探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 エアシャカールから招待された神戸新聞杯の観戦の場、鷹木は結城トレーナーから幾つかの問いかけを受ける。そのいずれも、簡易な表現でありながら、返答は容易くない内容ばかりであった。応答に四苦八苦しつつも、自分にはトレーナーとして相応しい精神が育っているのか自ら訝しく思えてきた鷹木。だが、ネオユニヴァースが走る神戸新聞杯を目にした時、彼には新たな境地が覗かれるような心持ちがあった。


顧みるうちは、先導ならず

 神戸新聞杯の中継番組が表示された画面の前においても、アグネスタキオンはエアシャカールのすぐ隣に座り、なおもあれやこれやと話しかけていた。

 

 普段から“ロジカル”な思考を是とする先輩ウマ娘に、タキオンはすっかり懐いた様子だった。

 

 楽しそうなタキオンを横目に、鷹木は結城トレーナーの隣に座る。大先輩である結城トレーナーの隣で、タキオンのごとく自然体に振舞うことの出来ない鷹木は相変わらずガチガチに緊張しきっていた。

 

「鷹木トレーナー。君は、ネオユニヴァースの担当トレーナーに会ったことはあるかな?」

 

「いっ……いえ、ありません……。」

 

 前触れなく、唐突に口を開いた結城トレーナーの言葉に、鷹木はどもりながらどうにか返答する。

 

 来年度以降、タキオンを長く活躍させ続けるつもりであれば、確実に最大の強敵となるだろうネオユニヴァース。

 

 その担当トレーナーについても探っておくこともまた鷹木の務めであったかもしれないが、彼の交友範囲、および対人への積極性では知り合う機会など得られなかった。

 

 鷹木はトレーナーとして至らぬ自分の振る舞いを指摘されたような思いであったが、結城トレーナーは単なる話題として挙げたに過ぎなかった。

 

「トレセン学園の歴史を通して見ても稀有な人物だよ、ネオユニヴァースのトレーナーは。あれだけの戦績を、ネオユニヴァースが挙げられるのも十分に頷ける。」

 

「確かに、ネオユニヴァースの少々独特な言い回しを理解して、円滑に交流を行えているわけですからね……。」

 

 一般人には理解の難しい語彙を多用するネオユニヴァースは、日常的なコミュニケーションを取ること自体が至難の業である。

 

 そんな彼女を相手に担当トレーナーは、単なる必要最低限の会話だけではなく、トレーニングにおいて意識すべき感覚を伝え、またネオユニヴァースの側からも発される情報を受け取っている。

 

 中でも、ネオユニヴァース自身が語らなければ伝わらないような微妙な内容、殊に脚に関する違和感については受け取り方の誤りが死活問題にもつながるだろう。

 

 その点について結城トレーナーが言及したのだ、と鷹木は考えていたが、当の結城トレーナーは小さく首を横に振っていた。

 

「それだけではないよ……ネオユニヴァースが見ている向こう側の世界を、トレーナーもまた理解しているようだ。」

 

「向こう側の……えっ?」

 

 鷹木は思わず聞き返した。

 

 そのフレーズ、“向こう側の世界”という語を用いるのは、毎度のごとく突拍子もない仮説を述べ立てるアグネスタキオンだけであると思っていた。

 

 他のウマ娘どころかトレーナーが、よりにもよって結城トレーナーが、アグネスタキオンと同じ文言を口にするとは。現実的に考えられない、架空の作品の中でのみ語られる概念が、まさか広く共有されているとは思いもよらなかった。

 

 結城トレーナーはあくまで物の喩えとして、偶然タキオンと同じ表現を使ったに過ぎないのだ、と真っ先に鷹木は考えようとした。

 

 さすがに戸惑いを示した彼に対し、結城トレーナーはすぐ補足を与える。

 

「言い方が良くなかったか。ネオユニヴァースにとって、担当トレーナーが最大の理解者となっている、という意味だよ。」

 

「あ、あぁ、で、ですね。だからこそ、今まさにネオユニヴァースは三冠ウマ娘へと向かう道を歩んでいるわけですから……。」

 

