探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 アグネスタキオンの奔放な振る舞いは、単に一過性の騒動を巻き起こすだけにとどまらない。トレセン学園内に、自分だけの実験室を持ちたいと言い出した彼女であったが、当然ながら入学したてのウマ娘に公に教室が受け渡されるはずもない。すなわち、勝手に空き教室を私物化しようとしているに他ならないのだが……目立たぬ場所にある空き教室、いわば“良物件”が、手つかずのままであるはずもなかった。


開かれた道には、先行く者あり

 トレセン学園の新学期が始まってそろそろ一週間。鷹木は、未だにトレーナーらしい働きをしていない現状を強く実感していた。

 

 アグネスタキオンが、トレーニング予定の時刻通りに来ることがまず無い。

 

 授業教室内で何のためとも知れぬ数式を書き続けていたり、屋上で双眼鏡を用い雲の形状を観察していたり、先日のごとくマンハッタンカフェに観察対象となるよう執拗に言い寄っていたりと、自主的にトレーニングを開始しようとしていたことは一日たりと無かった。

 

「やっと見つけたぞタキオン、一体何をして……」

 

「聞いてくれトレーナー君、全く同じ分量で混合した薬品が、昨日と異なった反応を示しているんだ。条件は何も変わっていないはずなのに、詳細が分からない。試しに飲んでみてくれないかい?」

 

「いや飲まない。せっかくトレーニングルームの使用予約を取ったというのに、これじゃ数分しか使えないじゃないか……。」

 

 鷹木が校舎内、あるいはトレセン学園の敷地内を探し回り、捜査活動をする刑事よろしく聞き込みをし、ようやくタキオンを見つけ出した時にはすでに空が夕焼け色に染まっていることが大抵であった。

 

 トレーナーとしての技量よりも、特定の相手を探す能力の方がよほど鍛えられたのではないかと思われるほどである。

 

 それでも、鷹木は必ず毎日サボッているタキオンを見つけ出すまで捜索を断念することは無かった。真面目さだけが自分の取り柄だと思ってもいたし、そうでなければトレーナーとしての業務怠慢となるのではないかと恐れてもいたためである。

 

 だからこそ、ある日のタキオンがトレーニングの予定時刻ぴったりに練習場所へと姿を現したとき、鷹木は腰を抜かさんばかりに驚いたのである。

 

「えっ……タキオン、だよな?偽物じゃなくて……。」

 

「あぁ、間違いなく私だとも。そんなことよりも重大な話がある!私は今非常に困っているんだ。」

 

 鷹木の戸惑いを一蹴し、自分の喋りたいことだけを優先して話し始める彼女は、間違いなくいつものアグネスタキオンであり、鷹木はその点ではいったん安堵していた。

 

 毎度毎度、非常に困らされているのは自分の方だ、と出かかった言葉を呑み込む鷹木。無理に彼女の言葉を遮ろうとしても、その試みは大抵失敗しており、下手にタキオンを興奮させない方が好手であるとの判断は既に染みついていた。

 

「……何があった?」

 

「私は今、トレセン学園内に私専用の研究室を確保するため、ちょうど良い空き教室を見繕っているんだが、せっかく見つけた良物件を勝手に占拠している輩が居てねぇ!担当トレーナーとして私の研究の阻害要因を排除すべく、ここはひとつビシッと言って、奴を追い出してもらいたいんだよ!」

 

 タキオンの発言内容に対してどう返答すべきか決めるためにも、鷹木にはたった今聴覚に流れ込んできた情報を整理する時間が必要であった。

 

 専用の研究室を確保するも何も、入学したばかりのウマ娘へ学園が公式に教室を与えることはそうそうない。そも、トレセン学園ではレースへの出走を目的として指導を行う前提である。タキオンが勝手に、自分が自由に使えそうな空き教室を物色していたに過ぎないのだろう。

 

