探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 以前までは、タキオンや鷹木トレーナー、あるいはエアシャカールやネオユニヴァースなど、観測や調査を意識的に行う面々にのみ認識の限られていた異変。しかし、ジャパンカップにて響く歓声が不自然なまでに小さすぎるという明確な異変が発生した今、異常現象はほぼ全てのウマ娘に共通で認識されるものとなっていた。そんな中、学園を訪れたのはスペシャルウィーク。引退後、メディア出演やレース解説にて活躍していた彼女も、後輩ウマ娘たちのレースのため自分に出来ることはないかと手段を探っていた。


易く親しみあれば、難題にも新路あり

 ジャパンカップの大熱狂から一夜明けても、世間はいまだ興奮冷めやらぬといった調子で常にどこかざわついた空気を残している。

 

 各メディア、スポーツ紙などは3年ぶりのGⅠ勝利を果たしたエアシャカールのジャパンカップ制覇を讃えて特集を組んでいる。長らく善戦と苦境が続き、いよいよ引退も目前に迫る所まで来たウマ娘が最後に大金星を挙げた様は、全国のウマ娘のみならず人間たちを大いに沸かせ、希望を与えた。

 

 ……といった活況の只中であることは紛れもない現実なのだが、同時にウマ娘レースに纏わる異変が誤魔化しようもなく顕著になっていることもまた事実だった。

 

 以前から率先して探求していたアグネスタキオンや、担当トレーナーたる鷹木、同じく研究者気質のエアシャカール、そして別世界の観測が可能と思しきネオユニヴァースなど、かつてはごく限られた面々にのみ認識されていた異変。

 

 だが、昨日のジャパンカップ、決着直後にレース場を包んだあの異様な静寂は、もはや認識できない方がおかしかった。あの時シャカールに向けられた、ファインモーションの叫びによって静寂が破られなければ、異常な状況は同日のウイニングライブまで続いていたかもしれない。

 

 少なくとも現状、全てのウマ娘、そしてトレーナーを始めとしてレースに関わる人間全員が異変に気付いていた。

 

 トレセン学園、理事長室。秋川やよい、駿川たづなが居並ぶ前には、数年越しにトレセン学園に足を踏み入れたスペシャルウィークの姿があった。彼女が部屋に足を踏み入れるや否や、秋川やよいは理事長席から立ち上がって口を開いた。

 

「深謝!平素よりウマ娘レースの隆盛に向けての尽力、いたみいる!本日もわざわざ足労頂き、重ねて礼を言おう!」

 

「いえいえ、そんな、私がやりたいことを精一杯やらせてもらってるだけですから。それに、こんなきっかけでもないとトレセン学園に戻ってくる機会もないですし。」

 

 理事長からの言葉を受け取り、はにかんで笑っているスペシャルウィークの表情は、彼女がレース現役だった5年前、学園在籍時とほぼ変わっていない。

 

 だが、その居ずまいはすっかり大人びていた。12月間近の時期というのもあって、外で羽織っていたロングコートを腕に掛け、落ち着いた色味のセーターと白のスラックス姿で現れたスペシャルウィーク。

 

 彼女が片田舎から中央にやって来た学生だった頃はもはや昔、今はすっかり洗練された成人ウマ娘としての空気を纏っていた。

 

「査問!ゆっくりしてもらいたいのは山々だが、互いに時を惜しむ身ゆえ単刀直入に本題へと入ろう!スペシャルウィーク、キミは昨日のジャパンカップでの出来事、どう認識している?」

 

「実況席に居られる間は、レースを盛り上げることに注力されておいででしょうから、何かおかしいことに気づかれても言及出来ないでしょうけれど……理事長は、スペシャルウィークさんがそもそも異変に気付いているかどうか、その点を気にしておいでです。」

 

 駿川たづなは、スペシャルウィークの腕からコートを受け取ってハンガーに通し、ソファに座るようすすめながらも理事長の言葉を補っている。

 

 確かに、昨日のジャパンカップで実況アナウンサーの隣席、解説役として声を響かせていたスペシャルウィークは、レース開始前から決着後、ウイニングライブに至るまで、終始違和感を口にすることなく何事もなかったかのようにトークを続けていた。

 

 しかしジャパンカップのレース決着直後、観客たちが熱狂している姿を見せているにもかかわらず、一切の歓声が響かず、不気味なまでに静かであったことは確かに認識していたらしい。

