探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 ウマ娘レースに纏わる異常は、日に日に明瞭さを増していく。この年も残すところ2か月、ジャパンカップの日程が近づく中でも、例年との差異はハッキリと現れつつあった。ネット上でのジャパンカップに関する話題が、例年ほど盛り上がっていないのだ。間違いなく出走ウマ娘たちは豪華な名を連ねており、レースそのものの人気が翳る要因は無い。だが、今や古い情報媒体となったテレビを介して得られるジャパンカップの話題は、奇妙なまでに対照的、大いに盛り上がっているのであった。


可能性は過ぎ去った脈絡に紡がれ

 ジャパンカップの前日、既に現状の異変は明瞭にあらわれていた。

 

 言うまでもなく、国内外のGⅠウマ娘たちが一堂に会し、現世代のオールスター戦のごとき様相のジャパンカップ。だがその発走日を目前に控えているというのに、世間の盛り上がりはさほど大きくもならなかったのである。

 

「私がウマ娘レース人気のほどを買いかぶり過ぎているわけではない、だろうねぇ?これは明確な異常であると認識して間違いないだろうねぇ?」

 

「あぁ、トップクラスの人気ウマ娘がこれだけ出走するってのに、URA公式アカウントの投稿すらトレンドに上がらないのは明らかに異常だ。」

 

 トレーニングの休憩時間中、並んでスマホ画面を鷹木は覗き込みつつ、アグネスタキオンからの問いかけに鷹木は頷いていた。

 

 以前までタキオンが主に関心事としていた、各ウマ娘レースが前年度と全く同じ展開を繰り返す異常現象は、今年に入ってからまるで可能性が既に帰結点に到達したことを示すかのように終息していた。

 

 が……今、代わりに明確となりつつあるのは、観客たち、ウマ娘ファンたちが示す関心の、不自然なまでの薄さである。

 

「アドマイヤベガ先輩を始めとしてポッケくん、カフェ、ユニヴァースくん、ロブロイくん、そしてクリスエスくん……シャカール先輩も出るというのにねぇ。評判にならない材料はない、何だい、逆に不評を呼ぶようなアクシデントでもあったのかい?」

 

「それはそれで、悪い意味での話題になりそうだが……今のところ、マイナスイメージがつくような事は起きていないはずだ。ジャパンカップに対して、これだけ関心が薄くなる原因は、現実的には考えられない。」

 

 そう言いつつも鷹木自身もまた、ウマ娘トレーナーである自分の主観が過剰にジャパンカップの話題性を期待していたのではないか、との恐れを胸中にて抑え込んでいた。

 

 もともと、話題性がこの程度のものだったろうとの考えを否定することは難しくなかった。歴史ある重賞、秋シニア三冠の一角を為すGⅠレース、ジャパンカップ。その開催は、少なくともエンターテインメントの分野においては随一のトピックになるはずである。

 

 この現実世界は、ウマ娘レースを中心に回っている。国内だけではない、世界中で、ウマ娘レースの競技性が人々を熱狂させ、感動を生み、日々を生き抜く糧を心に生み出している。

 

 ウマ娘レースへの関心の希薄化は、すなわちこの世界で生きていく意思の衰退に他ならない……いや、それは言い過ぎだろうか?

 

 脳内でそんな逡巡を続けている鷹木の隣で、タキオンは口を開いた。

 

「今からジャパンカップの観戦席は取れないかい?」

 

「へっ?……いや、もう開催前日だぞ。現地の状況を確認したい気持ちはわかるが、さすがにいくらなんでも無理だろう。チケット競争率も他のレースとは比べ物にならないし……」

 

「言い方を変えようか、今からジャパンカップの観戦席を取れない可能性が高いのなら、それを確認してくれたまえ。トレセン学園所属トレーナーとしての立場を有するキミですら観戦席を取れないのならば、確かに例年通り、明日の観戦スタンドは超満員になるのだろうと予測できる。」

 

 タキオンの意図を把握した鷹木は、速やかに明日の中山レース場の空席状況、ならびにキャンセル待ち状況を確認する。

 

 東京レース場が改修工事中であるため、例外的に中山での開催となった今年のジャパンカップ。19万人を超える東京レース場の収容人数に対し、中山レース場が受け入れられる観客数は17万人ほどである。

 

 それでもなお、前日になって観戦チケットを取得できるような余地が残されていれば、いよいよ現実にウマ娘レース人気が薄れている証となってしまっただろう。

 

