探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 明瞭な異変に見舞われながらも、発走の日が迫りくる有馬記念。自身も出走ウマ娘として最終調整に余念のない日々を送りながら、最後の最後まで不穏な予感を払拭しきれないままの状態が続いているタキオン。望まぬ運命を拒んで進み続けたウマ娘たち、その軌跡が本来の可能性から離れ過ぎた今……少なくとも引き受けられる限りの範疇においては、本来通りの可能性を歩む存在も必要ではないだろうか。一つの決心を、しかしただ己の内のみに抱え続けることは避けようと考えたタキオンは、ネオユニヴァースのもとを訪れる。


代償あれども、共にXACFを乗り越えて

 本番出走が近い時期に競走相手たるウマ娘と会いに行くのは、本来は担当トレーナーづてにアポを取ることが最も確実な手段であるはずだが、ネオユニヴァースに対してだけは違っていた。

 

 そもそも、ネオユニヴァースの担当トレーナーと実際に遭えたことがない。

 

 以前、併走練習を行う際に鷹木が事前連絡を入れようとしても、直接通話が繋がることすらなく、送信したメッセージに遅れて返事が来るのみであった。決して勿体ぶっているワケではなく、併走練習の提案自体には快諾が示された……肝心のトレーナー本人は所用ゆえに立ち会うことが出来ない、との注釈付きであったが。

 

 この現実世界に実在するか否かすら怪しまれるほどに、ネオユニヴァースの担当トレーナーは姿なき存在のままであった。

 

 今日も練習コース上にて走りの確認を繰り返しながら、タキオンは脳内で算段を整えていた。

 

(トレーナーくんの手を借りず、彼女に会うためには……ユニヴァースくん自身を追う手段は最適ではあるまいねぇ。)

 

 練習中のタキオンが、担当トレーナーには明かせぬ、秘めた思惑を巡らせていれば、普段の鷹木なら気づけただろう。この3年間でタキオンの表情を読み取ることには慣れている。

 

 が、現在の状況は普段とは大幅に異なる。

 

 鷹木が担当している3名のウマ娘、アグネスタキオン、ヒシミラクル、そして復帰してきたテイエムオペラオー。この全員が同じく有馬記念に出走するため、それぞれ別々の練習場で調整を行う必要があるのだ。

 

 もちろん鷹木独りで回せる指導現場ではないため、トレセン学園所属スタッフやコーチたちとの連携も欠かせない。担当トレーナーとしての業務は、間違いなく彼が経験したことのない多忙の極みにあった。

 

「いったん昼休憩を挟むぞ、タキオン。速度の伸びは充分な余地があるから、最終コーナーではもう少し長く脚を溜めていい。最高速に近い走りでコーナーを回るのは、脚への負担が格段に跳ね上がるからな。」

 

「そうだねぇ、気を付けるとも。」

 

「休憩後はトレーニングスケジュール通りに練習再開だ、水分と栄養補給も予定通りに。俺はオペラオーの練習場に行っているから、少しでも想定外のことがあれば連絡を寄越してくれ。」

 

「あぁ。」

 

 ほとんど生返事に近い言葉だけをタキオンは口にして、この場を去っていく鷹木の背を見送る。

 

 時刻は正午を過ぎる頃。タキオンが密かに温めていた計画を実行するには丁度良い……そもそもが、トレーニングのスケジュールを予め分かっているのだから、時刻が合うのも必然である。

 

 足音が十分に遠ざかったのを、ウマ娘特有の聴覚で確認した後、タキオンもまた自分の練習場を離れていった。

 

 鷹木の用意していたサンドイッチを齧り、水分補給ドリンクで飲み込みながら、校舎の方へと向かうタキオン。消化の良いパン生地や具材を選んで作られたサンドイッチは、歩きながらでも咀嚼してのみこみやすい。

 

「目を離すたびに私がほっつき歩くことを想定していれば、このような食べ歩きに最適な昼食を準備しておくことも無かったろうねぇ、トレーナーくん……信頼を裏切って済まないねぇ。まぁ、長話にならなければ、キミを心配させる前に練習場には戻れるだろう……。」

 

 鷹木に聞こえるはずもない謝罪を、サンドイッチを押し込んだ口の中でモゴモゴと続けているタキオン。

 

 移動がてらの昼食も済ませ、口元をぬぐいながらタキオンが顔を出したのは、校舎に囲まれた中庭であった。さすがに12月ともなれば咲く花は限られるが、静かな庭園めいた雰囲気は保たれている。

