探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 宝塚記念を終え、今年も夏合宿の日程が迫る。今年の下半期におけるレースを思えば気の抜けない正念場であったが、タキオンの懸念は今、マンハッタンカフェへと向いていた。天皇賞春の後、唐突に彼女自身が希望を言い出した凱旋門賞への挑戦。ほぼ全ての要素がカフェの遠征を順調に進めている中、“お友だち”の挙動だけがカフェの海外遠征を拒むような振る舞いを見せていたのだ。この違和感の正体を探るため、タキオンはシャカールを頼った。彼女の組んだ予測プログラム、Parcaeならば何か掴めるかもしれないと考えたのだ。


見えぬ昏きを、懸念だけは貫いて

 宝塚記念を終えて、タキオンが真っ先に面会を希望した相手はエアシャカールである。

 

 遂にGⅠ初勝利を挙げたダンツフレーム、それに次ぐツルマルボーイ、といった面々に先を越されて三着となったシャカール。引退の二文字がチラつく中で、最後にGⅠでもう一勝をあげようとしているシャカールがピリピリし続けているだろうことは想像に難くない。

 

 とはいえ、エアシャカールの尖った容貌しか知らない者ならばいざ知らず、その内面が一般的な印象よりもはるかに理知的であることを知っているタキオンにとっては、彼女にコンタクトをとる絶好の機会に違いなかった。

 

「きっと会ってくれることだと思っていたよ、上半期の大舞台もひと段落したところだからねぇ、秋のGⅠ戦線まで一息つけるところだねぇ。」

 

「気が休まるってワケじゃねェけどな。」

 

 いつもの会談場所、すなわちタキオンが実験室と称して勝手に占拠している理科準備室の隅で、愛用のノートPCを弄りながらシャカールがそっけなく返答する。

 

 夏が本格化していく気温の中、蒸し暑くなりがちな理科準備室の窓は開け放たれていた。カフェが滅多にこの部屋へ来なくなってからというもの、積もるに任されていた埃の類は窓外からの風に吹き飛ばされた後なのだろう、部屋がゴミゴミしている割に爽やかな風が吹き抜けていく。

 

 あるいは、流石のタキオンも自分の研究に使うPC周辺だけは埃の掃除を欠かさないのかもしれない。シャカールも、あまりに埃っぽい場所では愛用のParcae搭載のPCを取り出す気は起きなかっただろう。

 

「先ほどから繰り返して確認しているのは、やはり宝塚記念のシミュレーションかねぇ?確かに今回、ダンツフレームくんという新たな要素を含めたレースとなったわけだからねぇ。毎度の如く、特異点が含まれたシミュレーションはエラーを吐いてしまうのだろうがねぇ。」

 

「その法則に当てはめるンなら、今回の特異点はロブロイだな。」

 

「えぇ?」

 

 回りくどいやり取りを嫌うシャカールは、タキオンが言わんとする意図に先回りして結論から述べる。

 

 無論タキオンはそんなシャカールの物言い程度には慣れており、彼女が虚を突かれたのはその結果の意外さゆえであった。

 

「おや、勝利したダンツフレームくんが特異点、というわけではないのかねぇ?」

 

「宝塚記念に出走した誰が特異点なのか分からねェ以上、シミュレーションから省く出走者は全てのパターンで試行済みだ。結果、ゼンノロブロイだけを省いたパターンが今回のレース結果にかなり近ェ。」

 

 言いながら、エアシャカールはParcaeの演算結果を表示した画面をタキオンの方へと向ける。

 

 確かにそこには、先日の宝塚記念に酷似した結果が表示されていた。ダンツフレーム一着、ツルマルボーイ二着、ローエングリン三着、エアシャカール四着……。

 

「これはこれは、シャカール先輩は今回三着だったのだから、Parcaeによる予測を超えたことになるねぇ!ならばシャカール先輩こそ特異点ということになるのではないかねぇ!」

 

「俺はローエングリンとはほぼ並んでたンだ、どっちが前に行ってもおかしくねェ状況だった。ンなことより、そもそも出走メンバーに含めたらシミュレーション自体が進まねェゼンノロブロイの方が異様な存在、ってことだろ。」

