探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 夏合宿の時期が近づいて来たトレセン学園だが、入学一年目のウマ娘は学園主催の合宿にまだ参加できない。大抵は担当トレーナーと共にトレセン学園における練習環境を活用し、秋からのデビューに備えるのが一般的となっていた。……が、アグネスタキオンに同じ振る舞いを期待することが出来ない事実は、ここまで担当トレーナーとして四苦八苦してきた鷹木も十分に認識していた。奔放に振舞うタキオンに、夏季期間を有意義に過ごさせるためのプランを描き、彼は奔走することとなる。


サボりを愛した探求者と、夏

 鷹木は今月の下旬に開始される夏季期間の過ごし方について、相当前から悩み続けていた。

 

 一般的に、ウマ娘が学園主催の合宿に参加できるのは、2年目以降である。入学1年目は休暇中の課題をこなしつつも、学園にてトレーニングを続けるのが大抵のウマ娘の過ごし方となる。

 

 要するに、授業期間中も出席をサボっているアグネスタキオンについては、ほぼ普段と変わりない。ばかりか、ますます鷹木の手に負えなくなるのではないかとも危惧された。

 

 上級生たちが軒並み合宿所へ出向いた後、校舎内を今まで以上に好き放題に徘徊し、興味の向く先を見つけては彼女なりの観察や実験に明け暮れる日々となるだろう。

 

「アイツ自身にとっては有意義なつもりかもしれないが、レースに向けてのトレーニング時間は間違いなく減っていく……練習に専念できる環境を用意しないと。」

 

 夏季期間を乗り越えれば、いよいよデビュー戦に向けて本格的な調整にも入っていきたい。

 

 秋になって、実戦に耐えうる身体づくりが間に合っていないようでは、もう遅いのだ。

 

 以前、タップダンスシチーが入学から2か月足らずという早さで、9着に終わりはしたもののデビュー戦に挑んだ日から、鷹木はタキオンのために夏季期間中の合宿プランを模索し続けていた。

 

 しかし、学園の合宿施設はクラシック級以上のウマ娘たちのトレーニングが最優先であり、1年目のウマ娘を受け容れている余裕はない。

 

 個人で合宿施設を借りようにも、ウマ娘用の練習設備が併設、ないし手近に借りられる練習場がある場所ともなれば、候補も相当に限られ、また費用もかさむ。

 

「一日ごとに、数万単位かかるのか……1か月も借りたら、俺が破産する……。」

 

 軽く検索をかけて、必然的な結果が表示されているPCの画面前で、頭を抱える日々が続いた鷹木。

 

 民間のウマ娘用合宿プランに参加するという手も無くはなかったが、あくまでそれらは地元レースチーム向けに実施されるものである。

 

 宿泊費用は安くともその練習環境は、本格的なレースウマ娘を養成するためのトレセン学園と比べるべくもない。

 

 参加するウマ娘の身体能力も、トレセン学園に入学できる者たちの足元にも及ばないだろう。周囲とのレベル差を認識したタキオンは、ますますサボり癖に拍車をかけることになるかもしれない。

 

 せっかくトレセン学園に入学できたのならば、広大なグラウンドに、多種揃ったトレーニング機器を使わぬ手はない。

 

 よって、合宿に参加しないウマ娘の夏季期間は、トレセン学園の敷地内で過ごすのが最適解だ……という結論に、鷹木は何度も巡り帰ってくるのであった。

 

「いや、手立てがないわけじゃない。俺が、きっちり覚悟を決めて、頼みこめば、不可能じゃない……たぶん。」

 

 鷹木が残していた選択肢は、結城トレーナーへの懇願である。

 

 URA界のレジェンド、ウマ娘レース史の生ける証人、結城トレーナー。数々の優駿の指導を担当し、今もなお彼に担当してもらえるウマ娘は確実に中央レースのトップに立てると評されるほどの存在。

 

 現在はアドマイヤベガ、エアシャカールを担当して、それぞれGⅠタイトルを複数獲らせ、来年以降はマンハッタンカフェをも本番舞台へ送り出そうとしている老トレーナーである。

 

 現代社会の経済を回す中心であるウマ娘レース界にて、長年活躍してきた彼は莫大な私財をウマ娘の練習環境のためにもつぎ込んでおり、長期休暇中の合宿施設をも彼は個人で所有、運営している。

 

 鷹木がテイエムオペラオーを担当していた頃は、彼女をライバル視するアドマイヤベガからの誘いもあって、そんな結城トレーナーの個人合宿所に参加させてもらっていたのだが……。

