探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 3年ぶりの復帰を見極めるため、現役の後輩たちとの併走を行ったテイエムオペラオーとメイショウドトウ。彼女らの身体能力に全く衰えが無いことは明白となり、正式な復帰は認められることになるだろう。一方で、タキオンは他でもないオペラオーに対し尋ねたいことが山ほどあった。中でも、ウマ娘レースにおける異変が始まるきっかけとなっただろう、テイエムオペラオーの引退レースとなったジャパンカップ。本来の可能性の中では誰が勝つはずだったのか、あるいはオペラオーはジャパンカップでは引退するはずではなかったのか。可能性世界の観測は、覇王の直感にも求めるところであった。


覇を唱えし先には、道の交わる予感

 タキオンや鷹木の視点からは突発的に始まったように見えて、その実は元より計画された通りに行われた併走練習。

 

 3年前に引退した、現世代では誰もその名を知らぬ者のいない先輩ウマ娘、テイエムオペラオーとメイショウドトウ。ほとんど本気に近い現役ウマ娘たちと並んで、なおも両名が速度を加減する余裕を残していたことに気づけたのは、タキオンとシャカールだけであった。

 

 ほぼ全力で走ったタキオンの脚の前にしゃがみ込み、鷹木がテキパキとアイシングしている。まだ時刻は朝であったが、今から小一時間は休憩を挟むことになる。トレーニング再開には改めてウォーミングアップを要し、時間もそれだけ削られてしまうが、有馬記念まで残り3週間という今、脚に蓄積する負荷は決して軽視できない。

 

 鷹木の処置に脚を委ねてベンチに腰掛けているタキオンの隣、オペラオーも腰を下ろして口を開いた。

 

「さぁ、ボクへと差し向けたい言葉は舌の上に出揃っただろうか、アグネスタキオン!それとも、まだ息を整える時間が必要かな?」

 

「大先輩とて、あまり私を侮らないでくれたまえ、走るたびに死に体になるほど貧弱なつもりはないねぇ。そう見えてしまうのは、トレーナーくんの処置が過剰なまでに手厚いせいだねぇ、そろそろアイシングも構わないだろう、どいてくれたまえ。」

 

「いや、まだだ、筋肉表面の熱が引いても、身体の深部や骨格に蓄積している負荷を除ききれない。今の時期、いいかげんな処置で済ませちゃダメだ。」

 

 トレセン学園所属トレーナーの中でも特に小心者な鷹木、しかしタキオンの身体を気遣う際は決して自分の意を枉げるようなことはしない。

 

 タキオンも、彼からそんな扱いを受けることには既に慣れており、諦めたように肩をすくめるだけで済ませている。このやり取りを真横で見ていたオペラオーは、先ほど皆と共に走り抜いた瞬間に負けず劣らず満足げであった。

 

「おやおや、ボクに対するよりもよほど丁重じゃないか、鷹木!まるでブラウン坊やとグレイのように、タキオンとキミは寄り添うだけで共に満ち足りるかのようだ!」

 

「私はそう扱われるように望んだ覚えはないがねぇ!トレーナーくんのことを名前で呼ぶオペラオー先輩ほど、親しくもなっていないし……」

 

 担当同士の親密さを揶揄いながらも、自身はトレーナーと名前で呼び合っているオペラオー。

 

 その点をタキオンは突いたつもりであったが、その言については当の鷹木から即座に注釈を入れられてしまった。

 

「いや、オペラオーは殆ど初対面の時点で、俺を名前で呼んでいたな。オペラオーは最初っから変わり者なウマ娘だったせいで、いちいちこちらが違和感を抱く暇もなかったんだが。」

 

「ハーッハッハッハ!『トレーナー』と呼ぶだけでは誰のことを指しているのか、舞台の観客たちには伝わりにくいからね!」

 

 言い返す言葉が無くなったタキオンは再び肩をすくめながら口を噤んだが、オペラオーの用いた表現には引っかかるものがあった。

 

