探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 8月の札幌レース場へ、マンハッタンカフェとジャングルポケットが向かっていった後、合宿所に残っている面々に向けてアドマイヤベガは一つの提案をする。毎日毎日、同じ練習コースを走る日々を続けてきた今、合宿所の外へと出て長距離を走って帰ってくる気晴らしついでのトレーニングを行おうというのだ。住民数も非常に少ない田舎のこと、都会とは違ってのびのびと走れるジョギングコースには事欠かなかったが、タキオンは早くもアヤベの提案に言外の目的を見出していた。


記憶刻んだ暑気の向こうからは、戻れない

 マンハッタンカフェに遅れること数日、ジャングルポケットもまた札幌へと発っていく。

 

 言わずもがな、札幌レース場で開催される札幌記念に出走するためである。合宿期間だというのに皆と離れて過ごす他にないマンハッタンカフェにとっては、現地で合流できる同期ウマ娘の存在が心強いだろう。

 

 メンバーの減った合宿所が静かで寂しくなる……ことはなく、主にタキオンとタップダンスシチーが賑わいの大半を占めていた。いずれも脚の療養中のため休養期間を過ごしている両名であったが、落ち込みなど全く感じさせない様は流石の芯の強さであった。

 

 既にアグネスタキオンは札幌へ出発する前のカフェやポッケ相手に併走するまでにも回復しており、杖無しでの歩行も可能になりつつあるタップと共に悪友めいたつるみ方を楽しむようになっていた。

 

「見たまえ、味噌汁のお椀が意思を持ったように動き回っている。」

 

「What the heck!?やばいじゃないか、Ghostが乗り移ったってのに、マンハッタンカフェは札幌に行っちまってここにいない!」

 

 朝食時、皆で集まるたびにアグネスタキオンは、その豊富な科学知識を無駄に活用してイタズラを仕掛けた。

 

 エアシャカールやアドマイヤベガなどは呆れた顔で見つめ、超常現象が発生したのだとほぼ信じ込んでいるアグネスデジタルやダンツフレームは耳をペタリと寝かせて距離を取っている。

 

 そんな中、一番大きなリアクションを取るのが毎度恒例のごとくタップダンスシチーである。その声の大きさも、また多少不可思議な現象も楽しもうとする姿勢も持ち合わせているのが彼女の性格であった。

 

「My gosh、いきなり朝からexorcistなんて呼んで来てくれんのか?Ghostを追い払ってもらわなきゃメシが食えないじゃないか!」

 

「いやいや、それには及ばないねぇ、これは物理的に必然として起こりうる現象だとも。具体的には、味噌汁の椀の濡れた糸底内に封じられた空気が熱で膨張し、大気圧によって抑えつけられる力が弱まることで垂直抗力が強まり摩擦係数が減少、そしてテーブルの微細な傾斜によって発生する重力加速度に従い動き出した、と説明できるねぇ。」

 

「Ahh,you got me!説明はよく分かんねーけど、またお前のイタズラにしてやられた、ってことだな!タキオン!」

 

 イタズラの詳細を科学的にかつ得意げに説明するタキオンの隣席に、タップダンスシチーが笑いながら腰掛ける。耳と尻尾を固まらせて警戒していた面々も、タキオンの単なるイタズラだと知ってようやく朝食の席についた。

 

 食事を進めつつも、アドマイヤベガが皆に向かって話し始めた。ここでは一番の先輩格である彼女が、トレーナーの居ない場においてはナリタトップロードと並んで後輩たちのまとめ役を引き受けることが多い。

 

「もう8月も半ば、ちょっとおふざけが過ぎる子たちも居るけれど、皆、毎日真面目に練習コースを走り続けてきたのだから気晴らしは必要ね。今日は、合宿所の外、遠方まで走ってくるトレーニングに切り替えましょうか。」

 

「ほう!それは昨年同様、食堂のある商店街まで走ってくるプランかねぇ?」

 

 真っ先にアグネスタキオンが、アドマイヤベガが語ろうとした計画の内実を推測する。

 

 確かに昨年は、この合宿所にて雇われている調理師、太田が普段の生業として経営している食堂のある商店街までウマ娘たちが徒歩で向かい、昼食をとってから帰ってくるというプランを実行した日があった。

 

