同年代のウマ娘たちと比べても特異な存在としてのネオユニヴァースの評は、主にその言動にあった。
輝かんばかりの金髪に、これまた珍しい水色の星が毛並みの額に現れている。さらに満天の宇宙を閉じ込めたような明るい紺色の目も十分に特徴的であったが、その中身を知れば多少珍しい外見などあっという間に霞んでしまう。
「先々月の皐月賞での勝利インタビュー、あの混戦を抜け出して先頭に立てた理由を聞かれたネオユニヴァースは……」
データベース上でも検索しつつ、先月発行されたウマ娘レース雑誌を休憩スペースの本棚から抜き取って、鷹木は皐月賞特集の記事をペラペラとめくる。
『“SETO”のおかげで見えた、スターフルイド。サテライトを“KELT”が満たしていたよ。』
「……と、答えているな。うん……タキオンは分かるか?」
「なるほど、確かに少し変わった言い回しだ。流石の私も、断片的にしか理解できないねぇ。」
「断片的になら、分かるのか……。」
アグネスデジタルとエイシンプレストンが世間の話題をかっさらっている陰で、皐月賞に目を向けていたウマ娘ファンたちの首を捻らせていたネオユニヴァースの言葉。
下手をすれば、これもまたこの年度の皐月賞が注目を浴びづらかった一員ではなかろうかと鷹木は考えつつ、練習がひと段落し休憩しに来たタキオンへ、先月のウマ娘雑誌を手渡した。
アグネスタキオンは、筋力トレーニング後の汗を拭う暇も惜しむように、実に楽しげにユニヴァースのインタビュー内容の解読にとりかかった。
「口頭で答えたはずだというに、アルファベットとカタカナが使い分けられているのは、インタビュー後にユニヴァースの担当トレーナーが単語指定を行ったのだろうか?自らの担当ウマ娘のありのままを理解させようとする、惜しみない努力が見て取れるねぇ。」
「その理解自体が、一般の観衆には困難だったわけだが。」
「SETOというのは、略語ではなさそうだねぇ。詳細な語源は不明だが、あえてアルファベットで表現された語が彼女の情動部分に直結する表現であるとすれば、勝利を獲る上で大いに貢献した存在、彼女の担当トレーナーや、あるいは道を示した先輩ウマ娘のことだろうか?」
こういった、答え合わせの不可能な状況においても、普段から根拠なしに大胆な仮説を立てるタキオンの思考回路は役立つらしい。むろん、相応の知識や洞察力があっての憶測でもあったが。
鷹木としては、自分と同じくトレセン学園所属トレーナーであるはずのネオユニヴァース担当トレーナーもまた、同様の推測を続けながらウマ娘指導を続けているのだという事実に、頭の上がらない思いであった。
「スターフルイドは直訳で流動性のある星々、これらにはサテライトという表現も似通っているねぇ。各々が輝きを持つウマ娘、レース中も常に位置取りが変わり続ける、その動きを読むことが出来たのはトレーナーとの練習のおかげだ、と言いたいのだろう。KELTも同じく天体に関わる語だとすれば、熱を意味するのではなかろうか。」
「なんで熱なんだ?」
「太陽系外惑星を発見するプロジェクトであるKilodegree Extremely Little Telescope、略してKELTは実際に様々な系外惑星を発見しているのだが、そのほとんどは恒星のごく近くを公転する超高温のガス惑星ばかりなんだ。中でもKELT-9bは現時点で確認されている中で最も熱い惑星とされているねぇ。イメージ出来るかいトレーナー君、恒星ではなく惑星であるにもかかわらず、恒星に匹敵する熱量を有しているのさ。惑星を構成する分子自体が分解してしまいかねない超高温状態では、いったいどんな物質がその星の大気やマントルに相当するのか、想像もつかないとされていてだねぇ……」
「わ、わかった、わかった……とにかく、熱いレースだったと言いたかったんだな、ユニヴァースは。」
ほんの一言の純粋かつ不用意な疑問が、タキオンからとんでもない長文かつ早口の答えを引き出してしまうことには、そろそろ鷹木も慣れるべきであった。
多少の意訳も含めれば『トレーナーと重ねた練習のおかげで、集団から抜け出すことができた。皆の間を抜けて走り出る時、ライバルたちからの熱意を感じた。』とネオユニヴァースは伝えたかったということになる。
ひとまず、鷹木が理解を得たことに満足した様子のタキオンが口を噤むと同時に、改めて彼はネオユニヴァースを担当しているトレーナーの苦労を想った。
