探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

213 / 278
 デビューにこぎつけるため尽力するヒシミラクルや、快進撃を続けるタニノギムレットなど、明るい話題に欠かすわけではない日々であったが、タキオンの表情はともすれば曇りがちであった。タキオン自身が大阪杯ののちに屈腱炎を再発したことや、天皇賞春の後にネオユニヴァースとジャングルポケットが相次いで故障発覚し休止に入ったことなど、可能性世界からの望まざる干渉を憂慮すべき事態も立て続けであったためだ。そんな中でも現役で走る同期が健在であることには変わりない。ダンツフレームは、昨年からの長い休養期間を経て、マイル路線への復帰のために京王杯スプリングカップへ出走することが決まっていた。


大きく溜めて、切り拓く脚は鋭く

 鷹木とヒシミラクルが京都レース場へと向かっている間、トレセン学園にて居残っていたアグネスタキオンは、無論のことながらタニノギムレットのNHKマイルカップを観戦していた。

 

 同月に日本ダービーが控えているにもかかわらず、全力の走りを披露して見事に勝利したタニノギムレット。予測や可能性の枠を打ち破る、特異点としてのウマ娘の出現を待ち望むタキオンとしても、喜ばしい結果であることに違いはなかった。

 

 しかし、トレセン学園に帰ってきた翌朝、練習場で数日ぶりに顔を合わせた鷹木には、タキオンの表情がともすれば沈みがちであるように見えた。

 

「タキオン、そろそろ脚に負荷を掛けてのトレーニングを再開できそうだ。大阪杯からもうじき2か月だからな、秋以降の復帰に向けて頑張っていこう。」

 

「可能性世界による干渉に渡り合える特異点は……まさに点のままで、あってはならないのではあるまいかねぇ……。」

 

「何の話だ、いったい……タキオン?おーい、タキオン?俺の声、聞こえてるか?」

 

 鷹木から語りかけられた内容に対し、全く関わりのない内容をブツブツと呟いていたタキオン。その視線も、どこを注視するでもなく、空中に焦点が合っているがごとき様相である。

 

 ばかりか、寮から練習場へと杖を片手に歩いてきた彼女は、そのまま鷹木の前を通り過ぎ、あらぬ方向へよたよたと歩き続けていこうとしていた。

 

「可能性は、いわば世界の選択だ、個々の意思ではない……抗い、応じる側としても、特異点のみに荷重がかかるべきでは……」

 

「ちょっと、待て、タキオン!寝ぼけてるのか?どこに行くつもりだ!」

 

 さすがに心配になった鷹木は、タキオンの肩に手を掛けて引き留める。

 

 専属の担当トレーナーとはいえ、担当ウマ娘の身体に直接触れる状況などそうそう無い。直近では、鷹木の身体が非現実的な発光現象を引き起こした件について、悲観的な結論に至りかけたタキオンをつい抱き留めたのが最後である。

 

 あの時は必死だったため、その触感は明確に覚えていない。今、鷹木が掴んだタキオンの肩は、確かに現役ウマ娘らしい筋肉量を示す厚みを感じさせたが……同時に、不用意な力を加えては砕けてしまいそうな、ガラス細工のごとき華奢さをも伝えてきた。

 

 当のタキオンの意識が現実に引き戻されたためか、彼女の肩を掴んでいた鷹木の指先は、急に張りを取り戻した筋肉に弾き返された。

 

「っと、おやトレーナーくん、わざわざ私を寮の前まで出迎えに来てくれたのかい?京都遠征帰りから早々に、殊勝なことだねぇ。」

 

「いやここが練習場だ、寮を出てからここに到着するまでの意識がないのか、タキオン。」

 

「冗談だ、とはいえあながち外れた表現でもないがねぇ。」

 

 返事しながらも、タキオンは改めて気になり始めたのか、自分が確かに練習する恰好へと着替えているかどうか、今さらながらに自らの身体を見まわしている。

 

 いかに平静を装っていても、タキオンが思案事に脳内を支配されている様は、既に鷹木には筒抜けであった。

 

 ヒシミラクルは寝坊しているのか、まだ練習場に姿を現さない。京都帰りの翌日ゆえに仕方ない部分もあり、ふたりきりの今ならばと鷹木はタキオンに問いかけた。

 

「タキオン、さっき呟いてたのは、例の“特異点”についてか?」

 

