もとよりオールカマーは歴史ある重賞競走であったが、それが行われた直後からニュース記事は一面を独占していた。
アグネスタキオン、無敗のまま去った皐月賞ウマ娘が、再びターフの上に戻ってきた。それも、オールカマーで得られた優先出走権によって、秋の天皇賞へと参戦する予定であることは容易に世間の推測にのぼる。
レースの翌日、蓄積した脚の疲労を鑑みて時間をかけストレッチとマッサージを行いつつ、タキオンは嘯いた。
「世間は騒ぎ過ぎだねぇ。想定していた作戦が成功し、終始有利なペースで進めたウマ娘が一着になることは必然的な帰結だというのにねぇ。」
「それも含めて、だろ。例年の中山レース場と違う新潟レース場での開催になったオールカマーでも、冷静にペース配分を行ったのがまさにタキオンらしい走りとして評価されているんだ。」
「私が走っているのだから、そのような走りになるのは当然だろうに。評価されているのだか、評価されていないのだか、判断に困るねぇ。」
さほど喜びの色もない声を発しながら、タキオンはストレッチを終え、軽く走って練習コース上を流し始める。賞賛を素直に受け取らないという、いつも通りのタキオンらしい振る舞いを見せているのは、彼女本来の調子を取り戻している証でもあった。
一方で、鷹木は翌日となった今もなお、タキオンの脚の検査結果に目を通し続けていた。
当然ながらレース直後、そして体の興奮が落ち着いた夜ごろ、と二回続けてタキオンには検査を受けさせている。鷹木による検査依頼で立て続けに呼び出された校医はさすがにウンザリしていたが、検査結果は丁寧に送ってきた。
口頭で伝えるだけでは鷹木が納得しないことを、校医の側も熟知していたためだ。
骨格のレントゲン画像、筋肉や骨膜や腱の腫れ具合の測定結果、脈拍に至るまで、細かな数値がビッシリと並ぶ書類を繰り返し凝視している鷹木の目の下には隈が出来ていた。
「走った直後の筋肉の腫れが、ここまで収まっているのなら……問題ない、よな。脈拍数も平常時のものへと戻っているし、呼吸系にも異状なしと出ている……大丈夫だよな?」
ウマ娘を診断する専門家たる校医が問題なしと判断したのならば、それで十分に安心していいはずであったが、それでも鷹木は胸中から拭いきれぬ恐ろしさを抱え続けていた。
単に、一度レース場から離れざるを得なかったタキオンの脚が心配だというだけではない。自分がアグネスタキオンを導いた先が、可能性として本来考えられなかった運命ではないか、との思いが昨日から俄かに湧き上がってきていたのだ。
アドマイヤベガが引退を乗り越えて復帰した後から、度々奇妙な、そして現実的に危険だと判断される出来事に遭遇してきたように……タキオンにも何らかの災難が降りかかるかもしれないという不安は、いくら否定しても常に鷹木の思考の中心に居座っていた。。
「タキオン、練習場では俺が責任をもってお前のことを見続けられるが、寮ではそういうわけにもいかない。階段や段差でも、ちょっと転んだだけのことがきっかけで大きな怪我に繋がりかねないんだし……。」
「私のことを要介護ウマ娘だとでも思っているのかい?日常生活にまで注意を払わねばならないとなれば、同室のデジタルくんに負担を掛ける羽目になってしまうねぇ。」
「う……そういうわけにも、いかないが……本当に、普段から気をつけてくれよ。せっかく、お前の復帰を喜んでくれているファンがあれだけいたと確認できた矢先なんだから。」
鷹木が抱えている不安は、現在のタキオンが包まれている状況があまりにも望ましいことの裏返しであったかもしれない。
愛想のない、時には自己中心的で傲岸な研究者、そんなアグネスタキオンが身に受けるにはあまりにも熱量の籠った声援が、先日の新潟レース場では響き渡っていたのだ。
どこかで、対価を求められるのではないか、タキオンの命運が望んだ通りになったことに対する揺り戻しは来ないのか……鷹木は心のどこかで、そう考え続けていたのかもしれない。
「私は、欠片も不安などないがねぇ。ひとたびレースの場に戻って来られれば、そこには私を繋ぎとめるものがある。あぁ、これも確かに非科学的な考え方かもしれないが。」
「繋ぎとめる……?絆、みたいなものか?タキオンが口にするには最も似つかわしくない言葉だが。」
