探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 新年度のウマ娘たちが入学してくる直前の時期においても、ウマ娘レースは開催される。3月中旬の阪神大賞典に出走するアドマイヤベガとナリタトップロードを見送り、トレセン学園にて練習を続けるエアシャカールと共にキングヘイローと鷹木は中継を観戦することとなった。やはり気がかりなのはアドマイヤベガの身に起きているだろう異変、彼女が本来得意とする作戦を意図的に避け続けていることは、もはや明らかだった。


友の内に何が棲むか、知りもせず

 新年度に入学してくるウマ娘たちに、期待と同等の不安を感じさせられる日々の中も、現役世代の鍛錬とレースは続く。

 

 3月17日、ガランとした個別練習場の中で走っているのはエアシャカールである。徐々に寒さの緩む空気を通して差し込んでくる陽射しが、高窓から光条を引いている。

 

 鷹木はキングヘイローと居並んで、今まさに向こう正面にて僅かに加速しつつあるシャカールに視線を注いでいた。

 

「本番における位置取り調整を想定したうえでの負荷か。競争相手との駆け引きで消費するスタミナ、独りで練習する際も常に計算に入れているんだな。」

 

「新入ウマ娘たちの走りを見たばかりだからかもしれませんけれど、エアシャカールさんの走りの精密さが際立って感じられますわね……各ハロンごとのタイム、0.1秒単位で僅かにズレがあるか否かといったところですわ。」

 

 "ロジカル"が口癖のように挟まるウマ娘であるだけに、エアシャカールは自らの脚の強みを最大限に引き出すペース配分を、ごく正確に磨き上げていた。

 

 アドマイヤベガの走りをなぞるような最後方からの追い込みから切り替え、最終直線へ入る前に先頭を差し切る位置にまで上がっておく作戦をものにしてからは、低迷していた時期が嘘であるかのようにGⅠレースで好走を示していた。

 

「とはいえ、アグネスデジタルの存在は意識せざるを得ないだろうな。」

 

「えぇ、前回の有馬記念前にはデジタルさんと併走練習してらしたそうですけれど、今はデジタルさん、またも海外に行っておられますからね……。」

 

 桂崎トレーナーともども、現在トレセン学園に姿のないアグネスデジタル。彼女が向かっているのは、ドバイであった。

 

 ドバイワールドカップ、世界の優駿たちが集う大舞台である。昨年の香港カップが芝コースであったのに対し、ドバイワールドカップはダートコース、芝とダートの両立を果たしたアグネスデジタルでなければ選べない出走スケジュールでもあった。

 

 またしても海外GⅠレースへの出走へと向かうアグネスデジタルを傍目に、彼女と同期のエアシャカールは国内GⅡレースへの準備を進めている最中である。コーナーを回ってくるシャカールの鋭い眼光を見つめながら、鷹木は言う。

 

「同期がどんどん先へ行くのを見ながら、何も感じずにいる、ってのも難しいはずだ。その中でも、走りに乱れを作らないのは流石といったところだな。」

 

「シャカールさんとて、ベテランのウマ娘ですもの。焦りではなく、闘志へくべる薪が増えたものと見て間違いはないでしょう。」

 

 キングヘイローがそう喋ったのとほぼ同じタイミングで、エアシャカールは練習場コースのゴールを駆け抜ける。コンマ1秒の狂いも無い正確な走りではあったが、さらに小数点以下の誤差範囲で、ごく僅かにシャカールは練習タイムを縮めていた。

 

 この走りをもって休憩を取るためでもあったが、キングが言ったところの闘志がシャカールの脚を僅かながらに急かしたのかもしれなかった。

 

 クールダウンのためにコースを一周流しながらシャカールが回ってくるまでに、キングヘイローと鷹木は今の走りのデータをシャカールのためにまとめつつ、大型ディスプレイ前に椅子を並べておいた。

 

「お疲れ様ですわ、エアシャカールさん。先ほどの走りのタイム記録および映像をメモリーに保存してありますから、いつでも確認なさって。」

 

「あぁ、助かる。……キングヘイロートレーナー、ンなことまで出来るようになったんだな。」

 

