探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 ヒシミラクルのポテンシャルを引き出すため懸命に鼓舞しなければならないと同時に、疲れを訴えることがほぼないヒシミラクルが過剰な負荷を抱えぬようにすること。両方に気を配る必要があるトレーナーの立場として、鷹木は懸命な日々を過ごしていた。そんな彼を気遣ってか否か、スポーツドリンクを差し出すタキオン。市販のものに比べて妙に甘ったるいそれを、違和感に気づかず飲んでしまった鷹木であったが……思いもよらぬ結果を得るのは、その翌日であった。


仮定を覗かん、現の間隙に

 ヒシミラクルが、その無尽蔵とも見えるスタミナを以て過剰なトレーニングに陥ってしまわぬよう気を配れ……と、結城トレーナーからの助言を得た鷹木。

 

 だが、単に彼女を追い立てるような声かけの頻度を減らせば良い、などといった単純な話ではなかった。

 

 どれだけ暢気に見えたとしてもヒシミラクルは、頭の良いウマ娘である。中央トレセン学園に所属できている時点で、優秀なウマ娘には違いない。トレーナーの振る舞いに変化があれば、その意図に推察が行き着くのも難しいことではない。

 

 ゆえにこそ、鷹木はその翌日からも、ヒシミラクルが練習コースを走るたび、自ら声を張り上げることを止めなかった。

 

「スタート直後から脚を緩めるんじゃない!敢えてマイル寄りの距離を今は目指しているんだ!ヒシミラクルのスタミナには短すぎる距離だ!行け行け行け!全速力を出し続けられるウマ娘はキミの他に居ない!」

 

「なんかもう、トレーナーさんの喉が心配だから走ってるような気分ですよぉー……。」

 

 ついさっきまでスタートラインでアクビをしていたヒシミラクルの背がコース上を走り去っていった後、乾いた咳と共に鷹木はグラウンド隅のベンチへ戻ってくる。

 

 既に一走り終えてクールダウンしていたアグネスタキオンが、妙ににこやかな顔で鷹木を迎える。

 

「張り切っているねぇトレーナーくん。結城トレーナーからの助言に、何やら思う所があったのかねぇ?」

 

「ケホッ……あぁ、いざという時にストップをかけられるよう、ヒシミラクルに対しての指示は明確にし続けないといけない、と思ってだな。」

 

 トレーナーとして、ヒシミラクルに全力を出すよう指示を出すこと。それが中途半端な形式で続けられていては、逆にヒシミラクルの意欲が乗ってきた際、過剰な鍛錬を防ぐためのブレーキ役にもなり難くなる。

 

 ミラ子の立場からすれば、サボらずに走ることは良い結果に繋がるはずだとの認識もあるだろう。疲労やスタミナ切れとは無縁な彼女が、知らず内に修復困難な疲弊を蓄積させてしまうことだけは避けなばならない。

 

 タキオンは、そんな鷹木の考え方を難なく読み取っていた。

 

「普段から走れ走れと押してくるトレーナーくんが、一定以上の練習後は走らないように止めてくる……確かに、そうでなければヒシミラクルくんを練習メニューに従わせることは難しいだろうねぇ。彼女、他人からの言いなりになるタイプでは決してないからねぇ。」

 

「必要になった時に初めて指示を出しても、相手の心に響くとは限らない、だから普段から自分の意図するところを見せ続けていなければならない。これまで担当してきたウマ娘から学ばせてもらったことだ。」

 

「確かにねぇ、オペラオー先輩もまた、よほどの関係性を築けていなければ、心底からトレーナーくんの発言を容れることはあるまいねぇ。」

 

「お前もだよ、タキオン。」

 

 自らの抱いた関心事を最優先し、トレーナーから与えられた指示を半ば聞き流すような振る舞いから関係がスタートしたのは、アグネスタキオンも同様であった。

 

 相手に、こちらの発言内容を聞き入れる用意があるか否か。それは、恒常的に互いの理解を深めようと努め続けることなくしては判じられぬ課題であった。

 

