探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 そのデビューを待ち望まれていたマンハッタンカフェのデビュー戦は、前評判の高さを示すように未勝利バ戦のレースながらかなりの数の観衆が詰めかけていた。とはいえ、新たな年となってからのレースは参加者全体のレベルも上がっている。確実にカフェが勝てるという確証も無い中、トレセン学園での練習をひと段落させたアグネスタキオンとダンツフレームは、鷹木トレーナーが用意したレース中継へと見入ることになった。


非凡の脚も、機を逸せば

 併走練習を終えたタキオンとダンツフレームが息を整えつつクールダウンを進めている間に、鷹木はいつものごとくレース中継を画面に映し出す準備を進めていた。

 

 もちろん、今日行われるマンハッタンカフェのデビュー戦を見ることをタキオンも心待ちにしていたのであるが、名だたるレースとは違い、新バ戦が一般のチャンネルで中継されることはない。

 

 トレセン学園内の配信画面にアクセスした鷹木は、ページの表示までかなり重い動作となっている様に焦っていた。

 

「あれ……映像が出てこない、ちょっと待ってくれ、もう一回配信画面に繋ぎ直す……」

 

「おやぁ?任せておいて大丈夫かい、トレーナーくん。我々は今すぐにでもシャカール先輩のもとに行き、カフェのデビュー戦中継を見せてもらうよう頼むべきかもしれないねぇ。」

 

「あはは……シャカール先輩ならたしかに、こういうのを解決してくれそうだけど……鷹木トレーナーもせっかく準備してくれてるんだから、もうちょっと待ってあげよ?タキオンちゃん。」

 

 いつもいつも遠慮のないタキオンの言動に曝されている鷹木には、柔らかな口調で思いやりの深さを示してくれるダンツフレームの言動が心底から温かく感じられた。

 

 先ほどまでは、ほぼ初対面の鷹木を前にして少々硬くなっていたのか、礼儀正しい物言いになっていたダンツフレーム。

 

 しかし、同学年のタキオンと一走りした後、彼女に向ける口調は想定以上に親しみ深い印象を抱くものだった。

 

 そもそもタキオンのことを「タキオンちゃん」と呼ぶ存在が居ること自体、鷹木には思いもよらなかった。周囲のウマ娘は呼び捨てにするか「タキオンさん」と距離をとる立場を見せるかのいずれかであったためだ。

 

「ダンツフレームは、タキオンとも仲が良いのか?俺は普段から担当トレーナーとして、はたしてタキオンに仲良くしてくれる同級生が居るのかどうか不安だったんだが。」

 

「余計なお世話だねぇ。」

 

「実のところ、私もタキオンちゃんがずっとひとりっきりで居るのが気になっていて、それで声をかけるきっかけになったり……でもでも、もちろん、タキオンちゃんの走りの凄さに、惹かれたってのもありますよ。」

 

「そういう雑談はいいから、さっさとトレーナーくんはカフェのデビュー戦中継を見る算段を整えてくれたまえ。発走時刻間近になっても映らないようであれば、本当にシャカール先輩のもとへ向かわせてもらおうかねぇ。」

 

 いつも通りの調子は狂ってしまうのか、タキオンは露骨に話題を逸らそうとしていた。鷹木としては、ダンツから絡まれることを迷惑には感じていないであろうタキオンの表情を確認できただけでも満足であった。

 

 幾度か配信ページにアクセスし直しているうちに、なんとかマンハッタンカフェのデビュー戦中継はパソコンの画面に映った。

 

「よかった、どうやら同時に閲覧している人数がかなり多いらしい。」

 

「大丈夫だろうねぇ、アクセスが集中しすぎて途中で中継が途切れるということはないだろうねぇ。」

 

「それにしても、流石はカフェちゃん。デビュー戦から、それだけ注目されているだなんて。」

 

 確かに、今のトレセン学園1年目の世代の中でも、マンハッタンカフェはその才能を最も強く期待されるウマ娘であると言って間違いはない。

 