「ここまで独特な言い回しを聴きとって意思疎通を図り、レースで勝つためのトレーニングに何が必要かを見出し、伝え……それをずっと続ける必要があるんだな、彼女の担当トレーナーは。」
「それが出来るトレーナーだから、ネオユニヴァースを担当しているのだろう?一種の必然に違いないねぇ。」
「確かに、それは、そうだよな……実際に皐月賞で勝利し、東京優駿に出走する今日まで来れてるわけだし。」
タキオンの言う通り、自分では指導が難しい、不可能だなどと考える者は、そも担当トレーナーになどなり得ない。
鷹木自身も、もはや若手とは言い難い域にそろそろ脚を突っ込もうとしているわけだが、指導に現時点での最善を尽くしていることについては間違いなかったものの、自らの指導に絶対の自信を見出せるかと問われれば、首を縦に振ることは難しかった。
それはオペラオーを担当していた時から、ずっと彼が抱え続ける課題であった。簡単な理解を許されぬウマ娘ばかりを担当していたことも手伝ってはいたが。
ネオユニヴァースはインタビューの最中もゴール時のガッツポーズのまま片腕を上げ続け、地下バ道へ帰っていくところでようやく腕を下ろし、と同時にポカリと頭を殴られた担当トレーナーが笑っていた……等というエピソードを見るにつけても、ウマ娘に対するトレーナーとしての理解度の深さに、自らとの差を感じずにはいられない鷹木であった。
自分が同じ場に居合わせては、取材を行った記者たちと同様、ユニヴァースが奇天烈な行動を取っただけとしか受け取れなかったろう。
「インタビュー後のネオユニヴァースが示した振る舞いは……タキオンはどう解釈する?」
「腕を掲げるというポーズを勝利の喜びを表現する手段として彼女が理解していたのならば、腕を掲げている時間の長さを喜びの度合いとして示していたのではないかな?喜びをいかに表現すべきか、規定などされてはいないからねぇ。」
「なるほど……じゃあ、ユニヴァースが担当トレーナーの頭を叩いたのは……。」
「掲げた腕が喜びの表象であるならば、その動作を途切れさせることは内心との矛盾を生むのだろう。最も喜びを分かち合いたい相手、すなわち彼女の担当トレーナーへ物理的にその腕をぶつけることで、喜びの表現を彼女なりに完結させた、と解釈できるねぇ。」
「そ、そうか……たしかに。」
憶測を含めながらもスラスラとネオユニヴァースの言動を読み解いているアグネスタキオン。曲がりなりにも未知なるものへ目を向け、観測を続けてきただけの洞察力は充分に身についているらしかった。
そんなタキオンを担当し始めて2か月が経過している自分が、ほかならぬタキオンのことを同等に理解できているかどうか、鷹木は頗る怪しく感じていた。
「まぁまぁ、ユニヴァースとの面識がない私ですら理解できるのは、彼女自身が周囲に伝わりやすい言動を選択しているおかげだろうから、そう驚く事でもないさ。」
「これで伝わりやすい言動なのか。」
改めて鷹木は自分の理解度の低さに俯くこととなったが、彼をアグネスタキオンの担当として決定した理事長の判断は、少なくとも間違いではなかった。
鷹木の理解が及んでいない内容を滔々と説明するタキオンは、実に得意げで、満足げな表情を浮かべていたのである。
予定していた時刻よりも早めに休憩に入っていたタキオンであったが、このやり取りをしている間にも中継画面は進んでいく。
皐月賞の時と同様に、1番人気は当然ながらネオユニヴァースである。2番人気はサクラプレジデント、こちらも皐月賞の時から変わらない。
「3番人気のウマ娘は、ゼンノロブロイか。今年の2月にデビューしたばかりだが、かなり優秀な戦績をおさめている。にしても……体格はかなり小柄なんだな。」
「デジタルくんとほぼ変わらぬ身長だねぇ。小柄であることは長距離での勝負や、集団を抜け出る際にも利に働くだろう。」
新年度からやたらと目立ち、騒動を引き起こすウマ娘ばかりを見ていた鷹木の目には、そのゼンノロブロイというウマ娘がごく大人しい、ほとんど目立たぬ存在に見えた。
実際に、日ごろトレセン学園に居る間に関しては、その評に間違いはなかったろう。引っ込み思案な印象まで見いだされる彼女が、18名の出走ウマ娘のなかから抜きん出てくるイメージは想像し難かった。
しかし、ゼンノロブロイがデビュー以来ほとんど勝利しつづけていることは事実である。
「アグネスデジタルといい、高い成績を収めているウマ娘は小柄なことが多いな、最近は。やっぱり、集団に飲まれた後も抜け出しやすいってのは関係あるんだろうか。」
