探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 担当ウマ娘が引退して手持無沙汰になった鷹木トレーナーにも、トレセン学園は居場所を用意していないわけではない。かつてのライバルウマ娘たちも、もはや無関係ではない以上、彼の同席を望む場を用意している。フューチュリティステークス、これから本格化を迎える後輩ウマ娘たちの晴れ舞台を共に見ることとなったのも、ウマ娘たちが鷹木の今後が続くことを疑ってはいなかったためであった。


喝采の先を共に見ること、絶えはせず

 12月の2週目。相変わらず集団でトレーニングを行うウマ娘たちが集まるグラウンドには出られることなく、個別練習場持ちのウマ娘のトレーニング見学に明け暮れていた鷹木の元へ、一通のメールが届いた。

 

 内容は、フーチュリティステークス観戦。とはいえ、今からレース場観戦席のチケットが取れるはずもなく、また12月末の大舞台を控えたウマ娘たちが練習場から離れられるはずもなく、ただ画面越しに中継を一緒に見るだけの集まりへの誘いである。

 

 とはいえ、現時点におけるレースの頂点に君臨するウマ娘たちと共に観戦することが、貴重な機会であることは間違いない。今さら新たな作戦や勝利へのヒントを見出すことは無いだろうが、トレーナーとしてはレースを直視したウマ娘たちの言葉を聞く機会であった。

 

 それを思えばこそ、自分の担当ウマ娘が参加しないレースであろうと観戦するため、オペラオーのトレーニング中も休憩時間をレース開催スケジュールに合わせることをたびたび行ったのだ。

 

「やぁ、何だか顔を見るのも久々な気がするね、鷹木トレーナー。」

 

「わざわざ呼んでくれてありがとう、トップロード。こういうのは、ウマ娘同士で集まるのがメインだと思ってたんだが。」

 

 招待された先は、ナリタトップロードの練習場である。トレーニングのクールダウンも兼ねて、軽く流しながらコースを一周してきたところであろうトップロードは、いつも崩すことの無い爽やかな笑顔を鷹木へ向けた。

 

 トップロードを担当している桂崎トレーナーは今、海外に居る。12月16日に行われる香港カップ、それに出走するアグネスデジタルの最終調整のため、現地にてつきっきりなのだ。

 

 むろん、それが済めば即座に帰ってきて、有馬記念へ出るトップロードの指導に戻ることになる。桂崎トレーナーの多忙なスケジュールと、正直なところ時間を持て余している自身の現状を引き比べるたび、鷹木は表情が僅かにでも曇るのを止められなかった。

 

 一方、月末に大舞台が近づいてくる状況で担当トレーナーが近くに居ないトップロードは、いかな不安にも目の色が沈むことは無いようだった。勝利と敗北を乗り越え、幾度も大舞台を経験し、彼女のメンタルには強靭な土壌が育まれていた。

 

「私たちの方だって、レースを観戦してるトレーナーがどういうことを考えてるのか、知りたいから。それより、さっき私の練習場から出ていったばかりの子達と、鉢合わせなかった?」

 

「ギリギリのところで、ガヤガヤしてる声と大勢の足音が聞こえたから身を隠した。油断してたよ、そりゃ今の時期だから集団相手の併走練習はする、よな。」

 

「ま、鷹木トレーナーの姿をあの子達が見てたら、もっと大騒ぎになってるよね。併走練習後に私も聞かれたよ、オペラオーのトレーナーは今フリーなんじゃないか、今後オペラオーのトレーナーと会う予定はないか、ってさ。」

 

 確かに、ここに来る直前、トップロードの練習に付き合ったのだろうウマ娘集団と危うく遭遇しかけて、鷹木は慌てて掃除用具入れの中という古典的な隠れ場所に潜んだのだった。

 

 彼が担当無しウマ娘との接触を避けるべきことは、トップロードも察しているようであった。彼女自身、デビュー後しばらく担当トレーナー無しの状態が続き、十分に吟味したうえでトレーナーを決めたという経緯がある。名声や実績だけを元に、自分の担当トレーナーを選ぶことの危うさを分かっているウマ娘であった。

 

 トップロードが踏みしめている練習場のターフは、先ほどまでウマ娘集団が走っていたことを示すように、表面が荒れて、ちぎれた芝が土と共に散乱している。

 

 練習段階であろうと、トップロードというベテランウマ娘と共に走る機会を得て、ウマ娘たちの走りに熱が入らぬはずもない。

 