「まぁ、ヒシミラクルの場合は、オペラオーやタキオンほど独特な自分の世界観を持っているわけじゃないが……ゲホッ、声を張り上げなければ練習コースには届かないのが難点かもな……ゲッホ、エホッ。」

 

「私が述べているのは常に科学的見地に基づく仮説だねぇ、架空の世界観では決してないねぇ。私もまたトレーナーくんを苦労させている可能性については、まぁ、考慮していないわけではないが……飲むかい?」

 

 一定量喋るごとに、喉が嗄れているためか咳き込む鷹木。タキオンが差し出したスポーツドリンクのボトルを受けとり、一口飲む。

 

 ……鷹木が、自分の振る舞いを顧みるのは一瞬遅かった。

 

 ひとつに絞り込めない要素に起因する、輻輳した違和感が胸中をよぎり、まず鷹木がやったことは今しがた自分が口をつけたボトルをしげしげと見つめ直すことであった。

 

「……このボトル、今開けたのか?新品か?」

 

「当然じゃないか、誰かの飲みかけボトルを渡すわけがないねぇ。そんなことをしては衛生面でも、風紀面でも問題大ありじゃないか。」

 

 一口飲んだことを鑑みても、十分な内容量があることからも、タキオンの言う通りまだ誰も口をつけていないボトルであることは違いないらしかった。

 

 次に残る違和感、鷹木は自分の舌が、そのスポーツドリンクにしては妙に甘味を多く感じていることに意識を向けた。

 

「俺も水分補給の時には普段から同じものを飲んでいるんだが……このスポドリ、こんなに甘かったか?」

 

「水分不足気味であることが原因ではないかねぇ、人間の場合はウマ娘以上に発汗の影響が大きいとも言われるからねぇ。ナトリウムイオンを始めとする体内の電解質が減っていると、スポーツドリンクをより甘く感じるとも言われるねぇ。」

 

「まぁ、それは俺も知ってるが……。」

 

 トレーナーとして学ぶべき基礎知識が一通り頭に入っている鷹木も、タキオンが開設した内容は元より分かっている。

 

 しかし体内の電解質に不均衡が起きるのは、よほど大量の発汗を経てのことである。鷹木は大声を出して喉を嗄らしているとはいえ、そこまで過剰な運動は行っていない。

 

 あらためてもう一口、ドリンクを飲み、それが明確に甘味料を追加されたものであるとの確信を得た後、ようやく鷹木は何の疑問も無くタキオンから手渡されたドリンクを飲んだことに後悔を抱いた。

 

 鷹木が違和感の正体に気づいたことに、タキオンもまた気づいたのだろう。鷹木から真っすぐ視線を向けられた彼女は、既に開き直る姿勢を瞳に示していた。

 

「タキオン。このドリンク、何を混ぜたんだ。」

 

「安心してくれたまえ、決して有害なものではないからねぇ。分かっているだろう、ヒシミラクルくんも、そして私も、トレーナーくんが健康でいてもらわなければ困るのだからねぇ。トレーナーくんが体調を崩すようなものを飲ませるわけがないねぇ。」

 

「いいから、正直に言ってくれ。また俺の身に何か妙なことがあれば、何を飲んだのか医師に伝えなければならない。」

 

「妙なことが起きる可能性は極めて低いんだがねぇ……以前と大差ないよ、駄菓子屋で買って来た粉末ジュースや、練り固める類のグミやゼリーの素を、すべて混ぜ合わせただけだねぇ。」

 

 スポーツドリンクに混入させてなお、隠しきれない甘ったるさが残るのも当然であった。

 

 以前も二度ほど、タキオンは実験と称して同じような代物を、その時はほぼ原液のまま鷹木に飲ませたことがあった。

 

 天才を自称するわりに子供っぽい遊びをするものだ、と思いつつも担当ウマ娘たっての願いと言うこともあり、鷹木は胸焼け覚悟でそのどぎつい蛍光色の甘い液体を飲み込んだのだが……二度とも、彼の身体には異変が起きた。

 

「今も忘れようがないんだ、朝起きた時に自分の指先が光ってたのは……二度目は指先どころか、手の全体がハッキリと発光していた。」

 

