中距離を中心に、マイルや逆に長距離のレースまで、器用にこなすアグネスタキオン。その一方でヒシミラクルは、中距離以上のレースに活躍の場が絞られることが、ほぼ明らかであるようだった。
昨日の併走ではアグネスタキオンに引き離されつつも懸命に走り、その上でミラ子は息切れした様子を全く見せていない。
とはいえ、鷹木は判断の確定を急ぎはしなかった。いかにこれまで彼女が出走したレースのデータが集まっているといえども、ずいぶん遅いタイミングで担当トレーナーが決まったヒシミラクルの直接指導を開始したのはつい昨日のことなのだ。
それに、専属の担当トレーナーが居ないウマ娘たちを指導する、集団指導を担うトレーナーたちとて経験が浅いわけではない。昨年夏のデビュー以降、1200mから2000mまで、多様な距離の未勝利バ戦にミラ子を出走させていたのも、試行錯誤の結果なのだろう。
「一番あり得るのは……本気で走っていなかったから、適性を正確に見極められなかった、といった状況だろうな。」
ヒシミラクルは、不真面目なウマ娘というわけではない。いや、レースに全力で挑んでいないという点では不真面目と言わざるを得ないが、彼女なりに考えた生き方は、割と現実的なものである。
トレセン学園に入って一年目内に勝利できず、担当トレーナーも決まっていないウマ娘は、新年を迎えた頃に将来の進路について決断を下す必要に迫られる。進学や就職の道を選ぶのであれば、出来るだけ早い時期からその準備を進めていった方が有利であるためだ。
最初から進学するつもりでトレセン学園での日々を過ごしていたヒシミラクルにとっては、レースに出走した実績こそが有用なのであって、勝たず目立たず、平凡なトレセン学園生として在籍期間を全うすることが最大の目的であったのだろう。
ウマ娘レースの盛隆を是とするトレセン学園が埋もれている才能を見逃すはずもなく、鷹木という担当トレーナー、ついでにアグネスタキオンという先輩ウマ娘を得るに至ってしまったのは、ミラ子にとって大きな誤算だったろう。
「まだ、ヒシミラクル自身は本気になっていない。それだけは確実だ、いかにして走る気にさせるか……。」
「あのー、トレーナーさーん。ま、まだ、これ続けなきゃダメですかー?」
「予定している時間の半分も行ってないぞ。負荷は軽めにしてあるんだ、黙々と漕げ。」
今日こそは時間通りにトレーニング室へと来させ、各種運動用の機器を用いて現時点での身体能力を測定することが出来ていた。
が、現に今、スピードトレーニング用のバイクを漕いでいるミラ子は、全くと言っていいほど体力を消耗した様子が無かった。それが彼女の有する持久力のおかげか、はたまた実際に力を抜いてトレーニングしているためか、付き合いの短い者からは区別がつきづらいのも厄介であった。
それに、来月の京都記念へ出走することを決めたアグネスタキオンのトレーニングにも本腰を入れなければならない時期である。ヒシミラクルばかりを見ているわけにもいかず、鷹木は早くも複数ウマ娘を担当する難しさに直面していた。
当のタキオンは、自分以外のウマ娘に関心を向ける性質が相変わらずらしく、ちょくちょくミラ子のもとに来てはトレーニングバイクのモニターに表示された数値を覗き込んで頷いている。
「ほう!ほう!素晴らしい心肺機能だねぇ!トレーナーくんも確認しているかねぇ、十分以上漕ぎ続けてほぼ心拍数が変化していないじゃないか!」
「そこまで本格的な負荷設定にしていないんだ、今のところ軽くジョギングした程度だぞ。」
そのことは、モニターを覗き込んだタキオンも気づいていただろうが、あえて触れていないらしかった。
理由は違えど、タキオンもまたトレセン入学1年目は授業も練習もサボりがちなウマ娘だった。彼女自身の経験を踏まえてか、あるいはミラ子に“特異点の素質”とやらを見出しているための本心ゆえか……ちょっとしたことで褒めちぎるのがタキオンなりの後輩への接し方となっていた。