「ちょっと違うかねぇ、私が意図的に得られないもの、偶然得られたものとでも言うべきだろうか、例えば、気の早い記者はアグネス冠の時代が来た、などと書き立てているねぇ。」
昼頃、軽い練習を終えて一旦の休憩に入ったタキオンは、スマホ画面に表示したとある記事を鷹木へ見せてきた。
確かに、そこには少々軽率ながら見る目を引く見出しの記事があった。アグネス冠は天才集団か?……と。
「アグネスデジタルに始まり、アグネスフライト、アグネスタキオン、アグネススペシャル、そしてアグネスゴールド、と……確かに、去年から今年は妙にアグネス冠の活躍が見られるな。」
「フライト以外は、私と親戚でもない、本当に偶然同じ冠名なだけなんだがねぇ。そも、トレセン学園に入学できているのだから、彼女らがウマ娘レースにて活躍することも不思議な事ではあるまいに。」
「……まぁ、トレセン学園生であれば、と直接結論付けるのは少々強引だが……」
デビューしても一向に才能が芽吹くことなく、途中でウマ娘レースの道を諦めていくウマ娘たちを多く知っている鷹木は、タキオンの考えの方がよほど世間離れしているように感じられる。
努力し磨けば最高クラスのレースに手が届く面々とは違い、一般人の感覚からはますます、特定の冠名を有するウマ娘には共通して秀でた才能が備わっている、と考えることも無理からぬようであった。
かつてはシンボリの名がGⅠレースでは必ず見られ、メジロの冠名も名門として知られている。トップロードが冠しているナリタの名もまた、実力の証と言えるだろう。
「ときにトレーナーくん、ウマ娘の冠名とは何だろうねぇ?人間であれば名字に当たるのだろうけれど。」
「あぁ、人間の場合も、全くの赤の他人と偶然同じ名前になることはあるからな。出身地や先祖などをたどれば、共通するルーツが見つかる場合もあるが。ウマ娘の場合は……そういや、あんまり考えたことがないな。」
「私も含めほとんどのウマ娘が当たり前のこととして受け入れている風習ゆえ、疑問を抱くことは稀だねぇ。しかし人間の文化とは大いに異なっている、例えばウマ娘の名が決定するのは産まれて数年経ってからだ、それまでは誰の娘であるか、または誰の妹であるか、と呼ばれる。」
「……確かに。トレーナーとしてウマ娘と接するのは、既に名前のある、トレセン学園入学前後の子たちばかりだから、これまで気にすることは無かった。」
タキオンが科学的な内容ではなく、命名法について話題に挙げるのは少々珍しいことであった。
鷹木がいつになくナーバスになっていることを汲み取った、タキオンなりの気の紛らせかたなのだろう。あるいは、タキオンも暫く自分の命運について考え推察することから暫く離れたかったのかもしれない。
「私であれば、物心ついてから暫くは『フライトの妹』とだけ呼ばれていたねぇ。更には冠名が名前の前ではなく、後につく場合もある。シンボリの冠名を後ろにつけたシリウスシンボリが有名だが、現在ならばまさにマンハッタンカフェがその例にあたるねぇ。」
「えっ、そうだったのか?冠名なのは『マンハッタン』の方ではない、と……?」
「知らなかったのかい?流石に結城トレーナーはご存知だろうが、『マンハッタン』は彼女固有の名前であって、『カフェ』の方が冠名だねぇ。私は毎度、彼女を冠名で呼んでいるのだよ。あまり馴れ馴れしくすり寄られるのは好まぬ性格だからねぇ。」
思いもよらぬ話題から、鷹木はウマ娘同士の距離感を知らされることとなった。
タキオンはカフェカフェと馴れ馴れしく呼んでいるように人間には聞こえていたが、実際にはタキオンなりに適切な間合いを保つ呼び方だったのだ。
「あぁ、そうだ、この話題が出たついでに思い出したよ。冠名の中でも名門たるシンボリ、その名を戴くシンボリクリスエスくんのデビュー戦が近いそうだ。この前、ギムレットくんから聞かされた。」
「なんでギムレットから……いや、クリスエスと親しいのも彼女か。」
無口すぎて周囲との交流が少ないシンボリクリスエスと、独特過ぎる口数が多すぎてこれまた周囲との交流が少ないタニノギムレット。
両者の交流は、今なお続いているのだろう。そして、先輩ウマ娘の中でも物好きかつ博識ゆえにギムレットのお喋りに付き合える、アグネスタキオンとの親交も。
