探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 またしても夏合宿中に奇怪な現象に見舞われることとなったアドマイヤベガ。例年のこととはいえ、その程度や状況は毎度新たなものである以上、気に留めぬわけにはいかない。しかしそれが非現実的な現象である以上、トレーナー達も対処しあぐねるまま、ひとまず担当ウマ娘らの安全を確保する以外にしようが無かった。そんな合宿所から前もって札幌レース場へと離れていたジャングルポケットの、札幌記念の出走時刻が迫る。


競う相手にも等しく道が開かれてこそ

 徒に不安を合宿メンバーの中に広めるわけにもいかず、その日アドマイヤベガとともにタキオンやシャカールが体験した不可思議な現象を語られたのは、ごく一部の者に限られた。

 

 アドマイヤベガの微妙な表情の機微から、いち早く異変があったことを嗅ぎ取ったナリタトップロードが、事情を聴きとった最初のメンバーである。

 

「やっぱり、現実ではあり得ない光景を、アヤベは今年もまた見たんだね。今は全てのお店が閉まっているはずの商店街が、かつて盛況だったころの光景を。」

 

「えぇ、今度はシャカールとタキオンの判断で早急に引き返すことが出来たのだけれど……異様な現象が、今年こそは無くなっているものと思って、結果的に後輩たちも巻き込んでしまったわ。」

 

「私も、アヤベの不安が完全に取り除かれるのなら、と考えて引き留めるような真似はしなかった。本当に、何なんだろうね、毎夏の合宿でアヤベが妙な現象に巻き込まれるのは……。」

 

 1年の隔たりは、昨夏の思い出から現実味を薄れさせる。

 

 毎年、夏合宿へ来るごとに、去年体験した現実ではあり得ない現象は、暑熱が見せた蜃気楼か幻視に過ぎないのではなかろうかと感じられる。そして退屈とはいえ安堵できる現実を確認しに行こうとして、新たな超常現象を味わうこととなる。

 

 不安を払拭しようとして、傷跡を広げるような真似をアドマイヤベガは繰り返していた。今は担当トレーナーも札幌遠征に行って居ない彼女の相談相手はナリタトップロードが務めていたが、元凶を知る由もない現象について、いかなる解釈を与えれば良いものか、考えあぐねていた。

 

 一方で、アドマイヤベガに随行した結果体験した超常現象を、嬉々として鷹木トレーナーに語るタキオンの方は、相変わらず根拠も無いままに独自の憶測を展開しまくっていた。

 

「おそらくだがこの地域は元より地磁気が蓄えられやすく、現実の摂理を歪めたかの如き現象が発生しやすいのだよ!商店街が活気にあふれているのも、可能性世界における光景のあらわれではあるまいか!特異点の素質を有するアドマイヤベガ先輩の存在が着火剤めいた役割を果たし、その歪みを観測可能な域にまで増幅するのだろう!」

 

「お前が言うところの“特異点の素質”っていうのは……アドマイヤベガの場合、クラシック級で引退する間際まで追い込まれた後、どうにか現役復帰に漕ぎつけたことを指してるのか?」

 

「そうとも!トレーナーくんも理解力をあげたねぇ!おそらく可能性世界においてはアドマイヤベガ先輩はクラシック級で引退しているのだろう、しかしこの現実世界では今なお現役でレースにて活躍している!その差異が、平行世界の交わりにおいて歪みを強めているのかもしれないねぇ!」

 

 担当トレーナーとして、アグネスタキオンの語る内容を極力理解しようと努めている鷹木に対し、傍から聞いているエアシャカールは呆れた表情を浮かべ続けるのみであった。

 

 タキオンの物言いはまったくロジカルではないものの、とはいえシャカールの側も現に体験した内容について解釈を与えられるわけではなかったが。

 

「ったくよ、妙な光景を見たのが独りだけってンなら、暑すぎて幻覚でも見たんだろ……って言えンだけどよ。」

 