 が……鷹木が今確認した観戦スタンドの確認画面においては、指定席チケットが完売となっているのは言わずもがな、前売り入場券の予約数も上限に達しており、キャンセル待ちすらも数万人単位で予約されていた。トレセン学園関係者に向けての抽選も既に終了しており、現状チケットの入手は実質不可能な状態である。

 

「うん、観客の数は間違いなく例年通りだ。ウマ娘レースの人気が無くなったってワケじゃないのは、確実と見ていいはずだ。」

 

「なるほどねぇ。では、当日はまたしても満席となった観戦スタンドから、遠く小さくしか聞こえない歓声が響く、という状況になりそうだねぇ……。SNS上でさほど盛り上がっていない様と、激高なチケット競争率との食い違いといい、いよいよもって状況に生じた歪みが強まっているねぇ。」

 

 呟くように言葉を締めくくったタキオンの傍らで、鷹木は頷くばかりであった。

 

 レース場には膨大な数の観客が集まっているというのに、ネット上での話題性や当日現地での歓声などのリアクションが薄まっている現状は、確かに異常そのものだ。

 

 タキオンは直後、ハタと何かに気づいたかのように顔を上げたが、まもなく視線を落とす。目の前では、練習コース上を駆けていくヒシミラクルの姿があるだけだ。

 

 彼女の様子を見た鷹木は尋ねた。

 

「どうした?」

 

「いや、我々は今、ジャパンカップの話題性を推し量る手段として、スマホ画面越しに確認できるSNS上の投稿数しか参照していないからねぇ。実際に街頭に出て無作為に選出した通行人にインタビューしているだろうテレビ番組ならば、情報収集の別手段として機能するのではないか、と思ったんだがねぇ。」

 

「あー……確かにそうかもしれないが、トレセン学園内じゃレース中継チャンネル以外は見ないからなぁ。」

 

 現代においては、新聞やラジオと並び、既にオールドメディアとも称されている情報媒体、テレビ番組。

 

 インターネット経由で情報を得ることが容易になり、またスマホさえあれば時間や場所をほぼ選ばず欲しい情報を入手できる現代、テレビ受信機を置いていること自体が珍しくなっていた。

 

 それはトレセン学園においても例外ではなく、レース中継の専用チャンネルを除けば、番組表に定められた時刻を待たねば求める情報が得られないテレビ番組に需要が見いだされることはほぼ無かった。

 

 鷹木としては、タキオンがそんな古い情報媒体に意識を向けたこと自体が意外だった。

 

「そうは言ってもタキオン、テレビ番組での報道となれば、取材から多少時間が経った後の情報が流れるわけだから、情報の精度は落ちるんじゃないのか?」

 

「私は情報精度の云々を気にしているワケではないねぇ、あくまで情報収集手段を複数有しているべきだ、と言っているんだ。それとも、私が直接、街へと出かけ、不特定多数の通行人へと取材を直接行おうか?」

 

「……それはそれで、タキオンの知名度をあらためて確認する結果になるかもしれないが……身の安全を考えても、それはダメだ。分かったよ、トレセン学園内でテレビかラジオを視聴する手段を探しておく。」

 

 レース場での歓声が小さくなっていても、ウマ娘個々へのファンの熱量は変わっていない。

 

 天皇賞秋の観客席でミラ子がファンから声を掛けられた件や、エリザベス女王杯を観戦しに行く道中でタキオンもシャカールも通行人から注目されていた件を思い返すに、やはり今でもタキオンが街の中に姿を現せば大混雑が発生するのは想像に難くない。

 

 ならば、タキオンを満足させるためには、現状すっかり需要を失ってどこにも備えられていないテレビやラジオあるいは新聞を目にする手段を、どこかで見つけ出さねばならない。

 

「さて、そろそろ私の練習メニュー再開時刻だねぇ。何がしかの手を考えておいてくれたまえ、頼んだよトレーナーくん。」

 

「あぁ、出来れば、の話だがな。」

 

 休憩時間を終えたタキオンを練習コース上へと送り出し、入れ替わりに休憩エリアへやってくるヒシミラクルにクールダウンを指示しながらも、鷹木の表情からは悩みの色が消えなかった。

 

 ……そんな担当トレーナーの考えを読んでいるかのように……ウマ娘特有の優れた聴覚で、先ほどまでのタキオンとの会話を聞きとっていたためでもあるだろうが……ヒシミラクルは開口一番、鷹木へ告げた。

 

「ギムレットくんから聞いた話なんですけどね、結城トレーナーは、今でも古いポータブルテレビを愛用してるらしいですよぉ。」

 

「えっ……そう、か。よく、ギムレットから聞き出せたな。」

 

