探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 久々の再会に浸る時間もそこそこに、テイエムオペラオーとメイショウドトウは、鷹木トレーナーと片桐トレーナーの現在の担当ウマ娘たちとともに練習コースへ向かう。タキオンを始めとする現役ウマ娘たちにとっては、かの世紀末覇王とその宿敵の走りを間近で感じる絶好の機会である。一方で、オペラオーが走ろうとする意図は、後輩たちへのサービスや、引退を表明してからの3年間維持し続けた身体能力を示すことだけではなかった。練習場のカメラ越しに、トレセン学園理事長室にも映像中継は繋がっていたのである。


3年越しの舞台は己を覗く

 テイエムオペラオーと、メイショウドトウ。覇王世代と呼ばれる一時代を築き、3年前に引退した彼女らが走るとなれば、それを間近で堪能する機会は現役ウマ娘たちも逃せない。

 

 先ほどはドトウだけを連れてきていた片桐トレーナーであったが、少々遅れて顔を覗かせたのはタップダンスシチーとノーリーズンであった。元担当ウマ娘のシューズの紐を念入りに結んでやっている片桐の姿を見て、彼女らは口々に言い立てる。

 

「客将をもてなすのもご苦労なことじゃが、さておきワシらも呼ばんか軍師殿!覇王と宿敵、その名勝負の再来を見逃すところじゃったぞ!」

 

「Something fishy、今の時期になって私らだけで練習しとけってのも変だと思ったよ、Trainer!アンタの『ちょっとヤボ用で』って言い訳ほど、胡散臭いものは無いからな!」

 

「おや、おふたりともに、居場所がばれてしまいましたか。ドトウさんの付き添いだけに済ませるつもりだったのですが、見つかってしまっては仕方ありませんね。」

 

 タップダンスシチーとノーリーズンを前にして、片桐は多少演技臭い言い回しを口にしながら肩をすくめた。

 

 おそらく、本気で片桐が担当ウマ娘たちを遠ざけたかったら、もっと確実な方法を取るだろう。あえて怪しまれるような言動を後に残して練習場を去るのは、すなわち自分を追跡しろと言わんばかりの振る舞いであった。

 

 片桐お得意の、遠回しに偶然を装う振る舞いをわざわざ挟んだことには理由があった。シューズの紐を万全に確認してもらったドトウは、この場に集まった面々を見回しながらおずおずと口を開く。

 

「あのぅ、集まって来られた皆さん、もしかすると今年の有馬記念に出走する方々がほとんどなのではぁ……?」

 

「その通りだね、ドトウ!エアシャカールくんを始めとして、アグネスタキオン、ヒシミラクル、タップダンスシチー、ノーリーズン……ボクらの自慢の後輩たちは皆、有馬への出走が決まっている!と、なれば、12月に入った今、合同で練習することについては多少なりと気を遣わねばならないね。」

 

「えぇ、互いに競争相手となるウマ娘同士、同じ練習場に集まること自体憚られますからね。我々がここに集まったのは、あくまで偶然です、でしょ、鷹木トレーナー?」

 

 オペラオーからの言葉に頷きながら、片桐は鷹木へと視線を向けながら告げる。片桐ほど計算尽くでこの場に来たわけではなく、あくまでタキオンの思い付きにつき合っているに過ぎない鷹木は、曖昧に頷き返すだけであった。

 

 さておき、仮に偶然集まっただけという口実が通ったとしても、そしてこの場が部外者に見られていなかったとしても、トレーナーとして守るべき矜持は健在である。

 

 多少言葉をまとめる間を置いてから、鷹木は口を開いた。

 

「せっかく集まった以上は、皆、オペラオーとドトウと共に走りたいだろう。ただし、有馬記念と同じ条件は避けよう。この場に居ない他の出走ウマ娘にとっても公正な競走になるよう、本番時に予定している作戦を見せ合うべきではない。」

 

「その通りだねぇ、ここはキリよく、ちょうど練習コース一周の2000mでどうだろう?私が得意な距離ですまないがねぇ、ヒシミラクルくん。」

 

「ホントですよ、この中じゃ私が一番不利じゃないですか。」

 

 鷹木の意を酌んでのタキオンの提案に、ヒシミラクルは口を尖らせて答えたが、提案自体は妥当であった。

 

 コースを一周する2000mの距離ならば、本番の条件とは大きく違う。有馬記念は向こう正面からスタートして、コース全体を一周半する2500mの距離である。

 

 これだけ大幅に条件が異なっていれば、競走相手の本番での作戦を窺い知ることは出来ないし、体力を消耗しすぎず至近距離で覇王とその宿敵の走りを堪能することもできる。

 

