探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 セントライト記念で勝てず帰ってきたマンハッタンカフェは、暫しの休息日をタキオンと共に過ごしていた。復帰戦として定めたオールカマーの日程が目前に迫るタキオンにはノンビリしている暇など無かったが、それでも平素から話し相手に飢えている彼女がカフェとの場を喜ばぬはずもない。お喋りとともに前にするのは、ダンツフレームがその日参戦した神戸新聞杯の中継画面である。セントライト記念と並んで菊花賞へのステップレース、だがGⅠへと至る門は狭いことに変わりなかった。


平坦ならず挫石多き路に、脚を送り出す

 中山レース場から戻ってきたマンハッタンカフェは、翌日から再開した練習には既に余念なく打ち込んでいる様子ではあったものの、表情の端々には多少なりと気落ちした様子が見いだされた。

 

 セントライト記念にて四着という結果に終わったということは、菊花賞への優先出走権が得られなかったということでもある。出走希望者の枠が上限まで埋まれば、今年度クラシック路線の一大タイトルに参戦することは叶わなくなる。

 

 ようやく先月あたりから本来の調子を発揮しつつあった矢先、マンハッタンカフェにとっては新たな懸念を抱える形となっていた。

 

「まぁまぁ、カフェの才能が長距離でこそ発揮されるだろうことは皆も知るところだ、距離2200mのレースで勝てなかったとて、菊花賞にカフェを出走させないとなればウマ娘レース界が名勝負を実現する機会をみすみす逸するに等しい、と皆分かっているだろう!あるいは結城トレーナーの影響力ならば、カフェの出走をURAに約束させることも出来るかもしれないねぇ。」

 

「そんな形で出走が決まっても……不本意です。何よりも、結城トレーナーは……そのような真似をする人ではありません……。」

 

 セントライト記念の翌週、あまりにマンハッタンカフェが練習に根を詰めて身体に支障をきたしても良くないと結城トレーナーは判断したのか、彼女にその日を休息に充てる旨を言い渡していた。

 

 とは言っても、自分が菊花賞に出走できるか否かやきもきしている思いを心の底に抱えたままでは、何もせずにボンヤリしても居られない。結果的に、レースの話題を延々と喋り続けるアグネスタキオンが彼女の相手となっていた。

 

 タキオンもまた今週中にオールカマーへの出走を控えていたが、カフェの方から語らいを求めてきたのが嬉しいのか、トレーニングの休憩時間をたっぷり取って喋りまくっていた。

 

「冗談だとも。とはいえ、私の勘に過ぎないが、カフェがクラシック路線のレースに出ずじまいにはならない気がするねぇ。ジャングルポケット君も出ることだし。」

 

 マンハッタンカフェにとっては何の気休めにもならなかったが、タキオンにしては珍しく明確な根拠もない太鼓判を彼女に押していた。

 

 ジャングルポケットは言わずもがな今年のダービーウマ娘、札幌記念でこそ勝利は逃したものの、菊花賞の優先出走権は有している。さらには札幌記念での敗因も明白である……ポッケ自身の作戦が完全に周囲の読み通りであったこと。

 

 そして、札幌記念に出走した面々の中でも、めきめきと頭角を現しつつあったエアエミネムの能力の高さである。

 

「札幌記念を見た直後、エアシャカール先輩も言っていたが、エアエミネムくんは確実に菊花賞へ出走しに来るだろうねぇ。理想的な走りを実現した結果とはいえ、ポッケ君に2バ身以上の差をつけるのは基礎的な能力も本物である証だよ。」

 

「はい……ジャングルポケットさんに先行し続けた上で、さらにリードを広げられるウマ娘など、ほとんど居ないでしょう。エアエミネムさんは、私たちの世代での頂点争いに参加できる存在には違いありません。」

 

「ハッ!そう謙遜したまうなよ、カフェ!キミとて、その一員じゃないか!あぁ、この私、アグネスタキオンも忘れてもらっては困るねぇ!」

 

