2月に入り、ナリタトップロードとアグネスデジタルにとっての大舞台は立て続けであった。
ナリタトップロードが出走するその年の京都記念は2月16日の開催、そのすぐ翌日の2月17日にはアグネスデジタルが出走するフェブラリーステークスが控えている。
桂崎トレーナーはトップロードと共に先んじて京都レース場へ向かっており、東京レース場での出走に向けて最終調整を行っているアグネスデジタルには鷹木とキングヘイローが付き添っていた。
「京都記念が済めば、すぐさま東京へと戻るとのことだ。いや凄いな、今から始まる本番を前に、終わった後のことを考えてる余裕は俺には無い。」
「それが桂崎トレーナー自身が見出した務め、ですね。単独のウマ娘しか見ていないトレーナーさんならまだしも、複数名のウマ娘の指導を担当している場合は過密なスケジュールで動くことも避けられませんもの。」
むろん、桂崎がナリタトップロードのレース本番をおざなりに考えているはずもない。
トレセン学園へトップロードが入学した時から数えて5年目へと突入しようとしている専属契約、オペラオーやドトウが引退した今もなお、桂崎が彼女の走りをサポートし続ける姿勢はいよいよ盤石のものとなっていた。
デビュー5年目といえば、一般的にはそろそろ後の世代との交代がささやかれる頃である。もちろん例外的に長期間走り続ける者もいるが、負荷の蓄積による故障のリスクは上がる。ウマ娘の身体能力の全盛期は本当に限られた期間なのだ。
彼女らの貴重な時間を無為に費やさせぬために尽力すること、トレーナーが背負った責務はかくも重かった。
「しかし、京都記念と言えば、ナリタトップロードは去年はアグネスフライトに次ぐ三着だったんだよな……あの時は、後輩に追い越されたという風に見られる向きが増えたが。」
「けれども、その翌月の阪神大賞典にて、8バ身もの圧倒的な着差をもって一着となりましたもの、トップロードさんは。まだ世代交代には早すぎると証明なさいました。」
年間無敗を誇ったテイエムオペラオーを破ったメイショウドトウやアグネスデジタルらがもてはやされた昨年であったが、ナリタトップロードもまた安定感のある実力を備えているということはレース結果をもって世間に示されている。
彼女の戦績を語るキングヘイローの表情が頼もしげであったのも、またキングヘイロー自身が同期の強豪たちに遅れること4年目にして初のGⅠ勝利を掴んだ経歴の持ち主であるが故だろう。
「年を経るごとに磨かれ鋭さを増す脚があるということ、きっとトップロードさんには今年の京都記念で見せていただけます。」
「そうですよ!先月からずっと、私がダートコースで調整を続けている隣、トップロード先輩の走りが見えてましたけれど、去年より更に完璧な仕上がりに見えましたもん!」
走り込みを終えて休憩に入る前のクールダウンも兼ねて、練習場のダートを軽く流してきたアグネスデジタルも、その会話に途中から参加する。
かく言うデジタルも本番を翌日に備えて、申しぶんのない状態にまで自らの走りを調整していた。脚運びで跳ね上げられる砂塵は最小限であり、ダート上に薄く刻まれた蹄鉄の跡はレーンのカーブに綺麗に沿って弧を描いていた。
完全に脚を止める前に軽い柔軟運動を挟んでいるデジタルに汗拭き用のタオルを鷹木が渡している背後で、京都記念の情報に改めて目を通したキングヘイローが声を上げる。
「あら、京都記念の出走リストに入っていたビッグゴールド、出走取消なのね。不調でもあったのかしら。」
「ビッグゴールドといえば……今年の中山金杯で一着だったウマ娘か。」
鷹木も言いながら、思い出していたのは一昨年の京都記念である。あれはテイエムオペラオーが無敗記録を刻み始める最初のレースであり、ナリタトップロード、ステイゴールドも共に走っていた。
その中で、レース中に突如の骨折に見舞われたのがケイズドリームであった。誰かと接触したわけでも、転倒したわけでもない、最終直線へ向いていよいよスパートをかけるという段階で何の前触れもなくガクンと体がつんのめって……そのまま走れなくなったのだ。
