4月、トレセン学園における新年度は極端な賑やかさと共に迎えられる。
もちろん、活気づくのは例年通りのことである。新入生たちがやってくる時期が近づくにつれ、学園全体にそわそわした空気が満ちはじめ、晴れて入学式の日となれば歓迎の声で敷地内は溢れるものだ。
が、今年度はそれに輪をかけて……いや、段違いに騒がしかった。先月の入学予定ウマ娘たちによる、シューズや体操着を身に着けての試走期間で一騒動起こした面々が、まずは目立っていた。
「ポッケェ!!入学おめでとうよォ!ウチらじゃ到底手が届かねェ入学金払ってもらえる御身分で羨ましいぜェ!」
「ホンットめでてぇ、めでてぇなぁ!そのシューズと蹄鉄一足で、こっちの食費の何か月分になるんだろうなァ!!」
「マジでうっせぇな、アイツら……。」
以前もトレセン学園へと勝手に押しかけてきていた黒ジャージ2名、髪を派手な色に染めた野良レースのウマ娘たちが姿を現していた。
常時はウマ娘たちの練習場所ゆえに部外者が敷地内に立ち入ることは禁じられているが、この日に限っては新入ウマ娘の家族や知り合いが祝いに来ることも鑑みてグラウンドが開放されている。
黒ジャージのウマ娘たちはジャングルポケットの知り合いという名目で敷地内に入ってきているのだった……互いの距離感からも彼女とつるんでいたことは事実だったろうが、当のジャングルポケットから歓待されているとはとても呼べぬ状況であった。
またしても厄介ごとが持ち込まれた現場を前に、遠巻きに眺めている野次ウマ娘たちに紛れ、鷹木とキングヘイローは共にトレーナーとしての正装であるスーツに身を包んだまま、等しく蒼ざめた顔で見つめていた。
「彼女らが、来てしまったな……。」
「えぇ、あの子たち、来てしまいましたわね……。」
鷹木自身、あまり入学式の日に顔を出すトレーナーではなかったので、最近の入学式の状況を見知ってはいない。
トレセン学園に勤め始めたばかりの頃はきちんと新入りウマ娘たちを見るために来てはいたが、担当したウマ娘をデビューさせられなかったり、途中でレース現役を続けさせることを諦めさせざるを得なかったり、という経験を繰り返し……自らの存在を恥じるように、顔を出さなくなっていった。
テイエムオペラオーを担当し出した後は別な理由で顔を出している余裕もなかった。が、いずれにせよこのように晴れやかな日に荒っぽく入学ウマ娘たちを揶揄する言葉が飛んでいるべきではない、ということは鷹木にも明白に理解できた。
トレセン学園への入学が叶ったウマ娘たちが、今日は夢への一歩目を踏み出す日なのだ。しばらく鷹木と並んで見つめていたキングヘイローは、徐々に前に出ながら言う。
「入学を祝いに来たお知り合いを、むげにつまみ出すわけにもいきませんが、あまり騒ぎが酷いようでしたらお引き取り願わなければなりませんわね。」
「だ……だな。」
鷹木も、キングヘイローに付き従うように騒ぎの中心へと近づいていったが、無遠慮な声の飛び交う場へ接近するほど緊張感は否応なしに高まっていった。
とはいえ、当事者同士の話は思いもよらぬ早さで進展していた。ジャングルポケットは黒ジャージのウマ娘たちの存在を煙たがりながらも、会話を交わすことに関しては大して拒否感を示さないあたり、腐れ縁が断たれていないことは間違いないらしい。
「こっから出てけよ、お前らを呼んだ覚えはねーぞ。」
「冷たいなぁポッケちゃぁん!サプライズだよ、サプライズ!ウチら下々の者のことをすっかり忘れちまってるだろうと思ってな!」
「そんなウチらに帰れ、ってか?キッチリした制服着こんで、ピカピカのシューズを履いたポッケちゃんの晴れ姿、じっくり拝ませても貰えねーのかよ!」
彼女らとつるんでいる間のジャングルポケットはおそらく、トレセン学園の制服のようにカッチリとした恰好を披露したことなどほぼ無かったろう。彼女の姿を見つめる黒ジャージのウマ娘たちは、慣れない恰好のジャングルポケットを見てニヤニヤとした笑みばかりを浮かべていた。
