探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 片桐トレーナーが半ば強引な手段で使用許可を得て、個人的な練習場としている敷地。入学から一か月足らずで担当トレーナーを得ていたタップダンスシチーは、ジャングルポケットとのレースを開始しようとしていた。以前ジャングルポケットと競った際は、ほぼ勝負にならず完敗していたタップであったが、この走りで明確な成長を見せつけることになる。その傍ら、アグネスタキオンは相変わらず自分以外のウマ娘たちの活躍ばかりに期待を寄せるがごとく、トレーナー達と共に走りを観戦しているのだった。


志の途長く、存分に上る

 本来、アグネスタキオンを練習場へと連れ帰ることが目的だった鷹木であったが、当のタキオンは完全にその場に座り込み、動こうとする気配もない。

 

 一度興味を惹かれる対象を見つけた彼女が、その好奇心を満たされる限り場を離れることなどないというのは分かりきったことであり、鷹木も諦めて今から始まる野良レースを見学することとした。

 

 むろん、鷹木としても気になっていたことは違いない。

 

 今のところ、同期のウマ娘に勝てている様子はないタップダンスシチーだが、恵まれた体格を有する彼女が走りの技術を習得すれば、優駿の仲間入りをすることは間違いなかった。

 

 それはすなわち、タキオンを始めとする今年度入学のウマ娘たちにとって最大のライバルとなる可能性をも意味している。

 

「タップダンスシチーが片桐トレーナーからの指導を受けているのなら、確実に戦績を上げられるだけの能力は身に着けているだろう。」

 

「全くだよ、私も先ほど彼女が走っている様を見せてもらったが、優れた加速と速度維持の能力を兼ね備えている。まだ、カフェ君ほどではないけれどね……。」

 

 以前、入学式の日にも見せたタップダンスシチーの走りは、我流での練習を重ねてきた弊害か、ペースを一定で維持することが出来ていなかった。必然的に最終スパートに残すスタミナ残量管理も大雑把であり、ジャングルポケットには易々と追い抜かれていた。

 

 そこから片桐トレーナーの指導が入り、タップは間違いなく成長してはいるだろうが、まだ確かにマンハッタンカフェの走りに追いつくのは至難の技であろうとは思われた。

 

 晦冥の只中から影の躍り出るように、軽々と、そして予告なく加速するカフェの脚。競争相手が気づいて追おうと思った時には、既にカフェは前へ抜け出しているのだ。

 

「まだ気が早いかもしれないが、来年の皐月賞ウマ娘、一番強力なライバルは今と変わらず、マンハッタンカフェかもな。タップダンスシチーも、成長次第では入ってくるだろうが。」

 

「おや、ご存知ではありませんでしたか?タップダンスシチーは、来年になってしまっては皐月賞に出られませんよ。同期のウマ娘たちよりも、ひとつ年上ですから。」

 

「えっ、そう……だったん、ですか。」

 

 鷹木はあまりに意外な事実を今さらに知らされ、マヌケな反応を返した。

 

 その体格の大きさは、単にアメリカ生まれのウマ娘らしい特徴かとも考えていたが、本来は一年上のウマ娘であると知らされれば、ますます納得がいく。

 

 アメリカから単独で渡ってきたという経緯ゆえに、タップダンスシチーは年齢のズレも承知の上で学園への入学を認められたのだろう。

 

「ですから、彼女が相応の戦績を残しているか、トライアルとしてのレースで勝っていれば、今年の皐月賞に出られたかもしれないんですよ。ま、流石に、4月の入学の時点では遅いですけどね。」

 

「なるほど、すなわち彼女は来年度から、早くもシニア級として戦わねばならないわけだねぇ。レースでの活躍にはもう遅い、とあきらめることなく、海を越えて挑みに来たということだ。あの行動力の高さにも、納得だねぇ。」

 

 入学式の前から、ジャングルポケットに絡みに来た悪友たち、黒ジャージ姿のウマ娘たちとも積極的に交流し、今や彼女らを“ダチ”として迎え入れている。

 

 潜在的な能力の高さからも、タップダンスシチーは新たなる世代のウマ娘たちの中心における、ムードメーカーとなるのではないかと想像された。スタート地点に到着した面々から、タップダンスシチーの良く響く声が届く。

 

「Hey,片桐トレーナー!スターターは、いつもので良いな!」

 

「はい、いつものですね、どうぞ。」

 

 言われてみれば、片桐や鷹木が待っている場所は練習コースのゴール地点で、スターター役のトレーナーはいない。

 

 声は届くとはいえ、それなりに距離が開いているため、声でスタートの合図を出しても音が届くには僅かな誤差があり、コンマ秒の差は出てしまう。鷹木は、片桐に尋ねた。

 

「あの、片桐トレーナー、スタートの合図は、どうなさっておられるんですか?」

 

「まぁ、見ていてください。いちいち、トレーナーがスタートの合図を出してはゴール地点へ走っているのも、体力を浪費してしまいますから。」

 

 スタート位置では、すでにジャングルポケットと黒ジャージのウマ娘たちが並んで走り出す体勢を整えている。

 

