探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 世間がダービーや安田記念といった大舞台が近づく日々を楽しみにしている中、未だ手にしていない初勝利を求めて鍛錬の日々が続いているヒシミラクル。幸いながら競争相手として十分すぎる実力を有するウマ娘は身近におり、ノーリーズンもその一員であった。今年の皐月賞ウマ娘となった彼女は、むろんダービーへの出走も予定しており、同日の未勝利バ戦に出走する予定のヒシミラクルのことは併走相手として快く歓待していた。


最も身近な朋が、歴然たる強者で

 ヒシミラクルの次なる未勝利バ戦への出走日、すなわち日本ダービーの同日が近づいてくる5月の中旬。

 

 鷹木とタキオンも連れて、ヒシミラクルはトレセン学園敷地の隅にひっそりと広がる練習場に向かっていた。片桐トレーナーが、タップダンスシチー専用の練習場を確保するため、使われていなかった芝の養生地を自前で整備しているエリアである。

 

 しかし、その日、片桐トレーナーもタップダンスシチーも、その場に姿はない。待ち構えていたのは片桐の指導下にあったもう1名のウマ娘、ノーリーズンであった。

 

「にゃっはっはぁ!ミラ子ぉ!待ちかねたぞ!いざ尋常に勝負じゃあ!」

 

「へぇ?ひきなぃようぃたひてなんのよぉほおおっはら、はわぁーぁあ……。」

 

「気炎滾る立ち合いの口上にあくびで返すとは感心せんなミラ子ぉ!」

 

 初夏の陽気に照らされながらここまで散歩気分で歩いてきたヒシミラクルには、それ相応の眠気が蓄積していたのか、口を開くと同時に大あくびが披露されていた。

 

 ノーリーズンが独りきりで待ち構えていたのも、その日は片桐トレーナーとタップダンスシチーが東京レース場へと向かっていたためだ。目黒記念、中央ウマ娘レースにおいては最古の歴史を持つ一大レースである。

 

 翌週に日本ダービーへの出走が迫るノーリーズンは、トレセン学園に居残って練習を続ける形となっていたのだが、単独で粛々と走るのも性に合わなかったのだろう。

 

 自分が呼びよせただけに、大あくびをかましているヒシミラクル相手に強く出られず困り顔のノーリーズンに対し、鷹木が頭を下げる。

 

「済まない、これでもヒシミラクルは調子を上げてきている方なんだ。満足のいく併走を実現できると思う……。」

 

「頭を上げてくれんか、ワシとてミラ子に胸を借りるつもりで呼びつけたんじゃから!」

 

「なるほどねぇ、東京レース場2400m、日本ダービーの距離はノーリーズンくんがこれまで出走した中でも最長だからねぇ。」

 

 鷹木の傍らから、タキオンが口を挟む。当然ながらノーリーズンにとっても今は最後の追い込み期間、併走練習相手は実戦的な能力を有するウマ娘に限る。

 

 クラシック三冠の一角に挑もうとするノーリーズンに対し、ヒシミラクルが釣りあう競争相手となるかとまで問われれば、鷹木は歯切れ悪くなっただろうが……距離が伸びるほどヒシミラクルの本領であることだけは間違いなかった。

 

 むろん、ヒシミラクルの側としても、今年の皐月賞ウマ娘であり、ダービーに出走予定のノーリーズンが、競走相手として申しぶんの無い存在には違いない。

 

 二度目のあくびを連発しているヒシミラクルを、鷹木は急かした。

 

「さっそくウォーミングアップを始めるぞ、ただでさえエンジン掛かるのが遅いんだから。」

 

「ふぁい……がんばぃます。」

 

 まだ眠気が飛びきっていないミラ子の口調にはあやふやさが残っていたが、ジャージの上着を脱いで準備運動を始めてまもなく、スイッチは入ったようであった。

 

 普段の振る舞いはそうそう変わるものではなくとも、先月から繰り返してきたレース本番の感覚は抜け難い。広々とした芝地を競走相手と共に踏みしめれば、自然と体温は上がっていく。

 

 さすがにまだ本格的に走ることは出来ないタキオンは脇に退いて見ているしかなかったが、この併走は彼女にとっても興味深いものであるらしかった。

 