 凡庸な理解力に合わせた表現であれば、難なくのみこめた鷹木は安堵と共に頷き返している。

 

 ……しかし、結城トレーナーの眼には、ほんの僅かながらも、明らかな失望の色がよぎった。その色はすぐさま失せて、諦観のような雰囲気に取って代わられたが。

 

 それでも最後に一つ、結城トレーナーは鷹木へ問うた。

 

「鷹木トレーナー。きみは、担当ウマ娘のことを信じているかな?」

 

「タキオンの、ことを……ですか?」

 

 聞き返すまでもないことを尋ねた鷹木に、結城トレーナーはゆっくりと頷いて返す。

 

 トレセン学園所属トレーナーであれば、当然ながら返答は決まっていた。担当ウマ娘のことを信じられない者に、トレーナー業を続ける資格はない。

 

 しかし鷹木は本心との食い違いを無視できる性格では無かった。その率直さ、自らの弱み、本心を決して隠せぬ性質ゆえに、理事長から直々に担当ウマ娘をあてがわれるという扱いをも受けていたのだが。

 

 アグネスタキオンと日々繰り返しているやり取りを思い起こしながら、鷹木は満点ではない返答だと自覚した上で口を開く。

 

「信じようとはしていますが、全てを信じられると言っては……嘘になります。なにぶん、アグネスタキオンの話す内容は、とても現実離れしていて、理解そのものが追いつかない場合も多々ありますので……。」

 

「そうだろうね。正直なところ、僕がタキオンを担当していても、同じような感想を抱くだろう。」

 

 結城トレーナーが小さく頷きながら答えたことで、鷹木は一瞬だけ安堵を得た。

 

 相手の皺に囲まれた目が、冷たく厳しい光を湛えていることに気づいて、すぐに鷹木は表情を引き締めることとなったが。

 

「だが、ネオユニヴァースの担当トレーナーは、ネオユニヴァースの言葉を理解し、そして信じることが出来た。その結果は、これまでの戦績にも示されているし、これからのレースでも示されるだろう。」

 

「……はい。」

 

「むろん全てのウマ娘を同じ括りで見ることは出来ないが、鷹木トレーナーがアグネスタキオンの可能性を開けずに終わることなど無いように、ね。」

 

 結城トレーナーは既に視線を神戸新聞杯の中継画面へと向け、それ以上この話題に言及することは無かった。

 

 しかし鷹木は、考え込まざるを得ない。

 

 言われてみれば、ネオユニヴァースの難解な言い回しを理解できる存在は……アグネスタキオンやゼンノロブロイといった近しいウマ娘以外には……担当トレーナーをおいて他にない。

 

 トレーナーとは、練習メニューを組み、あるいはレース出走登録をし、事務作業をこなすだけの存在ではない。

 

 担当したウマ娘のことを誰よりもよく理解できる存在であり、共に勝利を目指す存在である。ネオユニヴァースを担当しているトレーナーは、それだけの事を為していた。

 

(だったら、俺自身は……?)

 

 考え込んだ鷹木だったが、アグネスタキオンがつい先ほども口にした“向こう側の世界”“別の可能性世界”“特異点たるウマ娘”などといった概念を、現実として信じ込むことはやはり難しいものだった。

 

 以前、トレーナーでもありウマ娘でもある相談相手としてキングヘイローとも一緒に考えた内容だったが、その際もあくまで運命的なものをタキオンが信じようとしているのだ、と漠然とした結論しか出せていない。

 

 正気や理性を持ち合わせているのが一般的な社会人であるならば、一般の枠を超えた世界へウマ娘と共に向かうトレーナーは、常識を逸脱した理解力を有しているべきなのだろうか。

 

 今の鷹木には答えが出せなかった。

 

 とはいえ、タキオンの行動や発想に関しては、ある程度の予測がつけられるようになってはいる。鷹木なりの、担当ウマ娘を理解しようとの努力は、徐々にではあるものの形を成しつつあった。

 

 アグネスタキオンはと言えば、これからゲートインが始まろうとしている中継画面の前で、やはり一方的にエアシャカールへ喋りまくっている。

 

