探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 またしても異様な現象に巻き込まれたアドマイヤベガに、ナリタトップロードが付き添って先に合宿所へ戻った後の帰り道。エアシャカールとアグネスデジタルに率いられた後輩ウマ娘たちも、帰途へと就いた。さすがにアドマイヤベガが居る間は言及を控えていたアグネスタキオンであったが、超常的な現象が発生し、その痕跡が見いだされたとなれば興奮を抑えられない様子である。そんな彼女に、マンハッタンカフェは自分が覗き見た、現実とは思えぬ光景について語るのであった。


異なる仮説、覗くは現実の垣間

 食堂のある商店街から合宿所まで、復路も田舎道を走って戻って来る予定のウマ娘たちであったが、アドマイヤベガとナリタトップロードは別であった。

 

 あまりに顔色を失い、表情にも緊張が漲ったままのアドマイヤベガのことを心配して、調理師の太田が食堂をいったん閉めて合宿所まで車で送ると申し出たのだ。

 

 アドマイヤベガが何を体験したのか誰も知る由など無かったが、トップロードは迷わず彼女と付き添い続けることを選んだ。

 

「さすがにこの数では太田さんの車に全員では乗れない。私はアヤベと一緒に居るから、シャカール、デジタル、後輩たちの引率を任せてもいいかい?」

 

「はい!こちらはお任せを!と言っても、一緒に帰るだけですけどね。」

 

「ドトウみたいに、知らねェ内にはぐれるような奴も居ないからな。それより、本当にアドマイヤベガ先輩は大丈夫なんだろうな?今すぐトレーナー達に連絡を入れなくてもいいのか?」

 

「うん、少しずつ落ち着きを取り戻していってるから……先に戻ったら、結城トレーナーにも見てもらう。」

 

 アグネスデジタルもエアシャカールも心配そうに見つめる前で、食堂の隅の席に座ったアドマイヤベガは自らの足元を見つめて呼吸を整えることに専念するばかりであった。

 

 食堂の入り口シャッターを下ろし、トップロードとアドマイヤベガを載せて出発した太田の車のエンジン音が遠ざかっていく。

 

「……俺らも帰ンぞ。」

 

 エアシャカールの短い一言を合図に、後輩ウマ娘たちは連れ立って合宿所への帰路を駆け始めた。

 

 アドマイヤベガが単なる体調不良に見舞われていたわけではなく、何らかの異変に巻き込まれたのが原因であり……その異変に、彼女を呼び戻しに行ったマンハッタンカフェも立ち会っていただろうことは、先ほどの状況からも知れた。

 

 とはいえ、誰もマンハッタンカフェへと気になっている内容を無理に問い質そうとはしなかった。

 

 カフェは、アドマイヤベガの腕を掴んで食堂の中へと引き戻した時からずっと、表情が曇ったままだったのだ。

 

 取り返しのつかないことになりかけた体験を、一時的にでも記憶の底に沈めようとするかのごとく、いつになく沈んだ表情を俯け、口を噤み続けている。

 

 流石のアグネスタキオンも、その状態のカフェを質問責めにする気は起こさなかったが、しかし好奇心を抑え込むことは彼女にとって至難の業であった。

 

「いやしかし、先ほどの地磁気測定で見出された異常値を引き起こした正体については気になるねぇ。咄嗟に私は落雷という要因を仮定したが、しかし現状は落雷が発生し得る気象条件であるとは思えないねぇ。先ほどの食堂内部でも、そこまで強い磁場を発する調理器具が用いられてはいなかったし、ふゥむ、実に不思議だ。」

 

 いつもと変わらぬ調子で語り続けるタキオンの声は、夕映えが薄暮へと移りゆく空の下で、誰の返答を得ることもなく散逸しゆく。

 

 アドマイヤベガが顔面蒼白になり、冷や汗を流していた姿が記憶に刻み付けられて間もない面々は、軽口を叩く余裕もなく淡々と足を運んでいくばかりである。

 

 しかし重々しい空気を維持したいはずもなく、少々遅れながらも反応を示したのはアグネスデジタルであった。

 

「よく晴れていますし、太田さんの食堂も昔ながらの雰囲気でしたからねぇ。他に原因があるとしたら、一体何なんでしょ。」

 

「分からないさ、しかし原因が見出せないのであればアプローチをいったん変えよう。先ほどの商店街は、調理師の太田さん曰く、かつて活気にあふれた場所だったらしい。いわば、大勢の人の思い入れや記憶が染みついた町だったということだ。」

 

「Hmm,what a shame.せっかくなら、賑やかな頃に来ておきたかったもんだ。」

 