 余りに強気かつ楽観的なタキオンの物言いを前に、困ったような微笑を浮かべつつ、マンハッタンカフェはボトルに詰めたコーヒーをカップに注ぎ、口を付けていた。

 

 身体に水分とミネラルを効率よく補充するスポーツドリンクとは違い、なかなかトレーニングの最中にコーヒーを口にする機会はない。競技時に好影響を与える可能性もあるとの説もあったが、カフェの場合はリラックス時にのみコーヒーを摂取すると自ら定めていた。

 

 タキオンの語りと、休みだからこそ堪能できるコーヒーの香りで、夏以降張りつめ続けていた精神をしばらくぶりにカフェは緩めることが出来ていたようであった。

 

「それだけではありません、同世代の実力者は……ダンツフレームさんも、です。」

 

「もちろん忘れてはいないねぇ、ほかならぬ今日行われる神戸新聞杯へと出走するのがダンツフレームくんなのだからねぇ。……エアエミネムくんも、だが。」

 

 エアエミネムがセントライト記念に姿を現していなかった以上、菊花賞へのステップ競走として存在するもう一つのレース、神戸新聞杯へと出走するのはほぼ必然であった。

 

 タキオンが休憩時間を過ごしつつ実況中継が始まるのを待っているその日の神戸新聞杯でも、エアエミネムは1番人気。続いて日本ダービーでも健闘を見せたクロフネが2番人気となり、ダンツフレームは3番人気である。

 

「確かにクロフネくんの能力も優秀だ、それは間違いないがねぇ、しかし世間はもうダービーにおけるジャングルポケットくんとダンツフレームくんの激走を忘れたのかねぇ。ダンツくんが3番人気どまりで良いはずがあるまいに。」

 

「やはり、累積してきた戦績が世間からの評価に大きく影響するものでしょうか……そういえば、セントライト記念で勝利したシルヴァコクピットさんも、それまで勝ちあぐねていたことから5番人気でしたね……。」

 

「ただ、彼女は現に勝って実力を示したのだから、菊花賞ではさらに高く評価されることだろうねぇ。」

 

「そのこと、なんですが……シルヴァコクピットさんは、菊花賞に出走しない、とのことです……挫石による負傷が、軽いものではなかったようで……。」

 

 世間には公示されていない情報であったが、セントライト記念の勝利者として、少なくとも同じレースを走った面々には伝えられた情報なのだろう。

 

 挫石、というのは、コース上に残されていた石を踏みつけて負傷することである。本来は頑丈な蹄鉄を打ったウマ娘用シューズによってそれは防がれるはずであり、またレース開始前には可能な限りコース上の清掃も行われるが……。

 

 運悪く蹄鉄によって保護されてない部分に、重ねて運悪く清掃を逃れた石の、更に運悪く尖った部位が食い込めば、ウマ娘の脚力で走る際の衝撃も相俟って靴底を突き破り、足裏の負傷に繋がる。

 

 当然ながら足裏の筋肉は走る上で重要な役割を果たしており、そこに受ける損傷は少なからず選手生命を脅かす。

 

「大事に至る前に判断を下すのが適切な処置に繋がるからねぇ。しかし、挫石とは……我々ウマ娘用のシューズも品質向上を重ねている現在、よほどの不運が重ならなければ起きないことが、起きてしまったのだねぇ。」

 

「……タキオンさん、これも……可能性として、事前に定められていた……いわば運命、というものでしょうか?」

 

「いや、私の仮説に拠れば、そうであるはずがないねぇ。クラシック級ウマ娘のレースは、毎年全く新しい展開にしかなり得ないはずだ、何せ決して前年度と同じ出走メンバーが集まらないのだから。要するに、事前に結果など定まるはずがない本来の現実においては、不運もまたいつ訪れるとも知れない事実だということだねぇ。」

 

 不運が重なったことによる怪我でクラシック路線から退かざるを得なかったシルヴァコクピットの無念さは察するに余りあるが、それでも即座の引退に繋がらなかっただけ、先行きに希望は残されている。

 