 それはタキオンたちが入学するよりも前の年から、覇王世代の面々にとって恒例になっている行事でもあり……さらには、アドマイヤベガが何がしかの超常現象に遭遇する可能性の高いイベントでもある。

 

 だからこそ、アヤベ自身の胸中はいざ知らず、アグネスタキオンは興味津々で食いついたのだが、当のアドマイヤベガは首を横に振った。

 

「太田さんにはあらかじめ聞いておいたのだけれど、もうあの商店街には他に人も居ないから、食堂は閉めたんですって。今は、毎年夏にくる私たちのため、合宿所にだけ来ていただいてるの。」

 

「That's a shame、メシは美味いし雰囲気も良かったんだけれどな。でも、客どころか住民が居ないんなら、仕方ないか。」

 

 しんみりした空気になりかけた朝食の場で、タップダンスシチーだけがアヤベに言葉を返した。

 

 もとより、この結城トレーナーの個人合宿所は人家や車通りから離れた地区に建てられている。最も近い商店街は自動車ないしウマ娘の走りでも数十分かかる程の距離にある。

 

 その商店街自体が、ほとんどシャッターを下ろしきったゴーストタウンめいた状態であった。家電の修理を行っていた店も閉まり、唯一残っていた食堂も、昨年を最後に畳んだらしい。

 

 他の合宿所であれば地域の夏祭りなどが行われる場合もあったが、この一帯にはそも祭りの準備や参加をするほどの人口がないのだ。

 

 世間の騒がしさから離れられるからこそ、結城トレーナーはここと定めて合宿所を建てたのだが、都会やレース場の煌びやかさとは無縁の地域も存在することは肌で感じられるものであった。

 

 アドマイヤベガは朝の陽射しが差し込んでいる合宿所内の明るさが翳らぬうちに、と言葉を継ぐ。

 

「せっかくだから、ここの合宿所に居るメンバーを2チームに分けて、ほぼ同じ距離の往復をどちらが先に終えるかの競走をしてみないかしら。普段のレースと違って、見えない相手とタイムを競いながらペース配分を考えるのも、新鮮だと思うわ。」

 

「面白そうな試みだねぇ!しかし、ほぼ同じ距離になる2種の道のりなど、測定してあるのかい?単なる直線距離だけではなく、起伏や曲線に沿った道など……」

 

「俺が測定しておいた。」

 

 アグネスタキオンの言葉に割って入ったエアシャカールが、プリントアウトしておいたのだろう紙片を、朝食のテーブルが濡れていないか気に掛けつつも中央に置く。

 

 そこには合宿所周辺の地図が印刷され、往復が同じ距離になる、まったく別方向へと向かう道がマーカーでなぞられていた。

 

「一つのルートは、去年も行った食堂のある商店街への道だ。食堂でメシ食うわけじゃねェから、すぐに戻れば1時間もかからねェ。別のルートは、海岸沿いに進んで、岬の突端まで行く道だ。住民は居ないが、岬にある灯台の管理に向かうための道が整備されてる。」

 

「ひょぉおお、なんだから聞いてるだけで楽しそうな道のりですねぇ!今日なんか天気もいいですし、海風を嗅ぎながら走るのは心地よさそうです!」

 

 エアシャカールの説明に食いついたアグネスデジタルは、早くも食事を終えて地図を覗き込んでいる。

 

 車や人など通ることのない、海沿いの道。潮騒の音を聞きながら晴れ渡った空の下を真っすぐに進めば、やがて白壁の灯台へとたどり着く……確かに、ジョギングコースとしては魅力あふれるロケーションである。

 

「ね、ダンツちゃん、一緒に行きませんか?トレセン学園での特訓が続く日々だと、滅多に海を見に行くことなんて出来ませんし!」

 

「えっと、私は……人数が空いてる方で、いいかなって……。」

 

「言っとくが、ちゃんと予定されたルートを踏破した証拠に、到着した様子をスマホで撮影しとけよ。ズームで遠くから撮るだけじゃ、証拠として許可しねェからな。」

 

 隣同士になったダンツフレームを誘いながら目を輝かせているデジタルを傍らに、エアシャカールは説明を締めくくった。

 

 ルートを踏破した証拠としてカメラ撮影を行う、それもまたひと夏の思い出を残す楽しみの一環となる。真面目一筋に走りを続けてきたアドマイヤベガの提案にしては、あまりにも魅力的なアクティビティであった。