 『舞台の観客たち』とは、誰のことを指しているのだろうか。レースを見に来る観客、あるいは稀にメディアからインタビューを受ける際の視聴者のこと、というのが普通の解釈である。

 

 しかし、そもそもトレーナーのことを呼ぶ機会自体は、観客などいないトレーニング期間中の方が圧倒的に多い。

 

 であればこそ、普通は「トレーナー」という呼び方で事足りるのだ。

 

「オペラオー先輩、観客、というのは……誰のことだい?」

 

 普通は聞き流すような表現を捉えて、わざわざ尋ねたタキオンに対し、オペラオーは初めて少し驚いたような表情を示し、そして満足げに笑った。

 

 気にしなければそれきり意識にのぼることもない、会話のテンポを優先すればわざわざ聞きただすこともない事物について、逐一気にすることができるタキオン。彼女の、探求者たる所以を見出せたのが、オペラオーにとっては嬉しいようであった。

 

「観客とは、常にボクたちのことを見ている存在さ!観客も、誰もいなくたって、ウマ娘たちが輝く限り幕が下りることなどないのさ!」

 

「……というのは、つまり……」

 

 自分たちウマ娘の振る舞い、意思、選択のすべてが、この世界そのものに見られ、本来あるべきだった可能性世界との齟齬までも認識されているということか?

 

 タキオンは即座にそう問いたかったが、“可能性世界”という自前の仮説を元にした考え方をどうオペラオーに伝えたものか、と再び開きかけた口から言葉を詰まらせた。

 

 その沈黙が折悪しく、興奮気味のタップダンスシチーとノーリーズンに、オペラオーが話しかけられるタイミングと重なってしまった。

 

「What a great run、Opera-O先輩!もちろん現役中のアンタの走り、わたしがトレセンに入学する前に見てたけど、マジで走ったら今でもこんな強ぇんだな!」

 

「ぬう、しかし同じ先行策を用いてなお、間合いを詰められぬがワシの心残りよ!オペラオー先輩、再び相まみえる機会は訪れようか!」

 

「あぁ、間もなく、訪れるとも!キミたちがここに集まる前、シャカールくんへは予め伝えたが……ボクは現役復帰し、今年の有馬記念に出走するからね!」

 

 満面の笑みだったタップダンスシチーとノーリーズン、彼女らの表情が瞬間的に固まったのも無理はない。

 

 かの世紀末覇王が突然現役復帰する、などと聞かされれば当然の反応ではあるが、単に有馬記念での強敵が増えることだけを念頭に置いたわけではない。

 

 そもそも一旦完全に引退しレースから離れていたウマ娘が復帰してくることは、地方や条件戦クラスであれば前例はあるものの、中央の、しかもGⅠクラスでは殆どあり得ない。それに3年間ものブランクがあっては、たとえかつてGⅠを何勝もしたウマ娘とはいえ、復帰早々に有馬記念の出走枠を埋めることなど出来るのだろうか。

 

 さすがに、いつも淀みなく喋りまくるタップダンスシチーも、言葉に詰まらざるを得ない様子であった。

 

「Um…uh.let me get this straight……オペラオー先輩、が、有馬記念に?来年の、じゃなくて、今年の……かい?」

 

「その通りさ、それにボクだけじゃないとも、ドトウも一緒だ!先ほどの走りでボクたちは、現世代のウマ娘たちと拮抗しあう程の実力を証明できたからね、ドトウ!」

 

「は、はいぃ……で、ですけれど、まだ、有馬出走の件は、完全に決定がおりてはいないのではぁ……あ、あのぉ、シャカールさん?」

 

 オペラオーから声を掛けられたメイショウドトウは、おずおずとシャカールへ話題を振る。

 

 なぜ、この流れでシャカールに質問が行くのか、分かっているのはタキオンと片桐トレーナーだけであった。鷹木はといえば、他のウマ娘たちやヒシミラクルと並んでポカンとシャカールを見つめるばかりであった。

 

