探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

65 / 278
 GⅠの大舞台を走る面々が世間の話題をさらうのが常であるが、トレセン学園内においては世間で無名のウマ娘が早くも本番の舞台に上がりつつあることを無視できない。夏に早々とデビューを済ませたダンツフレームは、今年入学したばかりのウマ娘の中でも目覚ましい能力の伸びを示していた。むろんタキオンが彼女に目をつけていないはずもなく、練習を早々と中断した彼女はダンツフレームのレースへと熱い視線を注ぐ。


気炎、順当ながらも既にもえ出でて

 9月の半ば、世間の話題をさらっていたのは当然ながらクラシック級を走るネオユニヴァース、そしてゼンノロブロイの動向である。

 

 下旬に行われる神戸新聞杯、すなわち菊花賞への優先出走権を得られるトライアル競争のひとつに、ネオユニヴァースは出走の意を表明していた。もちろん、皐月賞と日本ダービーを獲った彼女は、クラシック3冠を狙っているだろう。

 

 一方で、ゼンノロブロイは同じレースには出走しないとのことであった。この判断はトレセン学園内をも多少ざわつかせたが、夏季期間が始まる前にナリタトップロードと交わしていた会話内容を知る鷹木であれば、その理由は自ずと知れた。

 

「やっぱり、ゼンノロブロイは京都大賞典の方に出走する気なんだな、本気で……自分よりも上の先輩たちがひしめく、シニア級のレースへと挑むつもりなんだ。」

 

 タキオンの練習中データを整理する作業の最中、タブレット画面上に流れてきたニュース記事へと視線を走らせながら、鷹木は呟く。

 

 京都大賞典もまた、大舞台への前哨戦としての性質を有するレース。だが、このレースにて結果を残した者たちが上がる舞台は、秋の天皇賞である。

 

 6月の宝塚記念にてネオユニヴァースが勝利を飾ったように、ゼンノロブロイもクラシック級の年からシニア級のレースへ挑み、勝とうとしているのだ。

 

 史上初のクラシック級ウマ娘による宝塚記念制覇という偉業を成し遂げたネオユニヴァースに続き、ゼンノロブロイも未踏の戦績を打ち立て得る能力を有したウマ娘である。

 

「今年のレース模様も気になるが……これは、来年度以降のウマ娘レース、相当な激戦になるだろうな……。」

 

 鷹木はベンチから立ち上がり、筋力トレーニングを続けているタキオンの方へ視線を向ける。

 

 ジャングルポケットが初のデビュー戦にて勝利を飾ったことは、少なからずタキオンに対しても刺激となったらしい。

 

 普段の言動や顔つきにこそ変化は見られなかったものの、以前の隙あらばサボろうとしていた時期のことを思えば、彼女は目に見えてトレーニングへ熱を入れるようになった。

 

 担当トレーナーたる自分の言葉によってではなく、ライバルに先を越されてようやく真面目さを取り戻したのは些か遅い気もした。とはいえ、元より優れた能力を有するタキオンが練習に真面目に取り組めば、身体が本格化を迎えた際の仕上がりも相当なものとなるだろう。

 

「逆に言えば、今の時期からまたサボり癖が再発したら、来年度以降のレースで勝てる見込みは薄くなる。同年代のクラシック級は言うまでもなく、シニア級の舞台はますます化け物揃いだ……。」

 

「よし、この辺にしておこうかねぇ!あまり息を切らしていては、じっくりと休憩時間を取ることも出来ないからねぇ。」

 

 危機感をいよいよ高めている鷹木の目の前で、トレーニングを勝手に早々と切り上げる様は、相変わらずのアグネスタキオンであった。

 

 声を掛ける暇もなく、そそくさとトレーニングルームの隅へと歩いて行き、休憩スペースのベンチに座って水分補給のドリンクを飲み、一息ついているタキオン。

 

「タキオン、あと1セット残っているだろ。練習回数はきちんとトレーニング機器内部でも記録されてるんだ、勝手に休憩に入るんじゃない。」

 

「ならば休憩が終わった後に1セット多く行えばいいだけのことじゃないか、もう私の身体は休憩モードに入ったのだから、今さら言われても仕方がないねぇ。」

 

「あのな、単純な回数でトレーニングメニューを決めているわけじゃないんだ、筋肉に負荷を掛ける時間と休憩頻度はきちんと計算しているんだから……。」

 

「そんなことよりもだねぇ、早めに準備しておくべきじゃないのかい?もうじき、注目すべきレースが始まるじゃないか、なぜレース中継のチャンネルに合わせていないんだい?」

 

 鷹木の言葉を遮って、壁面のテレビ画面を指さしながら告げるタキオンの言葉に、鷹木はポカンとする。

 

 ネオユニヴァースが出走するとの話題で持ち切りの神戸新聞杯は今月の末近くの予定であり、まだ9月中旬の現在、行われるレースに思い当たるものは無い。

 

