二着という結果に終わった、ヒシミラクルのぶっぽうそう特別。その翌日から、早くも鷹木はヒシミラクルの身体に蓄積した負荷を鑑みつつ、次なる出走に向けたトレーニングを再開した。
ミラ子自身も、本番を終えた直後からのトレーニングに文句はもはや言わない。振る舞いや口調こそ常通りではあったが、今や完全に次なる一勝を獲りに行くことへ意識を向けていた。
「昨日はメチャ頑張りましたからねぇ。筋肉痛にでもなっていたら、トレーニング休めるかと思ったんですけどねぇ。」
「レース後もライブ後も、クールダウンを念入りに行ったんだ、筋肉痛になる余地はない。下手な嘘をつかずに真っ先に練習場に来るあたり、既に本気のようだがな。」
「まー、言うてもですね、私も現役ウマ娘ですから。そんじゃ、身体を温めてきますかねぇ。」
手早くジャージの上着を脱ぎすてて、ヒシミラクルはウォーミングアップのストレッチに入る。
次に彼女が出走する予定のレースは既に決まっていた、6月22日の売布(めふ)特別である。阪神レース場芝2200m……言わずと知れた、宝塚記念と同じ条件のコースだ。宝塚記念の前日、と日程もごく近い。
当然ながら、鷹木は宝塚記念のことを意識して、この出走スケジュールを決めていた。先月、NHKマイルカップと日本ダービーそれぞれの日程に敢えて合わせて未勝利バ戦に挑ませたのも、彼女が同じスケジュールに耐えて結果を出せることの証明のためである。
それは、鷹木自身が、ヒシミラクルをデビューさせられたところで妥協せず、いずれ実際に彼女をGⅠへと押し上げることを現実視するための心構えの表れでもあった。
ストレッチを終えてコース上を軽く流し始めるヒシミラクルの足取りから目を離さず、鷹木は今日のトレーニングメニューを確認していた。
「よし、疲労回復も十分なようだな、流石はミラ子だ。今日はさっそく、コースの下り坂を使っての走り込みから行くか。」
「阪神レース場の芝2200mは、スタート直後から下り坂、前半からハイペースで進むのが通例だからねぇ。距離が伸びたとはいえ、ヒシミラクルくんはますます序盤の速度を引き上げねばならないねぇ。」
練習コース上を凝視している鷹木が気づかぬうちに、いつの間にか傍らに寄って来ていたアグネスタキオンが口を挟む。
変わらず万一に備えての歩行補助用の杖は手にしていたものの、もはやほぼ杖など使わず普通に歩けるところまで回復しているタキオン。順調に治癒が進み、本格的なトレーニングに戻ることができれば、秋からのレースにも復帰できるだろう。
もはや杖を単なる指示棒のように使い、タキオンは練習コース上のヒシミラクルの方を指しながら喋り続ける。
「まだウォーミングアップ程度に流している様子だが、よく足が上がっているねぇ。全力疾走時のフォームが染みついている、やはりウマ娘の走りは嘘をつかないものだねぇ。」
「あぁ、ヒシミラクル自身が確実に次こそ勝とうと考えているのは伝わってくる。……ところで、タキオン。話があるのなら、今の内だが。」
ヒシミラクルの胸中を推察すること以上に、アグネスタキオンの意図を読み取ることについては長けていた鷹木。
タキオンが、何か言いたげな雰囲気を醸し出していることも、彼女が傍らに来た時から感じていた。今日はヒシミラクルに長時間走らせ続けるトレーニングを行わない以上、じっくり話をしている時間はさほどない。
鷹木に促され、タキオンも躊躇せず話し始める。
「イーグルカフェくんと会ってきたよ。カフェ……と言うだけでは区別がつかないか、マンハッタンカフェと同じ冠名だが、血のつながりは無い。性格も正反対の、からりとした朗らかなウマ娘だったねぇ。」
「マンハッタンカフェ凱旋門賞に向かう計画の中で、帯同する予定のウマ娘だな。どんな話をしてきたんだ?」
「彼女とは私もほぼ初対面だからねぇ、さして踏み込んだ話でもない。イーグルカフェ自身は、ドラール賞に出走してロンシャンの状態を確かめるとのことだ。フランスでもカフェのことは任せろ、と心強い言葉を貰えたねぇ。」