 その前提を踏まえた上で、タキオンの喋った内容の続きを解釈するならば、空き教室へ勝手に入り込み、占領している不審者がいるということになる。ここまで内容を整理したうえで、鷹木はようやく次の一言を口した。

 

「さすがに、それは放っておけないな。」

 

「だろう?さぁ、早く、早く来ておくれよ、全く奴はトレセン学園の教室を何だと思っているんだ、遊びに使ってよいはずがあるまい!この私の、崇高なる研究こそ優先されて然るべし、じゃないか。」

 

「その不審者に対処したら、お前が勝手に空き教室に入り浸ろうとしている件についても話を聞かないといけない……」

 

 当然ながら、鷹木の言葉はタキオンの耳に届くこともなく、すでに彼女は廊下の向こうへセカセカと歩み去っていくところであった。

 

 この数日で自らに染みついてしまった行動パターンゆえか、慌ててタキオンを見失わぬようにと後を追う鷹木。万が一、本当に学園へと不審者が入り込んでいた場合、自分ではなく警備を呼んだ方が良いのではとの考えが浮かぶには少々遅すぎた。

 

 タキオンはといえば、もはやトレーナーが自分の位置へとやってくることが至極当然であるかのように、後ろを振り返りもせず足早に先へと進んでいく。これまで繰り返した行動は、この関係性を築くための計算ありきだったのではないかとも思われた。彼女の頭脳ならば、十分にあり得る。

 

 一旦呼び止める猶予も無く、やがて鷹木が連れてこられた先は理科室の隣、かつて準備室として使われていた部屋である。

 

 走りの指導を主軸とするトレセン学園においても、基礎的な知識を身につけるために一般の学校と同様、理科室や美術室など専用の授業が実施できる設備はある。

 

 しかし、ひとたびトレーニング中心の生活に入ったウマ娘たちは、いちいち理科実験の授業を受けている暇などなく、映像授業などで代用されることが大半となる。必然的に実験室の規模も縮小し、準備室は早々に単なる物置と化していた。

 

 一応、勝手に何者かが入り込むことの無いように施錠されてはいたはずだが、それも何年前から掛けられっぱなしとも知れぬ古い錠前である。腕組みしてタキオンが睨みつける扉には、錠の固定されていた金具そのものが扉から外れ、虚ろな穴だけが残されていた。

 

「ごらんよ、錠が壊れてしまっている。経年劣化を放置し管理を怠ってきたトレセン学園側にも問題はあるが、それにつけ込んで勝手な侵入を起こすとは、許せないねぇ!」

 

「勝手に入り込んで自分の実験室にしようとしていたタキオン自身も、同じことを考えてたんだろうが……」

 

「さぁ!共に突入し、無法の輩を叩き出そうじゃないか!いざ、腹を括りたまえ、トレーナー君!」

 

 タキオンが声を張り上げたことには、二つの目的があったろう。すなわち鷹木からの至極真っ当なツッコミを阻止すること、そしてこの部屋の内部に居る何者かにトレーナーを連れて来た旨を聞かせて鷹木の退路を断つことである。

 

 やはり不審者の場合は警備員を呼ぶべきなのでは、と提案する機会はいよいよ失われた。粗暴な相手が殴り掛かってでもきたら担当ウマ娘の身柄だけは守らねばならない、と鷹木は文字通りに瞬間的に腹を括らねばならない状況に陥った。

 

 ……が、その中にたむろしていたのはウマ娘たちであった。一安心するには、まだ早かったものの。

 

「Hmm,Can't let it go……何だい、聞き捨てならない発言があったようだが?このわたしたちを、叩き出すって?」

 

 流暢な発音の英語を交えつつ、準備室の埃臭い部屋の中で立ち上がったのは、大柄なウマ娘。

 

 むろん、その存在感ゆえ、鷹木も彼女のことをしっかりと覚えていた。タップダンスシチー、アメリカから単独でトレセン学園へ乗り込んできた、野心溢れるウマ娘である。入学式の日も、ジャングルポケットや黒ジャージのウマ娘とともに非公式のレースを披露している。

