探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 GⅠクラスのウマ娘には相応の練習場が必要であったが、クラシック級の年に長期休養を挟んだアグネスタキオンは、今なお他のウマ娘たちと合同のグラウンドでトレーニングを続ける日々を送っていた。同じ鷹木トレーナーの下で指導を受けているヒシミラクルも同様であったが、その日は鷹木の同期である片桐トレーナーのもとへ練習に向かうこととなる。もとより抜け目のない曲者としても知られる片桐は、まだ条件戦しか勝ったことの無いタップダンスシチーを指導下に置きつつも、体よく自分たち専用の練習場を手に入れていたのだ。そして、タップダンスシチーの後輩にあたるウマ娘を、その日は新たに担当として迎え入れることとなっていた。


新たなる蹄跡の、背に近付くを愉しみ

 今や押しも押されもせぬGⅠウマ娘となったアグネスタキオン、そしてタキオン曰く将来有望なヒシミラクル。

 

 彼女らを指導する立場にありながらも、未だ自分たち専用で使える個別練習場の使用権を得られていない鷹木にとっては、練習場所を得るための努力も欠かし難い。

 

「トレーナーくんは遠慮しすぎじゃないかねぇ、ウマ娘レースの頂点に立つ我々が使いたいと宣言すれば、いかなる場所であろうと練習可能になるのではないかねぇ?」

 

「そのスタンスを貫けるほど、学園は奔放じゃないんだ。」

 

 他のウマ娘も練習に使うグラウンドでは、それなりに制約がかかる。

 

 アグネスタキオンの場合は、その身体能力のみならず、自身の知名度ゆえ、彼女が走るとなればほぼ全てのウマ娘が練習を中断させられコース外に出ることになる。当のタキオンは颯爽とかつ悠然と走り抜けていくが、鷹木は申し訳なさげに周囲へ頭を下げ続けるばかりであった。

 

 ヒシミラクルの場合は、これまた彼女特有の潤沢なスタミナのため、コースの占有率が異様に高くなった。ひとたび走る気を起こせば、かなりの長時間走り続けられるミラ子。トレーナーとしては褒めたいのも山々であったが、合同で練習に使う場となればそうもいかない。

 

 ウマ娘たちがさしたる不便を感じていなかったとしても、やはり他のトレーナーからの視線を無視できる鷹木ではなかった。

 

「だからって、草刈りの手伝いまでやらされるところに来なくたっていいじゃないですかね。」

 

「学園の敷地から離れることもない、利用料金を支払う必要もない、知り合いのよしみで草刈りの手伝いさえすれば使わせてもらえる練習場所、となれば使わない手はない。」

 

 背後で熊手を使って草集めをしつつ愚痴っているヒシミラクルに対し、鷹木は自身が使っている草刈り機の音に負けないよう声を張って答えている。

 

 トレセン学園外で練習場を得られる機会はごく稀である。人間の陸上競技場よりもはるかに広いエリアを要するウマ娘競技場など、そうそう得られるものではない。

 

 そこで、鷹木の同期である片桐トレーナーは、トレセン学園敷地内に使われていない土地があることに目聡く気づき、理事長から利用の許可を得ていた。

 

 普段は練習場間の往来に使われる通路を外れ、植え込みの隙間を抜けた先、鬱蒼と草が蔓延るに任されていたエリア。かつて芝の養生地として使われていたその土地は、トレーナー自身が整備を行うことを条件に、片桐と担当ウマ娘の専用練習場となったのである。

 

 鷹木は、片桐の行動力と抜け目なさに脱帽しつつも、しかし相当な面積になる芝地の雑草を取り続ける労力については真似できる気がしなかった。

 

「既に2月中旬だからねぇ、雑草の繁茂する規模も増してくるころだろうねぇ。ウチのトレーナーくんは、片桐トレーナーから体よく手伝いとして扱われたようなものだねぇ。」

 

「タキオン先輩もきちんと手伝ってくださいよー、刈られた草集め、わりと大変なんですよぉー。」

 

「私は次なるレースに向けて体力を温存せねばならないからねぇ。ヒシミラクルくんは、まだまだ身体を引き締めねばならないのだから、せいぜい作業に精を出してくれたまえ。」

 