 なかなか体重の増えにくい体質、さらには他のウマ娘にとり憑く“お友だち”の挙動に不安を抱かされていた影響もあって昨年内でのデビューには至らなかったものの、ようやくレースの舞台に上がってきた彼女を応援する声は根強い。

 

 しかし、このレースにおいて1番人気を取ったのはマンハッタンカフェではなかった。

 

「1番人気、ピサノグラフか。たしか、一昨年のアグネスデジタルが勝った天皇賞秋に出走していたトレジャーの、妹にあたるウマ娘だ。」

 

「あぁ、あのトレジャーくんの。トレジャーくんもかなり強気の出走だったねぇ、何しろあの年の彼女はトレセン学園2年目だったというのに、覇王テイエムオペラオーと勇者アグネスデジタルが競う天皇賞に殴り込みにいったのだからねぇ。」

 

「そっ、そんな凄いウマ娘の妹さんとなれば、確かに人気は集まるのかも……。」

 

 デビューが入学した年の内に収まらず、翌年の1月になったという点も、トレジャーと同様である。ピサノグラフもまた、デビューしたのと同じ年に天皇賞に出走するという破天荒な道を歩む可能性は低かったが。

 

 マンハッタンカフェは、2番人気となっていた。出走準備が進む様を腕組みして微笑みながら眺めていたタキオンも、カフェが映ると画面へと自然に顔を近づけていた。

 

「調子は良さそうだねぇ。体操着姿になると相変わらず華奢で貧相な身体をしているが、いかにも本意気で走り切れそうな目をしているねぇ。」

 

「カフェちゃん、たまに食堂で食べてるところを見ても、かなり量が少ないよね。食べるものを選ぶのにも時間をかけてたりするし、こだわりがあるのかな。」

 

「ふゥむ、あるいは、体重を増やしたくない理由があるのかもしれないねぇ。カフェを担当している結城トレーナーは、既に気づいているかもしれないが。」 

 

 ダンツとタキオンの会話を聞きつつ、鷹木もマンハッタンカフェの体重が増えない理由について考えを巡らせていた。

 

 アグネスタキオンの場合は、単に彼女自身が食事に手間を掛けまいとする性質に加え、また直線とコーナーの走り方を変えない以上、遠心力によって脚にかかる負荷を減らそうとする意図もあるだろうことは察せている。

 

 しかしマンハッタンカフェの走りは、器用に直線とコーナーそれぞれに最適な脚運びへと切り替えられている。体重を増やせぬのは、タキオンとはまた異なった理由であると思われた。

 

 画面のこちら側での会話ばかりが続く出走準備の画面は流れ、ゲートインが完了したところでようやく実況の声が入り始める。

 

 デビュー戦の実況は若手のアナウンサーが担当することが多かったが、今回は更に観客や閲覧数の多さを意識しているのか、ますます緊張気味の声となっていた。

 

〈各ウマ娘、ゲートイン、体勢、完了しました。さぁ、準備、完了、です……スタート!スタートしました!綺麗に揃ったスタートとなりました。15名のウマ娘が一斉にスタートしていきます。まず先頭に立ちましたのは……1枠、メジロブルームです。先頭に出ましたのはメジロブルーム、続く2番手はピサノグラフです。1番人気のピサノグラフが、メジロブルームと先頭争いといった形となっています。〉

 

「先頭の様子は見ればわかるというに、妙にもたついた実況だねぇ。」

 

「仕方がないだろ、たぶん新人アナウンサーだろうし、現地にも想定以上の観客が詰めかけているのだろうし。」

 

「アナウンサーさん、ウマ娘の名前と勝負服も全部覚えなきゃ、ですもんね。それにしても、出走数15名って、多いなぁ……。」

 

 タキオンが実況中継に遠慮のない注文を付けている傍ら、ダンツフレームはあらためてこのレースに出走しているウマ娘の数に感嘆している。

 

 鷹木が確認したところ、1名は事情により出走除外となっていたため、本来は16名でのレースとなる予定であったらしい。

 

 昨年内でのデビューに漕ぎつけなかったウマ娘たちにとって、4月からの新年度が迫るにつれ、何としてでもデビューを果たそうとする意地がぶつかり合う激戦続きとなることは容易に想定できた。

