探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 秋の深まる頃のある日、タキオンはジャングルポケットから呼び出される。律儀なポッケがいつになく頭を下げて伝えたのは、天皇賞秋には出走できないという旨であった。天皇賞春の後に発覚した故障は治癒し終えていたものの、完全な走りを実現するためには調整がまだ足りぬ状態と判断されたのだ。むろんタキオンはライバルの決断を尊重しつつも、現世代のウマ娘たちについての話題をこの対話の機会に持ち出す。このウマ娘世界にて明確となりつつある異変は、まだジャングルポケットが意識するところまでは来ていなかった。


予兆の暗くあればこそ、照らすべきは明瞭に

 秋の気が日に日に強まっていき、菊花賞は残り一週間のところまで迫っている。

 

 今年のクラシック級を競い合う世代の中で、ヒシミラクルがどこまで行けるのか。アグネスタキオンは後輩のことが気がかりであり続けてはいたが、その日は他の用事を片付けるために練習場を離れていた。

 

 タキオン自身も天皇賞秋に向けて本格的に打ち込みつつあるトレーニングを前に、一旦の休養を挟む日であった。とはいえ、何も予定なしに一日を終えるタキオンではない。

 

 トレーニングに時間をとられぬ日こそ、やりたいことが溜まっているのを片付けるのに最適である。

 

「……というわけで、前々より直接会って話がしたいと申し出ていたジャングルポケットくんとの面会を優先したわけだねぇ。この私に面会を優先してもらえるだなんてよっぽどのことなのだから、感謝したまえよ。」

 

「その鼻持ちならねぇ態度が相変わらずで安心したぜ。」

 

 アグネスタキオンとジャングルポケットは、他のウマ娘が練習時間中には殆ど来ることのない校舎裏庭のベンチに並んで腰かけていた。

 

 ジャングルポケットの担当である桂崎トレーナーのもとにはシンボリクリスエス、そしてアグネスデジタルが居る。どちらも、天皇賞秋への出走を予定しているので別々の練習場でトレーニングを行っている。同じレースに出る者同士が、互いの作戦を見せ合うわけにはいかない。

 

 同じく天皇賞秋へと出走予定のアグネスタキオンと落ち合う際にも、練習場で待ち合わせるわけにはいかなかったのだ。

 

「さて、話というのは何だい?メッセージを送るだけならばスマホ越しにでも構わないだろうに、わざわざ面を合わせて話とは、キミも律儀なんだか古風なんだか。」

 

「既に、お前に頭を下げる気もだいぶ薄れてきちまったが……先に謝らせてくれ、悪い、天皇賞秋にはどうしても状態が整いそうにないんだ。俺は天皇賞に出走できない。」

 

 タキオンの隣に腰掛けつつではあったが、深々と頭を下げるジャングルポケット。

 

 思い返せば、ジャングルポケットが本番レースから遠ざかっていた時期は長い。5カ月前、春の天皇賞の後に脚の故障が発覚し、宝塚記念への出生や密かに計画されていたイギリス遠征なども中止となって以来、夏を通して休養および復帰に向けての鍛錬が続いていた。

 

 それでも、ウマ娘レース本番へ出走する以上は、どれだけ万全を期しても過剰ではない。桂崎トレーナーはギリギリまで悩んだうえで、ジャングルポケットの天皇賞秋、出走回避を選択したのだ。

 

 秋には再びタキオンと競おう、と口約束とはいえ話を交わしていただけに、ジャングルポケットはいけ好かない相手に対しても謝罪せずにいられなかった。

 

「頭を上げてくれたまえよ、ジャングルポケットくん。むろん私とて残念ではあるさ……それに、キミが出走しないからといって、私よりも先を走るウマ娘が減るわけでは無いからねぇ?」

 

「マジで口が減らない奴だな、お前が相手だと、申し訳なさも薄れて助かるぜ。」

 