 

 そんな彼女が、何故か例の黒ジャージ姿のウマ娘たち2名とともに居ることは、ますます鷹木を混乱させるばかりであったが。

 

「んだよ、トレセン学園のお偉いさんがお叱りに来たのかと思ったら、あん時のひょろっこいウマ娘とトレーナーかよ。」

 

「そんな奴ら、さっさと追い払ってくれよ、タップ。ウチらは正式に友達として許可を得て入って来てんだ、何も咎められることなんかしてねーよ。」

 

 口々にそう言いつつ、黒ジャージのウマ娘たちはこちらを睨みつけてくる。その首元にはしっかりと入場許可証の名札が提げられていたため、一応は不法侵入にならぬようタップダンスシチーが彼女らを招いたという体を取っているのだろう。

 

 ズンズンとこちらへ近づいてくるタップダンスシチーの体格に気圧されながらも、状況を整理する必要に駆られて口をつぐんだまま後ずさる鷹木。

 

 必然的に、タップダンスシチーに相対するはアグネスタキオンのみとなった。華奢な体格のタキオンはタップダンスシチーが間近に立てばますます頼りなげな小ささに見えたが、その態度だけは堂々と張り合っていた。

 

「余計な説明の時間を省けるよう、室内に居た君たちにも十分に聞こえる声量でこちらの用件は告げたはずだがねぇ。さっさと出ていってくれたまえ、この空き教室は私の実験室として使用する予定なんだ。」

 

「Ha!You Kidding me?そんな予定は聞いてないな、入り口に表札も掛かっちゃいなかったぜ。ここはわたしらの場所だ、せっかくの学園生活なんだ、仲間とつるんでいられる城をここに築く!もうメンツは集まってんだ、この部屋は諦めな。」

 

 タップダンスシチーの言葉に、背後で黒ジャージのウマ娘たちも顔を見合わせて頷いている。

 

 こちらはおそらく、学園の敷地が一般開放される特別なイベントの日以外にも、ジャングルポケットにちょっかいを出せる機会を得ることが主たる目的であったろう。

 

「あぁ、ここに居ついていれば、愛しのポッケちゃんにもすぐ会いに行けるからな。」

 

「ウチらはタップのダチで、ジャングルポケットの大ファンなんだぜ。トレセン学園に居ちゃいけない理由が無ぇ。」

 

 そもそも彼女らはトレセン学園の生徒ではなく、タップが言うところの"学園の仲間"に入れて良いかどうか怪しいものであったが。

 

 とはいえ、入学式の日に敵意むき出しで踏み込んできた彼女らを、早くも自らの仲間として取り込んでいるタップダンスシチーの社交能力には、鷹木も脱帽する思いであった。

 

 相変わらず何も口を挟めずにいる鷹木トレーナーとは対照的に、アグネスタキオンはこれまた決して言い負かされることのない減らず口にて述べ立て続けている。

 

「いいや、こちらには正当な理由があるとも。この部屋は本来、理科実験の準備室として用いられていた。かつて保管されていた器具や薬品はないが、しかしそれらを保管するための設備は整っている、すなわち私の実験室に最もふさわしい環境ということだね。単に仲良くたむろするだけの場所なら、校舎裏や校庭の隅でも十分じゃないか。」

 

「Hey、わたしらに、大雨の日も嵐の日も外で集会してろ、ってか?だめだ、譲れないね。ここは民主主義らしく、多数決と行こうじゃないか。こっちは私も含めて3人だ、そちらはお前と、そこのトレーナーもカウントするのか?」

 

 急に矛先が向けられた鷹木は、未だ思考がまとまり切っていないものの、どうにか言わんとするところをどもりながらも口にした。

 

