探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 ついに初勝利を得てデビューを為したヒシミラクル、彼女に間もなく降りかかる課題は、一度もセンターに立ったことのないウイニングライブでの振り付け確認である。むろんミラ子自身も、自分がそのように目立つ舞台に上がることなど無いと考えていたため、これまたフィーリングでしかこなしていなかったタキオンと共に四苦八苦することとなる。一方、同日に行われる日本ダービーこそが、この日全国のウマ娘ファンが待ち望んだ大舞台であった。シンボリクリスエス、ノーリーズン、そしてタニノギムレット。今世代の優駿たちが直接対決する場が、いよいよ幕を開けようとしていた。


煌めきは消えゆくが故に眩く

 レースの決着そのものを目の当たりにした時は、感極まっている鷹木とは対照的に冷静な分析力を見せていたアグネスタキオン。

 

 しかし、当の出走者であるヒシミラクルが地下バ道を通って控室へと戻ってきた時には、またも興奮度合いは鷹木と逆転していた。客観的にレースを俯瞰する時と、可愛い後輩ウマ娘を目の前にした時とでは、やはり抱く感情が異なってくるのだろう。

 

「素晴らしい走りだったねぇ!そして初勝利おめでとうヒシミラクルくん!3バ身差をつけて圧倒的な勝利だねぇ!やはり私が見込んだだけのことはあるねぇ!優駿だねぇ!末はダービーウマ娘だねぇ!」

 

「落ち着いてくださいよ、まさに今日がそのダービーの行われる日ですってば。いやぁ、しかし……この私も10戦目で、ようやくデビューですかぁ。すんません、出来の悪い後輩で。」

 

「何を言うんだい、現にこうして勝ったのだから、その時点で最強のウマ娘だねぇ!一勝をあげることが、どれほど困難で偉大なことか!」

 

 無敗で皐月賞を獲った先輩から言われても、さして説得力は感じなかっただろうが……無条件に褒められまくっているヒシミラクルは照れながらも、着実に嬉しさをかみしめているようであった。

 

 タキオンの物言いが大袈裟に過ぎることには違いなかったが、鷹木も控室の端で頷きながら聞いていた。

 

 ウマ娘の全てが現役レース選手を目指すわけではなく、中でもアマチュアではなくプロの道に入り、地方ではなく中央の舞台に上がり、入学するだけでエリート扱いとなるトレセン学園に在籍し、さらにその中でもデビューにまでこぎつける存在は……既に、ごく一握りの優駿の仲間入りを果たしているのだ。

 

 鷹木はここにきて声を出して初めて、自分の喉が堪えていた涙やら鼻水やらで詰まりかけていたのに気づかされた。

 

「お゛、お゛めでどう゛、ヒ゛シ゛ミ゛ラ゛ク゛ル゛……づいに゛、デビューだな゛……ッ!」

 

「ちょ、ちょっとぉ、鼻水を拭いてから喋ってくださいよトレーナーさん。せっかくの祝福の言葉、もーちょい綺麗な感じで受け取りたかったですよ、もぉ。」

 

「なんだいトレーナーくん、私が初勝利を得た時とは比べ物にならぬほどに喜んでいるじゃないか。まぁ天才たる私が勝利するのは当然であることについては異論はないがねぇ。」

 

 確かに2年前、アグネスタキオンの初勝利時には、鷹木の思考の殆どを占めていたのはデビュー後のタイトなスケジュールへの懸念、それに伴う脚の故障に対する不安ばかりであった。ゴール直前の勝利が確定した状況を目にして、タキオンが脚を使いすぎないように速度を緩めるよう指示を出したほどである。

 

 それとは対照的に、怪我とは無縁の頑丈な身体を持つヒシミラクルが、全力をもって駆け抜けたうえで勝利をついに手にしたとなれば、喜びもひとしおであった。

 

 当のアグネスタキオン自身も、自分が勝った時よりもはるかに嬉しそうにしていることには違いなかった。

 

「ここからは常勝街道まっしぐらだねぇヒシミラクルくん!次に出走するレースは何だいトレーナーくん、既に決まってはいないのかい!私は早くGⅠでヒシミラクルくんが走るところを見たくて待ちきれないねぇ!」

 

「だから気が早すぎますって、タキオン先輩。正直、今日のウイニングライブでセンターの振り付けが出来るかどうか、そっちのほうがずっと私としては不安なんですけど。」

 

