お互い、勝手な言い分……すなわち、空き教室となっている理科実験準備室を私物化したいという目標がぶつかり合ったため、臨時でレースをすることとなったアグネスタキオンとタップダンスシチー。
アグネスタキオンの担当トレーナーたる鷹木は、担当としてタキオンに味方すべきか、それとも担当ゆえにこそタキオンを制止すべきか、答えの出せぬまま練習用グラウンドに向かう彼女らの後についていくしかなかった。
ついでに、タップダンスシチーに率いられていた黒ジャージ姿のウマ娘たち2名も、気炎を上げて同行している。
「トレセン学園に入学できたからってナメてんじゃねーぞ、タップさんに勝てるわけねーだろ!」
「ウチらにも負けちまったら、いよいよ完敗ってとこだな!デカい口叩いたこと、泣いて詫びても許してやんねーからな!」
以前、ジャングルポケットとタップダンスシチーとも野良レースで競い合い、トレセン学園生との圧倒的な実力差を見せつけられたはずの、不良ウマ娘たち。
そんな彼女らが高みの見物と決め込まず、逃げることなくレースの場へと積極的に向かう姿は好意的でさえあった。散々トレーニングをサボりまくり、マトモに走る姿を見せもしない担当ウマ娘に、鷹木が手を焼き続けてきた反動でもあっただろうが。
やはり考えなおせば、これはタップダンスシチーが持ち込んでくれたチャンス、アグネスタキオンを練習用グラウンドで走らせる好機なのだ。
そう鷹木は自分に言い聞かせ、片方が勝てば例の空き教室を私物化するだろうことについてはひとまず考えぬようにしたのだった。
「Oh……getting trouble、流石に今の時間帯は、集団で練習に使ってやがるか。」
練習用グラウンドに出てきたは良いものの、タップダンスシチーは周囲を眺め渡し、脚を止めて呟く。放課後の時間帯となって間もない今は大勢のウマ娘たちが列を為して走り、基礎的なトレーニングを受けている。
成績トップクラスのウマ娘に与えられる個別練習場とは違い、集団での指導を受けるウマ娘、専属の担当トレーナーが居ないウマ娘は、同じ練習場を共有することとなる。誰が使う場所と決まっているわけではなく、コースを自分が走るために占有することも出来ない。
むろん、一定の距離を用いて走り込む練習がしたい場合は、周囲のウマ娘やトレーナーに頼み込んで一時的に場所をあけてもらうこととなる。が、ウマ娘たちの走る姿勢に真剣な目を注いでいる面々の顔を見れば、鷹木はたちまちしり込みしてしまうのであった。
じっと待っていられる性格ではない黒ジャージのウマ娘たちは、早くも物騒な提案を始めた。
「また、入学式ん時みたいに、ちょっと周りの連中をビビらせて場所をあけさせっか?」
「お行儀の良いトレセン学園の学生さんたちは、大人しくコースを譲ってくれるだろうよ。」
それは河原や空き地で野良レースをする際の流儀であったろうが、さすがに今やればますます彼女ら自身の立場が窮地に陥る。
今は単に、タップダンスシチーの知り合い、来客という体でトレセン学園の敷地内へと入場を許可されているにすぎないのだ。ここで問題を起こせば、いよいよ次回以降は顔を見られただけで門前払いを食らうこととなる。
自分がつるむ貴重な仲間を失いたくないタップダンスシチーは、早々にその提案を却下した。
「Have you no manners,kids?お行儀よくしてな、他に手があるはずだ。そう、賢いタキオンさんなら思いつくんじゃないか?私らとのレース、今さら怖気づいてキャンセルするつもりがないってんなら。」
「やれやれ、私頼りかい。あぁ、もちろんプランは浮かんでいるとも、熱心に真面目に練習している面々にも、確実に身を引いて場所をあけてもらう手段がね。たとえば……」
相手を煽ることはあれど、挑発に乗るような真似は決してしないだろうアグネスタキオン。しかし、やはりウマ娘の本質か、レースへの誘いとなれば話は別らしかった。
もしも、担当トレーナーとして、練習用コースを一時あけてもらうよう周辺に頼んで回る役目を担わされればどうしよう、と不安に慄いていた鷹木。だが、その役目をタキオンが引き受けてくれるのなら一安心だと胸を撫でおろしていた。
