想定もしていなかった喜ばしい決定があったことは事実だが、12月末まで鷹木は地獄のごときハードスケジュールを決定づけられたも同然であった。
アグネスタキオン、ヒシミラクル、そして急遽の復帰を発表したテイエムオペラオー。この3名が皆、有馬記念へと出走する。
本番レースで公正な競走が行えるように、同じトレーナーの指導下にあるウマ娘同士で作戦を教え合うわけにはいかない。ゆえに鷹木は、3名ぶん別々の練習場を確保し、その3か所間を幾度も往復して有馬記念までの調整を済ませねばならないのだ。
オペラオーの現役復帰が公表された翌日、まだ午前だというのに息を切らしている鷹木に対し、アグネスタキオンはスラスラと述べた。
「しわ寄せが来ることは、ある意味必然だねぇ。可能性世界においては、少なくとも私とオペラオー先輩は既に引退しているのだろうからねぇ。我々が可能性に抗わなければ、今ごろトレーナーくんはヒシミラクルくんの出走にだけ専念していればよかったのだろうからねぇ。」
「たらればの話を考えてる場合じゃないぞ、タキオン。お前だって余裕で勝てるとはいかない。今年の有馬記念は、史上稀に見るオールスター揃いになるんだ。」
テイエムオペラオーとメイショウドトウが参戦するのみではない、その同期、ずっと現役を続けてきたアドマイヤベガとナリタトップロードも有馬記念に出走する。
例年参戦しているエアシャカールに加え、今年はついにアグネスデジタルも出走リストに名を連ねた。アグネスタキオンの同期からはジャングルポケット、マンハッタンカフェ、さらにダンツフレームが出揃う。
そして今年度のクラシック路線からシンボリクリスエス、タニノギムレット、ノーリーズン、ヒシミラクル、ティアラ路線のファインモーション。そこにタップダンスシチー、ゼンノロブロイ、ネオユニヴァースも加わり、総勢18名フルゲートでの出走が決まっている。
「皐月賞ウマ娘が5名、ダービーウマ娘が4名、菊花賞ウマ娘が5名……シャカールくんは二冠、ユニヴァースくんは三冠だからカウントは被っているが、確かにこれまでになく豪華な出走メンバーだねぇ。フライト姉さんも来ていれば、5世代ぶんのクラシック冠が勢揃いしたということになるかねぇ。いやネオユニヴァースくんは特異点、ザッツザプレンティくんが菊花賞を勝っていた可能性もあるかねぇ。」
「とにかく、今後二度とないほどの大舞台なんだ。完全に本領発揮できるように、僅かな時間も無駄にするんじゃない。」
「分かっているとも、私自身、楽しみで仕方ないのだから。むろん猛者たちとの競い合いもあるが……既に定めを外れた可能性が、どのように収束するのか、この目で確かめたいものだからねぇ。」
しかし鷹木が今後のトレーニングメニューのメモを置き、次に見るべきオペラオーのいる練習場へと立ち去った後、タキオンもそっと自分の練習場所を離れた。
意味もなく練習をサボる意図などない。
有馬記念の日程がいよいよ目前に迫る前に、タキオンにはどうしても確かめておきたいことがあったのだ。
「カフェ、あとはユニヴァースくん。彼女らとの対談で見出せる状況次第では、私は可能性世界側に与せねばならないかもしれないねぇ……。」
最後の最後まで、誰に伝えるつもりもない仮説を胸に秘めたまま、タキオンは密かな決意を固める備えを進めていた。
一方、オペラオーの練習場所に着いた鷹木。
ずっと自主的な身体能力維持を心がけてきただけあって、引退してからの3年間のブランクは彼女の走りを全く鈍らせていない。
素人目からは、むしろ本来の強さに経験のぶん磨かれた技術が合わさり、いよいよもって他者から敢えて指導されねばならないことなど無いように見えただろう。
とはいえ、ウマ娘レースにおける3年間は、ひとつのノウハウが構築されるに十分すぎる長さである。現役から離れてもレース映像を見て研究することは出来るが、実際に出走しなければ捉えられぬ感覚は少なくない。