 先ほどの併走の後、早々とクールダウンを済ませていたエアシャカールは、ノートPCを用いて何者かとメッセージをやり取りしつつ、画面から目を挙げずに返答する。

 

「アー、ま、少なくとも理事長と、たづなさんは太鼓判を押してくれるみてェだな。あとはURAのお偉いさんからの許諾を待つだけだが……今の併走を見りゃァ、オペラオーもドトウも現役の時と同じ、実力十分だってのは明らかだ。」

 

「What's?理事長?たづなさん?あの二人、私らが走ってる所、こっそり覗いてたってのか?」

 

「併走の前にタキオンには伝えたが、最初っからこの場所でオペラオーとドトウと待ち合わせて、併走することは決まってたンだ。練習場に備え付けのカメラで理事長室から閲覧してもらってたンだよ。」

 

 言いながら、シャカールは個別練習場の壁面に備えられた監視カメラを指さす。既にカメラ脇のランプは消えており、外部からのアクセスが無いことを示していた。

 

 今朝、タキオンが連絡するよりも以前に、既にオペラオーがシャカールと一緒に練習場に居た時点で察せていても良かったのだが……並んでポカンとしていた鷹木とミラ子は少々遅れて共に大口を開け、ポンと掌を打っていた。

 

「なるほどですねぇ、つまりタキオン先輩の思い付きは、ホント偶然にオペラオー先輩の復帰テストとタイミングが被ったってことなんですね。」

 

「先月末、スペシャルウィークが学園を訪れていたが……あの時点で、学園側も有馬記念に向けて何らかの手を打つ方針が固まっていたんだろう。有馬記念までも、歓声が響き渡らず静まり返ったりしないように。」

 

 この世界そのものがウマ娘レースへの関心を薄れさせているならば、その状況を覆す手を学園理事長は希求していたことだろう。

 

 ともあれ要するに、この場はオペラオーとドトウの復帰テストの場でもあったということだ。そのことを前もって知らされていない現役ウマ娘たちが集まったからこそ、わざと勝たせるなどの小細工の余地もない、ほぼ本気での競い合いが実現できたということだ。

 

 察しの悪い担当トレーナーと後輩ウマ娘にジロッと横目を遣りつつ、タキオンは尚も表情が晴れぬ様子である。

 

 鷹木と違って洞察力の鋭い片桐トレーナーは、タキオンの意を酌むのも早かった。彼はにこやかに自分の担当ウマ娘たちへと近づき、声をかける。

 

「さて、我々はここらで退散しましょうか。鷹木トレーナーとオペラオーさん、その後輩ウマ娘さんたちも積もる話はあるでしょう。もちろん、我々もドトウさんとお話したいことが山ほどありますし。」

 

「あ、あのぉ、私なんかが、そんなに面白いお話、出来るかどうか分かりませんけどぉ……。」

 

「Come on,Don't be modest!勝つまで粘ってレースに出まくったアンタの生き様、いくらでも語りまくってくれよ!」

 

「かの覇王を打ち破った戦術、どうにかワシも学び取りたいものじゃ!」

 

 メイショウドトウとタップダンスシチー、ノーリーズンを連れて片桐トレーナーは練習場の扉を出ていく。

 

 残されたのはオペラオーとタキオンのふたりきり、ではなかったが……エアシャカールも、ヒシミラクルも、そして鷹木も、もとよいりタキオンがオペラオーに会いたがっていたという経緯を知っている面々である。

 

 幸い、タキオンは既にオペラオーに問うべき言葉をすぐに口にしたため、沈黙はさほど長く続きはしなかった。

 

 また発言に横槍が入るのを厭ったためか、その内容はさほどまとめられてはいなかったが。

 

「オペラオー先輩は、3年前のジャパンカップで、本来勝つはずだったのかい?」

 

「もちろん!それは全てのレースにおいて、全てのウマ娘が考え、願っていることだからね!ボクとて例外ではないさ!」

 

「いや、すまないがねぇ、そういう意味で尋ねたのではなく……可能性の中で、というか……」

 