 タップダンスシチーだけは何やら足元にしゃがみ込んで仕掛けを弄っている様子であったが、間もなく彼女もスタートラインに戻り、ジャングルポケットの隣でスタートに備えている。

 

 片桐は悠々とストップウォッチを構えながら、返答する。

 

「タキオンさんのご厚意で、スタートの合図を出す装置を提供していただいたんですよ。シンプルで扱いやすく、重宝しています。」

 

「タキオン……そんな装置を作っていたのなら、何故自分の練習でも使おうとしなかったんだ?」

 

 鷹木は、先日タキオンとカフェが行った併走練習にて、スタートの合図を出してすぐゴール地点まで走る羽目になった時のことを思い出しつつ、タキオンへと問うた。

 

 当のタキオンは、涼しい顔をしていたが。

 

「なぜって、せっかくの私の発明だ、誰が持っていくとも知れぬ共同練習場に置いておけるはずもあるまい。ことによっては、価値を見出せぬ者によってガラクタだと断じられ、勝手に処分されるかもしれないからねぇ。」

 

「……それは、あり得るが……。」

 

 言いながら、鷹木は今まさにスタートしようとしているウマ娘たちの方へ視線を向け直す。

 

 入学式の日にタキオンが披露した「スターター薬」は過剰な破裂音を伴う化学反応であったことを思い出し、あの危険な原理を今なお流用しているのではないかと急に心配になったのだ。

 

 まもなく、ガシャンと軽い金属音が響く。先んじて蛍光色の黄色い小旗がパッと立ち上がり、ウマ娘たちはいっせいに走り出していた。

 

「金属製のフレームでゲート音を再現しつつ、タイミングを遠方からも確認しやすいよう工夫した装置だ、数秒のみのタイマー機能と組み合わせただけのシンプルな構造、我ながらよく出来ているねぇ。」

 

「なるほど……。」

 

 トレセン学園内では、スタートからゴールまでが自動計測されるのは、一握りのウマ娘たちが使用可能な個別練習場のみであるはずだったのだが、こうしてハンドメイドの発明品によって代替されることも十分に可能だったのだ。

 

 片桐トレーナーの少々強引な発想と、タキオンの発明品が組み合わさり、この放置されていた土地にはタップダンスシチーたち専用の練習コースが出来上がっていた。

 

 スタートして即座に先頭へ躍り出ていたのは、そのタップダンスシチーである。見事な加速、長い脚で繰り出される豪快な逃げは、たちまち競争相手を置き去ってリードを広げていく。

 

 ジャングルポケットは、先ゆく彼女を無理に追い立てようとはしなかったが、目に見えてスタートの質が上がっている相手に僅かながら動揺したのか、一瞬だけ過剰な加速を仕掛けていた。

 

 ストップウォッチを片手にした片桐は、じっと視線をタップダンスシチーの走りに注ぎながら口を開く。

 

「まだ速度維持については甘い部分もありますが、どうでしょう、基礎的な技術については早くも飲み込みつつあるんじゃないでしょうか。」

 

「たしかに、間違いなく序盤に先頭へ出る上で必要な瞬発力は、最大限に活かしているように見えます。」

 

 答えながら、鷹木もまたタップダンスシチーの真面目さ、勝利へ向ける思いのひたむきさを羨ましく感じていた。

 

 自分が教えた内容を早々と実践に移し、その成果が目に見えて反映されるようなウマ娘を担当できてこそ、トレーナー冥利に尽きるというものだ。

 

 翻って、自分が担当しているアグネスタキオンは……今まさに鷹木の隣で、悠々と腕組みして白衣の袖をフラフラさせつつ、ノンビリと観戦している。彼女の意識を自らの練習に向かわせるため、心を砕くべき日々はまだ続きそうであった。

 

「彼女には、ずっとタイムを意識するよう言い続けているんです。走りや身体能力を鍛えるのみならず、自分のペースを把握することもまたレースに勝つ道だと。」

 

「以前のように、背後の相手との間合いを見てから加速したり減速したりを繰り返すような真似は、もう見られませんね。」

 

 片桐による指導は、的確に効果を発揮していた。

 

 タップダンスシチーは、自分が進むべき方向にのみ視線を向け、極力ペースを崩さぬように脚を運び続けている。まだ、タイム差に乱れは見られるようだが、彼女の成長速度ならば克服も時間の問題だろう。

 

 直線へと向いた時、後続のジャングルポケットとの差はかなり開いていた。ジャングルポケットは以前披露した走りの通り、コーナー攻略時のスピードをなかなか上げられていないようだった。

 

 しかし、直線へ向いた時、猛然と加速を開始したジャングルポケットには充分差しきられる範囲である。片桐も目を細め、タップの走りに意識を集中させている様子である。

 

「さ、ここからです。さすがに、付け焼き刃の技術では根本的な向上にはならないでしょうが……何処まで踏ん張ってくれるか。」

 

「ポッケ君の追い込みは、一級品だからねぇ。」

 

