探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 パーティーの準備が苦手なトレーナーたちを手伝い、ウマ娘たちも買い出しに出かけた後、アグネスタキオンは会場として利用許可を得た会議室に勝手に上がり込み、そして彼女なりに真面目な会議を始めていた。ネオユニヴァース、エアシャカール、そしてマンハッタンカフェ。いずれも、このウマ娘レースが行われる現実世界が辿る運命についてのタキオンの探求に共鳴した、あるいは巻き込まれた面々である。同じ展開を繰り返す異変は確かに今年何度か発生していたが、それを乗り越える術は分からずとも、乗り越えた事実だけは希望となっていた。


年暮れる前に、紡ぐ理論を

 広々とした会議室の一角。天井の照明が一部だけ点けられた薄暗がりの中、アグネスタキオンを始めとする4名のウマ娘が集まっていた。

 

 確かに話し合いこそしていたが、会議室をわざわざ借りたのは彼女らではない。後ほど、一年通して走り抜いた慰労会も兼ねたパーティーを始めるために会議室の利用許可を取ったのはトレーナー達だった。

 

 どこでたむろするにも寒い12月の末、利用許可を得られた会議室には暖房が効いている。

 

 飲食物の買い出しや飾りつけの準備に他の面々が駆り出されている隙、これ幸いにと上がりこんだのがタキオンであった。とはいえ、今の彼女は少々神妙な面持ちである。

 

「諸君、私は危惧している。詳細は言うまでもないだろうが……」

 

「タキオンさん、私は……詳細な説明をいただかないと、話についていけない可能性が高いです……」

 

 口を挟んだのはマンハッタンカフェである。

 

 確かに、ただ“お友だち”の姿が見えるからというだけの理由でタキオンの探求に引っ張りこまれたような立場のカフェには、スムーズに仮説を理解できるという保障は無かった。

 

 咳ばらいを一つ挟み、あらためてタキオンは発言を続ける。

 

「私が危惧しているのは、この現実世界における異常現象の拡大についてだ。秋以降は目立たなかったものの、今年度のウマ娘レースのいくつかは1年前と全く同じ展開を繰り返すという、明確な異常が確認された。」

 

「“MUTX”なのに、『繰り返している』を見た……“DSTY”が『閉じている』みたい、だよ。」

 

 ネオユニヴァースは表情も顔の向きも動かさぬままであったが、彼女なりの言い回しで同意を示した。他のウマ娘に当てはめるならば、頷きながら会話に参加するような振る舞いに近いだろう。

 

 昨年度、独りで探求を続けていたタキオンにとって、ネオユニヴァースとの交流の機会を得られたことが今年最も大きな収穫のひとつには違いなかった。三冠ウマ娘であり、そのうえ宝塚記念や天皇賞まで獲ったユニヴァースには、並みのウマ娘ではそうそう会いに行けるものではない。

 

 とはいえ、仮にタキオンがGⅠクラスのウマ娘ではなくとも、ネオユニヴァースはタキオンの存在を見出していたかもしれない。彼女には、この世界の常識に収まらぬ感覚を有しているような振る舞いがたびたび見られた。

 

「それだけではないねぇ。こちらは厳密な観測が無ければ、単なる私の主観の域を脱し得なかったろう仮説だが……シャカール先輩、先日の有馬記念における観客席、歓声を観測した結果はどうなったかねぇ?」

 

「去年の観客席での撮影データと比べりゃ、明らかに小さくなってた。まァ、その、俺がファインと一緒にVIP用のテラス席に居たせいで、一般の観客席から多少離れちまってたのも関係あるかもしれねェが……。」

 

「困るねぇ!歓声についての純粋なデータ取得が期待できないねぇ!いかにアイルランド王室からお越しのファインモーション殿下から誘われたとて、この現実世界に迫る異変の解明を優先してもらわねばねぇ!」

 

「ファインにどう説明しろってンだよ。いや、あの殿下サマなら、面白がって聞き入れてくれるかもしれねェけど、俺とファインが一般観客席に行ったら黒服のSP連中も付いてきちまうだろ、あの大混雑に。」

 

 言い返してくるエアシャカールの思考内から、“ファインモーションと別行動する”という選択肢がナチュラルに消去されていることをタキオンは指摘しようかと考えたものの、言い合いが更に入り組んだものになる可能性を鑑みて言葉を呑み込んだ。

 

 今、話を脱線させている時間的猶予はない。あと数分もすれば、ジュースや菓子類を買い込んできた面々や、めいめい慣れぬパーティーの飾りつけ準備を持ち寄ってくるトレーナー達が、この会議室へ到着するだろう。

 