 走る条件もまとまり、ウォーミングアップを仕上げているタキオンの元へエアシャカールは近寄り、そっと口を開いた。

 

「何のためにオペラオー先輩を呼んだのか、忘れンなよ。走るだけ走って満足して、それきり帰しちまっても俺は止めねェからな。」

 

「分かっているねぇ、私もどのように件の話を持ち掛けるべきか、頭の中で言葉をまとめているところだねぇ……そもそも、こちらも聞きそびれたのだが、シャカール先輩は私に先んじてオペラオー先輩と会って、何の話をしていたんだい?」

 

「復帰する、って話を聞かされてた。」

 

 シャカールは例によって、ごく端的かつ簡潔に内容を伝えたのみであったが、タキオンの思考をしばらく固まらせるには十分の衝撃であった。

 

 復帰する……とは、オペラオーが?あるいは、ドトウも共に?

 

 その決断を、決定事項とするため、彼女らは今日トレセン学園に来たというのだろうか?既に理事長にも話を通したのか?

 

 タキオンの脳内には聞き返したい内容が山のように溢れてきていたが……まもなく、練習コース上のスタート地点にてオペラオーが手を振り、この場のウマ娘たちを呼び寄せ始めたため、タキオンは機を逸した。

 

 さすがのタキオンも、せっかくの貴重過ぎる併走が始まろうとする矢先、好奇心を優先して出鼻をくじくような真似はしなかった。

 

 オペラオーの声は、広大な練習場にも響き渡る。

 

「さぁ!ホルンの音が聞こえるかい、騎士たちよ!明かりを灯せ!赤々と、炎を!覇王の狩りを見届けたくば!」

 

「えぇとぉ……オペラオーさんは、皆さんに、走る準備はお済みかと尋ねておられますぅ……。」

 

「Ya telling me!あんだけ目を輝かせて言われりゃあ、言いたいことも伝わるぜ!アンタも覇王の通訳に収まってられる器じゃねーだろ、ドトウ先輩!」

 

 初対面であるにもかかわらず、早くもオペラオーの芝居がかった振る舞いに順応したのだろうタップダンスシチーは、意気揚々とスタートラインにて彼女らと肩を並べる。

 

 オペラオーとドトウがスタート地点に並ぶのは……彼女らがトレセン学園生のジャージを着ていないことを除けば、鷹木と片桐にとっては数年越しに見る光景であった。シャカールも、どこか懐かしげな表情を浮かべながらスタートラインについた。

 

 しかし、感銘に耽っている場合ではない。せっかく全員がウォーミングアップを済ませたというのに、グダグダしていては身体の熱が冷めていってしまう。

 

「では、練習コース一周、距離2000mの設定で計測するぞ。しかし、これだけ数が増えると、出走枠も気にすべきか……最ウチは、ヒシミラクルに行かせてもらっていいだろうか。」

 

「え、私で、いいんですかね?まぁ、こんなメンバーの中での実力的には、一番楽なポジションをもらって丁度良いかもですけど。」

 

「その次の2枠は、ノーリーズンでお願いします。こちらはハンデというよりも、先行策の得意な先輩方に囲まれる練習も兼ねてです、構いませんね、ノーリーズン?」

 

「一番外の枠でも構わんと言いたいところじゃったが……軍師殿はワシをのせるのが上手くなったのう!」

 

 実際の所、全員がGⅠ出走ウマ娘とはいえ、実力差が見いだされることは否定できなかった。

 

 最ウチに占めたヒシミラクル、ノーリーズンに続いて、引退から3年のブランクがあるテイエムオペラオー、メイショウドトウが並び、続いてタップダンスシチー、エアシャカール、そして一番外の出走枠をアグネスタキオンが位置取る。

 

 が、このブランクを考慮しての並び順は、さして正確なものではなかった……と、スタートの合図が放たれた直後に全員が悟ることとなる。

 

「では位置について……用意、スタート!」

 

 鷹木は自前のストップウォッチも用意して、口頭で合図を出したが、個別練習場にはカメラと連動しての精密な計測装置が内蔵されている。

 

 ガシャン!とスピーカーからゲート音が流れると同時に、一番の反応で飛び出したのはテイエムオペラオーであった。

 

 むろん、スタート直後から瞬間的に至る速度で言えば先日のサイレンススズカが勝っている。しかし、スタートの合図が響いた直後、人には認識できぬほどの短時間で、既にオペラオーは半バ身ほど他の出走者より前へと踏み出ていた。

