探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 クラシック級最後の大舞台、菊花賞。幾度も試練を超え、紆余曲折を経て、遂に出走の日を迎えたヒシミラクルは、磨き抜いた実力をフルに発揮できる万全の状態で京都レース場のターフ上へと踏み出していった。一方、今回一番の優勝候補として目されるノーリーズンは、無論こちらも不安要素が皆無の状態で本番を迎えていたが……トレーナーと共にサポートのため同行していたタップダンスシチーは、最後の一押しが必要だと感じていた。出走前に精神的な助けを必要とする元凶は、菊花賞前からノーリーズンが繰り返していた悪夢の内容と無縁ではなかった。


目先は暗中にて、然るに繋げ

 10月20日、京都レース場。クラシック三冠の最後を飾る、菊花賞が実施される当日である。

 

 今年の夏前にタニノギムレットの引退宣言が為され、前哨戦たる神戸新聞杯で圧勝したシンボリクリスエスも天皇賞秋へと出るため回避する意思を示した今年の菊花賞であるが、しっかり18名の出走枠はフルに埋まっていた。

 

 いや、むしろ、その両名が不在であればこそ、空いた出走枠の抽選の競争率は高まったのかもしれない。圧倒的な実力を持つ、絶対的な王者が出走するとなれば……他のウマ娘たちの勝算は格段に薄くなる。

 

 だからこそ、今回の1番人気が皐月賞ウマ娘、ノーリーズンであるところを狙われたとの見方も出来た。

 

「Don't mess with NoReason!分かってねー連中がまだ居るってんなら、奴らの度肝を抜いてやれ、ノーリーズン!お前が今年のクラシック級、最強のウマ娘なんだからな!」

 

 間もなく迫る発走時刻を待つ控室、片桐トレーナーと共にタップダンスシチーもノーリーズンに付き添い、激励の言葉をかけていた。

 

 ほとんどの先輩ウマ娘は来週の天皇賞へ出走するためトレセン学園での練習を続けている日であったが、次なる出走が来月となるタップは直接後輩ウマ娘の応援に同伴できたのである。

 

 むろん、当のノーリーズンも、担当トレーナーおよび先輩ウマ娘からのサポートを受け、メンタル面でも万全の状態に見えた。

 

「にゃっはっは!言うまでもなかろう!誰も彼も、ワシに追いつくどころか、走りを読むことすら出来んじゃろう!格の違いというものを見せつけてやるわ!」

 

「意気込み万端なのは結構ですが、作戦に関係なく追いついてきそうなウマ娘の存在は思慮の外に置いてはいけませんよ。例の彼女、10番人気とは……マークされにくいポジションを取れそうじゃありませんか。」

 

 言いながら、片桐が指さした今レースの出走表、2枠に名を連ねていたのはヒシミラクルである。

 

 むろん、ノーリーズンとてミラ子の存在を失念などしていない。ノーリーズン自身、距離が伸びれば伸びるほど強みを発揮するヒシミラクルの走りを、トレセン学園でも身近に目の当たりにしている。

 

 むしろ、これまで中距離レースを繰り返していたヒシミラクルが、いよいよ本領発揮できる条件の揃った舞台に上がってきた、と考えれば脅威でないはずはない。

 

「うむ、じゃが軍師殿!今の今まで、その他ならぬミラ子への対策を念頭に置いて鍛錬を重ねてきたワケじゃからな!よもや10番人気にミラ子が収まってしまうとは、それだけは予想外じゃったが。」

 

「ですねぇ、彼女の実力ならばより高い人気度を得ても良いはずでしたが……まぁ、ヒシミラクルさんの強みは、まだ世間には伝わり切っていないといったところでしょうか。」

 

「ならばワシにとっては都合の良いことじゃ!此度のレース、ミラ子の走りの強さを初めて知って狼狽える者も多かろう!ますます、ワシが抜け出す隙は生まれやすいといったところじゃな!なっはっは!」

 

 ノーリーズンの喋りや表情に翳りはなかったものの、傍から見ていたタップダンスシチーは、その佇まいがどこか薄ら寒いような違和感を抱いていた。

 

 同じウマ娘、それも現役でレースに出走していればこそ、感じ取れるごく僅かの不安……心の襞の奥、いくら担当ウマ娘のことを隅々まで理解しているトレーナーが取り去ったはずでも、なお奥底にこびりついている心細さをタップは嗅ぎとったのだ。