 デジタルに引き続き、喋ることへの躊躇をそうそう示さないタップダンスシチーも沈黙を破って会話に参加する。

 

 数名で連れ立って歩くにはあまりにも広く、ガランとした商店街の通路を思い起こすにつけても、それだけ地元住民が頻繁に利用し通行する場所だったことを物語っていた。

 

「下手をすれば、我々が生まれた頃にはすでに寂れ始めていたかもしれないがねぇ。さて、そのように多くの人の念が込められた場所には、特殊な電磁波が観測される場合があると聞く。未だオカルトの域を出たとは言い難い研究ではあるが、電気信号として脳内を流れる記憶や思考は、電磁波となってその場に観測されるとも言われているねぇ。」

 

「へぇぇー、まるでその場所が、人々の思いを記憶してるみたいなことでしょうか。」

 

 アグネスデジタルは変わらず興味深げにタキオンの言葉を聞いていたが、あくまで興味本位での立場からである。

 

 タキオンが語る内容は真に受けて信じるにはあまりに荒唐無稽なものであり、すぐさまシャカールが現実的な側面から指摘を入れた。

 

「人の身体から電磁波を受け取る研究は確かにあると言えばあるが、測定器を完全に接触させた状態でようやく分かる程度だ。空中減衰する電磁波が、送信機もなしに別な場所に届くことは無ェし、ましてやただの地面や建物がそれを記録することもあり得ねェよ。」

 

「分かっている、分かっているさ、あくまで仮説だとも。しかし万が一、なにがしかの理由で先ほどの測定器の針が振り切れるほどの現象が起きた瞬間に、かつてあの町で生活を営んでいた人々の思いが途轍もない出力へと増幅されていたとしたら……見えていたかもしれないねぇ。」

 

 訂正を入れられてもなお、非現実的な仮説を前提にして話を進めるタキオンの傍らでシャカールは肩をすくめていたが……そこで耳を立て、俯けていた顔をあげたのがマンハッタンカフェであった。

 

 カフェは、真っすぐに目を覗き込まれたタキオンが思わず笑みを薄れさせるほどの真剣さで、聞き返す。

 

「何が見えていたと思いますか?」

 

「……あの商店街が、まだ活気を保っていた頃の光景や、そこで店を営んでいた人々の姿、ではないかと思うのだが……。」

 

「はい、私には、それが見えていました。もしかすると、アドマイヤベガ先輩にも。」

 

 そうカフェが返答すると同時に、並んで足を動かしていたウマ娘たちは既に緩んでいた駆け足の速度をいっそう遅め、まもなく皆一様に歩きへと移った。

 

 まだ疲労を実感するには程遠い状態であったが、呼吸の乱れを無視することは出来ない。

 

 身体的な疲労感が理由ではなく、タキオンの仮説を裏付けるような証言をカフェが口にしたことから来る動揺を、この場に居る全員が感じ取っているのだ。

 

 中でもオカルト的なものが苦手なジャングルポケットはいつになく無口になっているばかりか、若干蒼ざめかけていた。

 

 が、対照的にタキオンはますます興奮を抑えられぬ様子を示していた。

 

「キミに対して無理に聞き質すことはすまいと思っていたのだが、こんなにも早く口を開いてくれるとは、カフェ!メカニズムはいまだ不明だが、しかし私の仮説を進める足掛かりは得られたじゃないか!あるいは過去ではなく、並行世界の思考と接続し得たのかもしれない!あの商店街が寂れず、現在もなお住民で賑わっている可能性世界と!ほら、食堂の太田さんも、あの人が誰もいない商店街が“まるで夢の中の光景”のように感じると言っていたじゃないか!」

 

「ますます現実離れした説に飛びつくんじゃねェよ。ロジカルに考えりゃあ、カフェが幻覚を見ちまうほど、極度に疲れてる可能性を心配すべきじゃねェのか?」

 

 興奮しきった様子で喋りまくるタキオンに呆れつつも、エアシャカールはマンハッタンカフェの顔を覗き込む。

 

 アグネスデジタルもすかさずカフェの細い腕に手を添えて、体温と脈拍を確かめつつ声を掛けた。

 

「今は、大丈夫そうですね。でも、無理を感じたらすぐに言ってくださいよ、トレーナーさんたちに迎えに来てもらうよう連絡は入れられますから!」

 

「ご心配なく……タキオンさん、私はもうひとつ、気になり続けていることがあるんです。」

 

 デジタルに手を握ってもらったまま歩き続けながらも、カフェはタキオンへと真剣な視線を向け続けている。

 