これまでトレセン学生の一員として目立たぬよう過ごしてきたミラ子には、はにかみつつも話半分で聞くような内容として受け取られているようである。
「ヒシミラクルくん、やはりキミの持久力は図抜けたものがあるねぇ!5000m以上の距離で競えば、私も勝てないのではあるまいか!」
「いやいや、そんな超長距離のレース、ないですって……」
「あるといえばあるねぇ、平地のグレード制競走ならばイギリス、アスコットゴールドカップの約4014mが最長だが、クロスカントリーレースならば7000mを超えるし、大自然を駆けるエンデュランス競技ともなれば数百kmから1000㎞にも達する長さにもなるねぇ!」
「えぇー……そんなのホントにあるんですか、トレーナーさん?」
タキオン特有のマニアックな知識に目を丸くして、鷹木へと尋ねてくるヒシミラクル。
自分とミラ子のふたりきりでトレーニングをしていても、このようなやり取りは生まれなかっただろう。隙あらば楽にトレーニングを終えようとするヒシミラクルに、自分が定期的に注意を与えるばかりの退屈な時間が続いていただろう。
そうなれば練習へのやる気も長続きしない……自分がタキオンを担当している最中であることを見越したうえで、ミラ子の指導をもトレセン学園は担わせたのではないかと、鷹木は考えつつあった。
話を戻すと、鷹木もトレーナーの一員として様々な特殊条件でのウマ娘レースについて学んだことはある。
「あぁ、大昔、郵便物や公文書の速達にウマ娘が活躍していた時期に、その能力を競ったレースが今も残っている。超長距離であれば人間の持久力が勝ることは知られているが、それでも荷物を抱えた状態ならウマ娘の力に頼ることになったからな。」
「国内ならば北海道にて、広大な土地を巡るトレッキングコースを用いた大会があるねえ。現在は最長100㎞、およそ時速20㎞という、我々ウマ娘にとってはまさにジョギング程度の速度で持久力を競う、ウマ娘界のマラソンだねぇ。」
「昔は非常に過酷な条件で知られていたが、今はコース整備も進み、医師が常駐して区間ごとに身体の検診を行い、安全を確認しながら実施するようになっている。だがヒシミラクル……キミが目指すのはそういうレースではないからな?」
鷹木は説明を語りながらも、まるでラジオ番組を聞き流しているかのようにぼんやりしていたミラ子の眼差しが、じわじわと興味を示し出していたことに気づき、内心慌てていた。
URAがレース場で開催する競技が、時速60㎞から70㎞を維持して中長距離を走り抜くものであることを思えば、持続力勝負に特化した時速20㎞の競走は確かにヒシミラクルの特性にも合っているようには思われたが。
「いやぁー、でも、なんか興味が湧いてきちゃいましたよぉ。北海道の自然の中をノンビリとジョギングしながら、ときどき休憩挟めるんでしょー?私にピッタリな気がしますねー。」
「言っておくがねぇ、エンデュランス競技ウマ娘も厳しい戦いを乗り越えているからねぇ。そもそも母体となるウマ娘スポーツ連盟は、URAほどの巨大組織ではないからねぇ。我々が在籍している中央トレセン学園のような、手厚い練習環境が用意されるわけでもないねぇ。」
「あぁ、手に職をつけて自らも仕事しつつ、練習時間を確保して競技に出場しているウマ娘が多い印象だな。」
タキオンに同調するような形ながら、鷹木は頷く。時おり、成人済みウマ娘たちが、その人間離れした身体能力を用いて活躍する様をネット上に投稿された動画で見ることもある。
殊に鷹木の場合は、新米トレーナーだった頃、レースウマ娘となる夢を諦めて去っていった教え子の面影を、そこに見いだせないかと積極的に探しに行くこともあった。
世間の目に触れる場では朗らかに振舞う彼女らも、その顔立ちには日々の生活での苦労が刻まれている。一般の視聴者には分からぬ程度であっても、普段からトレセン学園の学生ウマ娘たちと向き合っているトレーナーならば、苦労を重ねた成人ウマ娘の顔つきに気づかぬはずもない。