皐月賞ウマ娘として名を上げ、その後も引退の危機を乗り越えて戦績を積み上げたタキオンのことを、イーグルカフェもきちんと知ってくれているのだろう。
イーグルカフェ自身、デビューから5年となる大ベテランである。アメリカ生まれで留学してきた彼女は、クラシック期にはNHKマイルカップに勝利し、その同年にはテイエムオペラオーの勝利した天皇賞秋およびジャパンカップにも参戦している。
更にドバイなどの海外遠征の経験もあり、フランスに渡ってもマンハッタンカフェの精神的支柱として十分に頼れる存在だと思われた。
「しかしだねぇ……どちらかというと気がかりなのは、マンハッタンカフェの“お友だち”の挙動だねぇ。」
「以前も、カフェが用意した海外遠征の計画書を“お友だち”に隠されたという話があったな。」
マンハッタンカフェの言う所の“お友だち”は、カフェ以外には認識できず、ごく稀に物理的な干渉を行う以外はまずもって姿の見えない、霊的な存在である。
そんな非現実的な存在を、今となっては鷹木も疑わなくなっていた。カフェが見出した“お友だち”の挙動が、まだ結果の定まっていないウマ娘レースの結果を既に示していたという実例もあったためである。
「イーグルカフェいわく、マンハッタンカフェはしっかり者だが、ときどきドジな面を見せるのが可愛いとのことだったねぇ。打ち合わせの際にも、せっかくプリントアウトしてきた計画書を失くしてしまうアクシデントがあったそうだ。」
「……あぁ、たぶん“お友だち”が隠したんだろうな……。」
「渡航計画に、頼れる帯同ウマ娘の確保。全てが順調かつ現実的に進んでいる中で、唯一“お友だち”だけが、この遠征を拒むような反応を見せている。私の胸騒ぎとも、無関係であるとは断じづらいねぇ。」
科学的根拠の一切ない、霊的な存在の挙動や、自分自身の直感に頼って探求を進めることを、タキオンは公然と行うわけではなかった。
が、マンハッタンカフェを見捨てておけぬ思いゆえに、そういった手段を排除しきれぬ状態にあることもまた事実であった。
ヒシミラクルがウォーミングアップを終えて練習コースからこちらへ向かってくるのを見計らいつつ、タキオンは話題を変える。
「そうそう、言うのが遅くなったが、今日はちょっとしたお客さんがヒシミラクルくんの練習を見学しに来ているねぇ。」
「そうなのか?誰が……」
当然ながら鷹木は先ほどまでの会話中も、練習コース上のヒシミラクルの走りに異変がないか目を凝らし続けていたため、周囲の様子には視線を向けていない。
これまで、ノーリーズンやダンツフレーム、シンボリクリスエス、といった面々との併走にヒシミラクルを向かわせていたこともあり、今回は逆にこちらが訪ねられる側となったのか、等と思いながら鷹木は背後を振り返った。そのような面々が相手であれば、事前の打ち合わせなしに併走を申し込まれても二つ返事で引き受けられる。
しかし現実は予想を超えてきた。黒服のSPウマ娘に付き添われ、運動着姿の可憐な鹿毛のウマ娘がにこやかに手を振っていた。
「ごきげんよう、急に押しかけてごめんね。でも、シャカールが、ここなら気にしなくていい、って言ってくれたから。」
「なるほどねぇ、私も少々シャカールくんのもとにお邪魔しすぎたかもしれないねぇ。さておき、歓待しようねぇ、ファインモーションくん。」
唐突なアイルランド王女の出現に絶句している鷹木の代わりに、アグネスタキオンが悠然と応対している。エアシャカールから言及される心当たりが、彼女自身に十分あるがためでもあったろう。
練習コースから向かって来たヒシミラクルも、予告なしの訪問者に多少驚いた様子であったが、こちらも鷹木ほど固まることもなく、常通りの調子で声を掛けた。
「ファインモーションちゃん、なんか久々だね。いやまぁ、私も最近ずっと本番に向けての練習漬けだったけど。」
「私もだよ、ずっとトレーニング。また夏になってから、本格的にレース出走し始める予定だからね。」
昨年の12月、圧倒的な勝利を見せつけるデビューを果たして以来、ファインモーションはしばらく本番の舞台に出てこなかった。