「オペラオー、今の世代には、以前以上に鋭い末脚を持っているウマ娘が多い。ジャングルポケットやマンハッタンカフェだけじゃない、今年活躍した面々ならシンボリクリスエスもそうだ。先頭に並び続けて競り合う形には持ち込みづらいだろう、こちらも十分な速度の伸びを示せるペース配分でも確認しておこう。」
「あぁ、確かに昨年有馬でのマンハッタンカフェさんの勝ち方は、そうだったね!まったくレースという舞台は年々、新たな装いを見せてくれる!その場に再び戻れるのが、実に嬉しいよ!」
たった今撮影したオペラオーの走りをPC画面に映し出して見つめながら鷹木が助言を告げ、それをオペラオーは朗らかに受け止める。
言葉通りの意味で彼女は喜んでいただろうし、また鷹木が担当トレーナーとして傍らに居るという、この久々の状況も嬉しいようであった。
「相変わらず、細やかな解説を踏まえたうえでの指導を行っているんだね、鷹木!長話が苦手なウマ娘には聞き流されかねないけれど、タキオンさんもヒシミラクルさんもキミの言葉をしっかり聞いてくれているのかい?」
「まぁ、一応は、な。タキオン自身、長々と喋ることには慣れているし、ヒシミラクルは単にノンビリした部分があるから……結局、一番俺の話を聞き流してたのは、以前のオペラオー、お前自身だったかもしれない。」
「ハーッハッハッハ!何を言うんだ、ちゃんと聞き入れていたさ!キミという水先案内人を得たからこそ、ボクは再び現役へと戻り、この夢のような有馬記念を目前にできているんじゃないか!」
その点に関しては、鷹木は若干自信を失っていたところであった。
確かに、担当トレーナーがトレーニング指導や出走スケジュールの調整を行うことで、ウマ娘が単独では選択しなかっただろう道へと進む……という考え方は以前タキオンも語っていた。
それこそが、可能性世界からの既定を振り切って、ウマ娘自身の意志が優先され、ひいてはレース史における特異点と化す引き金にもなり得る。
だが、先日タキオンがシャカールの元で確認したところによれば、Parcaeが4年前や3年前に実行していたシミュレーション内容は、テイエムオペラオーの実際の戦績とほぼ同じだったのだ。
つまり、鷹木が担当トレーナーとなっておらずとも、オペラオーは変わらずグランドスラムおよび年間無敗を達成していた可能性が高かったということになる。
「……その話をすると、俺がトレーナーとしてオペラオーに影響したことと言えば、3年前のジャパンカップで引退させてしまい、心残りを作ってしまったことが最たるものになってしまうな。」
「ボクは心残りだとは考えていなかったとも、鷹木。まだ走るべき舞台や、ボクを討ちに来る勇者が残されていることは確かに感じていたが、覇道の物語が未だ終わりではないことは嬉しかったし、グランドフィナーレを心待ちにする思いの方が遥かに大きかった!」
急に話の向かう先を湿らせる鷹木の発言に対しても、言葉を詰まらせることなくスラスラと返すオペラオー。
それはオペラオーが本心から感じていることをそのまま鷹木へ伝えたようでもあったし、あるいは鷹木が気に病んでいるであろう内容を既に把握していたオペラオーが、まるで脚本にセリフを書きつけるがごとく用意していたようでもあった。
返す言葉を見出せないまま黙ってしまったのは鷹木の方であった。その沈黙が、否定の表明であると誤って伝わりはしないことは明白であった。
黙しつつも、鷹木はオペラオーのもとにも残しておくトレーニングメニューのメモを作成し、休憩エリアのベンチの上に置いた。
「じゃあ、予定にあったスケジュールに加えて、末脚勝負の展開になる想定も意識して、休憩後は練習を続けてくれ。俺はそろそろヒシミラクルの練習場の方に行かなければ。」
「あぁ、念入りに見てあげてくれたまえ!彼女のメンタルはボクに匹敵するほど安定しているが、同時に随分なノンビリ屋のようでもあるからね。」