「そんなことならさっさと言いたまえ!ほぼ常にセンターでライブをこなしてきた、この私が教えてあげようじゃないか!『Make debut!』だねぇ!さぁ立ちたまえ、まずはイントロの入りから歌唱が……」

 

 興奮冷めやらぬ状態のまま、少々過剰すぎるほど丁寧にヒシミラクルの手取り足取り、振り付けの確認を始めるタキオン。

 

 自分の好奇心や探求心を最優先する姿ばかりが印象に残るのは、去年までの話。アグネスタキオンは、間違いなく自分の後継となる後輩たちの面倒を見ることに積極的であった。それ自体が、ウマ娘レースの向かう歴史を見定めることと関連があるためでもあったろうが。

 

 独り控室の隅で涙や鼻水を拭いている鷹木の脳内では、以前に担当していたテイエムオペラオーが対照的な存在として意識に上っていた。

 

 オペラオーもまた、初勝利時に喜びを分かち合うというよりも、ただただその強さにトレーナー側が圧倒されるようなデビューを遂げたウマ娘であった。その後クラシック期に皐月賞を獲り、その翌年には世紀末覇王として中央ウマ娘レースに覇を唱え……自らを打ち倒す勇者たちの出現だけを見届けて、去っていったのだ。

 

 傍らに鷹木トレーナーがおり、レースではメイショウドトウが常に追走していたこともあって、オペラオーは孤独でこそなかったものの、こうして後輩と絡むような機会はほぼ無かった。唯一の例外として、アグネスデジタルという異端の勇者は存在したが。

 

「タキオンなら、次代に道を繋げられる。」

 

「え?」

 

 ちょうどタキオンは、ヒシミラクルとともに、今日のウイニングライブの振り付けを思い出しきれずわちゃわちゃと手を取り合っていたところであった。

 

 『Make debut!』のサビの振り付けでは、センターに立つ一着のウマ娘だけがまず胸元に手を置き、ファンに向けてお辞儀をする動作が挟まれるのだが、その箇所をさほどタキオンも覚えていなかったのである。

 

 うろ覚えであることについては変わりないヒシミラクルが、流れで慣れているバックダンサーと同じ動きへと入っていくのを違和感とともに見つめつつも、タキオンは鷹木へ返答する。

 

「次なる特異点が来る前に、といったところかい?」

 

「あぁ。」

 

 テイエムオペラオーが強大すぎる特異点となり、ウマ娘レースの歴史に深々と爪痕を残したならば、その後を続けるために道を次世代へと繋げなければならない。

 

 今もなお十分に強いウマ娘は活躍しているが……これから後、またしても歴史そのものを大きく分断するほどに、特異すぎるウマ娘は現れぬとも限らないのだ。

 

 現状確認されている、ウマ娘レースにおける異変、過去と同じ展開を繰り返す非現実性。それは、歴史を断絶させぬため、繋げることに専念すべき時期だと示すシグナルであるのかもしれない。

 

 タキオンは、鷹木の相槌ひとつに、鷹木が思い描いていた以上の理論を見出したようであった。

 

 一方のヒシミラクルは、タキオンがいつも通りの口癖を喋った、程度の認識で聞き流しながら振り付けの確認を終えていたが。

 

「I believe 夢の先までー……っと、ここで、掲げた右手を振るんでしたっけ、それともグッと胸元に持っていくんでしたっけ。」

 

「その辺はフィーリングで流せばいいねぇ、多少なら本来と振り付けが違っていても、キミなりのアレンジだと見てもらえるだろうからねぇ。さぁて、そろそろ昼近い頃だし、混雑する前に昼食を買って来てあげようかねぇ。レース後の疲労を癒して、ライブに向けて腹ごしらえを済ませておかねばねぇ。」

 

「あ、じゃあ私、きしめんのエビフライ乗せと、牛タンステーキで。」

 

「食いすぎると動きながら歌えなくなるからほどほどにだねぇ!」

 

 鷹木と二人きりであれば、ほぼ確実にトレーナーに買いに行かせているだろうタキオンも、後輩ウマ娘のためならば率先して席を立つことが出来るのであった。そんな先輩に買いに行かせておきながら、遠慮ない注文を入れるヒシミラクルの図々しさも相変わらずだったが。

 