疲労蓄積による骨折だった。自分の担当ウマ娘ではないにせよ、その光景が悪夢であることはウマ娘レースに関わる者であれば瞬時に理解できた。最良の結果を求めて鍛錬を重ねたウマ娘の身体が、限界を超えて壊れる瞬間を、現実に見せつけられた。
だからこそ、鷹木はテイエムオペラオーが幾度も幾度も繰り返し大舞台に出走する傍ら、彼女の脚にいつ限界が来るかと気を揉み続ける癖がついたのだ。
「出走直前の取消は、走る身としては辛いものもありますけど、その後の選手生命を絶たれないための選択としては拒めませんね。」
「悲劇が起きてしまってからでは、遅いもの。ビッグゴールドさんの担当トレーナーさんは、大きな決断をなさったのね……にしても、これで出走数は9名になってしまったのね。」
14名が出走した昨年と比べても、明らかに出走枠が減っている。それは今年に入っても依然として健在のナリタトップロードのみならず、アドマイヤベガもまた出走リストに名を連ねていたためでもあろう。
あまりにも強力すぎる競争相手がその名を見せた時、勝ち目のないレースへの出走希望者が減るのは今に始まったことではない。
「ということは、先ほどのビッグゴールドさん含め、このレースに出ている皆さんは相応の自信ありということになりますね。」
「そうね……トップロードさんとアドマイヤベガさんと同じ世代、競い続けたウマ娘の名も見えるわ。」
アグネスデジタルがクールダウンを終えたのを見計らって椅子を持ってきた鷹木に向け、剽軽な動作でペコペコと会釈を繰り返しながら腰掛ける。
個別練習場の大型スクリーンの操作習熟も兼ねて、キングヘイローが説明書を捲りながらどうにか中継映像へと切り替えた。
〈……続きまして3番人気、ナリタトップロードです。デビュー5年目のベテランウマ娘、かの世紀末覇王の背後を脅かし続けた俊足はなおも健在であります。今回は人気上位をライバルたちに譲りましたがその実力は本物、今回は昨年の雪辱となるでしょうか。〉
人気度やこれまでの戦績がどうあれ、常に動揺とは無縁の安定感を備えているのがトップロードであった。
既に見慣れていてもおかしくはなかったのだが、画面内で爽やかに手を振っている彼女を見たアグネスデジタルの目の輝きもまた常通りの光を鈍らせていなかった。
「毎日、すぐ傍で拝見し続けてきたはずなんですけど、何故でしょう、こうして晴れ舞台でお見かけするトップロードさんって女神インストールされてる気がするんです。現バージョンで保存しなきゃ。」
「時々デジタルさんの表現が危険な内容にも聞こえるわ……。」
オペラオーに先んじて彼女が初勝利を飾った頃から感じさせられてきたことではあったが、幾度もの敗北と勝利を乗り越えてきた今、パドックに姿を現すトップロードには安心にも似た思いを抱かされるほどとなっていた。
このウマ娘に、身体能力の本格化を過ぎての衰えなど訪れないのではないかとも思われた。
〈2番人気のウマ娘はこの子、マチカネキンノホシ。彼女もまた覇王のライバルたちと共に競い合ってきた優駿の一員です。昨年の出走は日経賞や安田記念のみ、ですがそのキャリアに寄せられる期待は人気度を押し上げています。〉
もちろんマチカネキンノホシの名は、鷹木も十分に知っていた。GⅡレースでは結果を残しているものの、なかなかGⅠの舞台では勝ちきれない状態が続くウマ娘であった……ほかならぬテイエムオペラオーやメイショウドトウが、その勝利を阻んでいたためである。
しかし、デビュー戦から8連敗を喫した後に勝利を掴むなど、苦境の中にも屈さず走り続けるメンタルと、相応の実力を有していることは本物の証であった。
落ち着いた鹿毛の毛並みの下で、意志に満ちたその瞳は強く輝いていた。次に紹介された1番人気も、存在感では無二のウマ娘ではあったが。
〈さぁ文句なしの1番人気、アドマイヤベガです。昨年の有馬記念における好走も記憶に新しい、こちらも世紀末覇王と肩を並べて走り続けたウマ娘であります。直線の長い京都レース場の2200m、その追い込みが輝くのは間違いなしでしょう。〉
「……アヤベ先輩、気合はガッツリ入ってますけど、こないだの感じはまだ出てませんね。」
