探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

229 / 278
 夏季期間中であろうがお構いなしにレース本番へと出走する面々は、今年の夏には特に多い。ヒシミラクルが佐渡特別を走った翌日、タップダンスシチーは函館記念へと出ている。さらに2週間後の洞爺湖記念に向け、またもヒシミラクルの本番レース登録を行った鷹木。たった2週間しか間が空いていないことについてヒシミラクルはボヤくが、ヒシミラクルの頑健さを前提として、さらに上のステージを目指すための布石でもあった。そんな面々に、声を掛けるのはエアシャカール。こちらもまた、とある相手から函館への招待状が届いていた。


いずれ時を跨ぐ縁の、あまりに遠く

 夏季合宿期間中にも本番レースへと出走していたのは、ヒシミラクルだけではない。

 

 昨年度は長期間の休止となり、今年に入って精力的にレースへ出続けているタップダンスシチーが函館記念へと出走したのは、ヒシミラクルが佐渡特別を走った翌日のことであった。

 

 函館記念は、GⅢレース。5月にタップが出走して五着に終わった目黒記念のGⅡよりも格付けこそ下ではあるが、函館レース場で行われる重賞の中でも特に重要な、歴史あるレースである。

 

 夏ウマ娘レースの中でも、実力者が多く集まるのは必然だった。

 

 パドックから戻ってきた控室にて、タップダンスシチーのつけたゼッケンが外れないように確認しつつ、片桐トレーナーは今回の競走相手の名を挙げていく。

 

「皐月賞および菊花賞をシャカールさんと競ったヤマニンリスペクトにトップコマンダー、金鯱賞の常連ブリリアントロードに、まさに今年の宝塚記念に出たトウカイポイント……錚々たる顔ぶれです。」

 

「つまりは、とうとうわたしも連中と同じステージまで上がって来れた、ってことだろ!ここも乗り越えていけば、先にGⅠに行きやがったタキオンたちにも追いつけるってことだ!」

 

 今から競走するメンバーが易々とは勝てない相手ばかりであることを知らされてなお、いよいよ闘志を滾らせるタップダンスシチーの振る舞いは片桐の想定通りであった。

 

 まるで尽きることのないタップダンスシチーの意気は、トレーナー業で相応のキャリアを重ねてきた片桐にも殊に眩しく感じられた。同じ年にトレセン学園に入学した面々が、クラシック路線のGⅠレースで競っている昨年、タップ自身は怪我をして走れない時期を長期間経験していたのだ。

 

 さらに言えば、実年齢は同学年の面々よりも一年上である。今年ともなれば、既に身体能力本格化の時期は過ぎ去っている恐れもよぎる中だというのに、タップはまだまだ夢を捨てる気など微塵もないのだ。

 

 発走時刻が迫り、片桐はタップを地下バ道へと送り出す。

 

「スタート直後はハイペースになるでしょうが、平常心です。幾度も繰り返した正確なペースで回り、最後に抜け出す形ですよ。」

 

「Okay、心配しないで見てな!」

 

 むろん、このレースについてもタップダンスシチーの中に不安など欠片もなく、彼女は背中で片桐へと返答しつつ意気揚々とターフ上へ向かっていった。

 

 ……とはいえ、競走相手との実力差を熟知している片桐の内心には、何の不安もないわけではなかったが。

 

「直線が短く、コーナーの占める比率が高い函館芝2000m、先行の好位置で回っていくこと……タップに有利な条件を揃えられるのは、そこまでです。あれだけのベテラン勢相手に、立ち回りの駆け引きで対抗するのは厳しいでしょうね。」

 

 バ群に巻き込まれず、最後の仕掛けでも瞬発力勝負に持ち込まれず、ゴール前で迫られても突き放せるだけの余力をもって最終直線へ突入する。

 

 条件が揃えばもちろん勝てるのは当然であったが、その前提が成り立つレース展開となるか否かは、経験豊富な重賞の常連ウマ娘たちを相手どった際、甚だ心許ない成算となった。

 