 

「はい、実は、変だなってことには気づいてました。それも、昨日のジャパンカップだけじゃなくて、先月の天皇賞も、さらにその前も……毎回レース場は満員なのに、ファンの皆さんの声が何故か小さくなっていってましたよね。」

 

「切迫、確かに異常事態の程度が甚だしくなっていっているのは事実だ!決して盛り上がりに欠けるわけではないレースのはずだというのに、現状は全く、奇怪そのもの!さらに不可解なのは、世間ではこの件がまるで騒ぎになっていないことだ!」

 

「そーなんですよ、私も、私自身が変なのかな?って気になって、ちょっと前にグラスちゃんやスズカさんに連絡取って聞いてみたんですけど……やっぱり歓声がありえないぐらい小さくなってるってのは、誰が聞いても間違いないみたいで。」

 

 今や、ウマ娘レースに直接関わる者たちには共通の認識となっている異常現象。

 

 だが、各メディアの報道においては、レース直後に異様な静寂が続いた旨に触れた内容は皆無であった。あまつさえ、ジャパンカップではゴールの瞬間に大歓声が沸き起こった、との記載までもが見受けられたほどである。

 

 どうやら、レースに直接関わるわけではない者たち、特に世間一般の人間たちにとっては、この異変は文字通りの非現実であるらしかった。

 

 それゆえに、多少の異変に気付いた者たちもこれまでは“気のせい”だろうと流すことが出来ていたのだが……明らかに、世間と自分の認識に齟齬があると判明した今となっては、捨て置ける状況ではない。

 

 気の弱い者であれば、むしろ自分がおかしくなったのではないか、と自己懐疑に陥ってしまいかねない状況だったが、さすがに秋川やよいの決断は早かった。

 

「観得!少なくともウマ娘にとっての事実であることはほぼ確定できた!第一として、レースを走り抜いたウマ娘が、相応の賞賛を得られない状況をこそ打破せられねばならない!」

 

「昨日のジャパンカップでも、エアシャカールちゃんがせっかく勝てたのに、レース場全体がシーンとしてたのは殆ど信じられませんでした。ファインモーションちゃんが観戦スタンドから叫ぶまで、私の耳が聞こえなくなっちゃったのかって疑いましたし。」

 

 スペシャルウィークは、真っすぐに理事長へと視線を向けながら返答する。レースに全力をかけたウマ娘が喝采を得られないことの異常性は、スペシャルウィーク自身も強く感じているだろう。

 

 昨日のエアシャカールは、本来が気丈な性格であるゆえか……あるいは、タキオンとの交流のおかげで予測できていた部分もあったおかげか……ゴール後の自分に賞賛の声も無く、ただ静寂に迎えられてもさほどショックを受けている様子はなかった。

 

 しかし今後、同じ事態が続くとなれば、いかに世間的には何も異変が起きていないと認識されていたとしても、走り抜いたウマ娘自身が誰からも賞賛されていないと感じ、表情を曇らせる様を見せてしまうことは避け難い。

 

「奮励!レース場の大歓声を取り戻すため、学園としては出来得る全ての手を尽くそう!各レースの宣伝、広報に一層の力を入れる!……だが、その手が、事態を解決に導く保証もないのは事実だ。」

 

「そうなんですよね、観客の皆さんは毎回レース場を満員にしてますし、声は届かなくなっていても、盛り上がっていることは観戦スタンドを見れば分かりますし。いったい、なんでこんな変なことになったんでしょ。」

 

 それはこの異変をより不可解にし、さらに対処手段を不明瞭としている一番の要因であった。

 

 純粋にウマ娘レースの人気が薄れているのならば、宣伝に力を入れ、観客を呼び込むという具体的な方策が成り立つ。だが、現にウマ娘レースには大勢のファンが毎度詰めかけ、実際に熱狂している姿だけはレースのたびに溢れているのだ。

 

 どれだけ大勢の観客が沸き立っても、なぜか歓声がウマ娘へ届かないという異変。現実的にあり得ないはずの現象への対処など、誰も明確に見出せはしない。

 

 困り顔で黙り込んでいる秋川やよいとスペシャルウィークに対し、傍から話を駿川たづなが切り出した。

 

「確実な対策……が得られると断言できるわけではありませんが、この件についてずっと調べ続けているウマ娘たちは居ますよ。」

 