アグネスデジタルが言及した内容を、鷹木もまた一応理解はしていた。昨年の有馬記念でのこと、最終コーナーを回って猛烈な追い上げを見せるアドマイヤベガの表情が、全く別のウマ娘の顔に見えたこと。
のみならず、その足元に伸びる影までもが、アドマイヤベガ自身のものではない、異なる意思を有したウマ娘の幻影のようにも映ったこと。それを念頭に置いた鷹木が返事する前に、意外にもキングヘイローが先にデジタルへと答えた。
「こないだの、っていうのは、有馬記念での事かしら?」
「あ、もしかして、キングさんも気づいてました?」
「えぇ、私は中継画面越しに見させてもらっていたのですけれど……脚の運びが、いつものアヤベさんらしくはないと感じたんですの。たしかに、追い込みの作戦には変わりなかったのですけれど。」
長らく現役で走り続け、有馬記念への出走をも経験したウマ娘の目から見ても、あの違和感は明らかだったのだ。
同じ作戦を取っていても、素人目には分からないごくわずかな脚運びの違い、コーナーから直線へ向く際の脚さばき、等には各ウマ娘ごとの癖が覗かれる。
それは教科書に載っている正解ではなく、幾度も繰り返したトレーニングの中で、ウマ娘自身が最適なスタイルを編み出す他に無いためであった。
「あとは……有馬記念が終わった後、スペシャルウィークさんからも、明らかに変だったとのお話を聞いているわ。」
「まさに実況席から見てましたもんねぇ、スペ先輩。ここまで証言が揃うと明らかなことで……何とも不気味ですなぁ。」
「単に、アドマイヤベガが独り特訓して、新たな脚運びを習得しただけ、って考えることも……。」
不気味がるデジタルに応じるよう、鷹木は気休めの憶測を述べたが、キングもデジタルも共々腑に落ちない表情を崩しはせず、鷹木は最後まで言い切らず語尾を有耶無耶にした。
ペース配分や仕掛けるタイミングであれば、当然ながらレース場や距離ごとに変更しなければならない。だが、コース取りやコーナー攻略を滑らかに行う根本的な技術である脚運びについては、そうそう新しいものに変えるわけにもいかない。
長期間の休養を経たうえでの話であれば別だが、今まで通りのアドマイヤベガの走りが披露されたジャパンカップから、あの違和感が見いだされた有馬記念まで、1か月も空いていなかったのだ。
この場で言い合っていても答えは見いだされず、沈黙の中で画面内はゲートインが進んでいった。
〈ゲートイン、完了しまして……スタートしました!まずは先頭争いですが、サクラナミキオー、サクラナミキオーがじわっと行きまして、2番手にチェリーブラストがつけています。3番手にボーンキング、そしてナリタトップロードがその外に付けて、先行の中でもやや早めの位置でしょうか。ミスキャストが中団、後ろにはグロリアスドータ、そのウチにマチカネキンノホシ、並んでトウカイオーザ、そしてやはり最後方にアドマイヤベガ、9名がやや固まり加減で第1コーナーを回っていきます。〉
「最初のコーナーまでスピードが落ちる要素が無い、先行から追い込みまでさほど開かないのは道理だ。」
「出走数が少ないだけに、全員がほぼ理想の位置ね……これは確かに、ベテランが制するレースになりそうよ。」
キングヘイローは、既に自分がトレーナーとして指導した後輩ウマ娘を出走させることを意識していたのだろう。
鷹木も同感だった。シニア級から出走可能となるレースであったとしても、強烈な存在感のあったオペラオーと肩を並べて走り続けたライバルウマ娘たちが出るレースへ、ようやっとクラシック級を乗り切ったばかりのウマ娘を出す気にはなれなかったろう。
現に、他の面々もレースの経験豊富なウマ娘ばかりであった。パドックでの紹介は見逃したものの、サクラナミキオーなどはトップロードたちよりもさらに一年先輩である。
〈第1コーナーから第2コーナーへ、先頭は変わらずサクラナミキオー、サクラナミキオーが集団を引っぱる形で回っていきます。2番手にはチェリーブラストでありますが、ナリタトップロード早くも並びかけています。2番手、ナリタトップロードが外を行く、マチカネキンノホシも5番手、4番手へと上がってきました。最後方も三名並ぶ形、アドマイヤベガもその中ですが、やはり先頭までとさほど差は開かない位置につけています。〉
