探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 京都レース場、現地にて天皇賞春を観戦するアグネスタキオンとマンハッタンカフェ。常人には見えない存在である"お友だち"を目視できるマンハッタンカフェは、前々よりレース中の振る舞いの不自然なアドマイヤベガのことが気がかりな様子であった。やがて天皇賞が開始された時も、得意とする追い込みではなく、完全に先行の位置で走り続けるアドマイヤベガ。本来は不得意な作戦でありながら、優位な位置取りを続け、やがてゴールラインを越えようとする彼女の姿に、カフェは思いもよらぬ存在を見出す。


交錯は知る、未確定を

 彼女の担当トレーナーとして働いていた時は、大抵すぐ傍に響いていた声。テイエムオペラオーの声が、京都レース場を埋め尽くす大歓声の上から注がれているという現状にはなかなか慣れるものではなかった。

 

 同じ実況席にはアナウンサーとスペシャルウィークも居るとはいえ、あのオペラオーにマイクの前で喋らせるという決断も、かなり思い切ったものだと鷹木には感じられた。

 

 相変わらず、タキオンは妙な興奮度合いのまま、オペラオーの声が響き渡るレース場へ見開き切った目からの視線を注いでいた。

 

「なんとも得難き機会じゃないか、私は特異点の干渉がレース結果にいかなる変化をもたらすのか、それを生に目撃できるというわけだね!あぁ、実に、楽しみだ!」

 

「いや実況解説がレース結果に干渉しちゃダメだろ……。」

 

 オペラオーの良く響きすぎる声がスピーカー越しに注がれることで、レース中のウマ娘たちの集中力を削ぐことなどないか、それも確かに鷹木にとっては心配ではあったが。

 

 一方で、マンハッタンカフェは、先ほどまで観客席の至る所をキョロキョロ見回していた視線を、今はじっと一点に注いでいる。

 

 彼女の視線の向く先には、直線コースの向こう側、大型スクリーンに映し出されたパドックの様子があった。

 

「カフェ、画面に中継される内容なら、スマホで受信して手元でじっくり見ることも出来るぞ。ほら。」

 

「いえ……そちらでは、“見え”ません……。」

 

 鷹木はスマホ画面にて中継チャンネルを表示し、カフェの方へと向ける。

 

 しかし、マンハッタンカフェはチラと鷹木のスマホへ視線を遣ったあと、短く答えて再びコース内の大型スクリーンへ注目し直す。

 

 大勢の観客が見つめる画面に映し出される状況でのみ何が見えているのか、詳細には語らないカフェの眼差しは相変わらず皿のように見開かれていた。

 

 パドックに現れるウマ娘の紹介は進み、人気度上位には馴染みとなった名前が並びはじめる。

 

〈こちらは3番人気となりました、エアシャカール!先月の日経賞ではマチカネキンノホシとの激走を制して、見事に勝利。まだまだ現役の先輩たちとも競い合う日々が続いていますが、今回の天皇賞でも先ゆくライバルたちに食らいつく様が見れるのでしょうか!〉

 

〈昨年末に得意な走りを確立してから、安定して上位の着順を見せてくれていますからね、やっぱり期待できますよ!〉

 

〈あぁ、このボクに並び抜いたジャパンカップでの走り、今も鮮明に思い出される!切れ味鋭い追い込みを、また堪能させてくれたまえシャカールくん!〉

 

 去年のジャパンカップ以来、特にナリタトップロード相手には勝てていないエアシャカールであったが、勝利候補の一端を担い続けている事には違いない。

 

 観客たちに伝わりやすい簡易な表現を手短に伝えているスペシャルウィークに並び、思った以上にマトモなことを喋っているオペラオーに鷹木は一時の安堵を覚えていた。

 

 その油断も、次の瞬間にはすぐさま勢いよく吹き飛ばされたが。

 