 その日の中京レース場もフルにレース開催があったため、ライブ開始は夕方まで待たされることとなる。が、待っている時間を長く感じることはなかった。

 

 ウイニングライブに備えたリハーサルと振り付けの再確認をしつつも、観客のみならず待機中のウマ娘たちの意識は、本日の東京レース場で行われる日本ダービーに完全に持っていかれていた。

 

 リハーサルを終えて一旦ライブ会場から戻ってきたヒシミラクルは、暑そうにジャージの上着を脱ぎつつ喋る。

 

「いやー、さすがに皆、スタッフさんも含めて、どことなく上の空って感じでしたねぇ。ライブステージの監督さんも、ダービーの発走時刻に合わせて練習時間を切ってくれましたし、やっぱ皆、見逃せないって思ってるもんですねぇ。」

 

「今日のダービーを中継番組で見た直後に、ミラ子の初勝利のウイニングライブを見ることになるわけだな、ここに来た観客たちは。ライブ中も、頭の中はダービーのことでいっぱいの状態が続いているかもしれないな。」

 

「まー、その方が気楽でいいもんですよ、あんまり真剣に見られても歌とか振り付けとかミスっちゃいそうですし。」

 

 ヒシミラクルと共に戻ってきた鷹木がドアを開ければ、控室で待機していたタキオンは既に室内のテレビをつけ、東京レース場からの中継番組に見入っていた。

 

 ちょうどダービーの出走の瞬間を見ることが出来るようにリハーサルが終えられたおかげで、画面内ではウマ娘たちが地下バ道から出てきたばかりの状態が映っていた。

 

 タキオンはこちらを振り向きもせず、当然の如く画面に大写しとなったタニノギムレットの容姿に釘付けとなっている。

 

「状態は完璧のようだねぇ、ギムレットくん……あの引き締まった脚、確実に勝利を獲りに行くだろう……どうか、壊れずに……」

 

「おー、クリスエスちゃんも出てきましたねえ、メッチャ会場の歓声が上がってますよ。これまでずっと期待されてましたもんねぇ。」

 

 今世代最強格と目されるタニノギムレット、そして不調だった時期を乗り越えて遂にクラシック路線にまでやってきたシンボリクリスエス。

 

 この両名がいよいよ揃い踏みする大舞台、日本ダービーの始まりを目前に、幾万人もの観客が沸かずにいられるはずもない。自分の存在も忘れられまいとしてノーリーズンがブンブンと手を振ってアピールする様にも、同時に笑い声が上がった。

 

「一緒に練習した仲としてはノーリーズンちゃんにも勝ってほしいですけど……いや、やっぱ、オーラって言うんでしょうか、風格からして他と違いますね、クリスエスちゃん、ギムレットくん。」

 

「ギムレットとしてはNHKマイルカップと共にダービーも勝つ、と豪語した上での出走だからな。いよいよ自分を追い込んだ上で万全を期しての調整を済ませているだろう。」

 

 ミラ子に言いながら、鷹木はタキオンの様子を横目で見る。

 

 先ほどからずっと食い入るように中継画面を見つめ続けているタキオンは、既に真剣そのものの表情であった。彼女がずっと気に掛けている、レース前の歓声の大きさは……過剰に小さすぎることなどなく、本来のGⅠレースであるべき十分な声量が保たれているように聞こえた。

 

〈曇り空の下ですがバ場状態は良となりました、東京レース場芝2400m、あらゆる実力を試される最高峰の舞台、日本ダービー!間もなく発走です、全ウマ娘収まりまして……スタートしました!一斉に駆けだしていきました一周目のスタンド前直線、僅かに遅れたかハイファッション。さぁ今回最も注目されるタニノギムレットも、中団の位置になります。ウチを突いてダイタクフラッグ、それから外を上がってきたサンヴァレー、一気にウチに入って先手を取りました。続いてバランスオブゲームも外を突いて上がってまいります。〉

 

 3枠からスタートしたタニノギムレットは、やはり1番人気らしく周囲からのマークを受けながらも、無理に前へ出ようとせず囲まれるに任せて中団後方へと落ち着いていた。

 

 シンボリクリスエスも中団に、ノーリーズンもまた位置取り争いに加わることなくタニノギムレットとほぼ同じ位置へと収まっている。レース場全体に轟き渡る大歓声を浴びつつ、前方へと殺到していったのは人気度下位のウマ娘たちである。

