探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 自身が昨日走っていた売布特別、それと同じ場所、同じ条件で行われる宝塚記念をヒシミラクルは観戦する。実際に走ったコースの感覚が残っている内に、GⅠクラスのレースを見ることがミラ子にとって大きな勉強となる狙いが主であったが、同時に鷹木は今まで活躍してきたウマ娘たちの走りがどう変化していくのかを見ることも目的としていた。注目対象のひとつが、エアシャカールの走りである。覇王世代が現役であった時から走り続けている彼女は、むろんレースの技術は熟達の域に達していたものの、全盛期をそろそろ過ぎるのではないかとの懸念も同時に抱かれていた。


挑みを重ねるほどに、轍は削れ険しく

 その年の宝塚記念は、出走可能な状態ならば人気投票が別のウマ娘に集まったろうとの予測も無いわけではなかった。

 

 昨年、秋に復活を遂げたアグネスタキオンは、今年の大阪杯で屈腱炎の再発により長期休養。天皇賞春では、ジャングルポケットおよびネオユニヴァースがレース後に脚の不調発覚、共に宝塚記念回避の決断を下している。

 

 今なお現役の大ベテラン、ナリタトップロードとアドマイヤベガは昨年同様、秋の京都大賞典まで出走を行わない。マンハッタンカフェは秋からの海外遠征、凱旋門賞への挑戦のためにやはり宝塚記念を回避する。

 

 とはいえ出走メンバーが豪華でないはずもなく、以前ネオユニヴァースと共にGⅠレースの数々を席捲したゼンノロブロイは健在、今回は2番人気の評価を得ていた。なかなか勝ちきれないレースが続いているとはいえ実力十分の好走を毎度披露しているエアシャカールが、それに次ぐ3番人気である。

 

 彼女らを抑えて1番人気となったのが何者かと言えば……ダンツフレームであった。

 

「ほぇー、そりゃ確かにダンツ先輩、こないだの安田記念でもアグネスデジタル先輩に迫る二着でしたけど……このメンツを抑えて1番人気なんですねぇ。」

 

「観客たちが一様に、ゼンノロブロイくんの秋シニア三冠や、エアシャカールくんの二冠及びジャパンカップでの覇王討伐を忘れてしまったわけではないだろうがねぇ。しかし彼らは早くもタニノギムレットの再来を求めているのかもしれないねぇ。」

 

 ヒシミラクルに対し、返すタキオンの言葉はおのずと早口になっていた。

 

 彼女もまた興味をそそられて堪らないのだろう。クラシック級の年に秋シニア三冠を制したゼンノロブロイ、勝てるはずがないとの前評を覆して引退直前のテイエムオペラオーに勝利したエアシャカール、いずれも可能性世界での定めを超越したと思しき特異点たるウマ娘だ。

 

 今、ダンツフレームが彼女らよりも上の人気度を獲得しているということは、このレースの観衆たち、言い換えればこの世界そのものが、ダンツフレームの特異点化を示唆しているとも取れる現象であった。

 

 タキオンと共に中継画面を見つめているヒシミラクルに、そこまで伝わった訳ではなさそうだったが。

 

「ギムレットくんの再来、って気が早すぎません?いや普通にトレセン学園にはいますけど、ギムレットくん。」

 

「だが世間的には、引退を宣言した彼女を惜しむ思いは十分すぎるほど高まっているだろう。私としてはタニノギムレット引退撤回、の一報が巡っても驚きはしないのだがねぇ……ともあれ、それだけ鮮烈に過ぎたということだねぇ、マイルカップからダービーに至るまでの、ギムレットくんの走りは。」

 

 ギムレットとは刹那にて強烈に残り、そして思いを馳せたくなる美酒。愛されるのは長い輝きだが、心を焦がすのは刹那の煌めきだけだ……。

 

 そうタニノギムレット自身が折々に語っていた信条は、今確かにこの世界に刻み込まれた現実となっていた。彼女の走りを目の当たりにした全ての観衆は酔いしれ、その煌めきを忘れ難く、再び味わいたいと切に願うまで時を空けることはないのだ。

 

 そんな世間が目を付けたのが、ダンツフレームだということだろう。タニノギムレットと同様に、マイルGⅠから中距離GⅠへと1ヵ月のうちに立て続けに挑むこととなったのだから。

 