 

 オペラオーを担当していた当時の鷹木には、何故彼女が勝てるのか理解できないレースがいくつもあったが……今なら、オペラオーの強さの秘密を、ほんの一部だけ鷹木は見いだせたようであった。

 

「スタートする時の一歩目が、教えた時よりはるかに鋭い……。」

 

 むろん、理論上の話であれば、鷹木もトレーナーとして担当ウマ娘にきちんと伝え、トレーニングを通じて実践させ続けている。

 

 が、同じように教えているのは他のトレーナーも同様であり、さらに言えば鷹木よりもベテランのトレーナーの方がよほど伝え方も、各ウマ娘に合うやり方を見出すのもスムーズだろう。

 

 一方、テイエムオペラオーは、鷹木から教えられた内容を聞き入れつつも、自ら改良し、実際のレースで通用するレベルにまで練度を上げていた。

 

 静止した状態から大きく前へ踏み出すのは、走っている最中に加速するよりもはるかに大きな体力消耗に繋がる。その負荷を受け入れてでも、スタート直後に好位置を取るのは、後々のスタミナ管理までオペラオーが計算に入れているから可能となるのだろう。

 

「確かにあれは……オペラオーじゃないと出来ない。同じことをタキオンにやらせたら、スタート時の負荷が大きすぎて、故障のリスクが上がる。あの直線からコーナーに入る時の踏みかえも、難度が高すぎる。」

 

 他のウマ娘に流用しても効果を発揮できない、オペラオー独自の技術群。それらが緻密に編み上げられ、形を為しているのがテイエムオペラオーの走りなのだ。

 

 既に最初の直線を抜けて、1コーナーへと差し掛かっているウマ娘たち。

 

 スタート直後はオペラオーに先頭を取られていたタップダンスシチーであったが、今は外を回って1番手まで出ている。2番手となったオペラオーの出方を背後でじっくりと見極めるつもりか、タキオンが3番手でぴったりとマークし、そのすぐウチ側にメイショウドトウが居る。

 

 オペラオーの走りを見て鷹木がブツブツ言っていたのと同様、片桐もドトウの走りから目を離せないようであった。

 

「真っ先にオペラオーさんが良い位置を取るのは分かり切っていたようですね、ドトウ。あの両名を間近にして、動揺を欠片も見せないタキオンさんも流石ですが、生半可な詰め方では一着二着の位置は奪われませんよ。」

 

 テイエムオペラオーの強さを誰よりも分かっているメイショウドトウは、今はじっとコース内側にて脚を進めていた。

 

 あの3年前の宝塚記念、先んじて前に出ることで、オペラオーに勝利したドトウ。最終直線で競り合うのを避け、十分なリードを取っておくか、あるいは視界外から急襲して差し切る。覇王討伐の糸口を示した一戦であった。

 

 今、オペラオーがどのような手を打ってくるのか、誰にも予測できない。だからこそタキオンは、ドトウの真横にもついて、彼女の動きを僅かでも見逃すまいとしているのだろう。

 

 ノーリーズンも先行寄りの位置ではあったが、オペラオー、ドトウ、タキオンらを視界に収めることを選んだのか5番手の位置。少し間をおいてエアシャカール、最後に遅れてヒシミラクルといった形で向こう正面へと入っていった。

 

「あまり悠長に様子見している暇はないんですがね、ノーリーズン。先輩ウマ娘たちの位置取り駆け引きが熾烈となる前に、先頭付近に出ておくべきなんですが……まぁ、この練習を経験として活かせればいいでしょう。」

 

「ミラ子も、そろそろ詰めて行かないと、4コーナーに入る頃には取り返せないリードがつけられてしまう……ミラ子―!!もっと速く!これまで通りの感覚じゃ通用しないぞ!!」

 

 腕組みをして見つめる片桐の隣で、鷹木は久々にヒシミラクルへ向けて激励の叫びを飛ばしていた。

 

 菊花賞で勝てるだけの実力をつけて以降は、ペース配分やコース取りなどの技術面に集中させたかったため、敢えてミラ子の脚を急かすようなことは言わなくなっていた鷹木。

 

 だが、テイエムオペラオーが先団に陣取り、後方にいるヒシミラクルが間合いを詰められずにいる様を見た鷹木は、自ずと急かす声が喉を衝いて出たのであった。

 

 最終直線のオペラオーは、どの位置に居ても強い。

 

 後方から差し切るには、彼女を凌駕する瞬発力を身につけていなければならない、まさに3年前の天皇賞秋でのアグネスデジタルのように。翻って、潤沢なスタミナによって実現するロングスパートが得意なヒシミラクルには、もとより不利な状況であった。

