探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 アグネスタキオンを普段から理解することが困難である鷹木トレーナーにとって、アグネスタキオンが何かに悩んでいるらしい状況を解消することはますます至難の技であった。当然ながら自分個人では解決できないと早々に悟った鷹木は、トレーナーとして見習いを続けているキングヘイローへと相談を持ち掛ける。しかしタキオンが何事かを考えこみ始める直前、ネオユニヴァースと交わした会話内容を思い返したところで、両者ともに解決の糸口は見出せぬのであった。


いずれにも捉われぬは光の行方

 ネオユニヴァースとゼンノロブロイの休憩時間に割り込みに行った後のアグネスタキオンは、何やら難しい顔をして深く考え込み、周囲と会話さえマトモに交わさぬ状態がしばらく続いた。

 

 タキオンがユニヴァースから聞き取った情報が、いったいどれほどの意味を持っていたのか、そもそも難解すぎる言い回しを把握できなかった鷹木には片鱗すらつかめない。

 

 しかし、彼女が担当トレーナーである鷹木との会話もせぬ状態が続けば、トレーニングにも支障が出る。

 

 もとより、アグネスタキオンはさほど真面目に練習に取り組むウマ娘ではなかったが。

 

「事情は分かりましたわ、トレーナーとしては担当ウマ娘が練習に集中できない状況は解消したいものですわね。私自身もウマ娘とはいえ、アグネスタキオンさんの胸中を読み解くことは至難の業ですけれど。」

 

「しばらくぶりに会っていきなり済まない、キングヘイロートレーナー。相談できそうな相手として、パッと思い浮かんだだけで声を掛けてしまった。」

 

 翌日の昼食時には早い時刻の食堂、ウマ娘たちもまだ居らずガランとした中で、鷹木はキングヘイローと席を並べていた。

 

 既にトレーナーとしての雰囲気は十全に纏っているキングヘイロー。黄金世代ウマ娘の一員として走っていた彼女が、トレセン学園職員として姿を見せることは自然な光景になりつつあった。

 

 食堂で頼んだハンバーグの付け合わせとして出された、おそらくはかなり歯ごたえがあるだろうニンジンのスティックを、難なくパリポリと噛み砕くのは人間に真似しづらい振る舞いではあったが。

 

「まず大切なこととして、アグネスタキオンさんが心的に傷ついているわけではない、というのは確かですのね?」

 

「あぁ、それは間違いないだろう。ネオユニヴァースが相手を貶すような内容を口にするとは思えないし、そもそもタキオンが何を言われれば傷つくのか想像もつかない。」

 

 今はタップダンスシチーに連れられている例の黒ジャージ姿のウマ娘たちから荒い言葉を吐かれても、ケロリとした顔で言い返していたタキオンのことを思い出しながら鷹木は答える。

 

 キングヘイローも鷹木の返答は妥当だと感じたのか、疑う余地もなく頷きながら言葉を続けた。

 

「でしたら、タキオンさん自身が最もこだわる部分での物思いから抜け出せなくなっている、と考えるのが自然ですわね。」

 

「タキオンの、こだわり、か……彼女は思いもよらぬものに興味を示すから、それを特定するのはかなり難しいだろうけど……。」

 

「けれど、大前提にあるのはウマ娘レースに関することなのでしょう?」

 

 事あるごとに袋小路に陥りがちな鷹木の思考は、キングヘイローの助言によって確かに救われていた。

 

 タキオンの思考を特定することは確かに不可能に近く、鷹木がいくら首を捻っても明確な正解にはたどり着かないだろう。しかし、問題を抽象化すればその限りではなかった。

 

 ピンポイントでタキオンがこだわっている物事を当てられずとも、そもそも“ウマ娘レース”というジャンルから外れるものでは決してないはずだ。

 

「その通り、だな。ネオユニヴァースとタキオンが語り合っていたのは、こないだの日本ダービーについての話だった。」

 

「ユニヴァースさんが、見事なコース取りで集団を一気に抜き去り、後方から先頭へと躍り出た、あのレースですわね。勝利に至った作戦について、タキオンさんはお聞きになったのかしら?」

 