 

 ネオユニヴァースと連絡を取り合うことなしに、確実に遭遇する方法。それは、ネオユニヴァースが決して欠かすことのない、彼女の“ずっ友”ことゼンノロブロイとのランチタイムを狙うことである。

 

 以前もタキオンは同様の手段でユニヴァースに会いに行ったことがある。邪魔の入ることが頻繁であれば、さすがにロブロイも場所を変えたであろうが、その点はタキオンも弁えている。

 

 ネオユニヴァースとゼンノロブロイは、今日も中庭にて和やかな歓談と昼食を済ませたところであった。

 

「じゃあ、ユニヴァースちゃん。明日から有馬記念の当日までは、しばらく会うのを控えないと……お互い、頑張ろう。」

 

「アファーマティブ。『わたし』は“ZEER”にも“GRSS”を祈るよ。」

 

 ちょうどこの場を去る所だったゼンノロブロイは、ネオユニヴァースとの言葉を交わしたのち、名残惜しさを振り切るように歩調を速めて遠ざかっていった。親友と次に会う時は競走相手、その線引きは英雄の名を冠するウマ娘らしく明確であった。

 

 ネオユニヴァースは、しばらく座ったまま、ロブロイが去っていった後の空間を静かに見つめていたが……頭頂部の毛束をちょっと揺らして顔の向きを小さく変え、ボソッと口を開いた。

 

「……“IKNW”。『隠れる』ことは“AXP”には『難しい』よ。」

 

「おや、私はただ話しかけるべきタイミングを待っていただけなのだがねぇ。しかしそんなにも、このタキオンは存在感を放っていたのかい?」

 

 実のところアグネスタキオンは物陰に潜み、ネオユニヴァースに存在を悟られるか否か試していたのだが、その試行はあっけなく数秒で終わることとなった。

 

 仮にネオユニヴァースがタキオンの存在に気づかず立ち去ってしまうとしたら、せっかくの機会を失うことになるのだが、そうはならないだろうとの予測あっての試行ゆえ、ある意味タキオンの期待通りではあったのだが。

 

「いやはや、せっかくのロブロイくんとの歓談に水を差すわけにもいかないと思ってだねぇ。ところで、少し話せるだろうかねぇ、時間がないなら無理に引き留めはしないが。」

 

「“NPB”、ネオユニヴァースは“ORSP”だよ。」

 

 相変わらずネオユニヴァースの用いる語彙は、普通に聞き取るだけでは意を酌むことの難しいものであったが、タキオンには理解できる。今の返答が、肯定を意味することは容易に伝わった。

 

 ユニヴァース自身も、既にトレセン学園での生活は4年目、他者とのコミュニケーションにも慣れてきたのだろう。発する言葉は変わらずとも、仕草や語気に意図を乗せて伝えることは出来るようになっていた。

 

 タキオンは、先ほどまでロブロイが腰掛けていた場所、すなわちネオユニヴァースの隣に座った。12月の寒気の中、ベンチの表面は既に冷えていた。

 

「さて、ユニヴァースくん。9月の初頭、私と話した内容は覚えているかい?あの時も有意義な対談だった、『皆で全力のレースを行えば、おのずと未来は繋がる』という結論にも至ったことだからねぇ。」

 

「“PONR”を越えた『わたしたち』は、“MOOM”で『時を繋ぐ』が出来るよ。」

 

「むろん、私もそうなるだろうと予測はしているさ。だが……私は先日、トレーナーくんと共にちょっと外出したとき、外の街の様子を見てきたんだ。いつもウマ娘がよく行く商店街じゃない、その更に外だねぇ。率直に言えば、現実性が薄れた光景が広がっていた。明確な異変だとは断言できないがねぇ。」

 

 蹄鉄職人のもとへ向かった鷹木の後について行った日に見た光景を、タキオンは語りはじめる。

 

 朝の通勤通学ラッシュが始まっていてもおかしくない時刻だというのに、街中に通行人の姿がほぼ見られなかったこと。都内でも特に住民数の多い都市であるはずの府中にもかかわらず、閑散とした光景になっていたこと。一方で、ウマ娘やトレーナーが足繁く通う商店街だけは、妙に人通りが多かったこと……。

 

 タキオンが語っている間、ネオユニヴァースはじっと視線をタキオンの顔から逸らさずにいた。

 