「今日はミラ子の所に合同練習のウマ娘たちと集団指導コーチを呼んでいるから、まさか同級生や後輩たちを前にして堂々とサボることはしないと思うが……。」
オペラオーに見送られながら、鷹木はそそくさと練習場を後にした。3名分のウマ娘の練習場を確保し、あちらこちらと往復するのは、慣れていない鷹木にとっては想定以上に大変なシャトルランであった。
鷹木が慣れぬ状況にあくせくしていることは、既にタキオンには分かり切っていたのだろう。
先ほど、誰にも見られていないのを良いことに自分の練習場を抜け出したタキオンは、今マンハッタンカフェの練習場を訪れてノンビリと語り合っていた。
「あの……私はちょうど休憩時間ですが……タキオンさんは、鷹木トレーナーに無断で……練習場を抜け出してきているのでは……。」
「構うことは無いさ、彼は今ごろヒシミラクルくんの所に行っているだろうし、私の練習場所に戻ってくるまでしばらく掛かるだろう。そんなことより、こうしてじっくり腰を据えて話し合うのは、夏以来じゃないかいカフェ、えぇ?」
確かに、このふたりが顔を合わせるのは、夏合宿においてカフェの海外遠征を思いとどまらせる説得をしたとき以来である。
夏季期間が終わった後は、天皇賞秋、そしてジャパンカップという大舞台が立て続けであった。両方に出走したカフェについては言わずもがなであるし、ジャパンカップは回避したタキオンも、後輩であるヒシミラクルの菊花賞出走が一番気がかりな期間が続いていた。
予告なしにタキオンが練習場へと顔を覗かせた時、カフェは意外そうな表情の奥にすこし嬉しそうな色を示しはしていたのだが、返答はすげないものであった。
「まぁ、そう……ですね。おかげさまで、しばらくは……結城トレーナー指導下の先輩方とともに研鑽しあう、有意義な日々を送れました。」
「私と共に過ごす時間は有意義ではない、と言いたいのかいカフェ!まぁ、私が持ち込む話題の大半が、確証の無い憶測、私が勝手に立てた仮説上の話ばかりであることは認めよう。ついでに、今日もひさびさに、私の仮説に付き合ってもらえないかねぇ?」
カフェは眉根を顰めつつ目を細め、嫌そうな表情を浮かべはしたが、本気ではなくパフォーマンスでの顔つきであることはタキオンに十分伝わっていた。
時にはデタラメに聞こえるタキオンの話が、時々は現実の核心をついていることはこれまでもあったことだし、この有馬記念が近づく時期にこそ聞いておくべき重大なことを見出したのだろうとカフェにも察せていた。
とはいえ、その切り出し方には流石に戸惑わざるを得なかったが。
「私は今から3年前の話をしたいのだが、記憶力に自信はあるかねぇ?」
「3年前、ですか……さすがに、覚えている自信はありません。」
「いや、そう身構えずとも良いねぇ、それなりに印象に残っているだろうことだ。3年前の12月、すなわち我々の世代がトレセン学園に入学する前年の有馬記念でのことだ。カフェ、キミは現地である中山レース場に向かったのだねぇ?」
タキオンからそう問われ、カフェの表情に浮かんでいた困惑の色は消えた。
たしかにそれは彼女にとっても、印象的な出来事であった。トレセン学園に入学すること自体はその時点で決まっていたものの、自分とウマ娘レース史との繋がりが始まった瞬間でもあったためだ。
「その話……タキオンさんに教えたのは、鷹木トレーナー、ですか……?」
「トレーナーくんも、その場に居合わせたとのことだが、彼は気か利かず今の今まで教えてくれなくてね!つい昨日、学園に復帰したオペラオー先輩が語った話を通じて、ようやく思い出したような有様だねぇ!」
「なるほど……それで、今になって……はい、3年前の有馬記念、私は現地に行きました。とは言っても、観戦したわけではありません……。」