「そういえば、アドマイヤベガ先輩はどこにいるんだい?そう、それからカフェも!興味深い話をカフェから聞かせてもらったばかりなんだ、現在のアドマイヤベガ先輩がどのような状態となっているのか、観察する機会も楽しみにしていたのだがねぇ。」

 

「アヤベ先輩とマンハッタンカフェなら桂崎トレーナーのところだ、ナリタトップロード先輩と一緒に居る。アヤベ先輩は来月の京都大賞典で競う予定だから、練習時間以外じゃねーと一緒に居られないからな。」

 

 本番のレースを前にした練習は、同じレースに出る競争相手に明かすわけにはいかない。ゆえに、アドマイヤベガはせめてレース中継観戦の時ぐらいは、とナリタトップロードのもとへ行ったのだろう。

 

 そして、マンハッタンカフェは彼女の付き添いに。

 

 タキオンは純粋な観察対象として興味を向けていたようだったが、鷹木としてもアドマイヤベガの近況は気になった。

 

 先日、マンハッタンカフェが語った内容が真実だとすれば、レースに出るたびに別の“お友だち”……すなわち、物理的には認識されない存在が、アドマイヤベガに入れ替わり立ち代わりとり憑いていることになる。

 

 友として長い付き合いであるナリタトップロードと共に居られるほうがずっと、アドマイヤベガに与える影響は良かっただろう。マンハッタンカフェも、トップロードと共に居るアドマイヤベガの表情の明るさを確認しに行きたかったのかもしれない。

 

 テレビ画面の中では枠入りが既に終わり、いよいよ発走時刻である。

 

〈全ウマ娘体勢整いまして……スタートしました。ほぼ揃っていますが先行争いに入っていきます、じわーっとネオユニヴァースが後ろ各バを見ながら好位に上がっていきますが、ウチを回ってはザッツザプレンティ果敢に行きました。外をついて2名、シンドバッド、マーブルチーフが上がってきて、先頭はほぼ固まっています、その外をついてネオユニヴァース、1コーナーへ入っていきます。〉

 

 東京優駿においては最後方からコース内側をついての追い込みで観戦スタンドを沸かせたネオユニヴァースであったが、このレースではハッキリと先行の位置へ上がっている。

 

 当然ながらマークの集中する1番人気、ネオユニヴァースの側も以前のレースとはガラッと違う作戦を採ったらしい。

 

「分かりやすく、マークされない位置に早々と入ったねぇ!ネオユニヴァースをマークするつもりだったライバルたちも、大幅に想定を切り替えざるを得まい!」

 

「だが、行けンのか?スタート直後からあんだけ前に出て、外側を走らされて……。」

 

 的確に競争相手による想定から外れた作戦をとったネオユニヴァースをアグネスタキオンは称賛していたが、エアシャカールの懸念も尤もであった。

 

 スタートダッシュ直後、即座に決すべき位置取りの調整を、阪神レース場においては上り坂を越えながら実行せねばならない。どれだけ優れたウマ娘であれ、出鼻から消耗を強いられる展開であった。

 

〈先頭集団3名ほどが横並びとなって固まっています、中をついてはリンカーンもこのグループに加わっています。各バこれから2コーナーを回っていくところ、先頭はシンドバッド、リードは2バ身ほど、2番手の位置にはザッツザプレンティ、外をついてマーブルチーフ3番手向こう正面へ、その後ろ外をついてネオユニヴァースが4番手5番手といったところ、ウチにはアマノブレイブリーが並んでいます。〉

 

 最後のコーナーを控えてスピードが上がり始める向こう正面の直線でも、全体の位置取りは変わらない。

 

 走っているウマ娘たちが皆ほぼ固まった位置取りに居て、仕掛けどころを見計らっている状態が続く。小手先の工夫ではネオユニヴァースに勝てないことを、全員が意識しているのだ。

 

「こんだけ気の詰まるレースをやるクラシック級、見ることになるだなンて思いもしなかった。」

 