 

「うわうわ、しょっぱなからあんなに飛ばしてる子がそれなりにいますよ。2400mを走り切るにしちゃ、ハードすぎません?」

 

「長距離寄りとはいえ、ペースを作るのは先頭に立つウマ娘だ。うまく全体をコントロール出来れば、逃げや先行から勝ちに持ち込むことはできる……よほど優れた能力の持ち主に限って、の話だが。」

 

 ヒシミラクルの言葉に、鷹木は答える。ジャパンカップと同じコースゆえ、この東京レース場2400mにおいては様々に劇的な展開がこれまでも披露されてきた。

 

 が、今回ばかりはタニノギムレットの能力を上回るウマ娘は居ない、これは断言できる。即ち、ギムレットと同じ走りをしても勝ち目がない以上、他のウマ娘は異なるペース配分から僅かな勝ち目の糸を辿る他にないのだ。

 

〈先団ではゴールドアリュール、あるいはタイガーカフェ、バンブーユベントスも前へと進みます。その直後につけたメガスターダムといった形で先団、各バ1コーナーへと入っていきます。後方グループではシンボリクリスエスは外、ウチにマチカネアカツキ、それから直後にビゼンスバル、後方から6,7番手の位置です。先頭は変わらずサンヴァレー、3バ身のリード、バランスオブゲームが続く2番手、上がってきたゴールドアリュールはここで抑えて1バ身差3番手の位置で、まもなく2コーナーを回り切ろうというところ!〉

 

 先手を切ったウマ娘たちも、流石に位置取りが固まればペースを落ち着かせている。

 

 結果として後方集団と先団との間の差がそこまで大きく広がることはなく、十分にタニノギムレットやシンボリクリスエスは先頭を捉える圏内をキープし続けることが出来ていた。

 

「あんな面々を後ろに背負って先行するの、嫌でしょうねぇ。先行が得意なタキオン先輩だったら、どうするんです?」

 

「逃げの連中をもっと追い立ててペースを上げるだろうねぇ。完全に前方がバテるところまで来たら、そのまま後ろも突き放してゴールするだけだねぇ。」

 

「うーん、参考に出来ませんねぇ。それできるのタキオン先輩だけじゃないですか。」

 

 ヒシミラクルからの質問にタキオンは答えつつも、なおも変わらず目だけは真剣に中継画面を凝視し続けていた。

 

 むろん日本ダービーを目の当たりにしているのだから真剣に見入るのも当然の振る舞いではあったが……この大きな節目となるGⅠレースに、タキオンは何らかの特異点の兆しを見出せないかと集中し続けているのだろう、と鷹木は横目で彼女のことを見つつ思っていた。

 

〈向こう正面へと入っていきます、今回は3番人気となりましたシンボリクリスエスは中団前の方に、並んでウチはマチカネアカツキであります。スタートしてからの1000mの通過は61秒台となりました、中団にはさらに皐月賞ウマ娘ノーリーズンが後方から6番手の位置、そのすぐ外に1番人気タニノギムレットが並んでいる、あとは遅れましてヤマノブリザード、チアズシュタルクが続いております。その後方にモノポライザー、最後方にサスガといった形で、3コーナーのカーブに入ってまいります。〉

 

 先団の面々がじわじわと動いて順位を変えることこそあれど、後方に控えている勝利候補のウマ娘たちは落ち着いたペースを続けている。

 

 ノーリーズンのすぐ外側に並び続けているタニノギムレットは、この時点で前を塞がれる恐れが極限まで低くなっていた。

 

「ギムレットくんが後ろに控えたからこそ、同じく勝ちに近い出走者が後ろに、そして一か八かに賭ける面々が前に、と分かれたようだねぇ。おかげで、集団が一か所に集まって膨らむことも無さそうだねぇ。」

 

「そこまで分かったうえで、自分の位置取りを決めたのか、ギムレットは……?十分に、有り得そうだな。」

 

 タキオンは、鷹木の問いかけに何とも答えなかった。

 

 むろん前もっての作戦に、レース中の集団がどのように形成されるかまでの計算を含める事も、結城トレーナーの指導なら十分に可能だろう。偶然の結果ではなく、意図したコントロールを行いつつレースを進めるだけの実力がタニノギムレットには備わっている。

 