 小さく舌打ちしつつも、苦笑しながら顔を上げるジャングルポケット。いつも通りのタキオンとのやり取りを前にして、ここに並んで腰かけた時の表情の翳りはかなり薄れていた。

 

 一方で、タキオンは脳内で、ある可能性について探っていた。アグネスタキオンとジャングルポケットが直接対決出来たのは、昨年の皐月賞以降は7か月後のジャパンカップ、そして翌月の有馬記念の二度である。それ以外の機会では、ポッケとタキオンのどちらかの都合がつかず、10ヵ月経った今もなかなか再戦に至っていない。

 

 仮に可能性世界からの干渉が関わっているのだとすれば、既定の可能性においてタキオンが皐月賞を最後に引退しているがため、かもしれなかった。そうなれば、ジャングルポケットとアグネスタキオンが直接対決の機会を逸し続けていることにも繋がるのだろう。

 

 返答こそしつつも、そんな思考を巡らせているタキオンが遠い目をしている意味を、ジャングルポケットは取り違えたらしい。

 

「いや、ほんと、スマン。去年、お前がダービーに出走しなかった状況、そのままオレが繰り返しちまってんな。」

 

「仕方ない話だねぇ、今さらになって無理に出走しろというわけにもいかないのだし。我々は今さらといった話だが……クリスエスくんは、気にしてしまっていないかい?」

 

「あー……菊花賞じゃなくて、天皇賞を選んだ件か。」

 

 菊花賞の前哨戦となる神戸新聞杯にて圧勝劇を披露した後、天皇賞秋へと出走する意思を表明していたシンボリクリスエス。

 

 既に、ノーリーズンやヒシミラクルの側ではクリスエス不在の菊花賞でも全力で競い合う意思は確認できていたが、当のクリスエスが何を感じているかについては、タキオンも知るところではない。

 

 むろん大一番に向けて、今最も期待の集まるシンボリクリスエスに、他のウマ娘とお喋りしている時間など無いのは当然である。

 

 彼女の思いを知り得る数少ない先輩ウマ娘のひとりが、同じ桂崎トレーナーに指導を受けているジャングルポケットであった。

 

「アイツも流石に気にしてはいたぜ、同期連中との競走から抜けることは。表情は変わらねーけど、こんだけ付き合いが長けりゃオレにも分かる。けどな、こないだノーリーズンが直接会いに来て、話をしてたんだ。」

 

「ほう!ノーリーズンくんが!確かに、同じレースに出る相手が居ないのならば、直接練習場にまで来れるだろうねぇ!で、どんな話を?」

 

「ノーリーズンだって、んな小難しい話はしねーよ。クリスエスの天皇賞を楽しみにしてる、気兼ねなく全力で走ってこい、自分は……いや“ワシ”は菊花賞で全力見せてやるから、って。」

 

 思いを抱えるところがあれど、よほどメンタル面を揺るがされない限り、武将めいた喋り口調を崩すことのないノーリーズン。

 

 彼女がシンボリクリスエスの前で決心の内容を言い放ち、呵々大笑を上げた様がタキオンにも容易にイメージ出来た。

 

 むろん、以前タップやミラ子と共に併走した一件の後であれば、ノーリーズンがそのように語るだろうことは充分に推測できる。が、とある話をタップづてに聞かされていたタキオンには、ノーリーズンが明るい言動を示していることが少々意外であった。

 

「なるほどねぇ、不安を既に振り切ったか、ノーリーズンくん。いや、あるいは、クリスエスくんの手前、不安な表情は押しこめたのかねぇ?」

 

「んだよ不安って。ノーリーズンの奴なら、ぶっちゃけ菊花賞でも1番人気、勝ちは殆どもらったようなもんじゃねーのか?」

 

「ウチのヒシミラクルくんとて負ける気はないがねぇ!……そんな話はさておき、先週の京都大賞典の後、タップくんから話を聞いたんだがねぇ、ノーリーズンくんはとある悪夢に繰り返し悩まされているらしいんだ。」

 