 

 ともに目を輝かせているアグネスデジタルとダンツフレームを見つめながら、まだ走れるほどには回復していないタップダンスシチーは大袈裟に嘆息を漏らす。

 

「So jealous!私も走れりゃあ、絶対そっちのルートに進むグループに入ったんだけどよ!」

 

「みやげ話を持ち帰ってあげるしか出来ないわね、私たちには。さて、それじゃあチーム分けだけれど……アグネスデジタルさんとダンツフレームさん、せっかく大いに期待を膨らませてくれていることだし、海沿いルートかしら。それから……」

 

 アドマイヤベガによるチーム分けは、まるで事前にメンバーを定めていたかのように迷いなく進んだ。

 

 数分後、朝食と支度を終えたウマ娘たちは、合宿所でタップダンスシチーと共に残るトレーナー達に声をかけてから、長距離ジョギングをスタートした。

 

 ダンツフレームは、アグネスデジタルとナリタトップロードという明るい先輩ウマ娘に挟まれ、機嫌良く海沿いの道を駆けていく。彼女の背を見送りながら、アグネスタキオンは自分と同行する面々を見渡す。

 

 アドマイヤベガ、そしてエアシャカール。札幌へとマンハッタンカフェやジャングルポケットが出発した後ゆえに、残されているのは必然的にこのメンバーだけであった。

 

「今さらながら、アグネスデジタルくんのあのリアクションやダンツくんへの誘い、前もって打ち合わせがあったのではないかと私は推察しているねぇ。そりゃあ、ダンツくんにとってはあの明るい面々と一緒に居るのが最適解だろうけれど、こちらのチームはなんというか、こう、面倒なウマ娘が集まってしまったねぇ。」

 

「お前がその面倒なウマ娘の最たる存在だろ、タキオン。そこまで推察が回ってンのなら、俺たちが商店街へ向かうルートに行く本来の目的も察せてるんじゃねェか?」

 

「何の話だか分からないけれど、昨年も持参した地磁気の測定器を、偶然持って来させてもらったねぇ。」

 

 ニヤニヤ笑いながら、アグネスタキオンは体操服のジャージのポケットから、何の役に立つとも知れない電磁波測定器を取り出してみせた。

 

 アドマイヤベガは、今年も確かめに行きたいのだ。自分が例年のごとく、夏合宿のたびに見舞われている異常現象に今回も巻き込まれるのか否か。

 

 道を先行くアドマイヤベガの横顔に読み取れる表情の緊張からは、単なる怖いもの見たさや好奇心がその源でないことは明らかだった。

 

「本来、現実ではあり得ない現象の規模がどんどん大きくなっている気がするの。シャカールには伝えたかしら、今年の夏に起きる火星大接近のこと。」

 

「合宿始まってすぐに、タキオンの奴が得意げに教えてきた。指摘されるまで、有り得ねェと気づけなかったのも事実だけどよ。」

 

 昨年の夏合宿でも火星の大接近は観測されたが、地球とは公転周期がずれているうえ、公転軌道も真円ならざる火星の大接近は、本来ちょうど1年の周期で起きるものではない。

 

 去年と全く同じ展開を見せるウマ娘レースが一部で存在することも合わせて、この世界の摂理自体が狂いつつある証拠なのではないか……との危惧は、タキオンの中にもあった。

 

 まだ、アドマイヤベガに対してはウマ娘レースでの異常を知らせてはいなかったが。当のアヤベ自身が、1年前と全く同じ展開のレースを走り、そのことに気づいていないのだから。

 

 が、薄っすらと自分自身を取り囲む異常な状況には勘づきつつあったらしい。

 

「私は、今こうして現役ウマ娘として走り続けている。このことが、きちんとした現実の中にある……と、確信を得たい。ごめんなさい、伝わりづらい言い方よね。」

 

「いやいや、十分に理解できるとも。現役ウマ娘としてレースに出走し、得た結果が確たるものでないとは誰しも感じたくはないさ。浮かんだ想いや疑念はどんどん言語化していくべきだとも、普段の私の物言いの方がよほど他者への伝達に相応しからぬ冗長さだからねぇ!」

 

「自覚あんのかよ。」

 

 シャカールからのツッコミを入れられながら、アグネスタキオンもまたその場では十分に言語化しきれない思考を脳内に巡らせていた。

 