「おや、ユニヴァースくんに関しては、身長は平均程度だよ、何なら、この私よりも若干身長が高いぐらいだ。」
「……たしかに。ネオユニヴァースは160あるのか。」
公表されているデータに目を通して、鷹木も頷く。
アグネスタキオンの身長は159cm、ユニヴァースの方が若干大きいというのも間違いではない。担当ウマ娘のデータならば、鷹木は調べるまでもなくきちんと頭に入れている。
ボンヤリした目つき、たどたどしい言葉遣い、そして袖の余りがちな勝負服が、時には幼げな印象とも錯覚させがちではあったが、ネオユニヴァースは充分な体格を有したウマ娘だった。
「集団から抜け出す脚さばきと、力強く速度を維持し続ける体格の両方を備えている、ってことか。」
「勝利を獲るための要素を自らに備えている、勝つという予想が最も彼女に集中するのも当然のことだねぇ。」
観測され得ず未確定の事象には違いないが、ほとんど勝ちウマ娘が確定したと見えるレースを前にしても、タキオンは興奮を抑えられぬ様子であった。
画面の中でゲートインが進む光景を食い入るように見つめる彼女は、あるいはそこに予想外の展開を期待していたのかもしれないが。
〈さぁ態勢が整いました、日本ダービー……スタートしました!綺麗に揃ったスタートであります、最ウチにつけたサクラプレジデントも好スタートですが、一気に上がってハナに立ったのはエースインザレースです。すぐ後ろにゼンノロブロイ、3番人気ゼンノロブロイが2番手でウチ側を進みます。外からはコスモインペリアル、タカラシャーディーあるいはマイネルソロモンも続き、スズカドリーム、ラントゥザフリーズが中団の位置です。〉
先頭争いのウマ娘たちは当然コースの内側へと寄っていったが、観戦スタンド正面でスタートした集団は、しばらく広がった位置取りのまま直線を進んだ。
未勝利戦やOP戦などが同日にも繰り返される東京レース場、多くのウマ娘が優先的に走るコース内側は芝が荒れやすい。
「内側が詰まるってことはなさそうだねぇ。いかにコーナー内側を走った方が有利といえど、荒れた芝の上は速度を出しづらい。」
「ユニヴァースは、ほとんど最後方に位置どっているな。これも計算の内だとすれば、最後のコーナーで抜け出してくるか?」
2番人気のサクラプレジデント、3番人気のゼンノロブロイが先頭付近に位置どっているのを見ながら、ネオユニヴァースは後方集団の中で淡々と脚を進めていた。
〈そのあとクラフトワーク、さらにはウチ側を突くようにサイレントディールという形で1コーナーを回っていきます。先頭は変わらずエースインザレース、1バ身離れて2番手にゼンノロブロイがつけています。中団からスーッと上がっていったのはマイネルソロモンであります、タカラシャーディ、ザッツザプレンティ、スズノマーチ並んで駆けています、混戦といった模様の中団。間もなくスタートしてから1000mの通過となります、61秒で通過。〉
先頭集団を形成するウマ娘がペースを作り、遅めのレース展開となっている。
大逃げを見せるウマ娘も居ない状況、さらに実力者たるゼンノロブロイが先頭集団に加わっている今、レースは先行寄りの面々に有利に進んでいるようにも見えた。
「私であれば、あまり後ろには行きたくないねぇ。最終コーナーあたりから、先頭集団がスタミナの余裕を見せつけるように後方を引き離しにかかるのが目に見えているよ。」
「だが、ネオユニヴァースは変わらず一番後ろに居続けているな……十分に勝算があるってのか?」
鷹木もタキオンに同意見であった。
仮にタキオンを同様のメンバーと共に走らせるのならば、ゴールまでに先頭を捕えられる間合い、出来る限り先行の位置で進むようレース前には指示を出すことだろう。
〈中団後ろはマーブルチーフが外を進み、その後にクラフトワーク、そしてネオユニヴァースはウチ側をついて若干前に出たか、後方5番手辺りの位置。直後にはサイレントディールが控えている、ウチを回りましてチャクラ、僅かに遅れてリンカーン。これから3コーナーの坂を下ってまいります、残り1000mを通過、先頭のエースインザレースがペースを作るように淡々とした逃げを続けています。〉
観客席からの歓声がじわじわと高まり始める中、コーナーを駆けていくウマ娘たちも徐々に位置取りを変え始めた。
先頭を進む逃げウマ娘をかわすように、差し、追い込みの位置にいるウマ娘たちがコーナーの外側へと出始める。