「これぐらい、私にも出来ますわよ。まぁ、少しは、鷹木トレーナーに教えていただいたりはしましたが、トレーナーとして本格的に指導に入る時のため、こういった機器類の扱いにも習熟しておくのは基本ですわ。」

 

 そう言いながらリモコンのボタンを押し間違えたのか、個別練習場に備え付けてある大型ディスプレイにはキングヘイローの操作によって全面真っ青の画面が映し出された。

 

 今日行われるのは阪神大賞典、間もなく訪れる発走時刻に合わせ、エアシャカールの練習は休憩時間に入る。キングヘイローと鷹木は、共に中継を観戦する目的でもこの練習場に居るのだ。

 

「え?鷹木トレーナー、これってどうなってるんですの?」

 

「いや、分からない、俺も初めて見た。おかしいな、レース中継チャンネルには合ってるはずなんだが。」

 

 鷹木も機器類の扱いを彼女にちょくちょく教えるとはいえ、時おりは説明書を捲らなければ解決できない事態に直面もする。予測できなかった挙動を前に、なすすべを見失うのもやはり鷹木の常であった。

 

 トレーナー二名、鷹木とキングヘイローが慌てて説明書の上に額を寄せているのを傍らに、シャカールはリモコンをポチポチと操作するだけでこれから観戦しようとしていた中継画面を表示した。

 

「ハッ、あぁっ……よ、よかったですわ、壊してしまったかと思いましたわ、ありがとうございます、シャカールさん。」

 

「リモコンのボタンを押しただけ、こっちからは本来想定されたインプットしかしてねェんだから、壊れることはねーよ。」

 

「で、ですわよね、その通りですわね。」

 

 言いながら、キングヘイローは心底ほっとした表情を浮かべていた。本番さながらの状況が再現されるトレセン学園の個別練習場、当然ながらそこに備え付けられている機器類は一般に販売されていない、ごく高価な代物ばかりである。

 

 名家の出身、令嬢であるキングがそこまで狼狽えるのだから、鷹木の顔も先ほどの画面同様に真っ青となっていたのも無理はなかった。

 

 狼狽を落ち着かせている両名とは対照的に、中継画面……すなわち、これから行われようとしている阪神大賞典の画面を見つめているシャカールの表情は静かなままであった。

 

「……けど、想定されていないインプットがあったら、どうなるか分からねェ。」

 

「えぇ、仰る通りですわ、今後同じことがあっても、画面にチョップを入れて直そうとしたりしないよう気を付けないと。」

 

「そっちじゃねェよ、アヤベ先輩のことだ。」

 

 ちょうど、パドックでの紹介が進み、アドマイヤベガが画面上には姿を現していた。

 

 彼女の様子は、いつもと変わりないようにも見えたが、最近のアドマイヤベガの身に起きた異変を知る者には、その異状の無さが逆に不気味であった。

 

〈今回は2番人気となりました、アドマイヤベガ。昨年の有馬記念におきましては2着、先月の京都記念では3着と、好位につけてはいるもののあと一歩が届かない惜しいレースが続いておりますが実力は折り紙付き、覇王と競い合った世代は未だ健在、1番人気のウマ娘と並んでこの阪神レース場をも席捲してくれるでしょうか。〉

 

「明らかに様子が変なんだ、アヤベ先輩。俺とは違うレースに出るから、練習の様子は近くで見れていたんだが……何つーか、自然には選ばない走り方をワザとやってる感じがあンだよ。」

 

「自然には、選ばない?アドマイヤベガが本来得意とする、最後方からの追い込みを採用しなくなったことか?」

 

 鷹木は、自分も今のところ気づいている内容を口にしてみたが、シャカールからの反応は曖昧に小さく頷くだけの、薄いものであった。

 

 単にレース中の作戦を変更したというだけの話に収まらない、まるで何かを拒み、抗っているかのような様相……ロジカルな表現では到底まとめきれないアドマイヤベガの異変を、エアシャカールはこの場で伝える言葉を持たなかった。

 