 

〈3番手、4番手に並んでアルミランテ、トリプルタワー、その後にシンゲンリュウオー、ブライアンマーチが外を進み、3番人気イサオヒートがさらに続きます。その後ウチ側をダイナミックラム、ほぼ並んで2番人気マンハッタンカフェが前から9番手といった形です。先頭は既に2コーナーを抜けて向こう正面の直線へと入っています。〉

 

 スタートして最初のコーナーに入るまでの距離が短いため、この時点での位置取りは内枠のウマ娘が優位に立って前に出ている様がほぼ目立っていた。

 

 デビュー戦ということもあり、飛び抜けて傑出した走りを序盤から示す者はいない。だが、現在2番手の位置をキープしているピサノグラフだけは、違っていた。

 

「ピサノグラフ、15枠からスタートしたのに先頭とほぼ並んでいるのか。スタート直後からかなり脚を使わされたはずだが、あのまま行けるのか?」

 

「自身にとってもレースの道の第一歩を踏み出す大事な場面、無謀だと判断した走りは選ばないだろうねぇ。」

 

「残り1400mぐらい、だよね……私がスタートしてすぐあんな加速してたら、さすがに持たないかも。」

 

 もとより体格が大きく、一気に加速するよりはじわじわと追い込んで走り抜く方が向いているダンツフレームには、確かに真似しづらい作戦であろう。

 

 マンハッタンカフェもまた練習段階では追い込みペースでの走りをよく見せるウマ娘ではあったが、カフェの場合は最後に急加速して先頭を捉えきることが勝ち目となっている。

 

 今は集団の中に埋もれながらもカフェは周囲に目を配り、仕掛けどころで道を遮られぬよう意識を集中させている様子であった。

 

〈後方集団、前から10番手にいるのはマイネルライツ、続いてクリスタルフブキ、その外並んでスプリングトレド、そして最後方にバルテスフォンテン、ブラックブッシュが追っています。さぁ全体かなり縦長となりましたが、先頭はピサノグラフ、メジロブルームを抜いてピサノグラフが先頭です。シンゲンリュウオーじわっと上がって3番手、2番人気マンハッタンカフェは位置変わらず、3コーナーを回っていきます。〉

 

 早くも、最終コーナーに入るあたりから先頭の位置を取るため動き出したウマ娘たちが、コースの外側にでて前を目指し始める。

 

 一方、マンハッタンカフェはじっくりと脚を溜めていた。十分にスタミナを残した彼女のラストスパートを知る者にとっては、どれだけ位置が後ろであろうとも勝機が見出せることに異論はない。

 

「前へ上がろうとしていった面々が動き終わった後ならば、塞がれる心配も薄れるねぇ。しかし、カフェにずっと並び続けている子も気になるねぇ。」

 

「3番人気の子、だよね。カフェちゃんとほとんど同じペースで進んでるし……でっ、でも、それより、先頭の子、かなり飛ばしてるよ。」

 

 鷹木も、画面内のマンハッタンカフェが、ブロックされることなく上がっていけるコースを見いだせているかばかりを気に掛けていて、先頭の状況に目を向けていなかった。

 

 最終直線へと突入していくウマ娘たち全員を映すためにカメラがズームアウトした時、先頭を走っていたピサノグラフはかなり大幅なリードを保っていたのだ。

 

〈いよいよ最終直線、先頭はピサノグラフ!8バ身、いや9バ身ほどのリードを保っている!しかしゴールまでの直線はまだ長いぞ、逃げ切れるか!?メジロブルーム食い下がる、アルミランテもトリプルタワーも上がってくるが、ここで来たマンハッタンカフェ!マンハッタンカフェが追い込んできた!3番人気イサオヒートも、マンハッタンカフェに並んだままぐんぐん上がってくる!〉

 

 マンハッタンカフェの急激な加速は、普段と遜色ないパフォーマンスにて披露された。現地の観客席からもどよめきが上がる。

 