「ノーリーズンくんの皐月賞での走りは、実に見事だったからねぇ。そもそもウマ娘レースにおいて、人気度下位の出走者が勝つこと自体はままあるが、ギムレットくんですら巻き込まれるほど密集した隊形の中から抜け出しての勝利は、ひとえに状況見極めの正確さの賜物だろうねぇ。」

 

「ワシ自身、あの戦での観察眼は冴えておったと思うとる!じゃが、かの魔物、ギムレットが次なるダービーにても二の舞となるとは思えんからのぅ。」

 

 集団を綺麗に交わしたうえでの実力勝負となれば、今のタニノギムレットを凌駕することがいかに困難であるかは言うまでもない。

 

 すなわち、このヒシミラクルとの2名だけでの併走は、2400mを走り抜くラストでの純粋な末脚勝負を試す意味合いがノーリーズンにとっては強かった。

 

 同じレースに出走する相手と作戦を見せ合うわけにもいかない現状、同期の中でも十分な実力を示せる存在としてヒシミラクルは選ばれていたのである。両者のウォーミングアップが済んだのを確認し、鷹木は練習コースのスタート位置へ向かう。

 

「では、ダービーの条件、距離は2400mだ。ヒシミラクルは、2000mのところにゴールがあるつもりの感覚で走れ、それで丁度いいぐらいだからな。」

 

「いやそりゃあ極端すぎません?」

 

「そうしてもらうと有難いのぅ、本番でもミラ子ほどゆったり上がっていく奴はおらんじゃろうからな!にゃっはっはぁ!」

 

「せめてノーリーズンに並ぶまでは行ってくれよ、ヒシミラクル。じゃあ、用意……スタート!」

 

 鷹木がストップウォッチを押すと同時に、スタートラインから飛び出していくヒシミラクルとノーリーズン。

 

 ヒシミラクルもまた度重なる練習の成果を得て十分に良いスタートを切っていた、これまで散々鍛えてきた中でも最良のタイミングで駆け出していけたと言っても良いほどである。

 

 が、ノーリーズンは、一歩目から別格であった。ヒシミラクルと完全に同時にスタートを切ったにもかかわらず、瞬きの間に数メートルは先へと走り抜けていた。

 

「皐月賞ウマ娘は、やはり並みとは違うものだねぇ。」

 

 タキオンが満足げに呟いている傍ら、鷹木はヒシミラクルの加速にじっと視線を注いでいた。

 

 彼女を指導し始めた今年の初頭のごとく、足を速めるよう声をからして叫ぶようなことはもう無かった。ヒシミラクルは完全に体が温まった状態であり、今年に入って二度繰り返した未勝利バ戦敗退を乗り越えんとする闘志は今や常に胸中にあった。

 

 正面スタンド前に見立てた直線を抜けてコーナーへと入っていく両者。追い込みのペースで速度を控えているノーリーズンの、更に後ろにヒシミラクルの姿はあったが……以前の併走練習のごとく、大きく離されるようなことはない。

 

「良いペースだ、ミラ子。2400を走るペースとしては、の話だが……。」

 

「2000mを走り抜くつもりでペースを上げさせるのが、やはり丁度良いといったところだねぇ。」

 

 向こう正面に入ってもなお、ヒシミラクルはペースを緩めない。

 

 平常時には敢えて示すことのない、同期ウマ娘と対峙する際の思い。彼女が去年の時点で予定していた通り、レース現役を退いて進学するコースに入っていたら、抱くことのなかった感情。

 

 同じ学年のノーリーズンやタニノギムレット、そしてシンボリクリスエスらがクラシック三冠を今まさに競おうとしている一方で、自分は未勝利バ戦を乗り越えるだけで四苦八苦しているという現状への思い。

 

 現実として目の前をノーリーズンが走っていく状況を体感している局面に、ヒシミラクルの脚はおのずから速まっていくようであった。

 

「見たまえトレーナーくん、上がり始めたねぇ、ヒシミラクルくんが!これまでにないペースだ、勝ちに持ち込めるかもしれないねぇ!」

 

「そこまでは指示していないが、だが、行けるか?ミラ子……。」

 

 自然と身を乗り出して声にも熱が入り始めているタキオンと共に、鷹木もヒシミラクルの脚の回転率が上がり始めている様へとじっと目を凝らす。

 

 前回の出走、5月4日の未勝利バ戦で、ヒシミラクルは既に出走者中一番の加速を発揮できていたため、それを強みとして引き出していく方針を鷹木は立てていた。向こう正面から加速し始めるという変則的な作戦は、慣れない内に実行しても前方の競走相手にリードを広げられるなどして対処されてしまいかねない。