「ですけれど、アドマイヤベガさんが敢えて勝てないような走り方を選ぶとは思えません。たしかに奇妙ですわね。」

 

「アヤベ先輩自身、今までやってた走り方を避けてるってことを意識してないかもしれねェ。下手に指摘して、調子狂わせちまうのも違うとは思ってんだけどよ……。」

 

 キングヘイローからの言葉にも、エアシャカールは曖昧な返ししか出来なかった。

 

 結城トレーナーからのアドバイスがあったわけでもない、アドマイヤベガ自身が以前までの走りに明確な短所を見出したわけでもない、まさに『想定されていないインプット』があったとしか思えなかった。

 

 沈黙の中、中継画面は進み、パドックには現世代のトップに立ち続けているウマ娘が現れる。

 

〈さぁ、やはり今回も1番人気です、ナリタトップロード!目立たない時期もありましたが、現在着実に戦績を伸ばし続けているウマ娘です、先月の京都記念においても1着となっております!その名の示す通り、世紀末が去った後のトップを走り続ける存在となるのでしょうか!〉

 

「……そういや、桂崎トレーナーは、トップロード先輩と一緒には居ねェのか?」

 

 話題を切り替えるように投げかけられたエアシャカールの言葉に、鷹木が頷く。

 

「あぁ、流石にドバイと日本を行き来するのは負担が大きすぎる。とはいえ、桂崎トレーナー自身がそう決めたんじゃなくて、トップロードが心配ないと請け負った結果だけれどな。」

 

「せめて、桂崎トレーナーの代わりとして私どもが阪神レース場へ向かおうかと申し出たのですが、断られてしまいましたわ。アドマイヤベガさんとの時間を取りたい、だとか。」

 

 ナリタトップロードも、アドマイヤベガのことは気に掛かっていたのだろう。彼女が今何を考えているのか、他の者が居ない状況でなければ聞き出せないと判断したのかもしれない。

 

 レース場へ向かうバスは結城トレーナーの手配によるものであり、言わずもがなバスの中の個室ではアドマイヤベガとのふたりきりである。彼女とどんな会話を交わしたのか、聞き出せるのは阪神レース場から帰って来てからのことと思われた。

 

 ……それに、彼女はエアシャカールの存在も考えに入れていただろう。アグネスデジタルはドバイへ発った後、結城トレーナーとアドマイヤベガも阪神大賞典へ向かうこの日。

 

 キングと鷹木までもトレセン学園から出かけてしまった後、シャカールは孤独に練習を続ける羽目になる。

 

「……何かアクシデントがあったらどーすンだよ、補佐に入れるトレーナーも無しだと、不手際で出走取消になっちまうぜ。」

 

「トップロード自身、トレーナー無しでレース場に向かう時期も長かったから……それにほら、現に何事も無くレースへ出られている。」

 

 ナリタトップロードからの気遣いに気づいたのか否か、多少低めた声で愚痴るシャカールの前の中継画面内で、出走ウマ娘たちのゲートインが進んでいった。

 

 全出走ウマ娘は9名、昨年の12名に比べればやはり減っている。アドマイヤベガとナリタトップロード、この両名の存在感が勝ち目を見いだせない者たちの出走を控えさせていたのだろう。

 

〈全ウマ娘、ゲートインが終わりまして……スタートしました!少し出遅れたかアドマイヤロード、ミツアキサイレンスが先頭で引っ張る形、まず最初の3コーナーへと向かいます。エリモブライアンが早めに2番手、アリシバキングがウチをついて3番手、そして外側を……アドマイヤベガ!?アドマイヤベガ、ここまで前につけるか4番手!場内もどよめいています、アドマイヤベガが4番手、その後ウチ側にナリタトップロードが5番手という順になっています!〉

 

 実況アナウンサーも、あまりに予想外の走りを見せたアドマイヤベガを前に、驚きを声色に隠すことが出来ていない。

 

 いつも最後方から前方を狙い続け、最終直線までレース集団全体に圧をかけ続ける存在となるのがアドマイヤベガであったはずだが、彼女が先行の位置についたことは当然ながら大方の予想を裏切る展開であった。

 