「アドマイヤベガ先輩の隣に居た私も、そしてシャカール先輩も見ただろう!いかに非現実的な現象であろうとも、間違いなく、実際に発生しているねぇ!それに規模も拡大しているように思われる、去年はあの商店街の食堂で皆が食事を終えた後、異常現象が発生したが……今年は、商店街に足を踏み入れて間もなく、現実とは異なる光景が出現したわけだからねぇ!」

 

「嬉しそうにすんじゃねェ。これも関係あンのか?去年と全く同じ展開と結果を見せるレースだとか、2年連続で起きるはずが無ェのに来る火星大接近だとかに。」

 

「きっとそうだとも!この世界が可能性世界と乖離していくほどに、現実の物理法則や摂理を離れた現象も増えていくのではあるまいか!あるいは、我々がただ気づかなかった異変に、気づく機会が増えただけなのかもしれないけれどねぇ!」

 

 アグネスタキオンが興奮したように語り続ける仮説は、いずれも論拠こそ不明なままではあったが、異常な現象が結果として現実に観測されているだけに、何ほどのことも無しと捨て置ける類でも無かった。

 

 タキオン自身も嬉し気に語りまくってはいたが、異変の規模が拡大しつつあることを実感するのには多少なりと覚悟が必要なのではないか……彼女の表情を見るにつけても、鷹木はそう感じずにいられなかった。

 

 憶測が突拍子もないものとして信憑性を得られないでいるうちは、タキオンも安堵していられるのだ。その思いは、シャカールが次の提案をした時により明瞭な表情となってタキオンの顔に表れた。

 

「今回の件、結城トレーナーにも伝えとくべきか?アドマイヤベガ先輩の担当トレーナーとして、知っとくべき情報ではあンだろ。」

 

「……その通りだねぇ。ただ……待ちたまえ、伝え方には注意を払うべきだねぇ。」

 

 情報伝達を後回しにすまいとスマホを取り出していた鷹木に対し、タキオンは牽制の声を投げかける。

 

「あくまで、アドマイヤベガ先輩が暑熱の中でのトレーニングを頑張り過ぎたため、軽い幻覚を見たのだということにしておきたまえ。何なら、この私、アグネスタキオンが付き合わせてしまった結果だと言ってくれていい、トレーナーくん達の管理責任を問われる羽目になっては事だ。」

 

「いやそんな気遣いをしてもらわなくてもいいって……非現実的な光景が出現するという異変に巻き込まれた、だなんて伝えるほうが、よほどこっちの判断能力を疑われるだろうし。」

 

「それもあるけれどねぇ、夏合宿へと出発する前に私が喋った内容を覚えているかい、トレーナーくん。この世界の人間およびウマ娘たちが、現実を現実として信じていられなくなった際の危惧について。」

 

 合宿に来てからも色々なことがあり過ぎて鷹木の記憶からは薄れかかっていたが、彼はタキオンの担当としてどうにか記憶の中からその件を引っぱり出した。

 

 アグネスタキオンは、ウマ娘レースにおける異変も、また天体の進行における異変も、ごく一部の知り合いにしか語っていない。それもエアシャカールやアドマイヤベガ、マンハッタンカフェ、そしてネオユニヴァース……更なる他者へと情報を伝播させることのない、口の重い面々に対してのみである。

 

 世界全体を考慮に入れるのは余りにもスケールが大きすぎたが、ウマ娘レースにおける異変だけを考慮することならば鷹木の思考にも収まった。

 

「たしか……世間すべての人々や、レースを走るウマ娘たちが皆、これまで信じてきた現実への認識を崩してしまうこと……それは、避けるべきだって話だよな。」

 

「そうとも。自分が積んできたトレーニング、その努力と磨かれた技術でレースにおける勝ちを得に行く。それが本来あるべき現実だというのに、既に定められた結果を繰り返すばかりがレースだという認識が広まってしまっては、現実は意味を失う。まだ、それが真実などと確定してはいないのだが……その懸念を全世界の全人類、全ウマ娘が完全に跳ねのけられるという保障はないねぇ。」