とはいえ、初めて制服に袖を通す新入生たちの中で、ジャングルポケットは既にかなり着崩している方ではあった。
まだ夏服の時期には早すぎるため長袖の制服だったが、袖をまくり上げて肘を出している。服の裾もあえて雑に押し込まれているのか胴回りの布に皺が寄り、履いているのは制靴ではなく運動用シューズである。入学式の日ともなれば、正式な着こなしを求められるはずなのだが。
「見れば見るほど、どちらの方からまず注意すべきか、分からなくなってまいりましたわ……。」
騒ぎが続くようならば注意する、と意気込んで近寄りはしたものの、キングヘイローは指摘すべき要素が多すぎて未だに声を掛けあぐねている。
既にジャングルポケットも黒ジャージのウマ娘たちも、トレーナー用のスーツを着こんだ鷹木とキングの接近に気づいていたろうが、両者ともお構いなしにやり取りを続けていた。
「そんなに俺のシューズが羨ましいなら、くれてやろうか?」
「あ?本気か?」
「俺にレースで勝ったら、このシューズをやるっつってんだよ。」
「面白ぇ、こっちは入学初日からシューズを失くしたタップちゃんを拝めるってわけだ。」
言っている黒ジャージのウマ娘たちの前でジャングルポケットは運動用シューズを脱ぎ、バッグの中に雑に突っ込まれていた制靴へと履き替えている。
傍から聞いている鷹木とキングも、急な話の流れに傍から呆然と眺めるばかりであった。自分の履いていたシューズを左右、黒ジャージのウマ娘たちの方へそれぞれ突き出してジャングルポケットは言う。
「お前らはコレを持って逃げろ、俺が後から追う。捕まったら返せ、シンプルなルールだろ。」
「んだよ、お前の足の臭いが染みついたシューズ抱えて走れってのか?」
「この場所がどこか分かってるか?レースを始めりゃすぐ、学園中に目立つぜ。先に渡しておかなきゃ、お前らが俺のシューズを取ろうとしてる場を見られて、どこぞの真面目なトレーナーに止められるだろ。」
新入ウマ娘が、これからトレセン学園の一員としてトレーニングに励もうとする時、シューズを奪われそうになっている現場を止めようとしないトレーナーは居ない。
現に、さすがの鷹木もキングヘイローも場に割って入るタイミングを見計らっていたが、話はトントン拍子で進んでいく。黒ジャージのウマ娘とジャングルポケットの間に為される会話のテンポは、ますます気心知れた間柄ゆえであると見えた。
「それも、そうだな。ウチらが勝てば、そのまま走って持ち帰ってやりゃぁいい。だが、お前のシューズを手に抱えるのも、ジャージのポケットに入れとくのも、こっちのハンデになっちまう。」
「俺はこんな走りづれぇ制靴なんだ、これでもハンデは充分だろ。」
実際のところはトレセン学園の制靴もまた、そのカッチリとした見た目に反して衝撃緩和力やグリップ力に優れ、通気性や軽量性の保たれた、走りに適したデザインとなっている。本気でのレースに耐えうる運動用シューズとは比べようもないが、一般のウマ娘との競い合いにおいては走りをさして大きく阻害する要因にはなり得ない。
相手方がそんな制靴の機能性を知らないのをいいことに、この制靴が自分にとってのハンデだと主張するジャングルポケットもまた、非公式のレースに場慣れた感があった。
さすがに、そのレースが始められる前に、キングヘイローが割って入る方が先だったが。
「あなたたち、学園の敷地内で勝手にレースを始めるのみならず、ウマ娘にとっては大切なシューズを賭けてレースだなんて。このトレセン学園に所属するトレーナーとしては、とても看過できませんわ。」
「わっ、ヤバ、またキングヘイローさんに話しかけられちった。どもでーす。」
「はい、ごきげんよう……ではなくてですね、そもそも運動用シューズというものは個々のウマ娘に合わせてサイズや足の形状を計測し、ひとつひとつオーダーメイドされたものですのよ。他のウマ娘のシューズを入手しても、それを用いて走ることは薦められませんわ。」