 

 しかし、競走相手に対処の余地すら与えないほどの迷いなき脚の使い方であれば、別である。今、練習コース上では、3コーナーに入る前にヒシミラクルがノーリーズンよりも前へと出ていた。

 

「そのまま上がり続けられるかい、ヒシミラクルくん!」

 

「あぁ、ミラ子ならバテることはないはずだ、あとはノーリーズンがどこで差しに来るか、だが……!」

 

 鷹木の言った通り、ヒシミラクルの潤沢なスタミナは枯渇には程遠く、速度を緩めることなくコーナーを回り切っていよいよ最終直線へと差し掛かる。

 

 が、流石にノーリーズンの加速の切れ味は尋常ではなかった。直線に向くやいなや、それまで控えて溜めていた分の末脚を爆発させ、猛然と後方から迫ってくる。

 

 むろんヒシミラクルは2000mを越えてもゴールラインを真っすぐに見据え、最高速域を保って駆け続けていたが……残り数メートルのところで、ノーリーズンに差し切られたのち、ゴールラインを越えていた。

 

「ゴール!……さすがにノーリーズンの勝利だ、だがここまで迫ることが出来ているのは、良い結果だ、ミラ子。」

 

「いよいよ走りが本番に通用するところまで来ているねぇ、ヒシミラクルくん。」

 

 いつも通り、ゴール直後のヒシミラクルはさほど息切れの様子はない。とはいえ、今回はノーリーズンもまた同じく、余力を残している様子であった。

 

 ヒシミラクルの変則的な走りに並んでいたためか、本来想定しているよりも道中のペースが僅かながら緩んでしまっていたらしい。

 

「ミラ子にあんなにも先を行かれてしまうとはのぅ!他の面々と併走してきたが、今のペースを見せられるのは初めてじゃあ!ワシの策の新たなる糧とせねばな、感謝するぞ、ミラ子!」

 

「ペースが緩んじゃったうえでの、あの最後の走りなのかぁ……やっぱ凄いよノーリーズンちゃん、二冠目も獲れちゃうんじゃない?」

 

「にゃっはっはぁ!当然じゃ!」

 

 ノーリーズンとヒシミラクルの朗らかなやり取りは、これまで担当してきたウマ娘がウマ娘であるだけに、鷹木の目には妙に眩しく感じられた。口調はさておき、互いを素直にたたえ合うやり取りはなかなか見られるものではなかった。

 

 アグネスタキオンも自覚はあるのか、心地良い汗を流したばかりの後輩たちのやり取りには邪魔を入れず、一歩下がって見つめるばかりであった。

 

 その後も休憩を挟みつつトレーニングを済ませた後、15時半近くになったのを見計らって、一同は練習場に併設されたプレハブ小屋へ移った。

 

 片桐トレーナーが、自分の手で整備することを条件にこの練習場を得たのと並び、ウマ娘の休憩スペースとして許可を得て建設したプレハブ小屋。電線やネット回線も本校舎から引かれ、ウマ娘レースの中継のみに限られているものの映像を閲覧することも出来る。

 

 例によって、練習場の整備を手伝うことと引き換えに片桐からパスワードを聞き出していた鷹木は、東京レース場からの中継配信ページへと繋いでPC画面に映像を映した。

 

「間もなくだねぇ、タップダンスシチーくんが出走する目黒記念。コースの構成も少々独特だ、近しい距離のレースとも簡単には比較できない、テクニカルな条件だねぇ。」

 

「あぁ、ダービーの2400mに100mを足した2500mだが、それだけでまるきり違うペースになるからな。」

 

 東京レース場の芝2500mという条件は実のところごく珍しく、目黒記念以外ではアルゼンチン共和国杯、あとは時おり条件戦で組まれる程度である。

 

 2400mとの大きな違いは、スタート直後に100m以上の上り坂が待ち構えている点である。そのため全体の速度はいきなりは上がりづらく、東京レース場特有の向こう正面の上り、さらにゴール前にもう一度正面の上りを通過しなければならない。

 

「ハードですねぇ、中距離というか長距離並み、みたいな。」

 

「じゃが、タップダンスシチー先輩ならば心配はなかろうて!ここで幾度も幾度も、2500mを正確に回ってくる鍛錬を積んでいた姿をワシは見ておる!」

 

