探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 11月のウマ娘レースは、立て続けに大舞台のレースが開催される。最たるジャパンカップのみならず、その前日には京阪杯があり、さらに前週にあたるこの日は、マイルチャンピオンシップが行われる。本来はダンツフレームが出走する予定だったのだが、秋の天皇賞に引き続き、結城トレーナーの判断でマイルチャンピオンシップもまたダンツは回避することとなっていた。翌週に迫るジャパンカップ出走に向けて、他のウマ娘の最終調整に忙しい結城トレーナーの所に代わり、鷹木とタキオン、ヒシミラクルはダンツを合同練習の体で呼び寄せ、ついでに何やかやと話を聞く腹積もりであった。


道分かれは常に真隣り

 ジャパンカップまであと1週間に迫った、11月17日。

 

 11月内のレースは回避し、有馬記念での走りに全力を挙げることを決めたアグネスタキオンは、身体の負荷も回復した今、本腰を入れて本番に向けた調整に入るべき時期である。担当トレーナーたる鷹木は、調整メニュー思案に専念している今が一番寝不足になりがちであった。

 

 練習に打ち込むタキオンの前で呆けた面を示すわけにもいかず、あくびは喉の奥で封じるようにしていた鷹木であったが……そんな彼の隣で遠慮なく大あくびをかましているのがヒシミラクルであった。

 

「ふわゎぁぁああー、あ。たまに11月でもあったかくなりますねぇ、つい気が緩んじゃいます。こういうの、小春日和っていうんですよねー。春って言っているけど実は春じゃない、って、習った気がします。」

 

「勉強の成果が残っている点を授業担当の教員は喜ぶだろうが、ミラ子、お前もぼやぼやしていられない状況なのは分かっているよな……?」

 

 有馬記念出走が現実的となっているのは、アグネスタキオンだけではない。出走条件のひとつであるファン投票による獲得票数は、現時点で既にヒシミラクルが他のGⅠウマ娘たちに肩を並べるほどとなっていた。

 

 ジャパンカップの開催後には、また票数に変動があるだろうが……それでも、ヒシミラクルが年末の有馬の大舞台で走ることは既に確実となっている。

 

「分かってますってぇ、もう現実味がない、だなんて言いませんよ。でも、あんまり緊張をため込んでも、本領発揮できないってのも分かり切ってますし。」

 

「まぁ、そうだな。メンタルを自分で安定させられるのも、ミラ子の大きな強みには違いない。」

 

「でしょー。にしても、今さらですけど、なんで私、レース走ってるんでしょうね。」

 

「…………んん??」

 

 ヒシミラクルがあまりにもさらりと、何気ない口調のままで喋った言葉を、鷹木は耳に入れてから理解するまで数秒要した。

 

 長らく条件戦で一進一退を繰り返し、どうにか戦績を重ねて神戸新聞杯に出走、優先出走権は得られなかったものの抽選を通って出走枠を得た菊花賞で勝利、そして人気投票によって有馬記念への道も繋がった。……この期に及んで、ふつう出てくる疑問ではなかった。

 

 実際の所、ミラ子自身も自分が喋った言葉があまりに場違い、唐突に過ぎたことに遅れて気づいたらしい。

 

「……あ、いや、もちろん、レースに出走する気持ちは前向きなままですよ?有馬記念に出るのがプレッシャーだとか、そういうのは、ちゃうくて。ホントに、ただふと浮かんだ疑問、っていうか……。」

 

「お、おう。悩みを抱えているのなら、担当トレーナーとして出来る限り相談に乗りたいところだが、純粋な疑問となると、どう答えてやればいいか分からないな……。」

 

「その疑問に対し、私としては二つの仮説を提唱できるねぇ。」

 

 鷹木の言葉に割って入ってきたのは、タキオンの声である。練習コースを周回し終えて、首にかけたタオルで軽く汗を抑えながらヒシミラクルの隣に腰掛けるタキオン。

 

 今月に入ってからのタップダンスシチーとの対談や、先日のファインモーションのレースを前にして、この現実が辿る将来へと光明は見出していた彼女であったが、やはり思案することについては止めるわけにもいかないのだろう。

 