 既に雑草刈りの終わったエリアへ向かい、タキオンはゆったりと歩き回っていた。京都記念を終えたばかりのタイミングゆえ、タキオンが休養時間を取るべきであることについては鷹木も否定できない。

 

 ブツブツ文句を言いながらも、ヒシミラクルが雑草を熊手でかき集める作業に専念したおかげで草刈り作業は想定より早く終わった。

 

 ミラ子とて、人間と比べれば無論、そしてトレセン学園生ではない一般ウマ娘と比べてもなお、体力面で秀でていることには違いない。広大な面積での草取りを終えてなお息切れには程遠い持久力もまた、確かにレースでの活躍が期待できる身体能力の片鱗であった。

 

 鷹木が倉庫へ草刈り機を片付けて戻ってくれば、既にウォーミングアップを終えたタキオンは練習コース上を軽いペースで一周し終えてきたところであった。

 

「ところでトレーナーくん、当の片桐トレーナーと、タップダンスシチーくんはどこへ行ったんだい?久々に彼女と併走するのも悪くない、と考えていたんだがねぇ。」

 

「あぁ、じつは片桐のところにも新たな担当ウマ娘が増えたらしいから、正式に専属契約を結んで顔合わせするのを午前中に済ませる、とのことだ。なんでも、今月の京都レース場で偶然同じ日に走った……」

 

「すなわちノーリーズンくんだねぇ!そうだ、ノーリーズンくんの出走したこぶし賞とタップくんの出走した春日特別は同日、同じ京都レース場で、かなり近い時間帯に行われているねぇ!なるほど、デビューから2戦目での走り、そして先輩ウマ娘の成果を互いに見せ合い、互いに判断を下したということだねぇ!」

 

 察しの良すぎるタキオンの推察力に掛かっては、想定外の出会いに驚かせるだけの余地もない。

 

 まもなく、正式な契約および顔合わせを終えたのだろう、片桐トレーナーがタップダンスシチーとノーリーズンを引き連れ、植え込みの隙間を潜り抜けて現れた。

 

 鷹木が律儀に約束通り、草刈りを終えてからタキオンらを練習させている様を確認して片桐は満足げに頷き、連れてきたノーリーズンに向けて口を開く。

 

「ご覧ください、こちらが私の担当となったウマ娘専用の練習場ですよ。あの方はアグネスタキオンの担当兼、この場所の整備手伝いでもある鷹木トレーナーです。」

 

「変な紹介をしないでもらえますかね、片桐トレーナー。」

 

「にゃっはっは!軍師殿にも気のおけぬ友人がおられるようじゃの!ワシはノーリーズンじゃ!よろしく頼むぞ、先輩ウマ娘方、そして鷹木トレーナーも!」

 

 困り顔の鷹木を前にして、ノーリーズンは呵々大笑とともに滑らかに自己紹介を行った。

 

 その喋り方もさることながら、まるで戦場に赴く兵のごとく面懸をつけ、担当トレーナーのことを“軍師”と呼ぶなどといった奇抜な振る舞いが目立つウマ娘。

 

 だが、今のやり取りのみから、彼女が相当に頭の回転の速いウマ娘であることは知れた。

 

 不正確な紹介のされ方だけから鷹木と片桐の関係性を見抜き、そしてここに集まっている先輩ウマ娘たちと関わることが自分の上達にも繋がると直感的に確信しているのだ。瞬間的に勢力関係を読み解き、事前の根回しを怠らない、まさに武将らしい思考回路であった。

 

 であるとすれば、この奇抜な振る舞いも生まれもってのものではなく、ウマ娘レースにて存在感を示すためのセルフプロデュースのようなものではないか……鷹木はそこまで考えた。

 

 こんなにも興味を惹く後輩相手に黙っていられる性格ではないタキオンが饒舌にまくしたてたとき、それは明白になった。

 

「ようこそノーリーズンくん、私はアグネスタキオンだ、まぁわざわざ自己紹介するまでもないだろうけれどねぇ。キミのデビュー戦、そしてこぶし賞での走りは存分に見させてもらったよ、いや素晴らしい先行策だったじゃないか!私も先行のペースで進めるのは得意としているがねぇ、ノーリーズンくんほど綺麗には進まない、キミの場合はよほど綿密に策を練ったと見えるがどうだろうか?」

