探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 秋に復帰を成し遂げたアグネスタキオンが、天皇賞、ジャパンカップと立て続けに出走を果たし、相応の結果を残したおかげで有馬記念への出走も現実的となったのは確かに喜ばしいことであった。とはいえ、1ヵ月の間隔で大舞台が連続するというのは、殊に怪我のリスクに考慮しなければならないウマ娘のトレーナーにとっても神経をすり減らす日々の連続である。鷹木トレーナーが自分の生命そのものを削るかのごとき思いで向き合っている一方、担当ウマ娘たるタキオンはまたしても自分以外のウマ娘へと関心を向けていた。そんなことを気にしている場合ではない、と鷹木も窘めるつもりであったが……その日デビューするというウマ娘の名は、流石に無視できるものではなかった。


寒暗のなか輝ける、確かなる一歩目

 ジャパンカップにてタキオンを勝たせられなかったものの、ジャングルポケットと突出し競り合っての二着という結果に終わり、またレース後のタキオンの脚が無事であることを確認し、ようやく気を緩めることが出来た鷹木。

 

 が、タキオン自身と同じく、彼にもまた安穏と休んでいられる時間はなかった。12月に入り、本格的に増してきた寒さと共に迫るのは有馬記念の日程である。

 

 秋シニアの三戦、その最後であり、ウマ娘レースの一年を締めくくる集大成。天皇賞秋、ジャパンカップ、そして有馬記念のすべてに参戦することは、1カ月のスパンで疲労回復からトレーニング、最終調整までの全てをこなす、タイトなスケジュールの繰り返しを意味する。

 

「タキオン、有馬記念にお前を出走させないという選択肢についても、俺は本気で考えていたんだがな。ジャングルポケットも、来年度へ向けての調整期間を想定して、有馬への参戦は即決してはいない。」

 

「だがトレーナーくん。人気投票にて、私への票が集まったのならば仕方あるまい。まぁ私自身としてはそのような人気度よりも、カフェと共に競えることの方が重要なのだがねぇ!」

 

 ジャパンカップを終えてから一週間足らずの12月1日、ウォーミングアップを終えて練習場へと走り出そうとするタキオンを前に、鷹木は慎重な性格から編み出した言葉を伝えていた。

 

 今年の春先と比べても明らかに完成度が高まっている走りに、タキオン自ら満足し、更なる高みを目指そうとしているのは明白であった。彼女自身が言う通り、マンハッタンカフェが有馬記念への参戦を決めたのならば、走りを前にして抱く高揚感はなおさらであろう。

 

 だからこそ、鷹木はタキオンには敢えて昂りを抑えるよう告げることを欠かさなかった。

 

「有馬記念にマンハッタンカフェが参戦してくるだろうことは前々から予測されてた、ただでさえ長距離が得意なウマ娘だし。こちらが用意したトレーニングおよび調整スケジュールについては心配なく取り組んでもらえればいい、気を張り過ぎないようにだけ頼む。」

 

「私が張り切り過ぎて練習で消耗してしまうことを気にしているのなら、それこそ心配無用だねぇ。この私が不用意な負傷で有馬出走の機会を無に帰してしまうウマ娘に見えるかい?……ただ、私がどこか高揚しているように見えるというのなら、それは今日行われるジュニア級の子たちのデビュー戦が元凶かもしれないねぇ。」

 

「デビュー戦……?」

 

 無論のことながら鷹木はタキオンの心配をしつつトレーニングメニューを組むことだけで頭がいっぱいであったため、有馬記念に絡んでくるウマ娘以外のことを考えている余裕はない。

 

 鷹木のポカンとした表情を背に、タキオンは練習コースへと駆け出す間際に伝えた。

 

「さほど根を詰めて探さずともすぐ分かるだろうねぇ、今日、デビュー戦に挑むウマ娘の中でも特に注目を浴び、そして厳重に気を配られている存在が。」

 

 タキオンの喋った内容について鷹木が突き止めたのは、ひとわたり午前に予定していたトレーニングを終え、昼食休憩を取っている時のことであった。

 

 PCにて職員専用の会議ページ一覧を開いた鷹木は「12月1日、阪神レース場」についての会議内容が妙に多い様を見てとったのだ。その日の阪神レース場で行われる新バ戦のリストを開いた時、鷹木もまたようやっとその理由に勘づいた。

 

「……ファインモーションか……!えっ、あの王族ウマ娘、レースに出るのか?てっきり、留学生として丁重に扱われるだけだと思ってたんだが。」

 

「今さら気づいたのかいトレーナーくん?少しは私以外のウマ娘に関心を持ちたまえよ。さては、私がファインくんのデビュー戦を観戦できる状況は準備していないねぇ?」

 

「当たり前だろ、タキオンの心配だけで頭いっぱいだってのに。」

 