 そこに恐れの色が全くないわけではなかったが、自分の心に不安の影を落とす根源を、極力早く解消したいとの思いの方がより強かっただろう。

 

「もしも、あの時……アドマイヤベガ先輩を、私が引き戻さなかったら、どうなっていたんでしょうか。」

 

「現実とは異なり、人々で賑わい、活気のあった商店街の光景。先刻、食堂の外へ独りで出たアドマイヤベガ先輩は、その中へと歩み出そうとしていたのだね?」

 

 コクリと頷くマンハッタンカフェの隣、タキオンは歩く足取りをますます緩めながらしばらく考えこんだ。

 

 常のタキオンならば、単なる仮説であるとして慎重な論証も経ず、即座に返答しただろう。実際のところ、今もタキオンの思考内では既に彼女なりの答えは出ていた。

 

 しかし、それでもカフェの深刻そうな表情を前にして、タキオンは言葉を選ばずにいられなかった。

 

「まず、物理的にアドマイヤベガ先輩が消え失せることは流石にあり得なかっただろう。いかに測定される電磁波が強まったとて、物質や生物を別の場所へ転移させるほどのエネルギーにはならないからねぇ。」

 

「結論を教えてください、もしもあのまま行っていたら……?」

 

「これも明確な実証が得られているわけではないのだが、強力な電磁波は観測者の脳に影響を及ぼすとの研究もある。超常現象や怪奇現象が現実に起きたと誤認する可能性があるわけだねぇ。万が一、現実を正確に認識できず幻視を恒常的に見続けるような状態へ陥ってしまうと……アドマイヤベガ先輩は、体が残ったまま、意識を取り戻せなくなっていたかもしれない。」

 

 タキオンなりに婉曲な言い回しを選んだつもりではあったが、カフェが表情を更に暗くすることは変わらなかった。

 

 彼女の脈拍が僅かに上がったのを感じ取ったデジタルが、カフェの腕を掴んでそっと自分の方へ引き寄せる。代わりに、シャカールがタキオンへと返答した。

 

「何にしてもロジカルじゃねェぜ、んな危ないことが起きる場所に、あの食堂が建ってるってのか?だとしたら俺たちの誰が巻き込まれてもおかしくねェってのに、なんでアヤベ先輩だけがそんな目に遭うンだよ。」

 

「それについても明確な答えは見いだせないねぇ、しかしアドマイヤベガ先輩に奇妙な現象が付きまとっていることだけは事実だ。本番レースへ出走するたびに、まるで別のウマ娘がとり憑いたような走りを披露してきたのは、天皇賞春のことを思い返しても明らかだったろう?」

 

 仮説ではなく、事実として起きた出来事は否定できず、シャカールも口を噤む。

 

 シャカールにとっては、独自に組んだシミュレーションプログラム『Parcae』にまつわる一件に関しても思い当たる節があった。

 

 春の天皇賞のシミュレーションにおいて、アドマイヤベガのデータを打ち込んでも予測は表示できずエラーを吐いていたプログラムが、なぜか出走条件の整っていないマンハッタンカフェのデータを打ち込めば無事に機能し、マンハッタンカフェが一着になるとの予測を打ち出したのだ。

 

 一時案じられた引退の懸念も乗り越え、今はナリタトップロードと共に、ベテランのウマ娘として長きにわたり活躍を続けているアドマイヤベガ。

 

 彼女にばかり、奇怪な現象が纏わりつく理由は分からなかったが、結果だけは奇妙な符合を示している。

 

 もはやほとんど立ち止まるも同然のゆったりした歩きになり、考え込んでいる面々に向けて、タップダンスシチーが朗らかに声を掛けた。

 

「Ey!Lift up your face!ムズカシい話は一旦ナシにしようぜ、タラタラと歩いてたらマジに日が暮れちまう!それに、さっきからポッケが気味悪がってヘコんじまってるぜ!」

 

「うるせ、誰がヘコんでるもんかよ。」

 

「……ですね!あんまり合宿所に戻るのが暗くなっちゃうとトレーナーさんたちも心配しちゃいますし、息も整えたらペース上げていきましょ!」

 

 どうにか威勢を取り戻そうとしているジャングルポケットに続いて、アグネスデジタルも忍び寄る夕闇を振り払うように明るい声を出す。

 

 タキオンは未だ話し足りない様子であったが、ジャングルポケットの耳がすっかりぺたんと平たく折れている様と、マンハッタンカフェがデジタルの手をしっかり握り返している様を交互に見て、その話題は打ち切ることとした。

 

 暗がりの中に浮かぶ夕雲を残した群青の空に、気の早い星々が瞬き始めていた。

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