 先頭を走るピサノグラフとの差は9バ身……鷹木は手に汗握りながら、中継画面を凝視し続けていた。

 

「これ、行けるか……?いや、流石に離され過ぎか……!?」

 

「あのペースで前へと上がっていっては、どうせスタミナ切れを起こしてバテるだろうと私も考えていたが、なかなかどうしてピサノグラフくんも粘るものだねぇ!カフェ!差しきってくれるのかい!」

 

「カフェちゃん、もっと前に、もっと速く、いけるよ!」

 

 レースが白熱してくると、タキオンのような性格であろうがダンツのような性格であろうが、関係なくレース展開に食い入り、画面越しという状況を忘れたように声援を飛ばしてしまうものらしい。

 

 傍に居る鷹木も例外ではなく、握り締めた拳の中に手汗をじっとりと感じながら、最終直線にてピサノグラフに迫っていくマンハッタンカフェへ応援の念を飛ばしていた。

 

〈速い速いマンハッタンカフェ!残り200!イサオヒートも並び続けて、先頭のピサノグラフとの差を縮めていく!あと3バ身……2バ身!ピサノグラフ苦しいか、間合いがますます詰められていくが……!ここでゴールイン!!ピサノグラフ逃げ切りました!残り1バ身にまで迫られていましたが、イサオヒートとマンハッタンカフェによる追い上げから逃げ切った!〉

 

 新バ戦とは思えぬほどに、大勢詰めかけた観客から大歓声が沸き起こる。

 

 最後の追い込みによって先頭までごぼう抜きしていく走りも大いに見る者の心を湧かせるが、逃げ続けたウマ娘がゴールラインまで耐え続けて勝ちきる様もまた感嘆の声を観客に上げさせる。

 

 そして、先頭での競り合いがはっきりとレベルの高いものであったことも明白だった。一着から三着が白熱した争いを示してゴールした後、四着のウマ娘までは3バ身ほど空いていたのである。

 

「さすがに、年が明ける頃のデビュー戦ともなれば、競争相手達の能力も格段に上がっているねぇ。イサオヒートとのハナ差で、カフェが三着になるとは。」

 

「あのカフェさんの追い込みから、逃げ切るだなんて……。私、このレースをデビュー戦にしていたら、勝ててたかどうか怪しいかも……。」

 

 ダンツフレームは、中継画面から聞こえてくる歓声が落ち着いてきた頃、ようやく熱が引いていったように画面から顔を離し、溜息をつく。

 

 既にデビューしてから3勝をあげている彼女であったが、今後のレースでも安定して勝ち続けられるだけの確信など、今のレース展開を思い返すにつけてもますます遠ざかるように感じたらしい。

 

 2月にきさらぎ賞への出走が控えているダンツの自信が削がれるようなことがあってはならない、と鷹木は不器用ながら言葉を探した。

 

「今のレースでも、ダンツが得意とする走り方のウマ娘はいなかったからな。周りに流されることなく、自分のペースに持ちこめれば強みは発揮できる、タップダンスシチーの作戦も同じだ。」

 

「そう……ですね!さっきのタキオンちゃんとの併走でも、課題はハッキリしましたから、もっともっと練習を重ねて勝ちに行きます。」

 

 鷹木の言葉を受け止め、素直に頷くダンツフレームの笑顔が眩しかった。

 

 これだけ真っすぐなウマ娘を、いずれ自分も担当したい……そう鷹木が考えている横から、早くもタキオンが水を差す。

 

「ところでトレーナーくん、今、例に挙げたタップくんはなかなか勝てないままに模索している最中だった気がするけれどねぇ。」

 

「そういう所にツッコミを入れなくていいんだよ、タップダンスシチーだって実力を伸ばしていることには違いないんだから。」

 

 なかなか勝ちきれないでいることは分かっていても、それでもタップダンスシチーの名をあげたのは、ひとえに鷹木の警戒が同期トレーナーである片桐にも向けられていたためであったかもしれない。

 

 片桐の担当するウマ娘は、地道な努力を重ねたうえでいずれ化けて第一線に躍り出てくる。その予感は、常に拭えぬものであった。

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