 ヒシミラクルが抱いた、何の脈絡もない疑問へ即座に答えを与えられるのも、ウマ娘と現実世界の関わりについてタキオンが考察し続けているが故であった。

 

「一つは、可能性世界による干渉に従っているという説だ。以前も説明した通り、我々が生きている現実世界とは別に、既に辿るべき運命を定めた“可能性世界”が存在するならば、その別世界で我々ウマ娘と同じ名を有する存在もまた、レースでしのぎを削り、喝采を浴び、あるいは雪辱に燃えているのだろう。私たちウマ娘は、それをなぞるように行動を定めている、とも考えられるねぇ。」

 

「あー、なんというか、運命はとっくの昔に決まってたー、みたいな?ロマンチックなようで、窮屈なような話ですねぇ。」

 

「その通り、我々は自由意思によって行動していない、と言われるようなものだ。不本意なことだねぇ。」

 

 タキオンは、理想的な聞き手を前にして満足げに頷いていた。例えばジャングルポケットやエアシャカールに同じ話を聞かせたら、一様に眉に皺を寄せ、この話に乗り気ではない様を表情に示す事だろう。

 

 さして議論にのめり込まず、言うなれば、そこそこ無関心なヒシミラクルだからこそ、タキオンの発言をすんなりと聞き入れ、聞き流すことが出来てもいたのだ。

 

「さて二つめは、我々の意思を通す手段が走ることだと、本質的にウマ娘たちが理解しているという説だ。意思表示の手段ならば他にもある、華やかな舞台をプロデュースしても良いし、科学技術で貢献しても良い、ネットワークを駆使して情報拡散するも良いし、無人島を開拓して世間の度肝を抜いても良い……が、ウマ娘レースによって示される感動こそが、人々の記憶、時代に刻まれることは疑いようもない。」

 

「そりゃあ、あんだけデカいレース場で何万人も集まりますからねぇ。」

 

「だからこそ私たちウマ娘は、どうしようもなく走らずにいられない。その本質に疑問を抱くことなど無い、が……ヒシミラクルくん、キミは今それに疑問を抱いた。なぜウマ娘が走るのかと、当たり前のことに問いかけを見出すのは、科学的思考がキミにも備わりつつある証だねぇ!私は嬉しいよヒシミラクルくん!いずれレースを引退した後は、私の研究助手として本格的に働かないかい?」

 

「いやぁ、私はもうちょい平凡な生き方が希望なので……」

 

 タキオンの言う通り、確かにヒシミラクルが先ほど発した疑問はウマ娘の根源的な部分にまで触れるものだったらしいが、当のミラ子自身はさして深く踏み入るつもりも無いようだった。

 

 ミラ子の反応は常通りの彼女らしいものだったが、傍から見ていた鷹木には、タキオンの絡みに少々熱が入りがちになっている理由も知れた。

 

 来月の有馬記念、アグネスタキオンとヒシミラクルが共に出走するとなれば……同じレースで競い合う間柄である以上、一緒に練習することは出来ない。純粋かつ公正な競走のため、お互いの作戦を明かし合うべきではない。少なくとも、11月末ごろには完全に離れて練習することになるだろう。

 

 両名を担当している鷹木としては、それぞれ別々の練習場所や練習相手を探さねばならない状況となっていたが、一方のタキオンはといえば可愛がってきた後輩と一緒の練習場でいられる時間が貴重極まりないらしかった。

 

 そのため、いつも以上にタキオンはヒシミラクルのことについて気に掛けているようでもあった。

 

「さんざん駄弁ってきたところだが、十分に休憩時間はとれたかい、ヒシミラクルくん。今日は有馬出走の可能性がある面々と併走練習できる、ほぼ最後のチャンスなのだからねぇ。先ほどもあくびをしていたが、眠気は残っていないだろうねぇ?」

 

「いやぁ、タキオン先輩もご存知かと思いますが、あくびしてるのは私の平常状態ですのでお気遣いなく……あ、来られたみたいですねぇ。」

 

 ヒシミラクルがうんと背伸びしながら立ち上がり、手を振る先には1名のウマ娘の姿があった。

 

 ピンク色の耳カバーが、大柄な体躯の上で揺れている。朗らかな笑顔と共に手を振り返していたのは、ダンツフレームであった。

 