 流石のタキオンも、レースの山場となれば見ているだけでも熱が入るのか、余っている白衣の袖もフラフラと動かされることなくピタリと止まっている。

 

 タップダンスシチーは以前のように、すぐスタミナ切れを起こして失速することなどなかった。彼女はスピードを落とすことなくゴールへ真っすぐ向かい……しかし、それ以上速度を上げることも出来ない。

 

 この野良レースを制したのは、ゴール手前、トップスピードで大外から飛んできたジャングルポケットであった。

 

 約2バ身の差、本番レースならば十分すぎる差ではあるが、とはいえ今までの大差による決着と比べれば十分に勝負らしい勝負となっていた。

 

「Ahh,seriously!?まだ、届かないか!アンタ強すぎるよ、ポッケ!!」

 

 アメリカ出身ウマ娘らしいオーバーなリアクションで両手を広げ、そのまま大きく拍手を送っているタップダンスシチー。

 

 本来、自分の一年後輩であるはずのウマ娘に敗れても、その事実を誤魔化したりせず、全力で悔しがり、そして相手を讃えられるのはタップの性格上の大きな長所でもあったろう。

 

「……おう。お前も、目に見えて速くなったな。」

 

 一方のジャングルポケットは、レース直後の昂揚で顔が紅潮していたとはいえ、どこか浮かぬ表情のままであった。

 

 ずっと遅れて、今さらゴールしてきた黒ジャージのウマ娘たちに対しても、軽口を飛ばすことは無い。

 

 タップとポッケの本気の勝負を前に、完全なる蚊帳の外となって息を切らしている彼女たちへ、優しげな言葉を掛けたのは片桐トレーナーである。

 

「お二方も、お疲れ様です。更にタイムが縮まっていますよ、もっと脚の動きに意識を向けて、頑張っていきましょう。」

 

「ハァ、ハァ……ゼェ、ハァ、ありがとよ……片桐のおっちゃん。」

 

「ヒィ、ハァ、片桐さんは、しっかり見てくれるのに……ポッケは、ウチらのことなんか眼中に無しか、ゲッホ、ヒィ、今に見てろよ……。」

 

 ジャングルポケットと黒ジャージのウマ娘たちが挑発し合ったことをきっかけにして開始された野良レースであったが、ジャングルポケットはタップダンスシチーと競うことが主たる目的であったようだ。

 

 タップダンスシチーと二言三言交わした後、ジャングルポケットは早くもスタスタと歩いて本来の練習場へ帰っていく。

 

 何やら真剣な表情を浮かべ、鷹木も声を掛けるのを躊躇う空気を纏っている彼女を、気兼ねなく呼び止めたのはアグネスタキオンであった。

 

「おや、ポッケくん。ここで練習を続けていってもいいんじゃないかねぇ?キミもまた我らの知り合いだ、プライベートな練習場の仲間として、この場を好きに使うといい。」

 

「この場所を準備したのは片桐トレーナーだろ、なんでお前が仕切ってんだ。……俺はいい、俺一人で練習して得られるものは少ない……。」

 

 ジャングルポケットが言わんとするところは、鷹木にも理解できた。

 

 専属の担当トレーナーがついていないウマ娘は、共同練習場で行われるトレーニングにて集団をまとめて指導するトレーナーに見てもらうこととなる。

 

 ウマ娘ごとに掛けられる時間や手間はかなり限られるとはいえ、相応に実力のあるトレーナーが集団での指導を担当している。鷹木も一時期、その職務を引き受けたことがあったが、ほどなく余りの業務の煩雑さに挫折して先輩トレーナーに代わられた経験があった。

 

 現状、ジャングルポケットはコーナー攻略時にスピードが上げられないという弱点をまだ克服できていない。自己流の改善ではなく、客観的な立場からの指導を求める状況にあった。

 

「タップは確実に成長している、俺も今のままじゃ追いつかれる……。」

 

 今しがたの野良レースでは勝利したとはいえ、以前とは明確に差が縮まっている実感は否定できるものではない。

 

 まだ専属のトレーナーも居ないジャングルポケットは、同期のウマ娘たちに続々と担当トレーナーが決まっていく状況にもじわじわと焦りを覚えていたのだろう。

 

 自らの練習のためそそくさと帰っていく彼女の背に、トレーナーでありながら何も言葉を掛けられないのが鷹木という男であった。

 

「ポッケくん、鷹木トレーナーに指導を頼もうとはしなかったねぇ。かの世紀末覇王、テイエムオペラオーを担当していたトレーナーだというのにねぇ。」

 

「言わないでくれ、薄々分かってるんだ。これまでの俺の振る舞いから、たぶん合わないと判断されてるってことは。」

 

 事あるごとに小心者の振る舞いが覗かれ、タキオンにも好き放題に振り回されている鷹木トレーナーは、ジャングルポケットからいかにも頼りなく見られていることだろう。

 

 とはいえ、今のところ鷹木の知り合いのトレーナーは担当ウマ娘が既に決まっている者がほとんどであり、ジャングルポケットに提案できる専属トレーナーの候補を上げられないのもまた事実だった。

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