探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 その年のダービーウマ娘、ジャングルポケット。そして秋の天皇賞にて復活劇を遂げた、アグネスタキオン。両者が直接対決する舞台、ジャパンカップの日程は着々と近づいていた。その一方で、クラシック路線にて好成績は残しつつも勝ちきれないレースが続いたダンツフレームは、トレーナーとの話し合いの末、マイルチャンピオンシップへと出走することが決まっていた。彼女がタキオンの元へお喋りに来たのは、自分ひとりだけ皆と離れた進路へ向かっていくのではないかという、漠然とした不安を抱えてのことだった。


進路を分かつとも、いずれ共に競う

 11月。ウマ娘レースを中心にして回るこの世間においては、例年通りほぼ全ての話題がジャパンカップ一色に染まっている。

 

 殊に、今年は昨年にも増して、出走予定のウマ娘リストが錚々たる面々で占められている。ナリタトップロードとアドマイヤベガはもはやGⅠレースの常連、当然ながらネオユニヴァースとゼンノロブロイも参戦する。

 

 そして……ジャングルポケットとアグネスタキオンの名も並んでいることが、何よりも世間のウマ娘ファンの期待を掻き立てた。

 

「東京レース場、芝2400m。私と肩を並べ、更に勝機を見出せる舞台としてはうってつけだと判断したのだろうねぇ、今のところ日本ダービー以降の勝利が無いジャングルポケットくんは。」

 

「あ、相変わらず喋りに遠慮がないね、タキオンちゃん……。」

 

 実験室、と称してタキオンが勝手に占拠している理科準備室の中、ふたりきりで語っていた相手はダンツフレームであった。

 

 タキオンは電気ケトルで沸かした湯を二人分の茶葉を入れたティーポットに注いでいる。

 

 窓の外からはトレーニング中のウマ娘たちやトレーナー達の声々が響いているが、その日タキオンは練習を休んでいた。入学当初のようなズル休みではなく、鷹木が定めたスケジュール通りである。

 

 ダンツフレームは、そんなタキオンの休憩日に会いに来たのだ。

 

「その事実は、私が参戦の決断を下した理由のひとつでもあるからねぇ。東京レース場で開催されるGⅠ以外では、もはやジャングルポケットくんは怯えて出てこられないかもしれないじゃないか、例えば中山レース場などではねぇ!」

 

「ポッケちゃんは絶対に認めないだろうけれど、確かに……今のタキオンちゃんに、中山で勝てる自信があるのは、シニア級以上の先輩たちぐらいだろうね……。」

 

 自ら誇るように朗らかに語るタキオンであったが、ジャングルポケット相手ならまだしも、いつになく沈んだ調子でしか言葉を返してこないダンツ相手に多少なりと調子が狂ったようであった。

 

 埋まりがたい暫しの沈黙を誤魔化すように、ティーポットから紅茶をカップへ注ぎ入れるタキオンであったが、流石に早すぎたのか薄い茶しか出てこない。

 

 結局、理想的な紅茶をタキオンが淹れ終わってダンツの元へ持ってくるまで、気まずい静けさは続いた。

 

「さぁどうぞ、純粋な紅茶だから何も心配せず飲んでもらっていいねぇ。ところで、私が呼ぶまでもなく来てくれたのは有難いが、わざわざ実験台になりに来てくれたわけではあるまいねぇ?」

 

「うん……なんというか、相談……って言っても、大袈裟かもしれないけど。」

 

「この私を相手に、かい?これはまた稀有な状況だねぇ、ダンツくんが、あえて私を相談相手に選ぶとはねぇ。」

 

 タキオンは分かりやすく目を見開いてみせたが、その半分以上は演技ではなく、本心からの驚きでもあった。

 

 特に、元気のない様子で姿を見せたダンツフレームに対し、自分が相応しい話し相手であるとの自信はなかった……タキオン自身がそう自覚していた。

 

 ゆえに、おのずとタキオンなりに慎重な言葉選びとなった。あくまで、タキオンなりに、であったが。

 

「ダンツくんであれば、親しくしているクラスメイトとて少なくないだろう?偏屈で遠慮のない私とは違ってねぇ。」

 

