探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

177 / 278
1月になり、そろそろ今年のクラシック級で活躍しそうなウマ娘がレースの舞台に姿を見せ始める時期。今になって担当トレーナーが決まるのは相当に遅いタイミングではあったが、それでも各々の事情のために1月になって初めて担当が決まる面々もいた。タニノギムレットはその奇抜な言動のためなかなか相手できるトレーナーが見つからず、またシンボリクリスエスはURA全体からの期待を背負うという重責のため、これまた担当に名乗り出るトレーナーも限られていた。そして1月5日、彼女とはまた別に注目を集めるウマ娘が、レースに出走する日でもあった。


次なる世代は、既に壇上へ

 年が明け、1月を迎えたトレセン学園に、新年早々ビッグニュースが響き渡った。

 

 一般には知られることのない、どちらかと言えばトレーナー間でのみ関心を持たれるような内容であったが……URA界のレジェンド、結城トレーナーが新たに担当ウマ娘を決めたともなれば、ウマ娘たちの間でも噂が広まるのは早い。

 

 大先輩トレーナーのもとにずかずか踏み込んで質問できるはずもない鷹木は、心底から詳細が気になりつつも情報を得られぬまま暫く過ごしていたが、案の定タキオンが話を持ち込んでくるのも早かった。

 

「タニノギムレットくんだねぇ!結城トレーナーが担当する新たなウマ娘は!あのチームも大所帯になったものだねぇ!」

 

「ギムレットか……そりゃあ、あれだけの能力を見せつけてデビューしたのなら、相応のベテラントレーナーでなければつりあわないよな……。」

 

 元旦の混雑は避け、1月5日の人群れが多少疎らになった、学園裏の神社。一緒に今年度の勝利祈願を兼ねた参詣を済ませた後、唐突にタキオンはその話題を持ち出した。

 

 鷹木が想起したのは先月、有馬記念目前の12月22日に行われた未勝利バ戦でのことである。

 

 3番人気で出走したタニノギムレットは、理想的な先行策で進めたうえ最終直線で異様な伸びの末脚を披露し、二着に対し7バ身差という圧倒的な勝利を以てデビューを飾った。今年本格化を迎える世代のウマ娘たちの中でも、最も走りに期待がかかっているウマ娘である。

 

 そんなタニノギムレットと、変わり者同士の付き合いとして最も親しくしていたのがアグネスタキオンであり……鷹木は、あわよくば、ウマ娘間の親交を踏まえて自分の担当としてギムレットがあてがわれないか……と淡い期待を抱いていたのだが、現実はそう甘くなかった。

 

 鷹木の語調や顔色を読み取るのに、さほど苦労するタキオンでもない。

 

「この私も、ギムレットくんと共にトレーニング出来る日々がどれほど楽しいだろうか、と考えなかったわけではないがねぇ。だがトレーナーくんの実績では、まだまだ将来有望なウマ娘を任せるには至らないと学園は判断したわけだねぇ。このアグネスタキオンという天才ウマ娘に巡り合えた時点で運を使い果たしたと考えるべきだねぇ。感謝してもらいたいねぇ。」

 

「恩着せがましいな……否定できないが……。」

 

 表情をしかめつつも、タキオンに対して何も言い返せない鷹木。2年前、タキオンの担当が決まった時も、その能力によってではなく、実験と称した問題行為を引き起こすウマ娘の面倒を見るトレーナーとして、鷹木に白羽の矢が立っていた。

 

 複数のウマ娘を同時に担当する、いわばチームトレーナーとなるだけの実績は、そう易々と得られるものではない。

 

 単に指導能力を評価されるだけではない。チームトレーナーの場合、自分が担当しているウマ娘が2名以上、同じレースに出走することもあり得る。その際、ウマ娘同士が示し合わせて互いの順位を調整するようなことは決してあってはならない。純粋な競走ではなくなってしまうためだ。

 

 むろん特殊ルールでの競技、チーム戦で行われるレースならば、事前にチームメイト間で打ち合わせし、他チームの妨害に徹するメンバーを入れることも一つの作戦ではある。

 

 だが、通常のウマ娘レースは、個々のウマ娘が勝利を目指す競技である。

 

