探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 同じ年にトレセン学園へと入学したウマ娘の中では、ダンツフレームに次ぐタイミングでのデビュー戦へ赴くこととなったジャングルポケット。荒削りであった能力も、先輩ウマ娘たちや見習いトレーナーとして働き始めたキングヘイローの指導によって磨かれつつある。同期の中でも殊に警戒される存在、アグネスタキオンとマンハッタンカフェがデビューをまだ見送っているのを横目に、ジャングルポケットはレース初戦の舞台へと飛び出していった。


吼え猛ってなお机上を出でぬか

 ジャングルポケットのデビュー戦は、9月に入って間もなくのことであった。

 

 夏合宿の間、アドマイヤベガに降りかかった奇怪な出来事や、相変わらず奔放に振舞い続けたアグネスタキオンの姿がすぐ傍にありながらも、本来の合宿中にウマ娘が為すべき鍛錬へ一心に打ち込み続けたのだ。

 

 彼女の隣で、併走し、あるいは走り方への指導を続けたキングヘイロートレーナー、殊にアグネスデジタルの存在は大きかった。

 

「ポッケちゃんのコーナリング攻略や、競争相手の位置を意識した駆け引きは、既に一級品です!直線からコーナーへ入る時の踏み出し方にもっと意識を向けて、スピードを維持できれば、走りは完成しますよ!」

 

「デジタル先輩が教えてくれたおかげで、かなりコツは分かってきたけどよ、思ったようにはいかねェな……テンポが崩れちまう。」

 

「コーナーへの入りが難しいのは、走り始めた頃の皆が感じるところですものね。でもジャングルポケットさんなら、入りさえ克服できればスタミナ消費も最小限でコーナーを抜けられるはずです。」

 

 現役時代はバ群に揉まれ、泥まみれになりながら駆け抜けることの多かったキングヘイローからの言葉も心強く響く。

 

 デジタルとしては、自分自身に似て新たなる世代を切り拓くだけの輝きを見出した後輩であっただけに、ジャングルポケットへの練習や激励にも一層熱が入っていた。

 

 粗暴な物言いが目立つウマ娘ではあったが、ジャングルポケットは同世代の中でも際立って愚直な努力家だった。

 

 どれだけ練習レースで勝利し、その他大勢の面々よりも優れた能力を自らに見出してもなお、すぐ傍に存在する目標を引き離すには足りぬと自覚せざるを得なかったためだろう。

 

 今世代最高の能力を有すると目される、マンハッタンカフェ。そして、いつもいつも妙なことに気を取られて練習にも専念しない割に、カフェと比肩する走りを示し得るアグネスタキオン。

 

 ジャングルポケットは、その両名と練習を未だに行ったことがなかった。

 

 カフェは結城トレーナーの個別指導を受けているため、タキオンは単に神出鬼没なため、上手く予定を合わせることが叶わなかったという理由もあったが……それならば夏合宿中にも機会は見いだせたはずである。

 

 その件は、合宿期間中にもアグネスデジタルから言及されたことがあった。

 

「ポッケちゃん、かなり仕上がってきましたし、タキオンちゃんやカフェちゃんと一緒に走ってみますか?」

 

「結城トレーナーにも鷹木トレーナーにも、練習スケジュールを合わせるよう手配できます、けれど……」

 

 キングヘイローはスケジュール表をタブレット画面に表示しながら言ったが、ジャングルポケットの表情が僅かに曇ったのを見て、ペン先を止めた。

 

 自分の返答を口に出す際に僅かな葛藤があったのか、ジャングルポケットが口を開くのは少し間が空いてからのことであった。

 

「いや……やらない。分かるんだ、まだ勝てねぇ。」

 

「うーん、確かにタキオンちゃんもカフェちゃんも、練習相手としては本気すぎるかもしれませんけれど……いえ、分かりました。今は、まずデビュー戦を万全の状態で迎えられるように専念しましょう!」

 

「そうですわね。いずれ相対するにせよ、目の前の試練を乗り越えてから考えるべきことを、ずっと抱え続けるのも負担ですもの。」

 

 ジャングルポケットとしては、確実に最大のライバルとなる両名から目を背けるような判断であり、そんな選択をする自らに抵抗を覚えなかったはずもない。

 

