいたダンツフレームはビクッと小さく跳びあがったが、タキオンの興奮も無理はない。

 

 ここから向こう正面を駆け抜け、コーナーを2つ回り、短いとはいえ最終直線が残っているというのに、この時点で位置を押し上げ始めるカフェは底知れぬスタミナ残量をほのめかしているも同然であった。

 

 視線を画面へと戻しながら、ダンツフレームもタキオンに言葉を返す。

 

「こ、コーナーが長いから、外側で走り続けるのも不利だし、たしか札幌レース場は洋芝?だっけ……特にスタミナを費やすコースなんだよね。」

 

「全くだねぇ、カフェ以外のウマ娘が同じことをすれば、すなわち失策だと断じられるだろうが、ほかならぬマンハッタンカフェが力試しをしているのだから、競走相手たちは慄然とせざるを得ない、といったところだろうねぇ!」

 

 直線も短く、スタミナをすり減らしやすいコースとなれば、逃げや先行で走り抜くのが定石となる。

 

 前の集団を交わすためにコーナーを外回りで走らされがちな差し、追い込みは、よほど慎重にスタミナを温存しなければゴール前の攻防に勝てない。そんな中、マンハッタンカフェが示した早すぎる仕掛けが、周囲に動揺を広げていったのも必然であったろう。

 

〈2週目の向こう正面を進みます、エドノマツオーぐっと下げて現在7番手、じわじわと上がっていくマンハッタンカフェはすぐ後ろにつけています。先ほど速度を緩めたアマラバーチは再び位置を戻して9番手、ツジツヨシも追い立てられて焦ったか3番手へと上がっています。さぁ先頭のモリノワールド、2番手シュプリンゲンも徐々にリードが詰められてきた、間もなく3コーナーに入ろうとするところ、残り400を通過!マンハッタンカフェがまだ前を目指す!〉

 

 条件戦ゆえに場内の観戦スタンドは満席というわけではなかったが、響く歓声やどよめきの声はますます大きくなっていった。

 

 本来の想定では、最終コーナーの時点で好位置につけているウマ娘だけが、最後の短い直線での我慢比べに打ち勝ち、ゴールラインを越えるというレース展開が期待されていた。

 

「いやしかし、カフェがそんな定石に収まる程度のウマ娘でないことは一目瞭然だねぇ!見たまえ、先行のウマ娘がつい我慢できず一瞬振り返っているじゃないか!」

 

「長距離が向いている、との見立ては間違いではなかったわね。加速時の瞬発力も群を抜いているけれど、あの子の本質はスタミナ量を活かした走りにあるわ。」

 

 もはや喋りが留まることのないだろうアグネスタキオンの背後で、アドマイヤベガの静かな声が響いている。

 

 結城トレーナーのもとでカフェにアドバイスを与えた先輩ウマ娘としては想定できる展開だったろうが、それでも胸がすくような加速でコーナーを回りつつ順位をごぼう抜きしていくマンハッタンカフェの走りからは、視線を外せないようであった。

 

〈いよいよ最終コーナー、マンハッタンカフェまだまだ加速している、現在5番手、いや3番手!タヤスタモツ、ツジツヨシ並んで3番手争いか、しかしマンハッタンカフェほぼ並ぶことなく前へ出た!マウンテンターオーここで限界か、先頭はシュプリンゲン!外からマンハッタンカフェが来る、そして捉えた!これは圧巻の走りだ、残り200を通過!マンハッタンカフェ先頭!〉

 

 既にアグネスタキオンは拍手の準備のつもりか、両掌を掲げて顔の前で揃えていた。

 

 一方、ジャングルポケットはますます前のめりの姿勢で、中継画面を凝視し続けている。もしも自分がこのレースで走っていたら、と考えれば、カフェの末脚が脅威にならぬわけがない。

 

「どんだけ残ってんだよ、アイツのスタミナは……全然苦しそうでもねェってことは、まだ余裕を残してこの加速なんだよな……。」

 

「当然だろうねぇ、今回のレース参加者はカフェのペース配分を全く予測できなかっただけに、ブロックすることもなければ仕掛けに応じて食い下がることも出来ていない。カフェの本領発揮は、GⅠレースでということになるだろうねぇ!」

 

 興奮した口調で語っているタキオンもまた、自分がマンハッタンカフェと競う時のことを想定しているのだろう。

 

 その思いは、アグネスタキオン自身が脚の復調を実感しているだけに、いよいよもって強い期待と昂揚に彩られるものとなっていた。

 

〈マンハッタンカフェ先頭!2番手争いはシュプリンゲン、そしてエドノマツオー!大外からジェントルウインド上がってきたが、3番手との差は5バ身、これは届かないか!先頭のマンハッタンカフェ、なんと更に加速して突き放す!恐るべき持久力、2バ身のリード、余裕の勝利だ、マンハッタンカフェ先頭でゴールイン!圧倒的な実力差を見せつけました、上半期は不調に苦しんだ中央トレセンのホープ、遂に全盛期を迎えたか!〉

 

 カフェの走り、そして画面から響く大歓声に呑まれたように沈黙する中、アグネスタキオンの拍手が真っ先に響き始める。

 

 当のタキオンもまた、声を出すのではなく拍手するだけで精一杯であった。同年代のウマ娘たちにとっては、自分が競うべきクラシック級のライバルが、恐ろしい化け物へと進化しつつある様を見せつけられたも同然であった。

 

 その場で喋りはじめる余裕があったのは、先輩ウマ娘の面々だけであっただろう。既にマンハッタンカフェの走りに魅せられ、お決まりのごとく失神しかけているアグネスデジタルを除き。

 

「ひょえぇ……今後の長距離レースは、マンハッタンカフェさんが既に覇を唱えたも同然じゃありませんかねぇ……。」

 

「大袈裟すぎる考えでもないと思うよ、これは確実に来年の春の天皇賞、カフェが最大のライバルになりそうだね。」

 

 頭をくらくらさせながら喋るデジタルに、ナリタトップロードがベテランウマ娘らしい余裕を見せつつも、やはりテレビ画面いっぱいに映し出されたマンハッタンカフェの姿から視線を外せていない。

 

 トップロードの語った内容は、今の時点での予測としては無理のない内容でもあった。菊花賞を始めとして、今後行われる長距離レースは翌年も含め、マンハッタンカフェの存在が大きくなるだろう。

 

 しかし、「春の天皇賞でマンハッタンカフェが勝利すること」は、昨年の春の件もあり、既に確定していた事項のようにも感じられるのが不気味であった。

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