「シャカール先輩の時は、それはそれは押し合いへし合いといった雰囲気だったからねぇ!見ていた私も、衝突がいつ起きてしまうかとハラハラさせられたものだ!」

 

 ボソッと呟いたエアシャカールに、トレセン学園入学前からレース観戦を欠かしていなかったのだろうアグネスデジタルが応えている。

 

 おそらく、姉に当たるアグネスフライトを当時は応援していただろうタキオンだったろうが、2年前の菊花賞、集団ウチ側から猛然と駆け上がってきたエアシャカールの末脚にはしっかり魅了されたことだろう。

 

 その時のレースと比べれば、淡々と進むネオユニヴァースを中心に息詰まるような膠着が続く今年の神戸新聞杯は、まるでベテランウマ娘ばかりが出走したレースのごとき展開となっていた。

 

〈2番人気サクラプレジデントは後方から虎視眈々と狙う形、各バこれから3コーナーを通過して4コーナーへと入ってまいります、先頭は変わらずシンドバッドですが、リードは1馬身にまで縮んでいます。2番手ザッツザプレンティ、今600の標識を通過。徐々にネオユニヴァースが動いてまいりましたが、ここでサクラプレジデントが前に出た!大きくサクラプレジデントが外を回って上がってきた!〉

 

 ネオユニヴァースが加速の予兆を見せたと同時に、レースは大きく展開を動かした。

 

 真っ先に反応したのが、サクラプレジデントである。大外から一気に上がってきたサクラプレジデントは、ネオユニヴァースをウチ側の集団と挟むような形で並び、そして追い抜いていく。

 

「綺麗にマークしていたようだねぇ!しかしネオユニヴァースも、勢いを挫かれてはいない!」

 

「サクラプレジデントに並ばれる前に、加速を一旦止めてるな。マジで、先の展開が見えてンじゃねーのか?」

 

 今から仕掛ける、といったタイミングで進路をブロックされては、スタミナを少なからず浪費させられてしまいかねない。

 

 しかしネオユニヴァースは、多少コース取りを外に向けた程度で止まり、大外をぐんぐんと上がっていくサクラプレジデントが通過してから改めて加速し始め、ロスは無いようだ。

 

 まるでレース展開の全てが、計算した通り……ユニヴァース自身の言葉を借りれば“観測した”通りに見えているようであった。

 

〈大外を回って、サクラプレジデント一気に先頭に並びかけて、第4コーナーを抜けて直線に向いた!ネオユニヴァースはその後!サクラプレジデント先頭だ、外を突いた!2番手はリンカーン、ウチ側にザッツザプレンティも食い下がっている!あとは外側をついて、ネオユニヴァース3,4番手!ちょっと苦しいか!〉

 

 スタート直後に、エアシャカールが呟いた懸念が現実のものとなったようにも見えた。

 

 阪神レース場の芝2000mコースは、スタート直後、ゴール前の二度、上り坂を通過することになる。スタート直後に先頭付近まで上がっていき、有利な位置を取った際のスタミナ消費は、やはり無視できぬ要素だったのだ。

 

 勢いに乗ってぐんぐんと進んでいくサクラプレジデントに、ネオユニヴァースは追いつけないようにも見えた。

 

「やっぱり、少々無理のある作戦……」

 

「だが担当トレーナーは、信じてユニヴァースを導いたんだ。」

 

 鷹木がユニヴァースの勝利を絶望視している隣で、いつになく口早に結城トレーナーが鷹木の言葉を遮る。

 

 結城トレーナーの真剣な眼差しが向けられた画面の向こう、ネオユニヴァースは更に加速した。

 

 まるで、阪神レース場の現地で激励を送る担当トレーナーの思いを受け取ったかのごとく。

 

〈残り200m!サクラプレジデント先頭!リンカーンとザッツザプレンティ2番手争いか、サクラプレジデントには届かない!サクラプレジデント先頭……外からネオユニヴァース!外からネオユニヴァースが来た!ネオユニヴァース、サクラプレジデントとほぼ並んでゴールイン!掲示板には確定のランプが灯っています、勝ったのはネオユニヴァース!ネオユニヴァース勝ちました!今年度のクラシック級、三冠ウマ娘となりました!〉