「うん、でも……相談内容が、レースの話ってなると、ちょっと事情が違ってくるから。」

 

 ダンツは言いづらそうにしていたものの、タキオンには彼女の言わんとするところが速やかに理解できていた。

 

 ウマ娘自身の性格がどうあれ、レースの結果次第で評価が左右される世界である。当のアグネスタキオンも、デビュー以降に示した圧倒的な走りの実力が無ければ、ただの付き合いづらい変わり者だと周囲から烙印を押されていたことだろう。

 

 性格面ではダンツフレームはタキオンの真逆、自然と周囲の空気を和らげる、柔らかで温かみのある気質ゆえに同世代の中でも付き合いは幅広い。

 

 が、レースについての相談相手となれば……かなり限られてしまう、いや、ほぼ存在しないも同然であった。

 

「同級生の皆からすれば、GⅠに出走できること自体、夢みたいなものだから。そこでなかなか勝てないでいるってのは、贅沢すぎる悩みだって思われてそうで……もちろん、そんなこと直接言ってくる子はいないけど。」

 

「だろうねぇ、大多数のウマ娘は条件戦で勝つことが最たる目的、OP戦に届くか届かぬか、の世界なのだからねぇ。」

 

 同世代のアグネスタキオン、ジャングルポケット、そしてマンハッタンカフェが続々とGⅠ勝利の栄冠を戴いている一方で、ダンツフレームは勝ちきれぬレースが続いていた。

 

 優しげな顔立ちが印象的なダンツとて、勝つためにレースへ出走している。更には、昨年のジュニア級においては、初戦こそ二着になったものの、それ以降は今年のクラシック級に突入するまでは無敗を続けていたのだ。

 

 クラシック三冠のレースにも、ジャングルポケットと並び全てに参戦している。勝てずにいるダンツが、何も思わずにいられるはずがなかった。

 

「とはいえ、話を引き戻すようで悪いがねぇ、何故その相談相手が私なんだい?GⅠウマ娘の同級生ならば、例えばポッケくんはあの過剰な声量で励ましてくれそうじゃないか。カフェもあぁ見えて心根は優しいからねぇ、ダンツくんの不安が無くなるまでしっかり話を聞いてくれるだろうし……」

 

「励ましが欲しいんじゃない、勝ちたいの。」

 

 思いもよらぬ強い語調で返ってきたダンツの言葉に、タキオンは今度こそ芝居臭さもなく目を見開いて視線を向ける。

 

 それが見られたのはごく短時間であったが、ダンツフレームの目の奥には烈火のごとく滾る情動が覗かれた。それは、毎度ゴール前で届かぬ自分自身へ向けられる無念さが幾重にも凝縮された、堪え難き色であった。

 

 タキオンの視線に目の奥を覗かれていることに気づき、ダンツは表情を和らげ、照れたような疲れたような笑顔を見せた。

 

「ごめんね、相談しに来たのに、変なこと言って……一度だけ、いつも一緒に居る友だちみんなの前で、つい弱音を吐いちゃったことがあって……そしたら皆、一生懸命に励ましてくれて、こっちが申し訳なくなっちゃうほどに……でも、励ましでは、勝利に近付けないの。」

 

 それは容易に想像できる光景であった。ダンツの身近に集まっている友は、彼女の性格をそのまま反映するかのように、心根の良きウマ娘ばかりだろう。励ましの言葉も、何ら打算や裏心の無い、本心からのものであろう。

 

 ウマ娘という存在は、レースを前にして闘争心を剥きだす生き物であると同時に、集団で寄り集まることを是とする生物でもある。

 

 社会生活を営み文明を築き上げた人間も集団行動を行うが、ウマ娘たちの場合はそれ以上である。原初の時代、瞬間的な移動速度や長距離移動能力を活かすため、より生命の脅威を互いに察知できる物理的な近さがウマ娘たちの生存に直結していた。

 

 今でこそタキオンのように孤独を良しとするウマ娘も例外的に存在するが、基本的には一度自分たちの仲間と認めた関係性を崩すような真似はしないのが大多数のウマ娘である。

 

 ダンツからの話を聞きながら、タキオンは紅茶を自分でも一啜りし、頷きながら口を開いた。

 