 しかし、いずれも優秀な同期ウマ娘が栄冠を勝ち得ていくのを横目に、なかなか勝てぬレースを続けていた時期を経験していたキングヘイローもアグネスデジタルも、その判断には理解を示していた。

 

 能力不足を実感することは向上心の糧ではあるが、あまりの遠さは心を挫く。相手が既に活躍している先輩ならまだしも、同期のウマ娘に引き離される経験はますます深い刻印となるだろう。

 

 自分が弱気な選択をすることを、殊にジャングルポケットのような性格は肯んじ難かっただろうが、それを恥と思わせぬほどにカフェとタキオンの能力は同世代にて傑出している。

 

 その選択に理解を示すキングヘイローとアグネスデジタルがすぐ傍に居たことは、単なる走りの技術を高めるという意味合い以上に、精神的な地盤を固める上で大きな助けとなっていた。

 

 やがて迎えた9月2日、真夏同然の残暑がターフ上に焦熱を注ぐ中、ジャングルポケットは7名の対戦相手たちと共にゲート前に並んでいた。

 

 春季までは前年度のデビューを逃した1年上の先輩たちとの競走となる場面も多かったが、秋季からは本格的に今年度入学のウマ娘同士でのレースとなる。

 

 トレセン学園1年目のウマ娘たちだけで走る最初のデビュー戦ということもあり、今は無名のウマ娘ばかりであるにもかかわらず観客は多く、更に新人アナウンサーによる実況もついた。

 

〈まだ残暑厳しい中、この秋シーズン最初のデビュー戦、今年も将来の期待されるウマ娘たちが集まりました!ここでデビューを決めれば、今年の秋冬に開催されるレースへの出走権も得て、来年から始まるクラシック路線を早々と視野に入れることが出来ます!〉

 

 ジャングルポケットがデビュー戦を行うと聞いて、アグネスタキオンが駆けつけなかったはずもない。

 

 前々より、自分以外のウマ娘が活躍を見せることに多大な期待を掛け続けてきたタキオンは、至極当然のごとく鷹木に断りなくジャングルポケットのデビュー戦会場へと赴いており、もはや鷹木も分かり切ったこととして会場に先回りしていた。

 

「ほゥ?この私の動向を先読みするとは、やるじゃないかトレーナーくん。とはいえ、私がジャングルポケットくんのデビューを見に行くことぐらい、易々と予測のつく行動だけれどねぇ。」

 

「万に一つの可能性として、お前が本来の予定通りに練習場に姿を見せていたら、トレーナーである俺が職務をサボッたことになってしまう。かなり怖い賭けだったことは分かってくれよ。」

 

「問題ないさ、だとしたら私も嬉々として練習をサボるだけのことだからねぇ。」

 

 他のトレーナーや、トレセン学園の職員に聞かれでもしたらと鷹木が戦々恐々とするような内容を、タキオンはさして低めぬ声色で高らかに喋りながら、鷹木トレーナーの隣の席に腰を下ろす。

 

 例年のごとく、将来的な競争相手を見定めに来たトレーナーや、出走ウマ娘の家族らが押しかけて、大規模なレース場とは異なり草地に椅子がじかに置かれた観客席は既に賑わいに満ちていた。

 

〈しかし今年度は既に夏季中のデビューを済ませており、既に今月中のレース出走を予定しているウマ娘も存在するとの情報も入ってきております。かなり早いタイミングでレース舞台へ上がるウマ娘たちも増えつつあるこの世代、来年度以降に本格化する激戦に今から期待が寄せられます!〉

 

「確かに気になる情報かもしれないけれどねぇ、目の前のレースの実況を優先したまえよ、と言いたいねぇ。」

 

「仕方ない、おそらくあのアナウンサーもウマ娘レース実況を初めて担当する新人だろうから。」

 

 レースの中心はウマ娘であるが、そのレース場を支えるスタッフや実況担当のアナウンサーにとってもまた、このデビュー戦の舞台は自らの腕を磨く場であることには違いない。

 

 現に、この観客席の横にも、後ほど行われるウイニングライブ準備のため集められた、若々しいステージスタッフたちが緊張の面持ちで作業開始のタイミングを待ちつつ、レース場へと視線を注いでいた。

 

 無名のウマ娘たちが走るレースは、時に観客席が閑散としてしまう場合もあり、その状況に備えてスタッフたちも声援を送る一員として席を占めることがあるのだ。

 