「……分かっているとも、タキオンさん。もちろんボクは勝つために走ったが、覇王を打ち負かす勇者の出現は予感できていた。」

 

 自分の独自過ぎる仮説をいかに説明すべきかとタキオンが頭を悩ませる間もなく、オペラオーは彼女が求めていた答えを先回りして告げる。

 

 タキオンは顔を上げてオペラオーを見つめたが、そこにはさして驚きの色は無かった。一つの時代を築き上げたウマ娘、自分を倒しに来る勇者を待ち受ける覇王として君臨し続けたウマ娘には、将来や運命を見通す視野が備わっている……そんな仮説も立ち得たのだ。

 

 ただ、Parcaeのようなシミュレーションプログラムを用いたりネオユニヴァースと対話したりと、現実ではない世界を観測する手段を用いずして、未確定の展開を見通せるのは無論、普通ではない。

 

 タキオンは改めて口を開く。

 

「もしかして、オペラオー先輩は毎回、出走前にレースの展開を予見できていたのかい?」

 

「当然、そんなことはボクにも出来ない!ウマ娘として、見えるのは目の前のターフだけ、展開を知れるのはスターティングゲートが開いた後のことさ。……けれどね、覇王としては、勇者の訪れを肌で感じる瞬間はあるんだ。例えばシニア級以降しばらくの間においては、ドトウこそがボクを倒し得る存在だと感じさせられ続けていた!そうだったろう、鷹木!」

 

「えっ……いや、あの時のオペラオーは、口を開くたびに、自分が勝つってことしか言わなかったし……。」

 

 そこで首肯できればよかったのだが、あいにくながら明言されていない内容については察しが疎いのが鷹木である。それでも、曖昧に調子を合わせるようなことはせず、率直に本心を明かす鷹木の言動を今も好意的に感じているのか、オペラオーは満足げであった。

 

 さておき、オペラオーが“可能性世界の観測”に近しい予感を得ていたことが確認できた今、タキオンとしてはいよいよ真相に踏み込める好機である。

 

「改めて問いたいのだがねぇオペラオー先輩、3年前のジャパンカップで勇者として覇王を倒す予感があったウマ娘は、エアシャカール先輩かい?」

 

「シャカールくん自身が聞いている場で言うのも悪いが、違うさ。そも、シャカールくん自身、勇者としての役回りを嬉々として引き受ける性格ではないだろう?」

 

 返答しながらオペラオーは視線を横にやり、休憩エリアの隅でパソコンを弄っているシャカールに向かって頭を下げる。

 

 当のシャカールは、今なお理事長室とメッセージのやり取りを行っているのだろう、「気にしない」と言わんばかりに手を振り、視線は画面に集中させたままであった。

 

 そのやり取りは、かつて現役中に実力を認め合った仲めいて、言葉を用いずとも実にスムーズであったが……今の内容を聞いたタキオンとしては、ただ謎が増えただけである。

 

「では、誰なんだい、オペラオー先輩を打ち負かす存在の予感があり、しかしそれがエアシャカール先輩ではなかったとなれば、いったい誰が3年前のジャパンカップにて、可能性の中では勝つはずだったんだい?」

 

「3年前のあの時は、分からなかった。そう、『居なかった』からね。」

 

 スラスラと答えたオペラオーであったが、タキオンにはこれまた引っかかる点が複数見いだされた。

 

 まず、自分を打ち負かす予感を抱かせるウマ娘ならば、そもそも同じレースの出走ウマ娘から選び出されなければおかしい。出走していない何者か、に覇王を討伐する勇者としての役回りを見出すことは、通常あり得ないだろう。

 

 次に、『居なかった』という言い回しにも、複数の意味が考えられる。それは単に“出走していなかった”のか、あるいは“デビューしていなかった”のか、はたまた“まだトレセン学園に入学していなかった”のか……早々と思考を整理したいタキオンは、すかさず尋ねる。

 

「えっと、どういう意味だい、居なかった、というのは……?」

 