 

「だから、タキオンは、アドマイヤベガに2年連続の火星大接近があり得ないことだとは伝えたが、既に異常なウマ娘レースのいくつかをアドマイヤベガ自身が走っていることは伝えなかったんだよな。」

 

「あぁ。Parcaeによって可能性世界を観測できるシャカール先輩や、“お友だち”の挙動によって異変を察知したカフェとはワケが違う。アドマイヤベガ先輩は、今後も名だたるGⅠレースに出走するだろうからねぇ。この異変を認識してしまうことによって、ウマ娘レース全体に与える影響は少なくないだろう……結城トレーナーに対しては、言わずもがなだ。」

 

 URAの生ける伝説、結城トレーナー。これまで数々の優駿を担当してきた経歴は、もはや今後超える者など現れないだろうと評されるほどである。

 

 現在は一線をこそ退いたものの、それでもアドマイヤベガやエアシャカール等、実力あるウマ娘に確実にGⅠタイトルを取らせる手腕を示している。今世代ならばマンハッタンカフェやダンツフレームなど、彼の指導によって才能を一気に開花させるだろうウマ娘も担当している。

 

 そしてレジェンド級人物であるだけに、ウマ娘レース界へと与える影響は計り知れない。そんな人物が、この現実に異変が起こりつつあることを認識した際、何が起きるものか。

 

「いや、もちろん結城トレーナーは冷静沈着な人物だ。あの人自身は取り乱したり、不用意な情報を世間に拡散したりはしないだろう。けれどね……えてして現実というものは、観測者の認識によって結果を左右されるものではないか、というのも私の抱く仮説の一部ではあるからねぇ。」

 

「去年、入学したての頃にも、同じような事を言って妙な実験ばかり繰り返してたな。」

 

「おや、覚えてくれているのかい?ともあれ、結城トレーナーの日常における観測範囲は余りに大きすぎる、それこそまさにウマ娘レース界隈全てを網羅するほどにねぇ。自分たちの眼前のみを視野とする我々とは認識のスケールが違うのだよ……だからこそ、結城トレーナーには、何か妙なこと、現実ではあり得ないことがあったとしても、単なる思い違い、見間違えだと認識してもらうのが、安全な選択だと私は考えるねぇ。」

 

 語るタキオンの傍らで、エアシャカールは眉間に皺を寄せて腕組みを続けていたが、特段異論を唱えるつもりもないらしかった。

 

 やはりシャカールにとってはロジカルであろうはずもない憶測の展開であったが、結城トレーナーの存在感を思い返すにつけても、彼が異変を認識してしまうといよいよ現実の歪みが加速するのではないか、という不安は共有するところであったらしい。

 

 鷹木はタキオンの提案を汲んだ内容をスマホに打ち込み、結城トレーナーへとメッセージを送る。1分と経たず、通知音が鳴った。

 

「うわっ、もう返信が来た。ウマ娘に関することについては決して後回しにしない、流石だな……。」

 

「感心している場合じゃないねぇ。結城トレーナーは何と言ってきたんだい。」

 

「アドマイヤベガの処置についてはこちらを信頼して任せる、と。まぁ、実際に、回復できないほどの状態ではなかったからな。」

 

「カフェの札幌遠征は気を抜けないだろうからねぇ、ヒマしている我々とは事情がだいぶ違うねぇ。」

 

「いや、俺たちもヒマしているわけではないんだがな。」

 

 タキオンの脚の回復のほどをじっくりと確認しつつ、現役復帰のタイミングを見計らうのが今の鷹木の務めであった。

 

 いざ復帰となっても、アグネスタキオンの走りに相応しいレースへ出走させるとなれば、いきなり登録するわけにもいかない。大舞台に上がるためには、ステップが必要だ。そのステップ競走に登録し、調整するためにもスケジュールは詰めていかなければならない。