「いやギムレットくんとは性格とか全然違いますけどねぇ……ついでに体型も。もちろん鍛えてるからこそのどっしりした体格なんですけど、どうしてもぷにぷにして見えちゃうんですよねー、ダンツ先輩。」

 

「キミがそれを言うかね。ところでヒシミラクルくん、キミはダンツくんのことを“ダンツ先輩”と呼んでいるのだねぇ?」

 

「え?はい、そりゃまぁ、先輩ですから……何か、変でしたか?」

 

「いや、気にしないでくれたまえ。妙な違和感が私の中にあったのだが、何ら現実との齟齬はないねぇ、うん……。」

 

 不思議そうな視線を返すヒシミラクルの前で、どこか言葉を濁すような口調のアグネスタキオン。

 

 確かにタキオン・ポッケ・カフェと同期のダンツフレームが、その翌年デビューしたノーリーズン・ギムレット・クリスエスらと同期のヒシミラクルよりも先輩であることは明白な事実である。タキオンは、いったいどこに違和感を抱いたのだろうか?

 

 これに似た違和感は、以前ネオユニヴァースも語っていた。彼女はヒシミラクルやアグネスタキオンよりも先にデビューしたにも関わらず、ヒシミラクルから先輩として呼ばれることを奇妙に感じているらしい。

 

 もしかすると、タキオンの語る“可能性世界”とは時系列もまた食い違っているのかもしれない……そう考えながら、鷹木は中継画面へ注視するよう、ミラ子とタキオンを促した。

 

「もう枠入りが始まってる。そろそろ発走時刻だぞ。」

 

「ほうほう、ダンツくんが3枠、シャカールくんが4枠、そしてロブロイくんが5枠……優勝候補が固まっているねぇ。」

 

「かなりいい位置につきやすそうなポジションじゃないですか、これ皆さん先行で進めるんでしょうかね。」

 

 タキオンに次いで口を開いたヒシミラクルは、かなり的を射た推測を喋った。

 

 実際の所、ダンツもシャカールもロブロイも、先行から追い込みまで幅広く作戦に対応できるだけの実力を有しており、実際にレースが開始されない限りどんなペースで進めるつもりなのか、観客の視点から予測することは難しい。

 

 しかしスタート直後から500m以上の直線、それも下り坂でハイペースとなりやすいコースとなれば、勝利候補がウチ枠に揃った状況で先行し好位置を取らぬ手はない。つい昨日、ヒシミラクル自身が同じ条件の売布特別を走ったがゆえの観察眼であった。

 

 ミラ子が着実に、肉体面に留まらぬレースの能力を成長させていることを嬉しく感じつつも鷹木は中継画面を食い入るように見つめていた。

 

〈さぁいよいよ今年の宝塚記念、発走の時を迎えます。今年の上半期の頂点を決する大舞台、全ウマ娘が収まりまして、今……スタートしました!12名揃っての綺麗なスタートです、まず先行ポジションの探り合い、まずホットシークレット、ミツアキサイレンス、まだポジション決まりません。ローエングリンがウチから上がって先頭、2番手にトウカイポイント、そして3番手早めにエアシャカールがつけています。そのウチにダンツフレーム、中団にはゼンノロブロイが少々抑えてきています。〉

 

〈人気度上位のウマ娘たちが、皆かなり良いところにつけましたね!今のところ、作戦通り順調に進めているといったところでしょうか!〉

 

 実況アナウンサーの声に続き、解説のスペシャルウィークもまたしっかり見抜いていた通りに語る。

 

 最後の最後で届かない、というレースが続いていたエアシャカールとしては、仕掛ける時点で可能な限り前に出ているべきとの判断があったのだろう。先頭の逃げウマ娘たちに迫る勢いでぐんぐん押し上げていく。

 

「スタート直後に下り坂となるコース構成、うまくかみ合った作戦だねぇシャカールくん。」

 

「ダンツ先輩もぴったりついて上がっていってますよ、もしかしてシャカール先輩のことをぴったりマークしてるんでしょうかね。」

 

 自身も本気のレースを繰り返したおかげか、ヒシミラクルは出走者各々が想定している作戦を推察しながらレースを見る癖がしっかりついていた。

 

 単にGⅠウマ娘たちの走りに圧倒されているばかりではない、レースの序盤から勝ちへとたどり着くための布石の構築がいかに為されているのか見出そうと、既にヒシミラクルの視線は真剣であった。