「たづな、しかし、彼女らは現役のレースウマ娘なのだから、本来学園が対処すべきことについて表立って負担をかけるわけには……。」

 

「これまでもそうだったように、誰から依頼されずとも、あの子たちは自ら探求を続けるでしょう。それに、スペシャルウィークさんにお教えするだけであれば、問題はないでしょう?」

 

 ポカンとしているスペシャルウィークの前で、理事長は苦慮する様子を見せつつも、たづなと言葉を交わしている。

 

 が、やがて秋川やよいはいつになく迷いながらも首を縦に振り、駿川たづなは改めてスペシャルウィークへと向き直って告げた。

 

「アグネスタキオンさんのことは、ご存知ですよね?」

 

「はい、もちろん、去年の皐月賞を勝った時から、すごい強い子が出てきたなぁ、って私も注目してました。ジャパンカップは、出走回避されてましたけど……」

 

「ウマ娘レースについての異変が目立ち始める前から、アグネスタキオンさんや彼女の担当トレーナーさんはレースの映像や音声を記録したり、時には実際に現地に赴いてデータを録ったりと、調査活動のようなことを続けています。」

 

「へぇー……あー、でもそんな姿、なんか想像しやすいかも。確かにあの子、ちょっと凝り性なところありそうですし。」

 

「最近は、担当トレーナーさんだけではなく、後輩のウマ娘も巻き込んで独自の調査をすすめているようですね。彼女に会いに行けば、興味深い話を聞かせてくれるかもしれませんよ。」

 

 直接報告を受けているわけではなかったが、トレセン学園内の状況を細かに把握している駿川たづなにとって、アグネスタキオンや彼女に引っ張りこまれた面々が、何かと慌ただしく調査を繰り返している様を目撃する頻度は高かったのだ。

 

 スペシャルウィークは頷き、さっそく手短に暇を述べながら席を立った。

 

 

 

 同じころ、アグネスタキオンの実験室……という体で勝手に占拠している理科準備室の中では、タキオンとシャカールが額を寄せ合ってパソコンの画面を凝視していた。

 

 今回ばかりは、タキオンの憶測に懐疑的だったシャカールも事実を認めずにいられなかった。

 

 昨日のジャパンカップの様子を、「パソコンで視聴したネット配信」「古いポータブルテレビで視聴したテレビ放送」の二画面で録画した内容が、今は同時に画面に映し出されていた。

 

 ネット配信の録画内容は、昨日のジャパンカップと同じ展開となっている。エアシャカールが4コーナーより早めに大外から差し、一気に抜け出して一着でゴールしている。

 

 一方、テレビ放送の録画内容は、中盤までは異常も無く実際のレースと違いもなかったが、終盤にエアシャカールの動きが遅れ、大外を抜けるコースも見出せぬまま内側に入っていき……集団に埋もれたあたりで酷くなった画面のノイズに埋もれ、そこから先は見ることが出来なくなっていた。

 

「マジ……か。完全に、レース終盤の展開が、ふたつの画面それぞれで違うじゃねェか。」

 

「納得してくれたかい?この事実に!むろん、シャカール先輩はジャパンカップで勝利した、これが現実世界にて確定した事実だねぇ。だが古いポータブルテレビに映った内容では、シャカール先輩は確実に勝てていないねぇ、あのようにコース内側に押し込まれてしまってはねぇ!ゴール直前あたりは完全にノイズで画面が見えなくなったが、おそらくこちらに可能性世界でのレース展開が映し出されたことと思われるねぇ!」

 

 興奮気味に喋りまくるタキオンの隣で、エアシャカールは「わかった、わかった」と言いたげに片手を振り、もう片方の手で眉間をおさえて眼を閉じ、天井を仰いでいる。

 

 シャカールがいったん思考を整理しなければならなかったのは、リアルタイムで実況中継されているはずのウマ娘レース、その内容がふたつの画面で異なっているという異常事態を認めたためだけではない。

 

 現実にならなかった、もうひとつの可能性……レース終盤、集団を大外から抜け出せず、コーナー内側を突くコースに切り替えるという選択は、実際にシャカールが走っているとき抱いた逡巡の内容と重なり合っていたのだ。

 

「向こう正面を走ってる段階で、だいぶ迷ってたンだよ。もっと脚を溜めとかねェと、クリスエスにもファルブラヴにも勝てねェんじゃねェかって。結局、早めに上がっといたのが正解だったンだが……じっくり脚を溜めてたら、こっちの負け筋通りの走りになっちまってた。」