 

「Ey、身体、冷えちまってないか、ノーリーズン。」

 

「む?ウォーミングアップならば十分じゃ、あまり張り切り過ぎて、誰かさんのように体力消耗してしまってもつまらんからのぅ!」

 

「そりゃ私のことじゃねーか、お前もパドックでタップダンスしてみるか?んなことよりも……」

 

 ノーリーズンの眼前までつかつかと歩み寄っていったタップダンスシチーは、そのまま前触れなくノーリーズンを抱きしめた。

 

 余りにも予兆なく、予測できない振る舞いだったため、ノーリーズンはしばらく反応が出来なかった。無抵抗のまま、抱きしめられるに任せていたノーリーズンの体温がじんわりと上がっていくのを確認してから、タップは腕の力を緩める。

 

 訳が分からないままには変わりないものの、ようやく頬が紅潮しだしたノーリーズンの手を取って、タップは口を開いた。

 

「指先の震え、収まったみたいだな。」

 

「……い、いったい、何なん……じゃ?」

 

「何って、ちょびっとだけ心細そうなお前の冷えを追い出してやっただけだ!Trainerも気づいてやれ、NoReasonは口先じゃ弱みを見せない、分かってるだろ!」

 

「すみませんね、自分もレース本番での状況にばかり意識が向いていて……助かりました、タップ。」

 

 少し距離を置いて見ていた片桐トレーナーは頭をかき、タップダンスシチーに頭を下げる。

 

 ノーリーズンの抱える不安要素……スタートした直後に思い切り転倒するという悪夢を繰り返し見た事に関しては、トレーナーとして為せる対処は繰り返してはいた。今さらになってスタート時の練習に時間を割いたのも、片桐が最善を尽くした結果に違いない。

 

 具体的な手法によって取り除ける不安は綺麗に払拭されていたが……根源に残っていた心細さは今、ようやくタップが見つけ出した。

 

 ノーリーズンに対し、物理的にも精神的にも熱を与えた抱擁が、最後の不安を溶かし去っていた。策謀の机を思考に据えて物事を進めるノーリーズン、その魂に触れるためには脈絡なく抱きしめることも、確かに効果的な強引さではあった。

 

 しばらく赤面して黙りこくっていたノーリーズンであったが、紅潮が引いてきたのと時を同じくして、タップに返答する。

 

「礼を言う、タップ……先輩。かーっ!いかんいかん!ワシの弱きを見抜かれているようでは!見ておれよ、ワシはここで勝つばかりではない、有馬では競いあう仲となるのじゃからな!」

 

「Ha!じゃあわたしの名前ぐらい呼び捨てにしな!ここで躓いてる場合じゃないぜ、Fly your colors!」

 

 改めて、タップからの激励を背に受け、ノーリーズンは控室を出て地下バ道へと向かっていく。

 

 彼女を見送りながら……片桐は、確かに今まで、どれほど不安要素を拭い去るための最善手を繰り返しても、消し去り切れなかった翳りが今ようやくノーリーズンの背から失せていることに気づかされた。

 

 ウマ娘同士でなければ気づけないこともあるのだろうが、タップダンスシチーというどこか異端の存在が、ノーリーズンの運命が向かう先をスイッチしたようにも思われた。

 

〈場内の照明灯が水面に映る、珍しい菊の舞台になりました。10月20日京都レース場、菊花賞であります。デビュー2年目ウマ娘たちクラシックの最終戦です、出走ウマ娘はフルゲート18名、ダービーウマ娘や神戸新聞杯の勝ちウマ娘不在の中、混戦気味も予想される中で1番人気となりましたのは皐月賞ウマ娘のノーリーズン、ここで二冠目となるのでしょうか。芝状態は良ですが雨が降り始め、波乱を予感させる本日の京都レース場であります。〉

 

 ノーリーズンを送り出した片桐とは離れた観戦ブースにて、鷹木は独り、ヒシミラクルの姿を見つめていた。

 

 秋の雨は冷たく服に染みたが、傘をしっかりとさしている余裕など無かった。

 

