有馬記念のゴール後、タキオンに花束を贈った担当トレーナーの振る舞いを、観客や世間はラストランの証として受け取っていたが、その誤解は解かれねばならない。来年以降も担当ウマ娘とともに駆け続けられるよう、祝勝と労いの場に皆を待たせながら仕事机にかじりついていた。
年の瀬が迫るトレセン学園にて、鷹木はノートPCの画面を閉じ、疲れてショボショボしていた目を瞼の上から抑え、ぐっと背伸びして溜息を吐いた。
先日の有馬記念にて、ゴール後のアグネスタキオンのもとへ花束を持って寄っていき、感極まって彼女を抱きしめた鷹木トレーナーの存在は、レースの注目度もあって一躍有名となっていた。
何よりも幸いだったのは、教え子の身体に直接触れる彼の行為を非難する声など無く、紆余曲折を共に乗り越えたタキオンと担当トレーナーの信頼関係を讃える声が多く寄せられたことである。
同時に、「感動的なラストランだった」と称賛するコメントもSNS上に数え切れぬほど流れ……好意的な声であるばかりに、その内容を否定する心苦しい作業に、鷹木もトレセン学園も対応に追われたのであった。
アグネスタキオンは、まだまだ引退するつもりなどない。
とはいえ、タキオンが有馬記念を走り終えた所でトレーナーから花束を贈られたのは、それがラストランであったがゆえだと勘違いされるのも無理はなかった。
「世間を勘違いさせるような行為をしてしまったのは俺の方だから、非難が集中するのも覚悟していたんだが……世の中、心が広い人の方が多いんだな……本当に有難いし、重ねて申し訳ない……。」
画面の向こう側に念が届くわけでもないのに、鷹木は目を抑えていた両手をそのまま拝むように合わせ、閉じたノートPCに向かって頭を下げていた。
トレセン学園公式からアグネスタキオンの引退予定が無いとの声明が出され、鷹木個人もまたタキオンが来年も現役続行する旨のメッセージを学園公式を通じて表明した結果、十分な情報拡散のおかげで年を越す前に世間からの誤解は解けるに至ったのである。
ややこしいことをして誤情報の種を蒔いたことに対しては、多少揶揄するような声も上がったものの、そのいずれもがウマ娘やトレーナーに対する思い入れを感じさせるものばかりであった。
〈いやあの花束は引退の時に渡すサイズだって。本気でラストランの時は、ダンプカーにでも花を積んでくるのかよ。愛が重いって。〉
〈無駄に涙流しちゃったんですけど!もうタキオンさんの姿を見れないかと思って!また来年も見れるんですねありがとう!〉
〈引退でもないのに花束持ってくるトレーナーで草。花束トレーナーでミームになりそう。〉
〈というか、あのトレーナー、花束を渡す直前に光ってなかった?タキオンが出てくるまでの演出も無駄に長いし、編集でエフェクト入れた?〉
〈あの謎の発光、気になりましたね。変な所で編集入れちゃうのは、広報担当の新人が張り切っちゃった結果かな。〉
……等々、積極的な応援でもないコメントは、各々の好奇心の向く先に終始する内容ばかりに収まっていた。
SNS上の反応次第では、あらためて鷹木自身が対応のメッセージを出さねばならないため今まで画面前に張り付いて待機し続けていたのだが、少なくとも批判が殺到する状況にはなっていない。トレセン学園の広報部からも、後の対応は引き継ぐとの連絡が届いた。
そんな経緯で、ひとまず鷹木はPC画面から離れ、乾燥しかかっていた目に瞼をじっくり下ろすことが叶ったのである。
仕事机から離れ、学舎の廊下へと出ていく鷹木。
既に窓の外は暗い。12月末の日暮れの早さと、空を覆い尽くした分厚い綿雲も手伝って、まだ18時だというのに深夜のごとき様相である。
「にしても、あの一連の流れ、観客たちからは異常な現象だとは見えてなかったんだな。まぁ、あらためて見たら、確かになんだかんだ説明のつく現象ばかりのようではあったが。」
鷹木とタキオンの主観からは、たかだか数分に過ぎないあの短い時間が、この世で最も大きな喪失につながりかねない危機だった。