そのことを鑑みれば、莫大な敷地面積、教育環境の整った校舎、それらを維持管理し続けるだけの費用がURAから用意される中央トレセン学園は、よほど恵まれた環境であると言わざるを得なかった。
「少なくともトレーニング時間が終われば休憩時間を保証される、だなんてことはトレセン学園の外で期待できるものじゃない。それでも自分の生活と練習を両立できる覚悟があるのなら、その道に進むことは止めはしないが……ヒシミラクル?」
「いやいやいや、別にそうと決心したってわけでもないですので。今んところは、この学園で頑張らせてもらいますよー。」
鷹木からの説明を受けて、若干表情を曇らせつつも半笑いで返答するヒシミラクル。再び寄ってきたタキオンが、トレーニング用バイクに備えられたモニターを覗きこんで口を開いた。
「おや、心拍数が上がったねぇヒシミラクルくん。身体的な理由は考えられない、となれば精神的な理由かねぇ。なるほど、キミはよほど苦労することが嫌いなのだねぇ。」
「こんなところで分析しないでくださいよタキオン先輩、いやまぁ、そりゃ事実ですけど……。」
ヒシミラクルの性格は、昨日会った時の印象に誤りなく、裏表も無ければ野心も無い、まさに平凡を望む学生らしいそのものであることは既に明確であった。
彼女が本気で勝負の世界に向き合うようになる手立ては、未だに見えぬままであったが。
鷹木もタキオンとの2年にわたる付き合いによって、彼女に似た性格となっていたらしい。思いつく限りの仮説は、実証へと進めることで成果を求める他にないと考えていたのだ。
「よし、そろそろ休憩にしよう、ヒシミラクル。うん、全然疲れていないのは分かっているが、一旦中断だ。……おーい、聞こえてるか?休憩だぞ。」
「あ、すみません。今日の晩御飯に何が出るかなーって考えながら続けてました。」
相変わらずの調子なヒシミラクルに呆れつつも、鷹木は彼女を率いてトレーニング室の休憩スペースへと向かう。
既にタキオンは鷹木の考えを読んでいたのか、あるいはタキオン自身が見たかったためか……休憩エリアのテレビ画面を点け、レース中継を映していた。
「やぁやぁ遅いじゃないか、もうゲート入りの準備が進んでいる段階だねぇ。ふたりとも、今日のシンザン記念を見る気が無いのかと思っていたよ。」
「シンザン記念……あー、メッチャ張り切ってる子らが出るレースですね。」
ヒシミラクルの口調はいかにも遠い世界の話を語っているかのようではあったが、シンザン記念は彼女と同年代の面々が出走するレースである。
シンザンとは、この世界に生きる者ならその名を知らぬはずもない、セントライトに次ぐ史上二度目のクラシック三冠、加えて宝塚記念と天皇賞も獲った五冠ウマ娘である。神のごときウマ娘と謳われた、ウマ娘レースの歴史に輝く一つの頂点である。
その名を冠したシンザン記念は、トレセン学園1年目のウマ娘限定で競われる。1年目とはいえ、年が明けた1月での開催ゆえに、同学年内でも能力差は歴然としてきた中で行われるレースとなっている。
自分と同学年の面々が映っている画面を、自分とは完全に無関係の出来事であるかのようにヒシミラクルが眺めるのも無理はなかった。
「へぇー、タニノギムレットくん、1番人気なんですねぇ。そりゃ強いですもんねぇ、去年の初勝利、7バ身差ですもんねぇ。」
「彼女の走りには私もずっと注目し続けているからねぇ!願わくばギムレットくんの練習をすぐ近くで見たかったものだがねぇ、このトレーナーくんでは明らかな実力あるウマ娘を担当させてもらえないからねぇ!」
「ねぇー、私の担当が決まっちゃうようなトレーナーさんですもんねぇー。」
「悪かったな実力あるトレーナーじゃなくて。」
似たような口調でありながら、全くテンションの違う喋りを披露しているヒシミラクルとアグネスタキオンが並んで画面前のベンチに腰掛ける。