「単に、名トレーナーのファンってわけじゃない。あの子達は、自分を勝利に近づけてくれるトレーナーを本気で探し求めているからね。」

 

「……あぁ、そんな子達からアプローチを掛けられて、きっぱり断るのは難しい。」

 

「それに何よりも皆、鷹木トレーナーがそういう性格だってのを、見抜いたうえで話しかけてくると思うよ。」

 

 そう告げるトップロードは屈託のない笑顔を浮かべていたが、それは鷹木が抱えている現状を作り出している、一つの大きな要因であることに間違いはなかった。

 

 仮にあらゆるウマ娘が憧れる存在、三冠ウマ娘や無敗ウマ娘、黄金期を築いたウマ娘を担当したトレーナーであろうとも、トレーナー自身の人格が備わっているか否かは別問題である。

 

 易々とは話しかけられず、軽々に担当を申し込んでも通らないような、雲の上の存在としての風格が備わっていれば、今のようにトレセン学園内を不審者めいて逃げ隠れするような羽目にはならないのだ。

 

 ベテラン、一流、いや、それらを更に超えた存在として目されるトレーナー、例えば……。

 

「やぁ、アヤベ、それにシャカール。おや、結城トレーナーも来てくれたんだね。」

 

「!?」

 

 てっきりウマ娘だけが集まるもの、他にトレーナーが来るとしても片桐トレーナーぐらいのものだと考えていた鷹木。

 

 たった今練習場に入ってきた者たちを迎えるトップロードの言の中に、あまりに想定外に過ぎる人物の名を聞き、まるで小禽のごとき首の速度で練習場入り口の方を振り向いた。

 

 アドマイヤベガ、エアシャカール。そして彼女らを担当しているトレーナー、トレセン学園どころかURA界のレジェンドである結城トレーナが、そこに居た。

 

 結城トレーナーから目を離せないまま、ゆったりと歩いて近づいてくる相手に見えるか見えないかの距離でぎこちなく会釈している鷹木に対し、真っ先に口を声をかけたのはシャカールであったが。

 

「来てたのか、鷹木トレーナー。オペラオー先輩の見舞いには、行ったのか?オレ達が病院に行った時点じゃ、まだ来てねェって話だったけどよ。なんで担当トレーナーが、ライバルウマ娘よりも見舞いに遅れてンだよ。」

 

「え……あ、い、行った。ちゃんと行って、オペラオーと話した。」

 

「ホントだろうな?オペラオー先輩、直接は言わなかったが、担当トレーナーがなかなか見舞いに来ないってのを寂しがってたみたいだったから……。」

 

「シャカール。オペラオーが言わなかったのなら、わざわざ伝えなくていいわ。鷹木トレーナーだって、担当していたウマ娘の胸中にぐらい気づいているはず。」

 

「う、うん。俺も気づいてる、十分に。」

 

 様々な要因から来る動揺に目を泳がせている鷹木が、エアシャカールとアドマイヤベガを前にしてそのようなやり取りを続けている間も、結城トレーナーは緩やかな笑みとともにこちらを見つめているだけであった。

 

 一言も発さず、ただそこに居るだけで、ウマ娘には安心感を、他のトレーナーには畏敬の念を呼び起こさせる存在。数々の優駿を指導してきた彼が、ウマ娘たちに殺到されることなく学園内を歩き回れる理由は、その貫禄と風格が雄弁に物語っていた。

 

 練習場の、本番さながらの大型スクリーン前にトップロードが並べたパイプ椅子のひとつに、ゆっくりと腰を下ろす結城トレーナー。

 

 ウマ娘レースの中継観戦を、その大型スクリーンで行えるのも、個別練習場を与えられている一握りのウマ娘たちが有する特権であった。

 

「フューチュリティステークスには、アドマイヤベガの親戚の子が出るんだったね。」

 

 結城トレーナーはごく静かな声でそう言っただけだったが、まるで全てのスポットライトが彼に向いたかのように、この場に居た全員の意識がそこに惹きつけられた。

 

 鷹木に至っては、無意識のままに背筋を伸ばし、姿勢を正していた。さすがに長らく結城トレーナーから直接の指導を受け続けていたアドマイヤベガは、いつも通りの調子で返答していたが。

 

「えぇ、アドマイヤドンという子。今年の10月にデビューしたばかりで、今のところ2戦2勝。素の能力はかなり高いと思うから、ここで躓いてほしくはないわね。」

 