今でも、あの感覚を明瞭には思い出したくない。
鷹木をはじめとして、あの場に集まっていたウマ娘たちの誰一人として違和感を抱かなければ、最初から17名しか居なかったものとして何事もなく解散し、タキオンの存在を取り戻す機会は永遠に失われていただろう。
とはいえ、客観的な観測記録として閲覧できる映像においては、それほど大層な状況に見えるものではなかった。
「まぁ、普通に見れば、ゴール直後から集団の中に紛れて姿が隠れたタキオンが、花束を持ったトレーナーに呼ばれて出てきた、ってだけの場面だもんな。」
見返したレース映像の中では、最終直線にて大外から一気に上がってきたバ群に埋もれていたタキオン。
前を走っていたタップダンスシチーやシンボリクリスエス、外側を上がっていくナリタトップロードやメイショウドトウ、さらにダンツフレームといった大柄な面々が視野を遮っており、中継のカメラ映像からも観客席からも綺麗にタキオンの姿が隠れたまま、ゴールラインを越えている……ことになっていた。
断定を避ける表現となったのは、決勝写真撮影カメラの静止画においてすら、タキオンの姿が映っていなかったためである。タキオンからの自己申告により、結果は競走中止ではなく最下位として記録されることとなっていた。
通常の写真撮影と異なり、ゴールラインを通過する瞬間のウマ娘たちの姿をごく細長い画像にて保存し、並べつなぎ合わせて作成される決勝写真。すなわち写っている姿は同時に撮影されたものではなく、ゴール到達時間の差が画像上に表現されているのだ。
着順が分かりやすくなるのと同時に、各ウマ娘のゴール入線時のスピードも判別できる。他よりも遅い速度でゴールしたウマ娘は、それだけ横に引き伸ばされた姿で映ることとなる。
逆に、他の競走相手よりも速度を出してゴールすれば、横から押しつぶされたように縮んだ姿で記録される。さらに、決勝写真撮影カメラの撮影間隔をすり抜けるほどの速度で駆け抜けていれば、姿は完全に映らない……。
「いやいや、そんなこと、ありえない。決勝写真のスキャン間隔は1万分の1秒だ。ゴールラインを通過する瞬間が撮影されないだなんて、そんな、光よりも速く走ってでもいないかぎり無理だろう。たぶん、大外にいたダンツの身体にちょうどタキオンは隠れてしまっていたんだ……」
「随分と夢のない独り言じゃないかトレーナーくん!あるいは、科学的思考が身についたことを喜ぶべきかねぇ?しかし担当ウマ娘には大きな夢を見てもらっても罰は当たらないんじゃないかい!」
「わっ……!?タキオン、いつの間に傍まで来ていたんだ……?」
「私の存在感が薄まっているとでも言いたいのかい、ンンッ!?せっかくキミの望むがままに観測され、私は実在を存続させたというのに、あんまりな扱いじゃないかい!」
知らぬ間にすぐ近くまで寄ってきていたタキオンから声を掛けられ、不意を突かれて吃驚した鷹木。
消滅を免れた大切な担当ウマ娘の存在感に気づかなかったのは、つい先ほどまでPC画面の前に張り付いていた彼の集中力が擦り切れていたためでもあったが、タキオンの側からも鷹木を驚かせるために気配を消して寄っていったのは事実であった。
大きな試練、ウマ娘レース史に刻まれる節目を乗り越えて、ようやくトレーナーと無邪気に戯れる精神的余裕が出来たがための振る舞いであった。
とはいえタキオンもそこから先の親密なじゃれ合いへとスムーズに移行できる性格でもなく、鷹木もまたトレーナーとしては模範的な言葉を真っ先にかけることを優先していた。
「タキオン、レース後の精密検査では脚に異状なしとの結果だったが、少しでも違和感が残っていれば言ってくれよ。レース終盤から走り終えた直後まで、お前の足取りを俺は確認できていないんだからな。」
「何も問題はないから、こうして普通に歩いているんじゃないか。そんなことよりも気になっていないのかいトレーナーくん、先日の有馬記念を越えた、この現実世界の様相が。すっかり現実世界は切り替わったのだよ!可能性世界からの干渉を振り切って、ウマ娘とトレーナーの選択を貫き通した影響が、何処に出ているのか気にならないのかい?」