黒ジャージのウマ娘たちに対しては律儀に挨拶を返し、とはいえ自分が言おうとしていた内容を流されることなく、ウマ娘用シューズの価値について説きはじめるキングヘイロー。
とはいえ、そこで語られる内容も若干ながらズレていた。たしかに走行中、脚に強い負荷のかかるウマ娘は、少しでも形の合わないシューズを履くべきではないという主張は正しかったが、この場で問題とされているのはそういう事ではない。
その気になれば、何足でもオーダーメイドのシューズを作らせて準備させることの出来る名家の生まれ、キングヘイローならではの勘違いであった。
2名の黒ジャージウマ娘たちも暫しポカンとした後、若干の自嘲も混じった笑い声と共に返す。
「いやいやキングヘイローさん、ウチらが履くわけじゃねェって。何が悲しくて、こんなポッケの足の臭いが染みついたシューズを使わなきゃならねェんだ。」
「っせェな、臭い臭いばっかり言いやがって……。」
「けどな、そんな臭ェシューズだろうが、ウチらはありがたく抱えて走らせてもらいてェんだ。こんな上等なシューズ、フリマアプリにでも出せば、ウチらみたいな貧乏ウマ娘がしばらく食ってけるだけの金になるんだ。」
「可愛いポッケちゃんが、しっかりレースで勝って有名になりゃあ、ずっと高い値段がつくんだろうけどな!」
下卑た笑い声をあげる黒ジャージのウマ娘たちに対し、キングヘイローは更に窘めようと口を開きかけたが、彼女には言葉を選びつくせなかったのか、何も言葉を発することは出来なかった。
レース本番に向かうウマ娘たちは最高の走りを求めるため、時には完成したシューズを試し履きしてすぐ違和感に気づき、作り直させることもある。他の誰とも微妙に脚の形が違うオーダーメイドのシューズは、そのまま使い手も無く廃棄されるか、良くても分解されて素材が廉価なシューズに流用される扱いとなる。
トレセン学園に入ったばかりの新入ウマ娘たちが履いているのは、その中でも廉価なシューズであった。これから本格的なトレーニングに向けて幾度も練習を重ね、個々の走り方や足の癖に合わせて自分にピッタリのシューズを後ほど作ることになるのだ。
もちろん、自分にピッタリのシューズも繰り返す練習の中で摩耗し、使い切るたびに新しいものを購入することとなる。普段から使い潰しては買い直すそれらよりさらに安いシューズが、世間一般には高額の品であることに、キングヘイローも、ついでに隣で聞いていた鷹木も、初めて気づかされたような心持ちであった。
「おし、ポッケ、さっさと始めよーぜ!ただし、距離にもハンデありでな!」
「分かったよ、俺が余裕勝ちできてもつまんねーしな。」
止めに入ってきた面々が黙ってしまったのを良いことに、黒ジャージのウマ娘とジャングルポケットは勝手にレースの段取りを進めていく。
この面々の声の大きさもさることながら、鷹木とキングヘイローというトレーナー姿の両名が黙認してしまっているような光景となったためか、グラウンドでたむろしていた新入ウマ娘やその知り合い、保護者達は自然と練習用コースを塞がないよう場所をあけていた。
「レースの距離は1000m、ただしポッケ、テメーは1200mだ。」
「あァ゛?お前ら日和り過ぎか?そんだけ離れてスタートしなきゃ勝てねェってのかよ。」
「その通りだ、こないだのレースじゃ、ポッケさんの圧勝だったもんな!貧弱なウチらにはそんぐらいハンデくれよぉ、あ、他にもレースに参加したい奴はいねェか?ウチらはポッケのブロックに専念するから、トレセン学園の生徒サマなら気持ちよく勝てるかも、だぜ!」
一応、練習コースを独占しているわけではないという名目づくりのためか、黒ジャージのウマ娘は遠巻きに見ている群衆へと声を掛ける。
挑発的なその誘いに敢えて乗ってくる新入ウマ娘はほとんどいなかった……前回同様、一名の例外を除いては。そのウマ娘は、相変わらずよく目立つ大柄な体格と、よく通る笑い声と共に現れた。