「俺も、ユニヴァースに話を聞く立場にあれば、それを聞いただろうが……タキオンが尋ねていた内容は、ちょっと違っていた。」

 

 鷹木は、自分が注文したかけそばを箸で持ち上げようとする手を止めて、あの時にタキオンとユニヴァースが交わしていた会話内容を必死で思い返している。

 

 日本ダービーでユニヴァースが採った作戦についてタキオンは確かに言及していたが、どちらかといえば、何故、多少のリスクをはらむコース取りに成功の確信を見いだせたのか、について尋ねていた様子でもあった。

 

「そうだ、たしか、逆行推論とか何とか言ってたな。あのレース、最終直線に向いた時にコース内側が空くことを、仮説としてではなく確定した結論としてユニヴァースが知っていたはずだ、とか……。」

 

「えぇと、鷹木トレーナー、あなたも難しいことを仰るようになってません?」

 

「す、すまない、タキオンが喋っていたことを思い出そうとすると、言い回しが無駄に複雑になるんだ。」

 

 日々、タキオンの冗長かつ煩雑な喋り方に自分が振り回されているという認識の鷹木であったが、タキオンの担当が長くなるにつれ彼自身も存分に影響を受けていたらしい。

 

 キングヘイローもハンバーグを咀嚼しつつ、眉間に皺を寄せながら、鷹木が話した内容についてなんとか呑み込もうとしている。

 

「まるであの日のレース展開を、ネオユニヴァースさんは予知していたみたいだ、と仰りたいのでしょうか……。」

 

「かも、しれない。タキオンに聞くと、そういうわけではない、と否定されるかもしれないが。」

 

「ひとまず、私どもにも分かりやすい認識で置いておきましょう。それで、ネオユニヴァースさんはタキオンさんに向かってどう返事なさったの?」

 

 このキングヘイローからの問いに答えることは、タキオンの発言を再現する以上に困難であった。

 

 何せ、あの場でネオユニヴァースが口にした発言の中で、最も難解な返答であるらしかったためだ。そもそも殆どの発言が理解できていなかった鷹木は、あのタキオンまでもが頭を抱えた様からそう判断する他に無かったのだが。

 

 とはいえ、自分の担当ウマ娘を熟考の沼に突き落とした元凶たるユニヴァースの発言を、辛うじて記憶の中から引っ張り出せたのは、トレーナーたる鷹木なりの尽力が為せる技だったろう。

 

「『ぼく』とのアノーイが『併行する』の中でストゥーダを明かした……みたいな?ことを、喋って……すまない、正確に彼女が述べた通りの言い方じゃないかも……。」

 

「鷹木トレーナー、一旦、この話題は置いておきませんこと?私も聞いているだけで混乱してまいりましたし、何よりもあなたの正気が失われていないか心配になってきてしまいましたわ。」

 

 キングヘイローは本気で心配そうに鷹木の目の中を覗き込みながら、そう告げた。

 

 確かに、この場を傍から見ても、完全に錯乱した内容をキングヘイローへと鷹木が伝えている場面にしか見えなかったろう。

 

 とはいえ、鷹木はほぼ事実の通りに伝えていたわけであるし、それに早いところタキオンには元通りの状態に戻ってもらいたいことにも変わりない。

 

「悪い、変なことに巻き込んでしまって。なにぶん、あれ以来タキオンは寝不足の様子が続いているし、トレーニングさせるどころか健康状態も不安なんだ。」

 

「そ、そうですわね、もちろん放っておけるわけがありませんわね……。しかし、どういう点に気を取られて、考え込み続けているのか、簡単に分かるというものでは……。」

 

 キングヘイローも、食事を進める手を止めて、じっと考え込んでいる。

 

 自分の担当ウマ娘たるアグネスタキオンのため、相談を持ち掛けたのは鷹木のほうだったのだが、流石にキングヘイローの食事時間をこうも邪魔してしまっている現状は申し訳なく、先ほど言われた通り話題の中断を申し出ようと口を開きかけた。

 

 その間際で、先んじて言葉を発したのはキングヘイローの方だったが。

 

「もしかすると、タキオンさんはウマ娘レースの勝敗を定める運命的なものを、掴もうとなさっているのかもしれませんわね。」

 

