探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 規格外の活躍を見せる先輩ウマ娘たちの存在感はただならぬものとなっている今年度であったが、いよいよアグネスタキオンもデビュー戦へと挑む日を迎えた。どれだけの魔境と化したURAのレースであっても、ウマ娘を信じて送り出すのがトレーナーとしての務め。しかし、アグネスタキオンの場合には、初戦を勝てるか否かという問題を超えて、別な懸念を鷹木は抱いていた。


探求者の一歩目、遂に

 12月に入ればトレセン学園を吹き渡る風が冷たく乾き始め、そして大舞台のレースが立て続けに行われる月の到来である。

 

 ウマ娘レースは、着実に進化していた。鷹木がトレーナーになりたての頃と比べればもちろん、テイエムオペラオーを担当していた去年までと比べてもなお、一線級のウマ娘たちが打ち立てる戦績はレベルが高くなっていた。

 

 トレセン学園入学から2か月目にデビュー戦を迎えたタップダンスシチー。学園1年目、夏の終わりには既に本番レースを走っていたダンツフレームにジャングルポケット。

 

 そして、クラシック級三冠のみならず宝塚記念まで獲ってしまったネオユニヴァース……更に今、ゼンノロブロイはクラシック級でありながら天皇賞秋、そしてジャパンカップの二冠を手にしている。

 

「明らかに、去年までと比べて、ウマ娘の能力が……ウマ娘に求められる能力が、格段に上がっていっている。」

 

 寝付けぬまま、その日の早朝を迎えた鷹木は、起き抜けの頭を覚ますため、今年度の主要レース結果に目を通していた。

 

 それは喜ばしい事実ではあった。ウマ娘レースの発展、そして国内レースのレベルが間違いなく世界に通用するものになりつつあることについての証でもあった。

 

「問題は、後からデビューするウマ娘たちが超えるべきハードルの高さ、だよな……。」

 

 それは、パソコンの画面上に流れてくるネットニュースの項目を見るだけでも、真っ先にトレーナーの思考に上がってくる不安材料であった。

 

 多くの見出しは『ネオユニヴァース、ゼンノロブロイの二強時代到来』を謳っている。戦績だけを見ても飛び抜けていることは間違いなく、更には来年のシニア級における活躍もまだ期待される両名である。

 

 その戦績も、ユニヴァースとロブロイら自身にとっては、あくなき努力を続けてきた成果、個々のレースに真剣に向き合ってきた結果だ。

 

 だが、レース場の外、世間の声を代表するかのごとき言説を唱えるメディアの手に掛かっては一つの流行のごとく、“二強時代到来”という大雑把な括りで捉えられてしまうものとなっていた。

 

「全ウマ娘の中でも、トップクラスに優れたウマ娘に違いないんだがな……トップロードも、アドマイヤベガも、エアシャカールも。」

 

 先月のジャパンカップ、ゼンノロブロイとネオユニヴァースのクラシック級ウマ娘がワンツーフィニッシュを決めた背後に、彼女らは居た。

 

 アドマイヤベガは最終直線にてロブロイと並び駆けあがってきたが、ロブロイには更に引き離され、海外ウマ娘たちに遅れること五着。

 

 ツルマルボーイ八着、テイエムオーシャン九着の更に後、ナリタトップロードは十着、エアシャカール十二着、そしてアグネスフライトは最下位の十六着という結果であった。

 

 個々の順位も、トレーナーの眼から見れば決して力不足を示すものではなく、あの激戦の中で走り抜いたこと自体が賞賛されて然るべしといった状況であったが、世間の話題に上がるのは純然たるレース結果ばかりである。

 

「海外から招聘されたウマ娘たちを抑えて、中央トレセン学園の、それもクラシック級のウマ娘2名が勝利した……ってのが、ますます注目材料になってるんだろうな。」

 

 鷹木は、それ以上のネットニュースの見出しへ目を通すことなく、パソコンの画面を閉じた。

 

 既に引退していてもおかしくないほど走り続けているウマ娘たちが、ジャパンカップにて後塵を拝したことについて、レース場の外で響く声が何を言っているかなど、敢えて目にしたいものではなかった。

 

 そんなこと以上に、今日、鷹木は一つのことに集中していなければならなかった。

 