「Hi Again!何やら楽しそうなことをやってると思ったら、また走るのかい?わたしも、やらせてもらおうじゃないか!」
「ま、またアンタか……たしか、なんとかダンス……だっけ?名前。」
「わたしはタップダンスシチーさ!覚えづらかったら"タップ"でいい!シューズを履き替えようかと思ったが、こないだ一緒に走ったアンタも制靴なんだな!」
忘れようのない存在感を伴いながら、改めて自らの名前を高らかに告げるタップダンスシチー。レースでの実績を見せる前から、自分の存在感を示す事については意識的に行う癖があるようだった。
今回の、ジャングルポケットのシューズを賭けてのレースには直接関わってこないにせよ、タップダンスシチーはどちらかというとジャングルポケットと並んで競える機会の方が楽しみでならない様子であった。ジャングルポケットの方も、競いがいのある実力者の登場に、今日初めての笑みを見せた。
「あぁ、コイツらとのハンデには、俺が制靴で走るぐらいがちょうどいいと思ったんだ。」
「Wow,Provocative!じゃ、わたしも制靴で走らなきゃぁね!あんたと同じスタート位置で!」
「……おい、そろそろ始めちまっていいか?あー、そっか、スターター役が要るのか?アンタらお行儀の良い学生どものレースは。」
不敵な笑みを交わし合うジャングルポケットとタップダンスシチー。お互いを競争相手として視野に入れている彼女らの蚊帳の外に置かれまいと、黒ジャージのウマ娘が声を張り上げる。
スタートの合図を出す存在として一瞬だけ候補に挙げられたのか、キングヘイローと鷹木の方にもチラと視線が飛んできた。とはいえ、シューズを賭けてのレースなどをトレーナーが公認で行わせるわけにもいかず、スターターを名乗り出ることは出来ない。
このレースを止めさせるための言葉を頭の中でどうにかまとめ終えたキングヘイローは、今度こそ声を発しようと口を開いたが、それを遮るように全く別方向から新たなウマ娘の声が響いた。
「なるほどなるほど、ここは私が開発したスターター薬の出番かもしれないねぇ!」
鷹木はそちらに視線を向け……本来通りの制服姿で入学式の日を迎えていないのが、ジャングルポケットだけではないことに気づいた。
あまりにも制服姿からかけ離れていたため、そも新入ウマ娘であるとは見えなかったのだ。長すぎる裾と袖を余らせた白衣を羽織り、何やら薬品の入った容器をカチャカチャと手元に掲げている。
アグネスタキオン。以前、キングヘイローと共にオーダーメイドの蹄鉄を受け取りに行った際、まるで自分たちを先回りするように姿を見せていた、あのウマ娘であった。
タップダンスシチー以上に奇天烈な存在感を保って登場した彼女を、黒ジャージのウマ娘たちも言葉無く見つめている。タキオンは、自慢げに蛍光色の液体の入った容器をいくつか掲げながら、勝手に喋りつづけた。
「これは私が独りでスタートの練習をする際にも用いている薬品でね。この二種類の液体を混合すれば、たちまち反応が起き、小さな破裂音とともに煙が上がるんだ。そのタイミングは混合して数秒程度だが、正確な時間調整は難しい。」
「Wow、だからこそ、レーススタートのタイミングに合わせてダッシュする集中力を鍛えられるってわけか!面白いじゃないか!」
あまりに頓狂な発明品を持ち込んできたタキオンに対し、さほど戸惑いも見せず最初に返答したのはタップダンスシチーであった。
続いて口を開いたジャングルポケットは、あまりにも真っ当なツッコミを入れた。
「……今は、俺らが走るんだから、あんたがスタートの合図を口で言ってくれればいいんじゃねーの?」
「いやいや、この場にはこれだけ大勢のオーディエンスがいるじゃないか。私は見ての通り、あまり声も通らない目立たぬウマ娘でね。私の声よりも、この場に居合わせた全員に伝わるような、分かりやすい合図がいいだろう。薬品の分量を増やせば、音と共に上がる煙の量も増やせるから、ちょっとした余興にも……」
「何でもいい、レースを始められんのならさっさと準備しろ。」