 

〈中団後方にはテンザンセイザ、その後ツルマルボーイ、最後方にはフサイチランハートといった形で12名、やや縦長の隊形になりながら第1コーナーのカーブへと入っていきます。まずローエングリンが飛ばして5バ身のリード、こちらはすでに2コーナーを回っています。2番手には変わらずトウカイポイント、そこからさらに4バ身空いてエアシャカールが追走、そして4番手、2バ身開いてダンツフレーム、すぐ後ろにホットシークレット、更に中団中ほどにミツアキサイレンス、その外に並ぶ形でゼンノロブロイといった形です。〉

 

〈ゼンノロブロイちゃん、外から上がって行けるポジションをキープしてますね!縦長の展開ですから、距離の不利も少なそうです!〉

 

 語っているスペシャルウィーク自身もまた、宝塚記念では外からグラスワンダーに差し切られた記憶が深く残っているためか、外目につけているゼンノロブロイに視線が自然と向かうのだろう。

 

 一方で、中継画面越しに観戦しているタキオンが視線を吸い寄せられる先は、やはり同期のダンツフレームであるらしかった。

 

「いいねぇ、逃げの面々に気を取られず、しっかりシャカールくんのことをマークしているねぇ、ダンツくん。確かにこの状況、シャカールくんが最大のライバルとなるねぇ。」

 

「あの3番手の位置から、末脚を繰り出して一気に前に出るってことですからねー。にしても、シャカール先輩の加速の切れ味について行けるんでしょうか。」

 

 自身の脚質に照らし合わせて懸念しているヒシミラクルよりは実戦経験豊富、実力もまさに今絶好調なダンツフレームであったが、確かに瞬発力勝負に持ち込まれては弱いところもあった。

 

 とはいえ、それも見越して前目につけているエアシャカールよりも更に脚を使ってしまう段階ではない。シャカールの背後にぴったりと付きつつ、最後、自身の走りの伸びを信じて進めるのがダンツにとっての最善手であった。

 

〈向こう正面を進んでいきます、アクティブバイオ後方から5番手、並んでトウカイオーザ、テンザンセイザ、後ろから2番手がツルマルボーイ、フサイチランハート最後方で、1000mを迎えます。ローエングリン先頭で早くも3コーナーへと入っていきます、快調に飛ばしていますがリードは3バ身と縮まっていきました。じわっとトウカイポイント、そしてエアシャカール動いて行きました!ここでエアシャカール3番手から2番手へ!連れてダンツフレームも上がっていく!〉

 

〈思った以上に早いタイミングですよ、シャカールくん!ダンツちゃんは少し反応が遅れたみたいですが、しっかりマークし続けていますね!〉

 

 まず一手、シャカールが先んじた形となった。

 

 ダンツフレームとしては、やはり鋭い加速に対し競り合うことは避けたいところだったろう。そのため、シャカールが加速し始めるよりも先に好位置へと出ておきたいところだったのだが……それもシャカールの策の内であった。

 

 タキオンは画面にぐっと顔を近づけ、同時に瞬きを忘れたように目を見開きながら言った。

 

「シャカールくんは読んでいただろうねぇ、ダンツくんが先に動こうとしていたのを。あの形に持ち込まれては、更に外回りで前を目指す他にないねぇ、ダンツくん。」

 

「いやーこりゃ作戦勝ちですかね、シャカール先輩の。さすがの経験の差ってとこでしょうかね……。」

 

 ここまで来ればヒシミラクルにも、今まさに阪神レース場のターフ上で行われた駆け引きが読み取れる。

 

 後続のウマ娘たちも、シャカールの動きにつられるようにしてワンテンポ遅れて上がっていく。中団以降の面々としては、前方にシャカールとダンツのみならず、更にロブロイという優勝候補が陣取っているのが厄介極まりない状況だったろう。

 

 その点を考えれば、ダンツはかなり勝利に近い位置にあった……唯一、先行し続けるエアシャカールの存在を除けば。

 

〈5番手集団、ホットシークレット、残り800を切りましてウチを突くミツアキサイレンス、間に挟まれる形でゼンノロブロイ!後方からも上がってきましたアクティブバイオ、一気に中団固まって混戦状態であります!最後方からツルマルボーイ、大外を回って上がってきた!ぎゅっとバ群が固まって600を切りました!今度はエアシャカール先頭か、エアシャカール先頭!ダンツフレームが連れて上がってきた!ローエングリン先頭で食い下がっている!4コーナーから直線へと向かいます!〉