 ノーリーズンを担当しているのは片桐トレーナーであり、こちらはタップダンスシチーと共に指導を受けている。

 

 先週の京都大賞典……満席にもかかわらずレース場の歓声が妙に小さく聞こえたり、ゴールして結果が確定した途端に不自然なまでに急激に歓声が大きく響き渡ったり、現地でも異様としか形容出来ない状況があり、そのことについてタキオンはタップダンスシチーに情報提供を求めにいったのだが……その後、ノーリーズンが抱える不安についても語られていた。

 

 タップダンスシチー自身は非現実的な現象を信じ込む性質ではなかったのだが、それでも不可解な物事についてはタキオンに相談を持ち掛ける以外に術を見出せなかったのだろう。

 

「簡単に言えば、レース本番で失敗する夢だ。デビュー間もないウマ娘ならばまだしも、ここまで進んできたノーリーズンくんが見るのは少々不自然な気もするがねぇ。」

 

「そりゃ思い入れが強けりゃあ、嫌な夢だって見ちまうんじゃねーか?オレだって去年は、どんだけゴール前で差を広げられて追いつけねぇ悪夢を見せられたことか……お前のせいだからな、タキオン。」

 

「その後のジャパンカップで私に勝ったのだから気は済んだだろう?話を戻すが、ノーリーズンくんが見る悪夢の内容は、本番のスタート直後、ゲートが開いて飛び出すと同時に思い切り転倒するというものらしい。」

 

 タキオンの語りを前にして、ポッケは小さく溜息を吐き、視線を足元に落とした。

 

 レースのスタートは、出遅れも許されず、かといって気が逸ればミスにも繋がる、ウマ娘たちが最も神経をとがらせる瞬間である。失敗すればその夢をしばらく毎晩見ることもあるし、将来的な失敗について不安を抱えるのも当然だ。

 

 むろん、ポッケ自身にも覚えのある内容であった……悪夢ではなく、現実にだったが。彼女の横顔を見ながら、タキオンは喋り続ける。

 

「なにやら、去年の皐月賞でも似たようなことをやらかしたウマ娘が居たねぇ?大舞台を前にして、気合いが入り過ぎたのかねぇ?」

 

「オレは転んじゃいねーよ、ちょっと蹴躓いただけだ。それに、どっちにしろ後ろから追い込む作戦だったからな……けど、ノーリーズンはどっちかっつーと差しの作戦が多いよな。」

 

「ノーリーズンくん、終盤の加速はむろん一級品だが、抜け出せるコースを見出せなければ危ういところもあるからねぇ、序盤に良い位置につけなければ厳しいねぇ。それならまだ良いが、万が一怪我に直結する転倒ともなれば、競走中止や活動の休止まであり得てしまう恐れがあるねぇ。」

 

 ノーリーズンでなくとも、スタート直後の転倒は全てのウマ娘にとって恐れずにいられるはずのないアクシデントである。

 

 通常は、その恐れが限りなくゼロになるよう、幾度も練習を繰り返し、レース中の作戦展開に集中できる状態を作っているのだ。そのため、今さらになってスタート直後のアクシデントを悪夢で繰り返し見るというのは、いささか不自然なことのように思われた。

 

 ……タキオンは、これまた可能性世界からの干渉であろうとの仮説を立てていたが。現実世界では観測し得ない未来の内容を見せられる夢は、可能性世界で既定された将来を示しているのかもしれない。

 

「むろん、ノーリーズンくんを担当している片桐トレーナーが、彼女の不安を酌まぬはずもない。あり得ないことと断じず、他のトレーニングメニューの合間にスタート練習を組み込んでいるねぇ。」

 

「片桐のオッサン、あんだけ胡散臭い見た目だけど律儀な人だよな。もう菊花賞が来週だって時点で、今さらになってスタート練習に時間を割くだなんて、普通はやらねーよ。まーでも、オレを担当してる桂崎トレーナーだって、同じことはするかもな。」

 