 

 確かに着順を見るに、今回の宝塚記念でゼンノロブロイが入るはずの五着の枠には誰も表示されていない。

 

 彼女と同期のネオユニヴァースといい、やはりこの世代には奇妙な運命の巡り合わせが付きまとうというのだろうか。

 

 興味深げに画面を覗き込み続けているタキオンの目の前から、サッとノートPCを引き上げたシャカールは、時計を気にしつつ話を進める。

 

「ンで、わざわざ時間と場所を作って俺と会いたいっつったのは、別件だったろ。」

 

「……そうだったとも!さすがはシャカール先輩、前もって伝えておいたシミュレーションも済ませておいてくれたかねぇ?」

 

「アー、マジで時間かかったンだぞ。カフェのデータなら十分だけどよ、海外ウマ娘のデータなんざレース映像のアーカイブを漁りまくって、手作業で打ち込むしかねェんだからよ。ロンシャンのコースデータも、いちから入力しなきゃならねェ。」

 

 むろん、それだけの手間がかかることを見越していたタキオンは、ここで会う約束を取り付ける前に、エアシャカールへとあるレースの予測依頼を送っていた。

 

 そのレースの名は、凱旋門賞。

 

 フランスのロンシャンレース場で行われる、世界最高峰の競走のひとつ。マンハッタンカフェが今年の出走を表明しているこのレースについて、タキオンは可能な限り、そして出来るだけ早く、情報を集める必要があった。

 

 宝塚記念を終えたシャカールが休息のためにトレーニング以外の時間をたっぷり取ることも、タキオンは見越しての依頼であった。

 

「で、で、結果はどうだったんだい!現地フランスでも出走表明しているウマ娘は出揃っているのだから、十分に正確なシミュレーションとなっただろう!」

 

「……あンだけ手間かけてParcaeにデータ打ち込んで、結果見るだけなら一瞬なンだよなァ。今回ばかりは、もったいぶってやりてェ気分だ。」

 

 ぼやきながら、それでもタキオンの求める通りに凱旋門賞のシミュレーション結果を表示した画面を見せるシャカール。

 

 勢い込んで画面を見つめたタキオンであったが、そのまましばらく固まってしまう。そこにあったのは単なるレース結果、順位と予測タイムを示した数値のみであったが……それ以上の状況を予感させる内容でもあった。

 

「16名出走中、13番手……かい?あのカフェが?……シミュレーションの中で、ブロックに阻まれたり、作戦ミスが含まれたりしたのかい?」

 

「いいや、Parcaeの予測じゃ、カフェは好位につき続けて最終直線まで回っていった。春の天皇賞の時にかなり似てるな。けど、最終直線で急に失速してる。いくら芝が深いロンシャンでも、あんだけ長距離に強いカフェが、スタミナ切れを起こすとは思えねェ。」

 

「……カフェが脚を、故障する……という予測かい?」

 

 タキオンの問いかけに、シャカールは明確な返答を行えなかった。

 

 そもそもParcaeは出走ウマ娘たちやコースのデータを元に、レース展開や着順を予測するためのプログラムである。そこに不意の怪我や故障が含まれる想定はない。

 

 が、これまでもParcaeは単なるシミュレーションの域に留まっているとは思えないほど現実を正確に予測する挙動を示していたし……なによりも、あのマンハッタンカフェが13位に終わることの原因が、怪我以外に考えられないこともまた事実であったのだ。

 

 ずっとマンハッタンカフェの様子がおかしいこと、彼女の海外遠征の計画について妙な胸騒ぎが続いていたことを気に掛け続けてきたタキオンとしては、それらを裏付けるようなシミュレーション結果でもあった。

 

「シャカール先輩。率直に言うと私は……カフェの海外遠征を思いとどまらせるべきだ、と考えている。」

 

「だろうな。前ウチの練習場に来た時も、カフェのことばっか気にしてたよな。けど、止められンのか?もう遠征計画はだいぶ具体化してきてるし、周りの大人も動いてる。いざフランスに行くって段になって、ドラマみてぇに空港で引き留めるわけにゃいかねェぜ?」