「いや、これ、ものすんごいプレッシャーが背後から来ますよ、実際走ってたら。有馬記念であの最終加速見せられた以上、向こう正面入る前から聞こえ始めるアヤベ先輩の足音は怖くなりますって。」
画面に視線が釘付けのまま、アグネスデジタルは文字通りに手に汗を握りながら喋っている。
「自分で走っている内はあえて気持ちに揺るがされないように意識していたけれど、ずっと先行で走り続ける子達のメンタルは相当なものね。」
「あぁ、焦ってスタミナを無暗に使わされてしまうと、最後の追い込みで楽々と差されてしまう。」
キングと鷹木もそうは言ったが、ナリタトップロード、およびマチカネキンノホシが最初のコーナーを回り切るより先に、前方へと進んでいったのは決して焦りゆえではないと分かっている。
いかなる条件下であっても、自分の決まったペースを正確に走り抜くトップロードは、だらだらとしたペースになりかけていた全体の流れを既に把握していたのだ。
〈先頭からしんがりまでは5,6バ身の圏内で向こう正面に入りまして、先頭はサクラナミキオー、1バ身ほど開いて2番手にナリタトップロードが上がりました。ナリタトップロードのすぐ内側にマチカネキンノホシ、インコース3番手の位置、4番手にはチェリーブラスト、外に並んでボーンキングといった形です。最後方にはグロリアスドータ、アドマイヤべガはコースのウチ側を行っています。〉
「あれぇ?大外、行かないんですかね、アヤベ先輩。」
「京都レース場の第4コーナー出口は大きく外側に振られる、だからコーナーのウチ側を走ってスタミナを温存する作戦も可能なんだが……。」
デジタルの抱いた違和感に対し、鷹木も一応の説明ははさむ。
それでも、このアドマイヤベガの走りに見いだされた奇妙さをぬぐえていないことは、キングヘイローも把握していた。
「ですが、ウチ側からでは、最終コーナーを回りながら加速していく、今までの作戦を使えませんわね。アドマイヤベガさん、走り方を根本から変えたのかしら?」
〈各ウマ娘、坂をくだりながら3コーナーを回っていきます、ボーンキングは4番手、その後ミスキャスト、最後方には変わらずアドマイヤベガ、まだ仕掛けないか。先頭のサクラナミキオー、リードを4バ身として第4コーナーを回っていきます。残り600、ナリタトップロードが単独2番手で直線コースへと向いて行きました、ミスキャスト、ボーンキングもその後を追う!アドマイヤベガ、まだ仕掛けない、コーナーのウチ側だ!〉
キングヘイローが先ほど述べた憶測は、外れていなかった。今まで通りのアドマイヤベガであれば、既にコーナーの大外を、尋常ならざる加速で上がってきているタイミングである。
似たようなことは、オペラオーが現役でクラシック級を走っていた時にも見られた。ナリタトップロードが勝利を収めた時の菊花賞でも、アドマイヤベガはいつも得意とする最終コーナーを回りながらの加速を見せず、ただオペラオーと足並みをそろえていたのだ。
アドマイヤベガの脚に異状が見つかり、完治するまでの長期休養が決まったのはレースが終わってすぐのことであった。あの時、本気の走りによる負担が脚に掛かっていたら、取り返しのつかない故障を引き起こしていたかもしれない。
「……もしかして、アヤベ先輩も、気づいてたり……?」
「かも、な。」
デジタルが言わんとするところを、鷹木も凡そ理解していた。
自分自身の走りを、レースが終わった後、録画で見返すことはウマ娘として走りを極める手段の一環である。傍から見ている者たちが気づいていることに、当のアドマイヤベガ自身が気づかぬはずがない。
まるで、自分ではない存在へと変貌したかのような、レース中の自分自身の姿。アドマイヤベガだけではない、彼女を担当する結城トレーナーもまた、ハッキリとそれを見ていた。
ウマ娘の走り方に逐一細かく口出しをしない結城トレーナーのこと、アドマイヤベガ自身の決断を首肯したのだろう。彼女は、自分ではない何かになってしまう恐れを拒むために、走り方を変えた。レース直前、それはリスキーな選択であった。