 

「いよいよ最終コーナーですが動きませんね、オペラオー。先頭のタップ、真隣りのタキオンにブロックされているように見えますが、しかし……それでも、あれは“動けない”のではなく“動かない”といったところでしょう、鷹木トレーナー?」

 

「だと、思います。ギリギリまで脚を使わず、あの場で周囲を観察するのがオペラオーですから。」

 

 メイショウドトウを担当していた片桐も、オペラオーの走りを散々見てきただけあって、彼女の走りの意図するところを読み取る能力は鷹木と同等に高い。

 

 第4コーナー、ここで前に抜け出せなければ、最終直線に向いても先頭へと出られず、ゴール前の争いにも加われない。だから早めに脚を使って先頭に出る、外を回って集団を交わす、ウチを突いて隙間を抜け出る……というのが定石である。

 

 が、オペラオーは自らの抜け出す道が無いままに、抜け出そうともせず脚を進めていた。

 

 目の前には、タップダンスシチー。隣には、アグネスタキオン。本来、この形から先頭に躍り出るには、一旦後ろに下がり、タキオンの外側を回るように追い越さねばならない。

 

(だが、オペラオー先輩。どうやら、私がいつまでコースを塞いでいられるか、試すつもりのようだねぇ……!)

 

 4コーナーのカーブを回りながらも、タキオンは、真隣りで不気味なほど淡々と脚を進めているオペラオーの横顔をチラと見て、自分の作戦が既に相手の俎上にあることを悟っていた。

 

 もちろん、このまま先頭のタップダンスシチーと共にオペラオーを徹底的にブロックし続ければ、オペラオーはゴールラインを越えるまで前に出られないだろう。

 

 だが、それはすなわちタキオンがタップダンスシチーを抜き去ることを放棄するも同然であり……さらには、後方から大外を回って差してくるだろう、ノーリーズンやエアシャカールやヒシミラクルに勝機を与える振る舞いでもあった。

 

(ノーリーズンくんが好機を見逃すはずもない、エアシャカール先輩も私の考える所は既に把握しているはずだ、ヒシミラクルくんは……まぁ、何もわかっていなくても、とりあえず駆け上がってくるだろうねぇ。そんな彼女らに、わざわざ先頭を譲ってやる私ではないことを、オペラオー先輩はよくよく理解しているじゃあないか!)

 

 いつも自分の作戦通りにレースを運んでいるタキオンが、これほどまでに逡巡を強いられることは、ほぼ初めてのことであった。

 

 4コーナーの出口、アグネスタキオンは腹を決めたかのように、タップダンスシチーを抜き去り、一気に先頭に立った。

 

 すでに大外を回るコースでエアシャカールが追い上げてきていたが、その蹄音をタキオンは聞きとっていたのだろう。シャカールの末脚で詰められる間合いが、ギリギリ消失する直前の決断であった。

 

「仕掛けたか、タキオン……!オペラオーの思惑通りになるにせよ、ここで動かないとシャカールに差し切られるのは避けられない、よな……。」

 

「思い出しますねぇ、4年前の有馬記念を。包囲網は必ず崩れる、その未来が見えていたようにオペラオーさんは走るもんですから……ほら、あの時みたいに、ドトウも抜け出してきましたよ!」

 

 鷹木に続いて、片桐もいつになく熱の入った口調になりつつ、いよいよ練習コースの最終直線に入った展開を凝視している。

 

 まだタキオンがオペラオーのブロックに専念し続けるものと考えていたのだろう、タップダンスシチーは一瞬反応が遅れ、あらためて余力を振り絞りながら追い上げていく。

 

 が、先頭に立ったアグネスタキオン、そのすぐ隣に並んでいたのはテイエムオペラオーであった。

 

(走ることは続けていたが、本物のレースから離れていたボクは、すっかり眠っていたようだ!覇王を惰眠から目覚めさせる勇者は、キミか、アグネスタキオン!それとも、またもドトウなのか!)