 12月2日。アグネスタキオンのデビュー戦である。

 

 今年度の始まり、タキオンというウマ娘の担当を委ねられた際には、オペラオー以上に指導の難しい相手をあてがわれたものと鷹木は覚悟していた。

 

 実際、現時点を以てなおアグネスタキオンの全てを理解したとは程遠い状態である。とはいえ、彼女の得意とする走り、そして走りの中でタキオンが目指す所が頂点であることは、十分に鷹木にも理解できている。

 

「タキオンなら、来年からのウマ娘レース、クラシック級の舞台でも存分に活躍してくれるはずだ。」

 

 先月まで見せつけられていた、とんでもない戦績を叩き出す先輩ウマ娘たち、そして夏から秋にかけて早々とデビューした同期のウマ娘たち。

 

 彼女らに対し、どこまで詰め寄れるのか。今日、その不安や期待への答えが明かされ始める。

 

 アグネスタキオンは、既に練習場に居た。鷹木が探し回らなければ見つからず、無理やり引っ張って来なければ練習を始められなかった頃とは大きく違う彼女が、そこに居た。

 

 とはいえ、走りもウォーミングアップもしていなかったが。

 

 だだっ広い早朝の練習場、コースの周囲を自主練のウマ娘たちが走っていく蹄音や掛け声を遠く聞きながら、タキオンは空を見上げ、また自分の身体を見下ろし、を繰り返していた。

 

「……タキオン?何をしてるんだ、今日のデビュー本番に向けて、最終調整を……。」

 

「トレーナーくん。」

 

 タキオンの声に遮られ、鷹木は口を噤む。

 

 鷹木の喋っている言葉を彼女が遮るのは珍しいことではなかったが、タキオンが一言だけで発言を区切ることは非常に珍しかった。冗長かつ饒舌に持論を喋り続けるのが大抵であった。

 

 しかし、今のアグネスタキオンは暫し沈黙を続け……そのいつになく神妙な顔つきを前に、口を開かず待ち続ける鷹木に向けて、ようやく見つけ出した言葉を掛ける。

 

「……やっぱり、私はいつも通りだ。今日という運命的な日、私のデビューの日に、私自身が特異点に相応しい存在と化しているのではないか、そんな予感もしていたのだがねぇ。」

 

「そりゃそうだろ、レースの場に上がるのは、地道な積み重ねを続けたウマ娘自身だ。どれだけ飛び抜けた戦績を残すウマ娘も、レース直前やレース中に突然化け物へと変貌するわけじゃない。」

 

 至極当然な事実を鷹木は述べたが、タキオンの思うところも分からぬではない。

 

 練習コース上は数え切れぬほど走り続けてきたとしても、本番のレースに出る、その最初のデビューを目前にすれば、これまでの自分とは違う存在へと昇華する時が近づくような感覚をも覚えるのだろう。

 

 それは、単に走りに長けたウマ娘としてのみの存在から、この社会、世界の中心に刻まれるウマ娘レースの歴史の一部へと、自ら成る瞬間に違いないのだから。

 

「かの世紀末覇王も、同じことを言ったかい?」

 

「いや……たしかアイツは、歌っていたな。歌詞は忘れたが、妙にオペラオー自身の名前を連呼する歌だったと覚えてる。」

 

「歌って……?」

 

 これまた珍しく、アグネスタキオンは目を丸くしている。

 

 普段から大抵の事では驚かない彼女が、そんな反応を示すのも無理はない。テイエムオペラオーというウマ娘は、特にそのデビュー前後の時期、今から思い返しても奇矯な振る舞いに過ぎるウマ娘だった。

 

「俺がデビュー戦のコース上に、ターフの状態を確認しに向かった時、オペラオーは既にそこに居た。……ひとりきりでオペラを上演しているつもりなのか、高らかに歌いながら演技を続けていた。」

 

「アッハッハ!さすがは特異点の最たるウマ娘、並みの存在とは違うねぇ!私も、彼女に倣って本番前のターフで学説の一つでも発表しようか!」

 

「やめてくれ。それに、あれはアイツなりに緊張感を解くための振る舞いだったのかもしれない。」

 