「文字通りの意味だとも、あの場における勇者は、3年前の時点では『居なかった』んだ。」

 

 文字通りにとれば“ウマ娘として存在していなかった”という意味になるが、それは穿った捉え方だろう。

 

 先ほどからほぼ発言していない鷹木とヒシミラクルは、このやり取りにまるでついて行けていない状態である。とはいえポカンとして無為に時間を過ごすわけにもいかず、鷹木はタキオンの脚のアイシングを終えて片付けた後、ミラ子の次なる練習時間に向けてのストレッチへ移っている。

 

 しかしタキオンにとっては、この謎かけを愉しんでいるかのごときオペラオーとの問答は、いよいよ好奇心を刺激するものであった。間を置かずタキオンは質問を重ねる。

 

「問い方を変えようかねぇ?今は『居る』ということかい?」

 

「あぁ。居るとも。その空席となった役回りにぴたりと当てはまるウマ娘を知ったのは、ボクの引退した翌年のことさ……ジャングルポケットくんだ。」

 

 その表現ならば、このやり取りを傍らで聞いている鷹木にも理解できた。

 

 確かに、ジャングルポケットは、アグネスタキオンと同世代であり、オペラオー引退後の翌年、トレセン学園に入学してきたウマ娘である。

 

 ……そんな入学以前の、戦績どころか能力を示してすらも居ないウマ娘が、前年度ジャパンカップにおいて世紀末覇王オペラオーを打ち倒す勇者としての役回りにぴったりだった、と感じるプロセスについては変わらず理解困難ではあった。

 

 が、タキオンは、これまで打ち立ててきた自分の仮説と、どこか重なる部分があるように感じたらしかった。首を小さく振りながら、思考に割く集中力を維持しつつも言葉を口にする。

 

「なるほどジャングルポケットくんならば、確かにそれだけの器たり得ただろうねぇ……ところで、オペラオー先輩。この私アグネスタキオンや、マンハッタンカフェが同じく、覇王を打倒する役回りとなる予感は抱かれなかったのかい?」

 

 少しの嫉妬も、タキオンの中には抱かれていたかもしれない。ライバル関係にあるジャングルポケットだけが、実現こそしていないもののオペラオーから“勇者”のひとりとして見出されているというのは。

 

 だがそれ以上に、オペラオー独自の予感が、これまた可能性世界を間接的に観測する手段であるとの確信が固まりつつあった。

 

 可能性世界においても、タキオンやカフェがポッケと同世代であれば……テイエムオペラオーや、覇王世代と競い合う構図が生まれ得たかもしれないのだ。

 

 とはいえ、オペラオーからの返答は、部分的にはタキオンの予測と合っていた。

 

「すまない、タキオンさんがボクと戦う予感は無かった。けれど、マンハッタンカフェさんはボクの覇道と交わっていた。」

 

「……そうだろうねぇ。可能性世界における私は、皐月賞を最後に引退したのだろうからねぇ、シニア級以上の先輩と走ることはなかったろうねぇ。しかし、カフェは……向こう側の世界では、どのレースで、オペラオー先輩と走ったのだろうねぇ?」

 

「そこまではボクにも分からないな、ジャパンカップ以前のレースは、いずれもボクを倒す勇者がそろい踏みしていたから。ひょっとすると、ボクはジャパンカップで引退せず、有馬記念にも出走していたのかもしれないね!ハッハッハ!」

 

 ここで、自分の記憶とかみ合うものを感じ、オペラオーの方に顔を向けたのはタキオンではなく、鷹木であった。

 

 3年前の有馬記念で、鷹木は確かにマンハッタンカフェと会っていたのだ。もちろん、カフェはタキオン同様、トレセン学園にまだ入学していない頃のことである。

 

「なぁ、オペラオー。覚えてるか、3年前の有馬記念。たしか、俺はアグネスデジタルと一緒に観戦して……オペラオーは入院中だったから、タブレット画面越しに現地を見ていたよな。」

 

