探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 鷹木が心配した通り、ゼンノロブロイとネオユニヴァースの休憩時間をアグネスタキオンは盛大に邪魔していたが、しかしネオユニヴァースとの会話は奇妙にも弾んでいた。お互いに難解な言い回しでありながら、いかにしてかは分からぬものの意図は通じ合っているらしい。普段からユニヴァースと交流しているロブロイもまた会話に参加する中で、アグネスタキオンはネオユニヴァースが語ったとある内容に愕然とする……当然ながら、凡人たる鷹木トレーナーには解読できない言い回しであったが。


併行する対象を、彼女は観測する

 会話の弾んでいるウマ娘たちだけを残してトレーナーがいったん去るという選択肢は、振る舞いとしては自然であったが、その内実を鑑みるほどに鷹木としては採るべきでない選択でもあった。

 

 自分の担当ウマ娘は、アグネスタキオンである。そのタキオンが、ネオユニヴァースに絡みに行き、ユニヴァースと同行していたゼンノロブロイが会話相手を奪われる形となって気まずそうに口を噤んでいる。

 

 この年の皐月賞、日本ダービーの二冠を既に獲っている、現クラシック級で最も有望なウマ娘、ネオユニヴァース。彼女の休憩時間と交友関係へと強引に割って入っているアグネスタキオンを、放っておくことはいよいよもって担当トレーナーとしての責任放棄であった。

 

 さっそく盛んに交わされているネオユニヴァースとアグネスタキオンの会話はますます難解で、鷹木が口をはさむ余地を見出す事自体が不可能に近かったが。

 

「“プラネテス”の来訪を『歓迎する』を伝えるよ。とても『貴重』な“QOAX”の探求。」

 

「本当かい?そう言ってくれると嬉しいねぇ、こちらのトレーナーくんは些細なことを懸念しすぎるんだよ。やはり私の見立て通り、ネオユニヴァースくんは非凡なるウマ娘だ。」

 

「“MUSES”の採取は『触れる』を大切にするよ。けれど、“SITL”も忘れないで。」

 

「この私も極力そうしたいと願っているのだがねぇ、なにぶん彼は底が見え透けすぎるんだ。今は、その話は置いておこうじゃないか、せっかくこうして話せるんだから。」

 

 ほぼ、いや完全に何も理解できていない鷹木は、彼女らと並んでベンチに腰掛けているゼンノロブロイにも目を向ける。ロブロイの方からも、困惑したような笑みが返されるばかりであった。

 

 とはいえ、今のやり取りの最中にもこちらに視線がちょくちょく向けられたこと、そしてタキオンが軽い愚痴を口にしたことから、タキオンの担当トレーナーたる自分に言及したのだということは把握できた。

 

 注意力を高めていれば、ネオユニヴァースの言い回しもなんとなくつかめるような気がした……それでも、細かな内容を理解するには程遠かったが。

 

 ネオユニヴァースを担当しているトレーナーが、普段からいかに難解な言葉を消化して呑み込んでいるか、鷹木は今ここで片鱗を味わうこととなった。アグネスタキオンは、気にせず言葉を交わし続けている。

 

「さっそく尋ねたいんだ、あぁ、もちろんネオユニヴァースくんが予測しているだろう通りに先日の日本ダービーのことさ。キミはまるで、予め見えていたように走ったねぇ、あの内ラチ沿い、荒れた芝のインコースがガラ空きになる様を!」

 

「それは“SETO”のおかげ……『二人で』何度も繰り返した“CDR”な手段。」

 

「もちろん、その通りだろうとも、先日の勝利後インタビューでもキミはそう語っていた。しかしだね、私が関心に収めているのはキミの作戦の一点についてのみではないのだよ。同じ展開にならぬ可能性は十分にあったはずだ、他のウマ娘とて、芝の荒れたコース内側を皆が避けることを十分に予測できたはずだからねぇ。」

 

「……“メイサ”に向かう道を『予測する』ことは、皆に出来る。でも、『一番近い』軌道を決める要素は“KERB”だよ。」

 

「なるほど、結果的に見れば同じこととて、現にレースに参加している最中の確信は得難いというわけだねぇ、だから思い切った判断を下せるウマ娘はほぼ居なかった、と。ならばなおさら、ネオユニヴァースくんがほとんど確信をもって前方集団を抜け出し、ゴールへと一直線に向かうコースを見出せた理由を聞きたくなってしまうじゃないか。」

 

 辛うじてアグネスタキオンの冗長な言い回しから、鷹木は彼女らの間で交わされている発言の内容を推測することが出来ていた。

 

 すなわち、先日のレース、他のウマ娘たちもコース内側を抜けて前に出ることが出来ただろうに、それを実行したのがネオユニヴァースだけであったことについて、彼女だけがその判断を迷いなく下せた理由をタキオンは知りたがっているのだろう。

 

 問われて、ネオユニヴァースは初めて表情に変化を示した。明瞭な表情ではなかったが、目を伏せ、口籠っている。

 