 ファンたち、観客たちは、出走した推しウマ娘の勝利を信じて、全身全霊で声援を送るのだ。それゆえに、複数の出走ウマ娘を同時に担当するトレーナーには、ウマ娘ごとに別個の練習場を用意するだけの立場と、それぞれの作戦内容を漏らさないだけの信頼度が求められた。

 

「結城トレーナーなら……あの人が見るなら、誰も文句は言わないだろうな。担当したウマ娘には、確実にGⅠを獲らせる人だ。」

 

「それにしたって、結城トレーナーのところはアドマイヤベガ先輩にエアシャカール先輩、カフェ、ダンツくん、そこにタニノギムレットくんが加わって、なかなかに豪華なメンバーだねぇ!羨ましい環境でもある、同じレースに出走しないのならば、一線級の相手と併走練習も出来るのだからねぇ。」

 

「タキオン、お前は他所のウマ娘でも勝手に押しかけるか連れ込むかして、無理やりにでも併走するだろ。俺が申し込まなくても。」

 

「トレーナーくんが引っ込み思案なせいだねぇ。だが今年度からは、この私の戦績を見込んで、他所から併走を申し込まれることの方が増えるかもしれないねぇ。シンボリクリスエスくんも、桂崎トレーナーの下で指導を受け始めるらしいし。」

 

「……へっ?」

 

 そちらに関しては完全に初耳の鷹木。むろん、トレセン学園内の噂としても全く流れていない情報である。

 

 確かに桂崎トレーナーは自分よりも先輩とはいえ、結城トレーナーほどの注目を集める存在ではない。しかし、どちらかというとシンボリクリスエスの動向が話題になっていないことの方が驚きであった。

 

 URAのレースを世界レベルにまで引き上げるという使命を得て、アメリカからの留学という形で、昨年トレセン学園へと入ってきたウマ娘。URA肝いりでの新入ウマ娘となれば当然、結城トレーナーが担当することになると思われていたのだが、当の結城トレーナーは担当を辞退していた。

 

 まだクリスエスは身体能力が成長途中であり、自分の指導下に入るよりも集団指導で基礎能力を鍛え、仲間との学園生活を過ごす時期を大切にしつつ晩成を目指す方が良い……と結城トレーナーは判断したのであった。

 

「そんなクリスエスくんは昨年の10月にデビュー戦を初勝利で飾ったが、確かに心肺機能が走りに追いついていない様子だったねぇ。しかし間違いなくGⅠには届き得る逸材、相応に実績あるトレーナーを専属につけるべきだ、と考えたトレセン学園が推したのは桂崎トレーナーだった、というわけだねぇ。」

 

「桂崎トレーナーなら、着実にクリスエスを勝利まで導けるのは間違いない……あの人のところも、実力者揃いのチームが集まることになるか。」

 

 元々、桂崎トレーナーが担当していたのはナリタトップロードのみであったが、そこにアグネスデジタルが加わり、そしてサブトレーナーであるキングヘイローの補佐を得てジャングルポケットも同チームに属している。

 

 今年からシンボリクリスエスが加わるとなれば、こちらも結城トレーナーのチームに負けず劣らず個性豊かで、なおかつ根が真面目な面々の集団となっていくだろう。

 

 そんなことを考えつつも、鷹木は先輩トレーナーたちと自分との格の差を思わずにいられなかった。

 

「担当したウマ娘が2名、皐月賞を獲るところまで来れば、俺もそろそろ、チームトレーナーに手が届くんじゃないかと考えてたんだけどな。」

 

「ひとえに私が、そしてオペラオー先輩が、飛び抜けた実力を有していたおかげじゃあないか、思い上がるのもほどほどにしたまえ。キミと同期の片桐トレーナーとて、今も頑張ってタップダンスシチーくんの指導一筋に打ち込んでいるのだからねぇ。私への指導に注力し、もう一度といわず二度三度とGⅠを勝たせるだけの気概を示してもらいたいものだねぇ。」

 

「変な思い付きや実験で、こちらの用意したトレーニングスケジュールを勝手に変更されなければ、な。」

 

 神社の石段を数歩先んじて降りながら、背後のタキオンに鷹木は言い返している。

 