「いや、特に何も……あれ以降、異常な現象もないし、ウマ娘たちは皆無事に居るし……。」
「味気ないトレーナーだねぇキミは!せっかく私なりに、現状確認された異常の調査結果をまとめてきたというのに、報告を聞かせる気も失せてしまうねぇ!」
「す、すまん、俺も気になるから、聞かせてくれ……。」
怒り顔を作ってこちらに背を向け廊下を進んでいくタキオンに向かって、慌てて自分の発言を訂正し、ついていく鷹木。
このやり取りも、3年間にわたって続けてきた関係性ゆえに、お互いを信頼しきって反応を委ねられる応酬であった。ある意味、タキオンとその担当トレーナーらしい戯れは出来ていたのだ。
語るべき内容などすべて脳内にあるだろうに、タキオンは勿体ぶって用意してきたレポート用紙の束をめくりつつ、語り始める。
「まず、広範にわたって確認された現象は、古びた機器類の機能停止だねぇ。広範とは言ったが、トレーナーくんが気づいていないのも無理はない、社会的に重要なインフラ類に影響はないからねぇ。代表格が、古いポータブルテレビやブラウン管テレビが、放送局からの電波を全く受信できなくなった、というケースだねぇ。」
「……あー、ホントに古い機器を使い続けてたところは困るかも、だな。今どきの世間ではだいたい皆、PCかスマホかタブレットで番組も動画も視聴しているだろうし。」
「デジタル放送が始まった約20年前からも、ほそぼそと続けられていたアナログ放送の機材類が機能停止してしまったのが原因だねぇ。まぁ、もはや故障したとしても、替えの部品は生産されていないだろうし、修理も困難だろうからねぇ。」
タキオンとのやり取りをしながら、鷹木はスマホを弄って流れてくるネットニュースの見出しを確認する。
確かに、過疎地や老朽化施設におけるアナログ放送停止の影響を扱った記事は数件ヒットしたが、そもそもデジタル放送やスマホでの動画視聴が全盛の現代、世間全般で見ればさしたる話題にはなっていないようであった。
「あとは、通信機器においてはポケベルおよびPHS、短距離低出力無線通信の類も機能しなくなったらしいねぇ。」
「うわ懐かしい、久々に聞いたな、PHS、って……まだサービス続いていたのか、ポケベルも。」
「利用料金の面でも利便性の面でも、これまた実用性はもはやスマホと比べるべくもない状況にはあったがねぇ。一部のマニアやアマチュア愛好家だけが扱い続けていたようだが、これまたおよそ20年前から利用者は減少傾向にあったねぇ。アナログ放送停止の件も含めて、可能性世界からの干渉を振り払ったとたんに、およそ20年前の技術もまた機能停止するとは、興味深い現象じゃないか。」
「タキオンがいつも言っていたところの、“可能性世界を参照する”って状況が消えた影響かもしれないな。ってことは、街中の公衆電話も消えたんだろうか。」
「いや、面白いことに公衆電話だけはしっかりと健在だねぇ、緊急連絡用にも使われる可能性が残っているからだろうねぇ。あぁ、流石に、さらに古い情報伝達手段である街頭の掲示板は、消えてしまっていたねぇ。」
ウマ娘たちが居るこの現実世界に、不自然に残されていた古い技術の数々が、本来の時代の流れに乗せられたかのように消え去っていく。
多少の寂しさは伴いつつも、どこか安堵するような状況であった。古びたポータブルテレビも、錆びついた商店街の掲示板も、いずれも望まぬ運命、可能性世界の既定を間接的に覗かせる間隙のような存在だったのだから。
いかにもアグネスタキオンと、その担当トレーナーらしい言葉を交わして、それなりに会話の盛り上がっていた両名。
が、この空間は、割って入ってきた軽い足音と甲高い声によって中断されることになった。
「ちょっとちょっと!さっきから聞いてりゃ小難しい単語ばかり並べて!それが有馬記念まで走り抜いたウマ娘ちゃんと担当トレーナーさんの会話ですかね!ふたりきりにしてあげたんですから、もうちょい浮ついた話を弾ませることは出来ないもんですか、タキオンさん!」