 

 ウマ娘の海外遠征は、ウマ娘が単独で現地に向かうものでは決してない。現地にて宿泊場所およびトレーニング場所を確保し、本番に向けた最終調整を万全に行うため担当トレーナーのみならずサポートにあたるスタッフたちも数多同行する。

 

 莫大な費用が必要となるのは言わずもがな、その中で最大の成果を得て帰国するため現地で別のレースに出走するウマ娘も帯同して日本を発つことになる。既にイーグルカフェが帯同ウマ娘となることは決定されている。

 

 経費や人手をつぎ込んだ後では、もはや引き返しのつかない所まで計画が進んでしまう。考え込んでいるタキオンに、シャカールが言葉を継ぎ足す。

 

「いちおう、結城トレーナーにはこのシミュレーション結果も見せとくぜ。あの人も、俺のParcaeによる予測の正確さは分かってくれてる。まァ、この予測結果がカフェの怪我を予告するようなものだとは、到底断言できねェけどな。」

 

「結城トレーナーも、この妙な懸念に薄っすら勘づいてる気はするがねぇ……私は、海外遠征に向かおうとしているカフェが、本来のカフェではないような気がしてならない。何とも非科学的な感じ方、計画の断念を決意させる明確な証拠ではないがねぇ。そんな気がする、と私が言うだけでは、あまりに説得力が低いねぇ……。」

 

「説得力が欲しいンなら、ロジカルに証明するしかねェだろ、お得意の科学的な視点から。そんなやり方があンのか知らねーけどよ。」

 

 もはやタキオンが視線を向けていないノートPCをパタンと閉じて、シャカールは立ち上がる。秋まで本番レースはないとはいえ、今年中に勝利を得られなければいよいよ引退が現実的になってきている現状、練習時間は一秒でも惜しいのだ。

 

 それでも、頭を抱えて悩みこんでいるタキオンをそのまま放って出て行くことには躊躇を覚えたのか、改めて口を開いた。

 

「お前が言うように、本来のカフェじゃねェ、ってことを証明すンのなら、俺たちが知ってるウマ娘としてのカフェだけが持ってる特徴を洗い出すのが順当じゃねェのか?」

 

「私たちの知っている、マンハッタンカフェ……可能性世界のマンハッタンカフェとは重なり合わない、この現実世界のウマ娘としてのカフェのみが持ち得る特徴、かねぇ……あ。」

 

 ハタと何かに気づいたように、タキオンは顔を上げる。

 

 その曇った表情は完全に晴れきったわけではなかったが、一縷の道を見出したように瞳は澄んでいた。

 

「……彼女はコーヒーを好んで嗜むねぇ、ついでに緑茶も味わうことがあるようだが、しかし何故か紅茶だけは妙に厭う傾向があるねぇ。」

 

「アー、じゃあ、飲ませてみるか?黙って、紅茶だとも言わねェで渡したときの反応を見てみるか。」

 

「その手があるねぇ!我々の知るカフェなら、紅茶から立ち昇る湯気が顔に近付いただけで嫌がるはずだねぇ。口をつけるどころか、顔をそむけたうえで恨みがましくこちらを睨むはずだねぇ!」

 

「まぁ、妙なタイミングで出すのも変に勘繰られちまうだろうから、夏合宿の期間中に機を見てやるしかねェな。ただ、やるんなら7月中だぞ、8月に入ったらカフェは先に合宿から抜けるだろうからな。」

 

 10月の凱旋門賞に備えるため、8月時点で既に動き始めるのが遠征計画である。シャカールからの忠言に頷き返しながら、タキオンの脳内では早くも企みが進行しているのか、輝きだした瞳にはいたずらっぽい色まで浮かんでいた。

 

 夏合宿期間中、途中で合宿から抜けるのは何もカフェに限った話ではない。

 

 デビューが遅れた以上、夏季期間中に複数のレースへの出走が決定されているヒシミラクルは、7月下旬、そして8月にも、それぞれ新潟レース場、函館レース場へと向かう予定があった。

 