「それも昨日、話に聞いたねぇ。カフェはレース場内には入らず、そのまま帰宅したとのことじゃないか。傍から見れば奇妙な振る舞いだが、もしかするとカフェ、キミは“お友だち”の姿を見たのではないかと私は推測しているねぇ。」
カフェは視線を上げてタキオンの方を見、そして頷いた。
マンハッタンカフェの見る“お友だち”の存在は、直接的に他のウマ娘と共有できるものではない。その存在を感じ、視認できるのはマンハッタンカフェだけである。
が、タキオンは実在を直接確認できずとも、推測力によってカフェが見ただろうものをイメージに浮かべることは出来ていた。
「……はい。私と同じ姿をしたお友だちが、中山レース場の出走ウマ娘用入り口へと……向かっていくのを、私は見送っていました。あの当時は、まだ……何も考えず、お友だちの後について行っただけ、ですが……。」
「その時の様子、詳しく教えてもらえるかねぇ?カフェと同じ姿というのは、その当時のキミ自身かい、それとも少し成長した姿かい?勝負服は着ていたかねぇ、着ていたとしたらどのようなデザインだったかねぇ?」
「流石に、もとより明瞭に見えるわけでもないお友だちの姿は……しかも、3年前の記憶となれば、おぼろげです……。」
食いついて矢継ぎ早に質問を投げかけたタキオンは、カフェの返答を前にして残念そうに口を噤む。
もしも当時のカフェが、3年後の自分の姿を見ていたとしたら。あるいは、3年前の時点ではデザインどころか存在すらなかった勝負服を、既に“お友だち”が着用していたとしたら。
カフェの“お友だち”は、可能性世界から干渉を受けた後の展開を知っていることになり、今年の有馬記念で何が起きるのかをも見知っているかもしれない。
タキオンは、ふと思いついてカフェに尋ねる。
「ところで、カフェ。いま現在“お友だち”はどこにいるんだい?近くに居るかい?」
「いえ……あの子も、気まぐれですので……最近は特に、ふらりと姿を消して、どこか遠くへ行ってしまうことが多いです……。」
「ふぅン、まぁ、彼女も、カフェがフランス遠征に行かない道を選んだことで、しばし安堵して羽を伸ばしているのかもしれないねぇ。」
「……あっ。」
カフェがそう言ったと同時に、タキオンの背後でギィッと軋む音が鳴る。
振り返れば、半開きだった練習場の扉が静かにひとりでに開いていく所だった。タキオンが推測を語るまでもなく、カフェが告げる。
「今、帰ってきました。……はい、タキオンさん、来られてるんです。有馬に向けて、練習に打ち込むべき時期に、入り浸って……困った方ですよね。」
「お、おぉ、“お友だち”が帰ってきた、のだねぇ?どうも、お邪魔しているよ。」
「そっちじゃないです、私のすぐ隣にいます。」
見えもしないのに見当違いの空中に向かって挨拶しているタキオンに対し、カフェが少し可笑しそうに告げる。おおかた“お友だち”も似たような表情を浮かべているのだろう。
いざ目の前にいると言われれば、流石のタキオンも背筋に寒いものが走らぬでもなかったが、しかし彼女にとっては大きな謎を解消する機会ではあった。
「では、カフェ……それから“お友だち”にも聞こえているなら、あらためて尋ねたいのだが……3年前の有馬記念、マンハッタンカフェという存在はどのように関係したんだい?」
「現実の私自身について言うのなら……開催直前の中山へ向かい、そのまま帰宅した、だけですが……タキオンさんが、求めている答えは、そういうこと、ではありませんよね……。」
マンハッタンカフェは、傍らに居るのであろう“お友だち”の方へと小首を傾げ、耳も同じ方に向けている。
しばし、姿見えぬ存在からの言葉に耳を傾けていたマンハッタンカフェであったが、時おり驚いたように目を見開き、空中を見つめるような表情をも浮かべた。
自分だけ聞こえぬ話が進行している様に、焦れたタキオンは遂に口を挟む。