つい先ほどまでは、廊下の角に身を潜めて立ち聞きしていたのだろう、アグネスデジタルが駆け寄ってきていた。
確かに先ほどまでのやりとりは、担当ウマ娘とトレーナーのふたりきり、そんな状況で交わす会話としてはあまりにも堅苦しすぎる内容であったかもしれない。タキオンはデジタルが潜んでいることも想定の内だったのだろう、彼女の出現に驚きもせず、弁明するように口を開いた。
「しかしねぇ、デジタルくん。私としては、調査結果を詳細に聞かせてやるのがトレーナーくんへの信頼の証であってねぇ……。」
「そんなやり取りばかりしてるから、トレーナーさんから素直に褒めてもらったり愛でてもらったりできないんですよ!もうこれ以上待ってても仕方ないです、さっさと皆さんの居るパーティ会場に行きますよ!タキオンさんのために用意したイチャイチャタイムは予定より早く切り上げです!」
「いや別に私は褒められたり愛でられたりすることなど望んでいるわけでは……ちょっと待ちたまえ、イチャイチャタイムとはなんだねデジタルくん!」
さっさと廊下を駆けていくデジタルの後を追いかけようとするタキオンであったが、既に小柄なデジタルの背は廊下の角を曲がって見えなくなっていた。
ウマ娘の全速力で走るわけにもいかない廊下、直角に折れ曲がるルートを抜けていくのは小柄かつ身軽である方がずっと有利である。デジタルの後を追いかけるのを諦め、タキオンは溜息をつき、再び鷹木を傍らに歩き出した。
「例によって、ちょっとした忘年会をだね、会議室のひとつを借りて準備しているんだ。トレーナーくんの仕事が済み次第、私が迎えに行くというだけの段取りだったのだがねぇ……デジタルくんは何を考えているのやら、わざわざトレーナーくんとふたりきりの時間を作ろうなど、意味の分からない気遣いだねぇ。」
「でも、タキオンだって、俺をパーティ会場にさっさと連れて行こうとする前に、調査結果を喋る方を優先したじゃないか。」
「そっ、それは、喧しい連中が一緒に居る空間では、詳細な内容を語っている猶予が無いためだねぇ!まったく、くだらないことで重箱の隅をつつくトレーナーくんだねぇ!有馬記念を走り抜いた面々を皆集めたというのに、豪華なホテルのホールを借りきるでもなく、相変わらずタダの会議室で集まるだけに収まったのは誰のためだと思っているんだい!」
それを言われると、項垂れるしかない鷹木。
特に今年の有馬記念出走者を全員呼んだとなれば、錚々たる面々ばかり。ただ飾り付けただけの会議室は、彼女らの競走をねぎらい、走り抜いたことを祝う場としては少々みすぼらしい。ドレスコードのあるホテルのパーティ会場は、元気の有り余っているウマ娘たちには逆に少々窮屈かもしれないが。
トレセン学園内の仕事机から離れるわけにはいかない状況となった鷹木も忘年会に列席できるように、との皆からの配慮があったのは確実である。
……それに、今となっては、単なる会議室をパーティ仕様に飾り付けて忘年会の会場にすること自体が例年の風物詩のようなものとなっていた。
タキオンに連れられ、会議室の扉を開けた途端、鷹木の顔面目掛けて色とりどりのカラーテープ、そして華やかな紙吹雪が飛んできた。
「ぶはっ!?」
「危ないねぇ!トレーナーくんの反応速度では回避できないねぇ!目に怪我でもしていないかいトレーナーくん!」
「ハーッハッハッハ!問題ないさ、ちゃんと加減は分かっているから!さぁ鷹木!それにタキオンさん!これで宴に盃を掲げるべき全員が揃ったということだね!いざ、皆、祝杯を!」
混雑の中でもよく通るテイエムオペラオーの声が出迎える。
煌びやかに飾り付けられた会議室の中で待っていたのは、この一年を通して走り抜いてきたGⅠウマ娘たち、そして担当トレーナーたちである。視界を塞いでいたカラーテープを払い除ければ、鷹木と真っ先に目が合った片桐トレーナーがいつものニヤニヤ顔でグラスをちょっと掲げて見せた。