「デビュー戦ではダートで8バ身差、その次は芝で4バ身差での勝利だからね。今のところは短距離だがこれから先、大舞台には確実に上がってくるだろう。」

 

 その内容を、結城トレーナーはスマホやタブレットなどを見ることなく、当然のごとく記憶していたようにスラスラと喋っていた。

 

 オペラオーのこと、あるいは自分自身のことで思考がいっぱいになり、今後伸びてくるだろうデビュー直後のウマ娘に目を向けていなかった自分が、その会話にトレーナーとして参加することが出来ない現状に、鷹木は歯痒さと後悔を感じていた。

 

 結城トレーナーが、こちらに積極的には話しかけてこないのも当然であった。トレーナーたる者、ウマ娘に関する情報を漏らすまいと隈なくアンテナを張っているならば、おのずから今の発言にも返答し会話に参加することも出来るのだ。

 

 トップロードに話しかけられるまで、鷹木は所在なさげに立ち尽くすばかりであった。

 

「鷹木トレーナー?」

 

「えっ、あ、はい?」

 

「そろそろ始まるよ、レース中継。いつまで立ってるの、せっかく椅子を並べといたのに。」

 

 見れば、すでにウマ娘たちは集められたパイプ椅子に腰かけ、空いているのは結城トレーナーの真隣りであった。

 

 トレーナー同士での会話が出来るよう、ウマ娘たちが配慮した結果の空き席だったのだろうが、鷹木にとっては冷や汗が全身から絞り出されんばかりの特別席であった。

 

 今しがたのトップロードの発言からも、ヒマなはずの鷹木トレーナーが椅子を準備せず、トップロード自身に中継観戦の場を準備させたのか、と思われているかもしれない……と肝の冷える思いをしているというのに。

 

 ただのパイプ椅子でありながら、氷の針の上に腰掛けるような心持ちで腰を下ろし、卑屈さ極まれりと言わんばかりの笑顔をぎこちなく作って鷹木は隣席へ顔を向けるも、結城トレーナーはこれといった表情も無く、いつも通りの笑みを見せるばかりだった。

 

「楽しみですな、来年からクラシック路線に入る子達もどれだけ出てくるか。」

 

「はい、楽しみですね。」

 

 少しはトレーナーらしく今年度のウマ娘についての見識を示すか、そうでなくとも片桐トレーナーのように気の利いた返しが出来ればと鷹木自身も考えていたのだ。

 

 しかし、真隣りのレジェンドトレーナーからようやっと話しかけられ、緊張の極致にあった彼の口から出てきたのは、素人でも喋れる程度のオウム返しにすぎなかった。

 

 いよいよ中継画面にて出走ウマ娘が並んでゲートに入り始めた頃、そういえば、片桐トレーナーとドトウは来ないのか……と鷹木が思い当たったと同時に、練習場の扉が慌ただしく開かれた。

 

「すみませぇん、トップロードさん。せっかく合同のレース中継観戦、お招きいただいたのに遅れちゃいましたぁ。」

 

「申し訳ありませんね、ウチのドトウが観戦中に皆さんで飲むドリンクを持っていくんだと思い立ってしまったがために。」

 

 バタバタと入ってきたドトウはジャージを既に新しいものに着替えていたが、同行する片桐トレーナーのズボンに盛大なジュースの染みがついているあたりから、何が起きたかは容易に察せた。

 

 とはいえ、メイショウドトウも入学当初ほどの気弱さを今なお引きずっているわけではない。ドジは相変わらず散発しているようだが、そのために下手に慌てて転ぶような真似はしなくなったようだ。鷹木の見立て通り、担当トレーナーの片桐に似てきたのだろう。

 

 確かに、怪我に繋がりかねないリスクが減ったのは良いことではあったが、皆がスクリーンに向かっている正面からゆったりと歩いてくれば、必然的に皆の視野の真ん中をドトウと片桐の姿が塞ぐこととなった。

 

「ドトウ、遅れちゃった事情は分かったけど、そろそろレースが始まっちゃうから、その……。」

 

「はいぃ、でも、どうにか間に合ってよかったですぅ。」

 

「そうじゃねェよドトウ先輩、そこに立ってねェで、早く座ってくれ。」

 

「えぇとぉ、でも、椅子の数が足りないみたいですぅ。パイプ椅子、持ってこないとですねぇ。」

 