 

 本来通りの走りをタキオンが取り戻していくほどに、鷹木には考慮しなければならない現実が畳みかけるように迫りくるのであった。非現実的な異変と共に、現実的な懸念もまた確実に増していた。

 

 タキオンやシャカールを交えた話し合いが煮詰まり、また長距離ジョギングから戻ってきた面々の休息も済んだあたりで、合宿所全体に号令をかけたのはアグネスデジタルの声であった。

 

「皆さん皆さん!そろそろですよ、今日ジャングルポケットちゃんが出走する札幌記念、発走時刻は15時30分です!遅れないようにロビーのテレビ画面前に集合しましょ!」

 

 合宿所での雰囲気を明るく保つうえでは、タップダンスシチーもタキオンも確かに賑やかではあったものの、皆をとりまとめる立場として中心に居たのは先輩ウマ娘としての風格をすっかり備えたデジタルであった。

 

 画面前に集まった時には、アドマイヤベガも顔色をすっかり平時にまで戻していた。トップロードが、常に彼女の隣にくっついて気遣わしそうにしてはいたが。

 

「ポッケとしては札幌レース場の直線の短さにどう対処してくるのか、見ものだね。」

 

「追い込み策は変えないと思うのだけれど、仕掛けどころを変えてはきそうね。」

 

 返答するアドマイヤベガは、声にも明るさをかなり取り戻していた。やはりウマ娘の本質らしく、画面越しとはいえ本番レースの雰囲気を味わい、そこでの走りについて語り合うことが、心の中から些細な不安を追い出す最良の手段なのだろう。

 

 ジャングルポケットは1番人気であった。日本ダービーを制し、なおも成長の余地を残した、今世代において絶好調のウマ娘なのだから必然の評価である。

 

「ちょっと表情が硬いねぇジャングルポケットくん、私ならば鼻高々に、1番人気の看板を掲げてゲートに向かいそうなものだがねぇ。」

 

「どうしてもダービーの行われた東京レース場とはコース編成が違う場所で、緊張しちゃうんでしょうね!表情を隠せないのがポッケちゃんらしくて、実にいいと思います!」

 

 画面前に並んでアグネスタキオンとアグネスデジタルが言い合っている通り、地下バ道から出てスタート位置へと向かうジャングルポケットの表情は、確かにぎこちなく見えた。

 

 札幌レース場は、ジャングルポケットがデビュー戦、そして2戦目にて勝利を飾った場ではあるのだが、実際に走るのはあれからほぼ1年ぶりのことである。全国のファンを沸かせた日本ダービーとはかなり勝手の違うレース場は、ダービーウマ娘という名の重さも含めて気が抜けない環境であったろう。

 

〈札幌レース場では最も歴史ある重賞競走、札幌記念。8月の太陽が快晴の空から照りつける中、間もなくゲートイン完了であります……スタートしました!ほぼ揃いました、まずはスタンド前直線を抜けていきます、ゆっくりとダイワカーリアンが抜け出て先頭、その外からサンエムエックスも前に出ますが、ウチからブリスクバイオが続いて2番手、前3頭は早くも位置を固めたか、その後ろ4番手に今回2番人気となりましたエアエミネムがつけています。〉

 

 スタート直後、ジャングルポケットは他の競走相手達よりも顔を上げた体勢を取った。

 

 本来は頭を下げているほうが走りには向いているのだが、皐月賞で気が逸ったためにスタートミスしたことを念頭に置いたのだろう。追い込みの位置につくつもりで、まずは速度が出にくい体勢を取り、同時に自分を取り囲む競争相手達の位置取りを把握することを優先したと見える。

 

「なるほどねぇ、随分と冷静な手を用いられるようになったじゃないか、ジャングルポケットくん。」

 