次の言葉を、タキオンが口にするまでは。
「こちらには鷹木トレーナーが居る。言わずと知れた、かの年間無敗の世紀末覇王、テイエムオペラオーを担当なさっておられた、偉大なトレーナーだねぇ。鷹木トレーナーの名前を出せば、皆喜んで練習場所をあけてくれるだろうねぇ。」
「えっ……。」
「Wow,incredible!そうだったのか、頼りがいの無さげなトレーナーだと思っていたが、スゲーやつだったんだな!ま、考えてもみりゃ、それなりの戦績出したトレーナーじゃなきゃ、トレセン学園にゃいられないよな!」
「うっ……。」
その戦績を叩き出したのがほぼほぼオペラオーの類まれなる才覚に拠るものだったからこそ、鷹木自身のトレセン学園内での立ち位置が自認する能力と大きくかけ離れたものになってしまっていることを、今ここで説明する暇は無かった。
ただただ蒼ざめている鷹木が口をパクパクさせている前で、興奮の勢いのままにタップダンスシチーはグラウンド全体に響き渡る声を張り上げた。
「Hey!Attention please everyone!真面目に練習してるところ悪いが、ちょっと練習用コースをあけてもらいたいんだ!あのテイエムオペラオーを担当していた鷹木トレーナーの指導を受けるんでね、今からわたしたちは!」
「あ、あ……。」
かのオペラオーにも匹敵するほどよく響く声は、広大な練習グラウンドの隅々まで届き、鷹木の名前はどよめきと共に受け止められた。忽ち練習用コースからウマ娘たちは退き、至る所から好奇の視線が鷹木の全身へと突き刺さった。
もとよりトレセン学園に勤めているトレーナー達からは、鷹木の本来の性格を知っているためか、同情の眼差しが寄せられていた。だからこそ、完全に顔色を失った鷹木も、多少なりと心の支えを得て倒れずに済んだのだろう。
もはや、退く事もままならない状況に陥って、鷹木は練習コースのスタート位置にいそいそと並ぶウマ娘たちを呆然と見送るばかりであった。
コースに向かうタキオンから次の一言を告げられないと、鷹木はグラウンド中の視線を一身に集めたまま、不審な立ちっぱなしを披露することとなっただろう。ストップウォッチを手にしていることが、唯一のトレーナーらしい仕草であった。
「トレーナー君、タイム計測を忘れないでくれたまえ。私がそれなりにマトモに走る、稀有な機会なんだから。」
「……そ、そうだな。」
稀有な機会となってしまっているのは、普段からマトモにトレーニングの場へ姿を見せないタキオンの不真面目な素行のためなのだが、今の鷹木にはその点にツッコんでいる心の余裕など無かった。
そういえば、練習用グラウンドにて集団でのトレーニングを行っているウマ娘の中に、同じく今年度から入学したジャングルポケットも居るはずだったのだが、先ほどの呼びかけに反応して出てくる様子はなかった。
黒ジャージのウマ娘たちに絡まれるのが面倒だったためかもしれないが、初対面時の印象とは裏腹に集団行動から外れることの無い、意外な真面目さがジャングルポケットには備わっているようだった。
「今度はウチらもハンデ無しで走ってやろうぜ、負けても言い訳出来ねーようにな!」
「口先ばっかりの奴相手には、実力を見せつけてやるのが一番だからな!」
当の黒ジャージのウマ娘たち2名もまた、律儀であると同時に大口をたたく性格は共通していたらしい。グラウンド中のウマ娘たちがコースを空けてくれている時間を無駄にせぬよう、スタートラインに並ぶ仕草は確かに急いでいた。
スタートの準備を整えた彼女らからは一斉に、鷹木へと視線が向けられる。ストップウォッチを手にしている以上、スタートの合図を出すのは鷹木の役目であった。
いよいよもって、この突発的なレースは鷹木の主導によるものという名目が立ってしまっていた。今となって引き下がるだけの胆力もない鷹木は、促されるままにストップウォッチを構え……スタートの合図を出す他に無かった。
「い、位置についたな……用意……スタート!」