 至極当然の反応だ、と鷹木は思った。

 

 たった今、会ったばかりのウマ娘に対し、自分の作戦の立て方、実際のレースでの判断の仕方など、易々と教えられるものではない。そも、伝えること自体が難しいだろう、ネオユニヴァースがいかに聡明であっても。

 

 二冠ウマ娘を困らせてしまっている状況がはっきりしたところで、タキオンにはそろそろこの場を退散すべきだと伝えよう、と鷹木は視線を彼女の方に向ける。

 

「えぇと、そろそろ、タキオ……」

 

 ……しかし、タキオンとユニヴァースが並ぶさらに向こう側に見えた顔が、言葉を切り出しかけた彼の口を閉じさせた。

 

 今まで黙ったまま聞くばかりであったゼンノロブロイが、真剣そのものの顔でネオユニヴァースが返答するのを待っていたのだ。

 

 ダービーではネオユニヴァースに差しきられて惜しくも二着となったゼンノロブロイ。彼女が、自分の同級生でもあり、最大のライバルでもある相手の走りについて少しでも聞きたいと感じるのは当然の事であった。

 

 先ほどまで喋りまくっていたタキオンが圧されて口を噤んでしまうほどに、ロブロイは静かな語り口でありながら本気の熱量を目の内に覗かせていた。

 

「ユニヴァースさん、私も、いずれ聞こうと思っていたんです。同じ場所で走っていたから、分かります……内ラチ沿いは誰も走っていなかった、けれど、荒れた芝の真っただ中に踏み込んで勝とうというのは、容易く下せる判断ではなかったはずです。」

 

「走っている時も“アブダクション”を繰り返す“RXIL”は『わたし』も保つのが難しい。そうじゃないと『詰んでいる』を見ていたよ。」

 

「とはいっても、コース状態を知り、競争相手の情報を知っているという条件は皆同じ、内側コースと外側コース、どちらを選ぶ判断材料も出走ウマ娘たちは平等に有していました。だから私は先行のペースで進むことで、その二択で迷う余地を消し、前方を塞がれるのを回避しのたですが……。」

 

 大人しそうなウマ娘だ、というのがゼンノロブロイを初めて見た際の第一印象だったのだが、鷹木は早くもその先入観は訂正すべきだと考えなおしていた。

 

 一度語り始めたロブロイの熱量は想像以上であった。タキオンのように極度の早口となることはなかったが、既に走り終えた後のレースについても分析を怠らず、そしてネオユニヴァースだけが唯一の選択肢を見いだせたことの奇妙さを際立って感じ取っていたのだろう。

 

 ロブロイが納得いく返答を探すように、ユニヴァースは再び視線を泳がせながら口の中で表現を探る様子だったが、タキオンはすかさず口をはさんだ。

 

「ロブロイくん、アブダクションというのは未確認飛行物体による連れ去り……ではない、もちろん冗談だ。アブダクションは思考法の一種、逆行推論とも称される、結論たる事象を仮説として前提部分を推論する手法のことだよ。すなわち、ユニヴァースくんはコース内側を抜けて先頭へと駆け抜けるという結論に至るため、その前提となるコース取りやペース配分を判断し、実行したということだねぇ。」

 

「“KICS”。リアルタイムの変換に『うれしい』を送るよ。きみは“INTI”だね。」

 

「そういう意味、だったんですね。私も、文学作品では見慣れない語彙には詳しくなくって……教えていただき、ありがとうございます。」

 

「いやいや、ご両名の交流の一助となれるのならば、この私の一臂など瑣々たるものに過ぎないさ、礼を言われるには及ばないねぇ。」

 

 ネオユニヴァースとゼンノロブロイから感謝の言葉を受け取りつつ、言葉とは裏腹に胸を張って得意げな表情を浮かべているアグネスタキオン。

 

 並みならぬ戦績を立てている一年上の先輩ウマ娘に対して、そんなにも偉そうな態度を示せるタキオンの胆力にも鷹木は感心していたが、どこかしっくりとくる光景であることにも間違いなかった。

 

 ユニヴァースの喋り慣れていない様子や、ロブロイの小柄さも手伝っていたかもしれないが、アグネスタキオンの方が彼女らよりも先輩であるような雰囲気だけは存分に纏われていたのである。

 

 その様は、更にタキオンがネオユニヴァースへと質問を重ねた時にもより色濃くなった。

 

「しかしユニヴァースくん。逆行推論たるアブダクションは本来の論理的思考においては誤謬ではないかい?仮説はあくまで仮説、要するに君の思考過程が成立するためには、結論が確定していなければならない。具体的には『日本ダービーのレース終盤、芝の荒れたコース内側をほとんどのウマ娘が走らない』という未来を、確定した事実としてキミはレース中、ないしはレース開始前から知っていたということになる。」

 

「……『ぼく』との“ANOI”が『併行する』の中で“STDA”を明かしたよ。まだ“SbS”は『明るく見える』だから。」

 