 現実世界が抱えている異変について、語りあえる顔ぶれが集まっている機会を無為に過ごすわけにはいかなかった。タキオンは気を取り直して喋りを再開する。

 

「ともあれ、シャカール先輩の証言を尊重すれば、観客たちの声が、日々のレースが開催されるごとに小さくなっていっていることは確実というわけだねぇ。」

 

「“パラボリック・フライト”はいずれ“CSQC”へと至る。けれど『現時点で』実行した“SIM”が向かうのは“外宇宙”だよ。」

 

 ネオユニヴァースの言葉は、明瞭にタキオンの表情を曇らせた。彼女は、現状の異変がそのまま進行した先の、最悪の予感を回り道もせず告げたのである。

 

 相変わらず難解な言い回しゆえ、傍から聞いているカフェとシャカールの頭には疑問符が浮かぶばかりであったが。

 

「……えぇと……今、ネオユニヴァースさんがおっしゃったのは、どういう……?」

 

「これまでのウマ娘レースでは、いかに特異点たるウマ娘が可能性世界から外れた結果を出したとしても、現実としての帰結点へと至ったのだよ。だが今後は、現象がどこにも帰結しない可能性が高まっていく……この言い方でも難しいかねぇ、カフェ?」

 

 タキオンが分かりやすく言い換えても、吞み込みづらい内容には変わりなかった。が、まだどうにか意味のつかみどころがある言い回しゆえに、カフェは首を傾げながらも懸命に理解を進めようとしている。

 

 先んじて内容を取りまとめたのは、シャカールであった。

 

「最悪、この現実世界自体がぶっ壊れちまうってことか?新しい可能性が生まれねェから同じレース展開が繰り返されたり、観客連中も目の前のレースにガッツリとのめり込まなかったり……。」

 

「少々雑な認識だが、概ねその通りだねぇ。レースにおける勝敗を塗り替えることだけではない、可能性世界では引退していたかもしれないウマ娘が引退せず、現役続行している事もまた、この現実世界の存続を不確かにする要因かもしれない……まさに、この私のようにだねぇ。」

 

 それは不穏かつ不確かな懸念の発生源には違いなかったが、タキオンはその発言を表情こそ曇らせたままながら、どこか誇らしげに締めくくっていた。

 

 むろん、引退の可能性を乗り越えたウマ娘はアグネスタキオンだけではない。過去にも奇跡の復活劇を成し遂げたウマ娘は幾名か存在するし、直近ではアドマイヤベガもシニア級からの復帰を実現して、今なお現役でレースを続けている。

 

 ウマ娘が、自らの意志で運命を切り拓き、定められた敗北や悲劇を乗り越えること。

 

 望んだ未来を自力で勝ち獲るウマ娘……ネオユニヴァースは三冠ウマ娘になり、アグネスタキオンは復帰して天皇賞を勝った。それは喜ばしいことであったが、現実の歪みは日に日に増しているのだ。

 

 もちろん、その行いを止めることは出来ない。レースに出る以上、全力で勝ちに行くのがウマ娘であるし、そもそも仮に自分たちの運命を既に定めた“可能性世界”なるものが実在したとしても、本来なにが起きるはずだったのかウマ娘たちは知りようがない。

 

 しばしの沈黙ののち、マンハッタンカフェはボソッと尋ねた。

 

「この現実世界が……壊れる、とは、どうなってしまうことを指すのでしょうか……?」

 

「いよいよもって、我々が予測し得るものではないねぇ。有史以来、誰も直面したことのない現象なのだから。視覚的に町や空が崩壊していくのか、あるいは照明のスイッチをパチンと消すように終わるのか、何とも断言は出来ない。」

 

「“OPON”、『予兆を示す』は始まっているよ。『未確定である』の“STTN”が進行した先は“イベントホライズン”だよ。」

 

 カフェに対するアグネスタキオンの返答へと付け加えられたネオユニヴァースの言葉は、ほかならぬタキオンを最も深く頷かせた。

 

 やはりカフェは首を傾げるほかになかったが、今度はエアシャカールには理解しやすい言い回しだったらしい。夏合宿でタキオンらと共に、非現実的な体験をした者同士であった。

 

「永遠に停滞しちまう、ってことか。いつも通りに暮らしているようなつもりのまま、新しいことが起きる可能性もねェ、そのうち現実が先に進んで行ってねェことにも気づかなくなっちまう。」

 

「まさに事象の地平面だねぇ。あらゆる出来事の可能性が飽和し、未来の不可視性が限りなくゼロに近付いたとき、この世界は、いや宇宙は、終焉を迎えたも同然となるのだろうねぇ。」

 