〈いよいよ出走ウマ娘紹介も2番人気にまでやってまいりました、アドマイヤベガです!ナリタトップロードと居並んで、覇王世代と呼ばれるウマ娘、後輩たちの躍進も目立つなか、もちろんこの子も健在で大舞台に立ち続けています……。〉

 

〈アヤベさァァァん!!アヤベさーん!美しいよ、今日も!ボクが見ているよ、ぜひ勝ってくれ!!〉

 

〈うわぁびっくりした!オペラオーくん、そんな大声出さなくってもマイクが拾ってるから!〉

 

 唐突に興奮した声を上げるオペラオーと、それに反応したスペシャルウィークの掛け合いに観客席では笑いが巻き起こり、パドックでは涼しい顔を見せていたアドマイヤベガも眉をひそめてカメラから視線を逸らした。

 

 一時引退が危ぶまれたアドマイヤベガは、オペラオーが願った通りに今なお現役を続行して走り続けている。

 

 そんな彼女にオペラオーが熱を上げる理由も分からないでもなかったが、鷹木の真隣りではますますマンハッタンカフェが食い入るように、大スクリーンに映るアドマイヤベガへ視線を注いでいた。

 

 前々よりアドマイヤベガの振る舞いには異変が見いだされていたが、カフェには気づくところがあるのだろうか。鷹木は問う。

 

「カフェ……もしかして、アドマイヤベガの身体に、何かとり憑いてるのが見えるのか?」

 

「……いえ、まだ、はっきりとは……ですが、確かに何かが……すみません、あやふやなことばかりで……。」

 

「慎重になるのは仕方ないさカフェ、証明されていない仮定を徒に持ち出して、詳細を知らぬ者たちを不安がらせるのは科学的な立場ではないからねぇ。」

 

 傍らのタキオンも、沸き立つレース場全体へ熱に浮かれた視線を注ぎつつ、カフェに口添えしている。

 

 先週、カフェがタキオンと共に練習するという名目で鷹木のもとに来た時も、彼女はアドマイヤベガにとり憑く“お友だち”の正体を見定められぬことについて言及していた。

 

 むろん、マンハッタンカフェにしか見えない対象について、タキオンや鷹木に相談されても、こちらは何も答えられることなどない。

 

 ただ、カフェは不安を独りで抱えたままで居ることが難しかったのだ。

 

 大舞台本番直前の先輩に、自分が気づいている異変を伝えるべきか、否か。伝えたところで、何らかの具体的な対策が取れるというわけでもない。

 

 結局、アドマイヤベガの調子を崩させる恐れを鑑みて、カフェは何も伝えなかったのだ。

 

「アドマイヤベガ先輩にとり憑いているのが、悪い思惑を持ったお友だちではないと……願いたいのですが……。」

 

「カフェ、私達は共同研究者だ、言い換えれば共犯者とも称せるだろう。アドマイヤベガ先輩のコンディションを邪魔せぬよう、下手な伝え方をすまいと判断したのは私たちでもあるさ、そうだろうトレーナー君?」

 

「えっ?……あ、あぁ、もちろん。」

 

 唐突に自分へと話頭を転じられた鷹木は、大いに狼狽えながらもどうにか首を縦に振った。

 

 鷹木は積極的にマンハッタンカフェの悩みを聞き入れ、明確な助言を行ったというわけでは決して無かった。が、トレーナーの端くれとして、ウマ娘の悩みを見ぬふりなど出来ようはずがない。

 

 大スクリーンの中では、喝采と共に最後の出走ウマ娘紹介が行われているところだった。

 

〈さぁ、今回も、というべきでしょうか、1番人気のウマ娘の紹介です!ナリタトップロード!2月の京都記念、そして先月の阪神大賞典と立て続けに勝利!今年を制するウマ娘は彼女となるのでしょうか、この天皇賞においても文句なしの1番人気となっています!〉

 

〈デビューから5年目に入ってなお安定した戦績を出し続けるって、ますます本物の実力が備わってる証です!この長距離レースでも十分に強いですよ!〉

 