「10番人気で周囲からはマークされづらい、3000mの距離なら後ろから上がっていっても十分に先頭を捉える圏内……ミラ子の長所を全部出せるレース、そのはずだ……!」

 

 鷹木の様子を間近で見ている者が居れば、異様なまでに血色悪くなっている彼が体調を崩しているものと見てしまってもおかしくないほど、鷹木は顔面蒼白であった。

 

 控室からヒシミラクルを送り出すまでの間、抑えに抑えていた小心さが反動で前面に放出されたが如き有様となっていた……それほどまでに、諦めきれないGⅠ勝利が現実的に迫っている状況だったのだ。

 

 京都への出発前にも、トレセン学園に居残るタキオンから「千載一遇の大チャンスだねぇ!限りなくヒシミラクルくんのGⅠ勝利が近づいているねぇ!」と太鼓判を押されたばかり。ポーカーフェイスなど鷹木には保てるはずもなかった。

 

〈選び抜かれた18名のウマ娘、いよいよ全員がゲートに収まります。今年の春から、様々な運命を乗り越えて、ここに集った面々、蕭条と降る秋霖を受けて今……スタートしました!おーっとノーリーズン、良いスタートを切った!ウチで一番のスタートを切ったのはノーリーズン、ぐんぐんと上がっていって先行の位置、これは理想的な形です、外から上がってくるのはリベルタス、こちらが一気に脚を使って先頭となるでしょうか。〉

 

 むろん鷹木は、2枠という位置からスタートしたヒシミラクルの葦毛が、集団の中に埋もれて包囲されてしまわないか、そこに全神経を集中させていたが……ほどなく、京都レース場の状況がとある理由で異様であることに気づいた。

 

 クラシックの最後を飾る菊花賞、そのスタートが切られる直前まで、場内が何万人もの歓声で埋め尽くされ、沸き立っていたことは言うまでもない。

 

 が……今しがた、ノーリーズンが完璧なスタートを切った瞬間、まさに水を打ったように静まり返ったのだ。GⅠレースの本番とは思えぬほどの静寂、鷹木は自分の鼓膜が破れたのかと一瞬恐れたほどであった。

 

「えっ……いや、ウマ娘が走っていく蹄音は聞こえるよな……なんで……?」

 

 そも、すぐ近くに何万人もの観客がいるはずだというのに、京都芝3000mとして向こう正面からスタートしたウマ娘たちの蹄音だけが聞こえてくるのは、ますます異様さを引き立たせた。

 

 鷹木は思わず振り返り、確かに観戦スタンドが満員になっている様を見た。全ての観客たちが大口を開け、表情を見ても熱狂していない者は居ない。

 

 歓声は、完全に聞こえなくなったわけではなかった。ただ、何kmもの彼方から響いてくるかのように、遠ざかったような聞こえ方だった。

 

「これも、まさか……タキオンが言っていた『可能性世界』から遠ざかった結果、なのか?」

 

 可能性世界、すなわち、この現実とは別の世界。そこで既に確定していた事実が、この現実でも再現され……可能性世界とは異なる現象が引き起こされた時、この世界そのものから見放されるかのような反応が見受けられる。タキオンがいつぞや述べた仮説だ。

 

 ノーリーズンは、可能性世界における菊花賞で、マトモにスタートを切れなかったのかもしれない。

 

 ……そこまで考えるだけで、鷹木は精いっぱいであった。どんな異常が起きようとも、これが菊花賞本番、ヒシミラクルが初めてGⅠタイトルを獲るチャンスに違いない。

 

 心にまとわりつく気味悪さを払い除け、視線をレースへと集中させた。

 

〈先行争いはダイタクフラッグ、そしてリベルタス。これを追ってタイガーカフェ3番手、ウチでキーボランチ、そしてナムラサンクスが居ます。その後ろ、トーセンオーパスが行く外側に、今回1番人気のノーリーズンが7番手、好位置につけて進めていきます。それからシンデレラボーイ、メガスターダム、外からはマイネルアムンゼン、そしてポツンと空いてホーネットピアスが中団の後ろ、さらにバンブーユベントス、ダンツシェイク、その後ろにヒシミラクルといったところで、一周目の正面スタンド前に入ってきます。〉

 

 ノーリーズンが周囲からのマークをひきつけながらも絶好の位置で進めている一方、ヒシミラクルも良く周りを見る事が出来ており、中団から少し離れた後方集団の前目につけることが出来ていた。