 タキオンの発言に、ネオユニヴァースも神妙な面持ちで頷く。未来がもはや訪れなくなったことに気づく事すらできず、毎日を……いや毎時を、毎分を、毎秒を、いずれ毎刹那を……繰り返す。抗いようのない、世界の終わり。

 

 夏合宿中において、タキオンは少なくとも二度、事象の地平面が発生した現場に遭遇していた。時系列上あり得ない光景が目の前に現れ、そこに接近しようとするほどに自分の体感時間が限りなく引き伸ばされる経験をしたのである。

 

 シャカールもまたその現場に居合わせていただけに、実感的な理解へと至ったのだろう。相変わらず、カフェは首を傾げたままであったが。

 

 扉越しに、廊下の向こうから賑やかな声々と足音が響いてくる。おそらく、買い出しに行っていた面々がトレセン学園へと帰ってきたのだろう。自分が予見できないタイミングで訪れる出来事が発生するだけでも、今のタキオンは心底から嬉しかった。

 

 努めて声色を明るくし、タキオンはカフェに目を合わせながら告げる。

 

「とはいえ、その危惧を脱する手掛かりもまた、既に得られていることには違いないねぇ。外でもない、ここに居られるシャカール先輩が、1年前の繰り返しとなりかねなかった宝塚記念にて、昨年の四着とは異なる二着という結果を得ているねぇ。これは即ち、ウマ娘レースにおいてこそ可能性の飽和を打ち破る道を見出せることの証明だねぇ!言っただろう、シャカール先輩は特異点の素質があると!」

 

「だァから、何だよ“特異点の素質”ってのは。……ロジカルに言える範囲なら、観客の歓声が本来の大きさに戻るタイミングは客観的に観測されてる。レースの最終直線だ、どんだけ本来の可能性から離れた展開だろうが、ゴール前の攻防ともなりゃァ、観客どもは釘付けにならずにはいられねェ。」

 

「“KELT”は、『全てのヒト』をレース場へ引き戻す。“NIZR”では、なくなるよ。」

 

 シャカールに続き、ユニヴァースが締めくくった言葉については、ようやくマンハッタンカフェも理解できたようだった。

 

 用いられた個々の単語は難解でも、ユニヴァースの声の響きが、直感的に意味を伝えたようでもあった。ウマ娘レースを中心に回る、この現実世界。

 

 ありとあらゆる観客たちに、現実としてのレースの白熱を突きつけられるのは、そこで走るウマ娘だからこそ出来ることなのだ。新たな可能性も、本気でレースでの勝利を勝ち得ようとするからこそ、歴史に刻まれ、時は先へと進むのだ。

 

 不可解と不安に満たされていた表情の中、どうにか先行きに光明を見出したらしいカフェの目が、タキオンへと向けられる。

 

「……タキオンさん。では、私は……来年も、あなたと競うことが、出来るのですね……?」

 

「当然だねぇ!そうでなくては困るよ、“競うことが出来る”ではなく“競わなければならない”だねぇ!ウマ娘レースの歴史に新たなる可能性をもたらすためだけではない、私にも雪辱の機会が与えられて然るべしだ、有馬記念で私を負かしたマンハッタンカフェよ!」

 

 タキオンが叫んだ言葉の最後の部分だけは、扉越しに廊下を歩いてきた面々にも聞こえていたらしい。

 

 勢いよく会議室へ入ってきた集団の先頭に立っていたのは、ジャングルポケットであった。商店街で買い込んできた飲食物を満載した段ボール箱、それを手近な長テーブルの上に載せながら口を開く。

 

「雪辱ならオレ相手にも、じゃねーのか?ジャパンカップでオレに負けた、アグネスタキオンさんよ。」

 

「これはこれは、今年の最優秀ウマ娘に輝いたジャングルポケット君じゃないか。キミとの再戦は、まぁいつでもいいかねぇ。むしろレースを選ぶべきなのはジャングルポケット君の方じゃないのかい?せいぜい、東京レース場で私と当たれることを祈っておきたまえ。」

 

「マジで口が減らねーなコイツ……!あぁ上等だ、レース場関係なくオレが勝ちゃあ、完璧にオレが最強だって証明できんだろ!」

 

 眉根に皺を寄せて気勢を上げているジャングルポケットの熱量も、先ほどまでのやり取りで深く抱えこんだ不安を溶かす心強さに繋がった。

 

 タキオンの顔を睨みつけていたポッケであったが、その傍らで図らずも頬を緩めているカフェの表情に気づき、多少なりと意表を突かれたような顔でそちらに視線を遣る。

 

「んだよ、カフェ、笑ってんじゃねーよ。いや、それよりも、んな顔で笑うとこ、初めて見たんだが。」

 