 常に手すりを掴みながら足を進め、もう片方の腕を空けているのは、どんなタイミングで転倒が起きてもタキオンの身を危険から守るためだ。むろん、自分自身が転倒してタキオンを巻き込まぬように、彼女より高い位置には絶対に行かない。階段はもちろん、ほんの僅かの段差を見つけただけでも、万が一を想定する癖が鷹木には染みついていた。

 

 気づいているのか否か、タキオンはそんな鷹木の振る舞いをいちいち指摘することもなく、多少神経質とはいえウマ娘の身の安全を優先するトレーナーの思惑を受け入れていた。

 

「にしてもタキオン、どっからそんな情報を仕入れてくるんだ。タニノギムレットについては結城トレーナー絡みだから話題になるのも分かるが、桂崎トレーナーの決定はそこまで大きな噂になっていないだろうに。」

 

「当然、クリスエスくん自身に聞いたから知ったねぇ。」

 

「……公になっていない事項を、あんまり律儀に答えなくていい、と後輩ウマ娘には教えておくべきだな。」

 

 寡黙ながら真面目そのもの、そしてトレーナーや先輩ウマ娘への敬意もひときわ強そうなシンボリクリスエスの眼差しを思い浮かべながら、鷹木は溜息をついた。

 

 むろん、タキオンは自前の情報仕入れルートをむざむざ消すつもりなど無いだろう。少し遠回りしてトレセン学園へと帰る、土手上の砂道は冬の晴れ上がった空の下に白んでいる。

 

 タキオンは少々足を速めて鷹木の前へと出つつ、返答した。

 

「他のトレーナーとの交流にも疎そうなキミだからこそ、私は仕入れた情報を伝えてあげているんだがねぇ。私の探求につき合う人物である以上、情報共有は必須だねぇ。」

 

「共有じゃなくて共犯になってしまわないことを願うばかりだ。」

 

「警戒のし過ぎだねぇ……あぁ、そうだ!ノンビリと散歩している場合ではないねぇ!まさに今日、注目すべき後輩ウマ娘のデビューがあるはずだったねぇ!今何時だい!トレーナーくん!」

 

「11時半だが……。」

 

 昼の眩しい陽射しを遮りながらスマホ画面を確認した鷹木が答えるやいなや、先ほどから若干早足気味になっていたタキオンは、ますます早歩きとなってトレセン学園へ戻り始めた。

 

 ウマ娘の早歩きは、人間がしっかり走らなければ追いつけない速度である。冷え切った空気の中でありながら、鷹木は白い息を吐き、額の汗をぬぐい、タキオンに遅れること数分でトレセン学園の門まで帰ってきた。

 

「ネットワークに接続できる、最も近い場所はどこだい?一刻も早くレース中継を見たいのだが!」

 

「ハァ、ハッ、ハァ……えっと……トレーナー寮も練習場も遠いから……校舎内だな。」

 

 1分と経たず、気の逸る様子のタキオンと、完全に息を切らして肩を上下させている鷹木は、いつもの実験室……すなわち、タキオンが勝手に占拠している理科準備室に到着していた。

 

 ノートPCでの中継観戦セッティングを終えた鷹木は、ようやく真冬だというのに額から垂れてくる汗をぬぐう暇を得ていた。その傍らで鷹木の様子になどお構いなく、タキオンは楽しげに画面を覗き込んでいる。

 

「京都レース場、第5レース、芝1800mの新バ戦。間違いないねぇ、注目していた子がまさにゲートへ向かっていくねぇ。しかも2番人気だ。」

 

「ヒィ、ハァ、ゼェ……だ、誰、に、注目して……?」

 

「ノーリーズン、という子だねぇ!」

 

 もちろん鷹木は聞いたことが無かったが、タキオンはギムレットやクリスエスとの交流の中でその名を知ったのだろう。

 

 前評判を全く知らない状態で、そして汗をぬぐいつつ鷹木はノーリーズンの走りを目の当たりにすることとなったが……スタートして暫くの走りを見るだけで、その才能のほどは伝わってきた。

 

〈全ウマ娘、ゲートイン完了。スタートしました!まずます揃ったスタート、果敢に先手を取ったのは3枠サマーナイトシティ、続く2番手は外から上がってきましたサイドバイサイド。ウチからダイタクカレラが前へと迫ります、すぐ外並んでエーティーダイオー、少し空いてここに2番人気ノーリーズンが着いています。まもなく向こう正面の坂を上るというところ、900mもの直線を各バ一気に駆け上がっていきます。〉