ファイン自身が希望し、またアイルランド本国からの了承も得た上でのデビューとはいえ、一国の王女が出走するとなれば易々とスケジュール調整が進むわけでもないのだろう。デビュー直後のウマ娘が集う条件戦クラスとなればなおのこと、競争相手となるウマ娘たちに掛かるプレッシャーも段違いである。
そも、トレセン学園内でファインの併走相手を自ら希望するウマ娘も、かなり限られてくるだろう。
「これまではときどき、シャカールに頼んで併走してもらっていたんだけれど……今はほら、シャカールも宝塚記念に向けて本腰を入れる時期だから。」
「なるほどねぇ、それでシャカールくんから推薦されたのが、私が手塩にかけて鍛えたヒシミラクルくんというわけだねぇ。」
「トレーナーさんの指導も、ですよ。というか、ホントに私メインですかね?どっちかというと、シャカール先輩が言及したの、タキオン先輩の方が影響大きくないですかね?」
ヒシミラクルがそう言うのには、ちょくちょくタキオンがシャカールに絡みに行っていたことも関係あったが……主に、自分の能力がファインモーションとつりあうか否か、甚だ疑問だったためだろう。
これまではタニノギムレットやノーリーズン、シンボリクリスエスの活躍が目立ってきた今世代のクラシック級。だが、出番こそなかったものの、ファインモーションとて今世代最強クラスのウマ娘には違いない。
昨年末のファインのデビュー戦、最初から先頭で逃げ続けた上に、ゴール前で更に末脚を使って後続を引き離し、逃げであると同時に上がりタイム最速という圧勝劇は、ヒシミラクルの記憶にも十分に焼き付いていた。
当のファインは、そんなことよりも、予告なしに顔を出してしまったことを気に掛けている様子であったが。
「ごめんなさい、やっぱり、アポイントメントをきちんととるべきだったかな。あらためて打ち合わせするために、今日のところは出直しましょうか。」
「……いっ、いやいや、本来はこっちの方が頭を下げて頼むほどなんだ、わざわざ来てくれたのなら、ぜひ、ヒシミラクルと一緒に走ってもらえれば、むしろこちらが助かる。」
絶句していた状態からようやく立ち直り、鷹木が慌てて併走を承諾する。ファイン自身が嬉しそうに顔をほころばせたのと同時に、傍らに控えていた黒服のSPウマ娘も、ほんの僅かながら頬が緩んだようであった。
ファインモーションが準備運動およびウォーミングアップを始めている間、ヒシミラクルがせっかく温まってきた状態を維持できるように、鷹木はもう一周練習コースを走るようにと指示を出した。
心なしか先ほど以上に身体を弾ませて駆けていくミラ子を見つめつつ、ファインが口を開く。
「すごいな、ヒシミラクルちゃん。昨日、本番を走ってきたばかりで、全然疲れてないみたいだね。さらにコース一周して来てから、私と競走するって……スタミナお化けだよ。」
「シャカールくんがヒシミラクルくんを推したのは、彼女の持久力を見越してかもしれないが、夏から本格的に本番出走の機会が増えるとの見積もりもあってのことだろうねぇ。」
準備体操中のファインモーションの傍らで、タキオンも喋る。彼女もまたシャカールとの付き合いは長く、その思考回路を察するのは得意であった。
5月の末にデビューしたヒシミラクル、その担当トレーナーたる鷹木が可能な限りウマ娘の本格化時期を逃したくないと考えるならば、本来は合宿や休養にあてられやすい夏の時期こそ、ヒシミラクルが本腰を入れてレースに臨むシーズンとなる……エアシャカールの推察は、図星であった。
「だね、シャカールは私に『アー、今ごろミラ子とか、練習相手欲しがってンだろ』って言ってくれたよ。」
「シャカールの物真似も堂に入っているねぇ、ファインモーションくん!さて、こちらとしては何ら問題はないね、トレーナーくん。」
「あぁ、この程度ならまだまだ疲労には遠い。全力で併走してくれ……っと、その前に、ファインモーションのトレーナーに連絡は?」
明らかに、ファインモーションの突飛な思い付きでここに来ている状況である以上、担当トレーナー同士が顔を合わせるには至っていない。