 ナリタトップロードとエアシャカールの両名から急かされても、何について言われているのか把握しきれず、ポカンとした表情を晒して突っ立っているメイショウドトウ。

 

 片桐は既に鷹木の隣に持ってきたパイプ椅子をおいて腰掛けている。彼自身は事情が分かっていつつも、敢えてドトウには教えずにいることに決めたらしい。

 

 小さな事でありながらドトウの判断力を試すつもりがあったのか、それとも単に面白そうだったからなのか、鷹木は片桐が細めている目つきを見るほどに判別できなかった。

 

〈各ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました!〉

 

「ドトウ、伏せなさい。」

 

「はっ、はいぃ……!あ、私の後ろに、中継を映してるスクリーンがあったんですねぇ。」

 

 いよいよ始まってしまったフューチュリティステークス、その中継画面を見ようとしていた面々の視界を塞いでいたドトウは、アドマイヤベガからの具体的な指示に従ってターフに伏せ……ようやく、皆が何故急かしていたのかを理解したようだった。

 

 とはいえ、彼女も一線級のウマ娘、トボけた表情はレース画面を目にするとともに消えて、名将の名に恥じぬ引き締まった顔つきとなった。匍匐状態で背後を振り返っているという、奇天烈な体勢のままではあったが。

 

〈きれいに揃いました、まず好スタートは3番アグネスソニックです。しかし一団となりまして、カフェボストニアンが行きます、ウチからはゲイリーファントム、二頭のウマ娘が先頭に立ちました。あとは3バ身下がりまして三番手集団固まって、ウチからアグネスソニック、オースミエルスト、イチロースワン前から五番手、スターエルドラード2コーナーへ向かいます。そして、ウチを突いて1番のアドマイヤドンです、前から七、八番手。〉

 

「まず不安のない位置ですな、アドマイヤドンは。このコースは、外を回らされるとキツい。」

 

「中山の芝1600mだからね。最初は下り坂が続くだけに、スムーズに回って来れるほど有利になる。」

 

 さっき来たばかりでアドマイヤベガとの会話を聞いていなかったというのに、アドマイヤドンを真っ先に話題に挙げている片桐トレーナー。

 

 デビューして2か月のウマ娘でありながら、もはやトレーナーとしては当然ながら注目すべき存在となっていたのだ、アドマイヤドンは。そんなことも知らなかった鷹木はますます己を恥じた。

 

〈あとは外を回りまして9番のホーマンウイナー、向こう正面に入っています。1バ身差中団にはバランスオブゲーム、集団全体は縦長になっています、あとは3バ身さがりましてシベリアンメドウ、そして中団の外を回るヤマノブリザード、更には3バ身下がりましてダイワファルコンそして外を回りましてビッグスマッシュです。あとは8枠の二名、サダムブルースカイ、ヤマニンイデアル、そして2バ身差、ファストタテヤマ最後方です。〉

 

「外に出てるぜ、ヤマノブリザード。確実に大外からまくって来る気だ、間違いねェ。」

 

「2番人気の子ね、確かに油断は出来ないけれど、アドマイヤドン、あなたなら勝てるはず。」

 

 エアシャカールも、アドマイヤベガも、自分の得意とする大外からの追い込みを仕掛けようとしているウマ娘の動きを見逃していない。

 

 トップロードも、そして伏せた状態をキープしているメイショウドトウも、静かにレースを見つめていた。彼女らにとっては2年下の後輩たちの走り、その熱狂は受け取りつつも、どのような勝利を企図しているのかは手に取るように分かるものであった。

 

〈先頭は2番ゲイリーファントム、リードは1バ身半、そしてカフェボストニアンが二番手リードは1バ身差、三番手にはオースミエルスト、さぁ4コーナーへと入っていきます。ウチをつきましてはアグネスソニック、アドマイヤドン、イチロースワン、そして外にはサダムブルースカイ、バランスオブゲーム……ここで外を回りましてヤマノブリザード仕掛けていった!先頭は固まってきた!〉

 

「下り坂の勢いのまま直線に出て集団が広がったところに、上手くアドマイヤドンが顔を出しましたね。」

 

「うん、あの形になれば、心配はないだろう。」

 

 徐々に歓声が高まってくる画面にくぎ付けとなっていた鷹木は、ごく自然に自分が結城トレーナーと会話している現状に気づいていなかった。

 