「……声に出してしまっていたようだねぇ。そうとも、少々懸念すべき仮説に私は至ってしまってだねぇ。そう、まさに特異点が“点”に過ぎないことについてだ。」

 

 タキオンの物言いはかなり抽象的であり、文字面のみをなぞっても理解は少々難しい。

 

 が、今の鷹木には彼女が言わんとする内容を凡そながら察せていた。既に担当トレーナーとしての関係を始めて3年目、殊に今年に入っては尚のこと、タキオンが懸念を向ける対象の何たるかを把握できつつあったのだ。

 

「可能性世界による既定を崩し、我々ウマ娘が存在するこの現実世界における歴史、運命を己が意志で拓く存在こそ、特異点だねぇ。誰も結果を予想できないという、レース本来のあるべき姿を、彼女らこそが実現できるわけだねぇ。」

 

「あぁ。現に、昨年と全く同じレース展開が繰り返される異変も、特異点だと思われるウマ娘の参戦で、全く新しい展開や結果へと導かれているな。」

 

「だが、予測や可能性を超えるということは、当然ながら限界を超えることと同義だねぇ。可能性の中で、既にウマ娘は自ら出し得る実力をフルに発揮しているのだからねぇ。」

 

 鷹木は間を置かず頷いた。仮に“可能性世界”という別世界が存在したとして、現実世界と同名のウマ娘たちが競っていたとしても……そこでは実力を発揮せず手抜きしてレースしている、などというはずもないだろう。

 

 ウマ娘という存在は、ターフ上に歓声の響き渡るレース場で、どうしようもなく競わずにいられない存在だ。そこで出たレース結果は、全員が本気の勝負をした結果に違いない。

 

 こちらの現実世界におけるウマ娘が特異点となるためには、その本気の勝負で披露した走りを、更に超える力を発揮しなければならない。

 

「意志も、努力も、いかなる難路が前途に横たわっていようと、乗り越えていくことは出来るとも。だが……限界は物理的に存在するわけだねぇ。」

 

「ウマ娘としての、身体構造の限界か。」

 

「常々よりウマ娘の身体の故障に神経質なトレーナーくんならば、すぐに分かってくれるだろうねぇ。そうとも、ウマ娘レースで発揮される加速、最高速、コーナリング……その全ては、既に生物として必要とされる負荷耐性を遥か超えるものとなっている。可能性を凌駕する走りを実現しようとすれば、その限界に容易く到達してしまうわけだねぇ。」

 

 ベンチの脇に持たせかけた、歩行補助用の杖を見やりながらタキオンは語っていた。彼女自身が、常に直面し続けてきていた問題に相違なかった。

 

 当然ながら鷹木も、トレーナーの立場として意識しないではいられない懸案である。ウマ娘レースで叩き出される記録は日々更新され、その中で勝利を獲るために求められる身体能力はますますハードルが上がっていく。

 

 それを鷹木が最初に実感させられたのは、5年前のこと。

 

 ウマ娘レースに関わる全ての者が忘れることのない、サイレンススズカの天皇賞競走中止である。事前の検査でも怪我の予兆など一切なく、万全の状態で出走したサイレンススズカ。異次元の逃亡者と称された彼女の速度に、身体的構造そのものが耐えきれなかったのだ。

 

 トレーナーもウマ娘も、細心の注意を払って遠ざけ続けているはずの怪我や故障のリスクは……予測を超えるレース結果を得ようとした際、間際にまで接することを、時に許さねばならない。

 

「皐月賞後の復帰を果たした私が、再びこうして屈腱炎の再発を引き起こした件だけじゃない。ジャングルポケットくんも、ネオユニヴァースくんも、いずれも特異点と目される活躍を披露した彼女らが、今年になって立て続けに怪我が発覚し、休止を強いられる状況となっている。」

 

「考えすぎも良くないんじゃないか?確かに怪我による休止発表が重なると、不安になるのも仕方ないが。」

 

「私の懸念は、むしろこれから先に向けられているねぇ。タニノギムレットくん……彼女はNHKマイルカップの後、もはや3週間足らずで日本ダービーに出走するわけだろう?」

 

 その件に関しては鷹木も頷く他にない。

 

 今年のクラシック級にて、一番の活躍を見せるだろうと期待される存在、タニノギムレット。

 

 彼女が、タキオンが定義するところの“特異点”であるとの証拠は、既に先日のNHKマイルカップで示されていた。前を塞がれて上がれない状況に陥るかと思われた矢先、巧みに抜け出して一着となったのだ。

 