 

 京都の外回り芝1800mのコースは、向こう正面のポケットからスタートし、本来の直線よりも更に長い900m以上を駆け抜けなければ最初のコーナーに辿り着かない。

 

 それだけに、コーナーへ入るまでに走りやすい位置を探るだけの十分な余裕はあるのだが、ノーリーズンというウマ娘は早々に前から5番手あたりの位置で落ち着いたようであった。

 

「新バ戦にしては、落ち着き払ったペースだな。あれだけ長い直線を前にしたら、出来るだけ良い位置でコーナーに入ろうとして位置取り争いに参加するもんだが。」

 

「ギムレットくんが言っていた通りだねぇ、激情を秘めながらも策士、攻め時を誤らぬ、とねぇ。」

 

 その位置取りは周囲の流れに任せたようでありながらも、確かに巧みであった。ノーリーズンの位置よりも僅かに後ろとなれば、団子状態になった中団の群れが密集隊形となり、身動きのとりづらい状態だったのである。

 

〈残り1000mを通過して各ウマ娘3コーナーへと入っていきます。まもなく下りでありますが、先頭は変わらずサマーナイトシティ、続くサイドバイサイド、リードは徐々に詰まり始めたか。中団後方から1番人気アグネスプラネットが上がりはじめた、ヨミビトシラズ、ウィルビーゼア、トリリウム、この辺り殆ど並んで横に広がっています。残り600を切りまして中団先頭のノーリーズンもじわっと前へ進出し現在3番手、間もなく正面スタンド前直線へと向きます!〉

 

 16名もの出走数、完全に詰まった隊形となった中団では、最終直線に向けて前へ出ようとする面々が、遠心力に振られることもあり外へ外へと押し出されていく。

 

 当然ながら、カーブは大回りするほど余計な距離を走る羽目になる。そんな面々をすぐ背後に、ノーリーズンは的確に自分の位置を制御し、何にも邪魔されることなく前へと出て行った。

 

「基礎的な実力はもちろんだが、これだけ冷静にレースを運べるのか、デビュー戦で……。」

 

「素晴らしい才能の持ち主だと思わないかい?ギムレット君や、クリスエス君に並び、この子もまた特異点の片鱗がある!」

 

 もはや少しでも他のウマ娘の能力が目に付いたら特異点認定するのが癖の様になっているタキオンであったが、鷹木はあえて否定しなかった。

 

 中継画面の中、先頭に迫りながら最終直線へと上がっていく鹿毛のウマ娘は、確かに他の競走相手とはまるで違った空気を纏っていたのである。

 

〈残り400を切りまして直線へ向かいます!先頭はサイドバイサイド、だが外からノーリーズン!後方からアグネスプラネット上がってくる、更に大外、エーティーダイオーも前を目指すが、先頭はノーリーズン!残り200を切った、先頭はノーリーズンだ、さらに突き放して2番手との差は1バ身、いや2バ身!これは余裕の勝利だ、ノーリーズン先頭でゴールイン!勝ちましたノーリーズン、初のレースにて無傷の勝利を挙げました!〉

 

 減速していく中で、カメラにてアップで映されたノーリーズンの顔立ちには、際立った聡明さが露わとなっていた。

 

 直後、自分の顔が撮影されていることに気づいたのか、急に相好を崩して満面の笑みを浮かべ、勝鬨の如く観客席に向かって叫びをあげていたが。

 

「実に知性を感じるレースだねぇ!私の後輩に相応しいねぇ!トレーナーくん、ノーリーズンくんを担当出来ないか、学園に掛けあってみたまえよ!」

 

「俺の立場をなんだと思ってる、あれだけ才能があればもっと経験のあるトレーナーにあてられるだろ……。」

 

 タキオンがほとんど冗談のつもりで言っていることは明白であったが、あのようなウマ娘の指導を担当出来れば、という思いが鷹木の中に無かったわけではない。

 

 案の定、のちほどノーリーズンの担当は別のトレーナーに決まるのだが……鷹木が新たなウマ娘の指導を任される可能性については、後日意外な展開があった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。