 テイエムオペラオーは、常に舞台上に居る役者であった。その覇王としての表情が剥がれぬよう、初の舞台前には、自らが観客に見せる存在になり切る必要があったのだろう。

 

 それを思えば、アグネスタキオンもまた強い、と鷹木は感じた。

 

 演技も何もない、生のままの自分をじっくりと観察し、特異でも何でもない、本来の己の姿のままに、デビュー戦の舞台へ向かおうとしているのだから。

 

「タキオン、いつも通りの自分だと感じるのは当然だ。レースに勝つのは特別な力じゃない、繰り返してきた鍛錬の成果だ、俺の眼から見ても十分に身についている。」

 

「ふむ、確かに観察者自身が観察者を客観視できないのは当然のことだねぇ。ではトレーナーくん、キミの観察報告を信じ、私は思い煩い無しに存分に走らせてもらおうかねぇ。」

 

 柔軟体操を行い、ウォーミングアップを済ませ、タキオンはジャージの上着を脱ぎ捨てる。

 

 細身には違いないが、確実に仕上がって引き締まっている彼女の全身を視野に入れた時、鷹木の肌は粟立ち、背の奥からひんやりとした昂揚が走った。

 

 アグネスタキオンは、理想的な状態であった。鷹木と共に行った練習の効果、トレーニングの成果を、自らすべて理解し尽くしたウマ娘が、最良の形で己が身を構築した結果が、そこにあった。

 

 凄まじい戦績を打ち立てるウマ娘たちの世代へ、いずれ彼女を送り出すことについての不安は、鷹木の胸中からすっかり消え去っていた。

 

 デビュー戦が行われるのは、正午過ぎである。

 

 未勝利ウマ娘のデビュー戦を行うコースには、さほど大量の観客を収容する席はない。

 

 が、今は出走ウマ娘の担当トレーナーとしてコース上から観客席の方へと目を向けた鷹木は、そこが人であふれかえっている様を見た。

 

 その時点では、コース上の芝の状態を見ることに専念する他にない彼には、それほどの観客が集まった訳を知る由などなかったが……アグネスタキオンの名が、大いに貢献していたのは事実だった。

 

 トレセン学園内での状況を良く知る者にとっては、この世代における最強格と目されるウマ娘のデビュー戦。

 

 それ以外の観衆にとっては、入学式の日に薬品による爆発を引き起こしたウマ娘のデビューとして、注目を集めていたのである。

 

 いかなる理由で注目されていたにせよ、アグネスタキオンは1番人気であった。春学期、授業への出席をサボったために単位が足りなかったウマ娘としては、破格の評価である。

 

「タキオン、レースの前半は抑えて走るんだ。先行する相手の動きをよく読んでから、最終コーナーで仕掛ける。」

 

「分かっているさ、この数日、キミから何度も何度も聞かされているからねぇ。」

 

 それはアグネスタキオンに対してであればこそ、与えられる指示であった。レース中の、他の競争相手達がどのように動くかなど、実際にレースが始まってみなければわからない。

 

 トレーナーの声が届かぬ遠さ、観衆たちの叫びの中、レース中の判断はほぼ全てウマ娘自身に委ねられる。

 

 そして、アグネスタキオンは、自ら最適なコース選択、ペース配分を計算できるだけの頭脳を有していた。

 

 いよいよ発走時刻が近づき、実況アナウンサーの声が響き始める。

 

〈本日6レース目となりました、未勝利バ戦、芝2000mであります。9名で競われる今回のレース、3番人気はメイショウラムセス、2番人気リブロードキャスト、そして堂々の1番人気はアグネスタキオン。その走り自体も期待されるところながら、入学当初から別な意味でも注目を集めるウマ娘であります。〉

 

 歓声の中に笑い声が混じるのは、テイエムオペラオーがデビュー戦で紹介を受けた時と同様であった。

 

 体操服姿のアグネスタキオンは、湧き上がる観客席を一瞥だけしてスタスタとゲートへ入っていき、退屈そうに他の面々のゲート入りを待っている。

 

「……集中しているな、タキオン。」

 

 とても気合いの入った姿には見えなかったが、鷹木には彼女がレースにのみ意識を向けている証として見えた。

 