「なるほどねぇ、いわば関係性の破綻を恐れることなく、忌憚なき意見を遠慮なく吐ける相手を求めているわけだ。ならばダンツくんの選択は間違いではないねぇ、確かに私ならばそれが出来る。」

 

「うん。タキオンちゃん、聞いてもいいかな?私、これから後、GⅠで勝てるかな?」

 

 彼女が抱えているのは単なる不安ではなく、自分自身の能力へのか細げな期待でもあるとタキオンは見てとった。

 

 そうでなければ、自分が勝てる可能性について尋ねる余地すら残っていないだろうためだ。であればこそ、タキオンは完全に遠慮のない返答を口にした。

 

「無理だねぇ。少なくとも、私やカフェ、そしてジャングルポケットくんが居るレースで、ダンツくんが勝てる画が浮かばないねぇ。」

 

「……でも、ぜんぜん届かないんじゃなくて、ゴール直前、もう少しで、ってところまでは行けるんだけど。」

 

 ダンツフレームの眼差しに、まるで諦めの色は浮かばない。

 

 日本ダービーで、ジャングルポケットと最後の最後まで競り合った、あの粘り強い炎が今もそのまま燃え続けているようだ……そう感じながら、タキオンは言葉を継いだ。

 

「私が言えることはあくまでレース展開を分析したうえでのことだねぇ。ダンツくんは中団あたりに位置どって、最終盤に入るよりも少し前から抜け出し追い上げていくのを得意とするようだが、中団の前目につけるのは私の得意分野だ。また、後方から追い上げてくるのはカフェやポッケくんの十八番だ。相手の得意分野で競っても、ダンツ君に勝ち目はないねぇ。」

 

「……流石に、言い返せない、かな。強すぎるよ、皆……。」

 

「むろん、直接の競り合いに持ち込んで競り勝てるほどにダンツ君が走りを磨き上げれば良い話だが、相手も同じように成長しているわけだからねぇ。少なくとも、この私は歩みを止めるつもりはない!」

 

 タキオンは笑顔を浮かべて喋りつつも、ダンツの瞳から輝きが失せていない様を確認したことで一層高らかに言い放つ形で言葉をしめくくった。

 

 ダンツフレームは、タキオンが望まれた通りに遠慮の一切ない返答をしてみせたおかげか、自身もより踏み込んだ内容へと進む躊躇が無くなったらしい。

 

「私ね、11月は皆と違って、マイルチャンピオンシップに出るの。結城トレーナーが、マイル路線でやって行かないか、って言って。」

 

「ほう!それはまた素晴らしい提案じゃないか、しかもマイル路線の最高峰とも言えるGⅠのマイルチャンピオンシップとはねぇ!」

 

「……本当は、ポッケちゃんにも、タキオンちゃんにも、カフェちゃんにも、勝ちたかったんだけれど……。」

 

 その悩みを打ち明けられる相手が限られている、真の理由はそこにあるらしかった。

 

 GⅠレースに出走した上で勝てない、というのが贅沢な悩みであるならば、クラシック路線で勝てなかったからと言ってマイル路線へと移る決定に気が進まない悩みは、ますます共感の得難いものであった。

 

 本来は、マイルのGⅠレース、安田記念と並びマイル路線の頂点を決めるレースにいきなり出走できること自体、破格の待遇である。

 

 クラシック路線への未練など、誰に対しても打ち明けられるはずがなかった。タキオンは持ち前の思考回路をフル回転させつつ、その複雑かつデリケートすぎるダンツの心境へじわじわ接近していく。

 

「あぁ、確かに私やカフェやポッケくんはマイル路線に行かないだろう、そも距離適性が中長距離に向いていると明確だからねぇ。だが二度と共に競えないわけではない、今まさにポッケ君の指導を担当しているキングヘイロートレーナーは、マイル路線にてGⅠ冠を獲ったあと、有馬記念を走っている……それに、そう!まさに先日の天皇賞、安田記念で勝利したデジタルくんが出走していたねぇ!」

 

「キングさんに、デジタルさん……そ、その先輩たちが凄いってことかもしれないけど、中距離レースに戻ってきてタキオンちゃんたちと走ることはあり得る、ってことだね。」

 