「だが私はその様を直接見ていなかったからねぇ、気の利かないトレーナーくんが撮影データのひとつも残してくれなかったために。」

 

 自分の記憶も、また念のため受診した医務室での診断も、人体が発光することなどあり得ない、きっと寝ぼけて夢の内容を目覚めた後の記憶と混同したのだろう……との結論に一応至ってはいた。

 

 が、鷹木の中では、それが実際に起きたことであるとの確信は密かに残り続けていた。身支度するために鏡の前に立った時、薄暗い部屋の中でほんのりと自分の歯や白目が光を発している様を目の当たりにして、睡魔が吹き飛ばぬはずもない。

 

 以降、怪しげな液体を飲ませようとするタキオンの試みは退け続けていたのだが……今、ヒシミラクルに向かって大声を掛け続けたため、喉が嗄れていた鷹木は警戒心を薄れさせてしまっていたのである。

 

「まぁ、これも一つの巡り合わせといったところだねぇ、ヒシミラクルくんが担当ウマ娘となったことで、トレーナーくんは喉を酷使し、私が用意したドリンクを飲むという可能性が限りなく必然へと近づいた、というわけだねぇ!」

 

「そんな理屈じゃ納得できないんだが。……っと、ちょっと待て、ヒシミラクルが練習コースを一周してくるところだ。」

 

 得体の知れぬものを飲んでしまった自分の体調はさておいて、担当ウマ娘のトレーニングを優先するのは、鷹木のトレーナーとしての自覚が為せる判断であった。決して、心境に余裕があったわけではない。

 

 その後は、ヒシミラクルに余計な心配事を掛けさせまいと、彼女の居る前では今しがたの話題は避けていた。ヒシミラクルが鷹木のことを心配するかどうかはさておき。

 

「トレーナーさん、このスポドリだいぶ余ってますけど。私が飲んじゃっていいですか?」

 

「いっ、いやいやいや何を言ってるんだ、俺が口付けてるボトルだぞ。不衛生だから手を出すんじゃない。」

 

 さすがに、鷹木が一口飲んだボトルだと知りながら、その中身のドリンクを欲しがるような真似はヒシミラクルもしないと思ったが……ウマ娘たちから離した場所にボトルを置いていたとしても、彼女たちが誤って飲む可能性が完全にゼロになるわけではない。

 

 と同時に、まだ大半が残っているスポーツドリンクを、飲みもせず捨てるような真似もまた、ウマ娘の前でトレーナーが示すべき振る舞いには相応しくないと鷹木は考えた。

 

 結果的に鷹木は、タキオンに対しての不安が殆どを占める信頼に縋りつつ、自分が口をつけたボトルのドリンクを最後まで飲み干すこととなったのである。鷹木がその結論に至ることをもタキオンは予測していたのか、彼女は終始満足げであった。

 

 ボトルの底の方に、溶けきれなかった粉末ジュースの塊が残っており、最後の一口で急激に甘さを増した液体が喉に流れ込んできた鷹木は思い切り噎せ込んだ。

 

「ありゃりゃぁ、トレーナーさん、喉が限界近いんじゃないですかー?明日からは私が走るたびに声を張り上げなくていいですよ、毎度恥ずかしいですし。」

 

「無理は禁物だねぇトレーナーくん。さ、練習場の後片付けは私も手伝うから、今日は早めに寮に戻って休みたまえ。」

 

 ヒシミラクルとアグネスタキオンの双方から、労わるような、同時にさほど心配してもいないような声を掛けられながら、その日のトレーニングメニューを全てさせ終えた鷹木は練習場を後にした。

 

 とはいえ、トレーナーの仕事はウマ娘への直接指導だけではない。その日のトレーニング内容を記録したデータを整理、保存し、ウマ娘の身体状態を確認、翌日以降の練習内容に反映させていかなければならない。

 

 パソコンの画面と睨み合っている鷹木の仕事場、日も沈んで薄暗くなっていた部屋にて、スマホの着信音を鳴らしたのはやはりタキオンからのメッセージであった。

 