「以前は多少変わっていても、追い込み策には変わりなかったはずだが……あれは完全に先行の位置じゃないか。」

 

「アドマイヤベガさん、まさかペース配分を誤ったんですの?」

 

「いや、向こう正面のタイムは練習の時と変わってねェ。あれをずっと練習し続けてきたんだ、アヤベ先輩は。」

 

 もれなく狼狽えている鷹木とキングヘイローを傍らに、エアシャカールは手元に表示した画面のタイマーと中継画面を見比べながら言う。

 

 アドマイヤベガは確かに想定通りの走りをしているらしかった、画面内の表情は小さくて確認できないが、その足取りに迷いはない。

 

〈3コーナーから4コーナーへと回っていきます、変わらずミツアキサイレンス先頭、エリモブライアンが単独2番手という流れ、アリシバキングにほとんど並んでアドマイヤベガ……その外からボーンキング、ボーンキングが今、多少外へ持っていかれながらも後方から4番手、3番手へと上がってまいりました。ナリタトップロードは6番手、ウチ側落ち着いたペースで脚を運んでいきます。〉

 

「焦らされた競争相手も居るな。」

 

「えぇ、このタイミングで慌てて上がってきた子は、完全にペースを乱されてますわね。アドマイヤベガさんの脅威を少しでも削ぐために、前を塞ぐつもりだったのかしら。」

 

 鷹木に続いてキングヘイローが述べる推測に、エアシャカールは何も応えなかった。

 

 レースに勝つための作戦として見れば、アドマイヤベガは後方でブロックされっぱなしになる状況を回避したとも取れるだろう。先月の京都記念なども、あえてアドマイヤベガはコースのウチ側に残ったようにも見えたが……ブロックされた結果、最終コーナーからの加速が叶わなかったとも取れる。

 

 だが、中継画面を見つめるエアシャカールの表情は硬いままであった。心なしか、その視線はアドマイヤベガそのものではなく、彼女の足元のターフに伸びる影に向かうようであった。

 

〈さぁ1周目のホームスタンド前に入ってきます、ナリタトップロードとアドマイヤベガは5番手6番手、並んでいますが徐々にアドマイヤベガが後ろへ下がり始めたか、スタートして1000mを通過……1分6秒、超スローペースであります。後方にはアドマイヤロード、キングザファクトが後ろから2番目、トシザブイが最後方の展開となっております。〉

 

 超スローペース、すなわち先行のウマ娘たちがスタミナを温存しやすく、逃げ切りやすいと言われがちな状況である。

 

 むろんウマ娘によって得意なペースは違ってくるが、アドマイヤベガがほとんど先行の位置にまで上がっていることも、きっちりと計算されたうえでのことだというのは鷹木にも十分理解できた。

 

「アドマイヤベガがきっちり練習時のペースを守っていたのは、確実だな。」

 

「えぇ、ようやく全体が加速し始めましたわね。これ以上、スローペースを保っていてもアドマイヤベガさんの追い込みから逃げ切ることは出来ない、と分かったのでしょう。」

 

 アドマイヤベガは普段採用することの無い先行策を採ったようでありながら、先を行くウマ娘たちがスタミナを温存する余地を着実に削っていた。

 

 あと1周の間に、アドマイヤベガから逃げ切るだけのリードを稼いでおかなければならない。そう判断したウマ娘たちは徐々にペースを上げ始め、その中でナリタトップロードも着実に先頭へと食い込み始める。

 

〈さぁ1コーナーへ入っていくところでありますが、ナリタトップロードが前へ、エリモブライアンに並んで4番手で1コーナーへと入っていきました。先行するウマ娘たちの入れ替わりは頻繁ではありますが、ほとんど後方の順は変わっていません、ほぼ一団となって9名、2コーナーへと回っていきます。先頭はミツアキサイレンスですが、その後2番手はボーンキングとなっております。〉

 

 スタートしてから最初のコーナーに入るまでの間に先行争いが起き、その後位置取りが落ち着いてからはペースダウンするのが大抵の阪神大賞典、芝3000mで見られるレースである。

 