「それに、ダンツ君の実力が同世代のGⅠウマ娘の水準に届いていないなどといった証明にはなり得ないはずだねぇ。ちょっと待っていたまえ、今年のマイルチャンピオンシップの出走予定者リストを見よう、私が語れるのはあくまでも客観的なデータを元に、だからねぇ。」

 

 タキオンは飲みかけの紅茶をカップに残したまま、訪問者接待用の埃っぽいソファを立ち、慌ただしく研究机の方に向かってPCのキーボードをたたく。

 

 訪問者のためにタキオンがここまで献身的に動くことなど、普段ならばまずありえないことであった。もしもこの場に鷹木が居合わせていたら、普段とのあまりの違いに別のウマ娘が変装しているのかとでも疑ったに違いない。

 

 それだけ、ダンツフレームの歩もうとする路線が、自分たちの運命と再び交錯し得る可能性についてタキオン自身も確認しておきたかったのだ。

 

 天皇賞やジャパンカップの記事でほとんどが占められたネットニュースのページを閉じ、ウマ娘レースの出走情報を検索したタキオンは、そこに並んでいる名を読み上げて思わず声を上げた。

 

「ほう!ほうほう!ゼンノエルシドくんが出走するんだねぇ!あのゼンノエルシドくんが!これは見どころだねぇ!いや、ダンツくんを応援すべき立場としては強敵と言うべきか!」

 

「えっと……ごめん、今までマイル路線のこと、あんまり知らなくて……この子?」

 

 出走者リストの中のひとつ、「ゼンノエルシド」と記されたウマ娘の名は、確かに世間的にはGⅠクラスの優駿ほど知れ渡っているわけではない。

 

 しかし、タキオンは実に愉快そうに彼女の紹介を始めた。

 

「たしかデジタルくんと同世代だったから、彼女から伝え聞いて私も知っているねぇ。今年の時点での芝1600mのレコード保持者であり、実力はさることながら……なんとも、危険なウマ娘だということだ。」

 

「き、き、危険って……気が荒い、ってこと……?」

 

「いやいや、性格の面では実にお淑やか、いや紳士的とも言うべきであり、まるで貴族のような振る舞いを心がけているねぇ。だが、あのデジタルくんですらも危険視するほどに、目つきが獰猛だとのことだねぇ。」

 

「目つきが……獰猛……?」

 

「一緒に走る者の肢体を、舐めまわすように見るんだそうだ。体つきの隅々まで、吟味するかの如く、ねぇ。」

 

「へ、へぇー……」

 

 デモンストレーションだと言わんばかりに、タキオンはいつもの薄笑いを浮かべながら、薄目から放つ視線をダンツの胸部辺りに送り、そしてパソコン画面へと目を戻す。

 

 むろん、今年のマイルチャンピオンシップにて注目されるウマ娘はゼンノエルシドだけではなく、ダイタクリーヴァやエイシンプレストンといった実力者たちも名を連ねていた。

 

「ダイタクリーヴァは、エアシャカール先輩が皐月賞を勝った時に二着だったウマ娘だねぇ。エイシンプレストンは……今さら紹介するまでもないだろうが、デジタルくんと共に香港で活躍したウマ娘だ。ここまで出揃えば、ダンツくん、キミの新たな挑戦への出発点としては、十分すぎるほどの試練であることは明瞭ではないかねぇ?」

 

「……だね。おかげで、改めて気持ちを引き締めて、マイルチャンピオンシップに向かえそうだよ。私のためにあれこれと調べてくれて、本当にありがとう、タキオンちゃん。」

 

「私は大したことはしていないねぇ。せいぜい、ダンツ君が私やポッケ君と同じ舞台に戻ってくるか否か、半々の期待で待つだけだねぇ。」

 

「待っててよ、必ずGⅠでの勝利、つかんでみせるから。」

 

 タキオンに会いに来た時と同様に表情は穏やかなままであったが、目に見えて気力を取り戻した様子でダンツフレームは去っていった。

 

 その後、結城トレーナーの元で一心にトレーニングへ打ち込むダンツの姿が見られた一方で、長時間彼女を実験室に連れ込んでいた件についてタキオンがシャカールやポッケからの尋問を受けていたのはまた別の話である。

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