 ……と、その中の一点に目が留まる。スタッフたちは一様に同じ作業服、そして帽子を被っていたが、その中に派手な水色とピンク色に髪を染めた2名が混じっている。

 

 帽子で頭を抑えつけてはいたが、作業服の上着の裾から覗く尻尾は、間違いなく彼女らがウマ娘である証だった。

 

 あまりに思い当たるところのある姿に、鷹木は声を掛けるべきか掛けまいかと迷っていたが、彼の視線の先を辿っていったアグネスタキオンに躊躇の二文字は無かった。

 

「おやぁ?キミたちは……ポッケくんのご友人じゃないか。今日は仕事を抜け出しての観戦ではないのかねェ?」

 

 こちらも余りに特徴的すぎる声と喋り方であったため、話しかけてきた相手がアグネスタキオンであると認めるのは瞬時のことであったろう。

 

 目深にかぶった帽子の陰からチラと視線を向け、面倒な奴に見つかったとばかりに俯いた彼女らは、言葉少なに返す。

 

「見りゃ分かるだろ、ウチらは仕事中だよ。そうでもなきゃ、ポッケのデビューになんか来てやらねぇよ。」

 

「スタッフ総出で声援を送ってやって、そっからすぐにライブステージのセッティング作業だ。無駄なスタミナを使ってる余裕は無ェ、話しかけてくんな。」

 

 ウイニングライブの準備ともなれば、舞台の鉄骨は既に組んであるだろうが、重い音響機器やコードの束を運ぶなどの肉体労働も多い。

 

 そんな現場には、ウマ娘の力も重宝するだろう。ジャングルポケットの悪友たる彼女らはトレセン学園への入学叶わなかったものの、彼女らなりの選択でレースの舞台の最前列に身を置くこととしたのだ。

 

 鷹木は、かける言葉をすぐには見いだせなかった。トレセン学園のトレーナーの立場からは、どう言葉を選んでも、彼女らが手の届かなかった舞台の上からの言葉にしかならない。

 

 無遠慮なアグネスタキオンが減らず口を叩いていなければ、それきり気まずい空気のままとなっていただろう。

 

「ほう、ほう!ならばジャングルポケットくんにも、いつものお二方が応援に来ていたと伝えよう!きっと彼女も喜ぶだろう!」

 

「フザけんな、なんでウチらが好きこのんであんな奴のために来なきゃならねーんだよ。」

 

「わかったわかった、ポッケが負けりゃあ、嘲笑いに来てたって言ってやっていいぜ。」

 

 派手なピンク色と水色に髪を染めたウマ娘たちは、現在こそ作業服の一員であったが、その中身は今まで通りにジャングルポケットの悪友のままであった。

 

 コース上では出走ウマ娘たちの紹介が終わり、ゲートインが進んでいく。

 

 ジャングルポケットは、5番人気であった。当然ながら初のデビュー戦、過去の戦績など無いウマ娘たちの人気度は学園における練習レースや前評判によってのみ決められる。

 

 十分な能力を有していながら、さほどジャングルポケットの人気順が上がっていなかったのは、あるいはアグネスタキオンやマンハッタンカフェとの練習を避けてきたことも評価に含まれたためかもしれない。

 

〈芝右回り1800m、全ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました!ちょっと出遅れたかアレキサンダーリキ、おおむね綺麗に揃ったスタートとなりました、外枠からメジロベイリーが一気にハナに立って先頭、それに続いてジャングルポケットが2番手にまで上がってきています。〉

 

 GⅠの大舞台ほどではないものの、本番であることには変わりない。ゲートが開く瞬間の緊張感は、この場においても変わらない。

 

 出遅れてしまったウマ娘も、身を取り巻く空気が固形化したかのごとき緊張に脚を取られたのかもしれない。

 

 一報、練習時には追い込みのペースで走ることの多かったジャングルポケットが、先頭に立ったウマ娘を即座にマークするように2番手の位置についている。理想的なスタートを切ってはいたが、練習での走りを知る者としては、早すぎるペースであるようにも見えた。

 

「たしか、ポッケくんは直線でのスピードに優れていたが、コーナー攻略では速度を控えていたねぇ。ということは、直線だけで十分に位置を上げる作戦だろうか?」

 