 そのレース結果ばかりではない……レース中継を映していたテレビが、まるで本来あり得なかったはずの現象を拒むかのように、映像も音声もノイズまみれになった後、プツリと切れてしまっていた。

 

「可能性を越えた走りを、この現実世界に披露するのが特異点の役目……それをタニノギムレットくん一身に担わせては、彼女をもまた怪我を得てしまうのではないかと、私はそれが心配だねぇ……。」

 

「シビアな出走スケジュールだってのは元から分かっているし、ギムレットを担当している結城トレーナーだって承知の上でトレーニングを見ているはずだ。心配しすぎることはない。」

 

 タキオンの抱えている懸念を痛いほどに理解しつつも、鷹木は、ただ自分の立場から言えることをタキオンに告げることしか出来なかった。

 

 まだタキオンは、自分の心配事を全て語り切ってはいない。それは彼女の口調から十分に察せた、だからこそ鷹木は当たり障りのない相槌を返すにとどめていた。

 

 そこから先は、タキオン自身も概念的な物言いでしか表現できなかったが。

 

「“点”であるべきではないのだろうねぇ。運命を押しのける力が一点に集中しては、負荷に耐え続けられる期間にも限度があるねぇ。」

 

「ウマ娘レースの基本が、順位を競う個人競技って前提がある以上、避け難い構造だとは思うが……。」

 

「しかしレースを構成するのは、出走ウマ娘全員だ。けれど、惜しむらくは、自らの身体を壊すリスクを冒してでも、可能性を超えるだけのウマ娘は、数が限られているという事実だねぇ。」

 

 いかにウマ娘自身が限界の向こう側へ駆けていこうとしても、担当トレーナーがそれを是とすることはほぼ無い。

 

 レースでの勝利よりも優先されることがあるならば、ウマ娘が怪我をせず、無事に帰ってくること。現役としての期間を終えた後も、ウマ娘たちが健康な身体を保ち、生涯を全うできること。

 

 勝つためにレース出走へとウマ娘を送り出すトレーナーの全員が、その思いを抱いていることは疑うべくもない。

 

「現時点で、出走できる状態にある特異点は、もう一名いるねぇ……カフェだ。」

 

「たしか、凱旋門賞へと遠征する計画を進めている最中、だったよな?」

 

「無茶な計画だとは言わない、10月の出走に向け、8月辺りから準備期間を開始するとのことだからねぇ。もとよりカフェは遠征をさほど得意としていなかったが、今年に入ってからは身体能力本格化もあって、フランス行きにも耐えうるだろうねぇ。だが……嫌な胸騒ぎだけは、否定し難く残るんだ。」

 

 語りながら、タキオンの耳はピクリと動いて寮の方へと向けられる。

 

 既に周囲からは練習開始したウマ娘たちの蹄音や掛け声が響いていたが、ウマ娘の聴力をもってすれば一方向からの音も的確に拾えるのだろう。タキオンの耳が動いた方へと鷹木が振り向けば、ようやく身支度を済ませて練習場へと向かってくるヒシミラクルの姿があった。

 

 練習開始時刻に遅刻しかかっているにもかかわらず、京都レース場から帰ってきた翌日ゆえに許されると思っているのか、あくびを連発しながらダラダラと歩いてくるミラ子。

 

 彼女がここに到着する前に、表情から不安の色を消すべきだと判断したのか、タキオンは話題を切り上げた。

 

「まぁ、その胸騒ぎには何の根拠も無い、単なる私の直感に過ぎないからねぇ。すべては仮説、文字通りに可能性の域を出ない予感だ。気にすることが事態解決に直結するわけでもないねぇ。」

 

「それでも、実際に行動せずにいられない状況になったら、俺に声を掛けてくれ。こちらでも出来るだけのことはする。」

 

「……その時が来たら、頼りにさせてもらおうかねぇ。」

 

 大あくびで漏れた声が聞こえるところまでヒシミラクルが近づいてきていたのを機に、タキオンは立ち上がって練習コースへと向かっていった。

 

 タキオンの懸念は、今の鷹木には分かり易かった。クラシック級におけるタニノギムレット、シニア級におけるマンハッタンカフェ。今のところは怪我していない、各世代の頂点に立つ両名に、それぞれの世代の特異点としての負荷が集中しすぎている。

 

 とはいえ、彼女ら以外のウマ娘とて安穏としていたわけではない。

 