 しかし、このレースではむしろ中団にぴったりつけ続けているアドマイヤベガの存在を不気味に感じた面々が、今さらに加速を始めるペースとなっていた。頻繁に手元のタイマーとレース中継を見比べながら、シャカールが言う。

 

「スタンド前の直線は、上り坂だ。ここを上がり切ったところで加速させられンのは、かなり無理あるぜ。」

 

「本来は、3コーナーを過ぎて緩やかに下り始めるあたりでゴールに向けてのペースアップが来るからな。」

 

 アドマイヤベガの予想外の位置取りのために、スタミナ配分を乱された者は少なくないはずだ。当のアドマイヤベガについてもそれは心配されたが、シャカールの言葉通りであればアドマイヤベガは想定のままに走っていることとなる。

 

 自分の得意とする走りを選ばずして勝利を獲るため、アドマイヤベガが考え抜いた作戦でもあるようだった。よほど器用なウマ娘でもない限り、当初予定していた走りを変更してなお十全にスタミナ管理を成すことは難しいだろう。

 

 逆に言えば、そうしてまでも、自らが得意とする最後方からの追いこみを使わない理由が、アドマイヤベガにはあるということでもあった。

 

〈ナリタトップロード、エリモブライアンの後4番手の位置をキープして向こう正面を抜けていきます。その後をアリシバキングと並んだアドマイヤベガが5番手6番手を追走、あとはアドマイヤロード、キングザファクト、トシザブイは変わらず最後方の形。先頭からしんがりまでは6、7バ身といった開き、後ゴールまで1000mにかかると言ったところで、第3コーナーへと入っていくところです。〉

 

 あとコーナーを二つ、そして上り坂を含む最終直線を含めて残り1000m。長距離を走り切ったうえで最後の競り合いに勝つだけのスタミナは、トレーニングによってのみならずペース配分を乱さない集中力によっても保たれる。

 

 アドマイヤベガによる想定外の走りは、駆け引きに慣れていないウマ娘たちのペースを大きくかき乱すことには繋がっただろう。

 

「……だが、ナリタトップロードのペースは全く乱されていない。それに、同じく彼女と並び続けているエリモブライアンも。」

 

「あぁ、アイツのことはしっかり覚えてる。一昨年の菊花賞の時、最後の最後まで食らいついてきた奴だ。」

 

 エアシャカールにとっては忘れられないレース、まだ本気の苦境を知らなかった頃の勝利、2年前の菊花賞。この阪神大賞典と同じ、3000mでエアシャカールと競り合ったウマ娘たちの中に、エリモブライアンの姿はあった。

 

 結局のところはトーホウシデンとほぼ並んだ形でシャカールの勝利となり、エリモブライアンは4バ身離されての三着となったのだが、エリモブライアンがスタミナ切れさえ起こさなければ食らいつかれていたろうとの記憶は鮮明に刻まれていた。

 

 今、十分な経験とトレーニングを積み、ナリタトップロードと並んで安定した走りを示し続けているエリモブライアン。アドマイヤベガが、自分の得意分野ではない先行寄りの走りでどこまで通用するか、不安にさせる一要因であった。

 

〈変わらずミツアキサイレンスが全体のペースを作って先頭を行きます、ボーンキングも2番手でリードを徐々に詰めている。だいぶスローな流れとなっておりますが、ここでナリタトップロードがじわっと上がって現在3番手!アドマイヤベガも今5番手から4番手へと並びます、人気度1位、2位のウマ娘が最後の仕掛けに備えて前に出始めた!最後方の集団もつられたように前方へ詰めてくる、だんだん流れが早くなってまいりました、残り800を通過!〉

 

「仕掛ける備え、ではなくアドマイヤベガさんは既に仕掛けておられますわね。あの加速がゴールまで持続するはずですわ。」

 

「アヤベ先輩は今のところ、マジできっちりと調整した通りのペースで来てるぜ。加速は緩まねェ、べったり後ろに付けられちまってるが、トップロード先輩もエリモブライアンも引き離せンのか?」

 

 ずっとタイマーと中継画面を交互に見ていたエアシャカールも、徐々に熱気が高まり始めた中継画面の方へと視線が吸い寄せられる時間が伸びていく。

 