「どちらの立場にしても、学園から公式に許可を得ての教室利用ではない。トレセン学園では課外活動が認められていないわけではないから、まず許可申請を出して……」

 

「Okay、無効票だな!すなわち、3対1でわたしたちの方が圧倒的多数派となった!さっさと諦めて帰りな!」

 

 ボソボソと喋る鷹木を、タップダンスシチーの威勢の良い声が遮り、アグネスタキオンは失望の念を込めた横目を鷹木へチラと投げかける。

 

 が、やはりタキオンが言いくるめられることはない。一拍も休むことなく、タップダンスシチーがこちらに背を向ける暇も与えず、よどみなくアグネスタキオンは喋り続ける。

 

「おや、これは私も聞いたことの無い理論だねぇ。多数決で勝敗が決するのならば、先頭の1名と、その後塵を拝する多数のウマ娘が見いだされるレースでは、足の遅い集団こそ圧倒的多数じゃないか。遅れてゴールし、群れて負け惜しみを口にする連中こそ、真の勝者であったと、URAに訂正しなければならないねぇ。」

 

「……へぇ、言ってくれるじゃないか。」

 

 完全に遅れてきた来訪者を軽くあしらって追い返すつもりだったろうタップダンスシチーの目つきが、一瞬で変わったのを鷹木は見た。

 

 薄暗い室内に居る黒ジャージのウマ娘たち2名も、床にしゃがみ込むのを止めて立ち上がる。彼女らがカチンときているであろうことは、そのつり上がった目元を見るまでもなく、場を占める空気が一気に張り詰めたことでも分かった。

 

 アグネスタキオンは、相手が侮られることを殊に厭う性格であるのを見越して、効果的に挑発を送り付けたのであった。

 

 それが挑発であると分かっていても、ウマ娘である以上、足の遅い敗者としての烙印はいたく受け入れがたい。黒ジャージのウマ娘たちは分かりやすく憤り、声を張り上げる。

 

「ウチらをナメてんのか、んなヒョロヒョロの恰好でよ!」

 

「まだ一度もウチらとレースしたことも無ぇのに、デカい顔するたぁいい度胸だなオイ!」

 

 映画や漫画のなかでは、いわゆる三下の振る舞いとして扱われかねない言動であったが、実際に目の前で披露されれば迫力は確かにある。荒事に慣れない鷹木の内心は、既に縮み上がっていた。

 

 全く動じていないのはアグネスタキオン、そして彼女と睨み合っているタップダンスシチーであった。

 

 その目の奥には火をつけられた闘争心が滾っていたが、タップはあくまで抑えた声色で彼女らを制した。

 

「Chillout,baby.まだ負けウマと決まったわけじゃないんだ、吠えるのは後にしな。だが、ハッキリさせなきゃならないのは確かだな、アンタと私、どっちがウマ娘として勝利するのか。一緒にグラウンドまで来てもらおうか。」

 

「おや、私はあくまで君たちの理屈を自分なりに解釈しただけだったのだが、何か気に障るような事でもあったのかい?これは参ったねぇ、私は丁重にかつ穏便に、話し合いで済ませようとしたつもりだったのだが。」

 

 ますます相手の心境を逆撫でするようなタキオンの発言に、鷹木はいよいよ全身から絞り出さんばかりに冷や汗を流していた。

 

 が……ここで逃げ出すことは、担当トレーナーとしての信念に悖る。完全にビクついている振る舞いは外見からも隠しようがなかったが、鷹木は意を決し、こちらを振り向いてくるタキオンにどうにか頷き返した。

 

 それに、今の今までマトモな練習を出来ていないアグネスタキオンに、ようやく練習用コースを走らせる機会が巡ってきたのだとも取れる。

 

 ウマ娘との交流や日常の中で、どんなことがトレーニングのヒントになるとも知れない……とは先輩トレーナー達の言であったが、まさかこんな形でアグネスタキオンのトレーニングに繋がるとは夢にも思わなかった。

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