 アドマイヤベガの場合は殊に、今この瞬間が現実であるとの確証を欲する思いは強かったろう。クラシック級の年、菊花賞を走り終えて脚の故障が発覚、そのまま引退するとしてもおかしくないほどの状態に陥りながらも奇跡的に翌年以降の復帰に漕ぎつけたのだ。

 

 せっかくつなぎとめた選手生命、全力でレースに挑戦し続け、ナリタトップロードと共に長らくの現役を続行しつつも……心のどこかで「自分がクラシック級で引退しなかったこと」が本当に現実なのか、僅かな疑いが覗くこともあるのではなかろうか。

 

 ますます以て公言しづらい憶測の中の憶測であったが、そのことがアドマイヤベガに超常現象が引き寄せられる因子となっているのではないか、というのもタキオンの仮説のひとつであった。

 

「あぁ、そうだ、シャカール先輩。ひとつ、提案があるのだけれど聞いてもらえるかねぇ?」

 

「内容次第では即却下すンぜ。」

 

「そう警戒するようなこともなかろうに。いやなに、この遠距離ジョギングは、目的地に到着した証拠としてその場所の撮影を行うべし、とのことだったじゃないか。商店街をバックにして私とアドマイヤベガ先輩で映るから、シャカール先輩に撮影を頼みたいのだよ。」

 

 そんなことをせずとも3名並んで、自撮りカメラで背景も入れて撮影すればいい……と、シャカールは反論しかけたが、視線を向けた先のタキオンの目つきが神妙なものであったため、口を噤んだ。

 

 明らかに、タキオンにも考えがあるのだと読み取れた。

 

「……お前と、アドマイヤベガで、商店街に近付きたい、ってことだな?」

 

「そうとも。……万が一、遠目から異変を確認できれば、すぐに引き返すように告げてくれたまえ。」

 

 このやり取りは並んでの小走りの中で行われたため、当然ながらアドマイヤベガにも聞こえていたが、彼女もまた疑念を抱くことなくタキオンの言葉を聞いている。

 

 度々タキオンがジャージのポケットから取り出して確認する電磁波測定器は、商店街の場所が近づくにつれて針の振れ幅が大きくなっていた。

 

 やがてたどり着いた商店街は、昨年の夏と同様、シャッターを下ろしきって古びた店舗の並ぶ路地に、薄汚れたアーケードが必要以上に陽射しを遮って暗がりを作っていた。

 

「遠目には、何も変わったところはないねぇ。ここにカフェが居れば、妙なものが見えないか尋ねることもできるのだが……アドマイヤベガ先輩は、特に異変など見出していないかい?」

 

「特に、何も。まぁ、去年だって、あの中の食堂に到着して食事をするまでは、これといって何も起きなかったのだし。」

 

 撮影をするにはまだ遠すぎるような間合いであったが、タキオンはシャカールに先ほどの頼みを思い返すよう目くばせをし、アドマイヤベガと共に商店街のアーケード下へと進んでいく。

 

 警戒してここまで来た割には、呆れかえるほど退屈な現実があるばかりだった。遂にすべての店舗が閉まった古い商店街は人通りも絶え、スマホのカメラを構えたエアシャカールは廃墟でも撮影しに来たかのような心持ちとなっていた。

 

「海沿いの道を進んで灯台に到達する、ってルートの方が確実にいい景色は撮れただろうけどよ……こっちも、悪くはねェな。こういうのが、エモい、ってヤツか?」

 

 長年の陽射しにさらされてすっかり色褪せた木の壁は、ポスターの貼られていただろう箇所だけがうっすらと本来の色を残している。もはや開くことのないシャッターは錆びついて、看板の取り外された軒の間に蜘蛛が網を張っていた。

 

 自分の趣味ついでに商店街のあちこちにカメラを向け、シャッターを切るエアシャカール。

 

 あらためて先行しているアグネスタキオンとアドマイヤベガの方へレンズを向けた時、一瞬ながら息をのんだ。

 

「あれ……?開いてる店があンじゃねェか……。」

 

 そんなはずはない。この商店街は食堂を最後に、全ての店舗が店じまいをしたはずだ。住民もいない。

 

 だが、スマホに映し出されたカメラの画面の中では、確かに店が開き、店先には商品が並んでいた。買い物客が盛んに往来し、客寄せの声を上げている店員もウロついている。

 