「Smartになっちまってんな、ポッケ!でも最後の直線じゃ、一気に加速をぶちかましてくれんだろ?期待して見させてもらうぜ!」

 

 タップダンスシチーの期待は、無論札幌レース場に詰めかけた大半のジャングルポケットファンであろう観客にも共有されるところだったろう。

 

 とはいえ、やはり直線の短い札幌レース場。コーナーと直線の配分が僅かでも変わるだけで、レースの勝手が大幅に変わってくることを熟知している面々は、今は静かにポッケの脚運びを見守るばかりであった。

 

〈最初のコーナーを回っていきます、先頭はダイワカーリアン、昨年の札幌記念覇者は連覇を狙って逃げていきます。2番手ブリスクバイオ、3番手には3バ身ほど下がってサンエムエックス、さらに1バ身差ウチに入ってエアエミネムは4番手という形。5番手にスティンガー、淡々とした流れで1200を通過です、そして外を回りまして1番人気ジャングルポケット、中団のやや後ろ、6番手あたりでファイトコマンダーと並んでいます。〉

 

「Fight Commander!忘れられない名前だな!関門橋ステークスと但馬ステークス、2連続でわたしを負かした奴だ!」

 

「あぁ、私も覚えているねぇ。タップくんが順調なペースで進んでいたところを、先行の位置から一気に交わしていく加速が今も印象に残っているとも。」

 

 タップダンスシチーにとっても因縁のある相手、ファイトコマンダーであったが、彼女は今回5番人気であった。

 

 中継画面と、スマホ画面のレース出走メンバーを見比べていた鷹木には、今回ジャングルポケットに次いで2番人気となったエアエミネムの方が、むしろ気にかかった。

 

「このエアエミネムというウマ娘……今年3月の初勝利以来、4度の勝利を挙げているんですね。」

 

「今のところは条件戦やオープン戦のみの戦果ではありますが、めきめきと頭角を現しつつあることには違いありませんな。」

 

 タップダンスシチーの様子を気に掛けつつ鷹木と並んで席についていた片桐トレーナーも、頷きながら言う。

 

 レースは向こう正面の直線を進んでいくところであったが、早くもトレーナーたちの眼には、エアエミネムがしっかりとジャングルポケットの存在を意識した位置取りになっている様を見抜いていた。

 

 ジャングルポケットが最後の直線で本領発揮するより先に、仕掛けられる位置。先行する集団の後ろにぴったりつけるように、エアエミネムは脚を運んでいた。

 

〈さぁゆったりとした流れでダイワカーリアンが逃げていきます、3コーナーへ入りまして残り800の標識を通過、リードが1バ身半まで詰められてブリスクバイオが2番手、エアエミネムもコース内側をじわじわと上がっていく。おっとここでジャングルポケット外を回って徐々に進出か!600mを通過、ファイトコマンダーもジャングルポケットの内側に並んだまま、共に前を目指していく!〉

 

 ジャングルポケットも、自分の長所である直線加速を活かせるよう、前を塞がれぬうちに好位置へと上がっていく判断を下していた。

 

 ……が、1番人気のウマ娘として周囲からマークされつつ走る経験は、さほど積んでいないジャングルポケット。ぴったりとウチ側にファイトコマンダーが並び、本来の想定よりも大回りで3コーナーから4コーナーへと回っていく。

 

 食い入るように画面を見つめながら、アドマイヤベガが呟いた。

 

「直線が短いコースでジャングルポケットさんがいつもより早めに仕掛けるだろうことは、周りも予測済み、ってところね。」

 

「マークを外して抜け出すのは、まだちょっと難しいかな。後は、直線に入ってから競り勝てるかどうかだ。」

 

 ナリタトップロードも頷きながら応える。走ってきたキャリアの長い面々にとって、自分の走りが競争相手達に研究されつくしているのは珍しいことではない。

 