「あの子わりと普通の喋り方もしますよ、特に私たち同期ウマ娘相手には。そんなことより、タキオン先輩からのオーダーを達成するチャンスじゃないですか?普通のテレビ番組を見る手段を探しておくんでしょ?」

 

「……うん。いや、しかし、流石に結城トレーナーは今、お忙しいだろうし。」

 

 明日のジャパンカップへ出走するウマ娘のうち、アドマイヤベガ、エアシャカール、そしてマンハッタンカフェの3名を同時に担当している結城トレーナー。現役復帰を宣言したタニノギムレットの調整にも気が抜けないだろう。

 

 ただでさえ、URAにおけるレジェンド級人物、トレセン学園所属トレーナーの頂点に君臨する、あの老トレーナーが最も忙しくしているだろう今日。彼のもとへお邪魔しに行くことは、鷹木にとってはまさに火中に身を投じるかのごとき所業であった。

 

 練習コース上のタキオンの走りに視線を向けながらも、苦い表情を続けている鷹木。そんな彼の横顔を見ながら、早くも呼吸や汗が落ち着いたのだろうヒシミラクルはポンと立ち上がった。

 

「んじゃあ、私がちょっくら結城トレーナーのところに行ってきます。ポータブルテレビって、トレーニングじゃ使わないでしょうし、ちょっと貸してもらうだけなら断られないでしょ。」

 

「いやっ、ちょっ、ちょっと待て!少なくとも今日はやめとけ、一番お忙しくしているだろうから、結城トレーナーは……!」

 

「えーでも、ギムレットくんとおしゃべりしに行った時も、いつでもまた来ていい、って言ってもらえたんで。」

 

「それはたぶん社交辞令ってやつで……お、おい、ミラ子、待って……!」

 

 制止する鷹木の声を振り切って、ヒシミラクルは小走りに去って行ってしまった。

 

 むろん鷹木としては、練習中のタキオンを放ってこの場を離れられるはずもない。そもそも、たとえ小走りでもウマ娘の脚に人間が追いつけるはずもない。タキオンも練習コース上からヒシミラクルの振る舞いを目にしていただろうが、あえて追いかけようとはせず、むしろどこか満足げな笑みを浮かべていた。

 

 気を揉みまくっていた鷹木の憂慮とは裏腹に、目論見は想定以上にすんなりと行ったのか、ヒシミラクルは数分の後に戻ってきた。

 

「はい、借りてきましたよ、ポータブルテレビ。どんだけ心配してたんですか、唇の血色が抜けてますよトレーナーさん。」

 

「いや、ミラ子に行かせた時点で、担当である俺の判断で結城トレーナーの指導時間を邪魔したことになってしまうから……あとでお叱りを受けるんじゃないかと……。」

 

「結城トレーナーはそんな狭い器の人じゃないですって、いつ返せとも言わず、しばらく私たちが持ってていいって言ってくれましたし。ほら、これです。」

 

 若干顔色が悪くなっている鷹木の目の前に、ヒシミラクルは灰色をした箱型の装置を差し出す。

 

 それが古い型のものであることは、長年にわたりこびりついたのだろう埃がなくとも知れた。薄型のスマホやタブレット画面を見慣れた現代人にとって、少々嵩張る直方体の形状も、その脇に伸縮式の銀色のアンテナがついている様も、まずお目にかかる機会がない代物であった。

 

 まだ予定していた練習メニューが終わっていないアグネスタキオンの興味津々、そわそわとした視線が注がれるのを横目に、ヒシミラクルはぐるぐると巻かれた電源コードを伸ばしている。

 

「これ、充電器かと思ったら違ってて、コンセントから直接電気をもらってないと起動しないんですねぇ。今どき、こんなの珍しすぎますよ。」

 

「ちょっと、場所を移動しようか、ミラ子。コース上ではないとはいえ、練習場所の近くで誰かが足を引っかけかねない位置にコードを延ばすべきじゃない。休憩エリアの隅、コンセントの近くで電源を入れよう。」

 

 ワイヤレスであったり、充電式であったりのガジェットが一般的となっている今、電源コードで足を引っかける恐れを意識するのはどこか懐かしい、と鷹木だけは感じていた。

 

 やがて、練習時間を終えたタキオンもいそいそと寄って来る。

 

 数分後、休憩用スペースの隅にて鷹木とミラ子、タキオンの3名、古びたポータブルテレビの画面を覗き込んでいた。嵩張ってずっしり重たいわりに、ついている画面は小さく、画像も薄くヴェールがかかったように不鮮明であった。

 