こういった場面でも、メンタル面の心配とはほぼ無縁なのはヒシミラクルの強みには違いなかった。自分と同期のウマ娘が、自分では遥か手の届かないレースへと出走し、1番人気を得てゲートに向かっている様を目の前にしても、ミラ子には何ら焦りの色が無かった。
レースの能力を磨くためにトレセン学園へと入ってきたウマ娘の中では、確かに“普通”ではなく“特異”な存在には違いなかった。
〈京都レース場、芝1600m、シンザン記念。いよいよ全ウマ娘、おさまりまして……スタートしました!先行争いです、まずはオースミエルスト、外からはゼンノカルナックといった形ですが、ウチからはアイアムツヨシ、スターエルドラードが並んで前へと出て行きます。3番手にキーンランドスワンですが、最ウチに並んでタニノギムレットが先頭集団を形成、中団も固まっています、まずは3コーナーに入る前に位置取りを固めようといったところ。〉
京都レース場の長い向こう正面、712mの直線では内外関係なくハイペースで先行争いが繰り広げられる。
とはいえコーナーに入る時点では前を塞がれず、また大外回りにならずに済む位置取りを取っておきたい。ぐっと詰まった隊形に囲まれつつも、タニノギムレットは最ウチのコース取りを続けていた。
「1番人気は、周囲からのマークが集中するからねぇ。うまい位置取りだと思うねぇ、最ウチならば外を塞がれようとも、スタミナは費やさずにすむわけだねぇ。」
「いやー、大変そうですねぇ1番人気で走るって。私は全然注目されないようにして、去年とかは楽に走らせてもらってましたけど。」
「……しかし、キミが昨年最後に走ったレースでは、2番人気を得ていたと思うがねぇ。」
「あ、いや、あれは一個前のレースで、どうせならと思ってはしゃいじゃったのが原因でして……」
昨年の10月21日、ヒシミラクルは6度目の未勝利バ戦を二着で終え、その後の11月4日に出走した未勝利バ戦は2番人気となっていた。そのレースで三着という結果を残したのを最後に、ミラ子はレースに出なくなっていた。
おそらく、これ以上の注目を浴びまいとし、下手に勝って自分の想定していない進路を提示されるのも御免だと考えたためだろう……と鷹木は推測していたが、どうやら図星だったらしい。
(なら、ヒシミラクルの走りは、本来の身体能力よりも、やる気の問題が大きくかかわっているってのがほぼ確実だ。)
タニノギムレットを先団に加えて3コーナーへ差し掛かっていくシンザン記念の模様を中継画面に見つめつつ、鷹木は今後のヒシミラクルへの働きかけかたについても考えていた。
〈各バ、これから外回りコース第3コーナーへと入っていきます。残り800を通過、先頭はアイアムツヨシが現在3バ身のリードを取って逃げております、2番手にはスターエルドラード、3番手にはウチを突いてタニノギムレット、外からはキーンランドスワンが足を速めて上がってくる、3番手から2番手へと迫る勢いです。残り600、3,4コーナー中間地点であります、中団オースミエルスト、並んでチアズシュタルクがじわじわと前を狙っています。〉
ハイペースで進んだ先行争いに食いついて3番手の位置を保っていたタニノギムレットであるが、ここでじわじわと後ろに下がり始めた。
1番人気のウマ娘が最終コーナーを前にして失速し始めたのを見るや、後続の集団が一気に群がって前へと上がりはじめる。ちょうど下り坂、スピードの出る区画となっていることもあり、全体の速度が急に増していく。
「ありゃりゃ、ギムレットくん集団に埋もれちゃいましたよ……最終直線で、抜け出せますかね?」
「心配は要らないねぇ、何の策も無しに走るウマ娘ではないからねぇ。それに、あの結城トレーナーが、1年目のウマ娘たちから容易く読み取られるような作戦を授けるとは思えないねぇ。」
トレセン学園の同学年ウマ娘としてよりも、単なる一観客が抱くごとき印象を述べているミラ子に対し、タキオンはギムレットの指導を行っている人物の名を挙げる。