〈あぁ、ボクと、そしてドトウと共に駆け続けた時も、彼女はずっと強かった!今、その名の通りに先頭に立ち続けている様は必然だろう!あ、こっちを向いたね!おぉーい!〉

 

 ナリタトップロードはパドックの様子を中継しているカメラへ真っすぐ笑顔を向け、手を振って見せていた。

 

 世紀末覇王と呼ばれたオペラオー、その最大の宿敵メイショウドトウが引退した今、この世代の顔となってウマ娘レース全体を引っ張っているのは確かに彼女で違いなかった。

 

 パドックでの紹介も済み、発走目前の時刻となる。観戦シートの鷹木の真隣りでは、相変わらずマンハッタンカフェがじっと視線を一点に注ぎ続けている。

 

 彼女の黄色い目は、今は遥か遠方ながらガラス窓越しに見ることの出来るゲートの方を向いていた。

 

〈ゲートイン、全て収まりまして……スタートしました!11名のウマ娘が綺麗なスタートを切りました、まず一周目の3コーナーへと向かっていくところですが、おっと!?アドマイヤベガ、アドマイヤベガが先頭に立とうする勢い、しかしエリモブライアンがすぐさまハナに立ちました。2番手にアドマイヤロード、先ほど前へと飛び出たアドマイヤベガは4番手あたりに収まっています。〉

 

〈アドマイヤベガさん、最近は先行寄りの走り方が多くなっていましたが、あんなに前に出るのは初めて見ましたよ!〉

 

〈確かにボクも初めて見るよ!だがアヤベさんなら、どんな走りであっても強く、そして美しい!〉

 

 オペラオーの言葉は全く解説にも何にもなっていなかったが、アドマイヤベガと競い続けたウマ娘自身からの言葉は、妙な説得力を伴っていた。

 

 おそらく、入院している最中も、鷹木が会いに行かなかったときも、オペラオーはウマ娘レースの中継を欠かさず見続けていただろう。アドマイヤベガが明確に作戦を変えつつあることにも当然気づいたはずだ。

 

 もしも直接会えたなら、鷹木はオペラオーがアドマイヤベガの変貌をどう解釈したか、聞いてみたくもあった。

 

〈一周目の3コーナー登っていきます、3番手にはキングザファクトがつけて、アドマイヤベガにウチから並ぶ形でボーンキング、その後にアクティブバイオという順。中団の後ろ、ウチ側にナリタトップロードが進み、1バ身ほど空いて外側をエアシャカールが進んでいきます。最後方にサンライズペガサス、トシザブイ、ホワイトハピネスが固まっています。〉

 

〈先頭の子達はすでに3コーナーを登り切って下り坂ですが、落ち着いたペースです!〉

 

〈まだまだ一周目、大きくばらけてもいないね!うん、今から早くも二周目のペースがどれだけ速まるか、楽しみだ!〉

 

 鷹木の目からも、ベテラン揃いのウマ娘たちが着実に足を運んでいく様ははっきりと見て取れた。

 

 世界的に見ても有数の、3200mという長距離のスタミナ勝負。序盤は控えめなペースで進んでいくにせよ、良バ場となったこのコースでは次の向こう正面あたりでぐんぐん高速化していくだろう。

 

 追い込みを得意としていたアドマイヤベガがスタート直後に先頭に立った展開には場内からも驚きの声が上がったが、鷹木の隣でアグネスタキオンは小さく頷きながら口を開いた。

 

「もしかすると、アドマイヤベガ先輩はこの天皇賞春を視野に入れて、新たな作戦を実践してきたのかもしれないねぇ。これほどの長距離だ、押し上げた位置取りで更に得意の末脚を発揮できれば、確かに勝ちは近づくだろう。」

 

「だが、京都記念でも阪神大賞典でも、スタミナを十分に残せず勝ちきれていない。まだ、完成された作戦とは言い難いが……。」

 