 スピーカーも、現代の水準では最低限の音質のように感じられ、高めの音はほぼ電子音のように聞こえた。

 

〈続きましては、いよいよ、明日!明日に迫りましたジャパンカップ特集のコーナーです。今年は海外ウマ娘が7名の参戦となりましたが、人気は国内のウマ娘に集中している模様です。特に名門シンボリの名を冠する『漆黒の帝王』ことシンボリクリスエスが1番人気となり、明日の出走についても世間の話題を大きく賑わせています……〉

 

「うわぁ、画面が見づらいし音声も聞きづらいですねぇ、一昔前はこんな状態でレース中継見てたんですか。」

 

「ただでさえ昔の技術水準で、しかも携行型のサイズに収めようとしていたのだから画質や音質が粗いのも無理はないだろうねぇ。だがヒシミラクルくん、ちょっと静かにして居てくれたまえ、私の目的はテレビ番組にてジャパンカップにどれほどの話題性を見出せるのか、確認することなのだから。」

 

 タキオンに窘められ、ヒシミラクルも口を噤む。

 

 テレビ番組に携わるスタッフは高齢化が進んでいるためか、字幕のフォントや映像編集の手法はどこか古臭い。原稿を読み上げるアナウンサーも年季の入ったベテラン揃いなのか、聞き取りやすいと同時に少し嗄れた声がスピーカーから流れ出ていた。

 

 ともあれ、電源を入れてすぐ、チャンネルを選ぶまでもなくジャパンカップについての特集番組が流れ始めたあたりから、話題性については心配する必要もないようだった。

 

〈そして2番人気はナリタトップロード、デビュー5年目の堂々たるベテランとして期待が集まるウマ娘です。昨年のジャパンカップでの雪辱を果たせるでしょうか、そしてその前回ジャパンカップ覇者でありますジャングルポケットもまた今年出走、3番人気となりましたがもちろん実力十分、ライバル不在とは言わせないシンボリクリスエスとの接戦に注目が集まります。続く4番人気はノーリーズン、不本意な結果に終わった菊花賞からの巻き返しなるか……〉

 

「あれ?トップロード先輩って、デビュー5年目どころじゃなかったんでは?たしか、7年目……でしたっけ?」

 

「私も今聞いていて違和感を抱いたが、確かにそうだねぇ。世紀末覇王オペラオーが去った後、私がデビューし、さらにヒシミラクルくんの世代がデビューしたのだから……うん、覇王世代のウマ娘はデビュー7年目だ。とはいえ、このアナウンサーはアドリブで喋っているのではなく原稿を読み上げているのだろうし、ミスとしては考えられないねぇ。」

 

 不自然な点は、他にも見いだされた。

 

 テレビの特集番組らしく、ゲストたちのトークが始まる前に出走ウマ娘の紹介をまとめた映像が流されているところだったのだが、出走する予定であるはずにもかかわらず名前が挙げられないウマ娘が何名か居たのだ。

 

〈さらにはアメリカンボス、アグネスフライト、インディジェナスら実力派ウマ娘の走りにも注目が集まる明日のジャパンカップ!スタジオにはレース解説者や豪華ゲストの方々をお招きし、たっぷりと語っていただきます!〉

 

「フライト姉さんの紹介が雑に済まされたあたりは不本意だが、事前の人気度で番組を構成している分には致し方あるまいねぇ。しかし、ジャングルポケットくんが紹介されたというのにカフェの名が挙げられないのは実に不可解だねぇ。」

 

「それだけじゃないですよ、ネオユニヴァースちゃんとゼンノロブロイちゃんも名前が出てきてません。あの二人を省いちゃったら他に誰を紹介するんだ、って感じの面々なのに。え、他の番組はどうなってんですか、別のチャンネルを見るには……えぇと、マウスもないし、画面タッチも反応しないし……」

 

「画面横のツマミを回すんだ、古いテレビは。」

 

 レトロなガジェットの操作が分からず戸惑っているミラ子を脇に、鷹木も辛うじて子供の頃の記憶を頼りにチャンネル調整ツマミを回す。

 

 他の放送局も、一様にジャパンカップ、ウマ娘レースの特集番組を放送していた。が、内容はいずれも似たり寄ったりであり……特に、出走するはずなのに名前が挙がらないウマ娘がいることについては、どれも同様であった。

 

「ちょっと、スマホを取ってきていいかい。」

 

 いったん席を外したタキオンは、今気づいたことをメモするつもりか、スマホの画面を弄りながら戻ってくる。

 

 が、単に気になったことを記録するだけが目的ではなかった。タキオンは既に、為すべき調査の依頼を、いつもの共同観測者に送っていたのである。

 