〈函館レース場、第11レースは、函館記念。晴天に恵まれた本日ですが暑さも落ち着いてきた時間帯、芝状態は良であります。各ウマ娘は枠入りを終え体勢完了……スタートしました!16名まずまず揃ったスタート、まずウチから上がっていきますのはギャンブルローズ、しかしすぐ外からエービーグリード並びかけてきてハナに立ちました。さらに外からタップダンスシチー3番手、ウチに並んでエアスマップ、さらに大外からオースミタイカンも詰めてまいりまして先行集団ぐっと詰まった形となっております。〉

 

 確かにタップは前もっての作戦通り、スタートから間もなく好位置につくことが出来ていた。が、片桐の表情からは警戒の色が拭われなかった。

 

 先頭に立った逃げの面々はさておき、先行の位置につける集団は示し合わせたかの如く一様にタップとペースを合わせて並んでいる。さらに、その後を追う集団とも殆ど差がなく、実況の言う通り密集した隊形となってしまっている。

 

「今回、タップは7番人気ではありますが、それでもあれだけマークされるとは……この調子では、瞬発力に優れた面々に差し切られる形を作られてしまいますね。」

 

 競り合いや駆け引きなどに加わらず、最初から最後まで自分が走り切れる正確なペースを刻んで走り抜く、というタップのスタイルは既に競走相手たちにも知れ渡っているのだ。

 

 人気順にかかわらず注視されているという現状は、タップの実力を相応に認められている証でもあったが、しかし現状においては勝機が遠のいていることに違いない。

 

〈坂を下って1コーナーへと入っていきます、中団はウチをついてトウカイポイント、並んでブリリアントロード、そのすぐ後にトーワトレジャー、外を回ってトップコマンダーが追走。さらにクラフトマンシップ、ウチに並んで1番人気メイショウラムセスが中団後方、間に入ってエアギャングスターも10番手辺りに並んでいます。あとはロードクロノス、ヤマニンリスペクト並びまして、ミヤギロドリゴ後ろから2番手、最後方はマイネルライツといった形であります。〉

 

 全体が詰まった隊形となっているのは、タップダンスシチーへのマークが集中しているためだけではない。

 

 人気度上位のウマ娘たちを好位置につかせまい、と我先に前へと出た面々が、結果として背後から実力者に追い立てられる形となってしまっているのだ。

 

「コーナーを回り切っても、ペースが落ちませんね。最後の最後までタップの周辺が混戦気味となれば、リスクは減りそうにない。」

 

 常時、担当ウマ娘を勝たせるための策を練ることを至上としている片桐の思考は、早くも次なる出走レースに向けての作戦立案、それをいかにしてタップへ伝えるかのトレーニング案へと移っていた。

 

 ウマ娘をレース本番へと送り出した後、トレーナーに出来ることはほぼ無い。勝利への道を切り拓くのは、ウマ娘自身の能力と判断力、そして意思だ。

 

〈向こう正面の直線を進んでいきます、先頭はエーピーグリードに並びかけ増してギャンブルローズへと入れ替わっています。じわっと上がってまいりましたタップダンスシチー、こちらもエーピーグリードを抜き去って2番手。あとはエアスマップが続きますが、ここでトーワトレジャー外に出して前へと上がってきた、更にトップコマンダーも連れて上がってくる!間もなく3コーナーへと差し掛かる所ですが、早くも先頭争いが熾烈になっております!〉

 

 片桐は、小さく頷きを繰り返しながら、一気に終盤の展開へともつれ込んだレース模様を見つめていた。

 

 タップダンスシチーの担当としては無論納得の行く展開ではなく、むしろ敗色濃厚となりつつある状況だったが……GⅠへの出走経験があるベテランウマ娘たちの判断力がいかに的確であるか、見せつけられる光景であった。

 

「あぁ、後ろのクラフトマンシップ、メイショウラムセスもつられて上がってきますね……隊形をコントロールするところまで視野に入れている、といったところですか。簡単に真似できるものではありませんね。」

 

 表情を確認するにはあまりにも遠かったが、しかし急に上がってきた集団によって外側を塞がれたタップダンスシチーの走りに、狼狽えの色が浮かんだのを片桐は見出していた。

 

 先行の位置が有利なコースには違いない。が、先行を封じる策を実行するだけの実力があれば、後方から差し切ることも十分に可能なのだ。

 