 また、昨年は長期間のレース休止を経験したタップダンスシチーも夏季レースへと精力的に出走するスケジュールを決めている。

 

 そのように合宿場所から国内とはいえ遠征に向かうウマ娘が数多いることを知ってか、例年通り有望なウマ娘トレーナーたちに招待状を送った結城トレーナーは、今年はヘリコプターによる送迎を実施していた。

 

 完全に梅雨も明けた、7月の初頭。

 

 トレセン学園にほど近いヘリポートにて、自衛隊が災害救助や国賓級人物の護送のために運用しているのと同じ大型ヘリが着陸している光景を前に、鷹木は片桐と共に各々の担当ウマ娘を待っていた。

 

 いつもの無精髭に口角を引き上げる笑みを浮かべながら、片桐は口を開く。

 

「レジェンドである結城トレーナーとお近づきになれたおかげで、この超VIP待遇に慣れてしまった後が怖いですよ、自分は。結城トレーナーは優しい方ですが、勝負の世界にずっと身を置き続けてきただけあって、実力に対しては厳しいお方ですからねぇ。タップに次の一勝を経験させてやれていない自分としては、いつ見限られるか不安で不安で。」

 

「その割に余裕そうですよね、ノーリーズンを皐月賞ウマ娘にした片桐トレーナー。こちらとしては、ヒシミラクルがなんとか条件戦クラスから上がれるかどうか、といったところで……それが本来の、普通のトレーナーが悩むところではあるんですが。」

 

 片桐の余裕を真似できる自信は鷹木にはなかったが、しかし専用のリムジンバスやクルーザー、大型ヘリコプターといった浮世離れした移動手段に慣れてしまう怖さについては、鷹木の胸中にも常に付きまとっていた。

 

 そうであればこそ、先月の売布特別で阪神レース場へ向かった時の様に、ヒシミラクルを傍らに新幹線や在来線を乗り継いでの旅程はどこか身の丈にあった安心感があったのだ。

 

 トレーナー達に続き、到着したウマ娘の中でも一番乗りをしたのはアドマイヤベガとナリタトップロードである。

 

 すっかり後輩たちも増えた中で、先輩としての示しがつく模範的振る舞いではあったが……その肩からは望遠鏡と赤道儀が入っているのだろう硬質のケースが提げられていた。気づいた鷹木は、それに言及する。

 

「今年もやる予定なのか、天体観測会。」

 

「えぇ。そちらのアグネスタキオンさん、たっての希望よ。私だってトレーニングの時間を優先的に確保したいけれど、どうしても欠かせない思いがあることには違いないから。」

 

 アドマイヤベガの口ぶりからは、夏合宿中の天体観測会という、どこかノスタルジックなイベントへの思い入れが語られているようにしか、傍らの片桐には聞き取れなかったろう。

 

 が、昨年のタキオンが気がかりにしていた内容を覚えている鷹木としては、それ以上の意味合いがあることも分かっていた。

 

 毎年、全く同じ展開を繰り返すレースが存在する異変。それとの因果関係は明確ではないものの、天体の運行までも毎年全く同じになるという異変が昨年も確かめられていたのだ。

 

 世間一般的には、昼夜の長さや季節の星座が毎年同じように巡ることは、一見何ら異変などでも無いように思われるだろう。が、少なくとも惑星の運行は、地球の公転周期からズレている以上、毎年同じには決してならない。

 

 そして……2年前の夏、すなわちオペラオーが引退した翌年の夏から、毎年のように火星大接近が世間の話題となり、夏休みに発生する天体ショーとして親しまれているのが、一番の異常であった。

 

 本来、火星と地球の接近は2年2か月ごとにしか起きず、ましてや軌道がもっとも近づく位置での接近は遥かに稀な現象であるはずなのだ。

 

 アドマイヤベガも、今年の火星大接近が確かに現実として発生している異変を確かめるつもりなのだろう。周囲を見回しながら、彼女は鷹木に尋ねる。

 

「ところで、タキオンさんはまだ到着していないの?積み荷が昨年よりは制限されることについて、前もって伝えておいたのだけれど……あの子、お構いなしに観測機器を大荷物にして持ってきそうだもの。」