そもそも鷹木は、アイルランド王女ウマ娘の専属を務めるという重大な責を担うトレーナーが誰なのか知らなかったが……先んじて、黒服のSPウマ娘が口を挟んだ。
「トレーナーさんは現在、夏以降のファイン殿下レース本番出走についてアイルランド本国との打ち合わせ中です。既に連絡は済んでいます、ヒシミラクルさんが相手ならばと快諾されました。」
「ヒシミラクルくんの能力が十分に評価されているようで私も鼻が高いねぇ。にしても、各方面に気配りが絶えないだろうねぇ、あちらのトレーナーくんも。」
「気にしすぎなくてもいいよ、って伝えているんだけれど、お父様が通話越しにでもときどき顔を見たいって言うものだから。」
タキオンは遠慮なく喋っていたが……ファインモーションの父は、すなわち国王ということになる。国賓級のウマ娘を担当し、国家元首と度々顔を合わせることになるトレーナーに対し、鷹木は胸中で静かにエールを送った。
とはいえ、今目の前でアイルランド王女ウマ娘に併走練習させる立場に、自分が置かれていることにも違いない。
間もなくファインのウォーミングアップも済み、練習コースのスタートラインでヒシミラクルと並んだ時には、自然と鷹木の動悸も強まっていた。
「で、では、これより、芝2200mにて、ヒシミラクルと、ファインモーションの、併走練習を、とっ、執り行う……」
「今まで、そんな重々しい雰囲気でやったことありましたっけ。どんだけ緊張してんですか、トレーナーさん。」
「ミラ子ちゃんは全然緊張してないね。じゃ、私は全力で行くから、思いっきり追い上げてきてね!」
ガチガチに緊張している鷹木に、ヒシミラクルがツッコみ、ファインモーションが意気込み満々で返す。
スタートからゴールまで他のウマ娘を一切追いつかせない、ファインモーションの走り。常に前を追いかける形となるヒシミラクルにとって、まさに今一番求めるトレーニング相手に違いなかった。
「では、用意……スタート!」
合図と共に、ファインモーションが昨年見せたデビュー戦のごとく……いや、それ以上のスタートダッシュを華麗に決めて走り去っていく。
出走を控えていただけで、それこそ皐月賞や日本ダービーに出ても十分に通用すると思われるほど、見事な加速であった。ヒシミラクルもまた十分にスタートを強化したつもりであったが、ファインモーションにはあっという間に差がつけられる。
タキオンは小さく手を叩きつつ、惚れ惚れとした表情でコース上の両者を見送っていく。
「いや見事なものだねぇ。さすが、あのシャカールくんが普段から併走を務めているだけあって、走りの水準も高くなるものだねぇ。」
「あぁ、それになによりも……楽しそうだ。」
トレーナーとして積んできた経験は鷹木にも、ウマ娘の走りから心の内面を読み取る観察眼を与えていた。
身体の芯から汗を絞るがごとき鍛錬と研鑽が、頂点を獲る力に繋がることは言うまでもない。が、それ以上に、走ることを心から求め、先頭の景色を誰よりも愛する者こそ勝つのがウマ娘レースの世界でもあるのだ。
元はあくまで留学のため、プロとしてウマ娘レースに参戦する予定など無かったファインモーション。
エアシャカールを始めとしたGⅠウマ娘たちの走りがきっかけとなり、今、こうして本物のレースへ出走することが現実化したことで、彼女はこの国を訪れて一番生き生きしているのだった。
早くもコーナーを回り切り、向こう正面へと差し掛かっているファインの走りを見つめながら、タキオンは傍らの黒服SPウマ娘へと話しかける。
「あぁ、ウマ娘はどうしようもなく走らずにいられない存在だねぇ……私も、昨年の走りで、ファインくんをレースの熱狂へと引きずり込んだ元凶の一端かねぇ?」
「はい。ファイン殿下は、アグネスタキオンさんの出走レースをも、繰り返して見ておいででした。」
トレセン学園内では、ファインモーションの護衛という務めがありつつも自分の存在感は控えめにするためか、言葉少なにのみ口を開くSPウマ娘。