「要するにネオユニヴァースくん、今なお現実世界の異常は続き、現実性は歪んでいるということだ。確かにウマ娘レースに関する事項であれば、我々GⅠウマ娘の働きが干渉するところにはなるだろう。だが、ウマ娘レースを支える土台たるこの世間、社会、世界に対しては、ウマ娘による影響力は少なくないとはいえ、あくまで間接的なものになってしまう。」

 

「“MYS”……『ぼく』にも、『予測する』は難しかったよ。“GATE”を越えた『先がある』ことしか『観測する』が出来ない。」

 

「いかに懸命にレースをしても、レース場の外においては、可能性世界から離れていく影響を消し去れないということだねぇ。レース以外のことと言えば、私のトレーナーくんを実験台にした薬品の効果でも非現実性は観測された。商店街の駄菓子屋で購入した、粉末ジュースや駄菓子を混ぜ合わせて作っただけの液体を彼に飲ませると、トレーナーくんの身体は発光するんだ。再現性のある、確たる現象だねぇ。」

 

「それは……“WORR”だ。」

 

 タキオンから語られる内容を耳に入れるほどに、ネオユニヴァースは表情こそ変わらぬものの、目の色をじわじわと変えていった。晴れた昼の青空のような軽さから、星が瞬かぬ昏い藍空の重さへ。

 

 ネオユニヴァースが相手であれば、タキオンは自分の言葉が理解されているか否か心配する必要もなかった。鷹木トレーナーや、ヒシミラクルを相手に喋っているときとは全く違う感覚である。

 

 まるで、今まで自分の中だけに抱え込んでいた不安を一掃するかのように、タキオンは一息に語り続けた。

 

「むろん、レース場に集まった観客たちに、本気のウマ娘レースを見せつけ、感動を記憶に刻み付ければ、可能性世界では実現し得なかったはずのレース展開であっても、現実として歓声が沸き起こるだろうことはほぼ確実だねぇ。私も先月の末、期せずしてサイレンススズカ先輩と会い、さらには共に走る貴重な機会を得たのだが、突発的な併走にもかかわらず大勢の見物人が集まり、大いに盛り上がったからねぇ。」

 

「“VOXT”……『わたし』も見たかった……。」

 

「すまないねぇ、本来は静かに会談するだけの予定だったもので。それはさておき、ウマ娘の走りが観客の感動を現実世界に引き起こす力は確実だが、しかしだねぇ……その期待は、既に異変が発生する前提の上にあるということも、忘れてはならないねぇ。そう、本来は、意識にすら上らないはずの事項なんだ、大舞台レースなのに歓声が沸かない、世界から現実として認められない、そんな可能性への恐れは。」

 

「……。」

 

 無言のみを返されるタキオン。ネオユニヴァースは、ただ目を伏せて口を閉じ、考え込んでいる様子であった。

 

 あるいは、彼女はどこか別の場所と“交信”しているのかもしれなかった……いつも頭の上にぴょこんと突き出ている金色の髪の毛の束は、まるでアンテナのようにぴんと立っていた。

 

「仮説にすぎないとはいえ、私は殆ど確信しているんだ。この現実世界が、可能性世界から完全に分かたれることは出来ない。参照元となる世界からの干渉が皆無となれば、すなわち我々の観測し得ない領域での異変は発生し放題になるねぇ……火星大接近の件、覚えているだろう?私が入学した年の夏、合宿に火星大接近を観測しに行く私に対して、ユニヴァースくんは違和感を伝えてくれたね。」

 

「あれは“REVS”だった。“MARS”が『大接近する』のは、“0と3”の年、だから。」

 

「キミの言うとおりだったねぇ、火星大接近が毎年夏に発生するはずもない、だというのに入学1年目の私は無邪気に観測を楽しみにしていた。異常に気付いたのは、ようやく翌年のことだったねぇ……惑星の運行について多少なりと知識を有していれば気づけることではあるが、しかしレース出走や練習に打ち込んでいるウマ娘やトレーナーには、レースと無関係の領域で異変が進行していても、気づくすべなどないのだろう。」

 

「“TERY”の外は……どれだけ『見回す』をしても、“LMT”があるよ。」

 

「現実にあり得ない現象がいずれ世界の全てを占めたとしても、気づかぬままに存在を続ける者たちにとっては平穏な日々に変わりはないのだろうねぇ。だが、時間や空間の存在を支える物理法則までもが狂った世界では、いかに公正なレースを行いたくとも、行えなくなってしまうだろうねぇ……それだけは、防がねばならない。」