「そうでしょうか……。ただ、ポッケさんも私たちと共にであれば、来年もまた走り抜けられるような確信があって……。」

 

「お、おう?」

 

 いつになく柔和で温かな表情を浮かべつつ意味深長なことを語るカフェを前にして、ジャングルポケットは小首を傾げる。

 

 シャカールやネオユニヴァースも交えて話し合っていた先ほどまでの流れを知っていればまだしも、今の言い方では真意が伝わらないのも当然であった。タキオンはカフェの言葉を引き継いで口を開く。

 

「我々だけではないねぇ!来年から本格化を迎えるだろう後輩たちの中にも、すでに特異点の素質、その片鱗を覗かせている者たちが居る!シンボリクリスエス君や、タニノギムレット君だ!」

 

「もうお前、特異点って言いてェだけじゃねェか。まぁアイツらなら、確かに来年から強くなるだろうがよ……」

 

 タキオンが偉そうに座り続けている椅子を無理矢理動かして立たせながら、シャカールは眉間に皺を寄せつつ頷く。

 

 新たな世代のウマ娘たちが活躍し、GⅠへと届き得る能力を示していること。それ自体が、1年前のレース展開の繰り返しを抑制する因子であった。当然ながら、今年まだレース場に存在しなかったウマ娘が、GⅠの舞台に参戦するというのだから。

 

 ポッケのみならずシャカールにも急かされ、渋々といった調子でパーティの準備を手伝い始めたタキオンであったが、ほどなくして会議室に遅れて登場したタップダンスシチーの姿を前に歓声を上げた。

 

「やぁやぁ、阪神レース場からのお帰りだねぇ!待っていたよタップダンスシチーくん!江坂特別での激走、実に痛快だったねぇ!おおかた観客たちは、キミの走りが無ければスマホで有馬記念の様相ばかりをチェックしていたのではあるまいか!」

 

「Just the way it is、そりゃ有馬が最高のレースなんだからな!だが、いつも逃げ先行の私が追い込みに掛かったとき、どいつもこいつも私の走りに釘付けになった!気持ちよくレースさせてもらったぜ、二着だったけどな!!」

 

「聞いたかいユニヴァースくん!これこそ特異点の走りだ!いかに可能性世界から乖離しようとも、見る者たちの意識を捉えて離さぬ走りは、確かにあるのだねぇ!」

 

「アファーマティブ。“EXDFF”でも、『目を離せない』は起きるよ。」

 

 ネオユニヴァースは心なしか頬を緩めて返答しつつ、ちょうど開いた扉の向こう、廊下から歩いてくるゼンノロブロイに小さく手を振っている。

 

 こちらはキングヘイローの引率でパーティグッズを買い込んできた一団であり、アグネスデジタルやダンツフレームといった賑やかな面々も一緒であった。キングヘイローは室内を見回し、誰にともなく尋ねる。

 

「あら?他のトレーナーさん方はどこかしら。私たちよりも先にトレセン学園へと戻ったはずなのだけれど。」

 

「姿を見ていないねぇ。しかし彼らも真面目だから、ウマ娘たちと同等の重量の買い物を運搬しようとしているのではあるまいかねぇ。」

 

「……失念していたわ。人間の力では、重い荷物を抱えて私たちと同じ速度では行けないわね。ちょ、ちょっと商店街まで引き返してくるわ、きっとどこかでへばっているから!」

 

「ひょぉお、私も行きます、キングさん!」

 

 パーティ用の買い出しに置いて行かれただろうトレーナー達を迎えるため、慌てて会議室を出て行ったキングヘイローとアグネスデジタル。

 

 世代の顔となり得る優駿が揃って小間使いのように走っていく様を見て、タップダンスシチーはいつになく遠慮の色を顔に出した。

 

「Is it okay for me?パーティとなりゃあ存分に楽しませてもらうが、かなりのメンツが集まってんだな。GⅠに届いてもない私がここにお呼ばれしちまっていいのか?」

 

「問題ないとも、さっきも言っただろう。江坂特別での走りはまさに特異点の走りだったと!来年の今ごろは、タップくんも有馬で走っていたっておかしくないねぇ!」

 

 シャカールやカフェの呆れ顔を背にしながらも、調子のよいことばかりをスラスラと喋るタキオン。

 

 言ってしまってから、タキオン自身、何の根拠もないことを自分が確信している不思議に気づいた。まるでこの世界からの約束を受け取ったがために、今の発言を迷わなかったようでもあった。

 

 それこそが、ウマ娘たちが無意識下で感じている、自分たちが辿るべき運命、あるいは塗り替えるべき運命であるのかもしれなかった。

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