 

「あぁ、俺もそれを見越して、タキオンとミラ子には本来より1時間早い集合時刻を伝えておいたんだが……。」

 

 後輩が増えたことで、合宿へ向かうためのヘリコプター内の空間はかなり狭苦しいことになる。

 

 大型ヘリコプター内も、最もゆったり過ごすためであればソファが設置され悠然とくつろげるだけの空間はあったが、今はそれらの調度品が取り払われ、貨物区画の脇に整然と乗員用のシートが並ぶ、まさに自衛隊が出動する時のように無駄のないスペースの使い方となっていた。

 

 タキオンが大荷物を抱えてきたならば追い返して荷物を減らさせるため、そしてついでにヒシミラクルが寝ぼけてダラダラしている内に遅刻する状況を防ぐため、鷹木は早めに来るよう伝えていたのだが……どちらも、なかなか来ない。

 

 その後シンボリクリスエスとマンハッタンカフェが生真面目な顔で荷物の積み込みを始め、合宿が楽しみでならないノーリーズンとタップダンスシチーが賑わしく現われてもなお、タキオンとミラ子の姿はない。

 

 スマホで繰り返し急かすメッセージを送信した鷹木であったが、数分後に「今行くねぇ」とだけ返されたのみであった。

 

「本来よりも1時間早い集合時刻を教える、という手段は以前も使ったことがある。つまり……俺が教えた時刻よりも平気で遅れてくることはあり得るな。」

 

「それでも直に、ウマ娘寮へと出向かないのは、最後の信頼ってやつかしら?」

 

「まぁ、そろそろ俺が直接出向いて引っ張って来ないと、とは思ってるが……あっ、来た。」

 

 これからタキオンの荷物量をチェックして、多すぎる分を減らさせる作業が待っている、と覚悟していた鷹木であったが、それは杞憂であった。

 

 タキオンの荷物は昨年の様に過剰なことはなかった。彼女が遅れた理由は、今なお殆ど目が開いておらず、耳もぺたんと寝たままのヒシミラクルにあった。

 

「やれやれ、どうにか出発時刻には間に合った様だねぇ!いい加減に目を開きたまえヒシミラクルくん!私が手を引っぱっている内は目を閉じていても構わないという判断かい?合理的だがおかげで移動に時間がかかったねぇ!」

 

「んん。んむ。むぁい。」

 

 ほぼほぼ眠りこけた状態のまま、無理やり着替えさせられたのだろう。ボサボサ髪のヒシミラクルは、簡単に上からすっぽり被れるシャツとゆったりしたズボンの姿で、肩ひもが外れかけのリュックを背負ってタキオンに引きずられるように辛うじて脚を動かしていた。

 

 タキオンはと言えば、きちんと量を吟味した荷物を背負い、そして手間のかかる後輩をここまで引っ張ってきたためか、いつになく額に汗を光らせていた。

 

 そんな様を前にして、鷹木はどこか感銘を受けたかのように声を漏らす。

 

「タキオン……後輩が出来ると、ここまで成長するんだな……。」

 

「放っておいて合宿に連れて行かず置き去りにするのも可哀想だから、仕方なく連れてきただけだねぇ!こらヒシミラクルくん、今年の夏こそ正念場なのだから合宿を前に呆けている場合ではないねぇ!」

 

「いぇあん。まぁむ。」

 

「私が引退、卒業した後のことがちょっと心配になったこともあったけれど、タキオンさんがここまで変われるのなら問題はなさそうね。」

 

 アドマイヤベガも、いつになく頬を緩めた表情で、ヘリコプターの機内にヒシミラクルを押し込んでいるタキオンの振る舞いをほほえましく見つめている。

 

 引退の時を意識せざるを得ないのはシャカールだけではなく、アドマイヤベガやナリタトップロードも同様である。大ベテランであり、本格化の時期をとうに過ぎた彼女たちが、不安を残さずターフから去れるか否か。

 

 今年の夏は、レースにおいても合宿においても、次なる時代を迎えるための大きな節目となりそうであった。

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