〈今回こそは、間違いなくトレーナーくんの身体に起きる変化を記録してもらいたい。私がトレーナー寮に入ることを許可されない以上、トレーナーくん自身がスマホの撮影機能をセットしておくべきだ。目覚ましのアラームに合わせ、動画撮影を開始する設定にしておけば確実に記録を残せるだろう?〉

 

「……俺のこと、便利な実験台だと思ってんじゃないか……いや、今さら、か。」

 

 愚痴りながらもデスクワークを終え、トレーナー寮に戻って入浴や食事を済ませた後、律儀にタキオンから言われた通りにスマホのカメラを寝床に向け、撮影タイマーをセットするのも鷹木らしい振る舞いであった。

 

 正直な所、鷹木自身の好奇心をくすぐる要素が無かったわけでもない。

 

 初めてタキオンから妙な液体を飲まされた時は、爪先がほのかに光る程度であった。それが二度目となれば、手の全体が発光していた。体内に発光物質が巡っているかのごとく、眼球や歯が短時間とはいえ光ってもいた。

 

 三度目となる今回、自分の身体はどれほどの発光現象を見せるのか。あるいは、やはり単なる錯覚に過ぎず、夢で見た内容と現実を混同しただけなのか……。

 

「ま、何の変哲もない、ただ俺が寝ぼけながら起き上がる所が撮影されるだけだろうけどな。」

 

 こちらに向けて固定されたスマホのレンズを見やり、鷹木はあくびひとつして寝床に潜り込み、枕に頭を預けた。

 

 

 

 妙なものを飲まされた後は、悪夢を見るのも恒例であった。

 

 それは、どこかで見覚えのある光景だった。鷹木はウマ娘レース場の中に立っていた。それも、ターフの上や、担当トレーナーに与えられる最前列ブースではない、一般の観客が席を占める観戦スタンドである。

 

 異様だったのは、何万人もの観客を収容できる観戦スタンドに、誰ひとりとして観客が居なかったことである。休業日ではなく、ターフの上ではウマ娘レースが行われていた。

 

「あれは……シンボリクリスエス?タップダンスシチーも、出走してる……。」

 

 今しがたスタートしたばかりなのだろう、向こう正面、3コーナー手前から回ってきたウマ娘たち。その中にはナリタトップロードやジャングルポケットの姿も見える。

 

 さらには、エアシャカールに並んでファインモーションまで出走している。無名のウマ娘ばかりが出るレースではない、間違いなくGⅠクラスの大舞台である。

 

 錚々たる面々が競い合っているにもかかわらず、歓声ひとつない、人影もない、静まり返った中山レース場の光景は、異様という他になかった。

 

「何が起きてるんだ、いったい……」

 

「可能性世界が、我々のことを忘れたんだ。」

 

 鷹木の呟いた言葉に答えたのは、アグネスタキオンの声であった。

 

 振り返れば、観客席の通路のど真ん中にタキオンが独り、うずくまっていた。平常の彼女が決して浮かべることのない、意気消沈しきった顔色で、その声も力なく彼女の足元に届くばかりだった。

 

「可能性世界が……なんだって?」

 

「私の判断は間違いだった。私たちの蹄跡は、現実として確定するはずだった……この世界そのものが、虚像となるだなんて、思いもしなかった……!」

 

 そんなにも悲痛なタキオンの声を、鷹木は聞いたこともないし、聞くとは思えなかった。

 

 彼女の手元には、絵筆とペンキ缶が転がっていた。どちらもすっかり乾ききり、何を描くことも出来ない。タキオンの前には、観客の姿を塗りつけた席がずらりと並んでいた。

 

 が、それは数百程度にとどまっていた。タキオンだけで、その場に居るはずの観客の姿を何万人も描くのには限度があったのだろう。

 

 鷹木はようやく思い出した。タキオンを担当し始めたばかりの頃、似たような夢を見たことを。あの時、彼女はまだ絵筆で観客席に観客たちの姿を描き始めたばかりであった。

 

「タキオン。」

 

 項垂れている彼女のすぐ傍に向かい、鷹木はターフを指さす。

 

 ちょうど、3,4コーナーを回り切って、一周目正面スタンド前の直線を、ウマ娘たちが駆けていく所であった。

 