「私のトレーナーくんとて、不安を易々と拭える性格ではないからねぇ、神経質に練習と確認を繰り返すだろうねぇ。」

 

「だろーな、鷹木トレーナーなら、本番の京都レース場まで行って足元の芝が絡まってる所がねーか、虫眼鏡で這いつくばってチェックしだすかもしれねーな。」

 

 現状のトレセン学園で最も小心者であろう鷹木トレーナーについてひとしきりネタにしたところで、タキオンは時計を確認しつつ小脇に抱えていたノートPCを取り出す。

 

 単に用件の伝達や情報交換だけであれば、そそくさと切り上げても良い場面ではあった。が、今年も年末に向けて会える機会が減っていくだろうジャングルポケットを隣に、思いつく限りの時間の使い方を続けたかったのだ。

 

「さてさて……今年度の注目のウマ娘は、クラシック路線やシニア路線ばかりじゃない。今日のティアラ路線にも、一大レースがあるねぇ。」

 

「秋華賞、ファインモーションが出るんだよな。夏からずっと負けなしだろ?今度は何バ身差で勝つのか、分からないのはそれだけっていっても言い過ぎじゃねーな。」

 

 デビュー以来、無敗で勝ち上がり続けているファインモーション。

 

 それも、毎度の如く後続に大きな差をつけるか、あるいは敢えて変則的なペースを実施して勝つか、と常に余裕を残す勝利を続けているのだ。

 

 この日の秋華賞で、彼女が5連勝目を挙げるだろうことは、ほぼ全ての観客たちが信じて疑わないところであった。

 

 URA公式の配信ページに接続し、画面に映し出された京都レース場の様相にタキオンはじっと目を細める。端末の音量設定は以前の観戦の時と同じであったが、今回は最初から十分に大きな歓声が場内に響いているようだった。

 

 隣からジャングルポケットが覗き込みつつ、発走前のレース場の様子を映した画面をやけに見入っているタキオンを訝しがる。

 

「なんでまた観客席の様子なんか、そんな真剣に見てんだよ。芝の状態を見るんならまだしも。」

 

「……またしてもシャカール先輩がファインくんから招待されて、特別観覧席に姿を現すのではないかと思ってねぇ。シャカール先輩はこのところ、すっかりアイルランド王室の一員のごとく扱われているものだからねぇ。」

 

「いや、そりゃいくら何でも、このタイミングで京都まで観戦にはいかねーだろ。シャカール先輩だって天皇賞に出るんだから。」

 

 タキオンの誤魔化しを、ポッケは律儀に言葉通りの意味で捉える。菊花賞まで残り一週間、そして天皇賞秋まで残り二週間、と10月以降のウマ娘レースは大舞台が目白押しである。

 

 それゆえに、先週の京都記念よりもはるかに大きな歓声が、地下バ道からゲートへ向かうウマ娘たちを包み込んでいたとしても、ジャングルポケットは特に違和感など抱かなかったろう。

 

〈エリザベス女王杯がシニア級にも開放され、創設された秋華賞も今年で7回目の開催となりました。天候は晴れ、芝状態は良、18名、フルゲートのウマ娘たち、その中でも圧倒的人気のファインモーションは17枠であります、全ウマ娘のゲートイン完了……今、スタートが切られました!まずまず揃ったスタート、先行争いに入っていきます。ファインモーション、出だしは好調だ、そのウチからすーっと上がっていったのはユウキャラット、ファインモーションは先団の外、2番手3番手の位置をキープしまして、メインスタンド前から1コーナーへと入っていきます!〉

 

 ファインモーションは言うまでもなく1番人気、それも実況アナウンサーが述べる通り、圧倒的な人気度である。

 

 17枠と大外からのスタートであったが、すぐさま先行集団の真横につけて、進路を塞がれる恐れもない絶妙な好位を取って駆け抜けていく。彼女の一身に、何万人もの大歓声が注がれていた。

 