「名門出身のウマ娘、本来はレジェンドたる結城トレーナーに委ねられるはずだったのだろうが、当の結城トレーナー自身が担当を辞退してしまったからねぇ。ま、カフェにダンツくん、と今年度のクラシックウマ娘の指導をも一手に引き受けているんだ、無理もない。」
「結城トレーナーはクリスエスの能力開花が来年の秋以降だ、と見ていたらしいな。それでも今年の内にデビューさせようというのは、集団指導のトレーナーの判断だろうか?」
「クリスエスくん自身の希望もあるかもしれないねぇ、彼女、URA直々の招聘でアメリカから渡ってきた以上、この国のウマ娘レースに貢献したいという思いも強いのだろう。何にせよ、専属トレーナーのいない状態でかなり頑張っているようだねぇ。」
鷹木は、シンボリクリスエスの体格の良い身体、その長身からこちらを見下ろしてくる澄み切った瞳を思い出していた。
何事にも真っすぐに取り組むだろう彼女の真面目さは、確かにこの国のウマ娘レース全てを負わされても揺るがぬものであるかのように思われた。とはいえ、クリスエスの身体能力が本格化するのが来年だとすれば、彼女の活躍の舞台について一抹の不安が顔をもたげる。
今年、既に幾度か確認された異変。いくつかのウマ娘レースにて、1年前と全く同じ展開や結果が示される、非現実的な現象。
それが知らぬ間に解消されているという保障が無い以上、来年もまた起きるかもしれないのだ。あるいは、今年以上に状況が拡大しているかもしれない。
そんな不安をさらに明瞭にしたのは、10月6日の京都大賞典が行われた時のことであった。前日にタキオンが送ってきたメッセージによって、鷹木は喉の奥に氷を押し込まれたかの如く瞠目したのである。
〈トレーナーくん、気づいているかい?今年の京都大賞典、去年と全く同じ出走者が揃っている。〉
出走希望者が少なく、たった8名。1番人気ナリタトップロード、2番人気ツルマルボーイ、3番人気アドマイヤベガ。そして4番人気、ゼンノロブロイ。
昨年度時点ではネオユニヴァースに並んで、特異点の最たる存在であるとタキオンに見込まれていたゼンノロブロイ。だが、ひとたび可能性を切り拓いた後である今年、ゼンノロブロイもまた閉じた可能性の中に囚われていったことを示唆する予兆であった。
当然ながら、10月の末に天皇賞への出走が控えているタキオンに、京都大賞典の当日は現地京都レース場に向かっている余裕は無く、中継画面越しの観戦となった。
「例によって、去年の京都大賞典の公式データベースは、一昨年のものに替わっていたねぇ。全く同じレースが繰り返されている事実を客観的に確認する手段は、またも失われているわけだ。」
「本当に、奇妙な現象すぎる……まるで、この世界が矛盾を意図的に消し去っていってるようだ。」
「まぁ、雑な消し方だからこそ、更に別なところで別な矛盾が発生するわけだがねぇ、2年前に宝塚記念を勝ったメイショウドトウを前年度の覇者として紹介してしまった、今年の宝塚記念のように。」
言いながら、タキオンはしっかりと自前のPCでも公式のレース映像配信を録画していた。
去年、こんな異変と遭遇することになるとは夢にも思わなかったため、今画面に映し出されているものが1年前と確実に同じだと証明することは出来ない。
そのため、もはやおぼろげにしか残っていない1年前の記憶を必死で掘り起こしながら、記憶の中の京都大賞典と見比べる他に無かった。が、流石にこれといったアクシデントも無く進むレース前の時間に、昨年との符合を見出すことは困難である。
「たしか、去年はネオユニヴァースと一緒に観戦したんだよな。あの時は、現役のクラシック級で最強クラスのウマ娘に併走を申し込まれて、何かの間違いなんじゃないかと感じたが。」
「あの当時から、ユニヴァースくんは何がしかの因縁を私に感じていたのかもしれないねぇ。この私が特異点たるウマ娘でなくとも、可能性世界への干渉を試みるウマ娘たる可能性はある、と。」
「お前も言ってる所の“観測”って奴で、か?……そういや、その併走練習に際して、ネオユニヴァースの担当トレーナーとはメッセージ上でのやり取りはしたが、結局のところ直接会えていないな。」
「それについても興味深い話があるねぇ。知っているかいトレーナーくん、ネオユニヴァースくんの担当トレーナーを実際に視認した者は居ないとの噂だ。あくまで、立証不可能な噂に過ぎないがねぇ。」