 普段の彼女であれば、ゲートを開閉させる装置や、寸分の狂いなく動作するタイム計測機に囲まれた状況にて、そちらに気を取られ、目を輝かせているに違いないからだ。

 

〈全ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました!ややばらついた感じのあるスタート、好スタートを切ったのはリブロードキャストであります、スタンド前の坂を駆けあがってリブロードキャスト先頭に立ちます。早くも3バ身のリード、2番手はゼンノオー、その外並んで3番手はニョイリンパワー。それからメイショウラムセス、ダイイチボスが続きます。1番人気アグネスタキオンはインビジブルタッチに続く7番手であります。〉

 

 タキオンに次ぐ人気度となったリブロードキャストは、確かに見事なスタートであった。逃げのペースとしては理想的な加速で、安定感のあるリードを取っている。

 

 アグネスタキオンは、中団の後ろ、コース内側で囲まれながら走っていた。

 

「そこで良い、他の競争相手も完全に包囲された状態のタキオンなら過剰には警戒しない……」

 

 鷹木は、単なる観戦の時以上の集中力を以て、レース全体を凝視していた。

 

 いよいよデビューを迎えたこの日のレース、気を逸らせてペースを崩すウマ娘はほぼ確実に出てくると鷹木は予測していた。何せ、アグネスタキオンは幾度か共同練習場にて、本気に近い走りを披露しているのだ。

 

 タキオンの存在が、十分すぎるプレッシャーとなるのは間違いなかった。

 

〈後ろから2番目にイセノダーク、そして最後尾にはアドマイヤセレクトという展開で、1コーナーから2コーナーへと向かいます。先頭で逃げていきますリブロードキャスト、リードは4馬身へ広げようといったところ。ゼンノオー、ニョイリンパワーが続きます、向こう正面へ入ってメイショウラムセス、少し後ろに下がったか。インビジブルタッチも順位を下げ、アドマイヤセレクトが外を通りまして上がってきております。〉

 

 予想は、早々と的中した。

 

 先行集団を形成していたウマ娘の中から、順位を下げる者が現れる。これは決して失速したためではなく、後方から早くも前へ出ようとし始めたウマ娘が現れたためだ。

 

「いくら何でも、あれは焦り過ぎだ。最後方に控え続けるのが、かなりの我慢を要するのも当然だが。」

 

 他のウマ娘も、釣られるように前へ前へと出始める。タキオンは全く変わらぬペースのまま、じっと周囲を窺うように脚を進めていた。

 

〈先頭は変わらずリブロードキャスト、リードは3バ身ほどに縮んだか、ゼンノオーとニョイリンパワーが2番手3番手でありますが、イセノダーク、アドマイヤセレクトが外から上がってきて4番手に並んでおります。さていよいよ800の標識を通過、3コーナーを回っていきます……アグネスタキオンが上がってきた、アグネスタキオンが一気に上がってきた!〉

 

「ちょっと早すぎるタイミングじゃないのか、タキオン……!」

 

 鷹木は、最終コーナー、すなわち4コーナーに入ってから仕掛けるように伝えていた。それより早いタイミングでは、まだごちゃついているだろう位置取り争いに巻き込まれかねないためだ。

 

 しかし、身を乗り出した彼は、タキオンの判断が適切であることに気づく。

 

「いや……今のタイミングじゃないと、抜け出せない……?」

 

 焦って早すぎるタイミングで上がってくるウマ娘が居ることは想定通りであったが、その数は鷹木の想定よりもずっと多かった。

 

 後方集団を形成していたウマ娘が全て、一気に上がってきていたのだ。さすがにその群れの中に取り込まれれば、抜け出すのは厳しい。

 

 だからこそ、タキオンは、本来与えられていた指示は参照しつつも、自らの判断で早めに仕掛けたのだ。

 

〈メイショウラムセスも改めて上がってきた、4コーナー、600の標識を通過、先頭はまだリブロードキャストでありますが、2番手にまで来たアグネスタキオン!じわじわと距離を詰めてきておりますアグネスタキオン、ゼンノオーとメイショウラムセスもウチを突いている、アドマイヤセレクトも外を通って前を目指す、残り400m!いよいよ直線であります、先頭はリブロードキャスト、しかしアグネスタキオンが完全に並んでいる!〉

 