「アグネスデジタルやキングヘイローが、そんなペースが変動してしまう作戦を指示するとは思えない。……ほら、コーナーに入ってもジャングルポケットは位置を下げないだろ。」

 

 デビュー前のタップダンスシチーの走りに顕著に見られた例であったが、レース中のペース変動は自らのスタミナ残量把握を困難にするため、特に新米ウマ娘が採るべき作戦ではない。

 

 幾度も練習と実践を重ね、ゴール直前までのスタミナ残量を自在に操れるようになったベテランのウマ娘だけが、意図的にレース全体のペースを調整するという高等技術に手を出せるのだ。

 

 鷹木の見立て通り、ジャングルポケットは2番手についた際のスピードをまるで落とさぬまま、コーナーを回っていった。

 

〈ジャングルポケットに並んでダイイチダンヒルがウチ側を走る、ハイフレンドリアルもまたほぼ並んで4番手、その後1番人気タガノテイオー、ドラマチックローズがそのウチ側にならび、その後ロードアンビション、最後尾にアレキサンダーリキという並びとなりました、残り800mです。〉

 

「ありゃ早すぎだろ、最後バテるんじゃねーか、ポッケ……。」

 

 徐々に最終直線へと近づいてくるウマ娘集団を前に高まる歓声の中、ボソッとそう呟いたのは作業服姿のピンク髪のウマ娘である。

 

「ンな焦る奴じゃねーだろ、ポッケ、スタミナはセーブできてんだろうな?」

 

 続いて水色に髪を染めたウマ娘も、歓声に紛れるようにして口を開いた。

 

 ジャングルポケットを応援したくて来たわけではない、と言っていた彼女らも、やはり視線を向けてしまう先はジャングルポケットであるらしかった。

 

 鷹木の目から見れば、ジャングルポケットに心配する要素は見られなかった。

 

 それは数年間続けてきたトレーナーとしての目が見いだせる様相であった。最終直線へ向く前のジャングルポケットの表情は……観客席からはごく小さくしか見えなかったが、限界など遠く、十分な燃料を残して吠え立てる準備を存分に残しているものであった。

 

〈さぁ4コーナーを抜けて直線へ、変わらず先頭はメジロベイリー、ジャングルポケット、ダイイチダンヒルは2番手で競り合っている!ハイフレンドリアルは少々厳しいか、下がっていったが……ここでタガノテイオー!1番人気タガノテイオーがここで来た、大外からぐんぐん上がって来る!〉

 

 ほとんどの観客は、ジャングルポケットも共に直線で力尽きて後ろに下がっていくものと見ていただろう。

 

 初のデビュー戦とはいえ、タガノテイオーは1番人気に選び出されるだけの実力を備えていた。華麗に前方のウマ娘集団をかわし、先頭を駆ける面々へ食らいついていく。

 

 黙りこくって見つめている鷹木の隣で、アグネスタキオンは口を開きかけた。

 

「ふゥん、流石にあのハイペースでレース前半を飛ばしていては、ポッケくんも……」

 

「ポッケェェェエ!後ろ来てんぞォォオオ!!」

 

「タラタラ走ってんじゃねーよ!かっ飛ばせよポッケェエエ!!」

 

 タキオンの喋りを遮るように、大歓声に負けじと声を張り上げたのは、ほかならぬジャングルポケットの悪友たちであった。

 

 自分達が仕事の一環として歓声を上げていることも忘れ、熱狂する作業服集団のなかで、もはや帽子も取り落とし、崩れかけた水色のリーゼントと逆立てたピンク髪を振り乱して叫んでいる。

 

 コース上のジャングルポケットは当然ゴールラインの方しか見ていなかったが、彼女らの声は届いたかもしれない。

 

〈タガノテイオー上がって来る、タガノテイオー先頭に……ジャングルポケットが伸びる、ジャングルポケットまだまだ加速する!タガノテイオー並んだ、どっちだ、どっちだ!ジャングルポケット!タガノテイオー!ほとんど並んでゴールイン!……判定は出ました、クビ差でジャングルポケット勝利です!!〉

 

「ウォオオォォオオオッ!!」

 

 ひときわ大きな歓声が沸き起こる中、ゴール前を駆け抜けたジャングルポケットは片腕を突き上げて、吼えた。

 

 デビュー戦を制しただけに過ぎないことを自覚している彼女にとっては、まだ本気の咆哮ではなかったのかもしれないが、相変わらずひときわ大きく、大喧噪の中を突き抜けるほどの声量であった。