 走り方や距離適性などはまるで異なる一方、なぜか妙に気が合うらしいミラ子とダンツ。秋以降はあまり練習の場を同じくする機会がなかった一方、親交が途切れることはなかったらしい。

 

 今年の宝塚記念以外ではなかなか勝てず、秋の天皇賞も今月のマイルチャンピオンシップも出走回避していたダンツであったが、今は曇りなき表情で鷹木へと頭を下げ挨拶していた。

 

「併走に招いていただいてありがとうございます、結城トレーナーからも、よろしくとのことです。」

 

「こちらこそ、よろしく……満足してもらえる練習時間を作れるよう、俺も努めるよ。」

 

 言うまでもなく、ダンツフレーム以外にはジャパンカップ出走を控えたウマ娘を複数担当している結城トレーナーは、この場に同席できるはずもない。アドマイヤベガ、マンハッタンカフェ、エアシャカールは今が正念場である。

 

 さらにジャパンカップには出ないものの、現役復帰を決定したばかりのタニノギムレットについても、結城トレーナーは目が離せないだろう。

 

 かのレジェンドクラスの老トレーナーの存在感ゆえか、ダンツフレームの柔和な笑みを前にしても緊張気味の鷹木であったが、ヒシミラクルは気安さを崩すことなく喋っていた。

 

「ダンツちゃん、ちょっと、ぷにぷに感が戻ってきた?秋に入ってから痩せてた気がしたから、若干心配だったんだけど。」

 

「うーん、もしかすると、しっかり休養してたせいで、ちょっと身体が締まってないかも。今日の併走、満足できない仕上がりだったらゴメンね。」

 

「いやいやいや、走りで勝つのも大事だけど、やっぱ健康でいるのが一番だから。それに……そらっ、ダンツちゃんのぷにぷにを堪能させてもらえると、私も健康になるからねぇ。」

 

「ちょっ、ミラ子ちゃん!?」 

 

 不意打ちのようにダンツフレームの太ももを軽く掴み、いたずらっぽく笑っているヒシミラクル。

 

 鷹木は間が良くか悪くか、併走用の練習コース確認でこの場を外していたが、傍から両名のじゃれ合いを見ていたタキオンは腕組みして満足げに頷いていた。

 

 デビューした世代としてはダンツフレームの方が先輩にあたるはずではあったが、そんな上下関係などなく気安く付き合っているふたりの様子が微笑ましいことには違いなかった。この一帯の空気が若干甘くなったかのようでもあった。

 

 ……とはいえ、全員がGⅠ勝利経験のある、トップクラスの現役ウマ娘だというのもまた事実である。

 

 ウォーミングアップを終え、ジャージの上着を脱ぎすててスタートラインに並ぶ頃には、緩んだ雰囲気はすっかり去っていた。

 

 練習とはいえ競走を目前にしたウマ娘たちの闘志が漏れ出て、肌の上を細かくピリピリと電撃のごとく撫でる様を感じながら、鷹木は告げる。

 

「距離設定は、2200m……で、良いんだな?」

 

「あぁ、今年のジャパンカップと同じ設定だねぇ。出走回避した我々ではあるが、今年は世にも珍しい中山レース場開催の、2200mでのジャパンカップだ。疑似的にでも体感したいものだからねぇ。」

 

 本来は東京レース場、芝2400mで行われるジャパンカップであるが、今年は東京レース場が改修工事中のため、例外的に中山レース場で開催される。

 

 距離も従来とは異なるため、海外から参戦してくるウマ娘の存在も含めて波乱が予想される状況となっていた。

 

 中山の芝中距離コースであればタキオンの活躍が期待されるところであったが……大事を取って回避した今、タキオンとしては何らかの形で発散したい蟠りが胸中に残っていたのだろう。

 

 やはりウマ娘には、どうしようもなく走りたくなる時があるのだ。

 

「では、位置について……用意、スタート!」

 

 合図を出す瞬間、鷹木は指先に全神経を集中させていた。現在は映像によってもタイムは測定できるが、やはりストップウォッチのボタンを押して測定開始することはトレーナーとして染みついた習慣であった。

 

 スタートの瞬間は、本番であろうが練習であろうが、ウマ娘の本気がその眼に閃く瞬間でもある。

 