「ファインくんのレースを見るたび、毎度のことだがねぇ……ほれぼれするねぇ、芸術的だねぇ、あの加速も、コース取りも。」

 

「先行策の理想形そのものだよな、ファインの走りは。強ぇに決まってる、フルゲート出走でこんだけスムーズに進められるってんなら。」

 

 いつもであれば、鷹木やヒシミラクルと共に観戦しながら、ひたすらに自分の語りを優先するアグネスタキオン。

 

 が、共に競い合い、実力を分かりあったジャングルポケットと同席しての観戦では、いつものタキオンに似ず言葉を尽くすことはなく、興奮を内に秘めた落ち着きを示していた。

 

〈先頭はユウキャラットですが、その後ろからタムロチェリーが2番手で追走している、そのすぐ外には3番手シュテルンプレスト、ファインモーションはその後、4番手の外側というバ場の良いところを的確に通っています!今日も白いジャケットに緑のクローバーが映える勝負服にご注目、ファインモーションが順調に進んでいます!さぁ先頭のユウキャラットはリードを4バ身、さらに広げていくところでありますが、2コーナーを回りましてまもなく向こう正面の直線へと向かいます!〉

 

 実況も、完全にファインモーションの人気を意識しているのか、あるいはアナウンサー自身がファインモーションのとりことなっているのか、彼女を立てる弁が多めに入っている。

 

 京都芝2000mは平坦なコースが続いたうえで、3コーナーから下り坂で一気に速度が上がるという波乱の起きやすい構成であったが、ファインモーションの走りには全く焦りが見られなかった。

 

「今年に入ってから頭角を現したウマ娘とは思えないほどだねぇ、ベテランの風格だねぇ。それに、確かに良いところを通っているねぇ。」

 

「ウチ側を塞がれたのを上手く利用して、最ウチを避けてるからな。」

 

 やはりジャングルポケットが相手ならば、タキオンもさほど言葉を尽くす必要なく、お互いに言いたいことが伝わり合っていた。

 

 京都大賞典が先週あったばかりであるだけでなく、この時期の京都レース場は数々のレースが開催されるため芝の再生が間に合わない。特に荒れやすいコースの最ウチは、コーナーで走る距離が多少短くなる代わりに、スタミナ消費も多くなってしまう。

 

 焦ることなく、無理にウチ側に入ろうともせず、ファインモーションは冷静に最適なコース取りを行えていたのだ。

 

〈そして2番手争いからタムロチェリー、続くシュテルンプレスト、4番手5番手の位置にオースミコスモ、その外にファインモーションが並んでいます。初めての京都コース、その走り心地はいかがでしょうか!秋のティアラ路線女王に向けて、絶好のポジションを進んでいます!そのファインモーションを追うように、ウチを突いてシアリアスバイオ、外を通ってカネトシデザイア、その後続いてメジロベネット、さらに並んでブルーリッジリバーとサクラヴィクトリア、あとはコスモプロフィール、おぉっと2番人気のシャイニンルビーがちょっと押している、間もなく坂を上って3コーナーへ入ります!〉

 

 ファインモーションについての言及で時間をたっぷり使ったためか、そこから後の実況によるウマ娘名の読み上げは若干ながら早口となっている。

 

 坂を上り切って3コーナーを回りはじめれば、いよいよ速度の上げやすい区間に入り仕掛けどころ、といった状況であったが、2番人気のウマ娘は早くも苦しそうになっていた。

 

「あの子は……桜花賞三着のウマ娘だねぇ。その位置からでは、もう無理をしない方がいいねぇ、周囲からの期待も重圧だろうがねぇ。」

 

「まぁ、ファインに続く2番人気、だなんて相当なプレッシャーだろうからな。さすがにこっからじゃ届かねーな、もうファインが前に迫って行ってるし。」

 

 シャイニンルビーは桜花賞で1番人気に推されたが三着どまりの結果となり、それ以降はなかなか勝ちきれない状態が続いていた。

 