 

「な……なっはっは、こう見えてワシは慎重じゃからのう!天賦の才を備えし化け物を相手どるには、策を練るほかないのよ!」

 

「おやおや天賦の才と来たか、確かにそう見えるかもしれないが私自身はそのような才能の存在については肯定的ではないねぇ。思いもかけぬ状況に対応するため無数の選択肢を用意し、局面に合わせて瞬時に思考を切り替えるのが、この天才ウマ娘たるアグネスタキオンの走りだねぇ。レース中には絶え間なく選択の瞬間が訪れる、ゆえにこそ現実世界とは異なる過程を経た『可能性世界』が存在する仮説を私は提唱していてだねぇ……。」

 

「Eyy,Tachyon!Leave it at that!あんまりわたしの後輩を困らせないでくれよ!NoReason,先輩相手だろうが律儀に聞き続けなくていいからな!」

 

 途中でタップダンスシチーが割って入らなければ、タキオンはまだまだ話し続けていただろう。まくしたてるタキオンを前に若干あおざめていたノーリーズンであったが、タップダンスシチーの大柄な背に隠れてようやく安堵したようだった。

 

 おそらく根は真面目であり、出来る限り目の前の物事を理解しようとするノーリーズンに対し、自前の理屈を述べまくるアグネスタキオンは理想から程遠い先輩であったろう。

 

 ウマ娘たちのやり取りがひと段落したのを確認し、片桐は鷹木へ話しかける。

 

「せっかく鷹木トレーナーが草刈りを済ませてくれたことですし、どうです、ここの4名で合同練習するというのは。」

 

「えぇ、構いませんが、距離は?」

 

「2000mでお願いできますか、タップもノーリーズンも、来月に中距離レースでの出走を予定していますし……そちらも同様でしょ?」

 

 片桐の視線は、鷹木の顔を通り過ぎてヒシミラクルへと向いていた。確かに、鷹木はミラ子の次の出走こそ決めていなかったものの、彼女が去年繰り返したマイルよりも長い距離に挑戦させたいと考えていた。

 

 当のヒシミラクルは、先輩らに絡まれるノーリーズンをまるで意に介せず、ノンビリと歩いて先ほどまで草集めに使っていた熊手を倉庫へ片付け、ゆったりと歩いて戻ってきたところであった。ノーリーズンは避難先を見つけたとばかりに、ヒシミラクルへ声をかける。

 

「おぉ、ミラ子!お前もおったんか!いやさすが、将来有望なウマ娘はいち早く錚々たる先輩らと共に練習しとるんじゃの!」

 

「へ?ノーリーズンちゃん、私のこと知ってたの?デビュー戦から勝ちまくってるような子の視界に、私なんて入ってないと思ってたけど……。」

 

「覚えとらんわけがなかろう!入学式の時に同学年の顔と名は全て暗記しとる!将来、この中の誰が皐月賞を獲るか、ダービーウマ娘になるか、菊の冠を戴くか……あるいは三冠バになるか、と考えれば忘れられん!」

 

「うぁー、真面目だなぁ。私なんて、いつも駄弁ってるグループ以外は、よっぽど有名な子しか名前も覚えてないのに。」

 

 ミラ子がノーリーズンの名前を覚えていたということは、その“よっぽど有名な”中に自分も入っている証なのだ……と、ノーリーズン自身は心なしか満足げであった。

 

 実際は、アグネスタキオンが早々に注目してノーリーズンのレースを観戦していたため、ミラ子も自然と名を覚えたに過ぎなかったのだが。

 

 全員がウォーミングアップを終え、スタート地点に並ぶウマ娘たち。

 

 タップダンスシチーの体格が飛び抜けているのは今さらであったが、ほぼ同身長のタキオンとノーリーズンが共に引き締まった体つきをしているのも際立ち……そして身長が彼女らよりも多少低いヒシミラクルは、そのせいばかりではないだろうが、ふくよかに見えた。

 

「言っときますけど、私ついさっきまで鷹木トレーナーが草刈り機を稼働させてる後ろで、草集めしまくってましたからね。そのぶん疲れてるんで、よろしく。」

 