それはタキオンがいかにも話しそうな内容ではあったが、実に奇妙な感覚を伴う話でもあった。
実際に見た者がいない存在であれば、そもそも存在していないとされる方が自然である。だが“ネオユニヴァースに担当トレーナーが居る”ことについては誰しもが疑いを持っていない。
現に、ネオユニヴァースがGⅠレースへ出走するためのスケジュール調整、優先出走権を得るためのステップ競走への登録など、トレーナーが居なければ不可能な処置は行われているのだから。
「……もしかして、ネオユニヴァースの担当トレーナーは、この現実世界に居らず、お前が言うところの“可能性世界”の住人だったりするのか?」
「さてねぇ、もはや憶測の上に憶測を重ねた話だ、私からは何とも。」
タキオンが口にしたのは歯切れ悪い返答だけであったが、しかしこういった話題を扱う時の彼女は実に楽しそうであった。
画面内ではいよいよゲートインが進み、発走時刻間近である。疑問を残したままの鷹木も口を閉じ、おそらく去年と全く同じことが繰り返されるであろう京都大賞典の中継に注視した。
〈今年は8名による出走となりました京都大賞典、選び抜かれた優駿たちによるハイレベルなレースが、間もなく開始されます。8番枠ウマ娘もゲートに収まりまして……スタートしました!8名これから1コーナーへと向かいますが、まず積極時に外枠からスエヒロコマンダーがハナを奪うようです。アラタマインディ2番手、ゼンノロブロイがウチにコースを取って3番手の形でスタンド前を駆け抜けていきます。〉
京都レース場、芝2400mのコースは最初の直線が長い。緩い下り坂からスタートして約600mを直進する間におおよそ固まった位置取りの中で、先行の位置に陣取ったゼンノロブロイが手堅く内回りでコーナーに入っていく。
中団以降の密集するバ群を避けてのことであろう、鷹木のトレーナーとしての思考は今、もろもろの疑念をさておいてウマ娘の走りの分析を行っていた。
「追い込みの作戦を得意とするゼンノロブロイくんは、やはりベテランの競走相手達にペースを握られまい、と前目につけているようだねぇ。」
「あぁ、ユニヴァースと並んで勢いのあるロブロイの存在を、警戒してないウマ娘はいない。ブロックされづらい位置も、意識しているだろうな。」
追い込みがもとより得意なアドマイヤベガも、昨年度からその実力を見せつけているツルマルボーイも、集団の最後尾付近でじっくりと脚を溜めている。
言わずもがな、ナリタトップロードもまたゼンノロブロイの背を含め、中団から全体を眺め渡すような位置で落ち着いたペースを保っている。ロブロイの活路は、先行にこそあるといった状況であった。
〈スエヒロコマンダー、さらに飛ばしてリードを7バ身、いや8バ身と取って、早くも2コーナーを回っていきます。2番手にはアラタマインディ、さらにそこから4バ身か5バ身差、3番手のゼンノロブロイが中団を引っぱっています。その外少し開いてホットシークレット、今レース1番人気のナリタトップロードは5番手、インコースを通って上がってきましたツルマルボーイがピタリとつけています。〉
先頭で逃げるスエヒロコマンダーは、リードを広げて大逃げの形へと入っていく。しかし、後方のウマ娘たちは釣られることなく、常に安定したペースを刻むナリタトップロードを中心に固まるような隊形を維持していた。
……この特徴的すぎる光景は、さすがに鷹木の1年前の記憶をも蘇らせた。
「見覚え、あるな。スエヒロコマンダーの京都大賞典での大逃げは、かつてのセイウンスカイの釣り逃げを模倣したものだ。去年も、そんなことを考えながら見ていた。」
「そうだったねぇ。……ということは、いよいよもって、出走メンバーという間接的な要素ではない、実際のレース運びという直接的な証拠により、去年と全く同じ展開の繰り返しが濃厚となったねぇ。」
心のどこかでは、その都度その都度懸命に勝利へ向かうウマ娘たちが、まさか以前と全く同じレースをするとは思えない、という認識が残っている。
去年と全く同じ展開が発生するというのも、何らかの勘違いなのではあるまいか。そんな儚い期待は、早くも失せようとしていた。