 

〈一気に動きましたね、中団は……ちょっとロブロイちゃん囲まれてしまって動けないでしょうか!シャカールくんとダンツちゃんの競り合いになりそうです!〉

 

 スペシャルウィークの解説の通り、勝利候補の一角であったゼンノロブロイは、大きく動いた中団のバ群に呑み込まれて身動きが取れない状態となっていた。大外から上がってきた面々によって、コース外側に蓋をされたような形である。

 

 その後方から上がってきた面々の中にはツルマルボーイの姿があり、こちらも先頭を目指して敢然と上がっていっていたが……やはり、ダンツとシャカールの一騎打ちという様相に、幾万人もの観衆は熱狂していた。

 

「勝てるかい、届くかいダンツくん!……いや、シャカールくん、もっと伸びるんじゃないのかい?」

 

「あ……もしかしてダンツ先輩、これ、差し切れちゃう……?」

 

 位置取りや仕掛けるタイミング、いずれも完璧に作戦がハマッたエアシャカールであったが、最終直線での速度に本来通りの伸びが無い。

 

 タキオンは敢えて、自分の読み取った可能性を口には出さなかったが、怪我や故障でもない限り、その事実が表す結論は一つであった。エアシャカールは体力本格化の時期を終えたのではないだろうか。

 

 一昨年からずっと、GⅠレースでもう一勝を挙げることにこだわって現役を続けてきた彼女にとって、それは耐えがたい事実になり得た。

 

〈大外からはゼンノロブロイ、ようやく集団から抜け出したが、先頭のローエングリン、また突き放すぞ!後方からはツルマルボーイ追い込んできた、エアシャカールが先頭に立つ、しかしダンツフレームが間から!ダンツフレームが抜け出した!ツルマルボーイ!ダンツフレーム!ツルマルボーイ、ダンツフレーム並んでいるが、ダンツフレーム僅かに抜け出してゴールイン!やったGⅠ!ダンツフレーム、GⅠ制覇!!〉

 

〈ダンツちゃん、ついにGⅠ初勝利ですね!やりましたね!すごい!おめでとう!!〉

 

 大歓声の轟く中、実況アナウンサーと解説のスペシャルウィークの感極まった声が響いている。

 

 最後の最後、大外から追い上げてきたツルマルボーイにほぼ並ばれながらもハナ差で勝利したダンツフレーム。ツルマルボーイは二着、それに続く形でエアシャカールは三着となっていた。

 

 むろん、画面のこちら側で見ているタキオンも、同期で競い合ったダンツフレームが遂にその実力の上に栄冠を手にした瞬間を喜んでいた。

 

「あの粘り、昨年のダービーでポッケ君と競り合った時の熱さを更に増したかのようだったねぇ!いずれダンツ君もGⅠの冠を戴くだろうとは私も思っていたが、しかし何とも劇的な勝利だねぇ!」

 

「大外を回らされてたのを見せられた時は、あそこから勝てるのかって思いましたけど……にしても、シャカール先輩ならもっと速度が伸びるはずなんですけど、もしかして怪我じゃないですかね?」

 

 ミラ子に促されるまでもなく、鷹木は画面内に映るエアシャカールのゴール後の足取りを見ていたが、首を横に振った。

 

 と同時に、タキオンの眼差しが語ろうとしていることも受け取っていた。ダンツ勝利を祝して口調だけは沸き立っていたものの、タキオンの目にはどこか寂しさに似た色も浮かんでいたのだ。

 

「いや……シャカールは怪我なんてしてないな。たぶん、前半に脚を使いすぎたんだろう、かなり前に押し上げて先行し続けていたからな。」

 

「言われてみれば、ですね。」

 

 ヒシミラクルはあっさりと納得し、それ以上の疑念を抱かない様子であったため、鷹木は内心ホッとしていた。

 

 いずれ全てのウマ娘にとって無視できぬ現実、身体能力本格化の時期が去ってしまうことについて、宝塚記念でダンツが勝利した様を目の当たりにしたばかりのこの場で解説することは気の進まぬ行為であったためだ。

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