「勝敗を定める、運命?」

 

 それは、実際に幾度もレースを走り、幾度もの敗北と貴重な勝利を経験したキングヘイローだからこそ見出せる、ほぼ正解に近い仮説であった。

 

「私自身、自らのレース戦績を振り返って、感じることがあるのです。レースでの勝利、とくにGⅠほどの大舞台ともなればこそ、ウマ娘は運命に導かれるようにして栄冠を手にするのではないか、と。」

 

「あの時の、高松宮記念でも……?」

 

「もちろん、運命が全てを握っているとは感じません、私が死に物狂いで積み重ねた鍛錬の成果、そこに勝利を見出したことには間違いありませんわ。なんと申し上げるべきでしょうか、自らが歴史を刻んだ実感とともに、ゴールラインを跨いだ、というべきでしょうか。」

 

 なぜ勝てたのか、あるいは、なぜ勝てなかったのか。

 

 全ての出走ウマ娘が勝てるだけの能力を有してゲートインし、全ての出走ウマ娘が思い通りに走れないリスクを乗り越えてゴールへ向かう。

 

 むろんひとつひとつの要因を、レース記録から分析し、具体的に取り出すことは可能である。

 

 だが、それはあくまでレース後のこと。

 

 レース出走前に、未観測のレース展開を知ることは不可能である。ゲートが開けば、その先は走るウマ娘自身の身体能力、判断力、洞察力が全てなのだ。

 

「あの日の中京レース場、横一線に並んだ好敵手たちを、大外から差しきった時……私は実力で運命を引き寄せたのだと実感しましたの。自分からそう言うのも、烏滸がましいかもしれませんけれど。」

 

 今から2年前の高松宮記念、激戦を制し『まとめて撫で切った』と評されたキングヘイローの勝利は、確かにウマ娘レースの歴史に深く刻み込まれ、万人の記憶から消えることはないだろう。

 

 彼女の実力が、勝利の運命を引き寄せた。あの日の競争相手が実力者揃いだったという事実も、確たる証拠であった。

 

「高松宮記念でのキングヘイローの勝利は確かに、その形容がぴったりだろう。先日の日本ダービーにおけるネオユニヴァースの勝利からも、レースの大舞台での勝敗を左右する運命を、タキオンは掴もうとし続けているのか……?」

 

「当然ながら、勝利にまず一歩でも近づくための、基礎的な能力をトレーニングにて向上させることが大前提だと申し上げたいですけれどね。」

 

 キングヘイローがつけ足した言葉にも、鷹木は迷わず頷いた。が、あのアグネスタキオンが、そういった前提部分を失念しているとも少々考えづらかった。

 

 タキオンを担当し始めた今年度は、殊に変わった状況に続々と遭遇する。年度が始まる前にも、既にアドマイヤベガにまつわる奇妙な現象を体験していたものの。

 

「アグネスタキオンはマンハッタンカフェが目にしたという、アドマイヤベガにとり憑く“お友だち”についても観察を続けたがっている。これ以上練習時間を割くなと言いたいが、担当ウマ娘を敢えて関心事から引き離すような真似もしづらいな。」

 

「ここまでのお話を聞くにつけても、タキオンさんの思いが徐々に分かってきた気がいたしますわ。誰が勝ってもおかしくない、拮抗した実力のウマ娘たちが共に走り、その勝敗を決する要素が実力の他に存在すると、そう信じたくなることも十分にあり得るでしょう。」

 

「先輩ウマ娘たちの走ったレースの観戦を繰り返すたび、アグネスタキオンの中では本番の大舞台に対する不安が増大しているのかもしれないな……。」

 

 確かに、トレセン学園に入学して3か月目のウマ娘にとっては、GⅠレースの舞台など未知数の塊でしかないだろう。

 

 自分が地道に続けているトレーニングが、本番の晴れやかで激烈な実力のぶつかり合いを制すると、信じることは難しいのかもしれない。

 

 いずれ自らもそのレース本番の場でマトモに走れるのか、増大する不安を解消するための気休めとして、アグネスタキオンなりの探求や観測の中へ見出しているのだと、鷹木としてはそう判断するほかなかった。