〈4コーナーを回って直線へと入ります、残り200m!先頭はギャンブルローズ、続くタップダンスシチーですが、外からトップコマンダー、トーワトレジャーが並んで上がってくる!クラフトマンシップ、マイネルライツ、メイショウラムセス、この辺り3番手争いか、しかし大外からヤマニンリスペクト!残り100m、大外からヤマニンリスペクト、トップコマンダーに並んだ、並んだ、トップコマンダーか、ヤマニンリスペクトか、ヤマニンリスペクト!僅かに抜け出してヤマニンリスペクト、先頭でゴールイン!勝ちましたのはヤマニンリスペクトです!!〉

 

 作戦通りに進めたトップコマンダーの優勢かと思われたが、その展開に便乗する形でさらに後方、大外から上がってきたヤマニンリスペクトが勝利の栄冠を奪い去る展開となった。

 

 これもまたウマ娘レースの醍醐味、予測通りの展開が約束されることはほぼ無く、思いがけぬ出走者が勝ち抜けることも十分にあり得るのだ。現にこのレース、15番人気のマイネルライツが四着となった一方、1番人気のメイショウラムセスが六着となっている。

 

 そんな中、タップダンスシチーは八着であった。完全に囲まれて身動きが取れないまま、ずっと目の前にいたギャンブルローズが七着でゴールするのに続く形であった。

 

「Damn it!狙ったように外側を塞がれちまった!もうちょい早く気づいてりゃあ、外回りのコースを取ってたのによ!」

 

「あれだけの実力者と、あの数にマークされてしまったのならば仕方ありません。無意味に外回りで走っても、ベテラン勢相手に遊びを入れる余地もありませんから。」

 

 控室に戻ってきて、彼女らしいオープンな悔しがり方を見せているタップダンスシチーを前に、片桐は現状のベストを尽くしたとのみ答えていた。

 

 とはいえ、今以上のステージへと上がっていくためには、走るための能力だけではない、周囲の競走相手の動きを鋭敏に察知し、臨機にペース配分やコース取りを調整できる柔軟さが求められることにも違いなかった。

 

 タップと片桐が函館でのレースを終えている頃、一足先に合宿所まで戻っていたヒシミラクル。

 

 彼女は早くも次なるレースの予定を鷹木トレーナーから告げられ、目を白黒させていた。

 

「えぇ!?8月4日の函館ですかぁ!?あと2週間しかないんですが!」

 

「だから、今からでも調整を進めないと間に合わないと言っているんだ。先の予定では9月初頭のレースも視野に入れている、だから8月中にノンビリとしている余裕はないぞ、ミラ子。」

 

 8月末付近の条件戦を探すという手も無いではなかったが、そうなればその次のレースは9月下旬あたりまでずれ込むこととなる。

 

 ヒシミラクルが、このまま条件戦や特別レースだけを走って今年を終えることを、鷹木は良しとするわけにいかなかったのだ。佐渡特別では駆け引き面での未熟さが見いだされたものの、身体能力では大きな手ごたえを感じさせたミラ子なら、もっと上を目指せる。

 

「聞いてくれ、ミラ子。次の一回でとんでもない勝ち方を披露する自信があるというのなら話は別だが、より現実的なプランを推したいんだ。9月末に、GⅡクラスのレースへ出走できるよう、可能な限りチャンスは増やしたい。」

 

「あのぅ、トレーナーさんは何を言いたいんです?私は、とりあえずまた勝てればいいかなーって思ってるぐらいなんですけれど。」

 

「今年の9月22日だ、神戸新聞杯は。それまでに少なくとも2度、レースで実力を示すチャンスを用意する計画を、今立てている。」

 

「ちょ、ちょっと待ってください、神戸新聞杯だなんて重賞に出る事自体、だいぶ遠い目標な気がするんですけど、もしかしてトレーナーさん……。」

 

「あぁ、菊花賞だ。神戸新聞杯で優先出走権を手に入れて、今年の菊花賞をお前に獲らせたいんだ、ヒシミラクル。」

 

 今度は、あまりにも現実離れしすぎていたおかげか、ヒシミラクルは逆に平常心を取り戻していた。

 

 呆れたような色を目に浮かべて、合宿所建物の休憩室に置いてあった湯呑みを口につけ……中身はスポーツドリンク、という夏合宿特有のちぐはぐな組み合わせであったが……一息に飲み干してから、あらためて口を開いた。