 スタート直後のものを含めて上り坂を3回、コーナーを4つ通過するコースにおいて、正確なペースを維持して走り抜く実力は確かに頼りになるだろう。

 

 時には波乱が予測される目黒記念の舞台に、片桐の指導したタップダンスシチーがどこまで通用するものか、鷹木もレース中継画面から視線を外せなかった。

 

〈曇り空の下、本日のバ場状態は重となりました、東京第11レース、目黒記念。18名、フルゲート出走のウマ娘たちが今、全員収まりまして体勢完了……スタートしました!綺麗に揃ったスタート、一周目の正面スタンド前を駆け抜けていきます。まず大外から上がっていきますのはケイエムチェーサー、ウチをついて1枠のタップダンスシチーが2番手に入ります。後はチカラダユウキ3番手、プレミアムバラード、あるいはローズバドが並んで先行集団を形成しています。〉

 

 歴史ある重賞、GⅡレースであることもあって、オープンクラスに上がって2か月のタップダンスシチーにとっては格上の相手が数多出走している。

 

 しかし出走枠が最ウチ、1枠であるのはタップにとって追い風であった。いつも通り、スタートからゴールまで自分のペースを維持する作戦に出ているタップは、さっそく集団に呑まれることなく先頭付近へと躍り出ていた。

 

「よぉし!あの位置につけば、もはや勝ったも同然じゃあ!」

 

「気が早いって、ノーリーズンちゃん……でも、タップさんなら、あのまま先頭で走り抜いちゃいそうだけど。」

 

 タップダンスシチーは8番人気であり、一方で1番人気のトウカイオーザが後方で周囲からのマーク集中を引き受けていたのも状況を楽観視させた。

 

 人気度上位をはじめ、勝利候補と見られた有力なウマ娘はいずれも中団より後ろへと控えた位置についていたのである。

 

〈大歓声の正面スタンド前を抜けましてまずは1コーナーへと入ってまいります、先頭はケイエムチェーサー2バ身のリード、続く2番手はタップダンスシチー、チカラダユウキ3番手が先団であります。中団以降はホットシークレット、あるいはレディパステル。その後にセイコーサンデー、そのウチに並んでロードフォレスター、外を突いてフサイチランハート、さらにアクティブバイオが外を回っていきます。1番人気トウカイオーザは後ろから4番手あたり、中団後方に位置しています。〉

 

 2コーナーから緩やかに下っていく区間、ここではまだ仕掛けるには早すぎるものの、全体のペースはじわじわと上がっていく。

 

 特に中団は3名から4名が横並びとなり、密集した隊形の中で思うような身動きが取れない状態であることは明らかだった。

 

「フルゲート出走で、あれだけ詰まっていればねぇ……このレース、前が逃げ切るか、後方で控えていた面々が最後に駆けあがってくるか、のどちらかになりそうだねぇ。」

 

「ということは、タップ先輩の勝ち目はあるということじゃな!?」

 

 ノーリーズンの言葉に、タキオンは一応頷き返しはしたが、しかし彼女の視線は後方集団をずっと捉えていた。

 

 集団に巻き込まれずタップダンスシチーはロスなく走って行っているとはいえ、上り坂を幾度か越えねばならないコースで、先頭付近に位置取り続けることは相応の負担を意味する。

 

 巧みに脚を休めながら、全体の状況を見渡せる追い込みの位置から、誰が駆けあがって来てもおかしくない状況だった。

 

〈先頭は向こう正面の直線へと入っていきます、後方集団ですがトウカイオーザのすぐ後につけているのはクラフトマンシップ、その外を突いてタニノエタニティ。ほとんど並んでトシザブイ、そしてウチを突いてユーセイプライム。最後方はアドマイヤロードといった形で、各バ向こう正面の坂を越えていきました。先頭はケイエムチェーサーですが、じわじわと2番手タップダンスシチーとの差が詰まってきている、このまま先頭交代という流れになるか。〉

 

 相変わらず正確なペースを刻み続けているタップダンスシチーの精密な走りに、鷹木は低く感嘆の唸りを漏らしていた。

 

 今も、タップダンスシチーは一定の速度を維持しているために先頭との間合いが詰まっているのである。1番手のケイエムチェーサーが上り坂の手前で一息入れようとしたのが分かり易くなっていた。