 

 ハナ差、競り合いを制したのはネオユニヴァースであった。

 

 言わずもがな、中継画面の向こう、阪神レース場は大歓声に沸いている。ネオユニヴァースは、流石に全力を振り絞って走り抜いた直後であるためか、いつもの袖に包まれた腕をすぐに掲げることは出来ていなかった。

 

 アグネスタキオンは並んで座っているエアシャカールに向けて、何事かを非常に興奮した様子でまくし立て、そろそろ練習に戻りたいシャカールからうるさがられている。

 

 が、今の鷹木はタキオンが口走っている内容よりも、結城トレーナーが告げた言葉に全ての意識を持っていかれていた。

 

「トレーナーから信じられて、勝利へと共に向かうからこそ、有り得ないと思われた局面でもウマ娘は勝てるんじゃないかな。」

 

「……。」

 

 ほとんど負けが確定したような状況、これ以上振り絞るスタミナも尽きたかのような状態から、執念と共にゴールへと加速し、駆け抜ける力。

 

 昨年引退したテイエムオペラオーが、度々見せた走りでもあった。圧勝したことはほぼ無く、完全にライバルから並ばれた状態で、最後の一歩で先んじての勝利を、世紀末覇王は幾度も披露していた。

 

 それは彼女が、まさに舞台上の覇王であったためではなかろうか。

 

 仮に、担当していた頃の鷹木がオペラオーの勝利を信じ切れていなくとも、尋常には及ばない領域の走りをオペラオーが実現できた理由を、ここに来てようやく鷹木は理解できたようだった。

 

「オペラオーは、『自分の勝利が信じられているウマ娘』を、演じ続けることが出来たから……。」

 

 小さく独白した鷹木の声が届いたのかどうか、中継画面を見つめる結城トレーナーの眼の色からはすっかり冷たさが薄れていた。

 

 中継画面の向こうでは、ようやく息を整え終えたのか、ネオユニヴァースがいつもの腕をゆったりと掲げ続けるポーズを披露しながら、観客スタンド前を通過して地下バ道へと戻っていく。

 

 いよいよ本格的にタキオンから絡まれる状況を脱しようとしたのか、エアシャカールはプツンとテレビ画面の電源を切った。

 

「あぁ!何をするんだい、これからユニヴァースくんの勝利インタビューが聞けるはずだというのに!」

 

「後から、ネット上でアーカイブを見りゃあいいだろ。おい、鷹木トレーナー、さっさとタキオンを連れて帰ってくれ、そろそろ俺の耳が限界だ。」

 

「わ、わかった……では結城トレーナー、お邪魔いたしました。タキオン、帰るぞ。」

 

 軽い会釈で返す結城トレーナーへ深々とお辞儀をし、タキオンの方へ手を伸ばす鷹木。

 

 そこまでは今まで通りの鷹木と変わらぬ振る舞いであったのだが、鷹木は伸ばした手でタキオンの服の袖を掴むのを止めた。

 

 無理やりにでも引きずっていかないと、タキオンを興味の対象から引き離せない、との認識を、今まで崩さなかった鷹木。だが、ここで鷹木は信じてみることにした。

 

 もうアグネスタキオンは、十分にレース本番を意識して練習にも顔を出しているのだ。彼女自身の意思で、本来の練習場所へ戻ることを十分に選択できるはずだ。

 

 一言「帰るぞ」と口に出すだけで、無理やりタキオンを引っ張っていくことなく、スタスタと練習場の出口へ向かう鷹木。

 

 ドアを開け、振り返れば、果たしてタキオンはすぐ後ろについてきていた。

 

「どうしたんだい、トレーナーくん。私が手を引っぱられずに場を離れることが、そんなにも意外かねぇ?」

 

「い、いや、ごく当然のことだ……さ、まだ時間は残ってる、俺たちの練習場へ戻るぞ。」

 

 タキオンからそれと気づかれてしまうほどに、自分の本心を隠せないでいる点に関しては、相変わらずの鷹木であった。

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