 コーナーを回ってきた勢いで、どれだけ固まっていたバ群もばらける。先行策で先頭を目指すウマ娘が、ブロックから逃れてゴール板への道筋を作るための決定的なチャンスである。

 

 それは、たびたびマークされながらも先行策を続けてきたオペラオーの勝ち筋の、鷹木トレーナーが唯一理解した部分であった。

 

〈さぁ直線コースに向かいます、一団です!カフェボストニアン、そこにならんでアドマイヤボス……失礼、アドマイヤドンが来る!そしてスターエルドラード、外からスターエルドラード!更に外からヤマノブリザード追い込んできて残り200m!〉

 

「あのアナウンサー、アドマイヤボスと名前を間違えるだなんて。大舞台なんだからアドマイヤドンの名前をきちんと呼びなさいよ。」

 

「仕方ないさ、アドマイヤボスはオペラオーとも私達とも走った優駿なんだから。ヤマノブリザードが来てるけれど、大丈夫そうかな?」

 

 アドマイヤボスの名はむろん鷹木も覚えている。昨年の有馬記念、今年の天皇賞、そしてついにドトウに勝たれた宝塚記念まで……覇王の闘争の傍ら、その名が掲示板に載るほどのウマ娘だったのだから。

 

 アドマイヤの名を継ぐウマ娘には、レースのたびにかかる重圧も相当なものだったろう。スタンド前、先頭を切って走り抜けていくウマ娘の眼光は、大歓声を切り裂くように鋭く抜けていった。

 

〈ウチを突いているのは3番アグネスソニック!坂を上がっていくが、スピードは衰えない、先頭はアドマイヤドン!アドマイヤドン!外からヤマノブリザード接近するが、アドマイヤドンだ!アドマイヤドンだ!!ゴールイン!デビュー以来無敗、これにて3連勝目を飾りました、アドマイヤドン!〉

 

「ゴール前の坂でも差されることなく、先行策の理想的な走りだ。オペラオーは、もう少し僅差での勝負を好んだかな?鷹木トレーナー。」

 

「えぇ。……そう、ですね、好んでいた、と思います。」

 

 中継画面から伝わる熱狂がじわじわと冷めていくにつれ、結城トレーナーから話しかけられている現状を再認識するほどに、鷹木は再び口数少なくなっていった。

 

 トップロードは早くも立ち上がって、これから後のトレーニングに備えて軽いストレッチを始めている。エアシャカールはさっそく、抱えていたノートパソコンに今見たレース展開の短いメモを打ち込んでいるらしい。

 

 命じられた時の恰好のまま伏せを続けているドトウはと見れば、アドマイヤベガが手を引っぱって立たせていた。

 

「ずっと変な恰好のままで観戦していて、筋を違えたりしていない?」

 

「だ、大丈夫だと思いますぅ……あたた。ちょっと首筋が。」

 

「ストレッチに付き合うわ、ドトウに変な指示を出してしまったのは私なのだから。」

 

 めいめいの行動を続けているウマ娘たちの傍ら、皆が腰を上げた後のパイプ椅子を片桐トレーナーが率先して片付け始めている。

 

 判断がこういう場で遅れる鷹木は、彼の動きを模倣するように自分自身が座っていたパイプ椅子を畳み……まだ残っている椅子は、結城トレーナーが腰掛けているものだけであった。

 

 既に片桐は自分が畳んだパイプ椅子を抱えて備品倉庫へ向かった後である。レジェンド的人物にさっさと立つよう促すわけにもいかない鷹木は、老トレーナーがゆっくりと腰を上げるまで待つしかなかった。

 

「ときに、鷹木トレーナー。新たな担当ウマ娘は、見つかったかな?」

 

「……いいえ、まだ、です。」

 

 ようやく立ち上がった結城トレーナーに返答しつつ、彼が座っていたパイプ椅子を持ち上げて片付けている鷹木。

 

 彼がそのパイプ椅子を畳んでいる作業の途中に、結城トレーナーからの言葉はボソッと与えられた。

 

「心配はないよ。先行ウマ娘に助言するトレーナーとして、君は随一だ。」

 

「……はっ、はい。」

 

 それは鷹木自身も常々、自分に与えられる評として感じていた所ではあったが……結城トレーナーからそう告げられると、ますます以て確定した事実のようにも感じられた。

 

 おそらく、自分の発言がもたらす影響の重さを、結城トレーナー自身も案じていたのだろう。今の今まで考え、選び抜いた言葉をのみ残し、彼はゆっくりと去っていった。

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