 

 言葉を締めくくる時、タキオンの声色が急激に重みを増したのを感じ取り、ネオユニヴァースは視線をあげてタキオンの顔を直視した。

 

 「防がねばならない」と彼女は言ったが、世界全体に干渉する手段など易々と得られるはずもない。だというのに、タキオンは既に一つの決心を固めたかのように、自らの為すべきことを見出しているようであった。

 

 きっと、トレーナーにも伝えられない決心。それをタキオンは、ネオユニヴァースにだけは、伝えに来たのだ。

 

「可能性世界での展開を、完全に拒絶することは出来ないんだ。既に、時間も、運命も、あまりに歪み過ぎた。これまでの異変は、正すべき誤りじゃない、警告だった……“これ以上摂理を歪めれば、世界が崩壊する”と。むろん有馬記念には、特異点として望まぬ敗北や負傷を回避したウマ娘たちは勝利のために出走するが、可能性世界の展開通りに走るウマ娘も、それ以上に……いや、せめて同数必要なのだろう。」

 

「“IRST”な考え、けれどもタキオンは“STDA”だよ……ただ、“TACS”を『伝える』して。」

 

「私は……可能性世界に従う側に、身を置かねばならない。本来、私は皐月賞ののち、屈腱炎のために引退しているはずだった……これまで繰り返してきた可能性世界への観測および調査で、ほぼ確実なことだ。有馬記念への出走はもう決まったことだが……私は、本気で走る。トレーナーくんからは止められているが……今度こそ、脚の状態など顧みず、全身全霊で。」

 

 ネオユニヴァースは口を開いて返答しかけたが、タキオンの目にいつになく強く宿る意志の光を前にして、口を閉じた。

 

 タキオン、あなたがそんなことをする必要はない。

 

 そう言いたかったのだが、可能性世界の既定を拒み続けた結果、現実世界の法則が歪み始めているのは確かである。本来はあり得なかったはずの可能性、それらが仮にウマ娘やトレーナーから望まれる展開であったとしても、時間の流れや、この世界の運命を歪める選択には違いない。

 

 ネオユニヴァースは理解しているからこそ、何も言い返さず、ただタキオンの言葉を聞いていた。

 

「全員が可能性世界の展開通りに走ることが理想ではあるが、今さらになって戻すわけにはいかない存在の方が多いだろう。カフェは凱旋門賞への遠征を諦めたからこそ今も健在で現役だし、ギムレットくんの復帰は多くのファンから望まれたことだ。オペラオー先輩に対しては、ジャングルポケットくんがいずれ勝たねばならない相手だと感じていたというし……そう、それにダンツくんも、可能性世界から外れるのが正解だと思われるねぇ。」

 

「ダンツフレームも、“PATH”を切り替えた……“XACF”は、『望ましい』ものではなかった?」

 

「彼女は、結城トレーナーの判断で天皇賞秋とマイルチャンピオンシップ、大舞台をふたつも出走回避したんだ。非常に大胆な判断だが、大ベテランのトレーナーゆえに下せたものだろうねぇ。いわく、呼吸器系に不安があったとのことだ……可能性世界においては、無理に出走を続けた結果、ダンツくんは肺に何らかの疾病を発症してしまったのかもしれないねぇ。可能性世界の展開を受け入れるべきではないウマ娘、ということだ。」

 

「“PABL”……“PONR”、だね。」

 

「異国の地で憔悴しきってしまったり、呼吸器系に疾患を抱えてしまうことと比べれば、私の屈腱炎などは何度も再発しているものだ。安いものじゃないか、そもそも昨年の皐月賞で引退しているはずの身で、二度も有馬に出走できたのだからねぇ、十分に満足し、誇れる軌跡をもって退場できるわけだからねぇ。特異点を未来へ通すための代償として、ひとたび退けた運命を受け入れる役目は私が引き受けようじゃないか。」

 

 タキオンの長々とした言葉は、自分自身に言い聞かせるかのような響きも含んでいた。当然ながら、確信の持てる内容ではないことばかりだったためだ。

 

 だが、ネオユニヴァースから否定の言葉が無かったことが、そのままにタキオンの発言が間違いでないことの裏付けとなっていた。固めるべき覚悟のほどは、軽いものではなかった。

 

 何よりも屈腱炎は……再発しながらも現役復帰した例は確かにあるものの、重篤な場合は命にもかかわる、ともされる症状である。さらに言えば、後々のことを考えず脚に負荷を掛けた結果が、屈腱炎だけの発症で済むという保障はない。