 

 確かに、以前鷹木が見たように、オペラオーは引退宣言ののちも走るためのトレーニングは続けている。

 

 しかしGⅠクラスの実力者に囲まれて走る緊張感は、ただの練習とは全く違っている。オペラオーは全身で喜びを感じていた。

 

 タキオンが抜け出た隙間ができたと同時に、オペラオーはするりと先頭へ出るコースを取り……さらに同じコースでメイショウドトウも前を塞がれぬ位置へと進出している。ほとんど最高速に近い速度帯で、瞬時に最適なコース取りが出来る重心移動は、現役ウマ娘たちとて簡単に真似できる技術ではなかった。

 

 オペラオーとドトウが、タキオンと横並びになるラインを作ったことで、すぐ外を上がろうとしていたノーリーズンは苦境に立たされている。一方、覇王世代の現役を知るシャカールは、この状況を見越したようにさらに大外を回るコースで、じわじわと差を詰めていった。

 

(もうちょい堂々としとけよドトウ、あのオドオドした態度からマジの実力見せられて、後輩連中がビビッちまうじゃねェか。でも、まだ本気じゃねェな。そりゃァ、3週間後に全力出さなきゃならねェんだからな……。)

 

 かつてテイエムオペラオーを幾度となく追い詰め、遂に一矢報いたメイショウドトウの末脚は、タキオンとオペラオーの身軽な加速にも遜色ない。

 

 アグネスタキオンは、既に本来想定していた作戦が形を為していないことを強く認識していた。テイエムオペラオーは、横並びになっての競り合いを最も得意とするのだ。だからこそ、その形を避けるためにいち早く抜け出したというのに、現状はその最も避けたかった形になっている。

 

 しかし、それでも、オペラオーよりも僅かにハナ差で前に居続けているのは、タキオンの素の実力が相応に高いということの証でもあった。

 

(……私は、覇王と、並び続けているねぇ……!この実力を、誇っても構わないかい!?それとも、あるいは……)

 

 あるいは、テイエムオペラオーは現役と同等の実力を発揮していない、ということか?

 

 その理由が現役引退後の衰え、ではないことをタキオンは確かめたくなった。

 

 ゴールする直前、ほんの僅かに、タキオンは速度を上げ……オペラオーが、コンマ秒の間もなく反応し、微細に開きかけた間合いを詰めたのをタキオンは確認した。

 

 ほとんど本気に近い領域での速度でありながら、オペラオーは有馬記念の出走を控えた後輩が体に負荷をかけ過ぎないよう、ハナ差でタキオンが先頭になるよう速度調整していたのだ。覇王も、その宿敵たるドトウも、まだここでは全力を出さず、手加減している。

 

 アグネスタキオンは嬉しさと同時に、多少の悔しさを噛みしめ、歯をむき出し笑った。

 

 こんな感情になったのは、初めてのことであった。

 

「ゴール!タキオン、最後、本気出しかけただろ!ゆっくり減速してから、クールダウンに入るんだ。まだ今日の練習、始まったばかりだってのを忘れるなよ!」

 

 ストップウォッチのボタンを押しながら、鷹木はタキオンに向かって大声で伝える。タキオンがオペラオーとの併走でついタガが外れかけたのだ、とのみ鷹木は認識していた。

 

 彼はタキオンの胸中を全ては汲み取れていなかったものの……走りについては正確に見ることが出来ていたため、タキオンは特に言い返す事はなかった。

 

 オペラオー、ドトウとほとんど並んでのゴールとなったシャカール。 

 

 シャカールは汗をぬぐって減速しながらも、ゴールラインに向けられて固定設置されたカメラのランプが光っているのをチラと見た。

 

 個別練習場に備えられたカメラは、練習時のウマ娘たちのタイムや着順を精密に計測するのが第一の用途であるが、トレセン学園理事長室からも映像を閲覧することは可能である。

 

 それは、外部と遮断された空間である個別練習場で、競技性を崩すような打ち合わせややり取りが行われないことを確かめるためでもあった。例えば、本番レースと同様の条件で競争相手同士が走り、互いの作戦を教え合うような振る舞いは避けられるべきである。

 

 ……今回に関しては、有馬記念とは異なる距離2000mでの練習であったため問題はない。理事長室からの閲覧が行われたのは、ひとつの見極めのためであった。

 

 今、トレセン学園理事長室から映像を見られていることを示すランプが点灯しているのは、この場のセッティングを実質的に取り仕切ったシャカールだけが知り得ることだった。

 

「オペラオーとドトウの復帰の話、通ったろうよ。こんだけ、マジになった現役ウマ娘を出し抜けンだからよ。」

 

 遅れて息を切らしながらゴールしてくるノーリーズン、息を切らしていないが更に遅れてのゴールとなったヒシミラクルを見送ってから、じっとカメラの方に視線を向けていたエアシャカールは「どうだった?」と言わんばかりに掌を振って見せる。

 

 理事長室にて、映像をモニタリングしていた秋川理事長は、駿川たづなとともに頷きあっている真っ最中であった。

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