 

「アグネスタキオンだって、マンハッタンカフェが無視できないほどの身体能力を持っている。が、カフェはタキオンを敢えて招待するようなことを、しなさそうだよな。」

 

 今年度入学ウマ娘の中で最高の素質を有すると目されるマンハッタンカフェに、華奢なつくりの脚に過度な負担がかかる恐れはあるものの肩を並べるタキオンのことを、カフェ自身も気にしてはいるだろう。

 

 が、それ以上に、普段から実験や観察のためと称してカフェに付きまとうタキオンの振る舞いを、迷惑に感じないはずもない。

 

 さらには、タキオンの方がたびたび誘いをかけて、鷹木のもとにカフェを連れてきていることを……いわばタキオンによって、カフェをたびたび連れ去られている結城トレーナーが、その振る舞いをどう感じているかも気がかりであった。

 

 最初からタキオンが同じ練習環境に居れば、カフェがいちいち離れた練習場へ連れていかれることもないし、将来的にライバルとなり得るタキオンの走りをも結城トレーナーは見ることが出来ますよ……。

 

 ……そんな売り込み文句だけは思いついたが、かのレジェンドトレーナーの前で堂々とそれを口にできる性格の鷹木ではなかった。

 

「片桐トレーナーなら、こういうのにも慣れてるんだろうけどな……。」

 

 片桐は現在タップダンスシチーを担当しているトレーナーである。

 

 他のウマ娘とは1年遅れで入学し、入学から2か月とちょっとの期間を経て、早くもデビュー戦に挑んでいたタップダンスシチー。結果は9着だったものの、その成長速度は目を瞠るものがあった。

 

 そんな彼女を担当している片桐もまた、メイショウドトウを担当していた期間、結城トレーナーの個人合宿所に参加していた一員である。こちらも、アドマイヤベガがライバルとして認めた相手を招待していたおかげであった。

 

 タップダンスシチーともなれば、ますますマンハッタンカフェとの関わりはない。

 

 鷹木と同様に入学1年目のウマ娘を担当している片桐もまた、能動的に働きかけねば夏合宿を実行できる環境を手に入れられない状況にあった。

 

「よ、よし、片桐も巻き込もう。俺の魂胆をアイツも簡単に察するだろうが、お互いに悪い話じゃないはずだ。」

 

 それはある意味、トレセン学園随一の小心者たる鷹木らしい判断であった。片桐と並んで結城トレーナーに頼み込みに行けば、自分だけが厚かましいと思われる恐れも軽減できる。

 

 ばかりか、普段から抜け道めいた手段を実行しがちな片桐のほうが結城トレーナーのもとへ押しかけ、鷹木はそれに付き合わされているに過ぎない……という体裁も整えられるかもしれない。

 

 鷹木はスマホから通話画面に移りかけたが、思いとどまり、直接片桐に会いに行くことにした。

 

 結城トレーナーへ談判しに行く仲間を募るためだけに、わざわざ話を持ち掛けたという体にはしたくなかったし、互いに表情の見えない通話口で片桐と話すことは憚られた。

 

「さすがに口の巧さだけでは、アイツにかなうとは思えない。」

 

 短からぬ付き合いの中で、こちらは学園随一の曲者である片桐トレーナーに対し、鷹木は必要以上に警戒するようになっていた。

 

 それに、鷹木は自らの目論見が外れていないことを確認するためにも、片桐がタップダンスシチーの練習環境を整えている現場を見に行く必要性を見出していた。

 

 片桐トレーナーは、トレセン学園内に自分の担当ウマ娘専用の練習場を作り出していた。

 

 本来は、他のウマ娘と合同でグラウンドを共有するのがほとんどであるトレセン学園。個別に使える練習場を与えられるのは、GⅠレースに勝利し、今後も活躍が見込めるごく一握りのウマ娘だけである。

 

 しかし、かつて学園内での芝の養生地となっていたエリアが、今は使われることなく雑草まみれで放置されている様を見出した片桐は、自らそれを整備して練習に使用する旨を理事長にとりつけ、許可を得たのだ。

 

 学園としての授業で用いられないため、理事長から寄贈された土地として扱われ、トレセン学園生ではないウマ娘たちも進入を咎められないというオマケつきであった。

 

「規則の隙間をうまく突いた狡賢いやり方だが、片桐だってそれなりに苦労はしているはずだ。何と言っても、これからの夏季期間中は……。」

 