鷹木の合図とともに、一斉に駆け出すウマ娘たち。気合だけは充分だった黒ジャージ姿のウマ娘たちは、走り出し直後から早くも置いて行かれてしまっていたが、トレセン学園生との能力差ゆえ致し方なしである。
練習場の至る所から視線を寄せる集団をどよめかせたのは、やはりタップダンスシチーの大幅な一歩一歩から繰り出される豪快な逃げである。
完璧なタイミングでスタートした彼女は、まさに飛び出すという形容こそ相応しいダッシュで悠々とリードを取り、競争相手を突き放す。トップスピードに入るまで1秒もかからなかったのではないかと思われる加速で、最初の直線を駆け抜けた。
「さすが、恵まれた体格から繰り出される走りは別格ですな、新入ウマ娘たちの中でも群を抜いている。」
「わっ……片桐トレーナー……!?」
「いやぁ、流石は世紀末覇王の担当さん、大注目を浴びておられるもんだから、何が始まるのかと思えば……レース形式でのトレーニングとはね。」
突然背後から聞こえた声に鷹木が軽く跳びあがりながら振り向けば、無精髭をたくわえた片桐トレーナーが口元をニヤリと歪めながら練習用コースを見つめていた。
皮肉屋で、腹の内にどんな目論見を抱えているやら常に本性を見せぬ、この男に会うのも久々である。
昨年まではメイショウドトウの担当であった片桐は、ドトウの引退に伴ってフリーの状態が続いているらしかった。この曲者トレーナーと波長が合うウマ娘を見つけ出すことも、なかなかに難しいだろう。
今まさに、鷹木は片桐のノンビリした口調に翻弄されつつある自覚が早くも浮かびつつあった。
「いえ、違うんです、このレースはタキオンとタップが勝手に始めたことでして……。」
「しかしトレーニングの一環である以上、それはトレーナーの指導として行われてるはずでしょう。まさか、ウマ娘が突発的に始めた勝手な遊びで、他の皆さんの練習時間を邪魔しているわけではありますまい。」
「うっ……それは、そう、ですね……。」
鷹木はやはり言い返せず、口籠る。
これは片桐からの忠言でもあった、あくまでも鷹木トレーナーによる指導の一環という形を取っていなければ、ただただ周囲に迷惑をかけた遊びという扱いになってしまう、と。
それに、ウマ娘同士の競い合いである以上、トレーナーとしても得るべきものが多いのは事実であった。先を行くタップダンスシチーの脚運びにじっと目を注ぎつつ、片桐は口を開く。
「どうにも、通過タイムのばらつきが目立つ走りだ。あの逃げを完成させるためには、指導してやるべきことは多そうですな。」
「……えぇ、まずはタップ自身が、自分の走りを確定させないことには、実戦における運び方も決まらないですね。」
片桐の言葉に頷いて返答していると、鷹木も先ほどまでの狼狽が見る間に引いていくのを感じた。この点では、いかに小心者と言えど、彼もまたトレーナーらしい本質を備えてはいた。
逃げという作戦は、ただリードを広げれば良いというものでもない。後ろから迫りくる競争相手との間合いや、ウマ娘自身が得意とするペース配分、そしてレース全体の運びをリードする走り方など、考えるべきことは多岐にわたる。
先頭に立ったからと速度を緩めたり、競争相手が迫ってきたからと慌てて加速したりを繰り返していては、無駄にスタミナを使わされて最終直線で後方集団に埋もれてしまう。
むろん、十分に実力をつけたウマ娘であればイレギュラーな戦況にも対処できるだろうが、まだトレセン学園に入学したばかりのタップダンスシチーが身に着けるべきは基礎的なペース管理であった。
「だから、あぁやって背後から詰められるたび、脚を速めなきゃいけなくなるわけでして。」
「早くも相手が気にしだす間合いを把握したのか、タキオン……。」
タップダンスシチーの数バ身後ろ、アグネスタキオンは淡々とした脚運びで追走していた。
その華奢な体格に似合って、軽々と走っていくフォームでありながら、タップダンスシチーとの間合いを常に一定のところで保ち続けている……ちょうど、背後に食いつかれるのを厭うようにタップが加速するあたりの間合いだった。