 何が起きるか分からない、可能性の開かれた未来には、輝かしさ以外の要素も含まれているということだ。

 

「期待する結果、思い望む栄光を、ウマ娘レースは余りに強く抱かせてしまうのだろうねぇ。走るウマ娘自身にも、数多の観客たちにも。だからこそ、前年と同じレース展開が発生するという異変が時おり起きているのかもしれないねぇ。」

 

「……あり得る事かも……しれませんね。ウマ娘レースの歴史には、望まれていた活躍を不運によって奪われることが……あまりにも多いです。」

 

「だがクラシック級レースでは、そのような異変は起きえない。今日のダンツフレームくんが、どこまで実力を示すのか楽しみだねぇ。」

 

 中継番組を映した画面の中では、いよいよスターターが台に上がり、ファンファーレが鳴り始めたところであった。

 

 ゲートへと向かっていくウマ娘の中でも、ダンツフレームは落ち着いた雰囲気を保っていた。菊花賞への切符を手に入れるため負けるわけにはいかないエアエミネムの方が、より余裕なさげに目を血走らせ、極力自分を落ち着かせようと努めている様子であった。

 

 ダンツと同様に日本ダービーを走った経験を持つクロフネ、さらには今年の3月まではタキオン同様の無敗で通してきたアグネスゴールドもまた、冷静な表情を崩すことなくゲートへ入っていく。

 

 同年代での競走とはいえ、秋以降急速に能力開花させたエアエミネムが、他の面々に挑むような構図となっていた。

 

〈快晴の空のもとでの開催となりました、神戸新聞杯。芝状態は良、阪神レース場の2000m。エアエミネム最後にゲートインしまして、全ウマ娘、体勢完了。12名揃って……スタートを切りました!まずまず揃ったスタートであります、まずはウチから押しながらダービーレグノ、イケハヤブサ、そして外からは一気にエイシンスペンサーが先行しようという勢い、エアエミネムはその後ろ、先頭集団にぴったりとつけている形であります。〉

 

 外枠からのスタートとなったエアエミネムは、同じく外側から一気に先頭を取りに行ったエイシンスペンサーの背を追う形で先行の位置まで上がって行っていた。

 

 スタートして間もなく上り坂のあるコースゆえ、ここで一気に前へと駆けあがるのはスタミナを費やすリスクある選択ではあったものの、大きな半径でカーブを描く阪神レース場のコーナーに入る前に、好位置を取るだけのリターンは大きい。

 

「分かりやすく先行有利なコースだがねぇ、しかしあれでも抑えているのだろうが、エアエミネムくんの気迫が凄いねぇ。想定以上に掛かり気味だねぇ。」

 

「札幌記念の時は、もうすこし冷静なようにも見えたのですが……やはりGⅡで1番人気、さらに菊花賞の優先出走権がかかっているとなれば……事情は変わってきますね……。」

 

 教科書通りの先行策の位置についたのは、焦りをどうにか抑え込んだ結果であったろうし、それでも速度は少々過剰に出ていた。

 

 結果として、エアエミネムよりも前へと逃げていく面々もスピードを上げ、先頭集団はかなりのハイペースで最初のコーナーへと入っていく。

 

〈エアエミネムに続きましてはウチ側、現在5番手あたりにダンツフレーム、並んでクロフネ、この辺りは密集したバ群の中で身動きがとりづらい様子、そしてアグネスゴールドはしんがりから3番手、中団を追う形となっています。1コーナーを回っていきます先頭はエイシンスペンサー、エアエミネムは逃げウマ娘たちにピッタリとついていく形で3番手の位置を維持、人気度上位のウマ娘がそれぞれのポジションを占めていますが全体はぐっと詰まった形であります。〉

 

 約350mの最終直線、そのゴール直前にある上り坂ゆえに、最後方から一気に追い込んで勝つのも難しい阪神レース場。

 

 それゆえに、追い込み策を採るウマ娘たちも、前へ前へと後ろから位置を押し上げてくる。結果的に、クロフネとダンツフレームは完全な密集隊形となった中団のなかに閉じ込められるような形となっていた。