 言いながら、鷹木はマンハッタンカフェの方にも目を向ける。

 

 カフェは押し黙ったまま、ほとんど瞬きも無いままに、3コーナーから観戦スタンドの方へと近づいてくるウマ娘たちへと視線を注ぐばかりであった。

 

〈3番手キングザファクトの後を、アドマイヤベガ、ボーンキングが並んだままに4番手5番手となって追走しています。ナリタトップロードのすぐ外に並んでいるのはアクティブバイオ、エアシャカールはちょっと下げたか、後ろから4番目という位置取りで、一周目のスタンド前に各ウマ娘たちが出てきます!〉

 

〈凄い歓声が巻き起こってます!春の天皇賞でも、これが風物詩ですね!〉

 

〈あぁ、だけれど皆、じっくりとしたペースを崩していない!互いに仕掛けどころを秘めたまま、狙い合っている!この緊張がずっと続くのさ、天皇賞は!〉

 

 鷹木は、レース中に感じることをオペラオーから初めて聞いたような気がした……いや、気がした、ではない、完全に初めてであった。

 

 テイエムオペラオーは、担当トレーナーの前でも常に覇王であった。レースの本番を終えてトレセン学園に帰ってきても、彼女が世紀末覇王の役を担う舞台からは降りることなど無いようであった。

 

 今、現役ウマ娘レースから引退し、レースの場から離れた立場に身を置いたことで、オペラオー自身がようやく舞台の外に自らを見出したのかもしれなかった。

 

「トレーナー君?どうしたんだい、ハトが空気粘性を利用したソリトン波の渦輪を喰らったような顔をして。」

 

「え?いや……別に……。」

 

 アグネスタキオンから目聡く表情の変化を見出された鷹木は、慌てて誤魔化した。彼は自分でも気づかぬうちに、よほど虚を突かれた表情を浮かべていたのだろう。

 

 先ほど実況席から放たれた一言であまりにもアッサリと、オペラオーが現役ウマ娘でなくなった実感が、ようやく訪れたのであった。

 

〈変わらずハナに立ち続けるのはエリモブライアンです、エリモブライアン大歓声を浴びながら堅実に脚を進めていきますが、外からボーンキングが位置を上げてきました、先頭に並ぶ勢いで現在2番手!アドマイヤロード、キングザファクトが続き、アドマイヤベガはインコースを現在5番手で進んでいます!〉

 

〈ますます歓声が高くなってますよ!なんたって1番人気から3番人気のウマ娘が、お互いにマークし合って中団を駆けて行ってますから!〉

 

〈アヤベさんがトップロードくんのすぐ前だ!こんな光景を見る日が来るとはね!〉

 

 鷹木も、オペラオーに同感だった。完全に最後方から追い込んでくる作戦が売りだったはずのアドマイヤベガが、こんなにも前方に位置どってレースを進めているとは。

 

 前回の阪神大賞典までは、自分の不得意な作戦を敢えて採らねばならない何らかの要因が、アドマイヤベガにとっての枷となっているのではないかとも感じられた。

 

 しかし、今こうして迷いなく進んでいく彼女の足取りを見るに、アドマイヤベガにとっては慣れないはずの先行寄りの策はいよいよ完成に近づいているようでもあった。

 

「……。」

 

 マンハッタンカフェは、スタンド前を駆け抜けていったウマ娘たちにじっと視線を注ぎ続けている。

 

 その表情は、何かに気づきかけているようで、未だに詳細を掴み切れない、困惑した色をも含んでいた。

 

〈1コーナーのカーブを回っていきます、淡々とした流れ、エリモブライアンのペースで進んでいます。順位は変わらずエリモブライアンに続きボーンキング、アドマイヤロード、そしてキングザファクトといった形。その後にアドマイヤベガ、ナリタトップロード、ほとんど並んだ状態で2コーナーを通過していきます!〉

 

〈まだ仕掛けるには早いかもしれませんが、これだけのメンバーが集まればどう動くかの予測は難しいですね!〉

 