 片桐が事実上私物化した学園敷地内の練習場に近づく鷹木は、ほどなくして芝刈り機の音が響いてくるのを聞いた。

 

 校舎の陰、敢えて目隠しとなるように繁らされた植え込みをかき分けて進めば、その存在がごく一部にしか知られていない非公式の練習場が開けている。

 

 ちょうど、肩にかけたタオルで顔じゅうの汗を拭いながら、エンジン式の芝刈り機を押して片桐がこちらへ近づいてくるところであった。

 

 腰には3本ほど補水用ドリンクが提げられ、発汗量がかなりのものであることは、頭から水を被ったように片桐のシャツがぐっしょりと濡れている様からも明らかである。

 

 顔を出した鷹木に気づき、片桐は芝刈り機をいったん止めて声をかけてくる。

 

「これは、どうも、鷹木トレーナー。丁度いい所に、いまから刈り終えた草をブロワーで吹いていく作業に取り掛かるところだったんですよ。」

 

「この広さでその作業をやるのは大変な事ですね、お手伝いさせていただきますよ、ウチのタキオンの練習にも使わせてもらえるのなら。」

 

「おや、ちょうどいい所に。タキオンさん、鷹木トレーナーがお呼びですよ。」

 

「えっ、タキオン、居るんですか……?」

 

 聞き返した鷹木は間もなく、芝刈り機を止めた片桐の背後から、ヒョコッと顔を出したタキオンと目を合わせる。

 

 すっかり夏模様となった空の下でも、変わらず丈の長い白衣を制服の上から羽織っている。現状では、肌を焼くことも防げるその白衣を着こむことは理にかなってはいたが。

 

「おや!トレーナーくん、これはこれは奇遇だねえ。暑いさなかだというのに、何をしに来たんだい?」

 

「こっちのセリフだ、なんでお前がここに居る。また授業をサボっているのか。」

 

 授業に出席していないことに関しては、答えるまでもないとばかりにタキオンは聞き流し、そして手に構えていたスマホを地面に向けてシャッターを切る。

 

 おそらく、芝を刈る片桐の手伝いをしていたわけでもないのだろう。タキオンは鷹木に向けて、刈られていく芝地ばかりを何故か撮影した画面を見せながら、滔々と語り始めた。

 

「片桐トレーナーが芝刈り機を取り出しているのを見て、私も観察すべきだと判断したのだよ。本来は無作為に雑草の種が混入し、そして一様に日が当たるため偏りなく、まんべんなく成長するはずのこの場所で、何らかの恣意的ならざる影響が見いだせないか、とね。」

 

「……何が言いたいのかはよく分からないが、なんでわざわざ片桐トレーナーが草刈り作業をするタイミングでお邪魔したんだ。」

 

 まるで片桐にタキオンの面倒を見てもらっていたかのような体裁が出来上がっていたら、今から持ち掛ける提案を片桐に呑ませづらくなる。

 

 トレーニングのために会いたいときには姿が見つからず、不都合なタイミングではもれなくトレーナーの前に姿を現す、アグネスタキオンはそんなウマ娘である。

 

「なぜって、芝刈り機を掛けるタイミングであれば、刈られた草の長さを後ろから撮影することで、簡単に比較用の資料が出来上がるじゃないか。そうでなければ、私がわざわざこの広さの中、物差しを手に雑草の成長度を計測してまわらなければならないだろう。」

 

 合理的に考えられた観察手段であることは分かったが、その上でアグネスタキオンが何がしたかったのか分からないのも、いつも通りの彼女であった。

 

 鷹木は、片桐が全身から汗を絞り出しながら芝刈りを終えた草地を見回す。

 

 元が単なる芝の養生地でしかないため、本式の練習場ほどの広さではないものの、ウマ娘が走る練習をするためには十分な広さである。

 

 この広さを、片桐は芝刈り機を掛けてまわっていたのか、そしてタキオンはその後をスマホで撮影してつけまわしていたのか……と半ば呆気に取られている鷹木の脇を、通り抜けるタキオンの声が遠ざかっていく。

 

「物分かりの悪いトレーナーくんとのお喋りに付き合っていては、私の観察記録をまとめている時間が無くなってしまう。私はこれにて失礼するよ。」

 

「あ、あぁ……おい、ちゃんと教室に行って授業を受けるんだぞ!」

 

 タキオンは喋るだけ喋って、さっさと歩いて行ってしまった。慌てて鷹木が彼女の背に声を掛けるが、それがタキオンに聞き流されているだろうことは明白である。

 