 

「ダンツフレームさん……今のところは予定していた作戦通りの位置でしょうが……より良い位置についているエアエミネムさんと最後、競り合えるでしょうか。」

 

「前目につけたダンツくんの位置ならば、比較的容易に集団からは抜け出せるだろうからさほど心配はいらないだろうねぇ。クロフネくんの方は、少々厳しいかもしれないがねぇ。」

 

 確かにタキオンが言ったとおり、3番手のエアエミネムが抜きん出れば必然的に前のコースは空き、ダンツフレームもゴール前の先頭争いに十分参加できる。

 

 一方でクロフネはと見れば、完全に周囲に密集した競争相手達のために、思うように位置を変えられないまま脚を進める他にない状況が続いていた。

 

〈さぁ向こう正面を駆けていきます、先頭はエイシンスペンサー、2番手イケハヤブサ、そして3番手には既に外から上がる態勢を整えつつエアエミネムであります。ウチからダービーレグノ、そしてダンツフレームが5番手、そのすぐ後に4名のウマ娘が固まっている中にクロフネ、ちょっと折り合いがつかないか。最ウチをついてダイワバチカン、最後方にアグネスゴールドと言った形で、残り1000mを通過、間もなく第3コーナーへと入ります。〉

 

 ここまでの展開を見たところ、ダンツフレームには比較的不利な要因が少ないようにも思われた。

 

 1番人気であるエアエミネムのほうがより理想的なペース配分と位置取りで進んでいることはさておき、他の勝利候補たちは中団以降の密集したバ群内でお互いに身動きがとりづらいまま進んでいる。

 

「懸念があるとすれば、ダンツくんは先行策にさほど慣れていないということだねぇ。私は多用しているが、実際のところ簡単ではないのだよ。前に突き放されないか、後ろから差されないか、双方に気を配らねばならないからねぇ。」

 

「はい……私も、セントライト記念で実感しました……全体を見渡せる追い込みとは違う……仕掛けに遅れたことに気づかなければ、あっという間に離されていってしまいます……。」

 

 返答しながらマンハッタンカフェは、じっと画面上のダンツフレームに視線を注いでいた。

 

 その目つきは、心なしか鋭さを増していったようであった。ダンツフレームの脚質ならば、あまり悠長に先行のペースを続けていると加速が間に合わないはずだ。

 

 だが、ダンツはあくまでもエアエミネムのマークに徹するように、5番手から4番手付近に陣取り続ける様子であった。

 

〈先頭はエイシンスペンサーに代わりましてイケハヤブサ、あとゴールまで800mであります。エアエミネムは良い位置を取ったまま、じっくり脚を溜める形で3番手、その後ろにダンツフレームであります、さらにはダイワバチカン、クロフネ、さらにはアグネスゴールドが後ろが上がってまいりまして、バ群全体がぐっと詰まって混戦模様となっています!残り600を過ぎて、アグネスゴールドはなかなか前に出られないか!エアエミネム、完全に先頭とならぶ形で、いよいよ直線へと向いた!〉

 

 一着候補の中にも挙げられていたアグネスゴールドは、最後方に位置取り続けたのがたたって集団に前を塞がれてしまっている。

 

 それもそのはず、何としてでも前方に出ようとしたクロフネやダイワバチカンなど、中団を構成していたウマ娘たちが広がり横一線となって最終コーナーを回っていたのだから。

 

「あれに巻き込まれなかったのは良いがねぇ、ダンツフレームくん……よもや、ブロックされない位置取りに気を取られ続けてはいないかねぇ?キミの加速力では、この時点でエアエミネムくんの後ろに居るのは厳しいのだがねぇ?」

 

「その可能性は……大いにあります。このレース、気に留めていなければならないことが、あまりに多すぎます……。」

 

 ある意味、ダンツフレームの走りは最善策を取ってはいたのだろう。1番人気のエアエミネムに突き放されないようピタリと背後につけ、なおかつ密集した集団に巻き込まれず、前を目指せる位置を取っている。