 

 10番人気とはいえ、同じレースに出走するウマ娘からはヒシミラクルの過去の出走レースを既に研究されていることだろう。

 

「中盤から上がっていく作戦をこっちが取りたがっているのも、既に読まれているはずだ……あとは、どれだけノーリーズンの走りに周囲の意識が集中するか、だな。」

 

 完璧なペース、および位置取りで進めていくノーリーズンは強敵であったが、同時に競走相手達の注意をひきつけてくれる存在にも違いない。

 

 後方につけたヒシミラクルが、どこまで警戒を向けられずに進められるか、まずはそこが勝負の分かれ目であった。

 

〈さぁスタートして間もなく1000mを通過するところでありますが、平均したペース、先頭は変わらずリベルタスです。割れんばかりの大歓声を受けて、菊に飾られた一周目のゴール板前を駆け抜けていきます18名、ダイタクフラッグが2番手で先頭を追う形、3番手にメガスターダム、ノーリーズンがその後ろ、ややコース外側で1コーナーへと入ってまいります。先頭のリベルタス、ここで少々ペースを緩めたか、ダイタクフラッグが下がっていったところ、タイガーカフェが外を上がって来て3番手についています。〉

 

 実況アナウンサーは「割れんばかりの大歓声」と評したが、鷹木の耳にはレース場から遠く離れて聞こえてくるような、空中に散乱したかのごとき歓声しか届かない。

 

 確かに大歓声が響いていると大多数の人間が認識していなければ、この違和感が共有されないのも当然であろう。

 

「……いや、今、そんなことに気を取られてる場合じゃない、集中だ、レースに集中……」

 

 今まさに走っているウマ娘たちに、歓声がどう聞こえているのか知る由もない。彼女らもまた、異変など関係なく本気で走り、また精神を研ぎ澄ましているのだから。

 

 先頭のウマ娘は2コーナーに差し掛かる辺りで多少速度を緩めたが、これは向こう正面の坂を上る区間に備えるためだろう。京都レース場名物、外回りコースでは4.3mにもおよぶ高低差の「淀の坂」。

 

 3000mを走り抜くレースで、この坂を駆けあがるためのスタミナ配分は厳しく、そしてヒシミラクルの強みを最大限に活かす条件でもあった。

 

〈その後ろにキーボランチが続いている、内々を通ってナムラサンクスが居ます、ここで前を交わしてホーネットピアスが徐々に上がっていきました。ここでスタート地点を通過して二周目、これから3コーナー入り口の上り坂へと差し掛かってまいります。先頭は依然としてリベルタスでありますが、2番手はシンデレラボーイ、3番手はタイガーカフェ、その外から抜け出す位置にノーリーズンがつけています!その後ろではメガスターダムとヒシミラクルがじわじわ上がってまいりました。〉

 

 やはり、いかにノーリーズンが1番人気で周囲からのマークを引き受けているとはいえ、ヒシミラクルが完全ノーマークで上がって行けるわけではない。

 

 向こう正面に入ってから、気づかれぬように気づかれぬようにとじわじわ前へ迫っていくヒシミラクルに、複数のウマ娘が反応して共に並びかけてきていた。

 

「だが、あの区間なら、作戦通りだ。ミラ子、塞がれない位置取りをちゃんと見てるな……?」

 

 そう、ヒシミラクルを追いかけて共に上がっていくためには、淀の坂を上るタイミングで脚を使い、加速しなければならない。

 

 何名かのウマ娘は、さすがにスタミナを使い過ぎぬようにミラ子を深追いせず留めたが、マイネルアムンゼンやキーボランチなどは明らかにここでスタミナを使いすぎた様子であった。

 

 ……残るは、ここまでロス無し、絶好のポジションについて先行し続けているノーリーズンである。

 

〈残り800を通過しまして、後方のバンブーユベントスも前へと距離を詰め始めました、ヤマノブリザードも坂の下りで仕掛けていった!先行のノーリーズンが前に出て、ほぼ先頭と並ぶ勢い、隊形がまったく固まりました、18名が一団となって第4コーナーを回っていきます!先頭はシンデレラボーイ、ほとんど並んでノーリーズン、外からヒシミラクル!さらに大外から懸命にヤマノブリザード、いよいよ最終直線へと向かいます!〉