「ほぉ?ワシを油断させようという策じゃな!そうはいかんぞ、先輩方も用心なされい!」

 

「私はヒシミラクルくんの走りを間近で見てきたからねぇ、彼女の性質も知り尽くしているがねぇ。しかし彼女が想定外を準備しているというのなら、それに驚かされるのも吝かではないねぇ。」

 

「Something unexpected、ミラ子のサプライズに期待させてもらっていいってことだな!Let's have fun!」

 

 自分の意図とは逆に、むしろハードルを上げる方向で盛り上がってる面々を前にミラ子は早くも伏し目がちとなっていた。

 

 片桐がカメラに接続したノートPCを立ち上げてデータ収集の準備を開始したため、スタートの合図は鷹木が担当することとなった。

 

「位置について……用意、スタート!……ヒシミラクル!最初からペースあげてけ!」

 

「えぇー、早すぎますってぇ……。」

 

 タキオン、タップ、ノーリーズン、逃げや先行のペースを得意とする面々が勢いよくスタートしていったのとは対照的に、ヒシミラクルは鷹木へ言い返す余裕があるほどゆったりと走り出していた。

 

 が、今回ばかり鷹木も声を張り上げた。以前まではミラ子の級友たちや、ジャングルポケットに取って代わられていたが、本来トレーナーが為すべきことである。

 

 競走形式で行う練習こそ、ヒシミラクルが最高速に達するまでの遅さと潤沢なスタミナを考慮した走りを実践する場である。鷹木はストップウォッチを掲げて小走りになりつつも、遠ざかっていくミラ子の背に声を掛け続けた。

 

「そこからスパート掛けるぐらいの気持ちで行け!タキオンの背にピッタリついていくつもりで!ヒシミラクルならやれる!……おーい、聞こえてるのかー……!」

 

「熱血指導になりましたねぇ、鷹木トレーナー。いつものあなたの様子とは対照的だ。」

 

「……ヒシミラクルの先輩としてタキオンが相応しいと選ばれたのならば、担当トレーナーである自分が変わらねばならない、と思っただけです。」

 

 慣れない大声を張り上げてイガイガする喉に唾を飲み込みつつ、鷹木は片桐のもとへ戻ってくる。

 

 先ほどのノーリーズンとのやり取りを見るにつけても、ますますヒシミラクルはタキオンとつき合える数少ない後輩であると実感された。先輩の話の聞き相手になりつつ、適当に聞き流せる図太さを備えているのだから。

 

 鷹木から発破をかけられたのが少しは効いたのか、ヒシミラクルと前方との間合いは多少詰まったようであった。先頭を駆けるタップダンスシチーとは、かなりの差であったが。

 

 目を細めて彼女らの足取りを見つめながら、片桐は再び口を開いた。

 

「ウチのノーリーズンには、タキオンさんの走りから学ぶところも多いでしょうから、皐月賞ウマ娘と並んで走れる稀有な機会をぜひ活かしたいものです。」

 

「さきほどタキオン自身も言っていましたが、ノーリーズンは事前に立てた作戦を忠実に実行する能力が高いようにも見えますね。」

 

「えぇ、だからこそ……作戦通りにいかない時の脆さを克服させたいものです……あるいは、それを実感するところから始めなければならないかもしれませんが。」

 

 早くも向こう正面の直線、タップダンスシチーのペースをじっくり観察するようにアグネスタキオンは2番手で進んでいる。

 

 ノーリーズンは、そんなタキオンの走りから極力吸収できるものが無いかと考えているのか、すぐ隣に並んで足を進めていた。そして数バ身離れて最後方から追っているのがヒシミラクルである。

 

 タップダンスシチーの正確なペースは、既に日経新春杯や春日特別でも示された通り、ほぼ完璧に磨き抜かれていた。直線を抜けてコーナーを回り始めても、一定区間を通過するごとのタイムにコンマ秒の誤差も無い。

 

 レースが動いたのは、最終コーナーの出口である。

 

 タキオンは予兆なしに急加速し、真隣りに居たノーリーズンを背後に置いて先頭のタップダンスシチーに並びかける。予備動作がほぼ皆無な仕掛けにノーリーズンは面食らった様子であったが、ほどなくしてタキオンに続いた。

 