とはいえ、黒い眼鏡の奥で、彼女もまたファインモーションが楽しそうに、軽やかに走っていく姿を眩し気に見つめ、釘付けとなっている様子であった。胸中に押し籠めた思いは言葉にわざわざ出さずとも、タキオンにも十分伝わっていた。
「いやしかし夏からファインくんが本格的に始動、となればヒシミラクルくんと共に競う機会もあるかねぇ。クラシック路線か、ティアラ路線かはまだ定まっていないだろうが、いずれにせよGⅠクラスに来る走りには違いないねぇ。この私もファインくんを引っぱり込んだ責を負っていることだし、どこぞで手合わせ出来れば良いのだがねぇ。」
「アグネスタキオンさんとも走れるとなれば、殿下は大いに喜ばれるはずです。」
黒服ウマ娘と互いに言葉を交わしながらも、タキオンの視線は徐々にヒシミラクルの走りへと集約していった。
終始、ファインモーションに先行され、リードを保たれるのは想定通りであったが、向こう正面の中間あたりからこれまで通りに加速し始めたヒシミラクルは、3コーナーを回る頃には2バ身近くまで間合いを詰めていた。
当然ながら新たな作戦を実践する時間も無く、二着に終わった昨日のぶっぽうそう特別と全く変わりのない作戦であったのだが……確かに、十分に勝てるペースには違いなかった。
ファインモーションを前に緊張していた鷹木も、ここまでくるとヒシミラクルの走りに呼応するように熱が籠り始める。
「いいぞ、ヒシミラクル、まだまだ加速できるはずだ。差し切れる圏内に身を置き続けろ。」
「ファイン殿下は、背後から追い上げられるレースが今後増えるはずです、ゴール前で更にひと伸びする末脚を磨いておられます。」
いつしか、先ほどまで口数少なかった黒服のSPウマ娘も、図らずもこぶしを握り、ヒシミラクルがすぐ背後まで迫っているファインモーションの走りに注視している。
コーナーを抜け、直線に入り、いよいよヒシミラクルはファインモーションを捉え、隣に並ぶ……かと思われた。
しかしファインモーションは末脚までも軽やかであった。難なく再加速したファインは、再びヒシミラクルとの間合いを広げていき、1バ身の余裕をもってゴールラインを駆け抜けていった。
「これはそもそも以て格が違うねぇ、ファインモーションくん!そりゃあデビュー戦から圧勝劇となるわけだねぇ。むしろ、あそこまで迫ることが出来たヒシミラクルくんを褒めてあげるべきだろうねぇ。」
タキオンが興奮気味に喋っている隣では、黒服ウマ娘もまた黒眼鏡の下の頬を紅潮させ、うんうんと頷いている。
確かに、ファインモーションには引き離されたとはいえ、ヒシミラクルが1バ身の差まで詰めてのゴールとなったことは、鷹木の目から見ても十分な結果ではあった。より前の位置から仕掛け始めるべき、という課題は昨日のレース同様であったが。
減速し終えて、息を整えたファインモーションの身体に不調がない様子であることを確認する方が、今の鷹木にとっては重大であったが。
「全力の併走、感謝する、ファインモーション。ヒシミラクルにも、良い糧になるだろう……少しでも脚に違和感は無いか、僅かでも異変があれば遠慮なく言ってくれ、そちらのトレーナーにきちんと報告しなければ。」
「うぅん、何も問題ないよ。ね、ね、ミラ子ちゃん!」
ファインモーションもまた、走り終えた直後からさして息切れを見せないウマ娘であった。
それ故に、目を輝かせ、息を弾ませた彼女とヒシミラクルの会話も、いっさいの滞りなく行われたのである。
「今年の有馬記念で、一緒に走ろう!きっと最高のレースになるよ!」
「え、えぇー、私が有馬記念ってぇ……そりゃ夢みたいだけど、まさに夢なんだよなぁ……。」
あまりに唐突な誘いに、ヒシミラクルは困惑するばかりであった。確かにファインモーションならば十分に届き得るが、今年の春を過ぎてようやくデビューし、条件戦で勝てるか勝てないかという状態のヒシミラクルが行き着くには遠すぎる目標ではある。
しかし、その場で聞かされている鷹木は、そしてタキオンもまた、ファインモーションの口から何の気兼ねも無く放たれた言葉が、いずれ現実となることを……何故か疑う思いなしに受け入れられるようであった。