 思い返せば、中堅からベテランの先輩トレーナーたちが11月末あたりから慌ただしくしていた光景もあった。それは年末に向かう今の時期においては恒例であったため、特別違和感を覚えるものではなかったのだが……。

 

 アイルランド王室から預かったファインモーションが、負傷の危険もあるレースに今日、出走する。

 

 となれば、ファイン自身があくまでも一般のレースウマ娘としての扱いを望んだとしても、トレセン学園としては安穏とはしていられない。

 

「昨日から学園の中が閑散としてたわけだ。トレーナーも学園スタッフも手が空いている者は皆、阪神レース場に駆り出されてるんだから。」

 

「トレセン学園としては相当な負担だろうけれど、その上でなおファインくんがレースデビューするだけの能力を見出したということだろうねぇ。そして、どうやら私にも責任の一端があるらしいんだ。」

 

「まさか、お前がそそのかしたのか?」

 

「私もそこまでズカズカと踏み込んだわけじゃないねぇ。しかし、エアシャカール先輩の走りに魅了され、その矢先で私の復帰をも目の当たりにしたうえでファインくんはデビューを決意したとのことだ。私も無関心ではいられないというわけさ。」

 

 責任を感じていると言いつつもどこか誇らしげなタキオンの言葉を聞きながら、鷹木はPC画面に阪神レース場の中継配信ページを出す。

 

 一般向けには放送されない、ジュニア級ウマ娘のデビュー戦。しかし画面内の観客席には、既に大勢が詰めかけていた。ところどころに黒っぽい服の集団がいるのは、アイルランド王女のため配置された警備部隊であろうか。

 

「総勢、10名での出走だねぇ。まだ18名のフルゲート出走ではない分、密集隊形でぶつかり合うリスクがないだけ、トレセン学園のお偉方は胸をなでおろしているかねぇ。」

 

「中には、アイルランド王女殿下と競うことになると知って、緊張感のあまり出走を取り消したウマ娘も……いや、そんなのは居ないか。トレセン学園生なら。」

 

 出走ゲートへ向かっていくウマ娘たちの表情は確かに若干硬いようではあったが、だが誰もファインモーションを気にしている様子など無かった。

 

 当のファインモーションは、他の面々と同様の運動服にゼッケン姿であり、それでもなお遠目から王女殿下だと即座にわかるオーラを放っていたが……ひとたび競走相手と決めたウマ娘たちが、躊躇する謂れなど無い。

 

 ウマ娘にとって、デビュー戦は自らの生き様を決める大一番である。身分の差は関係なく、全てのウマ娘にとって平等な能力の競い合いである。

 

 そんな一方で、関わる人間のスタッフたちは、ファインモーションの存在を気にせずにいられるはずもなかったが。初冬の昼、透明感のある陽射しを浴びたターフの上に、緊張気味の実況アナウンサーの声が響き渡る。

 

〈阪神レース場、12月1日の第6レースであります。天候は晴れ、芝状態は良となりました。全ウマ娘、ゲートイン完了、今回は9名での競走となります……スタートしました!まずまず揃ったスタートであります、6枠からスリーブラボーが前を目指しますが、内側からファインモーション、ファインモーションが果敢に前へと出て先頭に立ちました。続く形でスリーブラボー、3番手はネオマエストロといった順となっています。〉

 

 阪神レース場の芝2000mコースは、観戦スタンドの目の前、ホームストレッチからのスタートとなる。

 

 新バ戦にあるまじき大歓声を受けて走り出したウマ娘の中でも、飛び抜けて先手を取ったのが他ならぬファインモーションであった。

 

「ほう!素晴らしいスタート、そして加速が良いねぇ!あの上り坂をものともせず脚を使えるのは、胆力もある証拠だねぇ!」

 

「阪神の直線は2メートルの高低差があるからな……勢いは良いが、あのペースがどこまで持つか。先頭をキープしたまま一周して来れば、いよいよ本物だが。」

 

 あくまでも鷹木はトレセン学園所属トレーナーの一員として慎重な意見を述べていた。

 

 が、軽やかに脚を運び、集団全体を引っ張っていくファインモーションの走りは、レース開始から最初のコーナーへ入るまでに、普通のウマ娘とは別格な能力の片鱗を既に覗かせていた。

 

〈1コーナーを回っていきます、先頭は変わらずファインモーション、1バ身ほど空けて、2番手はスリーブラボー、続きましてネオマエストロ。その後ジョーフュージョン、内側にラガーファーストが並んで4番手集団を形成、ヘヴンズゲートは6番手、ダミスターエースが並びかけています。1,2コーナー中間地点、後はサンエムハヤテオー、そして最後尾にロングカイザー、その外フィールドラッキー並んで回っていきます。〉

 

 ファインモーションが逃げていくペースは、他のウマ娘にとっても想定外だったのだろう。

 

 コーナーを回っていく途中から、後方集団に順位の変動が起こった。この時点ではまだ勝負を決めるには早すぎるが、ペース配分をどのように修正するかは個々の判断次第である。