「タキオンが仕掛けましたが……ノーリーズン、ついてきますね。さすがはデビュー以来2連勝しているウマ娘だ。」

 

「でもまだ、タキオンさんの本気は出していないでしょう?タップのペースにピッタリついてきたということは、先行としては結構なハイペースでここまで来たことになるはずです。」

 

 タップダンスシチーは、最終直線にかかったからと言ってさらに加速することもない。ゴールを通過する時、スタミナの無駄もなく走り抜くだけの計算で進んでいる。

 

 そんな先頭を追い続けた上で、さらに仕掛けどころで加速するとなれば相応にスタミナの限界も一気に近付くことは言うまでもない。タキオンも、最終直線はタップを僅かにリードするあたりで留めていた。

 

 そして、ノーリーズンは流石に息が上がってきたのだろう。先頭を並んで駆ける先輩ウマ娘たちからじりじりと間合いを広げられていく。

 

「……っと。鷹木トレーナー、後ろからヒシミラクルが上がってくるじゃないですか。なるほど、あれが強みか。」

 

「序盤、もっともっと足を速めていなければ、ゴール時点ではかなりスタミナを残してしまう状態ですけれどね。エンジンがかかるまでの遅さ、どうにか自覚してもらいたいところですが……。」

 

 片桐も目を見開き、鷹木と並んで視線を注ぐ先で、ヒシミラクルはみるみる速度を上げていく。

 

 必死でノーリーズンが脚を動かし、失速を最低限に保とうと懸命に駆けているのとは対照的に、ヒシミラクルはまだまだ余裕ある様子でこれから自らの出し得る最高速へ近づこうとするところであった。

 

 そのまま加速を続ければ、ノーリーズンとの間合いも詰められ、さらには先輩ウマ娘たちの背をも捉えるところまで行けるかもしれない。

 

 ……そうなる前に、ゴールラインを越える方が先であったが。

 

 ほぼ並んでタキオンとタップが先頭でゴールし、1秒未満の差でノーリーズンが続く。数秒遅れて、ようやく本領発揮の寸前にまで来ていたヒシミラクルが通過した。

 

 ゴールの直後は汗を垂らし、肩で息をしているノーリーズン。タップもタキオンも、お互い本気にかなり近い走りの直後だったため、呼吸を整えている。そんな面々の背後、スタスタと戻ってきたミラ子は平気な表情のままペラペラと喋りはじめた。

 

「いやぁー、流石に私が届く相手じゃないですよねぇ、先輩がたも、ノーリーズンちゃんも。」

 

「ヒシミラクル、それだけ走り終えた直後で喋れるのなら、まだまだ力を出し切っていないってことだ。正直に言って、本気の半分も出していないだろ。」

 

「そ、そんなことないですって、本気の八割は出しましたって。」

 

「本気を出してないことには違いないんだな。」

 

 迂闊な喋りを披露してしまったミラ子は、気まずそうに照れて頭をかき、しかしさほど堪えた様子も無くスポーツドリンクのボトルを口につけている。

 

 まるでメンタルに揺らぐところが無いのは大きな強みではあった。が、彼女を指導する上での難しさでもあった。

 

 ノーリーズンの方は、まだ届かぬとはいえGⅠウマ娘の走りを目の当たりにして学んだところは大きかったのか、汗をぬぐい終えた後の表情は満足げであった。

 

「なっはっはぁ!ワシもまだまだ、天下には遠いのぉ!じゃが、道は見えたぞ!」

 

「おやおや、私の走りはそう易々と分析され得るものではないはずだがねぇ。しかし良いだろう、私の背を追いかけるキミの蹄音は確かに遠すぎはしなかったからねぇ!だがまずは、私の蹄跡、皐月賞を獲るところから始めてもらわなければ。先輩である私の前に、ノーリーズン君には強力な同期のライバルもいるのだからねぇ?」

 

 タキオンはノーリーズンに相対し、またもや冗長な物言いで返している。それはタキオンなりに後輩ウマ娘と親しく交流しようとする思いの表れなのだろう。

 

 そして彼女が言う通り、ノーリーズンの同期、その中でも殊に飛び抜けた才能を示すウマ娘が、その2月23日の阪神レース場にて出走する時刻が徐々に迫ってきていた。

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