まだまだ語りたそうにしているタキオンの言葉を黒ジャージのウマ娘が遮り、スタスタと練習用コースのスタート地点に向かった。
彼女の視線の先には、トレーナーや職員たちの集まる棟があり、何やら騒ぎが起きているらしいと勘付いた他のトレーナーたちが建物の出口から顔を覗かせつつあった。シューズを賭けてのレースだと勘付かれて中断させられる前に、開始したかったのだ。
ジャングルポケットとタップダンスシチーは事前に決められたハンデの通り200m後ろに、黒ジャージのウマ娘2名は本来のスタート位置につく。スタートラインの隣で、タキオンがおそらくペットボトルを半分に切って作ったのだろう、即席の混合容器に青い蛍光色の液体をドボドボと注ぎ入れていた。
「おい、ウチらの真横で薬品を混ぜようとしてるようだが、大丈夫なんだろうな?」
「さっき、破裂音がするって言ってたけど、まさか爆発するわけじゃ……。」
黒ジャージのウマ娘たちはチラチラと横目でタキオンの方を見ながら不安そうな声を発している。
先ほどからポカンと成り行きを見つめるばかりの鷹木やキングヘイローの目からは、単なる色水をペットボトルを切った容器に注いでいる、子供の遊び程度の行いにしか見えていなかった。
が、自分のすぐ真隣りともなれば多少なりと不安もあるのだろう。アグネスタキオンは、ニヤニヤと笑いながら黒ジャージのウマ娘たちに返答した。
「私もただのウマ娘だ、そんな危険な薬品を持ち運べやしないよ。あくまで混合したら音と煙が出る化学反応を起こすだけさ。それともキミたち、ちょっと怖くなってきているのかな?」
「は?誰が怖いっつったよ。いいからサッサとスタートの合図を出せって。」
言われるまでもない、とばかりにタキオンは先ほどの青い液体へ、別の容器に入れていたピンク色の液体を注ぎ込む。
最初、それは特に何の反応も見せないように見えた。青色とピンク色の絵具が溶かされた水が混ざり合って、紫色になっただけのように見えた。黒ジャージのウマ娘は、一応スタートの構えをしながらも、怪訝そうに問う。
「……何も起きねーじゃねーか。」
「いやいや、ここから数秒の内に化学反応が起きる。詳細なタイミングは調整できないから、スタートするための反射神経を鍛えるのに役立つといったじゃないか。それに私も、試験管程度の量でしか実施したことが無いから、こんな大量の薬品が起こす反応は……」
ドガァン!!……と、盛大な爆発と共に、真紫色の巨大な煙の塊が、その熱量を示すように直上へと立ち昇った。いかなる化学反応の賜物か、紫色の雲はしばらくグラウンド上空で滞留し、中からキラキラと青白い光が幾度か放たれた。
鷹木は確かに見た、一瞬ながら、グラウンドのターフ上にドーム状の衝撃波が走るのを。
大きくのけぞった彼は、すぐ隣で腰を抜かして座り込んでいるキングヘイローとともに、爆発のすぐ近くに居た面々へ視線を向ける。周囲に集まっていた見物のウマ娘たちは驚きと共にしゃがみ込んでいたため、すぐにその姿は確認できた。
「あ、あの方たちは……無事ですか……!?」
顔色を失ったキングヘイローの言葉も、キンキンと耳鳴りのする中では非常に遠くから響くようであった。
アグネスタキオンと、2名の黒ジャージのウマ娘は耳を押さえて盛大にずっこけており、目に見える怪我は無いらしかった。ペットボトルの容器はその耐圧性を発揮して破損せず、破片が飛び散ることも無かったようだ。
鷹木はひとまず安堵し……その向こう側を、一心に駆けていくジャングルポケットとタップダンスシチーの姿を見た。
あれほど大きな衝撃が発生するとは、あの両名にとっても想定外であったろうが、それでも取り決めていた通りにレースを走ることが優先されたのだ。
へたり込んでポカンと眺めている面々の視線の先、ジャングルポケットとタップダンスシチーはお互い競い合うことだけがこの世界の全てであるかのように、これまでにない全力の走りでコーナーを回っていった。