 それから数日ののち、本番レースの舞台に上がったのはダンツフレームだった。5月12日、東京レース場、芝1400m、京王杯スプリングカップ。

 

 マイルにおける頂上決定戦、安田記念の前哨戦として位置づけられる、歴史ある重賞レースである。昨年10月のマイルチャンピオンカップ以来、半年以上の期間を空けての現役復帰となったダンツフレーム。

 

 時おり結城トレーナーのもとへと合同練習に向かうたび、まさに前述のタニノギムレットと併走している彼女の姿は見ていたが、実際に本番に向けて仕上げてきたダンツの身体は、紛うことなき最高潮の状態であった。

 

 例によって練習場の休憩エリアで、鷹木がレース中継を映しだしたノートPC画面にかじりつくようにして、タキオンは興奮気味に語っている。

 

「ほうほう!元よりダンツくんは恵まれた体躯を有していたが、無駄の一切ない筋肉を引き締めてきたものだねぇ!あの風格はまさに特異点だ!」

 

「出ました、タキオン先輩の何でも特異点認定。けど、ダンツ先輩は今回4番人気ですねぇ。」

 

 興奮状態のタキオンの気迫にはすっかり慣れているヒシミラクルは、クールダウンをだらだらと済ませながら返答している。

 

 確かに、そのレースでは1番人気マグナーテン、2番人気ダイタクリーヴァ、3番人気ゼンノエルシド……と、実績を伴うベテランウマ娘たちが人気上位を占めていた。

 

 更には、条件戦とはいえ幾度もの勝利を重ねているビリーヴも出走メンバーに名を連ねていた。

 

「確かに人気順もまた妥当だが、東京レース場の1400mには粘り強さも求められるねぇ。短距離寄りとはいえ、コーナーを抜けた先の直線で上り坂を駆けあがる勝負になりがちだねぇ、ならばダンツくんの力強い走りに勝機はあるねぇ!」

 

「そう言われれば、そうですねぇ。前に一緒に走らせてもらった時も、ダンツ先輩はギムレットくんとほぼ並んで駆け抜けていってましたし……。」

 

 昨年のクラシック三冠を分け合った同期の面々と比較されがちなダンツフレームであるが、現役ウマ娘の中でも最強格に数えられる実力の持ち主であることは間違いないのだ。

 

 18名のフルゲートに出走ウマ娘たちが収まっていく中でも、大柄なダンツの身体はひときわ落ち着いて見えた。

 

〈東京芝1400m、バ場状態は良、京王杯スプリングカップ、間もなく発走の瞬間を迎えます。安田記念への切符を手にするのはいったい誰か。18名全員が収まりまして……スタートしました!綺麗に揃ったスタート、まずは大外18枠から、果敢に上がっていきましたゴッドオブチャンス、一気に上がっていきます、2番手はウチからトウショウリープ、その外に1番人気マグナーテンが続きます。ゼンノエルシド、ビリーヴが並んで、先頭集団を形成、向こう正面の坂を上っていきます。〉

 

 スタートからすぐ上りとなるコースゆえに、前半はさほどハイペースにならないのが通例であったが、今回は真っ先にゴッドオブチャンスがハナに立って逃げ始めた。

 

 それを追うように先団もペースを上げていく。ダンツフレームはと見れば、さほど後ろに下がり過ぎない中団後方について走っていた。

 

「良い位置だねぇ、いかに東京レース場の最終直線が長いとはいえ、完全なる切れ味勝負に持ち込まれるわけにもいかないからねぇ。」

 

「にしても、先頭の子、めちゃ逃げていきますねぇ。あれで勝機あるんでしょうか。」

 

 タキオンがダンツの位置取りの絶妙さを褒めている一方で、ヒシミラクルはぐんぐんと間合いを広げていく先頭のゴッドオブチャンスに視線を向けていた。

 

 先ほどタキオンが言っていた通り、スタート直後およびゴール前の二度、坂を上らなければならないこのコースでは、短距離で押し切るような走りは通用しづらい。とはいえ、まさに誰も予想できないレース結果を、現時点で断定することはできない。

 

〈さぁ3コーナーへ入っていきます、残り1000m。中団先頭にはジョンカラノテガミ、すぐウチに並んでトロットスター、その後タマルファイター、外を突いてワシントンカラー。さらに外からグラスワールドじわじわと前を目指す、それを追うようにダンツフレーム中団後方、すぐ後にネイティヴハート、イナリコンコルドあるいはザカリヤ、この辺り並んで混戦模様であります。残り800を切ってダイタクリーヴァ、イーグルカフェ、ハッピーマキシマム、さらにエイシンルバーン、ほとんど並んで最後方です。〉