「エアシャカール先輩に、頼んでおいたねぇ。アドマイヤベガ、マンハッタンカフェ、ネオユニヴァース、ゼンノロブロイ。テレビの特集番組にて名前が挙がらなかった、この4名が今回のジャパンカップに出走する条件でシミュレーションを実行し、Parcaeがエラーを起こすか否か、検証してもらいたいと。」

 

「お、おい、シャカールはまさに明日のジャパンカップに出走するってのに、そんなことしてるヒマないだろ。また結城トレーナーに迷惑をかけるわけにもいかない。」

 

「分かっているさ、手が空いた時で良いと追記してあるとも。だが忘れぬうちに、試したい手法は全て実行したいんだ。現状、可能性世界を間接的に観測できる数少ない手段だからねぇ、Parcaeは。」

 

 先ほどから遠慮を知らぬように行動を決めるウマ娘たちを前にして、冷や汗をかいてばかりの鷹木。だがタキオンはあくまで冷静に、そして貪欲に異変の根源を見極めようとしているだけであった。

 

 スマホ画面で確認できるSNS上ではあまり話題になっていないように見える明日のジャパンカップも、古びたポータブルテレビ内の番組では特集が組まれるほどの熱気を伴っている。

 

 ……そして、こちらの認識とは多少ズレた内容を放送している。

 

 それは確かに、現実世界と可能性世界との齟齬を示した結果なのかもしれなかった。タキオンはまた新たなことを思いついたのか、ヒシミラクルに向けて尋ねる。

 

「ヒシミラクルくん、このポータブルテレビを、結城トレーナーはすぐに返すようにとは言わなかったのだね?」

 

「はい、しばらく私たちが持ってていい、って言ってくれましたけど……。」

 

「ならば、もう一つやってみたいことがある。ジャパンカップ前日の今日、京都レース場では京阪杯が行われるねぇ。ちょうど、タップダンスシチーくんが出走するレースだ。それを、この古びたポータブルテレビで観戦しようじゃないか。」

 

 レース観戦ならば、PCやスマホさえあればネット配信される画面を見ることができる。

 

 しかし、タキオンは敢えて、この結城トレーナーから借りてきたポータブルテレビで見ることに意味を見出したようだった。それに、出走するのがタップダンスシチーであるということも、彼女の興味を大きく惹く要素だったのだろう。

 

 以前、実験室での長時間の対談では、タップダンスシチーはタキオンに大きな希望を示していた。可能性から外れた展開を、この世界そのものが認めなかったとしても、自分は絶対に存在感を薄れさせやしない……と。

 

「トレーナーくん、キミのノートPCでも観戦画面を表示して、このポータブルテレビの横に置きたまえ。可能性世界からの干渉があるか否かは予測できないが、この二つの画面に映し出されるレース中継に、多少なりと差異を観測することが出来るかもしれないからねぇ。」

 

「……現実的に考えれば、同じレースを中継して配信しているんだから、全く同じ光景が映るに決まってるんだが……。」

 

「いいから準備したまえ、予測の域でものを言っていては探求も進まないねぇ!実践した結果をこそ、我々は信用しなければならないんだ。」

 

 タキオンに急かされ、鷹木は自分のノートPCを開いてURA公式の配信画面を表示し、埃にまみれたポータブルテレビの隣に置く。

 

 ポータブルテレビの方も、京都レース場からの中継を行っているチャンネルへとタキオンが合わせている。

 

 京阪杯の発走時刻は目前に迫り、出走ウマ娘たちが地下バ道から現れるのを待っている時間帯である。決してハイスペックではない鷹木のPCも、あまりにかけ離れた年代の差ゆえに、ポータブルテレビの画面と比べればずっと鮮明かつ美麗な映像に見えた。

 

「おぉー、いつもはショボいPCだと思っていましたけど、こうして昔の機材と比べるとやっぱ綺麗なもんですねぇ、現代の科学に感謝ですねぇ。」

 

「ショボいPCで悪かったな。」

 

 遠慮ないヒシミラクルの軽口に返す鷹木の隣で、タキオンはいつになく真面目そのものな目つきで画面を見つめている。

 

 非現実的な現象に期待するタキオンに対し、口先では異を唱えていた鷹木ではあったが……鷹木自身も、思考の隅では、現実ではあり得ない現象を観測できるのではないかと、期待している部分もあった。

 

 時代に取り残されたような古ぼけたポータブルテレビの画面と、現代の技術水準を象徴するノートPCの画面。

 

 二つの画面に映し出される内容に差はなかった……今のところは。

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