 

「3番手のネオマエストロ君は前に上がっていきたがっているようだねぇ。たしかに賢明な判断だ、このコースは明らかに先行有利だからねぇ。」

 

「3コーナーから速度の上がる区画で、集団全体にどれだけついて行けるかが一番重要だな。ここで判断を決め切れるかが勝負の分かれ目だろう。」

 

 まだジュニア級のウマ娘たちが自力で判断できる域には限度があったが、それでもやはり勘の良いウマ娘は居るらしい。

 

 鷹木は、もしも声が走っている最中の彼女らに届くのならば、指示を迷うことなど無かっただろう。前に行け。先頭のファインモーションは、最後まで速度を落とさない。

 

 そういう力を確信させる走りを、ファインモーションは見せつけていたのだ。

 

〈向こう正面に入りましてネオマエストロは2番手まで上がってきました、先頭は変わらずファインモーション、じわっとリードを広げて快調に飛ばしていきます。ダミスターエース、6番手のダミスターエースも外へ持ち出して早くもぐっと前へ上がってまいります現在3番手!残り1000mを通過、各ウマ娘そろそろ第3コーナーへ向けてスピードを上げ始める所、ファインモーションが変わらず先頭、続くスリーブラボーはそろそろ苦しいか!〉

 

 だが、いかに理想的なペース配分を見出したとしても、基本的な身体能力がついていかなければ結果には繋がらない。

 

 そういった面でも、ファインモーションは別格であった。

 

 プロであるトレーナーの目には既に1周目の1コーナーで明白となっていたが、ここまで来れば観客たちもファインモーションの走りが完全に新バ戦としては別次元にあることを、認識せざるを得ない様子だった。

 

「なるほどねぇ、これはトレセン学園も、人員を動かす手間を惜しまずデビューさせるわけだねぇ!これほどの能力、怪我させまいとして埋もれさせておくのは勿体ないねぇ!」

 

「こりゃめちゃくちゃ強くなるぞ、ファインモーション……来年、どの路線に行くかは分からないが、活躍しないはずがない……!」

 

 鷹木の言葉を聞きながら、そしていよいよ最終コーナーを回り切って本格的に加速し始める画面内のファインを見ながら、タキオンは先日シャカールと共に受け取ったファインの言葉を反芻していた。

 

 「あなたと同じ場所で走れる日まで、私もやめられない」……その言葉は、急に現実味を帯び始めていた。

 

〈さぁいよいよ最終直線へと向きました!先頭はファインモーション、リードをさらに広げる!2番手ネオマエストロ、外からジョーフュージョンが上がってくるが、これは捉えられそうもない!残り200を通過!先頭はファインモーション、ここまで粘り続けて、まだ加速する!?強い、強い、あまりに別格の走り、後ろに4バ身以上の差をつけて、ファインモーション、今先頭でゴールイン!圧勝であります!〉

 

 おそらくファインモーションのために配置された警備部隊の面々も、共に躍り上がって喜んでいるのだろう。

 

 ジュニア級のデビュー戦には異例の光景、満席となった観戦スタンドは一体となって大歓声を上げていた。汗をぬぐい、減速しつつ手を振るファインモーションの姿を見ながら、タキオンは画面に表示された数字へと既に注目していた。

 

「見たまえよ、出走ウマ娘の中でファインくんが上がりハロン最速だねぇ。追い込みではなく、先頭で逃げ続けたというのに、何とも気持ち良いほどの勝利じゃないか。」

 

「こんな走りを見せつけられたら、来年度のクラシック級の戦線へと送り出したくなるのがトレーナーの情ではあるが……でも、アイルランド王女なんだよな……クラシック路線に向かわせるのは、即決とはいかないか。」

 

 多少興奮が収まった鷹木は、冷静にファインモーションの身分を思い返し、その扱いの難しさを改めて鑑みる。

 

 彼女に専任の担当トレーナーが決まったか否かは鷹木の知る所ではなかったが、仮に自分がファインにかかわるとなれば、とてもではないが怪我のリスクも跳ね上がる上位ランクのレースに送り出す決心はつかないだろう。

 

 それに、今気にせねばならないのはタキオンの有馬記念である。

 

「まぁ、ファインモーションが来年、お前が走るシニア級のレースに参戦してくると決まったわけじゃないし。さぁ、練習に戻るぞ、すっかり昼食休憩が伸びてしまった。」

 

「せいぜい私の対戦相手として現実的に考えておきたまえよ、あの走りが出来るウマ娘ならば、GⅠの領域にまで食い込んでくる可能性は十分にあるのだからねぇ。」

 

 タキオンが憶測を述べるのは珍しいことではなかったが、奇妙な現実味はたしかにあった。

 

 それは、タキオンが関心を抱いた相手が、ことごとく彼女のレースの道に関わる運命をたどっているという前例が少なからずあったためかもしれなかった。

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