 先ほどまでほわほわとしたやり取りを交わしていたミラ子とダンツも、研ぎあげられた刃のごとき眼光を光らせスタートラインから駆け出していった。

 

「……でも、やっぱりスタートから先行していく切れ味は、タキオンが随一だな。」

 

 むろん鷹木には、この場で走っている誰を特に贔屓しようなどといった意識はなかったものの……やはり、アグネスタキオンが軽やかに速度を伸ばしていく様は、何百回と繰り返し見てきた今となっても常に惚れ惚れするものであった。

 

 それに、単なるスピードだけではない。快調に先行の位置で飛ばしていくアグネスタキオンは、向こう正面に差し掛かるあたりではしっかりと脚を緩めていた。

 

 GⅠクラスに届いていないウマ娘には気づかれぬほど、ごく緩やかで僅かな速度差であったのだが、タキオンにとっては充分にスタミナを温存できる脚の溜めであった。

 

「いや、それでも、ダンツは気づいているな。じわじわとタキオンとの間合いを詰めて行っている。」

 

 先行のタキオンと後方のミラ子、その中間で足を運んでいたダンツフレーム。本番レースであれば中団の前方あたりに位置するペースであったが、向こう正面の中ほどを過ぎた頃にはタキオンの背後を捉える位置まで上がってきていた。

 

 ヒシミラクルもまた、ダンツに多少遅れをとる形ではあったが、先行の位置に迫るほどペースを上げている。こちらは、最終コーナーを回り切る頃には先頭に出ていられるのが理想である。

 

 が……ダンツフレームがタキオンとの間合いを詰めていく一方で、ヒシミラクルとダンツフレームの差はなかなか縮まらない。

 

 日々、タキオンとミラ子の走りを見続けている鷹木にとっては、彼女らが現状出し得る能力は把握できていたが、普段の練習風景を見る機会がないダンツフレームについてはその成長を否応なしに実感させられた。

 

「宝塚記念の時と比べても、さらに速度を上げているな……!秋の大舞台を回避した分、ダンツ自身も気合いを入れて練習しているだろうし……。」

 

 4コーナーを回り切る前に、既にダンツフレームは先頭へ躍り出ていた。

 

 タキオンは僅かに先頭の位置を譲りながらも、コース内側でダンツと並び続けている。コーナーは芝が荒れていない限り、内側を回る方が距離的に有利である。

 

 その位置を取り続けたのはタキオンのコース取りの巧みさでもあり、またそうしなければダンツの勝ちが確実になってしまうとの判断のあらわれでもあった。

 

「本気の一歩手前で止めておけよ、タキオン!……で、ミラ子は全力で来い!先頭に迫れ、直線は短い!」

 

 中山芝2200mコースに合わせて設定したゴール位置は、4コーナーを抜けて310m先にある。

 

 そこを、アグネスタキオンとダンツフレームはほぼ本気の速度で並んで駆け抜けていく。昨年の日本ダービーにおけるジャングルポケットとの競い合い、あるいは今年の宝塚記念におけるツルマルボーイとの競り合い。それを思い起こさせる、粘りと執念を燃え上がらせたダンツの走りであった。

 

 昨年の時点であれば悠然と勝利していただろうタキオンが、ほとんど全力を出しても並び続けられるほどに、今のダンツは成長していた。だからこそ、鷹木はタキオンのタガが外れぬよう、忠告を叫んだのである。

 

 しかしタキオンもまた、どうせ練習だからと勝ちを譲るような真似をするウマ娘ではなかった。

 

 ダンツに先頭を譲らぬ意地は、科学者気取りを忘れさせるほどに熱く燃え上がっていたのだ。タキオンはダンツに並ばれつつも、ハナ差で前に出てゴールライン上を駆け抜けていった。

 

「……ゴール!……ミラ子もゴール!消耗を避けるように言ったのにタキオン、ほぼ本気だっただろ。ゆっくり減速してからクールダウンに移るんだ。」

 

「ハァ、ハァ……いやいや、私が本気を出せば、フゥ、ハァ、こんなものではないねぇ……ハァ、ハァ、ダンツくんとの差は、2バ身は開いていたはずだねぇ……!」

 

「はぁ、ふぅ……そしたら、私はタキオンちゃんの真隣りに食らいつき続けるだけだよ……!」

 