「カフェー、いつまで話が続いているんだい?“お友だち”とのおしゃべりに夢中になるのは構わないが、目の前に私が居ることを忘れてはいないだろうねぇ?」
「すみません……今、聞いていた話は……簡単に言うと、3年前の有馬記念での展開は、既に昨年の有馬記念にて示された……とのことです。」
「……えぇ?」
昨年の有馬記念は、すなわちマンハッタンカフェが勝利したレースである。
アグネスタキオンも最終直線で先頭に立ち続けていたが、マンハッタンカフェが後方から一気に差し切って勝利するという展開。大外を回って駆けあがり、なおも切れ味鋭い末脚で猛然と急襲する、カフェならではの作戦であった。
それが、3年前の有馬記念の展開を示したものだ、というのは……どういう意味であろうか。
「3年前の有馬記念、“お友だち”はアドマイヤベガさんに惹かれた……とのことです。興味が抑えられず、ターフに向かい……そのまま、自分の姿が見えないのを良いことに、アドマイヤベガさんと共に駆けた……と。」
「なるほど……まぁ、妨害したわけではないのなら、悪霊の誹りは免れるだろうがねぇ……。」
言いながら、タキオンの記憶は、3年前の有馬記念に残されていた違和感を掘り起こしていた。
タキオンもまた3年前の12月はトレセン学園入学前、自宅でネット配信されている有馬記念の映像を見ていたのだが、あの時はアドマイヤベガの走りがこれまでにない類のものとなっていたのが印象的であった。
以前までは、3コーナー入り口あたりから大外をじわじわと上がっていく走りを披露していたアドマイヤベガ。それが、3年前の有馬記念に限っては、最終コーナーの出口から急加速して先頭を脅かす走りを示したのだ。
結局、ゴール目前のメイショウドトウが粘り勝ちし、ドトウのGⅠ二勝目となったのだが、あの時のアドマイヤベガの走りはまさに何者かにとり憑かれたような様相であった。
「そういう、ことかねぇ……そうだねぇ、確かに、2年前の天皇賞春でカフェが見た“お友だち”の姿も、今年の天皇賞春でカフェ自身の走りで示されたワケだからねぇ。3年前の有馬記念において“お友だち”の示した走りを、去年の有馬記念でカフェが実践する……2年の間隔がある点は、共通しているねぇ。」
「そういえば……2年前の天皇賞も、アドマイヤベガさん、でしたね……私そっくりの姿にとり憑かれて、おいでだったのは……。」
既に3年前の有馬記念で起きるはずだった可能性は、昨年の有馬記念にて収束しているということだ。
……ならば、今年の有馬記念、今月末に行われるウマ娘レースの集大成においては、何の可能性も定められていないということであろうか。マンハッタンカフェが2年連続で有馬記念に出走するという可能性は、本来存在しないのだろうか。
タキオンが蒼ざめつつある理由を、マンハッタンカフェは理解できなかったが、少しは彼女の助けとなればと言葉を添えた。
「……ともあれ、私が、今年の有馬記念にも出ることは……すでに決まったことです。それに……お友だちは、とても乗り気なんです、今年の有馬。」
「乗り気、というのは、何に対してだい?」
「テイエムオペラオーさんと、競えること、です。3年前は、オペラオーさんが既に引退しておられましたし、それ以降、私も、お友だちも、オペラオーさんと競える機会は無い、と思っていたのですが……」
顔を上げたタキオンの視野の真ん中を、マンハッタンカフェの真っすぐな視線が射止めた。
いつもタキオンの前では困惑の表情を浮かべたり目を伏せたりしているカフェが、見開いた眼を真っすぐにタキオンへと向けることは、ごく珍しかった。
「テイエムオペラオーさんとは、いずれ、どこかで、競走しなければいけないと、ずっと感じさせられていたので……その機会を得て、私と、お友だちは、これまでになく、嬉しいんです。」
カフェの隣では、何者かが歯をむき出しにした笑顔で、力強く頷いているような気配があった。