 

 きっと、これもタキオン自身に告げれば小難しい言い回しで訂正されるのだろうが。

 

「次の宝塚記念をタキオンに観戦させることも、果たして彼女の気晴らしになるかどうか不安になってきてしまったな……そういえば、宝塚記念の出走者リストに名前が無かったが、桂崎トレーナーはナリタトップロードを出走させる気は無いのか?」

 

 真剣な話題で止まりがちになっていた食事の手を動かすべく、鷹木はどうにか話題を切り替える。

 

 桂崎トレーナーのもとで、現状はサブトレーナーとしての扱いになっているキングヘイロー。桂崎トレーナーが担当しているナリタトップロードの動向ならば、彼女が詳しかった。

 

「えぇ、しばらく夏季はトップロードさんに休養してもらう、とのことでしたわ。昨年も同じく、トップロードさんは4月の天皇賞後に秋まで本番出走を控えておられましたわね。」

 

「そうだったな、一昨年も同じく……レース歴を鑑みても、無理はさせられないか。」

 

 デビューから5年目、積み重ねてきた戦績の分、脚に蓄積し続ける負担が招くリスクは無視できないレベルになっていく。ずっとトップロードを見続けてきた桂崎トレーナーの判断はしごく妥当なものであった。

 

 おそらく同様の理由だろう、アドマイヤベガも出走者には名前を連ねていなかった。結城トレーナーのほうでは、エアシャカールのみを出走させる判断を下したのだ。

 

「それで、アグネスデジタルも立て続けの海外遠征から戻ってきて長期休養中、だな。今年の宝塚記念は、ひょっとするとクラシック級のネオユニヴァースが活躍を見せるかもしれない。」

 

「もちろんシャカールさんの勝算が一番でしょうけれどね。そうですわ、アグネスデジタルさんで思い出したのですけれど、最近はデジタルさんも有望な後輩ウマ娘を見出されたようでして。」

 

「有望な後輩?」

 

「タキオンさんの同期、ジャングルポケットさんですわ。まだ担当トレーナーが決まってらっしゃらない様子でしたが、いつの間にかアグネスデジタルさんがご自身の個別練習場に連れ込んでおられましたわね。」

 

 以前、タップダンスシチーのために、片桐トレーナーが多少強引な非正規の手段で専用練習場を作り出していた様を見学した際、居合わせたジャングルポケットが浮かぬ表情を見せていたことは鷹木も覚えていた。

 

 自分の同期のライバルたちが続々と担当トレーナーを得て、練習環境を整えていく状況に、ジャングルポケットが焦りを覚えるのも無理からぬことであったろう。

 

 いかなる縁のめぐり合わせか、世界にその名が知れ渡るアグネスデジタルの目に留まったのは、ジャングルポケットにとっての幸運だったのかもしれない。

 

「しかし、アグネスデジタルはトレーナーではなく、あくまでレースをする側だろう?入学して3か月目のジャングルポケットの練習相手としては、確かに十分すぎるが。」

 

「えぇ、ですので……桂崎トレーナーとの相談の上で、私もトレーナーとして、ジャングルポケットさんの練習を見させていただいてますの。実質、私が初めてトレーナーとして担当するウマ娘はジャングルポケットさんになるかもしれませんわ。」

 

 キングヘイローは昨年トレーナー資格を取得し、今年に入って桂崎トレーナーの下、トレーナー見習いとして実地での経験を積み続けている最中である。

 

 それゆえに、まだトレーナとしては若輩者とはいえ……黄金世代の不屈の一角キングヘイロー、そして戦場を選ばぬ勇者アグネスデジタル、この豪華な両名と共にジャングルポケットは練習できる環境を得たことになる。

 

「それは、かなり……トレーナーとしての立場からも、羨ましい練習環境だな。」

 

「私も経験浅く、桂崎トレーナーに尋ねながら指導を進めることも多いですけれどね。それに、レースごとに走り方をすっかり切り替える、器用なアグネスデジタルさんの技術に私自身が学ぶことも多くあります。」

 

「確かに、俺もトレーナー試験のために猛勉強したつもりだった時期はあったが、トレーナーになってから学ぶことの方が圧倒的に多かった。」

 