 察しの悪い鷹木の前で肩をすくめ、タキオンは自分でリモコンを取って画面を表示した。

 

「まったく、私のライバルたる同期はポッケやカフェだけではないのだよ?把握しておきたまえよ、今日はダンツフレームくんが『ききょうステークス』に出走する予定だろう?」

 

「え……あぁ、そうだった……っけ?」

 

 タキオンが来年度以降向かう先、GⅡやGⅠの舞台にばかり意識を取られていた鷹木は、文字通り盲点を突かれたような状態であった。

 

 ダンツフレーム。彼女が同年代にて最速のデビューを果たしたことは印象に残っていたが、9月には行って以降のジャングルポケットのデビュー、そして来年度以降タキオンにとっても強敵となる先輩ウマ娘たちの存在感を前に、その印象は薄れてしまっていた。

 

 なにぶん、ダンツフレームはそこまで存在感のあるウマ娘ではなかった……この世代における、他のウマ娘が目立ちすぎているためでもあったが。

 

 小柄なカフェやジャングルポケット、タキオンと比べても多少上背のある体格、遠目からも目立つピンク色の耳当て。鷹木が現状思い出せる彼女の容姿は、それに尽きた。

 

「トレーナーくんも見ただろう?彼女のデビュー戦の映像を。あの器用さと、加速のキレを前にして、ダンツフレームの能力を侮ることは出来まい?」

 

「あぁ、確かに。……侮れないライバルがいると分かっているのなら、なおさらトレーニングを途中で切り上げてほしくなかったんだがな。」

 

「きっとトレーナーくんは、今日がダンツフレームくんの走る日だということを忘れているだろうからねぇ。モタモタしていては、レース中継を見逃してしまうだろう。」

 

 たしかに、いつも練習の休憩時間中に観戦を行う際は、トレーニング室のテレビ画面は既に点けていた鷹木。

 

 今日は彼が前準備をしていない様を見て、タキオンは正確に推測していたのだろう、鷹木トレーナーがダンツフレームというウマ娘の存在を警戒していないことを。

 

 しかし、ウマ娘レースの常として、デビュー前の評判では名をあまり挙げられなかったウマ娘が、クラシック級あるいはシニア級となって頭角を現す状況は往々にしてあり得ることである。

 

 タキオンの操作で、今まさに出走前となっているききょうステークス、阪神レース場のコースの様子が画面に映し出された。

 

〈今年入学したウマ娘たちの中でも、早々と夏季期間中のデビューを果たした子たちが続々とゲートインしていきます、ききょうステークス。3番人気のミッキーマゼロは初戦から堂々の1位、2番人気のファンドリヒカリは初勝利時の豪快な逃げ切りが話題となりました。しかし今回最も注目を集めるのは1番人気ダンツフレーム、バ群を綺麗にかわして抜け出た脚をこのレースでも披露するのでしょうか。〉

 

「見たまえよ、トレーナーくん!ダンツフレームは1番人気じゃないか、世間の評というものも侮れないねぇ。」

 

「たしかにデビュー戦から、あの勝ち方が出来るのは実力の証だよな……。」

 

 大抵は、集団に埋もれてしまっては思うように能力を発揮できないのが新入りウマ娘である。

 

 ライバルたちの息遣いがそのまま掛かるほどの距離で、前へ抜け出すルートを確保し、同時に衝突事故を起こさぬように気を遣い、そしてスタミナも浪費せず走り抜けるのは容易いことではない。

 

 その難しい立ち位置から、一気に抜け出ていたのがダンツフレームだった。夏のデビュー戦から2か月、残暑の収まっていく今の時期にはますます技術も磨かれていることだろう。

 

〈全ウマ娘、体勢完了……スタートしました!まずハナを取ったのはターフパーチェ、外枠から一気に先頭へ。そのすぐ外側から2番手にマルシゲサンデー、その後並んでカシノメロディ、アイノウルフが3番手集団。注目の1番人気ダンツフレームは、ぐっと下げて7番手あたりといったところ。〉

 

 11名の出走が予定されていた今年度のききょうステークスであったが、1名が出走取消となったため10名での出走となっている。

 

 その中で7番手の位置につけたダンツフレームは、完全に追い込みを狙う位置取りとなっていた。

 

「確かにデビュー戦での加速を思えば、そこからでも十分に先頭は狙えるかもしれないが、しかし3枠か……。内側に入ってしまうと、ますます前に出づらい位置になる。」

 

「2枠の出走者が取消となったから、いよいよコース内側に押し込まれてしまうねぇ。ダンツフレームくんが、どのような判断を下すのか見せてもらおうじゃないか。」

 

 既に前方は3名のウマ娘が横並びとなって塞がれ、すぐ外側には3番人気のウマ娘がフタをするように併走している。

 