 予定していた作戦から外れても、自分の残りスタミナをしっかり計算し尽くしているタキオンは、後方から上がってきた集団に巻き込まれずに済む最低限の速度を維持していた。

 

 コーナーを回り切るまで、鷹木は握り締めた拳から汗が垂れ流れてくるのを止められなかったが、ついに直線を向いた時、むしろ力が抜けたように両手をだらりと下げた。

 

「あれなら……十分だ。」

 

 タキオンの走りに無駄はなかった。そして、彼女自身の判断のおかげで、進路を塞ぐ存在は皆無である。

 

 そこから先、観客たちの目にする光景が、鷹木には先んじて視えていた。あるいは、これがいわゆる“観測”というものなのかもしれない。

 

〈リブロードキャスト、アグネスタキオン並んで、3番手にメイショウラムセス、どうやら後方集団は伸びそうにないか!残り200m!アグネスタキオンが先頭!アグネスタキオン抜けた!ウチでリブロードキャスト、しかし食い下がれない!先頭は完全に、アグネスタキオンです!アグネスタキオン、ぐんぐんとリードを広げていく!2バ身、3バ身、これは余裕だ、圧勝だ、アグネスタキオン!今一着でゴールイン!!〉

 

「たっ、タキオン!抑えろ、次のレースのことを考えろ!」

 

 あまりにも圧倒的な末脚、アグネスタキオンの圧勝に大歓声が湧き上がる中……鷹木はひとり、タキオンへスピードを抑えるよう指示を叫んでいた。

 

 おそらく、練習の時にも本気に近い走りは示していた彼女ではあったが、たった今の走りは、間違いなく本気の走りであった。

 

 彼女も理解はしていただろう。それ以上速く走っても、記録されるタイムこそ縮まれど、着順が揺るがされることはない、と。

 

 しかし、それでも走らずにいられないのが、アグネスタキオンの中にも根付いているウマ娘としての本性であった。

 

「……少しは、聞いてくれたか。」

 

 大歓声の中ではあるものの、タキオンの耳には鷹木の声が届いたのだろう。ゴール直前の彼女は、既に力を緩め、流すフォームでゴールラインを越えていた。

 

 鷹木としても、初の経験であった。ゴール直前のウマ娘に対し、速く走るようにではなく、速度を抑えるように叫ぶことなど。

 

 ただ、このデビュー戦に勝利することが確定した瞬間から、アグネスタキオンの次なるレースもまた決定していた……3週間後、阪神レース場で行われるホープフルステークスである。

 

 たった3週間しか準備期間のない中で、タキオンの脚に蓄積した負荷を可能な限り取り除き、その上で本番に向けたトレーニングを行わねばならない。

 

 その難しさに多少なりと眉間の皺を寄せていた鷹木は、気の抜けた笑顔で手を振りながらコースを一周し、戻ってきたタキオンを前にして、勝利の喜びに笑顔を染めねばと慌てて口角を上げる。

 

「おっ、おめでとう、タキオン。流石の圧勝だった、トレーナーとしても嬉しいよ。」

 

「トレーナーくん、キミは実に演技が下手だねぇ。まぁ、私もいつになくムキになって走ってしまったからねぇ、じっくりと休ませてもらおうかねぇ。」

 

「あぁ……。」

 

 やはり、アグネスタキオンというウマ娘は、鷹木の考えている程度のことなど全てお見通しであるようだった。

 

 タキオンの発言に対し、慌てて鷹木が訂正を入れさせた点についても、既に分かり切ったような反応を示している。

 

「……いや、休ませてやりたいのは山々だが、これからウイニングライブだろ。この後のレースも応援してくれる観客たちのために、しっかりとこなしてこい。」

 

「やれやれ、トレーナーくんが連れ帰ってくれれば、トレーナーの責任として公然とサボれるかと思ったのだがねぇ。良いだろう、私の計算し尽くされた振り付けを披露してあげようじゃないか。」

 

 その日のライブは、やはり練習時間のごく短いタキオンの少々ぎこちないながらも堂々とした振り付けが、またも会場の笑いを誘っていた。

 

 ウマ娘レースの歴史に、新たな頁を付け加えるウマ娘がタキオンであることは、どこか確定された事実のようにも鷹木は感じ始めていた。

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