 が、タキオンが案じているのは、これもまた可能性世界に定められた運命通りの展開ではないか、との懸念であった。

 

 誰が勝つか、の先、勝った後に待ち受ける運命が何たるか……不安要素は、そこにあった。

 

〈さぁ先頭のサンヴァレー、後ろを引き離して逃げていく、ここで勝負に出たか!しかしリードは6バ身から5バ身へ、やや詰まっていきます、残り800を切りました!バランスオブゲームが2番手の位置、そしてゴールドアリュール、まだ3番手で我慢している。その後の追い込み勢はどうか、ウチを突いてマチカネアカツキが早めに仕掛けたか、タニノギムレットはここにきて外を回るコースに出た!残り600を通過、タニノギムレット良い位置についた、間もなく最後の直線へと向かいます!〉

 

 真剣そのものな目つきでタキオンが画面を凝視する隣、ヒシミラクルは思わず感嘆の溜息をつく。

 

 タニノギムレットのコース取りがあまりにも見事であり、仕掛けるタイミングは追い込みとして完璧すぎる展開であったのだ。

 

「ほぉぁぁ……気が早いかもですけど、もはや勝ちましたね、ありゃ、勝ち確定ですよ。わぁぁ……ギムレットくん強いなぁ。」

 

「まだ、ウチ側からシンボリクリスエスも上がってくるだろう。だが、確かに、あのギムレットに追いつけるかと言われれば、難しいな。」

 

 すっかり無言でレース展開を見つめ続けているタキオンに代わり、鷹木はヒシミラクルに答える。

 

 タキオンの目は熱っぽく、同時にどこか懇願や哀惜の念をも湛えているようであった。タニノギムレットは、容赦なく自らを駆り立てて、ゴールへと突き進んでいく。

 

 刹那の煌めきが最大限に輝いて、観客たちの目に焼き付くのならば、これが最後で良いと言わんばかりに。

 

〈バランスオブゲームが先頭か、残り400を切って、その外に並んでいるのはゴールドアリュールですが、さぁその後に広がってマチカネアカツキが来た、外を突いてぐんぐん上がってくるシンボリクリスエス!そして、タニノギムレットが大外から、200を切った、外からタニノギムレット!ウチを突いてマチカネアカツキ、メガスターダム、そこにシンボリクリスエス先頭に並んだ、だが外からタニノギムレット!タニノギムレット!!タニノギムレット突き抜けて今ゴールイン!マイルに続き、クラシック路線でもGⅠを制しました、タニノギムレット!!〉

 

 大歓声に応えるようにタニノギムレットは拳を突き上げて駆け抜けていったが……画面を見つめていたタキオンは、思わずガタッと椅子を倒して立ち上がっていた。

 

 鷹木は、彼女の胸中が分かるようであった。今すぐにでもギムレットのもとへ向かい、彼女の脚が無事であるか、確かめたいのだろう。その念は鷹木にも伝わった、タニノギムレットの走りは余りにも輝きすぎていた。

 

 まるで、星の光が消えゆく前、最後の瞬きを披露するかのように。

 

 急に大きな物音と共に立ち上がったタキオンを見上げ、いったい何が起こったのかと目を丸くしているヒシミラクルを脇に、鷹木は努めて落ち着いた声で告げた。

 

「タキオン、ギムレットはきっと大丈夫だ。ほら、減速し終えた後も普通に歩いている。怪我をしている様子はない、トレーナーである俺の目から見ても分かる。」

 

「そう……かねぇ。確かに、今は問題なさそうだがねぇ……。」

 

「まずは、今日のヒシミラクルのウイニングライブをしっかり成功させることを考えよう。これからミラ子がウマ娘レースの世界を本格的に進んでいく門出でもあるんだから。」

 

 タキオンは視線を降ろし、鷹木の隣でうんうんと頷いているヒシミラクルを視野に入れ、どうにか落ち着きを取り戻していた。

 

 それでも、鷹木はタキオンの心配事が消え切らないだろうと分かっていた。NHKマイルカップの時は勝利したギムレットが可能性世界の既定を超えたことを示すように中継が途切れていたが、今は放送される画面に一切のノイズもなく、予定通りに放映されていたのである。

 

 その後、ヒシミラクルがウイニングライブを少々たどただしい振り付けながらもこなす様を見ている内に、タキオンも平常の状態へと戻っていったのだった。

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