「後ろから見てたら、思ってた以上に本気だったよふたりとも!もっと直線が長かったらなぁ、でも有馬記念だって中山レース場だから、そんなこと言ってられないのかぁ。」

 

 タキオンとダンツが荒い息を整えながら会話しているところに遅れて、やはりほぼ呼吸を乱すことなく走り抜いてきたヒシミラクルがノンビリしたことを喋っている。

 

 全員が心身ともに落ち着いてクールダウンをこなし、水分補給もすませて一息ついたころ、タキオンがタイミングを見計らって備えていたように話題を切り出した。

 

「ところでダンツくん、今日はキミが出走回避したマイルチャンピオンシップの日だが……観戦する、かい?」

 

「うん、見たい。というか、タキオンちゃんが併走に誘ってくれる時は、休憩時間にレース観戦するのがいつものことじゃん。」

 

「まぁ、そうなんだがねぇ。出走するはずだったのに回避することとなったレースを見るのは、ダンツくんとしてはいかがなものかと思ってだねぇ。」

 

「そんなこと気にしないよ、どんなウマ娘が勝つのか興味あることには違いないし。……でも、気遣い、ありがとう。」

 

 タキオンの普段の振る舞いに似ず、しかしタキオンらしい思いやりに対して素直な礼を言うダンツフレームの言葉。相変わらず素直に感謝されることには慣れていないタキオンは、多少無口になって視線を逸らした。

 

 むろん鷹木はタキオンの思惑通りにレース観戦の手はずを整えており、既にノートPCの画面にはURA公式のレース配信画面が映し出されていた。

 

〈秋のマイル王決定戦、京都競馬場外回りコース、芝1800mのマイルチャンピオンシップ。間もなく発走の時を迎えます。今回は17名となりました、全出走ウマ娘ゲートイン完了……スタートしました!ほぼ揃いましたスタート、一斉に向こう正面の中間地点へと向かいます!まず外からは、ミデオンビット先頭に立ってリードを2バ身、先行集団は続いて中を突いてゼンノエルシド、外からブレイクタイム、こちらはちょっと掛かり気味か!〉

 

 短い距離、そしてフルゲート一歩手前の出走数。実況アナウンサーが忙しく喋りまくらなければならないのも無理はない。

 

 当然ながらGⅠレース、マイルの強者たちが今回も揃っている。マイルを愛した貴族ことゼンノエルシドが今は先行の位置で歓声を浴びているが、やはり人気どころはアドマイヤコジーンやエイシンプレストンであろう。

 

 ダンツフレームは純粋にレース模様を食い入るように見つめていたが、アグネスタキオンは聴覚に神経を集中させているようであった。彼女の耳は、しっかりとPCのスピーカーに向けられている。

 

 今回は本来通りの歓声の大きさで響いているようではあったものの……若干ながら、普段のGⅠレースよりも小さく感じるようでもあった。集中している先輩ウマ娘2名の傍らでは、ヒシミラクルがマイペースに喋っている。

 

「うわわ、かなり混戦してますねぇ。あの中団、巻き込まれたら大変ですよ、ただでさえマイルのレースなんだし。」

 

「17名での出走だからねぇ。それにスタートから続く直線は712mだ、横一線に広がったまま競り合うことになるのは当然だねぇ。」

 

 タキオンはヒシミラクルに返答してやりつつも、その眼の奥には何かに気づいたような色が浮かんでいた。

 

 ウマ娘の聴覚をもってすれば、本来GⅠレースで響いているべき歓声が小さくなっていることに確信を持てたのだ。あるいはそれこそ、ダンツフレームが本来出走しているという可能性から外れた展開になった影響であるかもしれなかった。

 

〈ウチを回ってはエイシンスペンサーが上がっていって、最ウチからはミツワトップレディが行きました。ウチを回ってディヴァインライト、真ん中を突いてトウカイポイント、そしてそれを交わすように外に出てグラスワールド差を詰めていく。残り800を切りまして3コーナー下り切った、後方からはメイショウラムセス、エイシンプレストンと追い込みの各バ、最後方にはモノポライザー、半バ身差でデュランダルが追走しています!〉

 