アグネスタキオンは、先頭に出ようとすることなく力を温存しつつも、相手のスタミナを着実に削り続けていた。
「先行策としては理想的な位置取りで、競争相手としちゃ嫌らしい間合いですな。あぁいう子をこそ、鷹木トレーナーではなく自分が担当したかったものです。」
「でしょうね。」
お望みなら担当を譲るから、タキオンを担当し続けることの苦労を味わってもらおうか……と鷹木は口に出しかけたが、やめた。
もちろん、それがトレーナーとして相応しからぬ発言であったためでもある。が、ちょうどタップダンスシチーとアグネスタキオンがほぼ並んだ状態でコーナー出口を抜け、ゴールへと続く直線に向いたところに目を奪われたためでもあった。
アグネスタキオンが発揮した末脚は、劇的な加速には最初決して見えなかったが、勝利は既に確定していた。
「あんなに軽々と、相手を抜いていけるもんなんですな、1000メートル近くを走り抜いたうえで。」
「スタミナは充分に残してあったでしょうが、あの速さが出るとは……」
鷹木はそれだけをようやく言って、あとはゴールへとみるみる加速していくアグネスタキオンの走りに釘付けとなっていた。
入学式の前から会っていたにもかかわらず、彼女が本気で走る場面を鷹木が見るのは初めてのことであった。いつも訳のわからぬ理屈ばかりを並べ立ててウロウロしている彼女の脚は、丈の長すぎる白衣の裾からほっそりと覗くばかりであった。
だが、あの華奢で繊細なつくりの脚が、こんなにも凄まじい速度の伸びを見せるものなのか。歯を食いしばって駆けるタップダンスシチーを置き去りにして、アグネスタキオンは遥か先のゴールを駆け抜けていた。
先ほどまでは小さく歓声も上がっていた練習グラウンドも、タキオンが見せた異次元の走りに気を呑まれたのか、水を打ったように静まり返っていた。
「鷹木トレーナー、アンタはまた問題児を押し付けられたでしょうが、しかしこれまた強烈な原石を握ったんじゃありませんか?」
「えぇ……いえ、ちょっと失礼、気になることが。」
片桐トレーナーからの言葉には頷きつつ、鷹木は早くもアグネスタキオンの見せた僅かな異変を感じ取っていた。
彼女自身は、呼吸を整えて歩きながら、遅れてゴールしてくるタップダンスシチー、そして更にずっと後方でまだ懸命に駆けている黒ジャージのウマ娘2名を出迎えるため引き返している最中だった。
完全に息を切らしているタップダンスシチーは、参ったと言わんばかりに首を振りながらゴールし、辛うじて拍手をアグネスタキオンに送っている。
「ハ……ハァ、ハァ……Seriously?とんでもねぇスピード出てたぜ、タキオン……その名の通りにな!」
「おっと、私をそこらのスピード一辺倒のウマ娘と一緒にしてもらっては困る、全て事前の演算の通りにレースを運んだに過ぎないのだとも。さて、これで例の空き教室は、私に譲ってもらえるだろうか?」
「仕方ないな、take my hat off……あの部屋はお前のモンだ、わたしのダチにも言って聞かせとくぜ。」
「おぉ、分かってくれたか!トレーナー君、聞いたかい、遂に私専用の研究室が、トレセン学園内に用意できそうだ!」
そもそもトレセン学園に許可を得ていない話であるため、タキオンの言い分が通るか否かは別の問題であったが、今はそれ以上に重大なことがあった。
足早にタキオンの元へやってきた鷹木は、すぐさま跪いてタキオンの脚を丹念に見始める。腫れや傷、不自然な力の掛かり方が無いか……。
さきほどまで気の小ささをそのままに示すような挙動しか取っていなかったトレーナーの唐突な行動に、タップダンスシチーは驚いたような表情を浮かべていたが、一方のタキオンは彼がそう振る舞う理由を理解しているようだった。
だが、あくまで気づかぬフリを続けてタキオンは鷹木へ問う。
「どうしたんだい、私は怪我などしていないさ。それよりも善は急げだよ、早くあの空き教室に私の実験器具を運び込む手伝いを……。」