 

「プラン通りにレースは進んでいるようだねぇ、タップくん。彼女が失速することはまず無いだろう……だが、後ろが不気味だねぇ。」

 

「1番人気のトウカイオーザさんが、ずっと足を溜めておられますもんねぇ。」

 

 ヒシミラクルはそう言ったが、タキオンは既に別のウマ娘へと注目していた。

 

 トウカイオーザは、あまりにも周囲からのマークが集中しすぎて思うようには動けないだろう。それでも彼女の実力なら抜け出せはするだろうが……。

 

 誰からも注目されていない、12番人気のトシザブイは、最後方にて大外に出るコースを既に取っていた。

 

〈さぁ残り1000mを切りまして3コーナーを回っていきます、先頭はケイエムチェーサー、しかしほとんど差が無くタップダンスシチー、並んだ、そして先頭入れ替わりましたタップダンスシチー!今回こそこのままゴールまで突き抜けていくのか、しかし中団後方からもバ群を抜けて2番人気レディパステルが上がってくる、800を切りました、外を回ってセイコーサンデー、さらに連れて上がってくるのはアクティブバイオです!1番人気トウカイオーザはまだ集団の中に埋もれているか!〉

 

 盛り上がっていく歓声とともに、集団を大外回りで駆けあがっていくウマ娘たちが画面の中で大写しとなる。

 

 人気度上位のウマ娘たちがそこに含まれているが故の画面ではあったが、ノーリーズンとしては先頭のタップダンスシチーの姿が映し出されない数秒間がやきもきしたものとなっていたようだ。

 

「えぇい、タップ先輩の姿を映さぬか、キャメラマンは!……あぁ、そうじゃ、これだけのリードがあれば……いや、うーん……!?どうじゃぁ!?」

 

「むろんタップくんとて、これ以上の加速が出来なくはないだろうが、そろそろ来るねぇ、ノーマークの追い込みが!」

 

 実況でもまだその追い上げに気づいていないウマ娘、トシザブイが末脚を発揮した瞬間を、タキオンは画面の端に見逃さなかった。

 

 密集隊形の中、バ群から抜け出そうと駆け引きし、スタミナを費やしていた面々を脇目に……歓声に埋め尽くされたスタンドの目の前を、駆けあがっていくのは栗毛、紫と黄の勝負服が特徴的なウマ娘であった。

 

〈最後の直線、400を切りました!先頭はタップダンスシチーだが、外からアクティブバイオ、セイコーサンデーが並んで上がってくる、レディパステルも負けじと食らいつく、ここで大外からトシザブイ!トシザブイが一気に上がってきた!残り200!これは凄まじい末脚だ、トシザブイ!並ぶ間もなくあっという間に交わして先頭に立った、なおも間合いを広げていくトシザブイ!大歓声の中、今、トシザブイが先頭でゴールイン!初の重賞制覇であります、トシザブイ!!〉

 

 12番人気のウマ娘が、ノーマークの最後方から一気に駆け上がって来て、華麗に先頭を奪って勝利する劇的な一幕。

 

 東京レース場の大観衆がどよめき、そして大いに沸かぬはずもない展開である。一方で、タップダンスシチーは後方から駆け上がってきた面々に呑まれつつも、最後まで失速することなく五着には入っていた。

 

「がぁあ!タップ先輩が、ごっ、五着かぁっっ!無論好位じゃ、じゃが、しかし……いやぁ強いのぅ、重賞レースの連中はぁぁっっ!!」

 

「ノーリーズンちゃん、ちょっと声抑えて……まーでも、凄いレースだったねぇ、誰も見てないところから上がって来られるだなんて。」

 

 レース直後の興奮のあまり、声のボリュームが限界突破しているノーリーズンの傍らで、ヒシミラクルは耳を抑えつつ、こちらもレースへの興奮そのものは味わっている様子である。

 

 彼女らのやり取りを脇に、鷹木はタキオンの横顔へそっと視線を向けた。

 

 今のレースもまた、先週の京王杯スプリングカップ同様、人気度の低いウマ娘が大方の予想を裏切って勝ちきるという展開である。これは、タキオンとしては特異点の働きであると見るだろうか?

 

 しかし、タキオンは今のレースの展開にこそ昂揚を見出していたものの、探求者らしい好奇心の色は、その眼に浮かべてはいない様子であった。

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