 

「だろうねぇ、可能性世界のジャパンカップでは第4コーナーで、ジャングルポケットくんがシャカール先輩の前を走っているからねぇ。大外を回るコースで、ジャングルポケットくんが目の前に居るとなれば、確実に末脚を発揮した彼女の後塵を拝することになるだろうからねぇ。」

 

「それだけじゃねェ、俺がウチ側を突いてる方の画面だと、ファルブラヴが完全に抜け出してンだろ。最後の方ノイズまみれで見えねェが、あの位置取りじゃ、クリスエスじゃなくてファルブラヴが勝ってる。ンで、俺が集団に呑まれて十二着あたりか?もし俺が判断ミスッてたら、全部Parcaeの予測通りになってンじゃねェか、気味悪ィな……。」

 

 いよいよもって、タキオンが提唱する“可能性世界”の実在が垣間見える現象であった。

 

 プログラム「Parcae」は、ウマ娘たちやレース場のデータを元にして、展開や着順を予測するシミュレーター。まさに、可能性の中における勝敗を算出しているわけであり、現実とは異なった形でポータブルテレビに映し出されたレース展開が、Parcaeの予測通りになっていたことは不気味な一致であった。

 

 それでもなお信じられない様子でシャカールは録画データを幾度も繰り返し見続けていたが、この件に関しては昨晩から夜通し熟考を重ねてきたタキオン。彼女の関心は既に次の話題へと進んでいた。

 

「ところで、シャカール先輩。気が早いかもしれないが、来月の有馬記念についてはParcaeでのシミュレーションを実行したのかい?」

 

「アー、まだ伝えてなかったな。Parcaeは、もう動かねェ。」

 

「え?」

 

「原因は不明だが、昨日、俺がトレセン学園に帰って来て立ち上げようとしても、ウンともスンとも言わねェ。前々からちょくちょくおかしい挙動は見せてたが、いよいよ完全に動かせなくなっちまったらしい。」

 

 他ならぬエアシャカール自身が組んだプログラムであったが、彼女の想定していない挙動を示すことが今までも多々あったParcae。

 

 昨日、ジャパンカップにて、エアシャカールが可能性を大きく超え、予測を完全に覆し、悲願のGⅠ勝利を挙げた後……まるで、その予測し難い快挙に合わせたかのごときタイミングで、Parcaeは完全に沈黙していた。

 

 今しがた聞かされたタキオンは呆気にとられると同時に残念そうな表情を浮かべたが、一方でエアシャカールは不可解ながらも何故か納得しているようだった。

 

「ま、こんだけ可能性から外れるウマ娘ばかりの世界じゃ、マトモに予測も出来ねェとでも判断したのかもな、ロジカルな考え方じゃねェけど。」

 

「あるいは、可能性世界を間接的にすら観測できなくなった結果かもしれないが、しかし困るねぇ!これでは、現状が如何程に可能性から離れているのか、確認する術がないじゃないか!」

 

「言ったって仕方ねェだろ、動かねェもんは動かねェんだからよ。まァ、Parcaeの基本的なシステム部分は取り出せる、どうにか純粋なレースシミュレーターとして使えるようにはなるかもしれねェ。」

 

 シャカールは呟きながら、意識は完全に目の前の映像に向け続けている。一方で、タキオンは不服顔であった。

 

 今回のジャパンカップ、ネット経由で得られた映像と食い違う、古いポータブルテレビの映像の内容。これが可能性世界で有り得たはずのレース展開と同様であるという憶測は、Parcaeの予測と内容が一致したがために、証拠が補強されたようなものなのだ。

 

 間接的にとはいえ、可能性世界で起きたことを知る手段の最たるもの、Parcaeが使えなくなることは探求にとって大きな痛手であった。今年のレースの集大成、有馬記念についても可能性世界の展開を知っておきたかったというのに。

 

 他の手段として思いつくのは、ネオユニヴァースに尋ねる事であった。

 

 彼女とて、そう気軽に別世界の観測が出来るわけでもあるまいが、しかしネオユニヴァースが別宇宙のことについて見通せるだろうこともまたほぼ事実である。

 

「……ちょっと、シャカール先輩、この場は任せておいていいかねぇ?私は至急、来月の有馬記念に関しての可能性を探る手段を見出さねばならないからねぇ。」

 

「ん、おい、どこ行くンだ?」

 