 このレースでも2番人気に選出されるほどには期待が掛けられていたのだが……既に先頭を捉えているファインモーションは、あまりにも次元の違う存在であった。

 

 降り注ぐ大歓声は重圧だったろうが、それでも担当トレーナーの指示は信頼できたおかげだろう。シャイニンルビーは体に鞭打つことなく、一旦速めかけた脚を緩めて、最後尾へと下がっていった。

 

 ここで倒れ、ふたたび走れぬ体になってしまう恐れを彼女の担当トレーナーも最も危惧していたのだ。

 

〈いよいよ仕掛けどころか、ぐーっと後続バ群が縮まってまいりました!さぁ先頭はユウキャラット、しかし大外から!大外から、これは自身をもってまくってきた、ファインモーションが来た!ファインモーションが早くも来た!600を通過!ウチ側で先頭のユウキャラットも粘っているが、ファインモーション既に並んで、そして抜け出した!まだ本気を出してはいないのか、さらにじわじわと加速していきますファインモーション!まもなく4コーナーを抜けて最終直線へと向かいます!〉

 

 ファインモーションが別格であることを示すのは、その速度ばかりではない。

 

 他の面々が必死の形相で足を速めている中、ファインだけはあまりにも軽やかに、そして悠然と足を運んでいくのだ。彼女の周りだけが、押しのけなければならない空気が自ら退いて道を作っていくかのようであった。

 

「絶対的だねぇ、この強さは。ひょっとすると、今年のシニア路線に来てもクリスエスくんと良い勝負になるかもしれないねぇ。」

 

「まぁ、既にファインはティアラ路線で出走スケジュール固めちまってるだろうけどな……んなことより、こっから何バ身差がつくんだ?これGⅠだぞ……?」

 

 タキオンとジャングルポケットは、もはやファインの異次元の走りに呑まれたかのごとく、固唾を飲んで画面を見つめていた。

 

 そうそう大差がつくはずのないGⅠレース、しかしファインモーションはあまりにも易々と、既に決着がついたも同然のリードを更に広げていくのだ。

 

〈まだ渾身の走りを出してはいないのか!?とても軽々とした走り、ファインモーションが先頭で、どんどん二着以降を引き離していく!もはや完全に抜け出した、何者も並ぶどころか、距離を詰めることすらできない!抜け出したファインモーショーン!抜け出した抜け出した!1バ身、1バ身半、2バ身、いや、3バ身、まだ広がる!強い、強いあまりにも強い!圧倒的な実力を見せつけて、今、一着でゴールしました、ファインモーション!無敗の女王、更に連勝記録を伸ばして勝利です!〉

 

 スピーカーから響く大歓声が早くも音割れを起こしそうになっており、タキオンは音量設定を下げた。

 

 現地が熱狂の渦に包まれるのも当然の圧勝劇であり、またすっかりタキオンとポッケが静まり返るのも無理はなかった。

 

「やべー……いや強すぎんだろ、実況と同じことしか言ってねーけど。」

 

「彼女が今年の有馬記念に参戦するのは、ほぼ確実だと言えようねぇ。きっと、ファインくんの存在が不可欠な舞台となるだろうねぇ。」

 

 ジャングルポケットも頷いたが、それはあくまでレースの実力を元にしての首肯であった。

 

 タキオンが想定していたのは、レース場の歓声が終始衰えることのなかった、ファインモーションが集める圧倒的な世間からの関心である。

 

 可能性世界とはおそらく異なるのだろう展開を見せるレースは、多少なりと歓声が遠く小さく聞こえてしまうという異変が付きまとっている現状。レース結果が出た瞬間に大歓声が通常通りに響き始めるといった京都大賞典での出来事も、この世界がウマ娘レースの存在に向ける関心が揺らぎつつある結果なのかもしれない。

 

 そんな中でも、一切の異変にまとわりつかれることなく、歓声が大きく響き続けるファインの走りは、間違いなく揺るがぬ存在感を有し続けていた。

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