しかし、その上で結果を出せるウマ娘でもあった、アドマイヤベガは。
〈さぁ最終直線に向いて、逃げるサクラナミキオー、追って来たナリタトップロード、間からはマチカネキンノホシ!ボーンキングは今4番手、その後ミスキャスト……後方からアドマイヤベガ!ついに来たアドマイヤベガ追い込んでくる!物凄い末脚だ、最後方から次々に抜き去って、9番手から4番手へと、ミスキャストにもじきに並びかけています、残り200を切りました!〉
「ひょぉぉ……!?」
「最後方からの間合いを十分に詰めていたこともあって、完全に先頭を差し切る圏内に収めていたものね……!」
キングヘイローが喋っている傍らで、アグネスデジタルは画面内のアドマイヤベガが他とは一線を画した加速を披露する様に、圧倒された奇声を上げつつのけぞっている。むろん、鷹木は喉が詰まったようになって、声すら出せない。
アドマイヤベガの脚は充分に先頭を捉える圏内には居た、その先頭を行く者たちもまた別格ではあったが。かたや、言わずもがなのナリタトップロード。
そして並び続けるは、マチカネキンノホシ。彼女は一昨年のアルゼンチン共和国杯以来、一度も勝っていない。昨年は不調に見舞われ、2度しか出走できていない。
それでもなお現役を続行し、駆け続ける不屈のウマ娘は今、優勝候補のウマ娘たちと肩を並べていた。
〈並んでいるマチカネキンノホシ!ナリタトップロードに並んでいるマチカネキンノホシへ、アドマイヤベガが迫ってくる!アドマイヤベガが迫る!アドマイヤベガが迫ってくるが、マチカネキンノホシ、ナリタトップロード、並んで前を駆け続ける!並んだまま、マチカネキンノホシ、ナリタトップロード、並んだままゴールイン!ほぼ同時に見えました、これは審議です!結果が出るまで審議となります!〉
迫りくるアドマイヤベガに捉えられつつも、ナリタトップロードとマチカネキンノホシは互いの総力を振り絞るようにゴール前を駆け抜けていった。
いつも追いすがってくる相手を突き放せるよう、スタミナに余裕を残してゴールへ向かうトップロードも、この時ばかりは全力で歯を食いしばっているように見えた。
「……トップロード先輩、完全に並ばれていましたね。どっちでしょ、勝ったのは……。」
「マチカネキンノホシさんにとっても同じ、5年目で迎える大舞台。どちらが勝っても、讃えられるべきだわ。」
アグネスデジタルに答えるキングヘイローの言葉には、自らの苦節に重ね合わせるような思いもあっただろう。
やがてレース場の掲示板には、くっきりと結果が映し出される。勝者の名前が明確に、そして及ばなかった者たちにとっては残酷なまでにハッキリと。
〈結果が出ました、一着はナリタトップロード!ナリタトップロードの勝利です、マチカネキンノホシは惜しくも二着!三着はアドマイヤベガ、四着ミスキャストという結果になりました!〉
画面には、手をつき上げて観客席からの歓声に応えるトップロードの姿が映る。すぐ背後には、拍手に加わっているマチカネキンノホシの姿があったが、彼女の眼はレースの最中の余熱を示すように爛々と輝いていた。
これまでずっと走り続けてきた者同士であればこそ、振り返ったナリタトップロードはその視線を真っすぐ受け止められたのだろう。敗者の想いを背負い、勝利を誇ってこそのウマ娘レースである。
彼女と居並ぶアドマイヤベガはと言えば、既に落ち着いた静かな目つきを取り戻していた。結果は三着となったものの、自らの試行に答えは確かに見いだせたのだろう。
「アヤベ先輩にも、どんな判断をなさったのかお聞きしないと。やっぱり、出走ウマ娘に一番近いファンとして、気になりますし。」
「それよりも、あなたは明日が本番でしょう。ファンを沸かせる立場である気概、忘れておいでじゃないでしょうね?」
「もちろんです!ささ、休憩も十分ですし、引き続き最終調整行ってきますよ!」
キングヘイローからの言葉を元気よく受け止め、ウォーミングアップがてらに足を伸ばしているアグネスデジタル。
桂崎トレーナーの留守を任されている鷹木としても、今は種々に気になる物事はさておいて、明日のフェブラリーステークスへと向かうデジタルのサポートを優先すべき時であった。