 

 一方、鷹木の真横に居るにもかかわらず、興奮気味ではあれどボソボソ喋るアグネスタキオンの声は、大歓声に呑まれてほぼ聞こえていなかったが。

 

「なるほどねぇ!2番手にまで躍り出たのは、ポッケくんが焦っていたためではない、先頭のウマ娘が全体をスローペースに抑えようとしていたためだねぇ、デビュー早々に細工が光るウマ娘も居るものだ、トレーナーくんも私のデビュー時には気を付けてくれたまえよ?」

 

「え?あ、うん、そうだな。」

 

 聞こえないなりに適当な返答を寄越した鷹木は、先ほど熱狂していたピンク髪と水色髪のウマ娘たちはどうしたか、と視線を向ける。

 

 確かにゴールの瞬間、周囲の作業員たちとともに跳びあがって拳を突き上げていた彼女らであったが、暫しの熱狂の後に我に返ったのか、取り落とした帽子を目深に被りなおしていた。

 

 直後、ウイニングライブへの準備に呼ばれた作業員たちの集団に紛れ、そのまま去っていってしまった。

 

 興奮と体の熱を冷ますため、コースをもう一周流してきたジャングルポケットが、観客席に寄ってきた頃には作業服の面々の姿は一人も残っていなかった。

 

「……あン?なんか、随分と聞き覚えのある声がしたような気がしたんだけどよ……タキオンとトレーナーの二人だけか?俺の知り合いは。」

 

「あ、あぁ、そうだな。柄にもなく、大声で応援してしまったかもしれない。あまりに熱いレースだったものだから……。」

 

 鷹木は眼を泳がせながら、先ほど去っていった2名の思惑を汲むように誤魔化す。

 

 あれだけ大きな声であれば、聞き違えることなど無いはずだ。ジャングルポケットは、自分を応援していた者が他にもいたことを確かに分かっていただろう。

 

 アグネスタキオンも、小さく拍手しながら口を開く。

 

「ふゥん。そういうことにしておこうか。ともあれポッケくん、デビューおめでとう。今後の活躍を楽しみにしているよ。」

 

「ンだよ、余裕ぶりやがって。お前もサッサと本番レースに来い、叩きのめしてやる。」

 

 宣戦布告を叩きつけるジャングルポケットに対し、不敵な笑みで返すアグネスタキオン。

 

 彼女自身の中では随分な余裕があるらしかったが、担当トレーナーたる鷹木にとってはタキオンのサボり癖が完全に治ったわけではない以上、練習時間の不足を苦慮せねばならぬ現状に変わりは無かった。

 

 そも、タキオンは夏季休暇明けの試験に合格しなければ、デビューできるか否かという瀬戸際だったのだ。

 

 彼女の併走相手として、共に本番を想定した練習を続けていたアグネスデジタルは、ジャングルポケットの知り合いだけで集まったささやかな祝勝会にて、喜びを最も強く爆発させていた。

 

「ひょぉおお!やってくれると信じてましたよぉ!コース取りの脚は充分に柔軟で、あとはコーナー時の速度をどうにか克服できれば、ってところでしたから!練習の成果、出てましたねぇ!」

 

「あぁ、思った以上に全体がスローで、追い込みのつもりだった俺が前に出ちまったけどな。それに二着の奴は、最後の最後までオレのすぐ隣にずっと並んでた……結局、ハナ差での決着だったしよ。まだまだ、伸ばしていかねーと、本気のレースで通用しねぇな。」

 

「これから、十分に成長できるはずですよ、ポッケちゃんなら!」

 

 観客スタンドに向かっているジャングルポケットの背後へ駆け寄ってきたアグネスデジタルは、彼女自身の存在感によって観客席中の視線を集めながらも、ジャングルポケットへ祝勝の言葉を惜しみなく贈る。

 

 アグネスタキオンは相変わらず、マイペースさを崩すことなく口をはさんでいたが。

 

「そうだとも、たった今、デビュー戦に挑む資格を得たばかりの私だっているのだから、なにも焦る必要など無いじゃないか。」

 

「言いやがるじゃねーか、お前が余裕ぶってられねぇぐらい、どんどんレースのタイトルを獲りまくってやるから、見とけよ?」

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