 困り顔で見送る鷹木に、微笑みながら片桐が声を掛ける。

 

「教室まで引っ張っていかなくていいんですか?出席日数が足らなければ、担当トレーナーが補講を受けさせなきゃならないでしょ。」

 

「もう、それについては覚悟してますので……教室に無理やり連れて行っても、すぐに抜け出すでしょうし。」

 

「ま、その姿は容易に想像がつきますな。」

 

 片桐は頷きながら、飲料ボトルに口をつけ、改めて噴き出てきた汗をタオルで拭った。

 

 片桐が独りで芝地の整備の作業を続けることは、間違いなくかなりの重労働であった。ウマ娘たちが合同で用いる練習用グラウンドも、理事長が私財を投げうって導入した重機によってどうにか整備が追いついているほどである。

 

 殊に、夏本番を迎えつつある今……照りつける太陽の下、刈っても刈っても際限なく伸び続ける雑草と戦うことは、無限に続く労働に他ならないだろう。

 

「タップダンスシチーの指導は順調ですか、片桐トレーナー。」

 

 既に片桐は、自分が何がしかの提案を持ち掛けに来たことを察しているかもしれない……と鷹木は考えつつも、タキオンに散らかされた状況を整理し交渉を円滑に進めるため、作業を手伝い始めた。

 

 長時間の作業に耐えうるブロワーはずっしりと重く、今からそれを手にして炎天下の芝地を歩き回らねばならないと実感した時、手伝いを申し出たことを若干後悔はしたが。

 

 片桐はとめどなく額から噴き出る汗を幾度も拭いつつ、答える。

 

「えぇ、彼女も我は強いですが、勝つための執念も存分に有していますからね。じきに、未勝利バ戦へのリベンジを予定しています。」

 

「それは楽しみですね……ところで、夏季はどうお過ごしになる予定で?」

 

 本題に入るための導入を口にした瞬間、片桐は垂れてくる汗を拭くために口まわりをタオルで覆っていたが、彼の目元だけでニヤリと笑ったのは鷹木にも分かった。

 

 そこから先、鷹木が予定している提案までも、全て片桐は見通しているようであった。

 

「いやはや、自分はこの練習場でじっくりとトレーニングを続けても良いかなと考えていたのですが、こうも芝地の整備が大変だとは思ってもいませんでしたからなぁ。どこか、良い合宿所があればいいんですがねぇ。」

 

「……えぇ、片桐トレーナーが、夏の間も草刈りに追われる日々になるのではないかと、自分も考えまして……また、結城トレーナーのもとにお世話になりに行くのは、いかがでしょう。」

 

 既に片桐のペースにのせられつつあることを実感しつつも、鷹木にはそこから先、用意した通りの提案を述べる以外に術は無かった。

 

 片桐は、いかにも自分が思いつかなかった名案を聞いたかのごとく、多少オーバーなリアクションで鷹木へと満面の笑みを向けてみせる。

 

「おぉ!それは考えてもみませんでした!では、自分はしばらくタップダンスシチーのデビュー戦に専念しなければなりませんので、鷹木トレーナー、あなたが結城トレーナーにお頼みしていただけますか?」

 

 その時点で、片桐と共同での提案ではなく、発案者は鷹木個人であった。

 

 鷹木が期待していたのは、芝地を独り整備する作業に倦み果てた片桐が、結城トレーナーの合宿所に参加するという案に飛びついてくる状況だったのだが……片桐は、あくまで鷹木のアイデアを褒める立場を崩さなかった。

 

 片桐と共にではない、鷹木が単独で片桐の分も含めて、結城トレーナーに頭を下げに行かねばならぬ状況は確定したも同然であった。

 

「……え、えぇ、まぁ、そのつもりでは、いましたが……。」

 

「結城トレーナーの合宿施設なら、練習環境も十分です。それに、かのマンハッタンカフェに加え、鷹木トレーナーの担当であるアグネスタキオンも、練習相手になってくれるかもしれないわけだ。いやぁ、今から夏が楽しみですねぇ。」

 

 炎天下の草刈りという労働に追われている状況の最中であっても、頭の回転が鈍らないのが片桐という男であった。

 

 ブロワーを手にして芝や雑草の端切れを吹き飛ばす作業を手伝わされながら、結城トレーナーの前で頭を下げながらどのように頼み込むべきか、一方の鷹木はそればかりで頭を一杯にしていた。

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