 タキオン自身、有馬記念に向けてのトレーニングや調整のため、探求に割ける時間は限られている。

 

 居ても立ってもいられない思いを抱いたタキオンは、この場に置いたパソコン類をシャカールに任せ、今すぐにでもネオユニヴァースに会いに行こうと逸る気持ちで席を立つ。

 

 時を同じくして、控えめなノックの音が、入り口の扉から聞こえた。

 

「こんな時にいったい誰なんだい、悪いが私は相手している暇など無いねぇ、用件があるならここにシャカール先輩を置いておくから、そちらに伝えておいてくれたまえよ。」

 

「いや俺をメモ帳代わりにするンじゃねェよ……。」

 

 多少苛立つ声と共にドアをガラリと引き開けたタキオンも、言い返しながら振り返ったシャカールも、ドアの向こう側に居たのが何者であるか認識した瞬間、動作が凍り付いていた。

 

 かつて日本総大将と呼ばれた優駿、現役引退後は後輩たちを全力で応援するためメディア出演も頻繁に行い、いまやウマ娘レースの顔とも呼べる存在。

 

「スペシャルウィーク……!?」

 

「マジか……なンで、ここに居るンだ?」

 

 彼女こそ、黄金世代の中心に居続けた、現在その名を知らぬ者などいないウマ娘である。現役時代の、白と紫を基調とした勝負服姿とはガラリと印象がかわり、落ち着いた色味のコートを羽織ったおとなびた姿となっていたが。

 

 紛れもない彼女の姿を目の前にして、エアシャカールはあんぐりと口を開け、さすがのタキオンも完全に虚を突かれて呆然と立ち尽くしていた。

 

 すっかり動きの固まってしまった後輩たちを前にして、スペシャルウィークは苦笑しながら遠慮がちに口を開く。

 

「ごっ、ごめんごめん、アポ無しで急に来ちゃって。ちょっとトレセン学園に寄る用事があって、ついでにタキオンさん、あなたに会いに来たんだけど……今はちょっと忙しい、かな?」

 

「……いっ、いやいやいや!別に急ぎの用事などないねぇ!スペシャルウィーク先輩が直々に私のもとを訪れるだなんて、よもや思ってもみなかったからねぇ!ささ、ささ、どうぞどうぞ入って、私の実験室に!埃っぽいところだが、こないだタップくんと一緒に掃除したからだいぶスッキリしたはずだねぇ!今すぐ私自慢の紅茶を淹れるから、どうか寛いで……ほら、ほら、シャカール先輩、立ってその椅子を寄越したまえ、この部屋で一番座り心地が良い椅子なんだ、それは!」

 

 いつになく焦りを全開にした様子で、バタバタと室内に駆け戻っていったタキオンは大慌てで彼女なりに大先輩を歓待する準備を始めている。

 

 気を遣わなくていい、と言いたげだったスペシャルウィークだが、矢継ぎ早にまくしたてるタキオンの言葉の隙を見つけられず返事が出来ていない。代わりに応対に立ち上がったのはエアシャカールであった。

 

「先輩を急かして立たせる奴があるかよ、ッたく……久しぶりだな、スペシャルウィーク先輩。俺のケツで温まっちまってる椅子、いるか?」

 

「いえいえ、どうか気を遣わないで……そうそう!エアシャカールちゃん、昨日のジャパンカップ、おめでとう!いやー、それにしても、色々あった道のりだったね……シャカールちゃんのホープフルステークス、もう5年前かぁ。」

 

「ホント懐かしいな。あの日の中山レース場、俺が走った2レース後が、スペシャルウィーク先輩とグラス先輩、オペラオー先輩の有馬記念だったんだよな。」

 

「そうそう、私が勘違いでウイニングランしちゃったレース!……って、これ、あんまり思い出したくないことだべ!」

 

 直接同じレースで競った経験はないものの、奇妙な縁のあるスペシャルウィークが表情をほころばせ、常日頃は表情が硬いシャカールも自然と頬が緩んでいる。傍でそのやり取りを聞きつつ紅茶を淹れる準備をしながら、流石のタキオンも羨ましげであった。

 

 とはいえ、スペシャルウィークがこの場に来た一番の目的はタキオンと話す事である。

 

 他でもない、これまでも続いていたが遂に昨日のジャパンカップで明瞭になった異変、観客たちの声がウマ娘に届かない現象についての見解を聞くためであった。

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