〈先頭スエヒロコマンダー、リードが6バ身とじわっと縮んできましたが、2番手アラタマインディ、3番手のゼンノロブロイがウチ側にほぼ並びかけています。その外に並んでホットシークレット、先行集団に固まりました、ナリタトップロードは変わらず前から5番手、すぐ後ろにツルマルボーイ。後方2名並んでアドマイヤベガ、ヤマニンリスペクト最後方で、3コーナー頂上を目指します。〉
3コーナーの上り坂に向けて、集団全体が詰まった形となり始める。後方で脚を溜めていたウマ娘たちが仕掛ける準備を始め、同時に先頭で逃げていたウマ娘に余裕がなくなってきたためだ。
ゼンノロブロイも、大逃げしたスエヒロコマンダーほどではないが、かなりスタミナ残量は削られた状態のまま、後方から迫ってくる面々をリードし続ける状況になっていた。
「トレーナーくん。我々はつい、レースを目の当たりにすると、その状況の分析に思考を割いてしまう。だが今はその必要がない、去年と違う要素が、何らかの形で紛れ込まないか、それだけに集中したまえ。」
「あぁ、分かった。」
このレース展開は、既に昨年見たものと同じであることが明瞭となっていた。
それでも、僅かでも新たな可能性を開く要素は無いか。シャカールが宝塚記念にて、去年とほぼ同じ展開の中で順位を上げたように、このレースの中でも確定してしまっている未来を覆すことは起きないか。
鷹木とタキオンは、見開いた目を多少血走らせながら、最終直線へと向かっていく画面内のウマ娘たちを凝視していた。
〈第4コーナーから直線に向きます!今度は堂々と、ナリタトップロード先頭か!ナリタトップロード先頭!2番手にはアドマイヤベガ!アドマイヤベガ突っ込んできた!ツルマルボーイがバ群の中!ウチに突っ込んだゼンノロブロイ!しかしナリタトップロード完全に抜け出した!ナリタトップロード先頭!ツルマルボーイ追ってきた!ツルマルボーイ追ってくるがウチからはゼンノロブロイ!〉
……だが、そのような不確定要素が紛れ込む余地は、このレースにおいては無いようだった。
安定したペースで運んできたナリタトップロードが抜け出し、アドマイヤベガとゼンノロブロイがそれを追い、更には集団の中からツルマルボーイも上がってくる。
「この形は、昨年見たものと同じだねぇ。もはや、よく見ようとすればするほどに、1年前の記憶が明瞭に呼び戻されてしまうよ。」
「俺は、まだ信じられない思いだ。いや、現に見ているんだから、信じるしかないんだが……。」
トレーナーの目から見ても、全ての出走ウマ娘が全身全霊をかけて勝ちに行っていることはハッキリと見て取れた。
だからこそ、そんなレースの展開が1年前と全く同じであり、既に確定した結果へと向かっていくとはとても信じ難かったのである。
〈2番手はゼンノロブロイだが、外からツルマルボーイ!ゼンノロブロイ、ツルマルボーイ並んでいる!2番手争いは大接戦だが、ナリタトップロード先頭は揺るがない!ナリタトップロード、いま一着でゴールイン!秋の初戦、ナリタトップロードが勝ちました!王道の君主、なお健在であります!二着はゼンノロブロイ、ツルマルボーイは惜しくも三着となりました!〉
大歓声が響き渡り、一着となったナリタトップロードが観戦スタンドに向けて手を振りながら駆け抜けていく。
それもまた、1年前の光景と全く同じであった。……が、他のウマ娘たちもゴールを越えて減速し、地下バ道に戻っていく辺りまで来て、タキオンはとあることに気づいていた。
「トレーナーくん、トップロード先輩やアドマイヤベガ先輩の表情を見たかい?」
「えっ、表情?走りばかりに注目しようとしていて、そっちには目を向けていなかったが……。」
「何やら、疑念を抱いているような顔つきだったねぇ。むろん自分たちが全力で走った感覚に嘘はないだろうけれど、もしかすると今回の異変に気付いたのかもしれないねぇ。」
ナリタトップロードも、アドマイヤベガも、今の今までレースに纏わる異常には気づいていなかったが、それでも現役選手の中では大ベテランである。
レース結果を認識することは何よりも重く思考を支配していただろうが、その上でなお違和感を抱くだけの思考の余地は残されていたのだろう。
たった今のレースが……いつか、どこかで、既に経験した展開と全く同じであることに、彼女らも気づいたのだ。