URAの歴史と共に長らく歩んできたレジェンド的人物、結城トレーナーがタニノギムレットを担当しているのだ。
ウマ娘の判断力に多くを委ねるのが結城トレーナーのスタイルとはいえ、相応しくないトレーニングや、勝てぬ作戦を実行しようとすることについてはしっかり指摘を行う。今回のギムレットの作戦も、そうした結城トレーナーの指導に磨かれた結果かと思われた。
〈第4コーナー、カーブから直線コースへ!キーランドスワン、僅かに先頭だがもう限度か、ウチはアイアムツヨシ、スターエルドラードが一線になっています。さらに外からオースミエルスト、間を突いてスターエルドラードも上がってくるが、最ウチからはタニノギムレットとゼンノカルナックも伸びてくる、残り200!さぁ前の争いですがタニノギムレット抜け出した!タニノギムレット抜け出して先頭だ!悠然とリードを広げていく!〉
下り坂で勢いをつけ、3,4コーナーでいっきに前へと詰めてきた集団は、それ以上の速度を出せない様子であった。
経験の少ないウマ娘は、どうしても集団全体のペースが速まると自らも急いてしまい、本来は仕掛けるのが難しいコーナーで一気に末脚を解放してしまう。
じっくりと脚を溜めていたタニノギムレットが、他の追随を許さぬ加速をゴール前で披露するのは必然であった。
「わぁぁ……ありゃ強いわけですよぉ、このレースに出てる時点でウチの年代の中でもトップクラスの子たちなのに、そこから完全に抜け出てますもん。」
「いったん集団の中に沈んでから、再び抜け出す。タニノギムレットの脚でなければ実現できないし、その走りを信じていなければ実行させられない作戦だな。」
感嘆しているミラ子の傍らで、鷹木はそう言いながらもどこか違和感を覚えていた。
確かに、タニノギムレットは充分にレース場を沸かせる走りを今まさに披露している。だが……彼女の能力なら、後ろから上がってきた集団に呑まれることなく、先頭をキープしそのままゴールまで走り切ることも十分に可能だ。
まるで、自らの走りを劇的に彩り、その煌めきをウマ娘レースの歴史に刻み付けるような、意図的な作戦であるようにも思われた。タキオンも同じことに気づいていたのか、いつもの興奮気味の喋りは鳴りを潜め、じっと真顔で画面を見つめている。
こちら側の静けさとは対照的に、中継画面は沸きかえる京都レース場の大歓声が響き渡っていた。
〈先頭はタニノギムレット!タニノギムレットさらに後続を突き放す!アイアムツヨシが懸命に追う、更に外からはチアズシュタルクが追い上げてくる!だがもはやセーフティリードだタニノギムレット!タニノギムレット振り切って、今先頭でゴールイン!勝ちましたタニノギムレット!昨年12月の劇的な勝利から二勝目です!新たな世代のウマ娘、その中心に居るのは間違いなくタニノギムレットでしょう!〉
ゴールして間もなく、タニノギムレットはこぶしを突き上げ、その特徴的な眼帯の下から満面の笑顔を客席スタンドに向ける。
ますます喝采が強く湧き起こる京都レース場の様相を見つめながら、アグネスタキオンはぽつりとつぶやいた。
「結城トレーナーは……ギムレットくんに、説教をするだろうか。」
「あの人が説教を垂れるところは、ちょっと想像つかないが……だが、確かに、かなり無理をした走りにも思えるな。」
「そうですかね?ギムレットくん、ぜんぜん苦しそうに見えませんけど。」
ぽかんとした顔のミラ子であったが、アグネスタキオンと鷹木トレーナーが共通した内容を考えていることだけは受け取っていた。
タキオンとしては、我が身にも引き換えて考えられる問題であった。タニノギムレットは、まさに刹那の煌めきとなって人々の記憶に自らを刻み付けるつもりなのだ。仮に、選手生命が長続きせずとも。
ウマ娘の走りは、嘘を吐かない。同じウマ娘として、あるいはトレーナーとして、タキオンと鷹木は同じことを読み取っていた。