 しんがりからマイルの先輩たちを追っているのは美しい金髪を靡かせたウマ娘、デュランダル。騎士然とした佇まいと、その美麗な風貌、しかし時おりファンの前でも見せる油断した表情が人気を博しているウマ娘である。

 

 が、すでに最終コーナーへと突入している状況で、大きく外へと膨れた集団を交わして前に出るのは至難の業であろうと思われた。

 

「私ならば少なくとも中団の先頭あたりにはつけていたいところだが、しかしダンツくんならばどう走る?見てのところ、これほどのハイペースとなれば、差しの位置も悪くなさそうだねぇ。」

 

「うん、でもあんまり瞬発力勝負に持ち込まれるのも避けたいから、最終コーナーあたりでは7番手あたりに居たいかな……でも、こんなに密集しちゃうって分かってたら、別の作戦にするかも。」

 

 タキオンと語りながら、ダンツの目つきは真剣そのものであった。

 

 自分が出走しておらずとも、いかにして勝つかと模索しながらレースを見ることはほぼ全てのレース現役ウマ娘に共通する特徴だろう。

 

「……うん……私、予定してた作戦で、このレースに出てたら、勝ててない……。」

 

 が、今のダンツフレームは、本来想定していた作戦が不利に働く可能性を画面越しに見せつけられ、自分の見通しをより厳しく評価する思いが浮かんできているようであった。

 

 画面内では、完全に横一線に広がった集団がコーナーを回り切って直線へと向かうところである。

 

 巧みに抜け出すだけのコース取りと瞬発力を備えたウマ娘でなければ、集団に呑まれて思うように速度を上げられないだろうことは一目瞭然だった。

 

〈さぁいよいよ最終直線へと向かいます、ゼンノエルシド1番手の位置、ブレイクタイムが動いて2番手!ウチを通ってリキアイタイカン接近してきた、ゼンノエルシド僅かに先頭だが、外を突いてブレイクタイムの追い込み、残り200を切ってバ場の真ん中からはエイシンプレストンの追い込みだ!だがウチからトウカイポイント!トウカイポイントとエイシンプレストン!両者の追い比べとなった!だがトウカイポイントだ!並んで一斉にゴールイン!僅かにトウカイポイントだ!僅かにトウカイポイント!見事な末脚です!〉

 

 大接戦を制し、喝采を浴びたのは栗毛のウマ娘。11番人気から出走前評判を覆し、見事勝利したのはトウカイポイントであった。

 

 奇跡の名バとも謳われたトウカイテイオーの面影を引き継いでいるためか、端正な顔立ちにどこかあどけなさを残した彼女は、減速を終えたのち掲示板で確定している自らの順位を目の当たりにし、数秒固まったのち跳びあがって喜びを爆発させていた。

 

「さすがだねぇ、勝負強さに加えて走りの器用さが存分に活かされたレースだったねぇ。しかしダンツくん、この走りを俯瞰して記憶に刻むことが出来たのは、大きな収穫じゃないかい?」

 

「うん。結城トレーナーから、天皇賞もマイルチャンピオンシップも回避するように、って言われた時は焦りもあったけれど、体を休めるのは間違いじゃなかった。タキオンちゃんとミラ子ちゃんが、一緒に走ってくれたおかげで発散できたのもあるけれど、ね。」

 

「いやいやいや、こちらこそダンツちゃんのぷにぷにを改めて堪能させてもらったしぃ……」

 

 今度はダンツフレームの二の腕に手を伸ばそうとしているヒシミラクルのために、またもちょっとしたじゃれ合い、そして鷹木は同席するのが気まずい絡み合いが始まっている。

 

 一方で、アグネスタキオンはそんなダンツフレームの目の奥をじっと覗き込むように見据えていたが、やがて安堵したように視線を外した。

 

 おそらく“可能性世界”では秋の天皇賞に続いて、マイルチャンピオンシップにも出走していたのだろうダンツフレーム。先ほどのレースにて歓声が若干小さく感じられたのは、この現実世界との展開の齟齬が影響しているのだろう。

 

 出走回避の選択が良い結果へと繋がるという明確な保証は、どこにもない。

 

 しかし、それが誰よりもウマ娘のことを想っている担当、結城トレーナーの判断であり、また今まさにダンツフレームの顔色に翳りを感じられないことが、何よりもの確証であると見えたのだ。

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