 当然ながら傍らで聞いている鷹木には全く理解不能な言葉の羅列であったし、ユニヴァースとの交流が短くはないロブロイも懸命に彼女の表情に目を向けて意図を汲み取ろうとするだけで精一杯の様子である。

 

 流石のタキオンも、即座にはユニヴァースの言わんとするところを把握することは困難だったらしい。

 

 しかし、その反応は劇的であった。傍に居る面々を驚かせる勢いで、ガバと音を立てて彼女は顔を俯け、両腕で自分の頭を抱えている。

 

 そんな仕草は、彼女の担当トレーナーである鷹木が見る限り、初めてのことだった。長い白衣の袖ごしに、タキオンはコツコツと自らの頭を小突き、必死になって思考を巡らせている。

 

 アグネスタキオンは、今自分が耳にした情報が、とてつもない価値を秘めたものであることを直感的に察知していた。

 

「……ちょっと、待ってくれ……理解したい、理解できるはずだ……あぁ、そうだ、本来観測し得ぬはずの未確定事項をユニヴァースくんが観測できるのならば、SbSとは……SbSとは何だ?」

 

「『情報』伝え方は『難しい』だね。『ごめんなさい』をするよ。」

 

 自分の喋った内容が伝わりづらい表現であり、なおかつそれ以外の表現手段が存在しない情報であったことに、ユニヴァースは遅れて気づいたのだろう。

 

 先ほどよりもはるかに一般的な語彙を口にし、タキオンを思考の迷宮に放り込んでしまったことについて、申し訳なさそうな視線を鷹木にも向けてくる。

 

 しかし、当のアグネスタキオンは頭痛に悩まされる時と同様の仕草を続けながらも、大いに満足げに、満面の笑みを浮かべていた。

 

 ネオユニヴァースは、彼女だけが知る、あるいは感じ得る“何か”の最も核心に近い部分に、僅かながらも言及したのだ。

 

「違う、まず明確な部分から整理しなければ、『併行する』、それだ、私が求めている観測対象は。しかし、ユニヴァースくん、君は……あぁ、問いたい内容すら、私の思考の盤上に収まり切らない!」

 

「あ、あの、今焦って言葉を紡がなくても……考えの整理がついてからの方が、文章もまとまりやすいですよ。」

 

 頭を抱えて悶えているタキオンの様子を心配そうに見つめていたゼンノロブロイが、文学好きらしい立場からの助言を提案する。

 

 しかしタキオンの表情からは焦りの色が消える様もなく、まるで主たる思考能力を膨大な情報処理に追われている片手間のごとく、ごく短い返答だけを発した。

 

「だがユニヴァースくんは多忙じゃないか。」

 

 その状況を分かったうえで、わざわざユニヴァースとロブロイの休憩時間を邪魔しに来たのか、と鷹木はツッコミを入れかけて、ネオユニヴァースが返答するため口を開いたのを前に自分の発言を吞み込んだ。

 

 ネオユニヴァースの側からも、既にアグネスタキオンというウマ娘に十分な興味が抱かれていたらしい。

 

 これまたかなり理解しやすさを増した言葉遣いで、ユニヴァースは柔らかさを増した声でタキオンに話しかける。

 

「時間があれば、『わたし』はいつもここで『ズッ友と食事』をするよ。」

 

「そ、その、私と一緒に昼食を摂る、ってことです。もしもお時間が合えば、また会えると思うので、私達に聞きたいことがあるのなら後日でも構いませんよ。」

 

 少々照れながらのロブロイも発された提案は、あまりにタキオンの都合に合わせた勿体ないものであったが、タキオンはそれを有難がる余裕もなく等閑な頷き方とともにベンチを立ち上がった。

 

 そのまま、まるで夢遊病者のごときフラフラとした足取りで校舎の中へと戻っていく。

 

 予想し覚悟していたのとはだいぶ異なる形であったが、タキオンが自らユニヴァースとロブロイのもとから離れていったのは鷹木にとっても有難い展開ではあった。

 

「じゃ、じゃあ、おふたりの休憩時間をウチのタキオンが邪魔してしまって済まなかった、ゆっくり昼食の時間をとってくれ。」

 

「“AMRT”また『一緒におしゃべり』をしたい。」

 

「えぇ、お時間が合えば……。」

 

 そう言いながら時計に目をやるロブロイは、本来タキオンが出席しているべき授業がまだ終わっていない時刻であることに気づいていただろうが、敢えて黙っている様子であった。

 

 テイエムオペラオー、昨年引退した世紀末覇王と呼ばれたウマ娘の担当トレーナーが鷹木であったことも、ゼンノロブロイは分かっていたのだろう。が、彼女はこの場を敢えて引き延ばしてまで呼び止めるような性格ではなかった。

 

 まだフラフラしながら歩いているタキオンを心配しつつ、周囲からの視線を気にしながらも歩き去っていく彼の背に、英雄ロブロイの名を関するウマ娘は、静かに熱い視線を注いでいた。

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