 

 ヒシミラクル、4コーナー出口で先頭を捉える位置、そしてコースは塞がれていない。

 

 3000mを走り抜くレースでこの状況であれば、ほぼ勝ちを確信しても良い状況であった……ノーリーズンが、すぐ隣に居なければ。

 

「本気だ!ミラ子、本気で来い!ノーリーズンはそこから加速するぞ、食らいつけ!」

 

 まるで、ヒシミラクルの指導を始めたばかりの当初と同じように、鷹木は全力で叫んでいた。

 

 普通は、何万人もの大歓声にかき消されて、彼の声がヒシミラクルのもとへ届くはずはない。が、今は違った。

 

 芝を踏みしめ、蹴り出す蹄の音に囲まれながらも、ヒシミラクルはその耳で確かに鷹木の声を拾っていたのだ。

 

(トレーナーさん、どんだけデカい声出してんですか、恥ずかしいなぁ……分かってますってば、もうここまで来たら、勝つしかないです。)

 

 周囲が異様なまでに静まり返っているように感じるのは、自分の集中力が極限まで研ぎ澄まされているためだ、とヒシミラクルは考えていた。実際に歓声が小さくなっているとは、夢にも思わなかった。

 

 それは、ノーリーズンも同様であった。

 

(やはり来おったか、ミラ子!おぬしこそ菊花賞での好敵手と見たワシの目に狂いはなかったのぅ……勝負じゃ、受けて立とう!)

 

 出走前、タップダンスシチーに抱きしめられた時のぬくもりが、そのままにノーリーズンの背を押しているかのごとく、脚は軽かった。

 

 間違いなく、この時点でスタミナに余裕があるのはヒシミラクルであったが、究極の持久戦で他のウマ娘たちがずるずると下がっていく中、ノーリーズンとヒシミラクルは並んだまま最後の直線を駆けて行った。

 

〈大外からダンツシェイクが追い込んできたが、先頭はヒシミラクル、いやノーリーズン!残り200を通過!メガスターダムも上がってくるが、先頭はノーリーズンとヒシミラクル、並んだまま、並んだまま、今年の波乱はヒシミラクルか!1番人気ノーリーズンと並んでいる!ノーリーズンか、ヒシミラクルか!ノーリーズン!ヒシミラクル!僅かにヒシミラクルか、今ゴールイン!審議のランプが灯っています!〉

 

 さらに強まる雨足の中、ほとんど並んだまま先頭で共にゴールしたヒシミラクルとノーリーズン。

 

 自分の耳鳴りが酷くなったような、と鷹木はしばらく感じていたが……それがやがて、いつの間にか声量が本来の大歓声に戻っていた周囲の状況によるものだと気づくまでに時間がかかった。

 

 掲示板に「確定」のランプが灯ると同時に、何万人もの観客たちが上げる声は、一帯の空気を震わすほどの大きさとなっていたのだ。

 

〈ただいま確定いたしました、一着はヒシミラクルであります!今年も波乱となりました、雨の菊花賞!ヒシミラクル、10番人気からの初のGⅠ勝利であります!〉

 

「やっ、ひゃった……やったな、ミラ子ぉ……ゲホッ……!」

 

 さきほど張り上げた絶叫のためか、ついでに雨に打たれて風邪気味になっているためか、ほとんど声が出ていない鷹木は、かすれた音を喉から発しながらターフ上を見つめる。

 

 自分の名前が、GⅠレースの掲示板、その一着の位置に出ている光景を暫し茫然と見つめていたヒシミラクル。

 

 その背をバシッと叩いて、笑顔を向け勝利を讃えているのは、先ほどまで雨から顔を背けるように俯いていたノーリーズンであった。

 

 15番人気から皐月賞を勝ったノーリーズン、そして10番人気から菊花賞を勝ったヒシミラクル。確かにその年のクラシック路線は、波乱の展開続きであると言えただろう。

 

 一方で、このレース中に起きた明確な異変、すなわち観客たちの歓声が不自然なまでに小さくなり、またゴール後の結果確定と同時に本来の大きさに戻った件については……トレセン学園で配信を見ていたタキオンが、興味を抱かぬはずもない現象であった。

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