 各店舗ごとの飾りつけのみならず、アーケードの中央には大きなポスターが横断幕のごとく掲げられている。シャカールが聞いたこともないタイトルだったが、海賊映画のようだ。

 

 画面の手前に映っているタキオンとアドマイヤべガは異変に気付いていないのか、変わらぬ様子で歩き続けている。

 

 いや、既に異変に巻き込まれていた。

 

 タキオンも、アドマイヤベガも、歩く姿勢こそ変わっていなかったものの、一歩を踏み出す動作が非常に遅くなっていた。たった一歩、前に進むだけで数分かかりそうなほど……。

 

「引き返せ!!」

 

 シャカールは叫んで、そしてそのまま後ずさった。今、自分の目の前に見えている、現実とは異なる光景に背を向けること自体が、恐ろしかった。

 

 大勢の人で賑わう、明るさや朗らかさの極みにある商店街の光景を、恐ろしいと感じる日がくるとは思いもしなかった。

 

 構えているスマホの画面内では……これもあり得るとは思えぬことながら、シャカールの声が聞こえたのか、幾名かの通行人が怪訝そうな顔でこちらを振り向く。

 

 手前では、即座にシャカールの声に反応したのか、アグネスタキオンがアドマイヤベガの腕を強く引っ張って、引き返そうとしているところであった。

 

 彼女ら自身は即座に行動に移っているつもりなのだろうが、非常にゆっくりとした動作であった。

 

 まるで、恐ろしいものから逃げようとしても、スローモーションでしか身体を動かせない悪夢の中のようであった。

 

 シャカール自身も商店街から後ずさりながら出ていき、完全にアーケードの外に出た頃には、有り得ないはずの賑わいも通行人も無く、やはり来た時と変わらぬ、無人のシャッター街があるばかりだった。

 

「……今、何時だい?」

 

 蒼ざめた顔を見合わせていた3名だったが、率先して口を開いたのはタキオンである。

 

 気持ちを落ち着かせるために、現在時刻を確認するよう促しているのだろう……シャカールはそう考えながらスマホの時計を確認したが、再び呆気にとられることとなる。

 

「ウソだろ……ここに到着してから、1時間も経ってンじゃねェか。数歩しか歩いてねェってのに。」

 

「やはり、だねぇ。事象の地平面に我々は近づきすぎた、実時間と体感時間の乖離が大きくなりすぎたのだよ。シャカール先輩からはどう見えたか知れないが、私も現実の時間軸では本来観測できないはずの現象を見てとったよ。あれは、この商店街に人と活気があふれていたころの光景だねぇ。」

 

 冷静に解説しているつもりでありながら、やはりタキオンの中からも不安や緊張は抜けきっていないのだろう。彼女の語尾は小さく震えていた。

 

 アドマイヤベガは、商店街から引き返す時にはアグネスタキオンに腕を引っ張られる形であったが、今は逆にタキオンの腕をしっかりとつかんでいた。先輩ウマ娘として意思を強く持とうと努めているようではあったが、動揺は抜けきっていない。

 

 昨年、アドマイヤベガが体験した出来事と状況は似ていた。去年は、アドマイヤベガは食堂から出て、すぐに異常を察知したマンハッタンカフェに皆の元へ連れ戻されたのだが、その間に想定以上の時間が経過していたのだ。

 

 後輩であるアグネスタキオンにこの場の方針を任せるわけにもいかない、とひとつ深呼吸を済ませたエアシャカールは、どうにか気を取り直して口を開いた。

 

「具合が悪ィなら、トレーナー連中に連絡して迎えに来てもらうか?この暑さだ、無理して走って帰る途中で倒れちまってもマズい。」

 

「いえ、少し休憩だけすれば、私は問題ないわ。タキオン、あなたは?」

 

「私も、息を整える時間はもらいたいかねぇ……あぁそうだ、しかし連絡出来るのなら合宿所に伝えておいてくれたまえ、そう、この私が妙な道草を食ったせいで、余計に1時間ほど帰りが遅くなる、とでもねぇ。」

 

 エアシャカールは頷き、タキオンに伝えられた通りにメッセージを送っておいた。

 

 想定していたよりずっと遅れて3名が合宿所に戻ってきた時、出迎えた面々の中でもおおよそのことを察しているナリタトップロードだけが心配そうな表情を浮かべていた。

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