 

 対話を続けるほどに、タキオンの決心は覆せないもの、とネオユニヴァースの側もまた悟っていた。これまで拒んできた運命のしわ寄せは、必ずいつかは回収しなければならないのも事実であった。

 

 それでも、無言のままにタキオンを見送ることは出来なかった。ここで別れれば、次に会えるのは有馬記念本番のターフ上である。

 

「タキオン。もし、“EMGY”があれば……『わたし』が“ピギーバック”する。」

 

「何を言っているんだい、有馬記念の本番真っ最中に、かい?私がひとりで怪我をしたところで、ユニヴァースくんが競走を中断する理由にはならないだろう。」

 

「“OCRS”、『競走中止』はしない。必ず、“事象の地平面”を、タキオンも越える……それが、ネオユニヴァースの“NAV”だから。」

 

 タキオンは目を見開き、ネオユニヴァースと真っすぐに視線を合わせた。

 

 要するにネオユニヴァースは、必ずタキオンも有馬記念のゴールラインを越えるように、と告げてきたのである。ゴールする前に脚が砕け、競走中止に至るような走りなどしないと約束してほしい、と。脚に異状があれば、ゴールした後に助けられるように。

 

 いかにすべてを理解し、観測し尽くしたつもりであっても、ウマ娘たちが不意に示す思いの強さは、常に自分を驚かせる……幾度繰り返しても、タキオンが慣れることのない鋭さであった。

 

 しばらくネオユニヴァースと見つめ合った後、タキオンは先に視線を逸らし、頬を緩めながら告げた。

 

「……完全にタガを外して爆走するのが楽しみでもあったんだがねぇ。分かったよ、有馬記念の当日は、走り切ることを理性から消し去らぬように努力するとも。」

 

「“ミューテフ”……タキオンが、ずっと居てくれるなら“METI”だよ。」

 

 ネオユニヴァースは、目を細め、口角を僅かながらに上げて……タキオンに対しては初めて、明確に笑顔を見せた。

 

 タキオンは、固めつつあった決心を自らの内にのみ秘めず、ユニヴァースに告げたのは正解だったと感じていた。既にその内容は悲壮なものではなく、ネオユニヴァースとの約束となって上書きされていたためだ。

 

 一方、同じころ、ヒシミラクルの練習場の次にテイエムオペラオーの練習場へと向かっていた鷹木。

 

 おかげで、アグネスタキオンが無断で練習場を抜け出していたことは、まだバレていなかったのだが……練習の合間、オペラオーはふと何かに気づいたように顔を上げ、鷹木へと告げた。

 

「……タキオンさんのこと、ちゃんと見てあげているかい、鷹木?」

 

「もちろんだ、今のところ一番脚への負担が不安なウマ娘だから、練習量と休憩時間の調整もかなり慎重に行っている。」

 

「そう答えてくれるだろうとは思っていたさ。だが、ボクは今、ヴォータンの雷鳴を聞いた気がしたんだ……すぐにタキオンさんの所へ戻りたまえ、ボクのトレーニングについては充分だろう?」

 

「あ、あぁ、調整内容は、順調ではあるが……。」

 

 途中まで、オペラオーの言葉を半分聞き流しつつ、トレーニングデータをまとめる作業に没頭していた鷹木。

 

 だが流石に顔をあげてオペラオーの表情を目の当たりにした時、そこには想定以上に切迫した色を見出すこととなった。彼女の助言通りに鷹木は席を立ち、タキオンの練習場へと急ぎ足で向かう。

 

 たどり着いた時、既にタキオンは午後からの練習内容を自主的に開始していた。

 

 彼女の走りに異状はなく、表情や立ち居振る舞いも常通りであり、鷹木が認識できる範囲では何も予定外のことは無かった。

 

「何をジロジロと見ているんだい、トレーナーくんが目を離している隙に、私がサボッていたとでも疑っているのかい?」

 

「まぁ、前例はあるから否定はしきれないが……走り自体に問題はないな。」

 

 とはいえ、オペラオーの勘の鋭さを知る彼としては、タキオンを気に掛けるべき理由を自分が見落としてしまっているのではないか……との懸念を抱かずにはいられなかった。

 

 集大成たる大舞台、有馬記念まで、残り1週間。タキオンの秘めたる決心が、揺らぐには短すぎる期間であった。

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