 だからこそ、これまで見せたことのない作戦を奥の手として出し、周囲の予想を狂わせるのも策のひとつではあった。ジャングルポケットには慣れない手段であったため、残されているのは実力勝負だけである。

 

〈先頭のダイワカーリアン、リードをどんどん詰められまして半バ身ほど!さぁ外を回りましてジャングルポケット!ジャングルポケットが来た!そして集団ウチ側からエアエミネムも差を詰めていく!いよいよ4コーナーを抜けて直線へと向かいます!札幌の直線は短いぞ!先頭はエアエミネム!外から上がってきたジャングルポケット!押し切れるかどうか!ジャングルポケットはどうか、いや間を突いてファイトコマンダーが上がってきた!?〉

 

 ジャングルポケットの走り、判断は決して誤りではなかったのだが、このレースはジャングルポケットを警戒した面々の策が通った形となった。

 

 前を邪魔されることなく、懸命に脚を動かすジャングルポケットであったが、先頭のエアエミネム、そして並び続けるファイトコマンダーもまた、同じ加速力でゴールへと進んでいく。

 

「これは、流石にライバルたちの作戦が綺麗にハマったねぇ……ジャングルポケットくん。」

 

 息を詰めて画面に視線が釘付けとなっている面々の中、タキオンの言葉だけが画面越しの大歓声に紛れて聞こえる。

 

 実況アナウンサーの声に意外そうな色が混じったのと同じくして、その大歓声の大半もどよめきで占められているようであった。

 

〈ファイトコマンダーがジャングルポケットに並び続けている、僅かに前に出て現在2番手!先頭はエアエミネム!ジャングルポケット懸命に追いすがるが、差は縮まる様子もない!エアエミネムだ!エアエミネム先頭でゴールイン!2番手はほぼジャングルポケットと横並びでしたが、僅かにファイトコマンダーでしょうか!今年のダービーウマ娘を破ってエアエミネム、2バ身以上の差をつけて快勝であります!〉

 

 実況も観戦スタンドも、日本ダービーで堂々の勝利を果たしたジャングルポケットが、この札幌にて三着に終わった結果に動揺を隠せない様子であった。

 

 半ば放心状態で中継番組の画面を見つめていたアグネスデジタルは、ハタと意識を取り戻したように顔を上げ、シャカールの方を振り向く。

 

「いやぁ、ジャングルポケットちゃんは惜しい結果でしたけど……にしても、あのエアエミネムって子の走りも見事でしたね!もしかしてエアシャカールさんの親戚だったりしますか!?」

 

「俺とは別に繋がりはねェよ、確か、海外から留学に来たウマ娘じゃなかったッけか。たしかに、エアエミネム、ありゃ強ェ走りだな。今まで鳴りを潜めてはいたが、あの調子なら菊花賞にも来ンじゃねーか?」

 

 そうなれば、これまでジャングルポケットとダンツフレーム、そしてマンハッタンカフェの三つ巴で競われると思われていた今年のクラシック路線に、更にエアエミネムも噛むこととなる。

 

 アグネスタキオンが菊花賞までに、さらには菊花賞の優先出走権を得られるトライアルまでに回復できるか否かは未だ不明であったが……鷹木は、タキオンの表情をそっと伺い見た。

 

 直後、こちらを直視していたタキオンの視線が真正面からぶつかることとなったが。

 

「なんだいトレーナーくん、私がライバルと認めたジャングルポケットくんが敗れたことに、ショックを受けているとでも思ったのかい?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 

 タキオンは、自分よりも先に別のウマ娘がジャングルポケットに勝ってしまったことには思うところが無いでもなかったらしいが、同時にはっきりと満足そうな表情を浮かべていた。

 

 それは、日本ダービーを制したウマ娘を更に超えるほどの存在が、これまでGⅠの舞台から遠かったウマ娘たちの中から現れたこと……すなわち、決して易々と予測され得ない現象が、今もきちんと発生することが確認できた満足感でもあるようだった。

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