既に両名の到着に備えて準備していたのだろう、アグネスデジタルがソフトドリンクの入ったグラスをふたつ手に、鷹木とタキオンへ渡しに来る
「ささ、ささ!どうぞ、お二方もグラスを手に!あ、飲み物の中に紙吹雪が入っちゃわないように気を付けてですよ!」
「わ、分かってる……というか、ここ会議室だから、あとでちゃんと床を掃除しないと、だな……。」
「これまた無粋なトレーナーくんだねぇ、せっかくの労いの場なのだから気にせず楽しみたまえよ。」
文字通りに面くらいながらも鷹木はタキオンと共に飲み物のグラスを手にし、それを確認したタップダンスシチーが、これまたよく響く声で音頭をとる。
「So,let's make a toast!全員、飲み物は持ったな!じゃあ乾杯だ……っと、その挨拶すんのが私でいいのか?」
「ククッ、歓喜(フロイテ)のままに馳せ抜けるならば、三女神も盃を掲げただろうに。だが躊躇もまた真理(ヴェリタス)だ、酩酊と恍惚の幕を開くは、冷厳なる魂の波(オーラ)であっても良いだろう、不壊の志を抱く戦士(シンボリクリスエス)よ!」
タップに応えるようにタニノギムレットは語りつつ、パーティ会場と化した会議室の隅で地味に引っ込んでいたシンボリクリスエスの手を取って引っ張ってくる。
クリスエス自身は、つい先ほどまでゼンノロブロイと共に密やかな歓談に耽っていたのだが、急に賑わいのど真ん中に連れ出される形となった。とはいえ、これが全員の走りをねぎらう忘年会であると同時に、有馬記念の祝勝会でもあるならば、勝利したシンボリクリスエスが中心にあっても良いはずだ。
多少の戸惑いを浮かべたクリスエスであったが、この場にいる全員が自分に視線を向けている状況を前に、小さな任務遂行を決したらしい。
「With all due respect、これまでの全てのレースを祝し、これからのURAの繁栄を願って……乾杯。」
「「「乾杯!!!」」」
全員の声が綺麗に揃うのも、常よりスターティングゲートから共に駆け出していくウマ娘たちらしい振る舞いであった。
まもなく、各々の喋りや笑い声が雑多に室内へ溢れだしたのは言うまでもない。タキオンもまた鷹木に向かって何事かを喋ろうとしかけたが、真っ先に寄ってくるジャングルポケットへの応対が先になった。
「よぉ、タキオン、遅かったじゃねーか。お前が鷹木トレーナーを迎えに行ってから、ずいぶん長いこと帰って来ねーもんだからよ。」
「そんなに長時間ではないねぇ、たかだか数分程度だねぇ。」
「いや、お前が『トレーナーくんの様子を見てくるねぇ』っつって出ていってから、だいたいちょうど1時間だ。お前も自分の担当トレーナーのこと、しっかり心配してんじゃねーか。」
「そっ、そういうわけじゃないねぇ!せっかく集まった皆を待たせてしまっては申し訳ないからと、トレーナーくんを急かしつづけていたねぇ!」
もちろん、鷹木は仕事机についている間、タキオンから一度も急かされていない。
トレーナーとしての職務が終わるまで、タキオンは邪魔せずじっと静かに見守っていてくれたのだ……そう気づいた鷹木であったが、からかいにきたジャングルポケットに言い返しているタキオンを邪魔しないように黙っていることにした。
鷹木の方も、他のトレーナー達と話を交わしに行くつもりであったが、その前にそそくさと寄ってきたオペラオーからの言葉を受け取る方が先であった。
「キミも積もる話があると思うから、今はそちらを優先でいいんだが……鷹木、後で話をしよう。パーティの熱気のままに、先に帰ってしまったりしないでおくれよ?」
「あ、あぁ、分かった……重大な話か?」
「いや、何ほどのこともない、些細な話だよ。けれど、些細な話ほど、ひとたび場を逃せば、ついぞ語る機会を逸してしまうものだからね。」
オペラオーらしい言い回しを残して、彼女は再び賑わいの中心へと戻っていく。
確かに、ウマ娘の側もトレーナーの側も、大きな節目を乗り越えた実感のある今でなければ語れないことは多そうだった。鷹木はオペラオーの背を見送った後、グラスを手に他のトレーナーの元へ向かった。