 

「あのですね、仮に何かの運命の間違いでも発生して、私が優先出走権を得たとしましてね?菊花賞で出揃う面々はそりゃとんでもないメンツですよ。ノーリーズンちゃんでしょ、シンボリクリスエスちゃんでしょ、それから……」

 

「シンボリクリスエスは、天皇賞秋へと向かう可能性がある。タニノギムレットはダービーを最後に引退宣言、復帰の可能性はゼロじゃないが今のところ出走予定はない。つまりだミラ子、お前と肩を並べられる相手はノーリーズンだけだ。併走練習の時には、ノーリーズンと僅差まで迫れているだろ?」

 

「そもそも他の子たちだってGⅠクラスなので、前提からおかしい気はしますけど……いやそりゃ私とノーリーズンちゃんの2名だけの練習でして、他にも集団が一緒に走ってたら話は別ですって。昨日の佐渡特別だって、完全に集団での駆け引きをミスったせいで三着でしたし。」

 

「その敗因を意識できているのなら、次は乗り越えられる。何にしてもだ、ミラ子、8月入ってすぐ、そして9月の頭にも、条件戦への出走登録を行う。菊花賞への切符、絶対に手にするぞ。」

 

 鷹木の決意が固い様を見てとり、ヒシミラクルは項垂れるようにも見える頷きを静かに返し、小さく溜息をついた。

 

 確かに、ただでさえ持久力に優れるヒシミラクルが、ウマ娘の生涯の中で最も活力にあふれた時期が今なのだから、勝負をかけるのならば今夏を置いて他にない。

 

 少し離れたところで、鷹木トレーナーがいつになく積極的な姿勢を見せている様を、ミラ子の先輩であるアグネスタキオンは腕組みしてうんうんと頷きながら見つめていたが……その脇を通り抜けて直接話をしに行ったのはエアシャカールである。

 

「なァ、ちょっといいか、ヒシミラクル。さっき『8月4日の函館』ッて聞こえた気がすンだが。」

 

「あー……はい、トレーナーさんがですね、あと2週間しか準備期間の無いレースに私を出走登録するというトンチキをかましてくれましてですね……。」

 

「あぁ、頑張ればいンじゃね?それは置いといて、函館なら俺も同行させてもらっていいか?」

 

「え?シャカール先輩も?」

 

 ヒシミラクルは勿論、今度は鷹木も目を丸く見開いてエアシャカールの方を見る。

 

 とはいえ、無論ながらシャカールまでもが函館で行われる条件戦へ出走するというわけではない。シャカール自身は、引退するまでにGⅠをもう一勝することを胸に、天皇賞秋を次なる目標に掲げている。

 

「ファインモーションから連絡があったンだ。8月4日、函館レース場で走るから、きっと見に来てくれッて。」

 

「あぁ、行き先が同じなら、一緒に行こう。それにしても、アイルランド王女ウマ娘から、そんな連絡が来るのか、シャカール……。」

 

「ご丁寧に、お高そうな封筒で招待状を送りつけてきてな。」

 

 シャカールが面倒そうに掲げているのは、確かに今どき珍しい、封蝋で閉じられた封筒であった。

 

 シャカールなりに、せっかくファインから送られて来た招待状の封蝋が砕けるのを避けたのか、封筒自体は端を細くカッターで切って便箋が取り出されている。

 

 明らかに並みならぬ身分の送り主を目にして、郵便配達員もさぞ神経をすり減らしたことだろう。ヒシミラクルも、途端に焦り始める。

 

「も、も、もしかして、私はファインモーションさんと競走することになるんですか!?」

 

「いや、たぶん違うレースだ。発走時刻はかなり近いが、ミラ子が出るのは洞爺湖記念だからな。ファインモーションは、その前にある1勝クラスのレースに出るらしい。にしても……かなりのニアミスだな。」

 

 シャカールが出して来た便箋を、鷹木も下手に汚さぬよう慎重に持ち上げながら内容を読んでヒシミラクルに返答した。

 

 同じ日、同じレース場で、数十分違いで出走することになったヒシミラクルとファインモーション。現実的に見れば、あくまで単なる偶然に過ぎなかったが、ここにも可能性世界からの干渉の恐れを感じずにいられない鷹木であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。