「忘れなどしないとも!そう、あの時だったね、入学前のマンハッタンカフェさんが、何故か出走ウマ娘用の出入り口前に立っていたのは。」

 

「あぁ、あの時のマンハッタンカフェは、観戦するわけでもなく、ただ何者かがレース場に入っていくのを見届けるような振る舞いだけをして、そのまま帰っていったんだ。もしかして“お友だち”がレースへ向かう姿を見ていたんだろうか……」

 

 そこまで言いかけた鷹木であったが、突然タキオンに飛びつかれ、胸倉をつかまれて揺さぶられ始めたので言葉を続けることが出来なくなった。

 

 あまりに唐突過ぎる行動に、オペラオーもミラ子も止めに入ることが出来ていなかったが、タキオンとしては腹を立てたというよりも必死さが勝ったがゆえの行動であるらしかった。

 

「どっ、どうしてそんな重大すぎる事実を、私に喋ってくれなかったんだい、トレーナーくん!?というか、カフェもカフェだ、なぜ私たちが入学する前年の有馬記念で見たものを、私に報告してくれなかったんだい!?そうだと分かっていれば、私が立てた仮説のいくつかは、より多くの確証をもって補完できるじゃないか!」

 

「いやっ、そりゃ、俺も、あの時は、不思議な事をする子がいる、ぐらいの認識だったし……カフェだって、入学して初対面の相手に、いきなりそんな話題を振らないだろうし……ちょっと、離して、苦しっ……」

 

「ま、まぁまぁまぁ、タキオン先輩、今まさに伝わったんだからいいじゃないですか。」

 

「そうとも、常にテーブル上にあった鍵に、気づかせる役回りをボクが演じる、そのような筋書きだったと思えばいいんじゃないかい、ハーッハッハッハ!」

 

 ミラ子とオペラオーに宥められ、ついでに離れて様子を見ていたシャカールからも牽制の視線を飛ばされて、ようやく鷹木の襟首をつかむのをやめ、ベンチに座り直すタキオン。

 

 確かに、タキオンの脳内では、今しがた分かった事実を元に、様々な仮説が補強され、更に新たな視野が得られつつあるようだった。声こそ出さぬもののブツブツと呟くように唇が動き、瞼が細かく痙攣するように瞬きを繰り返している。おそらくは、この後マンハッタンカフェのもとへと隙を見て会いに行くだろう。

 

 暫し、そんなタキオンの様子をオペラオーは気遣うように見つめていたが、この場は一旦お開きとした方が良い、と判断したのだろう。

 

「さて、あまり長居しても皆の練習時間を削ってしまうね。ボクも今日の内にアヤベさんやトップロードさんに会いに行きたいし、また後で会おう!鷹木、今日の練習終わりに時間をとれるかい?」

 

「あぁ、俺は構わないが……タキオン、もうオペラオーと喋ることはないのか?せっかくの機会なんだが。」

 

「今は、無いねぇ。」

 

 思考に完全に集中してしまっている状態を示すように、タキオンは極端に無口になってしまっていた。

 

 申し訳なさげな顔を鷹木はオペラオーに向けるが、しかしオペラオー自身は朗らかに笑顔と声を返す。

 

「何を勿体無く感じる必要があるんだい?言っただろう、ボクは現役復帰する、と。明日からは、いつでもボクに会えるさ!有馬記念に向けて、たったの3週間で走りと体を仕上げていかなければならないんだ……また頼むよ、鷹木、ボクの担当トレーナーくん。」

 

「えっ、あっ……お、俺で、いい……のか?」

 

「もちろんだとも!他に誰が適任だというんだい!聡明な理髪師、必ずやまことの歓びを舞台にもたらすだろう!」

 

 オペラオーの笑顔と声を、数年ぶりに真正面から受け止めた鷹木。

 

 再び、世紀末覇王の担当トレーナーとなる……それは今になってもなお、自らの実力に対しては大きすぎる荷であった。だが、その大きさの程を理解できるほどには鷹木も経験を積んでいた。

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