「見ろ、ヒシミラクルが走っている。あいつも、GⅠレースに手が届いたんだ。これは中山レース場の芝2500mだろ?有馬記念じゃないか。」

 

「……ヒシミラクルくん。彼女も、せっかくの晴れ舞台だというのに、この世界を繋ぎとめる術を見出せなかったんだ……私は。」

 

 タキオンは暗い声色のまま、それでも視線をどうにか上げて、一周目ゴール板前を駆け抜けていく面々へと目を向ける。

 

 彼女が喋っている内容を理解しきれぬままであったが、鷹木は努めて明るく声を掛け続けた。

 

「ほら、アドマイヤベガも、マンハッタンカフェも、ネオユニヴァースにゼンノロブロイも、ダンツフレームも、みんな走っている。こんなに豪華な有馬記念を、誰も見に来ないはずが無いだろ?」

 

「……え?そんなはずは……」

 

 初めて、タキオンの表情が変わった。

 

 目を擦り、あらためてタキオンは走り抜けていくウマ娘たちを凝視する。鷹木が言った通り、自分が予期していなかった面々がレースに参戦していることを確認した彼女は、急に立ち上がった。

 

「可能性世界にはあり得なかった出走が実現しているじゃないか……現実としての確定は間近だというのかい?ならば、なぜ、観客たちは現れない?まだ、不足している因子があるのかい?」

 

「タキオン。キミ自身が、出走していないじゃないか。アグネスタキオンが、有馬記念に出走できないわけがない。違うか?」

 

 鷹木がそう言うや否や、既にタキオンは隣に居なかった。

 

 ターフの上、他の誰とも見間違えようのない、丈の長い白衣を模した勝負服が駆けていく。彼女が得意とする、前目につけた先行策の位置で。

 

 軽々と駆けていくアグネスタキオンに、鷹木は声を掛けた。渾身の全力を以て、声を張り上げなければならなかった。

 

 既に自分の耳を聾するほどの、何万人もの観客が轟かせる雄叫びが、レース場全体に溢れていたためだ……

 

 

 

「タキオンッ!!!……ッ、ハァ、あぁ……朝か……。」

 

 大歓声は、スマホのアラーム音へと切り替わっていた。

 

 眩しさに目を細めながら、鷹木はびっしょりと額を湿らせていた寝汗をぬぐう。喉元まで熱く酸っぱ辛いようなものが上がってくるのを感じ、タキオンから妙な液体を飲まされたことが元凶だ、と思い出す。

 

「ったく、異変が起きなくても、変な夢を見るのだけは毎度避けられないな。」

 

 ぼやきながら、胸元をさすりつつ寝床から起き上がる鷹木。

 

 眠気の霧が頭から晴れていくにつれ、異常な事態に気づくのは間もなくのことであった。

 

 先ほど眩しく鷹木の瞼を照らした光は、窓の外から差してくるものではなかった。カーテンの隙間から覗かれる空は曇天であり、冬の夜明けらしい陰鬱な暗がりで占められている。

 

 陽光と見紛わんばかりの明度で煌々と輝いていたのは、鷹木の両腕であった。

 

「…………。……いや。……えっ。」

 

 余りにも異状すぎる現象を前にすると、人間は驚くことすらできない。

 

 動きも思考も完全に固まった鷹木は、その恰好のまま数十分は動かずにいた。見れば、光り輝いているのは自分の腕だけではない、胴体も、更には自分の顔もまた光で包まれているようでもある。

 

 彼が動けるようになったのは、自分の身体から発せられる光が徐々に薄まり、本来の肌色を取り戻したときであった。

 

「……行こう。遅刻する。」

 

 努めて平静を取り戻すため、鷹木は今しがたの異常現象については思考から追い出すようにしつつ、いつもより若干余裕のない朝の支度を済ませ、トレーナー寮の部屋をそそくさと出て行った。

 

 余りにも非現実的な現象は、ずっと鷹木の寝床に向けられていたスマホが、起床のアラームに合わせて開始されていた動画撮影によって記録しているはずであったが……今の鷹木には、それを見返す勇気などとてもなかった。

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