「コースのウチ側は繰り返されたレースで芝が荒れている、だから速度を上げつつ追い越すには外に出るのが最適だ、が……。」
「ネオユニヴァースくん、コーナーのウチ側が空いているのを見逃すはずがないねぇ!」
まるで運命がお膳立てしたかのように、綺麗にユニヴァースの前方は開けていた。
前を追い越そうと、コーナーを回る遠心力のままに外側のコースを取ったウマ娘たちの集団は、大きく横に膨らむように広がって最終直線へと向かっていった。
〈さぁクラフトワーク、ゼンノジャンゴ、外をついて上がっていく、600の標識を通過、エースインザレースが逃げる、エイシンチャンプが2番手、追い込み勢がこぞって大外を回るように上がってくる、混戦の模様!さぁ直線に向いた、ゼンノロブロイ、そして外をついてザッツザプレンティが上がってきた!坂を上がっていく、ここが一番苦しいところ!内からネオユニヴァース!内からネオユニヴァース、ゼンノロブロイと並んだ!〉
逃げを打つエースインザレース以外はほとんどのウマ娘が避けた、芝の荒れているウチ側のコース。
ネオユニヴァースは迷いなくウチ側を回り、必然的な帰結のごとく抜け出して先頭に立っていた。
「これは……余裕じゃないか。」
「果たしてどうだろう!ロブロイが粘り続けているねぇ!」
最後方からあっという間に他のウマ娘を抜き去り、ネオユニヴァースは集団から瞬く間に抜け出していく。
ただ一名、彼女に並び駆け続けているのが、ゼンノロブロイであった。他のウマ娘と一緒にされて抜き去られなどしない姿が、確かにそこにあった。
〈外からはザッツザプレンティも来ているが、残り200を切った!外からじわじわサイレントディールも突っ込んでくる、しかしネオユニヴァースだ、ネオユニヴァースだ!ゼンノロブロイ、食い下がり続けている、差はなかなか縮まらない!残り100!外からザッツザプレンティ、ゼンノロブロイが並びかけるが、先頭はネオユニヴァース!ネオユニヴァースが一着でゴールイン!二冠達成だ、ネオユニヴァース!〉
白熱する実況と耳をつんざく歓声は、どれだけ小さい画面で中継を見ていたとしても、しばらくレース場の熱気によって見る者を捕えて離さない。
ようやく、意識が自分の今居る場所、トレーニング室の休憩エリアへと戻ってきた鷹木は、気を落ち着かせるために深く呼吸した。皐月賞ウマ娘が東京優駿、すなわち日本ダービーを獲るのは6年ぶりのことである。
タキオンはと言えば、やはり彼女生来の性質なのか、興奮した様子で立ち上がり、その場でウロウロと早足で歩き回っていた。
「いや、しかし、見たかいトレーナー君!ネオユニヴァースは、全く迷っていなかった!むろん、彼女の担当トレーナーと共に立てた作戦通りということなのだろうが、しかし自らの勝つ未来を、前もって確定せしめていたかの如くじゃないか!スターフルイドを読んだ、か!なるほど!」
「久々のクラシック三冠ウマ娘に、最も近づいたのは間違いないな……。」
8年前、ナリタブライアンが達成して以来、その称号を手にする者はしばらく現れていない。エアシャカールはほぼ三冠を取ったも同然と言われていたが、アグネスフライトにダービーにて僅差で敗れ逃している。
しかしアグネスタキオンの関心の所以は、戦績が主たるものではなかった。
「トレーナー君!私は彼女に、ネオユニヴァースに会いに行きたい!カフェと並んで、彼女を観測することは、より広い可能性を網羅し得るだろう!東京レース場での開催なのだから、ユニヴァースは今日中にトレセン学園に戻って来れるはずだねぇ!」
「い、いやいや、ちょっと待ってくれ。現状、クラシック三冠に一番近いウマ娘だぞ?そう簡単にスケジュールを空けられるはずがないだろ。」
「ならば非公式に会いに行けば良い!偶然のアクシデントを装って、ネオユニヴァースが練習しているところへ突撃するんだ!」
「なおさら良くないって……!」
冷や汗をかきながら交わしたやり取りは、どこか既視感があった……入学間もないテイエムオペラオーを担当し始めたとき、未だ何らの戦績も立てていない無名の頃でありながら、黄金世代の先輩に会いに行くとオペラオーが言い張った時のことである。
鷹木は多忙な先輩たちの邪魔をしに行くんじゃない、と伝えたが、その後よりにもよってオペラオーはテレビ番組の取材を受けている黄金世代ウマ娘たちの背後に映りこんでまで会いに行ったのである。
明日以降のタキオンの動向から、ますます目が離せなくなった鷹木だった。