〈アヤベさんが徐々に下げていっているのかもしれない!このコース、向こう正面を過ぎる辺りからが本番だからね!〉

 

 一周目でも通過した通り、向こう正面直線の出口は上り坂である。3コーナーを抜ける辺りから下りとなり、そこから一気にレースが加速するのが例年の流れとなっている。

 

 このタイミングで、ナリタトップロードに並びかけられたアドマイヤベガが無理に加速しようとしない様は、彼女が作戦を迷っていない証でもあった。

 

「あぁ、このペースならば、先輩たちそれぞれの得意分野に近づいていきそうだねぇ!まだ残り1000m以上も走り抜かねばならぬコース、アドマイヤベガ先輩は着実に己のスタミナ残量を把握している!」

 

「……。」

 

 興奮して独り喋り続けるアグネスタキオンの隣で、マンハッタンカフェはますます目を凝らし、遠ざかっていくアドマイヤベガへ視線を集中させている。

 

 心なしか、その表情に緊迫感が覗かれ始めたようでもあった。

 

〈向こう正面へと入っていきます、ナリタトップロードとアドマイヤベガが並ぶのを見るように、エアシャカールがその2名のすぐ後ろにつけています。2バ身ほど空いてアクティブバイオ、トシザブイ、サンライズペガサスという並び。最後方にホワイトハピネス、まだバ順は変わりません、これから3コーナーへと向かいます!〉

 

〈さぁ……さぁ、ここからです!〉

 

〈誰も焦っていない、皆が思い描く通りに走っているよ!最後のコーナーは熾烈な争いになりそうだ!〉

 

 出走ウマ娘の殆どがトレセン学園高等部、デビュー4年目や5年目のベテラン揃いである。

 

 スタートから、2000m超を走り抜いた今の時点まで、誰ひとりとしてミスを犯した者はいない。いざ全員がゴールに向けて猛進するその時に備え、それぞれが全力を出せる位置で脚を動かし続けている。

 

 ここから先も、僅かなミスもなくゴールまで向かうのだろう……残り数十秒の中に、途轍もない緊張感が満たされる様は予感するまでもなかった。

 

〈3コーナーを回っていきます、先頭集団の順位は変わっていないが徐々に詰まって来たか、5番手集団、ナリタトップロードとアドマイヤベガが並んで前へと詰めてくる!エアシャカールもすぐ後ろにぴったりとつけて、リードの差はほとんどありません!ナリタトップロードが外から仕掛けるか!〉

 

〈大きく外に出しています!これは上がってきますよ!〉

 

〈アヤベさんはウチ側に残っているが、こちらも抜け出せそうだ!〉

 

 アドマイヤベガの前方は先頭集団で遮られていたが、オペラオーはほとんど確信とともに叫んでいた。

 

 京都レース場のコースは、下り坂の勢いで4コーナーの出口が来ることもあり、遠心力で集団は大きく外側に振られることになる。

 

 そんな中でも、アドマイヤベガの足ならば狙い通りのコースで抜け出せることは確実だった。ほかならぬ、アドマイヤベガと競い合ったオペラオーだからこそ、得られる確信だった。

 

〈残り600を通過!アドマイヤベガ、その後エアシャカールが続いて5番手6番手!アクティブバイオが後に続く!サンライズペガサスはまだ最後方だが、4コーナーを回り、今度はボーンキングが先頭か、外からナリタトップロード!外からナリタトップロードが追ってきた!〉

 

〈シャカールくんも前に出てますよ!一気に上がってます!〉

 

〈アヤベさんが間から抜けてきてる!アヤベさん!!〉

 

 観客席で圧倒されているのは鷹木のみならず、ほぼ全ての観客であっただろう。もちろん、早口であれこれと喋っていたアグネスタキオンも、目の前のレースの空気に呑まれたように息を詰めている。

 

 上がってきたナリタトップロード、さらに外から並びながらエアシャカールがぐんぐんと加速し、アドマイヤベガも並んで前を目指している。

 