 

 良い形で外を上がってきたグラスワールドを、しっかりとマークするようにダンツフレームは中団を追っている。

 

 グラスワールドは6番人気、人気順で言えばダンツよりも下ではあったが、幾度も重ねた練習の中で好位置についた相手を見極める目をダンツフレームは養っていた。

 

「コース取りの判断も正確だねぇ、18名が密集して殺到する中では、確実に前へと出られるルートを確保することこそ肝要だねぇ。」

 

「1400mともなれば、のんびり大回りで上がっていくわけにもいきませんからねぇ。……いや、にしてもゴッドオブチャンスさん、リード広げまくりじゃないですか?」

 

 相変わらず、ヒシミラクルは大逃げを披露している先頭のゴッドオブチャンスにばかり視線を向けている。

 

 大逃げという作戦は派手ではあるものの、どうしても最終直線で伸びてくる後方集団に埋もれる絵面の方が多くなる。とはいえ、残り800を切った今なお失速の色なく快調に飛ばしていく様は、東京レース場を湧かせつつあった。

 

〈残り600を切りまして、いよいよ最終直線へと向かいます。先頭はゴッドオブチャンス、これはかなりのリードを取っての大逃げだ、続く2番手はトウショウリープだが、ここですぐ外からビリーヴが上がってきた!ウチからトロットスターも前を目指すが、大外を回ってきたのはグラスワールド!さらに続くダンツフレーム!残り400、坂を駆けあがって先頭のゴッドオブチャンスに迫っていきます!〉

 

 タキオンの見立て通り、ダンツフレームはグラスワールドに続く形で中団を抜け出して前を目指し始めた。

 

 中団から末脚を使ったビリーヴが内側を更に前へと進んでいたが、それを差し置いてもなお前方にあったのはゴッドオブチャンスの姿である。

 

「失速しないねぇ!ゴッドオブチャンスくん、上手く息を抜いてコーナーを回り切っていたと見える……いや、グラスワールドくんならば、果たして追いつけるかねぇ?」

 

「ダンツ先輩は、流石に一歩及ばずでしょうかね。」

 

 しかし、身軽に駆けあがっていくグラスワールドやビリーヴに並んで、少々重そうに見えるダンツの体躯は負けず劣らず加速力を発揮していた。

 

 既に先頭のゴッドオブチャンスとの間合いは2バ身以下にまで詰まっていた。昨年のダービーでジャングルポケットと競った時以上に、ダンツフレームの最終直線での加速は伸びていたのである。

 

〈迫る迫る!グラスワールド、先頭のゴッドオブチャンスへとぐんぐん差を詰めていく!残り200を切って、ウチ側のビリーヴ、そして外からはダンツフレームが並びかける!だがゴッドオブチャンス、食いしばって粘る!グラスワールド捉えるか、ゴッドオブチャンス逃げ切るか!ビリーヴもダンツフレームも一歩も譲らず並びかけているが、今、先頭はゴッドオブチャンスのまま、ゴールイン!逃げ切りましたゴッドオブチャンス、11番人気からの勝利です!!〉

 

 大番狂わせの結果であった。一着のゴッドオブチャンスは11番人気、続くグラスワールドは6番人気、そして三着は7番人気のビリーヴであった。

 

 1番人気のマグナーテンはダンツフレームに次ぐ五着……すなわち、ダンツフレームは四着にまで食い込んでいたのである。

 

「あのゴッドオブチャンスくんの大逃げ成功には驚かされたがねぇ、しかしダンツくん、7カ月近くのブランクの後にあそこまで先頭に迫るのならば、十分すぎる戦果と言えるだろうねぇ。」

 

「10番手あたりから、先頭近くまで駆け上がって行ってるわけですもんね。ダンツ先輩、安田記念勝っちゃうかもですよ。」

 

 ヒシミラクルのノンビリした口調とは少し毛色が違い、タキオンの目の内には多少の緊張感が走っていた。

 

 事前の人気度通りではない結果になったとはいえ、これが可能性世界による既定を脱した、特異点の為せる業であるかと問われれば、首肯し難く感じているのだろう。

 

 それを断定する材料は明確ではないものの……鷹木は、先日のNHKマイルカップの時とは異なり、レース中継配信に一切の障害が起きていない点を気にせずにはいられなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。