 

 しかし、最終直線に向いたとき、エアエミネムが一気に末脚を発揮した瞬間、ダンツフレームは判断が遅れていることにようやく気付いた様子であった。

 

 もっと早い段階で、仕掛けておくべきだった……いくら十分にスタミナを余らせていても、ダンツフレームよりずっと身軽な面々の加速に及ぶわけではない。

 

〈残り400を通過、エアエミネム、エアエミネム!先頭に立った!その外からダンツフレーム追い込んでくる!並びかけるが、しかしエアエミネム突き放す!大外からクロフネ!さらにウチからダイワバチカン!エアエミネム先頭!エアエミネム先頭!!ダンツフレーム、これ以上は伸びないか!2番手争いはダイワバチカンとクロフネ!先頭はエアエミネム!エアエミネムです!勝ちましたエアエミネム!札幌記念に続きGⅡを制覇!〉

 

 どうにか食い下がろうと歯を食いしばって駆けながらも、エアエミネムに突き放されるのみならず続々と追い上げてきた面々にも先を越され、四着となったダンツフレーム。

 

 反省点はゴール直後から明確に浮き上がってきていただろうが、この大一番の勝負で状況を見誤らない集中力を身につけるのは容易いことではないだろう。

 

 札幌記念でのジャングルポケットに続き、ダンツフレームもまたエアエミネムというウマ娘の強さを思い知らされる結果となった。中継画面に大きく映し出される鹿毛のウマ娘に向けて、タキオンは拍手を送っている。

 

「スタート前後は焦りすぎじゃないかと思えたがねぇ、むしろその状態から勝負所を見極められるというのは才能のある証だねぇ。」

 

「今回のレース、確かに混戦気味ではありましたから……万が一、ダンツフレームさんが4コーナーあたりで既に加速を開始していれば、結果は変わっていたでしょう……。」

 

「さて、菊花賞はどうなるかねぇ。私としては、カフェもダンツくんも姿を見せない京都レース場は、あまり望まぬところではあるがねぇ。それも定まらぬ可能性が行き着く先ならば、受け入れざるを得ないねぇ。」

 

 いつも通り、さほど残念そうな雰囲気も出さぬ口調でタキオンは立ち上がりつつ、次なるトレーニングの再開に向けてストレッチを開始する。

 

 マンハッタンカフェは、そんな彼女の背をしばらく見つめていたが、間もなく目を逸らしながら口を開いた。

 

「……タキオンさんは、いずれにせよ菊花賞を応援している余裕もないのでしょう。オールカマーから、天皇賞を目指される、のならば。」

 

「おや!私は未だに公言していないはずだったがねぇ。うちのトレーナーくんから聞いたのかい?」

 

 振り返ったタキオンは平常通りにおどけた口調を装おうとしていたが、その振り向く動作の速さ、そして口調の緊迫感は隠せていなかった。

 

 カフェに、自分の今後の振る舞いを見通されることが、何か恐ろしいことであるかのように。

 

「いえ。ですが、分かります……あなたの練習しているコース設定、そしてあなたの能力から推測すれば。」

 

「……そうか、なら、良かったよ。万が一、私の姿をしたお友だちが見えるとでも言い出したら、どうしようかと思ったねぇ。」

 

 カフェが言う所の“お友だち”は、タキオンの仮説によれば可能性世界におけるウマ娘の姿である。

 

 これからタキオンが天皇賞秋への出走を目指すことは、可能性世界ではあり得ない出来事……のはずであった。仮に、既に定められた運命の中で、タキオンが皐月賞を最後に引退することになっていれば、の話だが。

 

 だからこそ、今後の出走予定をカフェに言い当てられたとき、それが純粋な推測によるものだと知らされるまで、タキオンは多少なりと顔を蒼ざめさせていたのである。

 

 自分の振る舞いが可能性世界でも有り得ず、すなわち“お友だち”の振る舞いにも符合しないこと。それこそを、タキオンは特異点へと至る道だと信じていたのだから。

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