 この3名が圧倒的な実力を有しているのは、誰が見ても明白であった。集団の中から駆け出しつつも、誰にも追いつけない末脚であっという間に先頭へ躍り出ていった。

 

〈ナリタトップロードにエアシャカールが並ぶ、僅かにエアシャカールが前か、しかしアドマイヤベガ!アドマイヤベガが先頭だ!サンライズペガサス上がってきたが、ナリタトップロード、エアシャカールには届かない!その先にアドマイヤベガ!〉

 

〈あの先行策、完成してましたよ!これは勝てますよ!〉

 

〈アヤベさん!!〉

 

 実況席からも興奮度合いが伝わる叫びが次々と投げかけられる中、観客席に居たマンハッタンカフェは不意に腰を浮かし、大きく体を乗り出して目の前の窓べりに手をついた。

 

 彼女らしからぬ興奮で、つい身を乗り出してしまったのだろう、と鷹木はその時考えていた。彼自身、ゴールする直前のウマ娘たちの方に意識の殆どが奪われており、カフェがどんな表情を浮かべていたか確かめもしていなかった。

 

 カフェがどんなことを呟いていたかなど、知る由もなかった。

 

「あれは……私だ……。」

 

 ただ、観客席で湧き起こる大歓声の中でも、アグネスタキオンだけはマンハッタンカフェの口にした言葉をしっかりと聞き取っていたのであった。

 

〈アドマイヤベガ!エアシャカールが詰め寄るが!アドマイヤベガ先頭!アドマイヤベガ押し切ったゴールイン!!この淀の坂を登り切り、3200の末に栄冠を手にしましたアドマイヤベガ!思えば長い戦いでした、3年前の東京優駿以来、久々のGⅠタイトル獲得です!〉

 

〈すごい、今までにない走りで、勝っちゃうだなんて……本物です!さすがダービーウマ娘!〉

 

〈やっぱり、キミの輝きは美しい、そして褪せないよ!アヤベさん!おめでとう!!〉

 

 口々に賞賛の声を投げかける実況席を見上げて頷き、そして観戦スタンドの方へ向き直り、アドマイヤベガはいつもの彼女通りに控えめに手を振って喝采にこたえている。

 

 鷹木もまたいつも通り、ほとんど放心状態でレース直後の熱狂が駆け巡る感覚に全身を委ねていたが、アグネスタキオンが不意に立ち上がった様に驚いて見上げた。

 

 レースが終了した直後から席を立つ観客が居ないわけではないが、タキオンならば興奮した調子で今のレースについて語り続けるのではないかと思われたのである。

 

 鷹木が見上げた彼女の顔は、常と同じく笑んではいたが、同時に真剣な眼差しも湛えていた。

 

「トレーナー君、カフェ、我々は帰ろう。今すぐ出れば、駅の混雑にも巻き込まれまい。」

 

「えっ……この後はウイニングライブもあるし、終わった後はパドックなどの見学にも行きたかったんじゃないのか?」

 

「それこそ、スマホ画面で中継を見ることでも確認できるじゃないか。それよりも、カフェ、君が口走った内容に大きな手掛かりを見出せそうだ。この感覚が色褪せぬうちに静かな場所で探求し、思索に入ろうじゃないか。」

 

「……。」

 

 カフェは無言のままであったが、タキオンが言及したことには十分な心当たりがあるのか、小さく頷いた。

 

 鷹木としては、万が一のチャンスでオペラオーとも再会できるのではないかと淡い期待を抱いてもいたのだが……そも今まで会えていないのは、彼が入院中のオペラオーの見舞いに頻繁に行かなかったせいでもある。

 

 現状の担当ウマ娘たちの望むところを阻む理由もなく、ウイニングライブをスマホの小さな画面で鑑賞する他にないことを覚悟しつつ、京都レース場の観戦スタンドを鷹木は後にしたのだった。

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