 早くも、1番人気に選ばれるリスクは目に見える形となって表れていた。最も勝利に近いと目されるウマ娘が、周囲からマークされるのは必然である。

 

〈先頭は既にコーナーへと入っていきます、1番手は変わらずターフパーチェ、続いてマルシゲサンデー、アイノウルフ、その外にカシノメロディ並んで追うかたち。2番人気ファンドヒカリは5番手で中団の先頭、その後ろにダンツフレーム、外側にミッキーマゼロ。3コーナーから4コーナーへと回っていきます。〉

 

 ききょうステークスの行われる阪神レース場、芝右回り1400mのコースは3コーナー4コーナーが特徴的な大回りとなっている。

 

 スタート直後からコーナーに入るまでに十分な長さの直線があるためポジションは定まりやすく、なおかつ緩やかなコーナーの途中から下り坂になるため全体のスピードは上がりやすい。

 

「仕掛けるとしたら、かなり早いタイミングから加速するウマ娘も居るだろう。つられて、周囲の速度も上がり始めるあたりだ。」

 

「どうやら、スピードに乗って遠心力で振られる子が多いようだねぇ、しかしダンツフレームくんはコース内ラチ沿いをキープしているねぇ。これは上手くすれば……。」

 

 タキオンの指摘した通り、慣れない本番の舞台でスピードに乗った新米ウマ娘の殆どは、コーナーの外側へと遠心力のままに振られていく。

 

 が、ダンツフレームは優れた脚力と体幹、そして押さえたスピードによってコースの内側をキープしていた。自分の進むべきルートを見定めた彼女が、動くのに躊躇は要らなかった。

 

〈さて間もなく4コーナーを抜けるところではありますが、ここでダンツフレームがじわじわと上がってまいりました。隙間の開いたコース内側を抜けて、ダンツフレームが前へ出始めました!最終直線に入ります、ファンドヒカリ、ミッキーマゼロも上がって来る、大外からホーマンノミヤビが追い込んできた!横並びだ、これは接戦となるか!〉

 

「いや、一番冷静にレースを運べていたのは、ダンツフレームだ。外側に出てロスすることもしていないし、何より……。」

 

「分かっているさ、阪神レース場のゴール前には坂がある。その上り坂が、栄冠へ届き得ぬ者を篩い落とすというわけだからねぇ。」

 

 アグネスタキオンも、しっかりとレース場のデータは頭に入れていた。練習や勉強をサボりがちな彼女も、ウマ娘レースに関わる情報については鷹木に劣ることなく把握できていた。

 

 中継画面内では、最後の直線、ゴールラインに向けて駆けあがっていくウマ娘たちの姿が並んでいる……が、既にウマ娘トレーナーの目には、勝敗は明らかな状況であった。

 

〈大外から仕掛けたホーマンノミヤビ追いすがる、だがダンツフレームが抜け出した!ダンツフレーム、完全に抜け出した!阪神レース場の直線には坂がある、しかしスピードは衰えない、ライバルたちを振り切って、ダンツフレーム、これは十分すぎるセーフティリード!圧勝ですダンツフレーム!今一着でゴールイン!その強さ、まざまざと見せつけてくれました!〉

 

 デビュー戦の時と比べても、明確に余裕のある勝利だったのだろう。ゴールした後、ダンツフレームは満面の笑みで観客席に向けて手を振り、大歓声に応えている。

 

 バ群に埋もれた状態を不利とも思わせぬ的確なコース取りで抜け出し、上り坂でも失速することがないようにスタミナを残し、二着のウマ娘に対し3バ身ほどの猶予をもってゴールラインを超える。

 

 夏にデビューしたばかりのウマ娘の中では、飛び抜けて器用であり、走りの基本を完全にマスターしたレース運びであった。

 

「いやはや彼女は真面目そうな子だと思っていたが、やっぱり想定通りのウマ娘だったねぇ!来年のクラシック級が、今から楽しみだよ!」

 

「分かっているとは思うが、タキオン自身が競走すべき相手だからな?あれだけ盤石な走りが出来る相手となれば、クラシック級だけじゃない、その後も長いこと対峙し続けることになるぞ。」

 

 鷹木の言葉に対し、タキオンは返答の代わりにウンと伸びをして、再び筋力トレーニング機器の方へと戻っていった。

 

 安定した戦績を叩き出す走りをするウマ娘と言えば、オペラオーが引退した今も本番の舞台へ上がり続けているナリタトップロードが居る。アグネスタキオンに対しては、ダンツフレームが同じような立ち位置のライバルとなり得るのではないか……と鷹木は考えていた。

 

 とはいえ、アグネスタキオンがクラシック級以降もレースを続けることを前提とした鷹木の言葉に対し、タキオン自身は明確な返答を与えなかったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。