「ダメだ、タキオン、すぐに医務室に行くぞ。たしかに目に見える損傷はないが、走り切った直後、お前が片足を庇うような歩き方をしていたのは見えてるんだ。」
それは、テイエムオペラオーを担当していた時、常に鷹木が気に掛けていたこと……ウマ娘の脚に蓄積する疲労への懸念ゆえに、真っ先に気づけた異変であった。
アグネスタキオンも、敢えて鷹木の言葉を否定はしなかった。彼女自身も、自らの脚の抱える不安を前々から理解していたのだろう。タキオンにしてはごく珍しく、トレーナーの指示に従って校舎の方へと連れられて行く。
事情をなんとなく察したタップダンスシチーは、いつもの笑顔も消えたまま、前髪を弄りながら両者を見送っていた。
大幅に遅れてようやく、黒ジャージのウマ娘2名がゼェゼェと息を切らしながらゴールしてくる。
「ヒィ、ヒィ、ハァ……あれ?タップさん、アイツは?」
「It’s nothing、タキオンはあんまりにも早くゴールしちまったから、待つのも飽きて帰っちまったのさ。」
「ゲッホ……んだよ、マジで背中も見えなかったじゃねーか、本気で置いていきやがって……。」
「やっぱバケモン揃いだな、トレセン学園は。本気で競える相手には事欠かなさそうだ。さて、Kids、私らはたむろできる他の場所を見つけなきゃな、全然アテはねーけど。」
鷹木によって医務室へと連れていかれるアグネスタキオンの姿は、それまで存分に注目を集めていただけあって、練習グラウンドのほぼ全てのウマ娘たちが目撃することとなった。
各々、練習用コースへと自らのトレーニングのために戻りつつも、どこか気遣わしげな雰囲気を漂わせている。入学して早々に、故障や負傷に見舞われることは誰の身においても危惧すべきことに違いない。
そんな中でもマイペースに、タップダンスシチーへと勧誘を掛けるトレーナーの存在があった。鷹木の背後でニヤニヤしながらレースの模様を眺めていた、片桐トレーナーである。
「やぁ、初めましてですかね、自分はこう見えても学園のトレーナーなんですが、自分たち専用の居場所がお望みなら、専属のトレーナーが居たほうが何かと便利じゃないかと思いまして。」
「Um……あんまりトレーナーに見てもらうってのは乗り気じゃねぇかな、気ままにやらせてもらいたいもんだからさ。」
「そうですか?しかしトレセン学園では、優秀な戦績を収めたウマ娘には優先的に専用の個別練習場を与えているんですよ。もちろんトレーニングのためだけではなく、集まって他のレースの観戦したり、お喋りしたりも出来ますし。」
片桐の喋っていることは、嘘ではなかった。実際、彼も去年まで担当していたメイショウドトウが、現役の中ではテイエムオペラオーに並び立つ最強クラスのウマ娘であったがため、専用の練習場を有していたのである。
そこに至るのは言うまでもなく、厳しく険しい道であった。トレセン学園に入学できた時点で相当な優等生である証なのだが、その中でもごく限られたGⅠウマ娘と競い合い、更にトップクラスの戦績を示さねばならないのだから。
タップダンスシチーがさして間を置かずに快諾したのは、片桐の提案を魅力的だと感じたためでもあり、さほど物事を堅苦しく考えない性格であったためだろう。
「Phew、ワクワクさせてくれるじゃないか、その提案は。タキオンには例の空き教室を取られちまったが、あんな埃っぽい場所よりも広々としたよほど個別練習場の方が、わたしたちの城に相応しい!乗ったぜ、アンタの話に。」
「色よい返事をいただけて何よりです、では、専属トレーナーとしての登録をするため、届け出を提出しに行きましょうか。そちらの黒ジャージ姿のお二人も、ついてきます?」
「お、おう……。」
「大丈夫なんだよな?タップさんが言うなら、良いか……。」
黒ジャージのウマ娘たちが、タップダンスシチーよりは戸惑いの色を濃く見せていたのは、片桐トレーナーの振る舞いがあまりにも怪しげであること、街中で見かける勧誘を彼女らが見慣れていたことが原因だったろう。
斯くして、鷹木がアグネスタキオンの脚を気遣っている一方で、片桐は新たなウマ娘レース世代の原石を見出すことになったのであった。