 世界的にも有数の狭き門、中央トレセン学園のトレーナーとなるための試験。合格できるのは、エリート中のエリートであると評されて差し支えない者だけである。

 

 鷹木もその一員であることは間違いなく、トレーナーとしての第一歩を踏み出したばかりの頃は、今よりもずっと自信満々に振舞っていたものだ。

 

 ……それ以降、幾度も挫折や苦境を骨身に刻むごとく学んだ結果、現状の気弱で内向的な鷹木トレーナーが出来上がったわけだが。

 

「私も、現役で走っていた時期が既に過去のものとなりつつある今、新しいウマ娘レースの世代を築く子達が未知の塊であるのは当然のことと踏まえ、学ばせていただいていますわ。」

 

「あぁ、トレーナーとして自分の指導に不安を抱くことは多々あるが、ウマ娘を担当する以上、自分こそが担当の支えだという認識は忽せにすべきではない。」

 

「鷹木トレーナーが任されてきたウマ娘は、いずれも一癖ある子ばかりでしたけれどもね……あら、もう授業時間が終わったのでしょうか?」

 

 キングヘイローの耳がクルリと回り、授業が行われる校舎から食堂へと近づいてくる足音を拾う。

 

 彼女の言葉につられて鷹木も時計を確認したが、まだ大勢のウマ娘が教室から出てくるには早すぎる時刻である。

 

 ドタバタと近づいてくる足音は、一名分であった。授業時間がまだ続いているというに、勝手に教室を抜け出してくるウマ娘……心当たりに、鷹木が嫌な予感をよぎらせた直後、その予感は即座に的中した。

 

 裾の長い白衣を翻したウマ娘が食堂に駆け込んできた時点でそれは確定していたが、何故か鷹木の動向を完全に予測していたかのごとく、響き渡ったのはアグネスタキオンの声であった。

 

「やっぱり、ここに居たねぇ!ノンビリと昼食を摂っている場合ではないよトレーナーくん!一大事だ!!」

 

 先日のユニヴァースとの対話以降、難しい顔をして沈思黙考を続けていた彼女だったが、今は打って変わって晴れやかな顔で声を張り上げていた。

 

 キングヘイローに持ち掛けた相談内容は、鷹木が知らぬ間にタキオンの中で勝手に解消された形となっていた。鷹木の隣で、キングヘイローも安堵と困惑の入りまじった表情を浮かべて口を開く。

 

「何があったのかは分かりませんが、タキオンさんに明るさが取り戻されたようで、何よりですわね……。」

 

「た、タキオン……何故か悩みが解決した様子なのはいいが、まだ授業時間中じゃないのか……?」

 

「私に悩みなど無い、思考すべき提題は未だ残されているとも、しかしだね、今はより優先すべき関心事がある!タップダンスシチーくんが、デビュー戦を行うのだとさ!」

 

 鷹木の指摘に聞く耳を持たない様は、いつも通りのタキオンであった。

 

 が、どこから仕入れてきたとも知れぬ情報が彼女の口から語られた時、鷹木にも動揺は少なからず伝播した。

 

 アグネスタキオンと同じ今年度、トレセン学園に入学したタップダンスシチーがデビューするとは。彼女を担当していた片桐トレーナーは、まだ6月の中旬という今の時期に思い切った判断を下したのだ。

 

 同じく聞いていたキングヘイローも、目を丸くしている。

 

「片桐トレーナーがタップダンスシチーさんを担当し始めたのは、確か先月のことでしたわね……1か月足らずで、もうデビューへと漕ぎつけたということですの……!?」

 

「さて、デビュー戦を勝利で飾るか否かは、結果次第だがねぇ、しかし同期としては見過ごすことの出来ない一幕となるだろう!トレーナーくん、我々も見物に向かおうじゃないか!」

 

 また練習時間を他のことで削る気か、と鷹木は実際に口にすることが出来なかった。

 

 タキオンがせっかく常の調子を取り戻していたこともあったが、何よりも鷹木自身が、片桐トレーナーの考え、およびタップダンスシチーの仕上がりのほどを確認したく感じていたのだ。

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