 アドマイヤベガの走りは、去年の有馬記念での最終加速を知らぬ者は居ないし、そもこれまで出場してきたレース映像から研究され尽くしているだろう。先を行くウマ娘たちは目に見えて焦りと共に足を速めた。

 

 が、トップロードとエリモブライアンは、アドマイヤベガに並ばれ、そして追い越されてもなお、コーナーを出るまで自分たちのペースを守り続けていた。

 

〈アドマイヤベガが、ナリタトップロードのすぐ外にまで詰めてきた、並んだ!あと600mであります、エリモブライアンが5番手で追走!ミツアキサイレンス、ボーンキング、1番手と2番手をキープしているが早くも苦しいか!先頭は今、ボーンキング、しかし外からナリタトップロード!そしてアドマイヤベガ!ウチからエリモブライアン!コーナーを抜けて最後の直線へと向きます!〉

 

 ナリタトップロードは着実に備えていた。コーナーを回りながら加速していくのが十八番のアドマイヤベガ、彼女の土俵で競り合っても勝ち目はない。

 

 だが今回は先行寄りの走りをしていたアドマイヤベガに、最高のパフォーマンスを発揮するだけのスタミナが残ってはいなかった。単にペース配分の問題のみならず、他のウマ娘に囲まれるリスクの中、コース取りに注力しなければならないのだから。

 

「よく知ってンだ、トップロード先輩は、アヤベ先輩のことを誰よりも……。」

 

「直線を向いての競り合い、トップロードさんの強み、全てをぶつけるおつもりですのね!」

 

 後方から追い上げてきたアドマイヤベガに、直線の入り口ですでに追い越されていては本来もう差し返すことは絶望的である。

 

 だが、ナリタトップロードは、エリモブライアンを早くも引き離しつつ、猛然と追走した。スローペースであることを見越したように並びかけてくるアドマイヤベガの足音に、全く急かされることなくペースを守り、温存し続けたスタミナをもって。

 

〈外からアドマイヤベガ、アドマイヤベガ!ウチで食い下がるボーンキング!間からはエリモブライアン追い込んでくるが、ナリタトップロードが抜けた!完全に抜け出した!2番手争い、エリモブライアン、アドマイヤベガ完全に並んでいるが、ナリタトップロードとの差は開いていく!ナリタトップロード独走!現在後方との差は4バ身!圧倒的だ、ナリタトップロード!ナリタトップロード、今一着でゴールイン!連覇です!昨年の阪神大賞典も勝ったナリタトップロード、2連覇!〉

 

 突き抜けていったトップロードの後方、アドマイヤベガはエリモブライアンとほぼ並んだままにゴールしていた。

 

 レース場はナリタトップロードの圧勝、そして阪神大賞典の昨年度からの連覇を讃える喝采に湧いている。変則的な作戦を取ったアドマイヤベガの奇策にも惑わず、己の磨き続けた脚で勝ちきった、まさにトップロードらしいレースを見ることが出来て歓喜しているのだ。

 

 しかし、中継画面の前で、キングヘイローとエアシャカール、そして鷹木は表情を曇らせていた。

 

「枷となっているのは、間違いないですわね。今のアドマイヤベガさんが、本来得意とする走りを避け続けているのは。」

 

「トップロード先輩に実力じゃ並んでるはずなのに、あんだけ差を付けられてりゃあ、時の運だなんてロジカルじゃねェ理由じゃ効かねェよ。」

 

「アドマイヤベガが、全力を出せない作戦を取り続けている理由……一番気にしているのは、トップロードだろうな。」

 

 だからこそ、ナリタトップロードはゴール後の歓声に応えた後、真っ先にアドマイヤベガの元へ寄っていったのだろう。彼女の異変を、僅かでも見逃さぬように。

 

 中継画面越しには、アドマイヤベガにいつもと違った様子は全く見いだせなかった。レース直後の現場、アドマイヤベガを至近距離で見つめるナリタトップロードの視線に、この不気味な違和感を明かす鍵が託されていた。

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